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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:06:42.46 ID:dFmkzZCSO

インターハイ個人戦の開会式が終わり、
表示されたトーナメント表を見た私――獅子原爽の第一声は、

「マジかよ」

だった。





2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:09:05.14 ID:dFmkzZCSO

団体戦では準決勝で敗れた北海道は有珠山高校。
その唯一の個人戦出場者である私は、幸運にもノーシードの中の1回戦免除枠に潜り込めた。
しかし、初戦となる2回戦で相手取らなければならないのは、第3シードの実力者・辻垣内智葉だった。

「終わったなこりゃ。団体戦重視だったから徒手空拳で臨まなきゃならねーってのに。
はぁー、もう全ツッパでいくかな……」

私が他のブロックもろくに見ないでホテルに戻ろうと華麗なターンを決めたその時、
隣の選手と目が合った。そこには臨海女子高校のエース様が威風堂々と直立していた。

「獅子原か。どうやら明日顔を合わせることになるようだな」

「あ、辻垣内さん。よろしく」

「お前の強さはよく知っている。全ツッパなどとつまらないことを言うな。
そんな付け焼き刃にやられるほど甘い私ではない」

「んー、まあ辻垣内さんにボコボコにされるならそれでもいいかなって。
チャンピオンの連覇を止めてくれるとしたら辻垣内さんだろうし」

「どうかな。無論負けるつもりもないが」



3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:11:43.16 ID:dFmkzZCSO

「それに辻垣内さんの麻雀好きだしさ。洗練された技術が武器の本物の実力者って感じで。
私みたいな運頼みの身からすると憧れちゃうよ」

「……そう言ってくれると胸が熱くなるな。だが手加減されて勝ち上がるのはまっぴらだ。
運も実力のうちとも言う。明日は真剣勝負といこうじゃないか」

「そうだね。よし、明日はもっと熱くしちゃうよ」

「ふん、その意気だ」

私たちが夏の高校生っぽいやり取りをしていると、
側にはいつの間にか民族衣装然とした白基調の少女がやって来ていた。

「サトハ」

「ん? ああ、ネリーか。来ていたのか」

「サトハの応援に行くって言ったよね?」

「シード勢の試合は明日からだと言っただろ」

「組み合わせ見ておきたかったんだよ」

「交通費がどうとか言ってたじゃないか」

「監督に車で送ってもらったよ」

「ちゃっかりしてやがるな……」



4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:15:32.67 ID:dFmkzZCSO

「それよりサトハ、獅子原と当たるの?」

「ああ、見てのとおりだ。初戦から気が抜けないな。
まあ誰が相手だろうと気を抜くつもりなどないが」

完全に置いてけぼりの私だったが、この小学生並の背丈の少女――ネリー・ヴィルサラーゼとは
先日の団体戦でやや後味の悪い別れ方をしていたので、気さくに話しかけてみる。

「ヴィルサラーゼさんは個人戦出ないんだっけ」

「留学生は出られないよ」

「あ、そっか。残念だね。ヴィルサラーゼさんなら絶対良いとこいけるだろうに」

「しょうがないよ。その代わりサトハが優勝するから」

一応返答してもらえるものの、なんだか警戒されている気がする。無理もないか……。
そこに辻垣内さんがやや表情を緩めて割って入る。

「獅子原、こいつにそんなかしこまって呼ぶ必要はない。ネリーでいい」

「なんで。獅子原は敵だよ?」

「お前が他校の上級生相手に呼び捨てだからだよ。
それともお前の方が先輩呼びなりさん付けなりするか?」

「……ネリーでいい」



5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:19:03.72 ID:dFmkzZCSO

「そういうわけだ。すまないな、他のやつらはそれなりに日本の常識をわきまえているんだが、
どうにもこいつはお転婆が過ぎるようだ」

「ちょっと生意気なキャラの方がスポンサー受けがいいんだよ」

内情はよくわからないけど、部長らしい辻垣内さんがそう言うならフランクにいかせてもらおう。
私自身元々かしこまったのは苦手だし、年下に呼び捨てされるのも慣れてるしな。

「そう、じゃあお言葉に甘えて。
でもま、ネリーがセコンドについて2対1じゃあますます勝ち目ねーな」

「チームの連中はどうした?」

「もう北海道帰ったよ。団体戦負けたのに滞在できるほど補助してもらえないんだよ、
うちみたいな弱小はね。その点地元は有利だよなー」

「じゃあ今は1人寂しくホテルか」

「顧問はいるけどね。まあ形だけだから、試合の準備に集中できるようにって1人部屋にしてくれたよ」

「そうか。では私も戻って明日に備えるとするか。それじゃあな」

「うん、また明日」



6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:23:40.96 ID:dFmkzZCSO

そうだな、勝てないとは思うけどできる限りのことはしよう。
ホテルに戻ってデータ収集して対策を練ろう。
そう考えて2人と別れた――はずだった。

「獅子原」

呼ばれて振り返ると、声の主のネリーは私の方を向いてはおらず、辻垣内さんと何やら話している。

「サトハ、ネリーは獅子原と話があるから先に帰ってて」

「話? なんの話だ?」

「べつにたいしたことじゃないよ」

「……まあいい、それなら終わるまで待つが」

「いいよ。ちょっと時間かかるかもしれないから。
サトハは試合があるんだから、すぐ監督と作戦会議しなよ」

「……わかった。だが1人で帰れるのか?」

「……大丈夫。1日ぐらい野宿でも平気だし」



7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:27:28.33 ID:dFmkzZCSO

なかなかレアな辻垣内さんの呆れ顔が見られた。
かと思うと今度はやや気まずそうな顔でこっちを見てくる。

「ネリーはこう言ってるが、時間は大丈夫か?」

「話ぐらいはべつにいいけど……」

「そうか。じゃあすまないが、終わったらここに連絡をくれないか。私個人の連絡先だ。
他所様に迷惑を掛けるのは忍びないんだがな」

「ネリーが連絡すればいいんじゃないの?」

「こいつは携帯電話の類を持ってない。それに1人歩きさせるのはまだまだ心配だ」

「サトハは過保護だよ」

「前もバス代節約だって歩いて迷子になっただろ」

「……」

小っちゃい子なら微笑ましいエピソードだろうけど、なんだか笑えない。

「わかった。じゃあ一応私の方も連絡先教えとくね。なんかあったら掛けてよ」

「すまないな」

こうして、辻垣内さんは何度もネリーに念を押しながら去って行った。
あまり時間を取らせるなとか、終わったら迎えに行くまで私の下を離れるなとか。
その様子は先輩と後輩というより母子のようで、チカと成香を連想してしまった。



8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:30:17.39 ID:dFmkzZCSO

「――それで、話ってなに?」

「……もっと落ち着いて話せるところがいい」

トーナメント表を見ていた選手たちは大分捌けた様子だったが、
一般開放されているエリアなので次々に人が入って来る。
確かにこんな人通りの多いところで突っ立って長々話さなくてもいいか。

「ファミレスでも行く?」

「お金使いたくない」

「……ドリンクバーぐらいならおごるよ」

なんで向こうから話を持ちかけられて気を使わなきゃならねーんだと思ったが、
一応先輩だし相手は日本に来て間もないかもしれない。
そこらへんは私の類い稀なる対人スキルを駆使して乗り切った。

「いいよ。ドリンクバー単体だと割高で損でしょ?」

乗り切れてなかった。こいつ、大分金にはうるさいらしい。
さあどうする……この近くにでっかい公園があるんだよな。そこで缶ジュースでも買って……
そう考えていると、今度はネリーからの提案があった。

「ホテル行こうよ」



9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:32:49.44 ID:dFmkzZCSO

「獅子原の泊まってるところ。ここから近いんでしょ?」

一瞬焦った。別のものを想像してしまった。いや、決して私の思考回路がアレなわけじゃない。
嫌な予感がするんだ。経験則で感じてるんだ。だからどうにも拒めない。

「あ、ああ、ホテルね。うん、歩いて行ける距離だけど。
でも1人部屋だし、部屋まで入れてくれるかな」

「大丈夫だよ。ネリーそういうのうまいから。
それならお金かからないし、落ち着いて話せるし。行こうよ」

結局、なんだかんだありながら私の滞在中のホテルに戻ってきた。
口八丁が幸いし、部屋にも入り込めてしまった。
入るなりネリーは遠慮なくベッドにダイブした。その勢いで特徴的な帽子も脱げ落ちる。

「わ、ふかふか! やっぱりホテルのベッドってネリーの部屋とはぜんぜん違う」

「いくら安ホテルでも一般家庭とか寮とはやっぱり違うでしょ。……こっち椅子あるよ」

「ここでいい」

仕方なく自分が椅子に座り、とりあえず備え付けのコップにお茶を注ぐ。
昨日コンビニで買ったものだ。2リットルボトルにしておいてよかった。

「はい」

「いいよ」

「もし明日負けたら余らせちゃうからさ。もったいないから飲んでよ」

「……ありがと」



10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:36:04.21 ID:dFmkzZCSO

ベッドに腰掛けたネリーはコップに一口つけると、そわそわしながら部屋を見回している。

「で、その話っての聞きたいんだけど。私も明日の準備があるからさ。
辻垣内さんの弱点教えてくれるってんなら大歓迎だけど」

「弱点? 教えようか?」

「マジで! いいの?」

「お餅食べてむせてたよ。あと昆布キャラメルが止まらなくなってた」

「……麻雀の弱点がよかったな」

嫌がらせなのか天然なのかわからないけれど、
麻雀を離れれば年相応の無邪気なガキなんだと受け止めておこう。
そうじゃないと手が出てしまいそうだ。
どうも向こうからは切り出しづらい様子なので、この機会にダメ元で口止めしておくことにした。

「そうだ、私の力のことだけどさ」

「ちから?」

「麻雀のときの。いろいろ見えてんだろ?」

「うん。みんなはわかってないみたいだけど、ネリーには全部お見通しだよ。
今はうまく隠してるみたいだけどね」



11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:39:07.45 ID:dFmkzZCSO

そうか、こいつカムイがみんな帰ったの知らないから、私が意図的に隠してると思ってるのか。
その方がありがたいな。一応明日の対戦相手のチームメイトなんだし、
もう団体戦でやってたこと全部できないザコだよ、なんて報告されるのはごめんだ。
ハッタリをきかせておいた方が少しはマシだろう。

「まあね。でもできるだけ他に情報漏らしてほしくないんだよなー。
辻垣内さんと情報共有されるのは仕方ないとしても、他のチームメイトとか友達とかにはさ」

「なんで?」

「この力って本来麻雀用ってわけでもなくて、普通に使うと変な目で見られるから
なるべく秘密にしてるんだよね。一番仲良い幼馴染にも詳しくは言ってないんだよ」

「でも今はウスザンが初出場で知られてないだけで、これから戦っていけばどんどん知られちゃうよ?」

「ああ、インハイが終わったらもうこの力麻雀で使うつもりないから」

「え、プロになるんじゃないの?」

「おまえみたいな特待生と違って、私のはただの趣味だからね。明日負けたらガチの麻雀は店じまいだ」

「ガチ?」

「あ、本気のってこと」

「ふーん、そうなんだ……じゃあナイショにしててあげるから、お願いきいてほしいな」



12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:45:02.29 ID:dFmkzZCSO

頭の中で警鐘が鳴り響く。それを悟らせないように努めて平静を装う。

「お願い? まあ私にできることなら……ってかおまえの話はどうなったんだよ」

「ネリーの話はお願いしたいことがあるってことだったから、ちょうどいいんだよ」

「あっそ。金はないからな」

「それは期待してないよ。お金持ちには見えないし」

「そーかよ。じゃあ何?」

「……準決勝終わった後、試合で使わなかったやつ試しにやったよね」

「あー、やったね」

やったっていうか、やらされたんだけどな。
パウチカムイ――淫欲を司る神。強制的に性的快楽を生み出す恐ろしいカムイだ。

「あの時はすぐ引っ込めたけど、あれどのくらい続けられるの?
10分? 1時間とか?」

「さあ、どうだろうな。ほとんど使ったことないからわかんねーや」

これは嘘だ。まだ制御できてなかった頃の不本意な経験から、
少なくとも1時間は持続するとわかっている。



13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:48:14.72 ID:dFmkzZCSO

「ふーん……じゃあさ……」

こうなる予感はあった。

「獅子原、あれやってよ」

「やだよ」

だから即答した。

「だから使いたくないんだって。あの時はおまえがあまりにも食い下がるから、
なんか対策があるのかと思ったんだ」

実際はまったく対抗できなくてすぐ音を上げたんだけど。

「あれは思ったより強くてびっくりしただけだよ。今度こそ効かないってわからせるから」

「なんでそんな意地になってんだよ」

「あれでほんとは勝てたなんて思われたくないからね」

「そんなこと思わないよ。だからあれはもう忘れてくれ」

「なんで。やってよ」

この食いつきよう、ハマッちゃったかなあ……。
私はなんとか諦めさせようと、苦い記憶を引き出す。



14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:50:52.25 ID:dFmkzZCSO

「あのさ、今は使う使わないを完全にコントロールできるようになってるけど、
昔は制御できなくて暴走しちゃうことがあったんだよ」

「暴走?」

「うん。友達とかクラスメートとかに突然効果出ちゃったりして。
私がやったって気づかれなければそこで終わりなんだけど、
2人きりのときになっちゃったりすると、こいつといると……ってなるわけだ」

「そうだね」

「それでこう、何回か迫られることがあったんだよ。襲われかけたこともあったな……」

「ネリーはそんなことしないよ」

「いやまあ、そうかもしれないけどさ」

みんな最初はそう言うんだよ。

「あれ1回味わっちゃうとクセになるみたいで、何かと理由つけてやらせようとしてくるわけ」

「ネリーはちがうよ。勝ったと思われたくないだけだから」

みんな最初は違うって言うんだよ。



15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:53:19.06 ID:dFmkzZCSO

「それがほんとに辛そうで、人助けだと思ってやってあげたことがあってさ。
女の子だったから襲われても撃退できるかなって軽く考えて。
それが間違いだったんだ。どんどん深みにはまって我慢できなくなって……」

「ビッチになっちゃった?」

「……そう。それで学校来なくなって、噂じゃ体で稼いでるって。
すっげーショックでさぁ。だからおまえにそうなってほしくないんだよ」

「ネリーは大丈夫だよ」

「だからみんな最初はそう言うんだよ」

「そうなっても大したことじゃないよ。ネリーも麻雀が強くなかったらどうせそうなってたんだし」

「……なんだよそれ、穏やかじゃないな」

「珍しいことじゃないでしょ。特別な能力がなかったら、
ネリーみたいな子供がいっぱいお金稼ぐ方法なんてそのぐらいだよ」

そうだ、こいつは臨海の留学生メンバーの中ではあまり馴染みのない国の出身だったな。
サカルトヴェロっていったら、確かつい最近までロシアと戦争してたんじゃなかったか。
じゃあこいつが金にうるさいのは生活難で出稼ぎに来てるってことか。

「だから遠慮なんていらない――よ!」

「うわっ!」



16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:56:21.03 ID:dFmkzZCSO

思考が内に向いている隙を突かれ、痺れを切らしたネリーに勢い良く引っ張られた。
そのままベッドに倒れ込み仰向けになった私の上に、ネリーが馬乗りになる。
両手は顔の横でがっちりと掴まれている。

「ほら、早くやれって」

大分興奮してるご様子だ。それでも律儀に靴を脱いでいるのは辻垣内さんの教育の賜物か。
ベッドを汚さないよう、私もローファーを足だけで脱ぎ飛ばす。
うまく床に落ちたようで一安心だ。よし、まだ心に余裕がある。
ここらへんは過去の苦々しい経験たちの賜物だ。

「……いやー、それができないんだわ。ごめん、嘘ついてた。
ほんとはあの力持った神様がもう帰っちゃって、今はもうできないんだ」

「ウソつき。隠してるんでしょ。どこにいる?」

「ほんとだって。全然存在を感じられないだろ?」

大体こうなると聞く耳持たなくなるけど、ネリーとは会話が成立している。
信じて諦めてくれることを祈る。

「……獅子原をエッチな気分にさせたら出て来るのかな?」

最悪の展開になった。



17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 20:59:34.11 ID:dFmkzZCSO

「いやいや、そんなご都合主義な話はないから。それにそーゆーことしたことあんの?」

「ないけど、どうすればいいかは知ってるよ……」

私を見下ろす顔が近づいてくる。おいおい、マジか。私もついに異文化交流デビューか。
なんてふざけてもいられない。相手の動きを見ることに集中する。
ネリーがその口を使ってどの行為をしようとしたのかは知らないが、
私の顔に肉薄して手の力が緩む最大の勝機が訪れる。
私は掴まれた手首を内から外に回し、ネリーの小さな手を振りほどいた。
その流れで体に組み付き反転させる。

「おりゃっ!」

「あっ!」

一瞬で形勢は逆転し、今度は私がネリーに馬乗りで腕を押さえ、その悔しそうな顔を見下ろす。

「ふぅ、いざという時のために『カムイに教わる護身術』読んどいてよかった。
おまえ軽いのな。ちゃんとメシ食ってるか?」

「……」

「力もないし、小さい頃から麻雀ばっかやってたのか?
それじゃあ私みたいに外で駆け回ってた野生児には敵わねーだろーよ」

「放せ」

「私の言うこと信じて、もう“お願い”してこないって約束してくれたらね」



18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:03:23.67 ID:dFmkzZCSO

「……信じられないよ。明日サトハに使うつもりなんでしょ」

「使えないって言ってんのに。仮に使えたとしても麻雀で使いたくないって言ってんじゃん」

「じゃあ今使ってよ。今は麻雀じゃないからいいでしょ」

しつこいな――そう思いつつも、どうも今までのピンチとは違うような気がしている。
完全有利な体勢で落ち着いて対峙してみると、目つきがギラギラしているのがわかる。
ただそれは欲情したものではなく、追い詰められた獣に近かった。

「なんでそう使わせたがるかな……ん、明日……?」

「……」

「あ、おまえもしかして辻垣内さんに使われないように、今のうちに消費させようとしてんのか?」

「……」

ネリーは視線をそらす。表情こそ気丈だが、掴んでいる腕からは抵抗が消えた。

「なんだよ、そういうことかよ。変に策を使わないでストレートに言ってくれりゃいいのに」

「口約束なんて意味ないよ」



19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:07:02.19 ID:dFmkzZCSO

まあこの前は何でもアリみたいなこと言ってたし、やっぱ反則だから使わないで、
なんて言えないんだろうな。こいつプライド高そうだし。

「そりゃ使えなくなるのをその目で見るのが一番確実だろうけど。
もう効かないなんて言ってたけど、ほんとは対策なんてなかったんじゃないの?」

「……」

沈黙は肯定、だろうな。

「この前と同じように恥ずかしい目に会うのも覚悟の上だったんだ。
どのぐらい続くかわかんないから、私に延々そんな姿見られるわけだよ」

「それでもいい」

体張ってアシストか。健気なもんだけど、違和感が拭えないんだよな。
こいつが勝ちに貪欲なのはわかるけど、チームメイトのためになんかするようには見えない。
それに事前に使えなくする工作をするってのが、なんからしくないというか。
いや、こいつのことよく知ってるわけじゃないんだけど。

「なんでそんなにしてまで辻垣内さんに勝たせたいの?」



20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:09:44.43 ID:dFmkzZCSO

聞いてしまった。正直悪手だと思う。パウチカムイの影響じゃないってわかったんだから、
ここは深入りしないでさっさと辻垣内さんを呼んで、
明日の準備で忙しいからって叩き出すのが最善策だとはわかっている。
でも、こいつの切羽詰まった様子を見てるとなあ……。
また余計なお節介で首突っ込んでってチカに怒られるかな。
揺杏には相変わらずだね~って笑われそうだ。

「……サトハに優勝してもらわないと困る……」

「困る? なんで?」

「……」

「言いたくない事情もあるかもしれないけどさ、この状況おまえからしたらもう手詰まりだろ。
話してくれればちょっとは私の心も動くかもしれないよ」

「……」

強情だなあ。あ、情報流されるのを警戒してるのかな。

「誰にも言わねーって。ほら、初出場だから麻雀選手の知り合いなんていないし。
顧問も形だけだから上の人とのつながりなんてないし」



21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:13:31.89 ID:dFmkzZCSO

「ネットにも書き込んだりしない?」

「しないよ。そういうアカウントも持ってないしな」

『ユキちゃんファンクラブ』は私個人のじゃないからノーカンだ、うん。
ようやく観念したのか、ネリーは一呼吸置くと小さな声で語り始めた。

「……団体戦で負けちゃったから、せめて個人戦で勝たないと臨海のネームブランドが落ちるって。
そうなったらネリーの立場も危ないって思って……」

「なにそれ、誰が言ってたんだよ。決勝まで行ってんだから大丈夫じゃないの?」

「だって、ニュースでコメンテーターの人が言ってたよ」

コメンテーターって賑やかしの芸人じゃないのか。
日本のニュース番組のほとんどは報道系バラエティだって言っても話がややこしくなるだけか。

「他の留学生はどう言ってんの?」

「みんなは大丈夫だろうって。それにサトハなら優勝できるって気楽に考えてるよ。
でもネリーはお金がいるの。万が一にでも足踏みするわけにはいかないんだよ」



22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:17:47.64 ID:dFmkzZCSO

「それで辻垣内さんが勝てるか気にしてトーナメント表も見に来て、
私が初戦の相手だってわかって、あれを使われるとヤバイと思ったと。そういうこと?」

「そう」

「気にしすぎだと思うけどな。誰かに相談したか?」

「……相談できる人なんていないよ。弱みを見せたらつけ込まれるだけ」

おおう、スレてんな。これが世界で戦うってことなのか。

「なんだ、おまえ友達いないのか?」

「友達ぐらいいるよ」

「ほんとか? 団体戦のメンバー抜きでも?」

「……ネリーは日本に遊びに来たわけじゃないから。友達なんてべつにいらないよ」

このふて腐れた顔は図星だったらしい。



23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:19:44.71 ID:dFmkzZCSO

「強豪校だとレギュラー争いとか大変なのかな。
でも麻雀部じゃなけりゃつけ込むもなにもないだろ」

「どこでどう情報が回るかわからないから、麻雀部じゃなくても気を許すわけにはいかないよ」

「セキュリティ堅いのな。あ、さっきネットに書き込むの気にしてたな。
なんか嫌な出来事でもあったのか?」

「……入学してすぐのとき、クラスの子がネリーの悪口をネットに書き散らしてた。
そしたら全然知らない人までそのこと信じて非難してくるんだよ」

「うわー、それはまいったね。運悪く中心的な人とぶつかっちゃったのかな」

「第一おかしいよ。直接言えばいいのにまわりでコソコソして。
部でも留学生にレギュラー占領されるのが気にくわないって、結託しちゃってさ」

あ、やっぱりあるんだそういうの。

「じゃあ留学生同士で固まっちゃってんのか。なんかもったいねーな、せっかく日本に来てんのに」

「……みんなはうまくやってるよ。メグも最初は苦労したって言ってたけど、
サトハがおんなじ学年だからフォローしてたんだって」

見た目どおり委員長気質なんだろうか、あの人は。



24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:22:29.78 ID:dFmkzZCSO

「ふーん、じゃあぼっちはおまえだけか。
もしかして部活とか学校生活でも麻雀のときみたいな生意気な態度なのか?」

「いざってとき精神的に優位に立てるように、
ふだんからプレッシャーかけとくなんて世界ジュニアじゃ常識だよ」

なんだか嘘くさい。他の留学生は普通に交流してるんだろ。
こいつきっと最初は誰にでも傲岸不遜な態度で、懐に入ると日和るタイプだ。
辻垣内さんたちの前じゃ日本の昔ながらの遊びでも教わってはしゃいだりしてるんじゃないか。

「故郷には家族のみんながいるから、日本でひとりでもぜんぜん平気だよ」

強がって若干涙目になってきたのを見ると、組み伏せている今の状況が犯罪じみて気が引ける。
掴んでいた腕を放し、ネリーの上からどいてベッドの上で胡座をかく。
ネリーは体を起こすと体育座りになり、こっちを睨んでいる。

「……そこらへんの事情はなんとも言えないけどさ、今一番やるべきなのは、
辻垣内さんの対戦相手を研究して対策練ることだと思うぞ」

私は枕元のリモコンに手を伸ばし、テレビを点ける。
ちょうど1試合目が終わり、私と辻垣内さんの対戦相手を決める試合に移り変わるところだった。

「お、ちょうどいいタイミング。なあ、おまえ相手の力見たりするの得意だろ。
試合見てて気づいたこととか私にもちょっと情報横流ししてくれない?」

むくれてしまったネリーの敵意を少しでも和らげようと、私はおどけてそう言った。



25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:26:21.35 ID:dFmkzZCSO

テレビでは2試合目が始まる前に、昨日の団体戦決勝のダイジェストが流れ始めた。

「なんだ、まだか。まあいいや、決勝見てなかったんだよなー」

準決勝で負けた後はひたすら個人戦出場選手のデータを分析していたため、
決勝は最終結果しか知らない。先鋒戦だけは宮永照目当てで生観戦したけど、
原村和や宮永咲は準決で当たるときにいやというほど見たので、
次鋒戦から先は個人戦が終わったら録画でゆっくり見ようと思っていたのだ。

「へえ、副将まで臨海と白糸台でトップ争いしてたんだな。
やっぱネームブランドとか心配する必要ねーんじゃねーの?」

努めて明るく振る舞ったつもりだった。
ところが、ネリーは目を見開いて悲痛な表情を浮かべていた。

「え、なに、どした?」

「消して……消してよ……!」

ただ事ならぬ様子に不安を覚え、私は慌ててリモコンの電源ボタンに手を掛ける。
テレビが消える寸前に聞こえた実況の声に、私はすべてを理解した。

『決まったーっ! ヴィルサラーゼ選手痛恨の振り込み! 優勝は――』



26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:32:32.31 ID:dFmkzZCSO

俯いて顔の見えないネリーがぽつりぽつりと零し始めた。

「……昨日からずっと、何回もテレビでネリーが負けたところが流れるの」

そうか、こいつがこんなにも追い詰められたのは、そういうことだったのか。
決勝大将戦、それもオーラスの和了りとなれば、
昨日今日と特集番組やニュースで飽きるほど流れたことだろう。

「このままじゃ、みんなは大丈夫でもネリーだけはスポンサーに見限られちゃう……
部のやつらもバカにしてネリーを倒そうと勢いづいてくるかもしれない……」

相手が悪かったとか時の運とか、いくらでも言いようはある。
でもそんなものは一切届かないだろう。
メンバー唯一のマイナス収支で、敗退を決める放銃をした。
その事実は変えようがなく、昨日の今日では気が気じゃないはずだ。
無闇に慰めるより不安を吐き出させる方がいいかもしれないな。

「んー、まあ不安にもなるよな。こういうときこそ故郷の家族を頼ればいいんじゃねーの?」

「……できないよ」

「あ、ケータイ持ってないんだっけか。私の使う?
後で電話代払えなんて言わないよ。さすがに2時間も長電話されたら困るけどさ」



27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:34:54.95 ID:dFmkzZCSO

「国際電話高いの知ってるの?」

国内に掛けるより高いことぐらいは知っている。でも具体的な料金までは知らない。
せいぜい3倍ぐらいだろうと高を括っていたけれど、そう言われると心配になってきた。

「……ちなみにいくらぐらい?」

「地域によってちがうし会社によってもちがうけど、
サカルトヴェロだと1分で200円から400円ぐらいいくよ」

「うっお……思ったよりするもんだな」

「アメリカとか香港とかはもっと安いけどね。だからこっちに来てからは手紙だけだよ」

じゃあ久々に家族の声でも聞いて元気出せ、なんて言えればよかったんだけど、
しがない貧乏学生の私は自分の安直な言葉を後悔していた。
電話のことを自然な流れで流局に持ち込もうと企む、情けない上級生だった。

「なるほどなあ。考えてみたら手紙の方が形に残っていいかもな。
返信にはタイムラグがあるだろうけど、愚痴とか不安とか書いてるだけでも
気持ち落ち着いてくるらしいし。じっくり書いてみたらいいんじゃない?」

「だからできないよ」

「え、なにが。いつも手紙書いてんだろ?」

「書いてるけど……心配させるようなことは書けないよ」



28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:39:44.28 ID:dFmkzZCSO

「わっかんねー。そういうのを受け止めてくれるのが家族ってやつなんだろ? 知らんけど」

重苦しい空気を拭い去りたくて三尋木プロのモノマネをぶっ込んでみたけど、
ネリーはまったく反応しなかった。私は仕方なくユキの容赦ないツッコミを妄想した。

「……弱音吐くわけにはいかないよ。みんなは故郷でもっと大変なんだから。
日本で平和に暮らしてるネリーなんかよりずっと大変なんだから」

「そりゃまあ安全とか物資の面じゃそうかもしれないけどさ。
それじゃおまえの吐き出しどころがないだろ」

「そんなのなくても平気だってば」

「ほんとかよ。寂しくねーの?」

「……っ! 寂しくなんかない。いつも顔を思い浮かべてお祈りしてるんだから。
味方なんていなくても寂しくなんかないよ」

こいつがいつから世界を飛び回っているのかは知らないけれど、
ずっとこのスタンスでやってきたんだろうか。
このメンタルタフネスも麻雀の強さの一因なんだろう。大したもんだ。
でも、15歳やそこらで全部背負って我慢して――っていうのはなんだか腑に落ちない。
同情とか憐憫ってわけじゃなくて、ただ私が気に入らないってだけなんだけど。



29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:43:40.47 ID:dFmkzZCSO

でもいいよね?
試合前日の貴重な時間を潰されてるんだから、言いたいこと言っちゃってもいいよね?
もしかしたら荒療治になるかもしれないし、今こそ全ツッパが最善手のはずだ。

「ふーん。おまえあれだな、家族のことぜんぜん信用してねーんだな」

「……なんでそうなる?」

「だって、苦しいこととか辛いこととか全部隠してんだろ?
それって受け止めてもらえないかもしれないのが怖いんだろ?」

「……ちがう」

「ほんとは家族のこと、お荷物とか鬱陶しいとか思ってんじゃねーの?」

「ちがう!」

ネリーは私に勢いよく飛び掛かると、胸ぐらを掴んで押し倒してきた。
少し驚いたけど、私は余裕の笑みを崩さない。
昔よく怖ーい上級生なんかにされていたのに比べると、幾分マシなもんだ。
いや、泣きそうで痛々しい顔な分、こっちの方がむしろキツイかもしれないな。



30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:47:13.47 ID:dFmkzZCSO

「そんなこと思ってない……勝手なこと言うな」

声も唇も震えている。もう一押しか。

「ネリーはほんとにみんなのことが好きだから、楽しい話しかしたくないだけ」

「あっそ。それで不安なこと全部我慢してテンパってちゃ世話ねーな」

ネリーは一層顔を歪め、唇を噛んで乱れる呼吸を抑えている。

「だって……しょうがないでしょ……口にしちゃったら、どこでつけ込まれるかわかんないから。
ネリーが全部我慢して勝ち続ければ問題ないんだから……!」

そろそろ潮時だな。
ダメージを負わせたいときに最適なのは“上げて落とす”。今回はその逆だ。
私は両腕でしっかりとネリーを抱き寄せ、完全にベッドに体重を預ける。
そして右手でその小さな頭を撫でた。

「あっ!?」

予想外の抱擁を受け、ネリーは困惑した様子だった。
幼馴染たちからは“過剰なスキンシップ”と何度かイエローカードをもらってるけど、
仕方ないよな。こんな小さな女の子が、いろいろ重たいもん背負って
故郷から遠く離れた島国で独り戦ってるんだ。
亜空間殺法も飛び出しちゃうってもんだよ。ほっとけねぇってやつだ。



31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 21:50:02.97 ID:dFmkzZCSO

「そっか、ごめんな。おまえ頑張ってんだな、偉いもんだよ。
でもさ、たまには辛いことを辛いって言っていいんだぞ」

「……でも……」

「大丈夫。言ったろ、本気の麻雀は終わりだって。だから私がおまえの敵に回ることはない。
情報売ったりもしない。約束する。なんならおまえのその服の十字に誓ってもいい」

「……」

「だからさ、今だけでもほんとの気持ちぶちまけちゃえよ」

「…………つらい……つらいよ……寂しいよ……!
がんばってるのに、なんでネリーばっかり……うまくいかないんだよ……
みんなに会いたいよぅ……うあああぁぁぁん!」

張り詰めていた糸がようやく切れたようで、ネリーは私の胸に顔をうずめて号泣した。
仰向けに寝ているせいで平たくなった私の胸に、振動がダイレクトで伝わる。
泣き声が体を駆け巡る感覚はいつ以来だろう。
そんなことを考えながら、私はネリーの背中と頭をそっとさすってやった。



32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:04:40.26 ID:dFmkzZCSO

そうしていたのも束の間、突然ポケットが震える。辻垣内さんから電話が来ていた。
思ったより時間が掛かっているので状況確認をするつもりだろう。
ネリーの泣き声が響き渡る今は出たくないが、出ないともっとまずいことになりそうだ。
あの人ならGPSだなんだで居場所割り出すぐらいしそうだしな。
円滑に説明する自信はなくても、出たとこ勝負の手成りでなんとかするしかない。

「もしもし」

『……どういうことだ』

怖い。抑えてはいるが怒気をはらんでいる。
そりゃあ第一声でチームメイトの泣き声が飛び込んでくれば、
私に矛先が向くよな。この人の場合剣先かな。

「いや、大丈夫。危険な目に会ったわけじゃないしケガしたわけでもない。
お金を取られたとか麻雀打てなくなったとかでもない。大丈夫だから」

とにかく安全をアピールしてみたが、安心した様子は感じ取れない。

『……現在地を教えろ。迎えに行く』



33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:07:34.20 ID:dFmkzZCSO

私の簡素な説明を聞き終えた辻垣内さんは電話の向こうで誰かと話している。
恐らく監督あたりが車を出してくれるのだろう。

『そこなら15分程で着く。近くまで来たらまた連絡するから、そこにいろ』

「了解でーす」

こっちが返事を言い終える前にもう電話は切れていた。
相当気が逸った様子だったから、実際には20分以上掛かるだろう。

「聞こえてた? 辻垣内さんが迎えに来るって。すっげー心配してたよ。
あの人なら仁義とか大事にしそうだし、もっと頼ってもいいんじゃないの?」

「……サトハのことは好きだよ。他のみんなのことも」

まだ少ししゃくり上げているが、ネリーの感情の波は引いたようだ。

「でも、完全に気を許すわけにはいかないよ。いつかは敵同士になるんだから」

「うーん、でも拠り所っていうかオアシスっていうか、
どこかしらに気が休まる存在がいた方がいいと思うんだけどな」



34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:13:37.01 ID:dFmkzZCSO

もう落ち着いて話せるだろうと、私は上半身を起こし後ろ手をつく。
ネリーは私の腿の上に跨がったまま、やや前のめりにベッドの上に手をついている。
顔が近くてちょっと気後れするが、泣き腫らした目を見るとなんだか顔をそらせない。

「……さっき獅子原に頭なでてもらったとき、すっごくあったかくなった気がする。
なんかした? そういうの慣れてるの?」

「普通に撫でただけだよ。あー、慣れてるっちゃ慣れてるな」

「なんで?」

「ずっと施設にいたから、小さい子の面倒見ることもいっぱいあったんだよ」

生い立ちのことを話すと、大抵教科書的な同情を受ける。それが気持ち悪いからあまり話したくない。
でもまあ、こいつなら大丈夫かな。そう思って解禁した。

「施設って……」

「孤児院って言えばわかるかな?」

「わかるよ。え、じゃあ家族は?」

「いないよ。物心ついた時にはそこで暮らしてたから、親の顔も知らないし
兄弟がいるのかも知らない。だからちょっと羨ましいところあるんだよ」



35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:16:09.60 ID:dFmkzZCSO

「うらやましい? ネリーが?」

「会いたいって思える家族がいるだろ。祈るときには親の顔が浮かぶんだろ」

「……」

「ま、ないものねだりだけどな。いたらいたで大変なこともあるんだろうし」

「獅子原には、気が休まる人いるの?」

お、少しは心開いてくれたかな。

「いるよ。家族はいなくても、家族同然の幼馴染がいる。
今も同じ高校で同じ麻雀部なんだよ。ほら、中堅のポニーテールのやつ、覚えてない?」

「……そういえばちょっと雰囲気似てるかも」

「そうか? でもやっぱ1人じゃやって来られなかったと思うよ。
よくまわりに気味悪がられたりしたけど、そういう時大分精神的に支えてもらったからな」

「ふーん。じゃあ今は寂しくないんだ?」

「そうだな。もう寂しいってことはないな。人生楽しめちゃってるしな」

「じゃあさ……獅子原がネリーの支えになってよ」

開きすぎだろ。



36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:19:43.40 ID:dFmkzZCSO

ついさっきまでは噛みついてきそうなくらいだったのに。
大泣きして感情爆発させたから、今までの反動で退行しちゃったかな。
まさかさっきのハグとなでなでが久しぶりに味わったスキンシップで、
私に母性を見出しているとでもいうのか。

「支えって……?」

「ネリーがつらいときに話聞いたり頭なでたりしてくれるだけでいいから」

いや無理だろ。こっちは北海道だぞ。
それにもっと身近に支えがあった方がいいわけで。学校で友達作れよって言いたいんだけど。
本気で困った。どう答えるのが正解なんだ……。
困ったときの神頼みが利かない今、奥の手を使うしかないか。
私は精神を集中させ、天使と悪魔を呼び出した。といっても自作自演の脳内会議だ。
頭の中にイメージを起こして早々に、金髪の天使から小言が入る。

『ほらこういうことになった。だからお節介だって言ってるのに』

優しそうな見た目の割に、私にはけっこう厳しい。

『まあいつものことだし、しょうがないんじゃないの~?』

逆にツリ目の悪魔の方は、悪そうな見た目の割にけっこう大らかだ。



37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:22:16.22 ID:dFmkzZCSO

『とにかく、できもしないことを約束するのは無責任よ。
ここははっきり突き放すのが本人のためになると思うわ』

『いや~、それは可哀想でしょ。また泣かれたら面倒だしね~。
せっかくここまで心開いてくれたんだからさ、流れっての来ちゃってるって』

天使と悪魔の問答は続く。

『じゃあどうするの。じゃんけんで勝ったらいいよ、とか?』

『負けたらど~すんの。こういうときは調子いいこと言って合わせとけばいいんだよ。
どーせ明日にはバイバイするんだし、そしたらもう会うこともないんだしさ~』

『だめよそんなの。甘えを一刀両断することで、ちゃんと家族に甘えられるようになるわ』

『それより偶然の出会いを良い思い出にしてあげてさ~、
同年代に歩み寄る気を起こさせるのがいいって』

「――獅子原?」

反応のないことに不安になった様子のネリーから声を掛けられたところで、脳内会議は打ち切られた。
でも大分状況を整理できた。あとはどっちの言い分を採用するかだな。
その時々で天使にも悪魔にも同じぐらい世話になったもんだけど、今回は――こっちだ。

「いや、頼ってくれるのは嬉しいよ。でもそれは無理だよ」



38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:30:14.84 ID:dFmkzZCSO

見るからに気落ちするネリーにちょっと精神を削られるけど、ここで日和るわけにはいかない。

「私は明日か、遅くても明後日には北海道に戻るんだから。
おまえはちゃんと頼れる家族がいるんだから、遠慮しないで甘えろよ」

「……日本にはいないもん」

「だったら身近にそういう存在を見つけるんだな。クラスメートとか先輩とか先生とか。
今いる身近な人にもっと気を許すのもいいと思うよ」

「…………ケチ。ドケチ。獅子原のしみったれ」

うっお、あんまり聞き慣れない言葉知ってるな。
俗語なんかはわからない素振りを見せるのに、お金関係のことは詳しいのか。

「そう言うなよ。おまえが強がってないで素直に生きてりゃ神様の思し召しがあるはずだって」

「神様を持ち出すのはズルいよね?」

わかりやすく唇を尖らせるネリーに、なんだか安心する。



39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:34:06.15 ID:dFmkzZCSO

「おまえけっこう感情豊かだな。麻雀が絡むときは小憎らしいガキんちょだと思ったけど、
そうやってワガママ言って甘えたりいじけたり、カワイイとこあるじゃん」

「……ずっと抑えておくつもりだったのに、獅子原がしつこいから」

「いいだろ。子供は素直が一番だ」

「これで麻雀弱くなっちゃったら責任取ってよ」

「えぇ!? なんでそうなるんだよ」

「だって、心がもろくなったら麻雀に影響するかもしれないでしょ」

今回の場合は良い方に影響すると思うけど、プロのトップの世界だと
非情になる必要もあるのかもしれないし、ネリーの言うことも一理あるのかな。

「ネリーが麻雀で稼げなくなって売春するようになったら獅子原のせいだから」

「あー、それは困るな。……じゃあその時は2人でレストランでも開くか」

「えぇ!?」

今度は向こうが動揺する番だった。



40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:37:48.09 ID:dFmkzZCSO

「考えてみれば北海道は酪農が盛んだし羊食べる習慣もあるし、
ジャガイモに玉葱にトウモロコシと洋食向きの野菜は揃ってるし、
ワインも日本の中じゃ作られてる方だ。おまえの故郷って羊とかチーズとかよく食べる方?」

「うん。食べるよ」

「いいねいいね。北海道産の食材にこだわったグルジア&アイヌ料理店……これいけるんじゃねーの?」

「サカルトヴェロだよ。でもネリー料理あんまりできないよ?」

「アドバイザーとしていてくれればいいんだよ。看板娘が元世界ジュニア雀士ってのも話題性あるし。
なに、私の力を応用すればあっという間に評判になるはずだ。
貧血予防料理とか、冷え性を和らげる料理とか、滋養強壮料理とかな」

ネリーのぽかんと開いた口が感心からか呆れからかはわからないが、
走り出したら止まらない私の妄想話は続く。

「私の幼馴染がいろいろ器用だからな、とりあえず料理の道に進ませておいて、
ウェイトレスの衣装もデザインからやってもらおう。これで大分コスト削減だ」

「幼馴染なのにとんだブラック雇用だね」

「あとは後輩がアイドルになったら、帰省すると必ず立ち寄る店だって紹介してもらう。
おまえも辻垣内さんとか他の留学生とかに宣伝してもらうんだぞ。
北海道での試合の時は会場に出前に行ったりしてな」



41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:40:41.48 ID:dFmkzZCSO

「……そういうのも気楽でいいかもしれないね」

「だろ? だからまあ、麻雀だめになってもヤケを起こすなよ」

結局、悪魔の案も採用してしまった。だけどそこはお目こぼし願いたい。
いたいけな少女が異国の地で春を散らすのを見過ごすわけにはいかないからな。
気休めだけど、頼られたらほんとにその道を考えよう。それなら無責任じゃないだろ。
頭の中で天使が呆れたような、諦めたような表情を見せる。悪魔はニヤニヤと笑っている。

「うん、がんばってみる」

「よし。さしあたっては、明日の辻垣内さんの試合を全力で応援することだな。
優勝しちゃえば一安心なわけだし。あの力も使わないから。今なら信じられるか?」

「うん」

正確には“使えない”だけど、私の意思という意味では間違いじゃないだろう。
さんざん疑われたところをようやく信じてもらえて感無量だ。

「ま、力は使わなくても手加減はしないけどな。
真剣勝負の結果私が勝つこともあるかもしれないから、その時は覚悟しろよ」

「それは大丈夫。あれさえなければサトハが負けるはずないから」

「言ってくれるよ。私もそう思うけどさ。
にしても、最初っから信じてくれてればこんなゴタゴタしなくて済んだのに」

「それは獅子原が悪いよね? 牽制なんてするから」



42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:43:30.09 ID:dFmkzZCSO

「え、なにそれ。いつそんなことしたよ」

「とぼけてもムダだよ。全部聞いてたんだから」

身に覚えがないが、ネリーの表情は至って真剣だ。

「ごめん、マジでわかんない」

「トーナメント表見てたとき、あの力サトハに使ったよね?
ネリーにやったときよりずっと弱めだと思うけど」

「やってないって! なんでそう思ったのか不思議でたまらないんだけど」

「だって、ネリーが来たときもう2人で話してて、そのときサトハが胸が熱くなるって言ってたよ。
そしたら獅子原は明日もっと熱くするって言ってたよね?」

「……ふ、ふふ、ふひひひひ! わ、笑える――あっははは!」

「なにがおかしいの!?」

ネリーは本気で困惑していたが、私はしばらくまともに話ができなくなった。



43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:48:38.22 ID:dFmkzZCSO

「――あー笑った。あのな、そりゃ日本語の慣用句ってやつでな」

「カンヨウク?」

「えーっと、ことわざみたいなもん」

「……よくわかんない」

「そうだな……踏んだり蹴ったりって言葉わかる?」

「それなら知ってるよ。やなことが続くってことでしょ」

「そう。実際踏むとか蹴るとかするわけじゃない、別の意味がある。
それと同じで、胸が熱くなるってのは感動するって意味があんの」

ネリーは真顔で固まっている。

「だからあの時は、私が辻垣内さんの打ち方に憧れるって言ったから、
辻垣内さんが嬉しいよって返しただけだよ」

「……明日もっと熱くするって……」

「そりゃ良い試合にして白熱させるってことだよ。名勝負を熱い試合って言い方するだろ」

「……」

「だから言葉の意味そのまま、おっぱいが火照って熱くなるってことじゃないからな。
準決勝の後おまえが味わったようなさ」

唇を噛んで泣きそうな顔をしているネリーは、見る見るうちに顔が紅潮した。



44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:54:30.01 ID:dFmkzZCSO

「そんなのわからないよ! もっとわかるように言ってよ!」

「おまえが勉強不足なんだろ。日本で暮らすならこのくらいの表現は日常茶飯事だよ」

「年上なんだからネリーのために簡単な言い方にしろ! ばーかばーか!」

「無茶言うなよ。あの時おまえがいたなんて知らなかったし。
それに先に言ったのは辻垣内さんだからな」

「はぁ……バカみたい」

「ホントにな」

「獅子原には言われたくないよ!」

ネリーは私の両の頬をつまんでぐにぐにと引っ張ってくる。

「あはは! 痛い痛い!」

「ふふっ、変な顔」

それからは2人で笑い合って、ベッドの上を転がりながらじゃれ合った。
辻垣内さんから2度目の連絡が来るまで。



45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 22:59:23.85 ID:dFmkzZCSO

ホテルの外で待つ。
そう言った辻垣内さんの下へ向かい、私たちは部屋を出た。

「いきなり斬りかかってきたりしないだろうな。その前に先手必勝で説明しないと……」

「……やっぱり言わなきゃだめ?」

「思いっきり泣き声聞かれてるからなー。うやむやにはできないだろ」

「でも……やっぱりまだサトハには弱いところ知られたくない。
知られちゃったらサトハはきっといろいろしてくれるから、甘えが出ちゃいそうだし」

めんどくせーやつだな、甘えればいいじゃん。
そう言ってやろうかとも思ったが、ネリーの次の言葉が一瞬早かった。

「それに、サトハが優勝しないと、なんて言って変にプレッシャー掛けたくない」

一理あるのかもしれない。
まったく根拠のない話だとしても、後輩の留学生の進退が自分に懸かっていると聞けば、
少しは動揺するかもしれない。いくら辻垣内さんが極上のメンタルを持っているとしてもだ。
正直、明日対局する私としてはそっちの方がありがたい。
本来は敵校内部の動乱なんだから、それを回避する義務もないんだしな。



46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:03:53.93 ID:dFmkzZCSO

頭の中でごちゃごちゃ考えているうちにフロントを通過し、
扉を抜けて辻垣内さんと対面することとなった。

「何があった」

赤くなったネリーの目を一瞥すると、辻垣内さんは私に険しい表情を向けて開口一番にそう言った。
メガネがないため鋭い視線がダイレクトに突き刺さる。
そこにネリーがお茶濁しの疑問を投げ掛ける。

「監督は一緒じゃないの?」

「駐車場を探しているところだ。それで、何があった」

ネリーは気まずそうに後ろ手を組み、横目で辻垣内さんの動向をうかがっている。
意を決して話し始めようとしたその声に、私は頭ハネで声を被せる。

「それがさ、準決の牌譜のことで話があるってんで議論してたんだけどさ。
お互い熱くなってきちゃって。それでつい、試合後のことを厳しめに叱っちゃって」

「試合後……?」

辻垣内さんは片目を細め、品定めするように私を見ている。
私は真っ直ぐ目を見て、冷静に嘘を吐き出した。

「決着ついた後でネリーが私ら3人に煽るようなこと言ったんだよ。
だから、世界戦ではそれが普通なのかもしんねーけど、インハイはそーゆー場じゃねーんだよ。
って感じのことを、喧嘩腰に言っちゃってさ。いやほんとごめん」



47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:09:07.02 ID:dFmkzZCSO

「……そうなのか、ネリー」

ネリーは虚を突かれた様子で、口を開けてアホ面を晒していた。

「――え、あ、うん。そう、なんだよ……」

しどろもどろのネリーを見て、私が脅していると思われないかと少し心配になる。
辻垣内さんはひとつ息を吐いて目を伏せる。
再び顔を上げたとき、その表情はすっかり和らいでいた。

「そうか。いや、すまなかったな。早合点してしまったようだ。
それに本来私が担うべきところを肩代わりさせてしまったな、本当に申し訳ない」

私に頭を下げる辻垣内さんに対して尋常ではなく罪悪感が募る。

「ちょ、やめてよ。あの状況なら誰でも心配になるって。大人げなかった私も悪いんだしさ」

「だが、濡れ衣を着せてしまったことに変わりはない」

「いや、濡れ衣ってわけでも……」

頑なな態度に当惑する私とネリーにとって、臨海の監督さんの登場は渡りに船だった。
救いの神は初対面の私と軽く挨拶を交わした後、辻垣内さんから事情説明を受けている。
ようやく安堵を得られた私は、さりげなくネリーと目を合わせる。
そこには感謝だか疑問だかわからない、感情に満ちた青い瞳があった。
私は記者に囲まれたときのように、爽やかな笑顔でウィンクしてやった。



48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:13:04.72 ID:dFmkzZCSO

その後、監督さんと辻垣内さんに何度も礼を言われた。
ネリーも無理やり頭を下げさせられていた。
ようやく話がまとまり、別れの時がやって来た。
去り際に辻垣内さんがもう1度真剣な顔で声を掛けてくる。

「世話を掛けたな」

「いいって。それより明日は手加減無用でよろしく」

「……そうだな。感謝する。よし、行くぞネリー」

辻垣内さんと監督さんが歩き出し、ネリーも後ろをついて行く――
と思いきや、すぐに立ち止まって振り向いた。
そして切なげな顔で口を開いた。

「獅子原……また……」

「ん?」

「……ディディマドロバ!」



49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:17:14.21 ID:dFmkzZCSO

「え、ディ……なに? グルジア語? わかんねーって」

「また試合してもネリーが勝つって言ったんだよ! じゃあね!」

一転して笑顔を作るとネリーは駆け出した。
すぐに2人に合流し、角を曲がって私の視界から消える。

「……はぁ~あ、かわいくねーやつ。ま、笑顔が戻って何よりだ。
試合後も煽り笑いじゃなくてああいう満面の笑みすりゃいいのにな」

さてと、手加減無用って言っちゃったし、牌譜とにらめっこでもしようかな。
独りごちて、私はホテルの部屋に戻る。ふと下を向くと、ネクタイには涙の跡がうっすらと残っていた。

―――――――――
――――――
―――



50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:20:58.96 ID:dFmkzZCSO

後日。
我が有珠山高校麻雀部員総勢5名は部長桧森誓子の家に集まり、
インターハイ反省会という名の軽い打ち上げを行っていた。
テレビを見ながら菓子を食べ、たわいもない雑談に花を咲かせる。
ふとチカの机に目をやると、分厚い大学案内の本が鎮座していた。

「なんだこれ。こんなの持ってんだ」

「3年生になる前にお父さんが買ってくれたの。前に話したじゃない」

「そうだっけ……うげっ、わけわかんねー」

「爽もいいかげんちゃんと考えれば?」

そうは言っても拒絶反応が出てしまう。細かい文字の羅列に辟易していると、
北海道のページはもう終わり、青森に突入してしまった。
その後も特に目を引かれるものはなくパラパラとめくっていると、
テレビでやっている高校麻雀の特別番組に動きがあったようで、皆が反応した。

「あ、爽さん出ましたよ!」



51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:23:58.01 ID:dFmkzZCSO

「個人戦は辻垣内さん中心の作りね」

「初戦は危なげない勝ち上がり、だってさ。言われてんよ爽~?」

みんな楽しげに見てるけど、私はできれば出番をカットしてもらいたかったぐらいだ。
自分なりに全力を尽くしたけど、文字通りボコボコにされたんだから。

「……爽先輩は私たちのために団体戦に懸けてくれたんですから、
どんな結果でも私は誇りに思いますよ」

「ありがと。ユキは優しいな。同じ1年生でもどっかの生意気留学生とは大違いだ」

そうこう言っている間に決勝戦が終わり、
優勝者とそのチームメイトが喜びを分かち合っている様子が映し出された。

「辻垣内さん……素敵な笑顔です」

「成香はメタメタにやられたもんな~。
それにしても宮永も出てる中、去年のリベンジ果たすなんてちょーやっべ」

「でも直接対決したわけじゃないから色々言われてるみたいよ」



52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:26:22.02 ID:dFmkzZCSO

今年の優勝者は辻垣内智葉――私が敗れた相手だ。
ちょっと関わりもあったから素直に嬉しく思う。
ただチカが言ったように、逆ブロックの宮永姉妹の死闘が事実上の決勝とか、
棚ぼた優勝とか言う輩もいる。それは全力で否定しておきたい。

「そういう組み合わせの妙も含めてトーナメントなんだから、私からしたら文句なしの優勝だよ」

「そーだね。まー本人たちも満足してるみたいだし、いいんじゃないの~?」

テレビではインタビューも終盤に入り、臨海女子のレギュラー陣が集まっていた。

『じゃあいいな、打ち合わせどおりにな』

『わかってまスヨ』

中央に陣取る辻垣内さんが、周りに確認を取った後喋り始める。

『えー、団体戦・個人戦とここまで頑張れたのもひとえに応援いただいた皆様のおかげです。
本当にありがとうございました』

『サンキューソーマッチ!』

『ジュヴルメルシー』

『非常感謝』

『グマドロプ』



53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:29:18.65 ID:dFmkzZCSO

……なるほど。国際色豊かなのをこうして使ってきたか。

「かっこいい!」

「素敵です……」

「ぬかりないね~?」

「英語とメルシーだけ聞き取れたわ。あとは全然ね」

この後の監督インタビューでは『ダンケシェーン』かな?
そう考えていると、画面の中で選手たちが何やら揉め始めた。

『おいネリー、おまえのそれは一番軽いやつじゃなかったか?』

『そうでスヨ。もっと丁寧なのありましたヨネ?』

『べつにいいでしょ。みんなのメジャーな言葉とちがって、
わかる人なんてせいぜい2割なんだから』

『わかるわからないの問題じゃない』

『気持ちの問題デス。最大限の感謝を伝えましょウヨ』

『わかったよ……ディディマドロバ!』



54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:32:54.18 ID:dFmkzZCSO

優勝した辻垣内選手と臨海女子高校の皆さんでした――
その音声とともに彼女たちは画面から姿を消した。

「だめね、さっぱりわからないわ」

「響きがちょっと怖いです」

「そうですか? 東欧の感じもなかなかかっこいいと思いますけど」

「しっかしさ~、いくら基本の言葉だからって、
グルジア語聞いたことある人絶対2割もいないだろうよ~」

皆が初めて聞く言語の感想を述べる中、私は数日前のことを思い出していた。

「……いや、2割で合ってるよ」

ほんっと、かわいくねーやつ。
私の手の中の大学案内は、いつの間にか東京のページまで来ていた。



55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:36:16.17 ID:dFmkzZCSO

「……なあ、もし私が北海道を出たらどう思う?」

戯れに聞いてみた。深い考えがあったわけじゃなく、何気なく出た言葉だ。

「ええっ! 考えてもいませんでした。爽さんが遠くに行っちゃうのはなんだか心細いです」

「寂しくないと言ったら嘘になりますね。仕方ないことですけど」

「ありがと。できた後輩を持って幸せだ」

敬語の後輩2人は素直に嬉しいことを言ってくれる。
対照的に、幼馴染の2人は淡泊だ。

「好きにすればいいんじゃない? やっと爽の世話人の立場から解放されるわ」

「腐れ縁もここまでかな~? たまになら作ったお菓子送ってやってもいいよ。着払いで」

材料費も2割増しぐらいで取っちゃえば? それいいね~。
などと勝手なことを言って盛り上がる2人。
だけど、それは強がりなんだと私にはわかってしまった。



56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:39:05.00 ID:dFmkzZCSO

一瞬だけど、なんて寂しげな表情をするんだろう。
本当に、どこまでも私の自由意志を尊重してくれるものだ。
この精神安定剤がなかったら、私もあのやさぐれグルジアンのように、
強がって孤独感を押し殺して生きてきただろうか。そう思うと、自然と口が動いていた。

「……イヤイライケレ」

私も大概かわいくねーやつだ。人のことを言えないね。

「えっ……何、突然」

「何語だよ。わかんね~って」

「いや、タダで食わせろって言ったんだよ」

呆れる揺杏とチカ。2人をなだめる成香。
そんな中、ユキだけは慈愛に満ちた微笑みで私を見ていた。
まさかアイヌ語まで守備範囲なのかよ。おまえの中二魂には脱帽だよ。
私はテンパイ気配を隠すように、気恥ずかしさを必死に押し殺した。

―――――――――
――――――
―――



57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:47:14.50 ID:dFmkzZCSO

とりあえずここまで

爽とネリーの奇妙な友情話のつもり

つづく



60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/23(土) 23:55:24.74 ID:ESd7mguWo


パウチでエロいことするのかと思ったけどいい意味で裏切られたぜ



61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 00:19:52.46 ID:rgZ0bOP0o

ネリ爽カワイイヤッター



63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 01:14:54.45 ID:j40cbiruo

上手いスレタイ&中身だなあ
ここまで乙



67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/01/24(日) 09:48:43.69 ID:ND2sgOKvo

爽ネリいけるやん



76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:31:02.77 ID:Joq1zcWX0

あれから2ヵ月。
秋も深まる10月に、私は札幌で海鮮丼を食べている。

「こんな有名店の初めて食ったけど、こりゃウマイわ」

私のざっくりとした感想は、続く大げさな感想に霞んでしまう。

「これ……おいしい。東京とは鮮度が違うということか。深い……深い味わいが……」

座敷席のテーブルの対面に胡座をかく辻垣内智葉は、いたく感銘を受けているご様子だ。
彼女は私の見慣れたスタイル――メガネにお下げの制服姿ではなく、
シンプルなシャツにパンツというデキる女の私服姿だった。
ショートパンツに黒タイツ、ユルめのロンTを選択した私と向かい合うと、
品行方正なイメージがより強調されるだろう。
同席している多国籍軍の4人が賑やかに各自の丼をかっこんでいるなら尚更だ。

「おいしいデス! 鮮やかなアカ、キ、ミドリ。この色彩美は日本ならではでスネ!」

「中国麻将ならば三色三節高といったところでしょうか。非常好吃」

「イクラがたくさんのってて、プチプチ幸せです~」

「ワサビがっ! ワサビがネリーの鼻を槍槓するよ!?」



77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:34:18.05 ID:Joq1zcWX0

楽しんでもらえているようで何よりだ。
一通り海の幸を頬張って落ち着いた辻垣内さんが、留学生たちを横目に口を開く。

「すまないな、受験生にガイドなど頼んでしまって」

「全然だよ。受験勉強なんて二の次で麻雀部に入り浸ってる身だから」

辻垣内さんから突然の連絡があったのは先月のことだ。
話をするのは個人戦後に1度こっちから掛けて優勝おめでとうと伝えて以来だった。
5人で札幌に観光に行くから、案内をしてもらえないだろうか。
一言二言挨拶を交わした後、唐突にそう言われ面食らったのを覚えている。
そして私が何も聞かずに即答したことも。いいよ、と。

「気遣いのうまいやつだ」

「いや、マジな話ね。そっちこそ気遣いありがたすぎだよ。
交通費に宿泊費まで世話してくれるなんてさ」



79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:37:45.27 ID:Joq1zcWX0

日時を打ち合わせてしばらくしたある日、有珠山高校麻雀部・獅子原爽宛てに電車の切符が届いた。
私の最寄り駅から札幌の往復の特急券だった。

「なに、こっちの我が儘をきいてもらう以上当然のことだ」

「タダで札幌観光できるなんて、こっちは得しかないっての。
ホテルも手配してもらってるんでしょ?」

「もちろんだ。温泉付きとはいかなかったが、そこは大目に見てほしい。
あと、2人部屋を3つで取ってあるから、悪いが私と相部屋になる」

「それは全然いいんだけど、大盤振舞しすぎじゃない? 予算は平気なの?」

「安心しろ、なにしろ我々もほとんど自腹を切ってないからな」

「うぇ、マジで!?」

危うくウニを噴出するところだった。



80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:41:40.41 ID:Joq1zcWX0

これまで私が聞いていることは、連休を利用して5人で旅行することと、
2泊3日の行程であることだけだった。
文字で長々とやり取りするような間柄でもないし、そもそも電話番号しか知らない。
そして私の“細かいことはいいや。あとは面と向かって現地で話そう”という、
なんというか漢らしさ満載の性格が生んだ情報不足だった。

「なにそれ、強豪校だとそんなブルジョワでラグジュアリーな特権もらえんの?」

「そうじゃない。今回の旅行は学校とは関係ない。そこらへんの経緯もまったく話してなかったな」

「おもしろそうだね、聞かせてよ」

そうだな――と前置きした辻垣内さんは、最初の捨て牌を選ぶかのように少し迷ってから切り出した。

「個人戦の後、昔から応援してくれている……まあなんだ、
地元のオヤジがだな、ウマで大儲けしたらしくてな」

「ウマ? 麻雀の?」

「いや、競馬の方だ」

「あ、そっちね」

そういえば札幌にも大きな競馬場あるんだよな。
チカには絶対に関わらせないようにしないと。あいつギャンブルはまるで向いてないから。



81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:45:56.06 ID:Joq1zcWX0

「それで私も最後の夏が終わったということで、何か記念になるものをプレゼントしてくれると。
今までもそういうことはあったがずっと断っていたんだ。
しかし目上の者の厚意を何度も断るのは逆に失礼だと親にたしなめられてな」

「ふうん。まあ最後ぐらい厚意に甘えてもいいかもね。あぶく銭なんだし」

「しかしな、話を聞きつけた他の連中から我も我もと援助の申し出が来て……」

そうか。そうなったら今まで断ってた他の人たちも、ついに受け取ってくれるんだと思うよな。
それにしてもすごい人気だな。この人、地元の名士の娘だったりするのか……?

「さすがに私1人の身には余りすぎると困っていたら、
いつの間にか団体戦メンバー5人で記念旅行はどうだという話になった」

「あ、もしかしてチーム解散記念になるのかな」

「そういうことだ。私もメグもまだ部を引退したわけではないが、代替わりは済ませている。
この5人で組むことはもうないだろう。私もこいつらに何をしてやれたわけでもないからな、
日本の思い出に花を添えられるかと思って、ありがたく頂戴することにしたんだよ」

他のみんなのためなら即座に葛藤を捨てられるなんて、リーダーの鑑だね。



82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:48:17.49 ID:Joq1zcWX0

「そういうわけで、援助者のうちの1人が営む旅行代理店のパンフレットを眺めて
行き先を考えていたところ、最終的に札幌と博多が残った」

「あ、最初から北海道に決め打ちしてたわけじゃないんだ」

「ああ。いくつかの条件を基に絞り込んだよ」

「数ある選択肢の中から札幌を選んでくれたのは、道民としては嬉しいね。
どういう条件だったの? 何が決め手になったのか興味あるな」

まあ海産物なら北海道の右に出る県はいまい。
少し高飛車な気分で、私は手元の丼からマグロを一切れ口に入れた。

「まず、援助が結構な規模になってしまったからな、近場で済ますわけにはいかなくなった」

5人で2泊3日の飛行機旅行って、けっこうなもんだよな。
一介の高校生にそんな援助が集まるなんて、お嬢とか呼ばれるレベルじゃないの?

「国内の観光ならば私はこの先いくらでも機会を作れるから特にこだわりはなかった。
なのでこいつらに希望を聞いたんだが、ハオもどこでもいいと言う」

ハオ――郝慧宇は香港からの留学生だったな。



83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:51:25.02 ID:Joq1zcWX0

駅から店までのわずかな道中と注文待ちの間に軽い自己紹介は済ませているから、
迷うことなく目を向けることができた。
そもそも夏に2連続で対戦したチームで、他のチームよりも印象に残っている。
彼女はとてもネリーと同じ1年生とは思えない落ち着いた雰囲気だ。
私服もスラッと細長いパンツルックで、少しだけ中華風の模様が入ったニットがよく似合っている。

「私は日本に近いアジア圏の出身ですから、日本に来る機会も皆さんより多いと思います。
それに香港では和食のお店を見つけるのも難しくはありませんから」

対局時の姿はクールな印象だったが、今は柔らかな笑みを浮かべており、
とっつきにくさは感じない。見た目どおり中身も大人びているのだろう。

「こうして先輩に遠慮してくれる優秀な後輩なんだ。
その先輩たちも少しは遠慮を学んでほしいものだが」

「ラーメンの前に遠慮なし、でスヨ!」

明らかな造語を引っさげて割り込んできたのはメガン・ダヴァン。
私よりも30センチはゆうに高いだろう長身はモデルのようで、
シャツにデニムというラフなアメリカンカジュアルが様になっている。

「滞在期間も限られてますかラネ。行けるときに行っておかなイト」

「そういうわけで、ラーメンの有名どころというのが条件に加わった」

ははぁ。博多といったらとんこつラーメンで有名だもんな。



84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:54:58.04 ID:Joq1zcWX0

「北海道はすごいでスネ。札幌の味噌はロンオブモチ、旭川の醤油、函館の塩と、
おいしいラーメン屋サンが揃ってるらしいじゃないでスカ」

「まあ、北海道って面積だと他のところの10県分ぐらいはあるからね」

「夜はラーメンを食べに行く約束でスヨ。楽しみデス。
でも本場のとんこつラーメンも諦めきれナイ……」

「まだ言ってんのか……。メグは元々博多推しだったんだ」

「そうなんだ。じゃあ札幌推しは誰が?」

「至福の表情でイクラを頬張ってるやつだ」

辻垣内さんが目を向けたのはこの中で唯一の2年生、ミョンファ――雀明華だった。
細かいプリーツの入った長めのスカートに、ふわふわしたカーディガンを合わせている。
さすがはお洒落なフランス育ちか、ややお嬢様風の出で立ちはとても私には似合いそうにない。

「私プチプチするものに目がないんですよ~。
プロの方が紹介していた博多の明太子にも興味があったのですけど、
やっぱり好物のイクラにしようと思いまして」

「と、まあこの2人の主張で争われたんだが……」

「あれ、ネリーは行きたいところなかったの?」



85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 18:58:21.45 ID:Joq1zcWX0

この流れで1人だけ希望を聞かれないわけはないだろうし、単純な興味で聞いてみた。

「あいつはこういう催しには前から乗り気じゃなくてな。
旅費分を換金できないかと考えていたぐらいだ」

……相変わらずシビアな金銭感覚らしい。
家族を差し置いて自分だけ贅沢できないっていうのもあるかもしれないな。
丈の短いワンピースにレギンスを合わせるという中々に可愛らしい装いだけれど、
これも一昔前の流行り物を格安で手に入れたのかもしれない。
そんな下種の勘繰りを恥じた私の自戒をよそに、ネリーは堂々と言い放つ。

「だって、これ1杯分のお金で1週間はしのげるよ? せっかくだから食べるけど」

「だが、応援してくれた皆の気持ちを現金で分配など道義に反する」

「もしかして食事代とか土産代とかも出てんの?」

「そういうことだ。だからお前も遠慮するな」

いや、それだとますます部外者の私が出してもらうわけにはいかないんじゃないか。
そう考えていたら辻垣内さんは私の心を一点読みしたようにフォローを入れてくる。

「言い方が悪かったな。私に本来の負担が掛からない分、遠慮なく奢られろと言っている。
我々5人の分は地元の皆の心付けにあずからせてもらう。
獅子原、お前の分は私が賄う。ガイド料だと思ってくれればいい」



86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:01:10.18 ID:Joq1zcWX0

「……それでもさすがに食事代ぐらいは」

「いや、本当に助かっている。なにしろこいつらときたら、少し目を離すとトラブルを起こすからな。
地元ならば取り成すこともできようが、初めて訪れる旅先では私も自信がなかったところだ」

口実だとは思うけど、なんだか強い意志を感じる。
あまり遠慮しすぎるのも悪いって言ってたし、厚意に甘えておこう。

「そうデス、遠慮はいりまセン。本来はサトハの仕事なんですカラ」

悪戯を思いついたような笑みで身を乗り出すダヴァンを見て、臨海メンバーが息を呑んだ。
ネリーなどは目に炎を宿して睨みつけている。

「やめろメグ……!」

「辻垣内だけに、辻ガイドサトハですカラ。ハァーハハハ! オーマイガァッ!」

ただでさえ寒い北の国に寒波を持ち込んでくれた陽気な米国人は、1人だけ沖縄にいるようだ。
顔が引きつる私と違い、皆は慣れたものなのか何事もなかったかのように箸を進めている。
ただ、ネリーだけはおかんむりの様子を隠そうとしなかった。

「ハハハ……ハ…………ダメでしタカ」

「ダメだね」

大きな上級生が小さな下級生にたしなめられている。どことなく親近感を覚える光景だ。



87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:04:29.91 ID:Joq1zcWX0

「冗談はサテオキ、サトハが心配性だからガイドを頼むことにしたんですヨネ」

「発案はお前らだろう。そんなに心配ならインハイの顔馴染みに頼めばいい、
などと無茶を言いやがって」

全国クラスの猛者同士は、大会以外でもメディア対応などで何かと顔を合わせる機会があるという。
当然話す機会もあるだろうし、他県でも仲良くなったりするのだろう。
みんながみんなネリーみたいに敵と見るなり噛みつく狂犬ではないだろうし。

「ああ、辻垣内さんなら知り合い多そうだもんね」

「そうでもないさ。確かに顔見知り程度ならいくらかいるが、
連絡先まで知っているとなると限られてくる。
福岡の知り合いは白水ぐらいだが、連絡先までは知らん」

新道寺の白水哩か。
それに比べると実績も知名度も月とスッポンな私の方の連絡先を知っているというのは、
なんだか不思議な気分だ。実際、ただのアクシデントだもんな。

「まあ、それで獅子原の名が出てきたというわけだ。それでもメグは食い下がっていたがな。
そこでネリーが暑いのは苦手だと言い出して、だんだんと札幌ムードになっていったな」



88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:06:36.22 ID:Joq1zcWX0

「へえ、暑いのだめなんだ。ロシアの隣の国じゃあ当然か」

「北海道の気温って今ぐらいはサカルトヴェロとだいたいおんなじなんだよ。
データで見ただけだけど。緯度もウスザンとかの南の方ならほとんどおんなじだし」

「おお、知らなかった。意外とよく勉強してんだな」

「世界ジュニアならそのぐらいの地理は頭に入ってて当然だよ。
獅子原は3年生なのにそんなことも知らないの?」

憎まれ口も相変わらずだった。
お目付役の部長さんから小言が入るかとも思ったが、高目じゃないので見逃されたようだ。

「最終的にはイクラは今が旬、明太子はもう少し後だとハオが調べたのが決定打になったな」

「ちょうどいいタイミングだったんだね。まああと一月もすれば雪地獄が始まってるから、
またなんかの機会があったら今度は博多に行くといいよ」

「そうしマス。今回は札幌を味わい尽くすために夕食からメンイーソーでいきまスヨ」

麺一色ってことね。打ち筋と同じでよく喰いそうだな。
頼むから店でデュエルとかやめてくれよ。



89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:13:12.80 ID:Joq1zcWX0

「ただいま~」

夜の9時半過ぎ。
私はホテルの部屋に戻ると同室の辻垣内さんに声を掛けた。

「おつかれ。世話を掛けるな」

優しい顔で迎えてくれる姐さん部長は読んでいた旅行ガイドブックを小テーブルに置くと、
備え付けのポットでホット烏龍茶を用意してくれた。
私は上着をハンガーに掛けてから向かいの椅子に座り、一口味わう。

「はぁ~おいしい、生き返った!」

「それで、メグのやつは満足したか?」

「うん。それはそれはご満悦で。さすがに今日はもう胃袋もテンパイしてると思うよ」

海鮮丼に舌鼓を打ったあの昼食を終えてからは、皆の行きたいところを案内して回った。
ラーメン横丁を回っているときの麺好きアメリカンときたら、
確定三暗刻なのにチンイツもいけちゃう、あわよくば四暗刻!?
というぐらいのはしゃぎようだった。
夕食にはその中でも名の知れたラーメン屋を選び、また少し街を回ってからホテルに帰った。
ところが、しばらくすると夜食だと言って再び横丁に向かおうとする背の高い影があった。



90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:18:24.75 ID:Joq1zcWX0

ラーメン横丁は日本三大歓楽街のひとつであるススキノにある。
若い女が平気で夜飲み歩けるというぐらい、歓楽街にしては稀に見る治安らしいけれど、
土地勘のない目立つ留学生が1人でうろつくのに諸手を挙げて賛成するわけにはいかない。
諫める161センチに対して、1軒でも多く食べたいと哀願する185センチ。
結局は私が近場のラーメン屋に連れて行くことにしたのだった。

「本当に助かるな。本来は私が行くべきだったんだが」

「居残りメンバーのことも心配だったっしょ。それに私の方が道知ってるし」

「危険はなかったのか?」

「大丈夫だって。言ったでしょ、危ない目に会っても私には神の加護があるって」

「あまり熱心な信者には見えないが……ミッション校のお前がそう言うなら信じておこう」

キリストの神じゃなくてアイヌの神なんだけどね。

「だがお前に無理してつき合わせた挙げ句、万が一のことがあったら私は腹を切るしかない」

いつの時代の人間なんだよ。
義理人情の人に思い詰められると面倒なので、適当に作り話を織り交ぜて流しておく。

「万が一なんてないって。地元じゃ負け知らずの揺杏と爽って有名なんだよ。
いじめられっ子をプロデュースしちゃったりしてさ」

「……なるほどな。ネリーが懐くわけだ」



91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:27:03.70 ID:Joq1zcWX0

「そうかぁ? どっちかっていうとツンケンしてるっていうか、トゲを感じるんだけど」

そうなのだ。
再会してからというものの、あの夏のしおらしさはどこへやら。
街を回っている間も会話はあるし、楽しんでいるようではあるんだけど、
他のみんなに接するときと比べてどこか態度が素っ気ない。
そりゃあ私は臨海仲良しメンバーに紛れ込んだ異物ではあるけれど。

「トゲ、か。まあ勘弁してやってくれないか。
あいつも我々の前で大っぴらに甘えるのを我慢しているんだろう」

「なにそれ。親兄姉の前ではイトコのお姉ちゃんにぶっきらぼうな態度取っちゃう、みたいな?」

「そんなところだ。そういうのをツンデレというんだろう?」

「……そういう言葉知ってるんだ」

「私もれっきとした女子高生でな」

女子高生だから知っている、というのは違う気がする。
でもそれよりも、辻垣内智葉と女子高生という単語の食い合わせが
悪すぎることの方が気になって、苦笑いしか返せなかった。



92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:33:09.03 ID:Joq1zcWX0

「まあ、実を言うとミョンファから教わったんだが」

さすがはクールジャパンの最大の理解者であるフランス人。
あの子がコスプレなんかしたら大人気だろうな。

「ふうん。ツンデレねぇ、ツンしか感じないけどな。あれじゃただのツンネリだよ」

「ぐふっ――!」

妙なところでツボに入ってしまったらしく、辻垣内さんはしばらく烏龍茶を吹き出すのを堪えていた。

「――ふう、まったく愉快なやつだ」

「部ではよく白い目で見られてるけどね」

私からしたら、向こうの方こそお堅いイメージを覆すお茶目ぶりだ。
1日一緒に街を回ってよくわかった。みんなに慕われているということも。

「愉快というのは大人物だということだ。
お前はなんというか、今時の高校生に変わりはないんだが、懐が深い。
軽薄そうに振る舞いながら、その実非常に思慮深い。正直なところ一目置いている」

「……え、なに、ドッキリ? 誰か隠れてる?」

大げさに周囲を見回す私にも、辻垣内さんは凛とした表情を崩さない。

「私がそういうことをする人間に見えるか? 冗談で言えることじゃない」



93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:40:57.16 ID:Joq1zcWX0

「いや、ありがたいけど買いかぶりだよ。まだまともに話したの3、4回ぐらいじゃん」

「人を見る目はあるつもりだ。大会のときも思ってはいたが、
今回のこちらの厚かましい頼みを二つ返事で引き受けてくれたとき、確信に変わったよ」

ただのバカだと思わないあたり、やっぱり義理人情の人だな。
ネリーの件で変に恩義を感じちゃって、何でも好意的に受け止めてくれるのだろう。

「それは自分の人徳を誇ってよ。確かに違和感のある頼み事だったけど、
辻垣内さんのことだから事情があるんだろうと思ったし、この人なら大丈夫かなって。
私だってその高校生離れした一筋気なところ、一目置いてるんだよ」

「ふ……痛み入る」

カップを掲げてから口をつける対面。表情はほとんど変わらないが、
烏龍茶でカッコつけるのはこの人なりの照れ隠しなのかもしれない。
ほんと、タメとは思えない言動だよ。“痛み入る”なんて言う女子高生見たことねーよ。

「ところで獅子原、さっきミョンファから聞いて驚いたんだが……
いつの間に皆とアドレス交換していたんだ?」

「ん、ああ、昼食べてから最初に時計台とかテレビ塔とか回ったでしょ。
あのへんで暇見てちょいちょいと。はぐれちゃったときとか、
もし辻垣内さんが電池切れにでもなったらまずいかなって」

「まったく気がつかなかったぞ。それならそうと店で済ませておけばいいものを」

「それが店を出てから怖くなって。みんなのマイペースぶりにね」



94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:53:47.64 ID:Joq1zcWX0

手始めにと定番の観光スポットに向かう500メートルかそこらの道中、
先導する私の札幌蘊蓄に辻垣内さんやハオは興味深そうに耳を傾けてくれた。
ところが、メガンとネリーは度々私を追い抜いて、
目を引くものがあると一緒になって道を外れようとする。
ふと振り向くとミョンファが人波に紛れ込んでおり、
やっと見つけたと思ったら立ち止まってショーウィンドウを眺めている。

「すまないな。旅先ということもあって、いつもより昂揚していたようだ。無論私も含めてな」

辻垣内さんは皆をまとめる立場に尽力してくれたけれど、
気心の知れた仲間との旅を満喫していることは随所に感じられた。
時計台に向かうときなどは、大小コンビが、

「ビッグ・ベン!」

なんてはしゃぐものだから、“がっかり名所”で知られていることを前もって説明しておいた。
それでも到着時には落胆を隠しきれない留学生たちに対して辻垣内さんは、

「いいじゃないか。近代ビルに囲まれながらひっそりと佇むのも、これはこれで趣がある。
何でも大きければいいというものでもない」

なんてありがたいお言葉を掛けてくれた。



95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:56:34.13 ID:Joq1zcWX0

気遣い上手のハオは、

「そうですね、日本は他が真似できない独特の美学がありますから」

とフォローを入れる。
ミョンファなんかも、

「侘び寂びというものでしょうか……」

と理解を示してくれたけれど、“大きいものは正義”のお国柄のお方は、

「オーゥ……リトル・ベン……」

なんて呟いていた。
ネリーは純朴な顔で、

「ワビサビ? ワサビ? もう辛いのはやだよ」

などと頓狂なことをのたまっていた。
それに一番反応して笑いが止まらなくなっていたのも辻垣内さんだった。
昂揚しているからなのか、元々沸点が低い人なのかはわからなかったけれど。



96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 19:59:46.37 ID:Joq1zcWX0

「こうして楽しめているのも――」

烏龍茶を注ぎ足してくれた辻垣内さんが流し目を寄越す。

「――お前のおかげだ。不思議なもので、皆とも初対面という気がしない。
私も人見知りする方ではないが、お前の迷いのなさには驚くよ。
早々とファーストネームで呼び合っているしな」

昼食時は初対面の3人にさん付けしたり、向こうも“獅子原サン”と呼んできたりしたけれど、
いざ観光に出発というときに、呼び合うことも多々あるだろうから“爽”でいいと言ったのだ。
案の定向こうも同じように応えてくれ、晴れて名前で呼び合う関係になったというわけだ。
元々対戦相手として部でそう呼んでいたミョンファやハオはともかく、
“ダヴァン”が“メガン”に変わったのはちょっと慣れないけれど。

「先に知り合った2人の方が名字のままってのもおもしろいけどね」

「お前もそうだろう。なんならあいつらのように下の名で呼んでくれてもかまわないぞ?」



97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:03:51.74 ID:Joq1zcWX0

「いやーどうかなー。みんなは名前呼びが基本の文化だけど、私はシャイなジャパニーズだからなー」

「そうだな、お互いにな」

そう言って笑い合う。
なんとなく、本当になんとなくなんだけど、私と辻垣内さんは
“智葉”“爽”と呼び合うことはない気がする。
信頼できるし人として好きなんだけど、認め合っているからこその距離感というか。
つき合いがいつまで続くかはわからないけど、きっといつまで経っても名字で呼び合うんだろうな。
“辻垣内さん”は長いから“ガイトさん”ぐらいにはなるかもしれないけど。

「まあ、私も仲良しチームに1人お邪魔してるわけだけど、アウェイ感ないし居心地良いよ。
みんな気さくだよね。文化なのか個人の性格なのか」

「そうか、それはよかった。私が言うのもなんだが、気の良いやつらだよ」

教え子を褒められた鬼教官が同期の前でだけ見せるすまし顔という感じだ。

「だがまあ、ネリーは懐柔済みだから置いておくとして」

「懐柔って……」

「メグやハオはともかく、ミョンファが初対面であれだけ仲を深めるのは珍しい」



98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:08:21.78 ID:Joq1zcWX0

「そうなの? ゆるふわ系っていうか、コミュ力高そうだけど」

「対人能力に問題があるわけじゃないんだが、基本的に個人主義というかな」

フランス人は個人主義とは聞く話だけれど、彼女もまたそんな特性を受け継いでいるのだろうか。
思い起こせば街を回っている間もあっちにふらふら、こっちにふらふらと
一番マイペースだったかもしれない。

「そういえばテレビ塔に来るのが随分と遅かったな。連絡先を交換したのはあの時か」

「あ、うん、そう。ちょうど2人きりだったし」

時計台からテレビ塔に向かうときのこと。
目的地が高くそびえているためさすがに迷うことはないだろうと、
元気印の2人の先行を放任し、その後を剣の達人と中国拳法の達人がついて行った。
いや、剣も拳も否定していたけれど、どうもあの2人が並ぶとそう見えてしまう。
それで私は道草大好きなフランス娘につき合って、
ゆっくりお喋りしながらついでに赤外線通信もしてしまったというわけだ。

「何の話をしていたんだ? もしかしたらその時に、
ミョンファの興味を惹きつけることがあったのかもしれないな」

「普通の世間話だったと思うけど……」

私は数分間の会話の記憶をたぐり寄せる。



99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:11:38.27 ID:Joq1zcWX0

「ミョンファは写真が好きなの?」

ぶらつきながら携帯機器のカメラを絶えず作動させるミョンファに、私は何気なく聞いた。

「特に好きというわけではないですが、後で使うために撮り溜めておこうと思いまして」

「使うって……あ、ネット活動とかする人?」

「いえ、そういうのではなく、母にメールするときに一緒に送るんです」

「メールなんだね。やっぱりフランスも電話は高い?」

「それもなんですけど、時差がありますから」

フランスとの時差は8時間だったか。
向こうで仕事終わる頃には、こっちじゃ学生は寝てる時間だね。

「母もインターハイでは応援に来てくれましたけど、いつもは忙しい人ですから。
リアルタイムではなかなか話せないので、毎週休みの日に近況を伝えているんです」

インターハイの控室で見たテレビの情報が甦る。
彼女は幼い頃に父親を亡くし、母親に女手ひとつで育てられたんだとか。

「そっか、母子家庭なんだっけ。それじゃあお母さんも幸せ者だね」

街並を見渡していたミョンファが、自風の暗刻落としで放銃してしまったような顔で私を見てきた。



100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:14:29.99 ID:Joq1zcWX0

「ん、あれ? ごめん、なんか変なこと言っちゃった?」

「……いえ、自分から言うことはあっても人からはっきり言われることはなかったもので。
それに家庭環境のことになると、だいたい同情されるか気まずい雰囲気になるかだったので」

「あ、そういうこと。まあ父母揃ってるのが普通、
それ以外はかわいそうって価値観の人も少なくないからね」

「サワヤはそうではないのですか?」

「だってそんなの本人の気の持ちようだからなー。
忙しい中応援に駆けつけるぐらいのお母さんと毎週写真付きでメールするぐらいの娘なら、
間違いなく幸せな家庭だと思うんだけど。そういうのって嬉しいもんなんじゃないの?」

知らんけど、と言いたいところだったけれど、ツッコミを求めるのは酷なのでやめておいた。

「もちろんです。でも、無理してると取られることも多くて……」

「ああ、あるよねそういうこと。まったくさぁ、親の顔なんか知らなくても
人生楽しめちゃってるやつだっているってのに、勝手に気の毒な目で見てくんじゃねーよ。
どうせ優越感に浸りたいか、“大変だねって同情しちゃう私いい人”ごっこしたいだけだろ――」

「……」

やっべ、情熱がほとばしりすぎた。私は能天気な表情を作りエア扇子をあおぐ。

「――って友達が言ってたよ、知らんけど」

「三尋木プロやないか~い」

見事にツッコんでくれた。短いセンテンスで。



101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:17:49.18 ID:Joq1zcWX0

「ま、だからまわりのことは気にしないでいいって」

「じゃあ母と頻繁にメールするのも変ではないのですね」

「もちろん。それも何か言われた?」

「いえ、クラスの子が“自分には無理”とか“親と離れて羽のばしたい”とか言うもので。
それにみなさんよく親の愚痴をこぼします」

「なんていうか、日本の高校生の通過儀礼みたいなもんだ。
親父は臭い、母親はウザいって言うのが普通みたいな風潮なんだよ。
一緒に歩いてるとこ見られるのは恥ずかしい、みたいな」

「まだわからない文化が多いですね、日本……」

文化と言うべきかは疑問だし、他の国でもあるとは思うけれど。

「みんながみんなそうってわけじゃないからね。
辻垣内さんなんかも理解してくれてるんじゃないの?」

「あ、はい。そうなんですけど、メグちゃんが言うには特別だと」

「何が特別なの?」

「サトハはスジモノだから血を重んじる、だそうです」

……何を言ってるんだあのメリケンは。任侠映画かなんか見て適当なこと吹聴してるな。
冗談に聞こえない冗談はやめてほしい。



102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:20:21.18 ID:Joq1zcWX0

そんな話をしている間に、私とミョンファはテレビ塔の全容が現れるところまで来ていた。

「わあ……」

「近くで見るとけっこう大っきいでしょ。
東京タワーとかスカイツリーとか見慣れてると物足りないだろうけど。
あ、でも天辺まで角張ったフォルムは一番エッフェル塔に近いと思わない?」

「エッフェル塔、懐かしいです……。デジタル時計がついてるところは日本らしいですね」

「時間の正確さもまた日本の文化だもんな。電車のスムーズな運行には世界が驚くってね」

「たった3分の遅れで“大変申し訳ありません”のアナウンスが入ったときは吹き出しました」

遅刻魔のミョンファには刺激が強かったようだ。部の集まりにもよく遅れて来るそうだからな。
こいつの“風神”の由来って、風牌じゃなくて“風任せ”とか“風の吹くまま”ってことだったりして。
私がそんなことを口にすると、ミョンファはやや神妙な面持ちになった。

「風神、ですか……」

「あれ、あんまり気に入ってないの? かっこいい二つ名だと思うけど」

「その……神の名を冠するのは畏れ多いといいますか……」

「そこかい。そんな気にすることないのに。
競技を盛り上げるために気軽に守護神とか破壊神とか呼ぶのはお約束でしょ」

ちなみに我が部では、何かと器用で家事スキルを発揮する私の自慢の幼馴染が、
事あるごとに揺杏大明神の名で崇められている。



103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:23:33.62 ID:Joq1zcWX0

「それはわかるんですが、さすがに神は……」

外国でもすぐゴッドだのなんだの言う気がするけど、ニュアンスが違うのかな。
それともこいつが意外と篤い信仰心を持ち合わせているクリスチャンなのか。

「……北海道にはね、アイヌっていう独自の文化があるんだけど、
アイヌでは風の神様をレラカムイって呼ぶんだ」

「はい……?」

突然何を言い出すんだこいつは、と言いたげな瞳にメゲずに話を続ける。
うちの後輩がお気に入りだったから、是非その二つ名は続けてもらいたいのだ。
マスコミに差止め要請を送らないように、ここで愛着を持たせておきたい。

「カムイってのが神の意味なんだけど、そうするとなんかフランス語っぽくない?
レ・ラ・カムイだよ。レって冠詞であるよね、レ・ミゼラブルとか」

「確かにレもラもありますけど」

「ラは歌声のラだな。ほら対局の合間に歌ってたじゃん、ラララ~って。
だから歌の神ってことでどう? レとラだったらドレミの音階にも入ってるし、
そういう意味でもちょうどよくない?」

「でもそれだと結局神の名ですけど……」

あ、しくった。しくりまくりだ。いや、ここから辻褄合わせてやる。
話術ならまくりの女王は藤田プロではなく、この私だ。



104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:27:34.73 ID:Joq1zcWX0

「いやいや、更にこのレラカムイの中でも有名なのが南風の姫なんだよ」

有名っていうか近くにいるんだけど。まさに私の守護神として。
有事の際には容赦なく暴風を起こす物騒なカムイだ。ボディーガードにはうってつけだね。

「麻雀でも南には何かと縁があるみたいだし、ミョンファにぴったりじゃん。
だから、風神ってのを歌姫に脳内変換しちゃえば気にならないんじゃねーの?」

「歌姫……」

「きれいな歌声してるんだしさ。海外の試合も見たよ、らっさいらっさいってやつ。
聴き入っちゃって牌が頭に入ってこなかったよ」

「……」

「ちょっと無理やりすぎたかな?」

「いえ……いいですね、歌姫」

よかった、満足そうな顔が見られた。
まああれだけ堂々と歌うんだから、歌は好きなんだろう。

「いやーほんとにツキを呼べそうな力強い歌だったな。
あれフランス語でしょ? 日本語だとなんて言ってんの?」

「“すべてはうまくいく、貴族を縛り首にしろ”だったと思います」

物騒なところも南風の姫神らしかった。
そんなこんなで先にテレビ塔に到着していた皆と合流したのだった。



105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:29:49.31 ID:Joq1zcWX0

――思い返すと中々に小っ恥ずかしいことを言った気がする。悩み相談みたいになっちゃってるし。
記憶旅行から戻って頭を抱える私を、辻垣内さんが怪訝な顔でのぞき込んでくる。

「どうした? 何の話をしたんだ?」

「……私ってアイヌの王族の末裔なんだよね」

言いたくないのでデタラメ並べて煙に巻くことにした。

「突然なんだ?」

「それで小さい頃はハブられてたって話をしただけだよ。
ミョンファも名前がアジア系で苦労したんじゃないの? それで親近感持ったんじゃないかな」

「……本当か?」

「見て、この濁りのない目を」

私は指で目一杯まぶたを広げてやった。

「ふふ、食えないやつだ」

「よく言われる。おまえ絶対食あたり起こす系だって」

「なるほど、確かにゲテモノ類かもしれないな」

「ひでえ!」

辻垣内さんが乗ってくれたので、結局それ以上の追求は逃れた。



106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:33:11.43 ID:Joq1zcWX0

「しかしゲテモノは冗談だが……少し臭うな」

「えっ!?」

反射的に腕を鼻先に持っていくと、彼女の言いたいことが瞬時に理解できた。

「あー、タバコかぁ」

「私は気にしないが、うちの連中をその道に引きずり込んでくれるなよ?」

「いや吸わないって! さっきメガンと行ったラーメン屋で思いっきり煙浴びちゃったんだ」

そう、私も私で煙に巻かれていたのだ。

「ふふ、わかっている。すまんな、風呂の用意をしていなかった。
帰りの時間が読めなかったものでな。どれ、湯を張ってこよう」

「あ、やるよ」

「構わん、くつろいでいろ。メグの話相手を務めて気疲れしてるんじゃないか?」

お言葉に甘えて、浴室に向かう辻垣内さんを見送った。
気疲れね、確かにそうかもしれない。
やんちゃなノリ大歓迎な私だけど、おもしろ外国人のノリはまだ経験が浅い。
でも退屈はしなかったな。私はほんの数十分前の愉快な夜食の会を振り返る。



107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:36:45.67 ID:Joq1zcWX0

「はあ~至福のヒトトキでシタ」

「ほんとラーメン好きだね。よく夜食で食べてるんだって?」

ホテルから徒歩数分の古めかしい店で食休みに入るメガンと私の前には、
空になったラーメンどんぶりと半チャーハン皿が並んでいる。
畳が好きで座敷席を選んだこの西洋人は、上手いこと胡座をかいている。
私も座るときは基本的に胡座なので、女子2人の食事風景でも小洒落た女子会にはほど遠い。
そもそもそういう店じゃないしな。ほどよく酔いの回った中年サラリーマンが
ビール片手にタバコをふかす、大衆ラーメン居酒屋という感じだ。

「そうデス。カップラーメンは寮生活の友でスヨ」

「カップ麺もバカにできないよなあ。ご当地ラーメンもけっこう出てるから、
現地に行かなくてもカップ麺で全国制覇できるんじゃないの?」

「なント! その手がありましタカ。でもラーメン屋の雰囲気もいいんでスヨ」

「賑やかなのがいいってこと? 気が合うね。やっぱり食事は楽しくなきゃな」

「サワヤならわかってくれると思いましタヨ。昼間はネコかぶってましたヨネ?」

「猫かぶるっていうか、ガイド役に徹してただけだよ。
私まではっちゃけちゃったら収拾つかないだろ」

「私たちのためにホットな気持ちを抑えてくれたんでスネ……」

それはそうだ。
これは臨海チーム解散記念旅行なんだから、私が出しゃばるわけにはいかない。
信頼を勝ち得たと思っていたネリーがやけによそよそしくて気がそがれたというのもあるけれど。



108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:42:01.06 ID:Joq1zcWX0

「こうして一緒に観光して同じ鍋のラーメンを食べたというこトハ……私たちはもうブラザーでスネ」

「認定基準がおかしい。同じ釜の飯みたいに言ってるし。しかもシスターじゃないの?」

「シスターだと誤解を生むと聞きまシタ。特に女子高デハ」

知識が偏りすぎだけど、あながち間違いでもないので訂正するのはやめておいた。

「だからアダ名で呼んでくれていいんでスヨ」

「メガンって呼んでるじゃん」

「ファーストネームそのままではアダ名とは言えまセン」

「なに、みんなみたいにメグとかメグちゃんって呼べって?」

「そうデス。サトハの顔馴染みのおばさんはメガちゃんと呼んでくれマス」

アメリカの人は好きだね、ニックネームが。ロバートがボブになるのは謎だけど。

「わかったよ。適当にいろいろ呼ぶよ。メグっちとかメガ子とかメガちんとか」

「ワオ、いきなり3ツモ! さすがでスネ」

最後のはイントネーションによってはユキに“そこまで”を食らいそうだな。



109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:44:15.18 ID:Joq1zcWX0

「じゃあ今度はサワヤのアダ名をつけてあげマス」

「私はそのままでいいよ。みんなそう呼ぶし。そもそも臨海シスターズ……
いや、ブラザーズのことだってそのままじゃん。サトハとかネリーとか」

「ネリーは英語圏だとエレナとかヘレンとかのニックネームですカラ、それ以上変えにくいんデス。
サトハは昔サティと呼んだらまっぷたつにされそうになったのでやめまシタ」

かわいらしい呼び方は嫌いそうだな、あの人は。

「ハオとかミョンファは?」

「つけてみたことはあるんですケド、気に入らなかったみたいで却下されまシタ。
だからリベンジのチャンスをくだサイ!」

「……わかった、好きにつければいいよ。ただし呼ぶのは私が気に入ったらな」

もう“爽”呼びが定着してるからどう呼ばれてもしっくり来ないだろうな。
この名前気に入ってるし、全部却下してしまおう。
まあ新たな発見があるかもしれないし、ニックネーム文化の実力をお手並み拝見だ。

「わかりまシタ、真剣勝負でいきまスヨ。では早速……サワー!」

「酒じゃねーか。やだよ」



110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:46:32.51 ID:Joq1zcWX0

「じゃあサワヤン」

「ヤンはやだな。なんか知んないけど元ヤンだと思われることが多くてなー」

「元ヤンじゃないんでスカ?」

「ちげーよ。ヤンキーはそっちだろ」

「オウ、一本取られまシタ。そういえばサトハも同じ悩みを持ってましタヨ」

ああ、雰囲気あるもんな。メガネにお下げだと真面目に見えるけど、
一歩間違えれば元ヤンどころかインテリ系の本職に見えなくもない。

「それナラ……後ろを伸ばさずサワはどうでスカ?」

「普通に名字にあるからそれ」

「……ウーン、アイデアが枯れまシタ……」

「ネタ少ねーな」

結局みんな名前そのままで呼んでいるのは、
こいつに名付けのセンスが欠けているからではないのかと思った。



111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:49:18.63 ID:Joq1zcWX0

「日本の名前は変化させるのが難しいデス」

「日本語は一文字一音だからね、アルファベットとは勝手が違うんじゃないの」

「ヒントをくだサイ」

「ヒント? 例ってこと? って言っても、うちの部でも3人は名前そのままだしなぁ。
あとの2人もさっきみたいに最後の一文字削っただけだし。チカコがチカ、ユキコがユキって。
最初の一文字を削るって手もあるけど、それはなしな」

「どうしてでスカ?」

「ワヤって北海道の方言でひどいとかめちゃくちゃって意味があんの。
昔そんな話しててからかわれたことあるんだよ」

みんなは高貴な名前になるというのに、私だけネガティブな意味の方言とは屈辱だ。
成香なんかルカだもんな。それに気づいたユキの羨望の眼差しが怖いって涙目になってたけど。

「あとは逆さまにするとか」

「ワサ!」

「わさわさしてそうでやだよ」

「ワッサー!」

「長野の果物じゃねーか」



112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 20:53:58.76 ID:Joq1zcWX0

「だめでスカ……ならばアルファベットにすればいいんデス。
サワヤってSAWAYAって書きまスカ?」

「うん、合ってるよ」

テーブルに指で綴りを書いて私に確認を取ると、メガンは顎に手を当てて唸り始めた。

「サ……ウェ……! SAW! ソウ!」

「却下。サイコスリラー映画かよ。しかもローマ字にしなくても爽の音読みだし」

「いいと思いますケド。マイティ・ソーみたいじゃないでスカ」

「なんだっけそれ」

「ヒーローでスヨ! アメリカでは大人気なんでスガ」

「ああ、アメコミのやつかぁ。スパイダーマンみたいな人気者もいるけど、
アメリカンヒーローはいまいち日本人の琴線に触れないんだよ」

それに確かマイティ・ソーって雷神トールがモデルだったはず。
同じ雷神のカンナカムイの前で北欧神話に浮気するわけにはいかないね。
神の名を冠するのに気が引けるというミョンファの気持ちがわかったよ。

「これもダメでスカ……ならば文字を削ってみるノハ……ン? ブフッ!」



113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:00:57.20 ID:Joq1zcWX0

「何笑ってんの?」

「SAWAYAって最初と最後を削るとAWAYが残るんデス……
地元なノニ! ホームなのにアウェイ! アーハハハハ!」

「……」

「そんな人当たりが良クテ! すぐ打ち解けてどこでもホームにしてしまいそうなのにアウェイ!
コイツは傑作デス! ハァーッハッハ!」

面白くもなんともねーよ。
ほらな、やっぱりアメリカンの感覚は日本人とはズレてんだ。

「……人の名前で遊びやがって。メガン・ダベンって呼んでやろーか」

「ハハハ……ン? どういう意味でスカ?」

不覚。こいつにつられて私までひどく下らないことを口走ってしまった。

「いや、なんでもない。それよりさあ――」

「あ、ダヴァンと駄弁をかけたんでスネ! ダベるの名詞形ですヨネ。
私がオシャベリだカラ。ウマイこと言いまスネ!」

「やめて! 解説しないで!」

皮肉ったつもりが天然のカウンターで撃ち抜かれてしまった。
ちょうどいいタイミングで団体客が来店し空席が埋まってきたため、
追い出される前に夜食の会改め名付けの会はお開きにしたのだった。



114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:03:30.09 ID:Joq1zcWX0

――浴室から戻り再び私の対面に座る辻垣内さんは薄笑いを浮かべている。

「どうした、1人でニヤニヤして。気味が悪いな」

「いや、さっきのメガンとの逢い引きがマジで中身のない会話だったと思ってさ。
でもまあ、心地好い種類の気疲れだな。いつもは私がまわりを振り回してるから、
たまには振り回されるのも新鮮でいいや」

「ふふ、振り回される苦労を知るといい。では今度は中身のある進路の話でもしようか」

「うげぇ。今日ぐらいは受験のことを考えたくないよ。
そうよ、あなたと2人きりのときぐらい浮世の悲しみを忘れたっていいじゃない!」

「なんだその芝居がかったセリフは」

さっきラーメン屋のテレビでやってたドラマだ。
後々チカあたりをからかうのに使えそうだと思ってたら、早速実践の機会が訪れた。

「あれ、キュンとしなかった?」

「両利きではあるが、生憎両刀ではないものでな」

「なにその無駄にかっこいい切返し。あ、彼氏いんの?」

「そういうわけではない」

「なんだ。惚気話を期待しちゃったよ」

いつも凜としながら意外と男の前じゃ態度変わる人もいるからな。
どうしよう、辻垣内さんが彼氏できると語尾に“にゃん”とかつけるタイプだったら。



115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:05:51.74 ID:Joq1zcWX0

「今は色恋事にうつつを抜かしている場合ではない。それにうちは女子高だ」

「それは関係ないっしょ。出会いなんてその気になりゃいくらでもさぁ」

なぜか普段ろくにしないガールズトークをけしかけている私。
これも旅の魔力かな。旅の夜はおしゃべりと枕投げって相場が決まってんだ。
それにこういう“興味ないね”って雰囲気の人から引き出すのがおもしろいんだよ。

「昔からどうもその手のことには縁がなくてな」

「ふーん。もしかしたら男の方が踏み込めないのかもね。
男はどこかしら優位に立ちたがるから、度胸があってデキる女は敬遠されるらしいよ。
それとも好みがうるさくて壁作っちゃってるとか?」

「そんなことはないと思うが……」

「じゃあタイプは? イケメン以外お断りとか?」

「男の価値は顔でも背でも財力でもない、と思う。
そうだな……心だてが優しく腹が据わっていればそれでいい」

一見許容範囲広そうだけれど、実際はものすごく狭き門なんじゃないか。
この人のお眼鏡にかなう人間がどれだけいるのやら。



116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:08:57.28 ID:Joq1zcWX0

「見つかるといいね、そんな相手が」

「当面はそんな余裕などないだろうがな。片手間で通用するほどプロの世界は甘くないだろう」

「両立すればいいんじゃないの? 仕事の疲れを癒やせるかもしれないし」

「どうなんだろうな。まあ、時機が来れば自ずとそうなるだろう」

「いやー危ないよその考えは。辻垣内さんならきっとすぐトップを争う人気雀士になってさ、
試合にメディアに引っ張りだこになるわけだ。
それで忙しいけどそのうち、なんて言ってる間にもうアラサーに」

「……」

「“ファンのみんなが恋人です”とか“麻雀と結婚します”とか言っても、
まわりがリアクションに困るっていう。実力派美人雀士の宿命だね」

“さ~とと~☆”とか言い出さなきゃ大丈夫だとは思うけれど。

「脅かすな。その時には見合い話のひとつも持ち上がっているさ」

「現実的だなあ。青春を知らない女になっちゃうよ?」

「嫌な言い方をするな。恋愛経験はなくとも、青春なら十二分に謳歌したよ。
特にこのチームになってからは。こうして記念旅行などと有終の美も飾れたわけだしな」



117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:12:38.93 ID:Joq1zcWX0

強がりというわけではなさそうだ。
もし本当にお嬢だったらそんなに自由がきかなかったりするのかもしれない。
政略結婚で歳の離れた人と、なんてのは行きすぎだろうけど。
勝手な想像で咄嗟に浮かんだ顔は、なぜか大沼プロだった。

「そっか。それじゃ30過ぎても独身だったら養ってもらおうかな」

「……そっちの気はないと言ったはずだが」

辻垣内さんは本気で引いているようだ。さわわっ、調子に乗りすぎちゃったゾ☆
……ああ、ユキのツッコミが恋しい。

「いやいや、私もノーマルだって。そんなマジに取らないでよ。ジョークジョーク」

「どうだかな。うちの連中に連絡先を聞いたのも本当は狙いを澄ましていたんじゃないのか?」

「違うよ! マジで緊急時のためだって」

「考えてみればおかしいな。お前ほど思い切りのいいやつなら、
時計台あたりでいっぺんに済ませていてもよかったはずだ。
それをちまちまと1人ずつだなんて、やはりツバをつけておこうとしたんだろう?」

「それは……」

「さあ吐け。なに、咎めているわけじゃない。部員の今後のために確認しておきたいだけだ」

本当だろうか。それにしては頭をかち割られそうな威圧感だ。
仕方ないので口の方を割ることにした。



118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:15:15.22 ID:Joq1zcWX0

「……辻垣内さんさあ、こんな経験ない? 数人で楽しくおしゃべりしてたら、
自分のわからない話で盛り上がって疎外感味わっちゃうの」

「何の話だ?」

「私はあるんだ。着せ替え系カードゲームのカード持ってなかったからね」

「……写真シールの交換会に入れなかったことならある。それがどうした」

「いやさあ、そんなふうにアドレス交換会にしちゃうとさ、あいつに悪いかなって」

「――それはつまり、携帯電話の類を持ってないネリーに疎外感を与えないためだと?」

「そうなるのかな」

「ふう、気を回しすぎだ。そんなにヤワなやつじゃない」

自分でもそう思う。でも、あいつが強がって溜め込んじゃうタイプだって知ってるから、
つい意識してしまう。これでは辻垣内さんの過保護を笑えないね。

「いや、もちろんそれだけじゃないよ。せっかくの観光時間を無駄にさせたくないから、
他の人まで足止めしないようにって思って」

「……まったく、どこまでも私の想像を上回ってくるやつだ。
獅子原、お前が男だったら惚れていたかもしれないな」

「マジ!? ちょっと手術してくる!」

辻垣内さんの満面の笑みをいただいた。
私が見境のない両刀ナンパ野郎だという誤解は解けたようで一安心だ。



119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:17:19.91 ID:Joq1zcWX0

そう思っていたら、そもそも誤解など始めからなかったことが判明した。

「いや、冗談なのはわかっていたぞ? だからこっちも冗談で返したんじゃないか。
おかげで思わぬ収穫があったがな」

「ええ……辻垣内さん、真顔で冗談はやめようよ。マジでケジメ取らされるかと思ったよ」

「それはすまなかったな。だが、お前も冗談とはいえ気を持たせるようなことを
言うべきではないと思うがな。さっきのもそうだし芝居がかったセリフもそうだ。
私だからよかったものの、本気で受け止めるやつもいるだろうからな」

真面目にやってるのに合唱コンクールの練習でふざけてないでちゃんと歌えと言われる私に限って
そんなことはないと思うけれど、忠告はありがたくいただいておこう。

「ごめんごめん。常にふざけてないと死んじゃう性分なんだよ。
そう、回遊魚のように。でもマグロ呼ばわりはやめていただきたい!」

「あきれるな……そんなにふざけるのが好きならピエロにでもなったらどうだ」

「道化師かぁ。私って自然と才覚がにじみ出ちゃうから、笑いものになれるかな――」

なんて言いいつつ、試しにうちの部員にダボダボのピエロ衣装をコラージュしてみたところ、
一番似合うのはぶっちぎりで私だった。

「――うん、なれるわ。素直に喜べないけど。大通公園で大道芸やっちゃおうかなぁ」

「それは楽しみだ。うちの部員をアシスタントで雇うか?」



120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:20:07.42 ID:Joq1zcWX0

これまた試しに臨海メンバーをイメージしてコラージュしてみたところ、
一番似合うのはぶっちぎりでネリーだった。
普段かぶっているあの帽子が二股ピエロ帽に通ずるものがあるせいかもしれない。

「……んじゃネリーにオファーを出すよ」

「ほう。それはなんというか、コミカルな掛け合いが期待できそうだな。
どうしてそこを選んだのか、参考までに聞いておきたいんだが」

「どうしてって、一番ピエロが似合うと思ってさ」

「そうか? メグやミョンファなんかも割と良い雰囲気だと思うが」

「うーん、まあ似合うかもしれないけどね、ピエロってのは庶民の笑いものになる必要があるんだ。
そんなピエロがメガンみたいな長身じゃ、逆に劣等感与えちゃうよ。
同じ理由でスタイルの良いハオもだめだね。女性客を嫉妬させちゃう」

「ルーズな服ならわからないんじゃないか?」

本当にやるわけじゃないお遊びの話なのに、細かいところまで思考を働かせている。
やっぱりこの人、真面目系お茶目だな。ふざけ甲斐があって好きなタイプだ。

「いや、ああいう服って見栄えのためにヒラヒラする薄い素材だからさ、
体反らせたり風を受けたりすると体のラインくっきり出るんだよ」

「それは考えが及ばなかったな」

「ミョンファはまあいいんだけど、間抜けなことしてもカワイイが前面に出ちゃうからな。
毒も欲もにじみ出しながら失敗ばかりってのがいいんだよ。
そう考えるとほら、やっぱりネリーがベストでしょ」



121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:23:08.21 ID:Joq1zcWX0

「そう言われると合点がいくな」

「そもそもアシスタントなんだから、私より背が低くなきゃだめだ!」

身も蓋もない判断基準。これにはさすがの辻垣内さんも苦笑い。

「それならもう何も言えないな。ネリーを存分にこき使ってくれ」

架空の雇用話にしては手間が掛かったが、ようやく部長の決裁が下りた。
麻雀も料理店もだめになったときの最終手段は大道芸人だな。私は密かにそう決めた。

「ところで、普段は立場上謹厳実直を求められるせいか、実は私もピエロというのに少し興味がある。
どうだろう、私がそういう衣装でおどけても上手くいくだろうか」

「……悪いけど辻垣内さんは一番向いてないよ。何よりその眼光の鋭さが致命的」

「そうか……それは残念だ」

“しょんぼり”という擬態語が見えそうでいたたまれなくなった私は、慌ててフォローを入れる。

「あ、でもホラー映画の殺人ピエロとかならぴったりじゃないかな」

「慰めにならん」

斧とかハンマーじゃなくて日本刀ピエロなんて新ジャンルだと思ったんだけど、
お気に召さなかったようだ。



122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:26:34.68 ID:Joq1zcWX0

お互いに一息ついて茶をすすっていると、辻垣内さんが思い出したように詰問してきた。

「忘れるところだった。お前の方はいないのか?」

「いないって、何が?」

「さっき私に聞いただろう、彼氏がいるのかと」

この人の口から“彼氏”という単語が出現したことに、不思議な居心地になる。
語尾下がりのイントネーションは、らしいなと思った。

「なに、興味あんの?」

「私だけ聞かれるのはフェアじゃないだろ。まあ、興味ないこともない」

「どうだと思いますぅ~?」

「……いたら相当な忍耐力の持ち主だな」

イライラゲージが少し溜まったのを感じ取れたため、素直に話すことにした。

「いないよ。みんなわかってないんだよなー私の魅力が」

「偉大な芸術家は後世になって評価されるものだ」



123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:28:53.37 ID:Joq1zcWX0

「そうかー生まれてくるのが早すぎたなー。まあべつにいいんだけどね。
今んとこ男作る気ないし。受験生の本分を忘れちゃいかんよ」

「両立すればいいと言ってたじゃないか」

ブーメランが返ってきた。作る気ないのは本当なんだけど、
昔のカムイのトラウマが、なんて言うわけにはいかない。

「……私、実はアイヌの巫女なんだ。だから独り身じゃないとだめでさ」

「王族だったり巫女だったりと忙しいやつだな。まあいい」

察してくれたらしく、それ以上踏み込んでこない辻垣内さんに感謝する。
さすが、麻雀でも実生活でも空気の読み具合が成香とは段違いだ。
成香の天然もあれはあれで味があって好きだけど。

「受験生、か。進学先は決めてあるのか?」

「あ、結局進路の話に戻るんだ。まあいいや。
ぼちぼち絞り込んでるけど、まだ漠然としすぎてなんとも」

「北海道内か?」

「最初はそう考えてたんだけど、最近はいっそ出てみようって気持ちの方が強くなったな。
辻垣内さんはプロ入り間違いないだろうけど、東京のチームに行けそう?」

「そう願いたいところだが、こればかりは我が儘言ってもいられないからな。
どこだろうと受けるつもりでいる」



124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:31:42.54 ID:Joq1zcWX0

地元を希望する選手は毎年少なくないけれど、希望が叶うのはほんの一握りだ。
ましてや今年の目玉選手である宮永照と辻垣内智葉が、
両方とも東京の高校から東京のチームへ、なんて話はないだろう。

「そっか。ま、東京での試合も多いだろうし、ちょくちょく帰って来られるんじゃないの?」

「まあな。高校にもOGとして呼ばれることになりそうだ」

「それはいいや。みんな喜ぶね」

「口うるさいのが帰ってきたと煙たがられるかもしれないがな」

「はは、まさか。ネリーなんかむしろ叱られたいみたいな感じじゃん。
お母さんに甘えるような感覚なんじゃねーの」

「……昔に比べたら随分打ち解けたものだ。そういう意味では、お前に頭が上がらないよ」

一瞬どきりとした。
あの夏のことを言っているのは間違いないだろう。
それが辻垣内さんの拡大解釈なのか、ネリーが変なことを言ったのかは気になるところではある。

「なんで私が出てくんの」

「思えばあいつの角が取れたのもインターハイの後からだ。
それまでが険悪だったわけではないが、より自然体になったというかな」

「インハイで負けたのがこたえたんじゃないの」

「そうかもしれない。だがお前の影響の大きさは想像に難くない」



125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:34:40.17 ID:Joq1zcWX0

「影響ってそんな大げさな。ケンカして泣かせちゃっただけなんだけど。
それともネリーがなんか言ってた?」

実際はケンカして泣かせたという単純な話ではないけれど、辻垣内さんにはそういうふうに言ってある。
事情を説明するのが苦行のようだったので、咄嗟に嘘でごまかしたのだった。
考えてみればあの時からネリーには勝手に余計な気を回している。
借りを作るのはまっぴらだと、後になって本当のことを言っていたとしてもおかしくはない。
そう思ったが、それは杞憂だったようだ。

「いや、ネリーが特に何かを言ってたというわけではない。
強いて言えば、あいつの態度がそう言ってるんだよ」

「態度って……ツンデレのこと?」

「それもあったな。だがそうではなく、部やオフでの話だ。
最初の違和感は、インターハイの反省会でお前の名が出た時だな」

さすがは名門。しっかり相手校を踏まえた反省会をしているらしい。
うちもしたといえばしたけれど、どの選手が可愛かったとかユキのライバルになりそうかとか、
完全に麻雀部ではなくアイドル研究会か何かだった。

「お前とは団体でも個人でも当たっているからな、当然対戦相手として名が上がるわけだ。
そういう時、牌譜の検討などに支障を出すわけじゃないんだが、気が高まるのを感じるんだよ」



126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:38:04.31 ID:Joq1zcWX0

「……気とか言い出しちゃって。やっぱり剣の達人じゃん」

「そういう武術的なものじゃない。あるだろう、意識しているなと感じることが」

「まあわかるよ。単に数え役満和了られたのが悔しかったんじゃないの」

「私もそれは少し考えた。なにしろオフの日にインターハイ特集の雑誌を見ていても、
お前の写ったページで硬直していたからな」

「あ、もしかして役満特集のやつ?」

インターハイ中に出た役満を集めた特集記事は毎年の定番だ。
まさか自分が載ることになるとは思ってなかったけれど。
しかも数えとはいえ親の役満だからか、姫松の愛宕や永水の薄墨よりも扱いが大きかった。
有珠山の学校紹介はユキを前面に出していたし、対局のレビューは他の面子ばかり
クローズアップされていたから、私が写ったといえばそこだろう。

「そうだ。中々の写真写りだったじゃないか」

「まあね。写真は真実を映し出すって言うからなー」

「それで、さすがに気になって聞いてみた。
そんなにショックだったのかと。しかしそうではないと言う」

まあそうだろうな。試合自体は完全勝利しているわけだし。

「それなら、獅子原と話をした時に本当は何かもっと酷い目に会ったのかと問うたんだが」

脅していると思われないかというあの時の懸念が、時間差で表れてしまったようだ。



127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:40:24.57 ID:Joq1zcWX0

「そうしたら必死に否定するんだよ。獅子原はそんなことしないってな。
だから思ったよ、意識しているのはネガティブな意味ではなく、憧憬や思慕といった類なのだと」

「……まさかぁ」

「確信したのは、今回の旅行にお前がガイドとして合流することが決まってからだな。
あれだけ乗り気でなく行き先もほぼ丸投げだったあいつが、
どこか浮かれたような待ち遠しいような、そんな顔をしていたからな」

「え、私を呼んだのってそれ狙い?」

「いや、あの時の私は本当にガイドとして助けを求めただけだ。
ダメ元で連絡してみろとせっつかれなければ頼む気もなかった。
だから断られるのを前提で切り出したんだよ。まさかの承諾に一瞬思考が飛んだな」

嘘ではなさそうだ。そもそも辻垣内さんはきっと、かわすことをしない真っ向勝負の人だ。
でも話を聞いていると、どうも私がここにいることが偶然ではない気がしている。
道と書いてタオと読むような大層なものではないけれど、どこかそういった意志を感じる。



128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:45:31.78 ID:Joq1zcWX0

「ちなみに他の面子もそういう認識なの? その、ネリーが私のこと意識してるって」

「どうかな。あいつも意地っ張りで中々そういう顔を見せない。
少なくともメグやミョンファは大して気にも止めていないように思う」

「ハオは?」

「おそらくあいつが一番の理解者だ。1年同士話す機会も他より多いのだろう。
正直言うと、ハオとはそういう話をしたことがある」

「旅行先決める時にインハイの顔馴染みにガイド頼むように言ったのって、ハオなんじゃないの?」

「……そのとおりだ。あいつは最初から獅子原を想定して話を持ち出したらしい。
私もさっきまで知らなかったことだ。
お前がメグとラーメン屋に行っている間に少し話して判明した」

「なるほどね。いろいろすっきりした。嵌張ずっぽしだよ」

「どういうことだ?」

「いや、先輩思いのハオはタメ思いでもあるんだなってこと」

ハオが辻垣内さんと同じようにネリーを見ているとすれば、
携帯電話を持っていないネリーに代わって私と連絡を取るよう試みてもおかしくない。
今日が初めての対面となった3人のうち、ハオだけは私がアドレスを聞いたのではなく、
向こうから聞かれたのだ。そして3人とも友好的なのは同じだが、
ハオは私に対してやけに興味を持っているような、そんな素振りを感じたものだった。
私はテレビ塔の展望台での短い会話を思い起こす。



129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:48:17.57 ID:Joq1zcWX0

「ここからの夜景もけっこうイイ感じなんだよ。
香港の百万ドルの夜景には遠く及ばないだろうけどね」

「いえ、香港では雪はまず降りませんから、雪の中のイルミネーションは見てみたいですね」

「そう? あ、函館なら香港と並んで世界三大夜景って言われてるから、タメ張れるかもな」

「爽は物知りですね」

そう言われて悪い気はしないけれど、知的な佇まいで頭ひとつ高いところからでは、
近所のお姉さんに“お利口さんね”と言われているような錯覚に陥ってしまう。

「そうかな。よく後輩にダメ出し食らってるけど」

「ネリーの言ったことは気にすることありませんよ。サカルトヴェロと北海道の緯度なんて
私も知りませんでした。そもそも有珠山がどのあたりにあるかなんて、調べなければわかりませんよ。
世界ジュニアとして知っておくのは試合会場になる都市だけで十分なんですから」

言われてみればそうだ。可能性として札幌はまだわかるにしても、
私の愛する田舎町が世界大会の会場になるわけがない。

「いや、洞爺湖サミットの例もあるし……」

「ふふ、アジア大会の会場になったらまた観光案内をお願いしますね」

「ああ、その時は快適な空の旅をプレゼントするよ」

なにしろ洞爺湖はホヤウカムイの棲み処だからね。



130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:52:03.04 ID:Joq1zcWX0

展望台を1周すると皆はエレベーターに乗り込み、階下の売店へと向かった。
もう少し景色を楽しみたいというハオと付き添いの私は残り、晴天の街を見下ろしながら話を続ける。

「そういえばさっきミョンファとエッフェル塔の話したけど、香港には塔みたいなのあるの?」

「こんなふうに景色を見渡せる塔といえば、オーシャンパークタワーですね。
テーマパークなんですけど、香港では大人気ですよ」

「それは知らないなぁ」

「あと、さっきの時計台ではありませんが、時計塔というのもあります」

「へえ、どこにでも似たようなものがあるもんだね」

「ぜひ遊びに来てください。私が留学を終えていれば観光案内して差し上げますよ」

社交辞令だとはわかっていながらも、遊びのこととなると計算が働く私だ。
ハオが卒業と同時に国に帰るとしたら、私の大学3年の夏休みがちょうどいいかな。
大学に通っていればの話だけど。そう考えた時、カムイたちは東京まで来てくれたけど、
果たして国境は越えてくれるのだろうかと疑問が生じた。

「行ってみたいね。一人旅になるか団体旅行になるかは行ってみないとわからないけど」

「……香港は治安の良い方だと思いますが、さすがに女性の一人旅はお勧めしません。
もし一緒に行く人がいなかったらネリーと誘い合わせてはどうでしょう」

「え~、あいつ旅行とかそんな好きじゃないんだろ? 来るかねえ」

「爽の誘いなら来ると思いますよ」

遠慮なくたかれるからかな、とは言わないでおいた。



131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:55:08.47 ID:Joq1zcWX0

「爽のように上手く案内できるかはわかりませんが」

「ここらへんは観光スポットが固まってるからね」

「それにしても詳しいですよね。話し上手なのもあるのでしょうけど、
興味を惹かれますよ。よく遊びに来ているんですか?」

「小っちゃい頃から学校の行事とかでたまに来ることがあったんだよ。
地区予選もここだったし。でもこんなふうにじっくり観光することは珍しいかな」

夏の初めに5人で訪れたときは、お約束として揺杏と一緒にはしゃぐ素振りを見せたけれど、
これまたお約束としてチカの小言をもらってからは試合の対策に注力したのだった。

「それではインターハイのときにも東京観光はできずに?」

「うん。私の試合が終わったときみんなはもう帰ってたし。
疲れてたのもあって、ろくに回ることなく東京を後にしたよ。
今思うともったいないことしたな」

「それなら今度は観光で来たらいかがでしょう。私もこちらに来てそれほど経っていませんが、
メガンよりはバラエティに富んだ案内をできる自信があります」

「あー、ラーメン屋巡りよりはハオにお願いしたいかな。でも受験生だしなぁ」

「卒業旅行という手もありますよ」

社交辞令にしては話を引っ張るものだと、少し気になるところではあった。
それに食事時の慎ましやかな姿勢からは想定外の積極性だ。
アヴァンギャルドな先輩たちから離れ、開放的になっているのだろうか。



132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 21:58:43.70 ID:Joq1zcWX0

「今年度はおそらく多くの学校で春休みが26日から始まりますから、
混雑を避けるにはその前がいいですね。2泊前後の行程で考えると、
3月24日を軸にスケジュールを組むのがベストではないでしょうか」

早々と日程まで提案してくるとは。
これはきっと極度の旅行好きで、妄想話でも熱が入ってしまうんだな。
私はそう仮説を立てて自分を納得させた。
ただ、スケジュール的に支障がなくとも金銭的な問題で行けそうにない。
なので社交辞令界の大スターに登場してもらうことにした。

「そうだね、考えとくよ」

その一言を合図に、どちらからともなくエレベーターに向かい展望台を後にした。

「そういえばメガンがラーメン食いまくるみたいなこと言ってたけど、
他のみんなはどうすんの? まさか一蓮托生ってわけじゃないよね」

「どうでしょうか。私は皆さんにお任せしますので」

「ほんとに他の人優先なんだなー。んじゃ私がオススメをピックアップしとくかな。
ラーメンもいいけど、北海道に来たらジンギスカンは外せないよね。
あ、みんな食べられないものとかあるのかな。羊なら宗教上は大丈夫そうだけど」

「それは心配ないと思いますよ。みんな割と何でも食べてますから」



133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:01:04.61 ID:Joq1zcWX0

「あ、そう。よく知ってるね。一緒に食事行ったりするの?」

「留学生はみんな寮生活ですから、毎日食堂で顔を合わせます」

親元を離れ海外から来ている高校生であれば当然の寮暮らしという事実を、
この時まで私は完全に想定の外に置いていた。以前ネリーの境遇を聞きかじった際、
独り寂しくアパートで内職する姿を想像してしまったせいだ。
勝手にイメージしたあいつに、あずき色のジャージがやたらと似合っていたせいだ。

「そっか、そりゃそうだよね。じゃあメニューは固定なんだ」

「はい。3食用意してくれるので、完全にお任せです。
とはいえこちらも食べ盛りですから、各々で夜食など調達することはありますよ。
メガンはお風呂上がりによくカップ麺を食べているようですね」

「さすがだな」

「ネリーなんかは最近パン作りに凝っているようです」

「はい!?」



134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:04:54.00 ID:Joq1zcWX0

高校生の夜食のレベルを逸脱している気がするが、それよりも疑問が多すぎる。

「作れんの? っていうかそんな設備あんの?」

「簡単な調理スペースならあります。オーブンレンジとフライパンが使えるので、
結構いろいろなものが作れますよ。ハチャプリというシンプルな作りのパンですし。
私もよくご相伴にあずかりますが、とてもおいしいですよ」

ハチャプリ――私の記憶が正しければ、チーズを練り込んだグルジアの代表的な料理だったはず。
前に一緒に料理店を開くなんて大言を吐いたものだから、
一応グルジア料理とアイヌ料理について調べてみたことがあるのだ。

「へえ……それは食べてみたいもんだな」

「夏休み頃から頻繁に作るようになって、最初はホームシックなのかと心配しました。
よくよく考えると作るときも食べるときも楽しそうなので、
生活に慣れて料理に手をつける余裕が出てきたのだとわかりましたけど」

「なるほどね……」

一応は納得を表しながらも、私はもうひとつの可能性を考えていた。
私の気休めの大言を胸に抱き、郷土料理の腕前を上げようとしているというものだ。



135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:08:31.52 ID:Joq1zcWX0

「ちなみに他には何か作ってる?」

「今のところはそれだけですね」

やはりその考えはすぐに頭から追い払った。
なぜなら、すでに似たような失敗をしているからだ。
実を言うとネリーと再会するまでの私は、あいつがいまだに私に依存気味で、
会ったらまた退行状態になるのではないかと心配していた。
蓋を開けてみればそんな素振りは一切見せず、
むしろ黒歴史として無かったことにしているのかと思うほどであった。

「危ねー、また自意識過剰の恥ずかしさに脳内でのたうち回るところだった」

ハオは私の独り言に少し首を傾げたが、レストラン前に仲間の姿を見つけたため、
特に追及されることなく2人の談話は終わった。

「ネリー、何かありましたか?」

「あ、ハオ下りてきたんだ。今メニュー見てたんだけど、洋食レストランなのに
ハチャプリがないよ? メグ、どういうことかシェフに聞いてきて」

「ムチャブリでスヨ!」

今度は違う2人の漫才が始まったのだった。



136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:11:30.88 ID:Joq1zcWX0

――こうして後から牌譜ならぬ会話譜をチェックしてみると、
ハオが何かとネリーの話を出していたのがわかる。
単に仲が良いからというより、私とあいつの橋渡しをしようとした印象だ。
そうなるとやっぱりハオから見ても今のあいつはツンデレネリーなんだろうか。
考え込む私に向かって、辻垣内さんが無スジど真ん中を放ってきた。

「獅子原、実際のところ――お前はネリーのことをどう思っている?」

「……私ノーマルだって言ったよね?」

「そういう意味では聞いてない」

「わかってるよ、ジョークジョーク」

「まったく、隙あらば冗談をはさんでくるな」

「禁断症状が……回遊魚なもので」

実のところ、これは私の会話術のひとつ“時間稼ぎ”だ。
どう思うと聞かれても、そもそもネリーと私のこの微妙な関係をどう表現すればいいのかわからない。
インハイの対戦相手で、試合後にちょっとしたハプニング的なものがあった。
その後で精神が弱っていたところに荒療治を施して懐かれた。
そして後日――今日再会したら距離を置かれている。

「……危なっかしくて気になる妹?」



137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:14:27.48 ID:Joq1zcWX0

「くくっ、なるほど。確かに危なっかしい。その節は厄介をかけたな」

「あれからまだ2ヵ月なんだよなー。こんなに早く再会するとは思ってなかったよ。
今生の別れになる可能性の方が高いと思ってたぐらい」

「そっちの方がよかったか? ネリーがお前に懐いているといっても、
お前がそれを鬱陶しいと思うならば距離を取られてもやむを得ない。
私もあいつを諫める立場に回ろう。正直なところを言ってほしい」

「……いや、べつに悪い気はしないかな。なんだかんだあいつといるの楽しいよ。
今はこっちが距離を取られてるけど」

そう、不可抗力とはいえお互いに濃い目の身の上話をした仲であり、
特別な親近感が芽生えているのも事実ではある。

「そうか。それを聞いて安心した。
気に掛けてくれていたのはわかっていても、確証がないのは少し不安でな」

「え、私そんなに気に掛けてたっけ?」

「個人戦が終わってから電話をくれただろう。あの時にネリーの様子を聞いた」

「ああ、そんなこともあったね。辻垣内さん優勝おめでとうってのが本題で、
ついでに聞いてみただけなんだけど」

「ついででもなんでもいいさ。2人で話す機会があれば邪険にせず相手をしてほしい。
良い思い出になることだろう」

「言われなくてもそうするけど、そんな機会あるのかねえ」



138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:17:32.01 ID:Joq1zcWX0

「さて、そろそろ風呂も沸いたかな」

立ち上がり浴室を見に行く辻垣内さん。
ベッド脇のデジタル時計に目をやると、夜の10時を過ぎていた。
思ったより話し込んでしまったようだ。
私は手を組み、大きく上に伸びた。ついでに首を回すと、関節のきしむ音がする。
今日はゆっくり風呂につかりたいな。そう考えたところで辻垣内さんが戻ってきた。

「頃合いだ。ゆっくり汗を流すといい」

「先いいの? 辻垣内さんもまだ入ってないでしょ?」

「ああ、それなんだが……ひとつ頼みがあってな」

私のイメージでは直球勝負の辻垣内さんが、珍しく歯切れの悪い言い方をした。

「頼み?」

「実は今日の夜中に見たいテレビがある。私とハオが毎週楽しみにしている番組で、
せっかくなので一緒に見ようという話になった」

「うん……?」

「なので、獅子原さえよければ、私はハオの部屋でそのまま寝ようと思う」



139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:20:40.78 ID:Joq1zcWX0

「つまり部屋を交換するってこと?」

「そういうことだ」

ゲストである私の相部屋に辻垣内さんが割り当てられるのは当然と言えば当然だ。
一応最も私と関わりがあり、最上級生で責任者、おまけに唯一の同国人だ。
けれどばつの悪そうな態度は、自己都合でその配慮を崩すことだけが原因ではないだろう。

「べつに構わないよ、私は誰とだって。ハオの同室のやつがいいんならね。
辻垣内さんと3年同士語り明かすのも楽しみだったんだけど」

「私もだ。いつか何かの機会を作りたいものだな。
心配するな、同室者にはハオが承諾を得ている」

他の部屋割りは聞いていないけれど、話の流れから誰がこっちに来るのかはわかる。
それでもお互い名前を出さないあたり、お互いに芝居がかっている。
これもまた旅の魔力かもしれないと思った。

「なんつーかあれだね、辻垣内さんもハオも――親戚の世話焼きおばさんって感じだよね」



140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:23:11.87 ID:Joq1zcWX0

「……さっきも話したように、私はまず東京から離れることになるだろう。メグもいなくなる。
4月から先に不安が残るんだよ。これでも少しは慣れない日本の生活を支えていたつもりだ」

「大黒柱がいなくなるもんなぁ」

「去る前にしてやれることはしておきたい」

「ま、いろいろ考えがあるんだろうし好きにしてよ。じゃあ風呂は向こうでってこと?」

「ああ。そうさせてもらう」

それならゆったり長風呂できると思ったけれど、向こうは向こうで入ってくるのか、
こっちで入るつもりなのかという疑問にぶち当たった。
私がメガンと夜食にありついている間も皆はホテルでくつろいでいたはずだから、
この時間までには済ませているだろう。結局はそう結論付けた。

「それじゃ遠慮なく長風呂を満喫させてもらおうかな」

「そうしてくれ。ルームキーごと交換してしまうから、出迎えなど気を遣わなくていい」

「了解。んじゃまた明日ね」

「ああ。おやすみ」



141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/02/10(水) 22:27:29.08 ID:Joq1zcWX0

ひらひらと手を振って浴室に向かう途中で不意に悪戯心が湧いてしまい、
私は意地悪な顔で辻垣内さんに問い掛けた。

「ちなみに見たいテレビって何?」

「『けじめDEポン』――香港の賭博シンジケートと麻雀勝負を繰り広げながら、
最後にはポン刀でケジメを取る痛快アクションドラマだ。おもしろいぞ」

敵もさるもの、辻垣内さんは悪戯な微笑みで答えながら、手荷物を抱え部屋を出て行った。
明らかな口実なのにしっかり詳細を詰めているところはさすがだね。
私は感心しながら浴室をのぞき込んだ。

「うっお……きれいだな。なにこのちょっと薄暗いオシャレな照明」

このホテルに来て驚いたことが沢山ある。部屋の広さやベッドの快適さなど、
着いて早々に私の知る安ホテルとは違うことを実感したものだった。
中でも新鮮だったのは、バス・トイレ別だということ。
そして今新たに更新された驚きは、浴室に浴槽だけでなく洗い場のスペースがあるということだ。
宿を手配してくれた辻垣内さんに感謝しつつ、私はタバコの煙にまみれた服をすべて取り払った。



152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:30:33.95 ID:P13CJd1SO

泡立ちの良いシャンプーで髪についたヤニをこすり落としていると、かすかに部屋の扉の開く音がした。
それから間もなく、浴室扉のすりガラスの向こうから、

「獅子原?」

と、幼さの残る聞き慣れた声が届いた。
予想どおりのチェンジだったようだ。

「おー。おまえ風呂は?」

「入るよ」

「あれ、まだだったか。悪い、今入ったばっかだからなるべく早く上がるよ」

そう言って洗髪を再開したはいいけれど、扉の向こうにはどうもまだ人の気配を感じる。
不思議に思いつつも泡から目を保護していると、突然扉が開いた。

「えっ――」

薄目を開いて振り向くと、いつもはひとつに結んでいる長い髪をまとめたネリーが現れた。全裸で。
私は驚きのあまり目を剥き出しにしてしまった。

「うぉい! おまえ何やって――痛ってぇ! 目が! 目がぁ!」

「メグはいないよ。ネリーだけ」

「メガンを呼んだわけじゃねーよ!」



153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:32:44.59 ID:P13CJd1SO

慌ててシャワーで目を洗い流した。
上質のホテルといえど限られたスペースを割り振った浴室は広くはない。
眼前に迫るネリーの裸体に、発育具合は自分の中学のときと同じぐらいだな、なんて考えた。
それほど変わらんけどね。

「サトハが背中でも流してやったらって言うから」

「それ冗談だって。真に受けるなよ」

だから真顔で冗談はやめろって言ったのに。

「お世話になった人にはしてあげるって聞いたよ。
メグが言ってた、そういうのサンスケっていうんだって」

またエセ知識を植え付けやがって、あのニワカ日本文化通は。

「そういう文化もあるにはあるけど……そもそもべつに世話してないだろ」

「獅子原はガイドしてくれたし、前にもいろいろしてくれたから……」

「いいってそんなの。こっちはタダ旅行できてプラマイゼロだよ。
第一私は施設で慣れっこだけど、他人と一緒に風呂入る文化ないだろ。抵抗ないの?」

「寮生活だから慣れてるよ」



154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:35:02.32 ID:P13CJd1SO

そうだった。他の留学生からも聞かされていたことだった。

「ネリーも早くお風呂入りたいし、獅子原も疲れてるからゆっくりしたいでしょ?
一緒に入ればどっちも解決するよ。時は金なり、だよね」

微妙にずれているような格言を持ち出したネリーに、私が折れることにした。
観光中はトゲトゲしかったやつが急にそんな甲斐甲斐しいマネをするのは不気味ではあるけれど。

「……じゃあお願いしようかな」

私は背中を向けてタオルを手渡す。
ネリーはボディソープをつけて泡立てたそれを、私の背骨に這わせていった。

「……痛くない?」

「うん。もっと強くてもいいぐらい」

「わかった」

思いっきり引っかかれるのも警戒していたが、どうやら普通に洗ってくれるみたいだ。
それでも山越しの可能性を捨て切れないのでジャブを入れてみる。

「なんだよ、昼とはずいぶん態度が違うじゃん。2人きりになったら甘えたくなっちゃったか?」

「……うん」

マジでツンデレだった。



155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:37:12.92 ID:P13CJd1SO

「え、ほんとに他のみんながいるから抑えてたわけ?」

「うん」

「ちょっと冷たかったのもそれ意識してたから?」

「そうかも」

私はがっくりと肩を落とし、大きく息を吐く。

「はあ~よかった。よく考えてみたら勝手なことばっかり言われた、とかで嫌われたのかと思ったよ」

「そんなわけないよ」

私の背中をこする手に少し力がこもった。

「……はい、できたよ。あとはお湯流せばいいの?」

「なに、やったことないの? 寮で共同風呂だったら背中の流しっことかするもんじゃないの?」

「やってる子を見たことはあるけど……」

そういえば留学生以外とはあんまり関わりないんだったな。
それを思い出した私は、悪戯心が再燃してしまった。
せっかくなのでもっとサービスしてもらおう。



156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:39:16.52 ID:P13CJd1SO

「そしたら次は腕まわりお願い」

「え、背中だけじゃないの?」

「簡易式だとそうだけど、本式はもっとあるんだよ。背中を流すってのも慣用句だから」

「う……わかった」

「肩とか首まわりもお願いね」

ネリーは素直にボディソープを追加し、私に言われたまま泡を広げていく。
私はこの機会に、身の回りの世話一切をメイドに任せるお嬢様の気分を味わうことにした。

「ん~、いいねいいね」

「……はい、次は右」

「よろしく」

順調にタオルを行き渡らせていくネリーだったが、右手まで進んだとき極端にペースが落ちた。

「そこまで丁寧にやんなくてもいいよ」

「雀士の利き手はデリケートに扱うものでしょ」

「まあね。もう引退してるけど」

うちの部は人数不足のため、今でも私が顔を出して面子に加わっている。
ユキや成香はいつも恐縮して出迎えてくれるけれど、
揺杏なんかは慣れてしまって私が来るのを当然と思っている節がある。
この前なんか“来るのおせーよ”なんて言いやがって、東パツからパコロカムイを呼んだものだった。



157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:41:21.41 ID:P13CJd1SO

「麻雀やめたわけじゃないでしょ? なら雀士でいいよね?」

「そうだな。もうしばらくは雀士を名乗ってもいいかな」

ネリーに指の一本一本を丁寧に洗われる様を、私はなんだか名残惜しいような気持ちで見ていた。

「はい、完了」

「ん、サンキュ。そしたらさ」

私は右足を気持ち外側に投げ出した。

「足も?」

「うん。だいたい手足はセットだ」

さすがに訝しがられるかとも思ったが、ネリーは特に表情を変えず私の横に移動した。
そして足首からふくらはぎ、膝、腿とこすっていく。
最後に足の裏や指を懸命に洗ってくれているネリーは真剣そのものだ。
鏡に映る私の顔は、くすぐったさと罪悪感がないまぜになって複雑な表情をしていた。

「こんな感じでいい?」

「あ、うん」

「じゃあ次は左ね」

ここまで来ると、この異国の少女がどこまでいったら疑ってくるかと興味が出てしまう。



158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:43:19.72 ID:P13CJd1SO

「できたよ。あとは?」

「そしたらね、お腹まわりと鎖骨付近を……」

「前もやるの?」

「さすがに下は自分でやるけどさ。あ、無理にってわけじゃないけど」

「べつにいいよ。どこに座ればいい?」

「後ろに座って前に手を回すのが一般的かな」

「じゃあそうする」

ネリーは最初の位置に戻ると右手を私の横から前に回し、
おへそを中心にゆっくりと泡の範囲を広げていった。
腕が短いため必然的に密着気味になるネリーに、私は鏡越しに話し掛ける。

「それにしてもちょっと拍子抜けだな」

「なにが?」

「いや~、あまりにツンツンしてるからさ、ツンデレネリーちゃんの心を解きほぐす
イベントがたくさん待ってるのかと思ってた」

「なにそれ。ネリーがツンデレ?」

「あ、知らないか」

「べ、べつに獅子原のことなんかほんとはどうでもいいんだからね!」



159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:45:25.87 ID:P13CJd1SO

「知ってんじゃねーか!」

「こういうしゃべり方すると日本ではお金になるってミョンファが言ってたよ。
コスプレ? とかしなきゃだめらしいからやらないけど」

こいつのいろいろと偏った知識は8割方先輩留学生たちのせいだと改めて認識した。

「獅子原がそっちの方が好きなら、そういうしゃべり方してあげてもいいけど」

「いやいいよ普通で。あんまり大人しいと調子狂うけど」

素直なのは大歓迎なんだけど、生意気成分がまったくないとそれはそれでやりにくいものだ。

「……はい、終わったよ」

「ああ、ありがとな。あとは自分で洗うからタオルちょうだい」

「はい。じゃあお湯流す?」

「まだいいや。その代わりさ、私が洗ってる間マッサージしてくれない?」

「マッサージ?」

私は“ネリーどこまで信じるか実験”のために、ダメ押しでもうひとつ嘘を重ねてみた。

「背中流しの極意として、最後にマッサージしてあげるんだよ。
高校生ぐらいじゃ中々やれるやつもいないだろうから、これ知ってると喜ばれるよ」



160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:46:56.42 ID:P13CJd1SO

「わかった。どうすればいい?」

「そーだなー、首の後ろを指で押したり、肩揉んだり叩いたりかな。
あと背中はツボだらけだから、なんとなく刺激与えてればマッサージになるよ」

「うん。やってみる」

ネリーはあっさり信じて、可愛らしい手で私の肩を刺激し始めた。

「ああ~気持ちいい~」

「これでいいの? できてる?」

「上手い上手い。日頃から牌扱ってるから指先の感覚が良いのかな」

「よかった……」

気を良くしたネリーは、流れるような手つきで首や背中にも手を掛けていく。
しばらく身を任せたいところだったが、後が怖いので手早く体を洗い終えた。



161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:48:48.67 ID:P13CJd1SO

「よし、もういいよ。ありがと」

「じゃあお湯流すね」

ネリーが風呂桶を手に取り、浴槽から湯をすくう。
私はシャワーのお湯でタオルを洗い流しながら、ネリーに釘を刺す。

「ちなみに寮で他の子にやってあげることがあっても、今みたいにはやるなよ」

「え、なんで?」

「普通は背中流すって言ったら背中だけで十分だからな。せいぜい腕までだ。
友達に前まで洗ったりマッサージなんかしたらドン引きされるぞ」

「……騙した?」

「いやいや、勉強になったろ。いつか役に立つかもしれないよ」

振り返り会心の笑みを見せた私の顔に、ネリーは手にした桶の中身を思い切りぶっかけた。



162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:50:58.82 ID:P13CJd1SO

「やっぱり! なんかおかしいと思ったんだよ!」

「げほっ――おかしいことないって。ほんとに彼氏にでもやれば喜ばれるって」

「そんなのいないよ! 獅子原のペテン師! ごうつくばり!」

「また聞き慣れない言葉を……」

「喜んでもらおうと思ったのに」

「いや、普通はやらないってだけで、ありがたかったのはほんとだよ」

本心だったけれど、ネリーはじとつく目つきを私に向けていた。

「詐欺師の言うことは信じられないよ」

「ごめんごめん。お詫びにこっちも背中流してあげるからさ。場所交代だ。座りなよ」

私は座っていた椅子をシャワーですすぐと、顎で促した。
ネリーは戸惑いながら、恐る恐るといった様子で腰掛ける。

「あ、先に髪の方がいいよな。まとめてるの解いちゃって」

私が体の泡を洗い流しながらそう言うと、ネリーはワンテンポ遅れて実行する。
綺麗なブラウンが華奢な背中に広がった。



163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:54:03.39 ID:P13CJd1SO

「熱かったら温度調節してな」

「え、うん」

「はい目つぶってー」

私は手始めに頭、そして顔、胸、背中とネリーにシャワーを浴びせていく。
体全体に満遍なく液体がコーティングされたのを確認してから、
お目当ての髪を左手で梳きながら十分に濡らした。
シャワーをフックに固定し、シャンプーを手に乗せる。
自分のときよりもワンプッシュ多くしたが、おそらくまた追加することになるだろう。
両手で頭頂部を包み込むようにシャンプーを髪に馴染ませて洗い始めたその時、

「あっ……」

と、ネリーが小さく声を漏らした。
恍惚の表情を露わにする少女に、私は久し振りに色欲神を暴走させてしまったかと息を呑んだ。
しかし今日は連れていないはずで、当然周囲にその姿はない。
そこでふと思い当たったのは、夏のホテルでの一コマだ。
本質は甘えたがりのこの少女は、私が頭を撫でてやったことに強い執着を抱いていたのだった。

「気持ちいい?」

「うん……小さい頃やってもらってたのを思い出す」

「そっか……おまえ頭弱いんだな」

「あ、今バカにした!」

「え?」



164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:55:53.48 ID:P13CJd1SO

「知ってるよ、頭弱いってバカとかマヌケって意味があるんでしょ」

そんなつもりはなかったんだけど。
さっきの嘘で大分疑心暗鬼になっているようだ。

「そういう意味もあるけど、今のは違うよ。てか、よく知ってたね」

「もうあんなヘマしたくないからね、ちゃんと日本語勉強してるよ」

「偉い偉い」

「またそうやって小馬鹿に――あ……ふぁ……」

話しながら洗髪の一工程である頭皮マッサージをしてやると、ネリーは途端に口数が減った。

「ほら、敏感で弱点だって意味だよ。いつも帽子で隠れてるから弱くなんのかな」

「ちがう、と思う……」

「そりゃそうか。同じ宗派の人らみんな弱いわけないもんな。おまえが特別刺激に弱いんだな」

「うう……」

素直にされるがままになっているネリーの長い髪を、私は存分に泡立てて洗い終えた。

「ふう、こんなもんかな。髪長いと洗うのも一仕事だな」

「昔から短かった?」

「小っちゃい頃はもうちょっと長かったけど、もうずっと今ぐらいで定着したな」



165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:57:11.41 ID:P13CJd1SO

「ふーん」

「髪硬くて泡立ち悪いし、短い方が楽でいい。おまえ柔らかいよな。
ユキとか揺杏も髪長いけど、洗い心地はおまえの方が上だな」

「えっ――! 痛い! 目が! 目がぁ!」

ネリーは目を開いてしまったようで、シャンプーの責め苦を味わっていた。
図らずして先ほどのリベンジを果たしてしまった。
私はすぐさまシャワーで洗い流してやり、そのまま髪の泡も洗い落としていった。

「何やってんだよ」

「しみる……獅子原がびっくりすること言うから。いつも他の人の洗ってあげてるんだ」

「いつもなわけないだろ。部で麻雀合宿やったときにいろいろいじり倒してやったんだよ。
抵抗しないからいじり甲斐がある後輩でさ」

「そのときだけ?」

「幼馴染の方は昔からたまにね。ほら、コンディショナーつけるっしょ?」

「あ、うん。お願い」



166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 18:59:25.52 ID:P13CJd1SO

手に乗せた液体を薄く引き伸ばしていく。
その手触りの良さに、私の脳裏にはシルクヘアーやバージンヘアといった単語が湧いてきた。

「はあー、綺麗な髪しやがって。なに、伸ばさなきゃいけない決まりでもあんの?」

「え、いや……」

聞いてから、まさかいざという時に売るためじゃないよな、なんて考えてしまった。
長いのは後ろ髪だけなので違うとは思うけれど。
私のそんな思考を、ネリーは大幅に上回ってきた。

「……隠してたけど、実はネリー王族の末裔なんだよ」

「は?」

「だからさっきネリーがやったみたいに、獅子原も丁重にネリーの体洗ってよ。隅々まで」

そう言って振り返る悪戯っ子はチェシャ猫のように笑っていた。
そんな庶民的な王女がいてたまるかと思ったけれど、自分も辻垣内さんを相手に
同じような嘘をついたばかりだったので、観念して乗ってやることにした。
こうして私のプロフィールは“アイヌの王族で巫女でグルジア王女の召使い”になった。



167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:01:51.84 ID:P13CJd1SO

「おみ足失礼しまーす」

手早く髪、背中、腕と洗い進めた私だったが、ここから先は少し注意が必要だと思い牽制を入れてみた。
人によって許容範囲に違いがあるからだ。パーソナルスペースが極端に狭いらしい私はともかく、
普通は他人に体を預けるのに抵抗があるという。デリケートな部分に近づくほどに。

「はいちょっと足上げてくださーい」

「……」

そんな私の気遣いは不要だったらしく、腿だか尻だかわからない部分にタオルを這わせても、
ネリーは平然と着せ替え人形のお姫様を演じていた。
恥ずかしがって“やっぱり自分でやる”と言い出すかと思っていたが、
こうなると這いつくばってご奉仕する屈辱感が芽を出す。
それを紛らわせるために、私はネリーに話を振る。

「それにしても細いよな。前も体重の軽さにちょっと心配になったっけな。
寮で3食出るって話だけど、好き嫌いで残しまくってんじゃないだろうな」

「そんなもったいないことしないよ。大っきくなれないのはイヤだし。夜食までとってるよ」

「ハチャプリだっけ、自作なんだろ? いいね、食べてみたいな」

「東京に来れば作ってあげるよ。旅行しに来れば?」

「みんな簡単に言いやがるな。金ないから無理だよ」

実際問題、卒業が近づき独り立ちが見えてきた現状では無駄に散財するわけにはいかないのだ。



168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:05:43.96 ID:P13CJd1SO

「今回サトハのおかげで浮いたんじゃないの?」

「元々高速バスとネカフェでしのぐ予定だったから、片道の交通費にもならねーよ。
まああれは正直かなり助かったけどね」

「じゃあ卒業旅行で」

「変わんねーよ。受験生だからバイトに熱入れるわけにもいかないっての」

「そっか……」

大学に受かったとしても、今度は生活費を稼ぐためにバイト三昧で暇がないだろう。
貧乏暇なしだ。ハオの立ててくれた旅行プランはとても活用できそうにない。
ネリーのあまり凹凸のないお腹まわりを洗いながら、彼女の同級生のくびれた腰回りを思い出す。

「ハオにも誘われたよ、社交辞令だろうけど。そういや3月24日の前後って何か行事とかあるの?」

「え! なんで?」

「ハオが旅行来るならそこがいいって言うから。単に混雑回避なのかもしれないけど」

「……3月24日、誕生日」

「え――ハオの?」

「ネリーの!」



169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:08:28.13 ID:P13CJd1SO

やられた。あの世話焼き旅行プランナーの本質はイベントプランナーだったらしい。
本人から告げられては、何かしないと悪い感じになってしまう。
しかも本人も不可抗力で教えるハメになったのだから、お仕着せ感がない。

「もう、ハオも余計なこと言うんだから……」

思ったとおり、ネリーはこのチャンスにも“誕生日プレゼントを忘れるな”
などという強奪予約はしてこない。本当にあずかり知らぬところなのだろう。
策士ハオの唯一の誤算は、私が同年代の女子に比べて日常のイベント事に対する姿勢が
非常に淡泊である、ということだ。ギブをすぐに忘れるので、年々テイクも減る一方だ。
その代わり自分ででっち上げる非日常のイベントに情熱を燃やすのだけれど。

「悪いけど、お祝いとか何もできないからな」

「わかってるよ……ねえ、獅子原は誕生日いつ?」

「え、気使わなくてもいいって」

「いいから」

「……8月2日」

「じゃあ18歳? サトハより年上だよ」

驚愕の事実だった。学年は同じだから数ヵ月の差なんか意味はないけれど、
それでもあの姉御より年上というのはどうにも畏れ多い。



170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:10:47.37 ID:P13CJd1SO

「誕生日パーティーとかやった?」

「いや、プレゼントもらって終わり」

「ふーん。部でそういうのやらないんだ」

「場合によるよ。ちょうど昨日は盛大にやったところだ」

そう。昨日は我が部のアイドル真屋由暉子の16回目の誕生日であり、
部活の時間をサプライズパーティーに変更し、お茶会&ゲーム大会でもてなしたのだ。

「なんで獅子原はなかったの?」

「私のときはインハイの直前だったから、そういうのはなしって言っといたんだよ。
今まで散々祝ってもらってるし、昨日のための布石にもなったしな」

「布石?」

「んーと、昨日の主役がうちの部で唯一の1年の子なんだけど、今まであんまり友達いなかったんだよ。
夜はいつも家族でお祝いするらしいけど、友達とそういうのしたことないって」

「去年はやらなかったの?」

「出会う前だったからなー」

「あ、そっか。1年生だったら入学してないか」

実際は入学するよりずっと前に出会っていたけれど、その時にはタッチの差で誕生日を過ぎていた。



171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:13:17.57 ID:P13CJd1SO

「だから私のときにあっさり流しといて、自分の時もないかもって思わせといたわけ。
普通に部活始まると思ったらパーティー始まって大感激。先輩、一生ついていきます!」

「ほんとに?」

「まあそこまでは言ってないけど、けっこうグッと来たと思うな。泣きそうになってたもん」

「……いいね、そういうの」

「臨海ではないの?」

「うちでやってたら練習時間が一気に減るよ」

当然の話だった。
大所帯の強豪校でちょくちょくそんなことをしようものなら、コーチのヤキ入れでも喰らうだろう。

「ま、部ではなくても身近なところであるんじゃねーの。ほら、あと自分で洗いな」

「うん……」

ネリーは生返事を寄越すのみで、タオルを差し出す私の手は宙に浮いたままだった。

「早く取らないと私が頭より敏感なところまで洗っちゃうぞ~」

「――っ、ヘンタイ」

私の手からタオルをひったくると、ようやくネリーは自分で胸元をこすり始めた。
沈んだ空気を払拭するためにおどけてみせるのは私の得意技だとはいえ、
どうもこいつといるとその機会が3割増しになる気がする。



172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:17:45.79 ID:P13CJd1SO

三助のお勤めも完了かな。
そう思って私が風呂桶で手の泡を落としていると、ネリーは振り返り鋭い視線を向けてきた。

「何してるの、マッサージしてよ」

「え、そこも再現?」

「当然でしょ、嘘ついてネリーにやらせたんだから。
ほんとならギャラをもらうところだけど、体で返してもらえば特別に許してあげる」

若干危険な響きがしたけれど、気にせず再びネリーの背後に陣取った。

「はいはい。ご奉仕させていただきますよ、お姫様」

「うむ、苦しゅうない」

私は目の前の肩に両手を乗せ、揉みほぐしていく。

「うーん、肩がこってますね。麻雀の打ちすぎじゃないですか?」

「身の程を知らない愚民どもは力でねじ伏せる必要があるからね」

「姫、それでは友達ができません」

「うるさいな……ちょっとはできたもん」

「それはめでたい! 今夜は赤飯ですね!」

「そこまでしなくていいよ!」

こうして私たちはお姫様と召使いごっこを楽しんだのだった。



173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:19:20.47 ID:P13CJd1SO

「ああ~~あったまるうぅ~~」

互いに体を洗い終えた私たちは満を持して湯船につかり、旅の疲れを癒やす。
湯船の縁に乗せた自前の腕枕に頬をあずけている私の視線の先には、
体育座りで鼻の下ぎりぎりまで湯に体を沈ませたネリーがいる。

「でもよかったよな」

「なにが?」

「友達できて」

「だからそんな大げさなことじゃないよ」

「いやーちょっと気になってたんだよ。意地張っては毎晩枕を濡らしてるんじゃないかって」

「そんな弱っちくないから!」

目元を赤くしてベッドに突っ伏したネリーを想像すると、これが恐ろしくフィットした。
ハオはホームシックではなかったようなことを言っていたけれど、
こいつの性格からすれば数少ない友人の前でも強がっている可能性は十分に考えられるのだ。

「悪い悪い。でもあれから2ヵ月ぐらいしか経ってないから、どうもイメージがさ」

「……ちゃんと手紙で愚痴こぼしたりしてるから」

「え、家族に? そりゃいいや。へえー、おまえがねえ……」



174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:22:57.65 ID:P13CJd1SO

身近なところにすら弱みを見せることを頑なに拒んでいた少女を思い出すと、
勇気を持って一歩踏み出したのだろうとしみじみ感じてしまった。
ネリーの次のカウンターが発動するまでは。

「だから幼馴染にも隠し事してる獅子原よりもネリーの方が上だよ」

「は?」

「変な力のこと、家族同然の幼馴染にも秘密なんでしょ?
それって受け止めてもらえないのが怖いの? 信用してないの?」

前に私が言ったことをそっくりそのまま返されてしまった。
拠り所がなくて暴走してしまったネリーと、
現状で十分精神的安定を得られている私では訳が違うけど。
完全に秘密というわけでもないしな。
けれどそう言ってまたいじけられても面倒なので、ここは真屋由暉子流でいくことにする。

「言えない訳があるんだよ。私の力は利用価値が高いから、どこかで知られれば
世界中の裏組織が欲しがるだろう。その時詳しい情報を持っているとなれば、
そいつらに狙われてしまうだろ? 危険な目に会わせたくないんだよ」

「……なんか妄想しすぎな気がする」

「どうかな~? もしかしたら一番に目をつけられるのはおまえかもしれないよ」

「もしそんなことがあったら情報売っちゃうよ。高値で即売だよ」

「商魂たくましいな……」

そんなたわいもない話をひとしきり展開し、のぼせる一歩手前まで来たところで
充実のバスタイムはお開きとなった。



175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:25:05.65 ID:P13CJd1SO

風呂から上がった後も、浴衣風の寝間着の着方をネリーにレクチャーしたり、
自然乾燥で済まそうとした私の髪をネリーにドライヤーで乾かしてもらったり、
お返しに乾かしたりという小イベントがあった。
今日という日も残り1時間を切っており、ようやく就寝というところだったが、
ここでまたもや齟齬が発生した。

「よし、それじゃ明日に備えて寝るか」

「え、もう寝ちゃうの?」

「もうって……私もいつもはもっと遅いけど、朝早かったしなぁ。
おまえも朝早くから長旅で疲れてるだろ。眠くないの?」

「こっちの部屋に来るまで寝ちゃってたから、あんまり……」

「なに、ホテルに着いてすぐ寝ちゃったの?」

「うん」

つまり、私がメガンとの会食で体力と精神力を消費している間、
こいつは逆に回復させていたということか。

「エネルギーに差があるわけだ。明日はちょっとゆったりとはいっても
8時には起きなきゃならないんだから、とりあえず横になろうよ」

私が電灯のスイッチに手を掛けると、部屋には2つのベッドの間に備えられた電気スタンドの
オレンジがかった光だけが残った。スリッパを脱いで布団に潜る私にならい、
ネリーも渋々といった様子でベッドに向かった。



176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:27:44.78 ID:P13CJd1SO

私は枕に頭を乗せ、大きく息を吐く。
左側に顔を向けると、ネリーがベッドの上で体育座りをしているのが見える。

「あ、窓側だと怖くて寝られないとかあった? ベッド替わろうか?」

「そんなのないよ、大丈夫」

「そう。あんまり夜更かしすると明日の観光がつらくなるぞ」

私がそう言うと、非難するような悲しむような、そんな視線が突き刺さった。

「なに、夜通しおしゃべりタイムの方がいいって?」

「……ん、でも獅子原眠いでしょ?」

「そうだけど……いいよ、夜遊びには慣れっこだ」

「いいの?」

「その代わり私が寝落ちしそうになったら、目の覚めるようなおもしろ話しろよ」

「うん!」

今日一番の笑みを見せたネリーは、早速ここ2ヵ月での出来事を情感たっぷりに話し始める。
私も同じように近況を伝える。互いに相づちを打ったり時にからかったりと、
途切れることなく談笑が続くこの状況に、私はネリーとの相性の良さを感じ取った。
しかし直前の睡眠の有無は睡魔への抵抗力に大きな差を作るもので、
次第に私は聞き手に回る割合が増えていく。
そしてついにはネリーの明るいソプラノをBGMに、意識を手放した。



177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:31:02.79 ID:P13CJd1SO

「――ん。あー、寝ちゃったかぁ……」

私が目を覚ました時、電気スタンドは消されており、シェードの白がかろうじて見えるだけだった。
暗がりの中、両目をしばたきながら確認した枕元の時計は深夜0時半を示していた。

「なんだ、1時間も寝てねーんだな」

その時、私の独り言に呼応するように隣のベッドで塊が動いた。

「獅子原?」

「っと、起こしちゃったか」

「ううん。起きてた」

「そっか。悪い、寝落ちしちゃってた」

「しょうがないよ。みんなのために朝早くから来てくれたんだから……」

ネリーは寝てしまった私を責めるでもなく、穏やかな口調で応じてくれた。
ただその顔は見えないが、やや鼻声になっているのがわかった。
まるでさっきまで泣き濡れていたかのように。



178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:32:49.71 ID:P13CJd1SO

「どした? 腹でも痛いのか?」

「ちがうよ」

「じゃあ暗いところに1人でホラーな想像しちゃったか?
ちょっと寝てすっきりしたし、引き続きご歓談といくか」

「うん……無理しなくていいよ」

私が寝落ちする前の饒舌ぶりは影をひそめ、ネリーは一歩引いた様子を見せている。
それでなくとも今日はツンケンしたり悪戯っ子になったりしおらしくなったりと
七変化を見せているのに、挙げ句この有様では大した情緒不安定ぶりだ。
夏の一件ではもっと振り幅が大きかったため、そこまで戸惑いはしないけれど。

「あのさ、いろいろ思うところもあるのかもしんねーけど、
私の前では気ぃ張ったり遠慮したり、そんなのはいらねーからな」

「え……」



179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:34:24.43 ID:P13CJd1SO

「お互い秘密とか弱みとか知られちゃってるんだしさ。前の時だって散々ワガママ言ってたじゃん。
そりゃ言えば全部叶えてやれるってわけじゃないけど、頼られて悪い気はしなかったし」

「……」

「だからまあ、愚痴なら聞くよ」

「……」

そう言って私は渾身のスマイルを見せたが、照明が点いていないためネリーの顔は見えない。
つまり向こうからも私の顔は見えていないということで、空回り感に襲われた。
ネリーは返答を寄越さなかったが、少し間を置いてベッドを抜け出した。
暗闇をうごめく黒い塊を目で追っていると、どうやら行き先はトイレだったようだ。
うーん、思春期の女の子の扱いは難しいね。などと自分に言い訳していると、
戻ってきたネリーが自分のベッドに着くなり声を掛けてきた。

「ねえ」

「ん?」

「……そっち行っていい?」

未来予知のカムイなんていないけれど、どこかにそう言われる予感があったような気がする。
そのため驚きは一瞬で、すぐに私は布団の片側をめくり小さく答えた。

「おいで」



181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/10(木) 19:46:14.13 ID:r7asG0ego

イケメン!



186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/22(火) 14:12:40.73 ID:ErzW9TR3O

本編でネリーにパウチカムイ使ったのに不満持ってる誓子可愛い

お風呂のいちゃいちゃ胸躍るわ



189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:04:59.76 ID:0viy3v4E0

コメントありがたいです
風呂イチャ布団イチャをチカセンが知ったらどうなるんだろう

ちょうどネリ誕なので投下
知らなくても問題ないけど明日発売の咲日和ネタも若干混じってます



191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:07:46.98 ID:0viy3v4E0

枕持参でベッドに潜り込んできたネリーに、私はめくっていた布団を掛けてやった。
1人用にしては大きめのベッドに平均よりも大分小さめな女子高生2人なので、窮屈さは感じない。
向かい合わせで横になると、わずかなカーテンの隙間から差し込む月明かりと、
暗闇に慣れた目が切なげな表情を浮かび上がらせた。
ネリーが真っ直ぐ私の目を見ながら、心情を吐露し始めた。

「……さっき寝る前に話したでしょ? お風呂場でも。
それがすっごく楽しくて、もう終わりなんだって思ったら悲しくなってきて……」

「オーバーなやつだな」

「だって明日――じゃない、もう今日帰っちゃうんでしょ?」

「……まあそうだけど」

今回の旅行の日程は2泊3日――それは私を除いての話で、私の札幌滞在は2日目の朝までだ。
つまり夜が明けたら、私はガイドの任を解いて一足先に帰路につくことになっている。

「なんで? 最後までいればいいのに」

「初日に大まかなオリエンテーションするだけって、最初からそういう予定なんだよ。
苦楽を共にしたチームの旅行に部外者が丸々同行するわけにいかないからな。
解散記念って知ったから尚更ね」

「そんなの、みんな気にしないよ」

「みんなそう言ってくれるとは思うけどさ。
でも最後は5人だけで思い出作るのが正しい形な気がするんだよな」



192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:10:27.42 ID:0viy3v4E0

もしかしたら自分に照らし合わせているのかもしれない。
私自身が気心の知れた5人だけの部に愛着を持っているから、そう感じるのかもしれない。
ネリーや辻垣内さんのことは気に入っているけれど、例えばうちの麻雀部の引退パーティーに
ゲストとして最初から最後までいられたら、それは何か違う気がする。

「……もっともっと話したいこといっぱいあるのに」

「最初っから素直にそうすればもっと話せたのにな」

「しょうがないでしょ、みんなの前だし……それに後がつらくなるから抑えてたのに、
やっぱり楽しくなっちゃって次から次に話したいこと出てくるし。
サトハとハオが余計なことするから……」

「話せないままバイバイしたら後に引きずると思って、見かねて部屋代わってくれたんだろ。
愛されてるね~。私はわかんなかったけど、無理してる感が出てたんじゃないの?」

「うぅ……」

おそらく辻垣内さんやハオからは“あーあー、無理しちゃって”と微笑ましく見られていたのだろう。
そういえば旅行前は浮かれていたって辻垣内さんも言ってたな。
聞いたときは眉唾だったけど、こうなると自惚れてしまってもいいのかもしれない。

「そういえば札幌か博多か決めるとき、おまえ札幌派だったんだよな。
もしかして私に会えるかも、とか期待しちゃってた?」

白い目で見られるかとも思ったけれど、ネリーは枕に顔をうずめて恥ずかしそうに体を揺すっている。
意地悪な聞き方をしてしまったかなと思っていると動きは止まり、横目がこちらを窺ってきた。

「……ちょっとだけ期待してた。どうせダメだろうって思ってたけど。
だからOKもらったって聞いてからはウキウキして眠れなかったり……」



193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:12:20.54 ID:0viy3v4E0

「遠足前の小学生みたいだな。え、もしかして前日も……?」

「……うん」

「それでホテル着いてすぐ寝ちゃったのか」

「だいたい、獅子原が悪いんだよ」

「悪いってなにが」

「夏のときはもう会えないようなこと言ってたから覚悟してたのに、
ガイドOKするからこんなに早く会うことになったんだよ。
せっかく気を強く持とうとしてたのに、また弱くなっちゃった。責任取ってよ」

話しているうちに退行が始まったのか、グルジア姫が徐々に甘えモードに移行してきた。

「会える機会が増えたんだから、悪いことじゃないだろ」

「でも1日だけなんて生殺しだよ」

「うーん、私は嬉しいけどな。1日だろうと会えて」

「……ズルい。そんなはっきりと。恥ずかしがってるこっちがバカみたい」

「はは、感情のままに、欲望に忠実がモットーなんだよ。
支えにはなってやれないかもしれないけど、様子を見に来るぐらいはいいだろ」

ネリーは再び私の方に向き直ると、口を尖らす。

「これが最後?」



194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:14:34.98 ID:0viy3v4E0

「どうだろうな」

「東京に来る予定はないんでしょ?」

「まあ今のところないけど……また旅行に来ればいいじゃん。
そのうちトッププロになれば旅費ぐらい余裕だろ」

あまり現実的でないことはわかっているけれど、気休めが口をついて出てしまう。
ポジティブシンキングは生まれ持った私の性分なんだろう。

「……旅行はもうしないと思う」

視線を落としたネリーの顔には“本意ではないけれど”と書いてあるようだ。

「なんで? 楽しんでたじゃん」

「今回のは特別だから。みんなにしつこく誘われたし、タダだったし……獅子原に会いたかったし。
でももうダメだよ、みんな大変なのにネリーだけ贅沢するわけにはいかないから」

家族に遠慮という私の予想は的中してしまったようで、なんだか侘しい思いがした。

「そういうの考えなくていいんじゃねーの?
むしろ思う存分遊ぶ方が、回り回って家族のためになるって」

「そんなわけないでしょ」

「ところがそうなんだなー。おまえが麻雀で勝てば勝つほど家族の助けになるんだよな?」

瞳に疑問符を映したまま、ネリーはゆっくりと頷く。



195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:17:15.31 ID:0viy3v4E0

「いろいろ我慢して切羽詰まって打つより、遊び回って気持ちリフレッシュして、
伸び伸び打った方が手も伸びるってもんだよ。だから旅行でも食べ歩きでもホストクラブでも、
好きなように楽しめよ。案外家族もそっちの方が安心するかもよ」

狐につまされたようなアホ面に向かって、私は更にたたみかける。

「オフを充実させることもプロのテクニックのひとつだって誰かが言ってたよ。
飲みに行ったり実家でゴロゴロしてたり、過ごし方は人それぞれだろうけど」

「プロも……そっか」

「それに、今回の旅行なんかネリーが一緒でチームのみんなも嬉しいだろ。
もちろん私も会えて嬉しいし。自分が楽しむことで人のためにもなっちゃうんだなー」

「……いいのかな」

「あんま罪悪感に駆られるようなら控え目にした方がいいかもしんないけどさ。
それにホスト遊びにハマッて破産するなよ。ストイックなやつほどドハマりしちゃうらしいぞ」

「そんなのしないけど……うん、いつかまた来たいな」

ホストネタにムキになって反論してくるのをからかう目論見は外れたけれど、
鬱屈した心情がいくらか晴れた様子で胸を撫で下ろす。

「あ、でも私が北海道にいるとも限らないけどな」

「は?」

私の視線の先にある目玉の表面積が3割増しになった気がした。



196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:19:41.29 ID:0viy3v4E0

「いや、大学行くとなったら北海道出ようと思って」

「なんで? てっきりずっと北海道にいると思ってたよ」

「んー、いろいろ理由はあるんだけど……あのさ、私の変な力あるじゃん」

人に言えない事情が絡んでいるため周囲には濁しているが、
こいつには今更隠すことでもないので正直なところを話すことにした。

「うん。使えるの麻雀だけじゃないんでしょ?」

「そう。あれって巫女――シャーマンって言った方がわかるかな」

「わかるよ。神様とか精霊とかの力を借りるんでしょ」

「そうそう。そういう感じの力だからさ、そのうち使えなくなるんじゃないかって。
ああいうのって未婚の若い女ってのがだいたいのセオリーだから」

「ああ、あるよね」

「成人したらとか、清い体じゃなくなったらとか」

歳はともかく、自分が男と体を重ねる機会なんて想像もつかないけれど、今のところ。

「考えてみたら小さい頃から助けてもらってるから、危機感みたいなの薄れてるかもしれなくて。
だから1回離れて自分独りの力で生きてみようかと思ってさ」



197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:21:53.81 ID:0viy3v4E0

「そうなんだ……どこ行くの?」

「それは考え中。一応すぐ地元に戻れるように東北ぐらいかな。いっそ真逆で沖縄ってのもいいかも。
どうせなら都会暮らししてみるかな。とかいろいろね」

「東京!」

身を乗り出したネリーの急接近した唇は、早押し問題の回答者のように単語を発した。

「しっ、声抑えろって。隣はもう寝てるだろ」

「東京に来れば? 格安飛行機なら北海道まで1万円もかからないよ?」

「んー、まあ候補のひとつではあるんだけど……」

「東京なら大学山ほどあるんでしょ? どこかには合うところあるんじゃない?」

「山ほどっていっても私が選べるのは限られてるんだよ。金ないから国公立じゃないとね」

「そっか……たしか国立とかだと頭良いところばっかりなんだよね」

「いや、学力的には問題ないんだけど」

目の前の眉間にシワが寄った。

「獅子原……現実を見なきゃ」

「失礼な! そりゃ最高学府とか医学部とかは無理だけど、だいたいのとこは大丈夫だよ。
学校で模擬試験とかやらされてるから、ただの願望じゃないぞ」

見るからに動揺しているネリー。
安手に振り込んで親を流したと思ったら清老頭だったぐらい考慮していなかったようだ。



198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:24:22.13 ID:0viy3v4E0

「あの力ってカンニングにも使えるの?」

「……私がそれをやっちゃう人間だったとしたら、
おまえ2回戦でトンでたからな。点数じゃなくて意識の方が」

布団の中で膝が飛んできた。
カンニングねえ。そんなズルをしたことはないけれど、やりようによってはいけるだろうか。
アッコロなんかじゃ逆にクラス全員を赤点に染めそうで恐ろしいね。

「いや、こんな境遇だからさ、行く行くは進学とか就職とか有利になるようにちゃんと勉強してたんだよ。
推薦とか奨学金なんかもある程度の成績がないとダメだしね」

「素行不良で引かれたりしないの?」

「高校ともなるとほぼテストの点そのままだからな。そもそもそんな素行悪くないよ」

私の間の抜けた顔が悪いのか、ちょっとガサツな喋り方が悪いのか、そういう印象を抱かれることは多い。
そのためこの“バカなんでしょ?”“不真面目なんでしょ?”攻撃にも慣れたものだ。
高1の頃はテストの度にチカから悔しがられたものだった。

「でもサトハから聞いたよ、東京の代表的な大学はレベル高いって」

「あれ、辻垣内さんはプロ行きだろ?」

「一応調べたんだって」

さすがは名士の跡取り娘、進路設計に抜かりがない。



199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:27:24.26 ID:0viy3v4E0

「なるほどね。でもまあ……んっと、はやりんっているだろ?」

「え、あのお金かかってそうなアイドル雀士のこと?」

「そうそう。あの人ね、めちゃくちゃ頭良いらしい。研究者になれるぐらい」

「……初耳。ほんとに?」

「うん。うちの部のアイドルが後釜狙ってるからな、いろいろ調べた。マジな話だよ」

“後釜”という言葉はちょっと難しかったかとも思ったが、特に支障はなかったようだ。
日本語の勉強に力を入れているのは本当らしい。

「そうなんだ。でもそれがどうしたの?」

「だからさ、能ある鷹は爪を隠すってやつだよ」

「農アルパカ?」

ことわざはまだカバーしていなかったらしい。

「いやほら、ほんとにデキる人はわざわざそれをアピールしないものだってこと。
人は見かけによらないっていうか」

「ああ、そういうことね。知ってたよ。獅子原の滑舌が悪いんだよ。昼行灯のことでしょ?」

そっちの方が日常で遭遇する率は低い言葉だと思うけど、
おおかたメガンが時代劇なんかで覚えて伝授したのだろう。



200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:31:42.10 ID:0viy3v4E0

「それでもいいや。とにかくお前の想像した赤点と留年に怯える獅子原爽はどこにもいないってことだ。
また麻雀やるようになってから一層成績もアップしたしな」

「なんで? 関係あるの?」

「いやー、はやりんに対抗するためにいろいろ真似たんだけど、頭脳だけは無理があってさ。
ユキ――うちのアイドルは頭固いところあって成績はそこそこだからな。
特定の分野には真価を発揮するんだけどなー、世界史とか科学とか」

「それで獅子原が代わりに勉強がんばったの? あんまり意味ないと思うけど」

「あいつにばっかり頑張らせるわけにもいかないからな。
それにクイズ番組で対決するようなことがあったら、私がインカムで援護できるだろ」

「それこそカンニングでしょ……じゃあほんとに頭良いんだ」

「まあね。私の雀士ペンタグラフを更新しておきたまえ」

適当に口に出した言葉に、後からイメージを映し出す。
私の頭の中では、五角形の能力グラフのうち『知力』の目盛りが大幅にアップする様が描かれた。

「うん。あ、大学受験って面接とかあるんだっけ?」

「あるところもあるだろうね。でもまあそっちも心配ないかな。
『知力』の他にも『体力』『対人能力』『雀力』と兼ね備えちゃってるからなー。
インハイベスト8ってのもちょっとはプラスになるんじゃねーの、たぶん」

「そっか……やった……やったぁ……! ねえ、どこにする?
臨海からけっこう近いところにも国立大学があるってサトハが言ってたよ」

赤門がそびえ立つところじゃないだろうな。



201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:34:54.82 ID:0viy3v4E0

ネリーはもうすっかり私が東京の大学に行くことで話を進めている。
失敗したな、バカじゃないよアピールをしすぎた。ぬか喜びをさせてしまったと怒られそうだ。

「あー、まだ東京で受けるって決めたわけじゃないからね?
それにまだ大学行くかもわからないし」

「え……なにそれ、行けるんでしょ? なんで行かないの?」

「ペンタグラフのうちひとつだけ、『経済力』が致命的に足りないんだよ」

国立なら安いといっても年間何十万円だ。奨学金が出るといっても全額チャラになるわけでもない。
生活費も稼がなくてはならないとなると、施設出身の退学率が高くなるのもわかるというものだ。

「お金……困ってるようには見えないけど」

「そりゃ最低限は賄ってくれるからね。ちゃんと小遣いも出るし。
でもオシャレしたかったりケータイ持ちたかったりしたら自力で稼がなきゃ。
まあ方針によってはそこらへんの家庭と変わらないかもしれないけど」

「バイトしてたの?」

「最近受験を理由にやめたけどね。夏休みなんかに一気に稼いだり。
本来それで卒業後の資金を蓄えるのがセオリーなんだけど、
それで高校生活我慢我慢じゃなんかもったいないからさ、好き勝手やってたってわけ」

幸い服についてはさほど興味がない上に、身近にいるオシャレ番長からお下がりをもらえるので、
充実しながらも資金節約できた。いまいち私には似合わないものがあることと、
年下――しかもその中学時代のものがフィットしてしまうという不思議に目をつぶりさえすれば。



202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:38:58.99 ID:0viy3v4E0

「でもまあ、そのツケがいよいよ回ってきたんだよな。
卒業後は完全に独り立ちになるわけだから。おまえもそうじゃないの?」

「うん、高校卒業したら。でも家族はいるし……」

どっちが楽かなんて量れるものではないけれど、それでもまったく悲観していないという面では
高校の同級生たちよりも自分の方が幸せじゃないか、なんて思ったこともある。

「施設の人も高校の先生も、この成績なら行く気があるなら行った方がいいって。
奨学金も受けられるだろうって言うから、とりあえず進学のつもりで動いてるけど、
正直そこまで勉強したいことあるわけでもないし」

「……」

「無理して金かけるより、気ままなフリーターでもいいかなって。
もっとマジで大学行きたい人に奨学金出た方がいいと思うし」

「……働くとしたら、東京じゃだめなの?」

さっきまでの踊り出しそうな振る舞いは鳴りをひそめ、
はっきりとは見えないがその目は潤んでいるような感じがする。



203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:41:36.22 ID:0viy3v4E0

「その場合は地元かな。今までは退学にならないようにあんまり危ないことはしなかったけど、
フリーの身になったら使える限り力を駆使していろいろやってみようかって」

「離れなくていいの? 頼ってばっかりでよくないんでしょ?」

「そうだけど、思う存分使って、ついでに金貯めてからでもいいかなって」

「……勉強したいこと、ほんとにないの? ちゃんと調べた?」

いつの間にか進路指導みたいになっている。2つも下の異国の少女と。一緒の布団に入りながら。
その状況を思うと笑いがこみ上げてくるが、ネリーが至って真剣な様子だったのでなんとか押し殺した。

「大学の本には目を通したよ。もちろん東京のところもね。でもどれもずっぽし来ないっていうか。
あえて言えば民俗学とかになんのかな。でも金にならないだろうしなー」

「大学のことはあんまり知らないけど、経営とかは? それか食文化とか栄養士とかそういう……」

「ああ、そういう系統だと施設で働く側に回れるか。でも大変なところも知っちゃってるからなー」

「そうじゃなくてっ……!」

ネリーはついに泣き出してしまった。
堰を切ったように涙が溢れているが、夏のときとは違い声は飲み込んでいる。
手で乱暴に目元を拭いながら、ネリーが言う。

「一緒にお店やるって言った……!」



204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:45:32.79 ID:0viy3v4E0

雷に打たれたような思いがした。カンナカムイの一撃よりも重かったかもしれない。
あんな思いつきの空想話を、まさか本当に大事に抱えていたとは。
私はすぐさまネリーを抱き留め、涙で頬に貼りついた前髪を右手で梳ってやった。

「ごめんな。おまえが覚えてるとは思わなくて」

「もういいよ……」

「ごめん」

「……いいよ、ほんとは気休めだってわかってるから」

ネリーが両腕を私の腰に回す。これまでで最大の密着度だ。心地好い体温を感じる。
以前と同じように頭を撫でてやると、ネリーは吐息を漏らして目をつぶった。

「……雀卓、置くか」

私がそう言うと、目の前ではまぶたが再び開かれた。

「いや、店にさ。私らの顔馴染みが常連客になるなら、あった方がいいかなって」

鼻をすすりながら強めにまばたきする様は、どうやら先を促しているようだ。

「プロと遊びで打てる店ってのを売りにするかな。
あ、客が少ないときは店員も入って、勝てたらタダとか。
おまえと私ならそうそう負けないだろ。その場合さすがにプロはお断りだな」



205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:48:24.33 ID:0viy3v4E0

「……その代わり勝てなかったら強制的にもう1杯注文とか」

「お、いいねいいね。たまーにあえてトップ取らないで、
勝てるんだって思わせとけば挑戦者が絶えないだろうな。
今のうちに部のやつらとも仲良くしとけ、将来の金ヅルだぞ」

今泣いたネリーがもう笑った。

「新千歳空港近くって手もあるけど、やっぱり札幌かな。
大きな大会は札幌が多いから、雀士をターゲットにするならここだよな。
国際大会があれば同窓会できるんじゃねーの? それまで前線で活躍してるかが問題だな」

「……ほんと、獅子原はズルいよね。それされたら悲しい気持ちとかぜんぶ吹っ飛んじゃうよ」

「それって……ああ、これか」

私はネリーの頭を胸元に掻き抱き、わしゃわしゃと強めに撫で回してやった。

「ふわっ……! もう、今度から会う度にひと撫で、ノルマだから」

「いいよ。こんなんでよければ。その代わりあれ作ってもらうからな、ハチャプリ」

「うん、いいよ……ほんとにそんなときが来るといいな。気楽にお店やって、ハチャプリ焼いて。
ネリーの家族は安心して暮らせるようになって……」

「なるだろ。でもまあ、おまえが麻雀で活躍して家族支えるって可能性の方がずっと高いと思うけど。
そうなればべつに店出す必要もなくなるな。世界のトッププロなら相当稼いでるだろうからな。
札束風呂とかできちゃうかもよ~? いや、札束プールのレベルかもな」



206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:50:21.01 ID:0viy3v4E0

「……そっか、そうだね。そうすればいいんだ」

札束に溺れる妄想でもしているのか、ネリーはもうすっかりご機嫌な顔を見せている。
じっと私の目を見て、鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。
さすがにもう感情の急降下はないだろうと思い、私はネリーの体に回していた腕を解いた。
すると、私の腰に回されている腕に力がこもった。

「まだ」

小さい子を叱りつけるような口調でそう言われては、素直に従うしかない。
実際は小さい子がお姉さんぶった感じなんだけど。

「わかったよ」

私はやや乱れた布団を2人の肩が覆われるまで引き上げると、再び華奢な体を抱擁した。
ネリーはそれにご満悦の様子で、話を振ってくる様子はない。
なのでなんとなく、気になっていたことを本人に直接聞いてみることにした。

「……あのさ、変なこと聞くけど、なんでそんなに慕ってくれんの?」

「なんでって……」

「あ、嫌とか言ってるんじゃないよ。そりゃまあいろいろあったし、ありがたいんだけど……
ほんと大したことしてないのに見合ってないっていうか、身に余るっていうか」

ツンツンモードだったときはちょっと寂しがっていたくせに、
いざ親愛を前面に出されると後ずさってしまう。
我ながら勝手なもんだと思った。

「……獅子原は特別だから。ネリーにとって恩人だから」



207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:52:30.95 ID:0viy3v4E0

私が妹という表現に留めた微妙な関係を、向こうは『恩人』と捉えていたことが判明した。

「インターハイで負けたとき、ほんとにどうしていいかわからなくなって……
あそこで獅子原が受け止めてくれて、道を示してくれたから」

いつものように希望的観測に基づいたポジティブワードを連発した記憶はある。
逆に辛辣な言葉を投げかけて刺激した記憶もある。
それにしても、やたらと神格化されている気はする。

「それで、そのとき言われたことを支えにしてた。
そしたら、サトハは優勝できてネリーもスポンサーに切られなくて済んだし、
手紙も前より楽しく書けるようになったし、ちょっとずつ友達できるし……」

「タイミングだな。元々そういう流れだったところに、たまたま私が関わったんだろうね」

「たまたまでもなんでも、獅子原のおかげってことに変わりはないから。
少なくともこの撫で撫でスキルは獅子原にしか出せないよ」

「依存症に気をつけろよ」

「もう手遅れだよ」

ニュアンスによっては非常に重い一言だったが、表情を見ると軽口だったようで安心した。

「それじゃ大変だな。次はいつ摂取できるかわからないもんな。
ま、またいつか今回みたいに降って湧いた話が出てくるだろ」

「うん、大丈夫。そのうち摂り放題になるから」



208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:55:39.00 ID:0viy3v4E0

「ん? どゆこと?」

「決めたんだ。ネリーは麻雀で世界トップレベルになって、お金稼ぎまくるよ」

現時点では小鍛治プロを倒すビジョンもまったく浮かばないけれど、
こいつならそのうちトップ10ぐらいには食い込むかもしれないと思った。

「それで家族のみんなが一生食べていけるぐらい稼いだら引退する」

「え、もったいない」

「それで残りのお金を開店資金に回すんだ。そのときになったら獅子原を引き抜きに行くよ。
そのときOLでもフリーターでもニートでも、強制連行するから」

「マジかよ」

「マジだよ」

完全に躁状態のネリーは、心底楽しそうだ。
危険な香りもしたけれど、世界ジュニアの肩書きからすれば
実現するだけのポテンシャルはあってもおかしくない。
水をさすようなことは言わないで、将来のパトロンができたと受け止めておこう。

「うん、まあ期待してるよ」

「あ、信じてないでしょ」

「いやいや、気長に待ってるよ。でもこういうのって男ができたら
すっかり忘れちゃったりするもんだからなー。それはそれでいいことかもしんないけど」

「そんなのできないって」



209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 01:58:37.80 ID:0viy3v4E0

「あ、もしかして向こうじゃお姉さんタイプが人気だからモテないのか?
日本はロリコンが多いから需要多いと思うよ」

私も体型からすればそっちに属するのかもしれないけれど、
風の噂ではロリ系というより少年系に分類されているらしい。

「そんなのどうでもいい。彼氏なんてつくらないよ。妊娠したら一巻の終わりだからね」

「おまえ……可愛い顔して生々しいこと言うよな」

境遇を考えれば無理もないことかもしれないけれど。

「そういうことしなきゃいいじゃん。クリスチャンだから……とか言って」

「ヤリたい盛りの男が我慢できるはずないって言ってたよ」

「そうかもしれないけど。今度は誰情報だよ。メガンか……いや、ミョンファあたりか?」

「ハオ」

なるほど。
高1であのナイスバディじゃ、日頃からそういう目で見られて嫌悪感を抱いていてもおかしくはないな。
いや、それよりネリーに対する過保護の発動かもしれない。

「まあ、身持ちが堅いのは悪いことじゃないしな。
大企業の御曹司をつかまえるまでは貞操を守っとけばいいね」

「玉の輿よりも、気楽にお店やる方がいい」



210 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:02:04.16 ID:0viy3v4E0

「うん、どっちかって言ったら私もそっちだな」

私がそう言うと、ネリーは再び笑顔を作り、その腕には力がこもった。

「……なんかこうしてるとあれ思い出したな。『魔王』だっけ」

「なんの話?」

「昔音楽の授業で聴いたんだよな、クラシックのやつ。シューベルトだったか。
ほらあれだよ、“父さん、魔王が僕を襲うよ”みたいなやつ」

「ああ、聴いたことあるかも。でも獅子原がクラシックって……」

「似合わないって? こう見えても学校柄、そこらへんの高校生より西洋音楽には詳しいぞ。
聖歌歌ったりしてるからな。後輩の影響でドイツ語でも歌える曲があるし」

まあ、多国籍チームに属している東欧人からしたらなんの自慢にもならないだろうけど。
もしかしたら母国語と日本語に加えて英語、フランス語、中国語もマスターしているかもしれない。

「ふーん。それで、なんでそれ思い出したの?」

「ああ、その曲が確か、お父さんが魔王に怯える息子を抱きかかえながらなだめる、
みたいな内容なんだよ。それが今の状況を彷彿させるというか」

「なにそれ。獅子原がお父さん?」

「いや、そういうわけじゃなくて」

「女だからお母さんか。ネリーが娘で……」



211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:04:41.05 ID:0viy3v4E0

マジに取られても困ると思ったけれど、ネリーは何やら考え込んでいる。
そして思考世界から戻ると、1人で納得したように頷き始めた。

「……どした、世界の真理に気づいちゃった?」

「わけわかんない。いいや、もう寝よっか。いっぱい話せたし、獅子原も疲れてるよね」

「うん、まあ。いいの?」

「いいの。また会えるんだし」

よくもまあさっきまで癇癪を起こしていたところから前向きにシフトしたものだと感心する。
それと同時に、言い逃れできないほどにネリーに与える私の影響が大きくなっていると実感した。
こうなるとやっぱり、最初の時点で首を突っ込んだ責任を感じてしまう。
本気で進路を考えなくちゃな。そう思った矢先に、ネリーのおねだりが飛んできた。

「だから、最後にキスしてほしいな」

こいつのドッキリ発言にはもう慣れたもので、私は冷静に話の流れを辿る。

「……お母さんにしてもらってたの?」

「うん。昔ね」

「どこに?」

「ほっぺかおでこ。おでこがいいな」



212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:08:09.94 ID:0viy3v4E0

おやすみのキスねえ、退行してるなぁ。
文化的に握手程度の感覚なのかもしれないけれど。
することに抵抗はないけれど、泥沼にはまってしまわないだろうか。依存的に。
そう考えていると、ネリーは拒絶と捉えたらしく諦めを口にした。

「じゃあいいや。ネリーがするから」

考えるのが面倒になり、されるがままにしていると、
ネリーは私の手を取り、その甲に口づけた。

「……手なんだ」

「うん。おやすみ」

そうして頭まで布団をかぶったネリーを見て、今更かな、と今度は私の方が諦めを呟いた。

「頭出して。お返し」

精神的幼子がもぞもぞと顔半分を露出させる。

「……いいの?」

「私は太っ腹だからな」

「獅子原、痩せてるよ?」

ネリーは私の腹を撫でさすってくる。

「お腹どころか、おっぱいにもお尻にも脂肪いってないよ?」



213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:10:33.35 ID:0viy3v4E0

「……ちげーよ。太っ腹ってのは――」

私が脱力して臨時日本語講座を開こうとしたところ、ネリーは悪戯な笑みを見せていた。

「知ってるよ、ちゃんと勉強してるから。気前がいいってことでしょ?」

「あ、くっそー、からかったな。でもまだまだ危なっかしいからな」

「なんで? なんか変だった?」

私は風呂場での一幕を思い起こす。

「風呂でマッサージするとき、体で返したら許すって言ったよね」

「うん。体で返すっていうのは、お金の代わりに働くってことでしょ?」

「一応そういう使い方もできるけど、あんまり一般的な意味じゃないんだ」

ネリーの顔に緊張が走った。

「ひとつには、その筋の人が指を切るとかボコボコにするとか、そういう意味もある。
でも一番メジャーなのは――特に女が言う場合、エロいことさせるって意味になる」



214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:13:27.13 ID:0viy3v4E0

「……うそぉ」

「ほんと。だからあのときのやり取りだと、おまえが私に
“ヤラせてくれたら許す”って言ったことになるな」

「――っ!」

照れ隠しに顔を私の胸元にうずめ、腰に回した腕をぎゅうぎゅう締めつけてくるネリー。

「もおおおぉ! なんなの日本語って! ややこしいよ!」

「いいじゃん。これで二度と使いどころ間違えないだろ。
むしろ幼女趣味の変態に間違って使うことにならなくてよかったと思おう」

「……獅子原がサカルトヴェロに来たら日本語使わせないから。間違ったら大笑いしてやる」

「そりゃ怖い。ディディマドロバ」

とりあえず唯一知っている単語を脈絡なく発しながら、私はネリーの額に唇を落とした。

―――――――――
――――――
―――



215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:19:28.63 ID:0viy3v4E0

イベント目白押しの札幌旅行の幕は下りた。
地元に帰ってからの私は、真っ先にチカの家に向かい大学案内本を借りた。
家に帰ると疲労と睡眠不足でダウンしてしまったが、
翌日のハッピーマンデーをフルに使ってピンポイントで大学情報を仕入れた。
結果、誰に相談するでもなく、私は卒業後の進路を決めた。

その翌日。
いつものように部室に顔を出し、

「これからは受験に専念する。部活に参加するのは今日が最後になる」

ことを伝えた。

「やっとその気になりましたか」

「爽さんが本気になったら絶対合格です!」

「思ったより早かったね~。今年一杯は4人打ちできると思ってたけど」

3人の激励だか皮肉だかを受け止め、最後に数局を打った。
カムイの力は借りず、全力で臨んだ。

「……最後まで勝ち越せませんでしたね」

「やっぱり爽さんは強いです。素敵です……」

「なんだかんだ引いてくるもんな~、持ってんね~。お疲れさん」



216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:22:28.29 ID:0viy3v4E0

対局後、私は極力おどけないように努め、皆にひとつ詫びた。
特にユキに、引き入れてアイドルキャラに仕立て上げておいて、志半ばで離脱することを。
だけど、その言葉は言い終える前に、

「そこまで!」

と遮られた。

「自惚れないでください。私はべつに爽先輩がいなくてもやっていけます。
成香先輩と揺杏先輩がいますから。だからどうぞお好きな道を進んでください」

クールに言い放った後、ユキはこう続けた。

「……先輩に謝ってもらうことは何ひとつありません。
初めから今まで、爽先輩には感謝しかありませんよ……ありがとうございました」

そして目尻に涙を溜めて満面の笑みを見せた。
成香は号泣していた。
こうして私の麻雀部時代は終わりを告げた。



217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:25:56.09 ID:0viy3v4E0

部室を後にした私は、家に帰る前にもうひとつの目的を済ませるため、揺杏と共にチカの家に向かった。
私たちを出迎えたチカは制服姿で、学校に残って勉強していたためさっき帰ったばかりだという。
さすがは私よりもひと足、ふた足先に名実共に受験生になった努力家だ。

「それで、話って?」

チカと揺杏が正面から私に視線を集中させる。
ここに集まったのは私が“話がある”と呼んだからに他ならないけれど、
いざとなると切り出しづらい。2対1のこの位置関係が原因ではないだろうか。
そう思った私は自分の土俵に引きずり込むために、チカのベッドにダイブした。

「あっ! また勝手に!」

「いやーやっぱチカん家のベッドは広くてふかふかで最高だね」

「あ、ずっりー」

私の意図を察してか、揺杏も便乗して左隣に寝転がる。
呆れた表情を見せたチカも観念したように、空けておいた右隣のスペースに体を横たえた。

「……昔はよくこうやって川の字で寝たっけな」

そう前口上を述べてからは、我ながら“立て板に水”の具体例にふさわしいくらいの話しぶりだった。
小さい頃のカムイとの出会い。これまで関わってきた事件。使えるカムイの力。等々――
すでに伝えていたこともあるけれど、大部分はぼかしていたことだ。
長年抱えてきた秘中の秘を、ついに今日解禁したのだ。



218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:31:16.09 ID:0viy3v4E0

「――で、今に至る。おしまい」

話を終え大きく息を吐く。
胸の上で組んだ手の平には、平常時よりもピッチの上がった鼓動を感じた。
2人の反応を待ち構えていると、ようやく声が上がった。

「わわっ」

「やっべー」

想像を絶するリアクションの薄さに拍子抜けした。
驚いてはいるようだけど、せいぜい対子に裏ドラ乗ってた程度のものだ。
しかも相手の和了りじゃなくて、自分の和了りで。
もっとこう、“なんで今まで言ってくれなかったの”とか、“ちょっと気持ち悪すぎるわ”とか、
場合によっては“それで今まで好き勝手やってたのかよ”とか。
ネガティブな反応もあるかと思っていた。そう伝えると、私の頭上で2人は顔を見合わせる。

「だって、ねえ」

「うん、べつに今更っつーか」

その表情は揺杏も、演技の下手なチカさえも、本当に特段気に留めることでもないと物語っていた。
普段の雑談をするときと何も変わらず、

「裁縫のカムイとかいねーの?」

とか、

「教会には入って来れるのかな?」

なんて聞いてくる。
だから私も天気の話をするように、ただ知っていることを返した。カムイに敬意は払いながら。
こうして自分の中でひと区切りつけた私は、流れで前日に決めた進路設計も包み隠さず発表した。
反応はやっぱり、以前何気なく聞いたときと同じものだった。



219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:34:14.95 ID:0viy3v4E0

これで心残りは拭い去った。
風呂場でネリーに言われた、

「信用してないの?」

という言葉が、そんなわけないと自信を持ちながらも少し引っかかっていたのは事実だ。
あいつが一歩踏み出したなら、私も負けるわけにはいかない。
そう思って気の置けない友人たちにすべてを解放したことで、
私はこの上なく晴れ晴れとした気持ちになった。

上機嫌で、けれど決して悟られないように揺杏と駄弁りながらの帰り道。
明日からはもう部室で顔を合わせることはない。
学年が違うので1度も会わない日の方が多いかもしれない。
それでもいつもと変わらず、

「じゃーな」

で別れる揺杏に、なんだか安心した。ところが――

「爽」

呼び止められる。いつもと同じ調子で。

「がんばれよ」

不意打ちで優しく投げかけられた飾り気のない言葉に、
部室でもチカの家でも堪えきった私の強固な涙腺が、ついに崩壊してしまった。



220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:37:49.42 ID:0viy3v4E0

それからは自分でも驚くくらいに受験勉強に本腰を入れることができ、
チカにはしみじみと、

「最初からそうしてればねえ……」

なんて言われたものだった。
そうして数日が経過したある日、揺杏から連絡が入った。
返信を求める類のものではなくただのニュースだったが、
私にとっては重要なものだったのでちゃんと礼を返した。
そこには、私の世代の主要雀士の進路が書かれていた。
私はそれで、予想どおり辻垣内さんが東京を出ることになったと知った。

「やっぱだめだったか……」

呟きながら電話帳を開く。
数コールの後に電話口に出た相手に、私は開口一番に告げた。

「プロ入りおめでとう」

『――御陰様で』

やはり渋い対応をしてくる辻垣内さんだった。



221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:42:42.74 ID:0viy3v4E0

ひとしきり辻垣内さんのプロ入りや所属予定チームについての話を済ませると、
今度は向こうが聞き手に回る。

『お前の方はどうだ、受験先は決まったか?』

祝言とは別にもうひとつ伝えたいことがあって電話したのだけれど、
ありがたいパスを受けて自然とその話に移れた。

「うん、決めた。東京の大学受けることにしたよ」

『……いいのか?』

「いいもなにも、ちょうどやりたいこともレベルもぴったりなところが見つかったからさ。
インハイで来たときから密かに上京してみたいって思ってたし……ついでに東京の知り合いに
会えるかもしれないしね。辻垣内さんとすれ違いになっちゃうのは残念だけど」

『そうだな、私としても残念だ。だがまあ、喜ぶやつもいることだろう』

「見かけたら伝えといてよ。あえて言う必要はないけど」

『ああ、わざわざ言いに行くつもりはない。明日は部に顔を出す日だがな』

また主語のない会話を繰り広げる2人だった。
どうもこの人と話しているとつられて芝居がかった言い方をしてしまう。
あれは旅の魔力ではなく、辻垣内さんの魔力だったのだと今更ながら気づいた。



222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:46:26.59 ID:0viy3v4E0

「推薦で行ければ楽だったんだけど、志望学科じゃ募集してなくてね」

『そうか、それは残念だな。お前なら正面突破でモノにする気はするがな』

辻垣内さんはやっぱり過剰評価してくれるらしく、私の学力に疑問を抱くことはなかった。

『――そこだと学生寮があったはずだな。寮に住むのか?』

「いやあ、今までずっと寮的なところだったから、今度はもうちょっと自由なところにしようかと。
ボロアパートしか無理だろうけど、まあ住めればなんでもいいや」

『若い女の独り暮らしはそれなりに防犯に気を使った方がいいと思うが』

「大丈夫だって。私には神の加護――」

そうだ、東京に行く頃にはもう頼れる神はいないんだ。

「――はないけど、昔取った杵柄で。やんちゃ時代のトラップ術を」

『……知り合いの不動産屋に口をきいてみるか? 少しは融通がきくと思う』

「え、それは……ありがたいけど」

『私の地元周辺だから、大学からは少し遠くなるかもしれないが。
ただ電車通学でも学生定期は大幅に安くなるからな。
考えようによっては、家から大学までの駅には好きなだけ立ち寄れるというメリットにもなる』

基本的には物事をポジティブに捉える私だけれど、“うまい話には罠がある”
という警戒心も忘れてはいない。
ただ、辻垣内さんが地元で顔がきくことはあの旅行で十二分に理解していたため、
おこぼれを頂戴してもバチは当たらないだろう、という誘惑に傾いた。



223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:48:50.59 ID:0viy3v4E0

「あんまり遠いのもなぁ。そっちの地理よくわかってないけど、何駅ぐらいになるんだろ」

『物件にもよるが、そうだな……インハイの会場はわかるな?』

「うん、それなら」

『そこを基準に考えると、6か7駅といったところだな』

「うーん、けっこうあるね」

電車はあまり使わないけど、有珠から東室蘭が40分ぐらいだから、
それよりは駅間が短いとしても――などと考えていると、

『10分少々だが』

という衝撃の事実を告げられた。

『日中は5分に1本は来る』

「はぁ!?」

『終電は0時越えだ』

「ひぃ!?」

北海道の路線事情とはあまりに違いすぎた。
思わず、

「受かったらお世話になります」

とお願いしてしまった。



224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:52:19.49 ID:0viy3v4E0

禁欲的な受験生活が続く中でも精神を病まずにいられるのは、程よく息抜きもしているからだろう。
このところの一番のリフレッシュタイムは、先日の旅行で知り合った留学生たちとのメールだ。
私の受験のことは辻垣内さんから聞いたようで、月に1,2回ほどメールが送られてくる。
リアルタイムでのやり取りは勉強の邪魔になるというお達しが出ているらしい。
1通来たら勉強の合間に見て、こっちから1度返信しておしまい。これが恒例のやり取りだ。
ただ、どういうふうに情報が伝わっているのか、必ず画像や動画が添付されている。
そしてそこには必ずネリーが写っている。

『グルジアン・ダンス』

の題で送ってきたのはミョンファだ。
彼女は母に送るための写真の中からボツになったものを使うようで、最もデータが多い。
その動画では、内々で何か催しを企てたらしく、
故郷から持ってきていたという衣装とアクセサリーを身に纏ったネリーが優雅に舞っていた。

「おお……すげえ……」

思わず見とれてしまった。不覚にも。
対抗して、以前テレビで採用されたユキちゃんファンクラブ渾身のダンス動画を送ってやった。
送信してから、欧米はロリータ物に厳しいんだったかなと思い出した。
園児服を着て子供向けダンスを踊る高校生は、フランスの同年代女子にはどう映るのだろう。
縁切られたりしないだろうな。ポルノってわけじゃないから大丈夫か。
などと考えていたら珍しく返信があった。
画面には一言、

『これが国境……』

と表示されていた。



225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:54:31.77 ID:0viy3v4E0

ある時はメガンから寮での晩餐会の写真が送られてきた。
ご当地カップ麺『博多のとんこつ』を恍惚の表情で頬張っているメガンの隣には、
大口を開けてパンにかぶりつこうとしているネリーが写っていた。
おそらく自作の、焦げ目の入ったおいしそうなハチャプリを見せつけるように。
悔しかったので揺杏に、

「欧米人が一発で白旗上げるような、なんかすごいの作って」

と頼んだ。

「自分で作ればーか」

鼻で笑って一蹴された。



226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:55:56.95 ID:0viy3v4E0

2人よりもやや頻度が高いのはハオ。
ネリーと同級生だけあって、様々な場面の写真を手に入れている。
留学生が大会でそれぞれ別の服を着ていたことに触れると、
次のメールではネリーの制服姿が送られてきた。
東京のシンボルの高層タワーをバックに、ばっちりポーズを決めていた。
ミョンファやメガンのメールの内容は自分の話が多いが、ハオはネリーの話が大半を占める。

「なんか悪いな、メッセンジャーみたいにさせちゃって」

1度そう伝えたことがある。
見ようによっては、通信手段を持たないネリーがハオを介して私と通信しているとも取れる。
本来なら手紙なり学校のパソコンなりを使って私と直接やり取りすれば話は早いのだろうが、
あの意地っ張りはそうしない。それで自然と周囲に代弁者が立つのだろう。



227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 02:57:59.71 ID:0viy3v4E0

私は私で、東京受験を宣言した時点で伝えることは伝えたわけで。
これで落ちたら目も当てられないので、合格するまで必要以上に話さない方がいいと思っている。
向こうも受験勉強の邪魔にならないように、直接的な接触は自重しているのかもしれない。
下手につつくと、歯止めがきかなくなったネリーのメールの嵐が来ないとも限らない。
そうなったら今は落ち着いている私の煩悩が刺激され、二度と机に向かえないかもしれない。

『ネリーのために便宜をはかっているわけではありません。
私が勝手にやってることです。爽がネリーの近況を知りたいのではないのかと思って』

ハオの考えは間違いではなかったので、恩恵を手放すことはしなかった。
ただし、これからはハオの近況のオマケ程度でいいと注意書きを添えた。

『わかりました。ただ私はネリーと仲良しですから、
私の近況には必然的にネリーが絡んでいるかもしれませんね』

あの調子だと、ネリーの誕生日には寮でお祝いをして、その写真が送られてくるのは間違いなさそうだ。
返信はどんな写真にしようかと、私は今から頭を悩ませた。



228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:04:56.05 ID:0viy3v4E0

年の瀬には久しぶりに辻垣内さんから電話が来た。
一応他のアドレスも交換したけれど、

『重要案件ということもあるが、やはり直接話す方が性に合っている』

らしかった。
用件は以前話した物件について、そろそろ1度不動産屋に根回しをしておくということで、
進路に変更はないかの確認だった。
おそらく受験勉強が順調に進んでいるかも気にしてくれているのだろう。
どちらも大丈夫だと伝え、その後は少し雑談を交わした。
それで知ったことには、年末年始は皆実家に帰るため、寮がガラガラになるらしい。
留学生たちも例外ではないが、ネリーだけは帰らないという。

「金銭面かねぇ……そりゃ寂しいだろうに」

『ふふ、心配するな。私の家に招待してある』

そこで初めて知った辻垣内さんの誕生日は1月2日。
辻垣内家では毎年、大晦日・元旦・お嬢の誕生日と3日に渡る集まりがあるのだという。
特に今年は娘のプロ入りが決まり、親類・関係者総出で祝いに駆けつけるとのことで、
元チームメイトをゲストとして招き入れるのに苦労はなかったとか。



229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:12:25.17 ID:0viy3v4E0

明けて2日目。
私は誕生祝いを簡潔な文章に起こし、2日連続で辻垣内さんにメールを送った。
昨日は新年の挨拶を向こうから送ってきた。辻垣内さんの記念すべき初メールだった。
今日は返信ではなくこっちから送った。
電話というのも考えたが、いくら向こうの性分を考慮しても、
大規模な祝賀会が行われているであろうこの日、主役を束縛するわけにはいかない。

「なんか半年もしないうちにインハイ優勝、プロ入り、誕生日と3回も祝ってんな。
その間こっちは何もなかったってのに……これが格の差か」

その分大学に受かったら3倍返ししてもらおう。
そう目論見ながら私は“受験生に正月はない”の格言どおり、今日も今日とて勉学に勤しむ。
お勤めを終え、翌日に差し掛かろうというタイミングで返信があった。

「お、辻垣内さんも写メ使えるんだな――」

添えられた写真では、華やかな着物姿の辻垣内さんとネリーが合格祈願の絵馬を掲げていた。
私はベッドの上で転がり踊るのをしばらく止められなかった。



230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:14:45.00 ID:0viy3v4E0

3月上旬。
志望大学にて、私は自制心との闘いを繰り広げていた。
試験問題は一通り自力で解き終えたものの、

「万が一ってこともあるだろ? カムイを呼んじゃえよ。落ちたら全部パアだぞ」

という甘い囁きが絶えず襲いかかる。
頭の中ではおどろおどろしい『魔王』のテーマが鳴り続けていた。
それを紛らわせるために、架空の学習塾『真剣ゼミ』をでっち上げ、
講師の辻垣内さんに日本刀で発破を掛けられる場面を回想したり、

「あっ、これ真剣ゼミで殺ったところだ」

というお約束のひとり芝居で遊んだりして乗り切った。
無事に試験を終えた私は、その足で辻垣内さんと落ち合った。

「首尾はどうだ?」

首尾はどうだ。
筆記試験の手応えをそんなふうに聞く女子高生は、日本にあと何人いるだろう。

「ん、たぶん大丈夫。妄想してるぐらいの余裕あったよ」

妄想の内容は口が裂けても言えないけれど。



231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:17:49.21 ID:0viy3v4E0

辻垣内さんの懇意にしている不動産屋で物件情報に目を通す。
なるほど、確かに事前に少し上の価格帯で調べてみたものよりも条件が良い気がする。
数は少ないけれど、選りすぐりの秘蔵物件はダテではないようだ。

「私のイチオシはここだな」

そうして見せてくれたものは自分には十分すぎるぐらいで、
元々部屋にあまりこだわりはないので、世話人の推薦で決め打ちしようかと考えた。
地図でアパートの場所を確認していると、はたと目に留まる。

「……へー、臨海ってここにあるんだ。近いね、2キロもないんじゃない?」

臨海女子高校。地図上には確かにそう記されていた。

「ああ。私の地元だからな、必然というものだ」



232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:19:34.83 ID:0viy3v4E0

「まあそうだね」

「ちなみに」

辻垣内さんは物件のオススメポイントを紹介するような調子で情報を提供してくる。

「うちの高校の寮は、土日祝日の前日は外泊可だ」

「ふーん」

「そして、寮には貸し出し自転車が置いてある」

「そうなんだ」

結局その物件を見に行って、仮予約ということで決めた。
何度も現地に来るには交通費を捻出できないので、あとは合格発表を待ち、
その結果によって書類で契約を交わす手はずになっている。
発表日まで骨休めといきたいところだったが、間髪入れずにバイトに明け暮れる日々が始まる。
そうして、疾風怒濤の3月はあっという間に過ぎていった――



233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:21:35.51 ID:0viy3v4E0

4月。
北海道から東京への引っ越しを終えた、大学の入学式までの残り少ない春休みのこと。
私がアルバイト探しとして個人経営の居酒屋を検索していると、
辻垣内さん――もとい辻垣内プロからの呼び出しを受けた。

指定された日時に待ち合わせ場所に赴くと、彼女の姿は見当たらなかった。
それは当然のことで、新社会人が平日の昼間に公園に来られるはずはない。
そもそも事前に“私は行けないが”という前置きで聞いていたことだった。
その代わりそこには私服姿で待ち人を探している様子の、彼女の後輩がいた。

「……よっ、久しぶり」

「――獅子原!」

半年ぶりに会ったネリー・ヴィルサラーゼは、私の姿を認めると一目散に私の下にやってきた。
そしてそのまま抱きついてくる。

「うおっ! さすがは西洋人。ハグは挨拶代わりってか」

スキンシップが苦手なタチでも人目を気にする方でもないので、私も背中に腕を回してやる。



234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:26:15.48 ID:0viy3v4E0

「ん、ちょっと背ぇ伸びたか? 前はもっと見下ろしてた気がする」

「ふふーん、ネリーはこれからどんどん大っきくなって大人の女になるんだよ。
獅子原もすぐ追い越しちゃうから」

「マジでそうなりそうだな。私は成長期終わってるくさいしなぁ……」

その表情に曇りはなく、今となっては夏に悲嘆に暮れていた少女は別人だったのかと思ってしまう。

「元気そうじゃん。麻雀での活躍も聞いてるよ。これなら私の出る幕もなさそうだな」

「ちがうよ。獅子原に会ったから元気になったんだよ。
ふだんは大変なんだから。サトハもメグもいなくなっちゃったし」

ブランクを感じさせずにぐいぐい来るね。

「なんだよ、やけに素直だなー。辻垣内さんに日本式社交辞令でも教わったか?」

「獅子原、言ったよね。自分の前では気を張るなって」

「――言ったね。半年も前のことよく覚えてるな」



235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:27:57.75 ID:0viy3v4E0

「旅行のときのことも、夏のこともみんな覚えてるよ。今のネリーの強さの源だから。
がんばってればそのうち獅子原に会えると思ったら、心が軽くなった気がする」

「そっか」

「迷惑?」

「いや、嬉しいよ。そういえば、もう名前で呼んでもいいんだぞ。姐さん部長もいないんだしさ」

「獅子原じゃだめ? 獅子原って名前好きなんだよ」

「え、そうなの?」

それは初耳だ。確かに今まで同級生なんかにかっこいいね、と言われたことはあるけど。
でもどっちかというと爽って名前爽やかでいいね、の方が多かったな。

「獅子ってライオンでしょ? サカルトヴェロの国章見たことない?」

「白地に赤の十字がいくつかあるやつじゃなかったっけ」

「それは国旗だよ。それとは別に国の紋章みたいなのがあるの」

知らなかった。つくづく年下に無知を晒してしまうもんだ。

「サカルトヴェロのはね、ライオンが2匹いるんだよ。
だから獅子原は故郷の守り神って感じがして好きなんだ」



236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:29:56.93 ID:0viy3v4E0

「……そっか。じゃあ故郷を離れてる間は、私が1匹分の働きぐらいはしてやんねーとな。
そういうことなら好きに呼びなよ」

「うん。じゃあさ……」

「ん?」

ネリーは帽子を外すと期待に満ちた顔でじっと目を見てくる。
そういえば約束したなと、あの夜のことを思い出した。

「獅子原、あれやってよ」

「いいよ」

だから即答した。
私は陽に照らされたネリーの小さな頭を、慈しむよう優しく撫でた。



終わり



237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 03:32:48.78 ID:0viy3v4E0

最初は欲情ネリーのパウチプレイを書くつもりだったのにいつの間にか流れが変わってた
読んでいただきありがとうございました

咲-Saki- 15巻 3/25発売
爽に制服姿を披露するネリーの表紙が目印
2人の馴れ初めの公開パウチプレイも収録(たぶん)
買うしかないか!



239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 04:39:17.94 ID:WCAqTmA/o


すっごいよかった



240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/03/24(木) 06:20:50.53 ID:6sZ74kiOo

おつおつー
最後まで最高だった
これはパウチプレイ編にも期待ですね…






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