転載元 : http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/lovelive/1520516872/

1: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:47:52.22 ID:qL2aFIVP

<head>
<meta charset="UTX-252">
<chu-syaku>
これは西暦20XX蟷エY譛?譌・縺に、電子掲示板「5ch」のラブライブ!板にて「高海千歌」を自称する者が投稿したスレッドの、現存する記録である。

彼女の記録は適宜遡って回想・加筆・注釈等が加えられており、レスポンスの順番と話の時系列とが一致していない場合がある。

そのため原文の形式を極力保持しつつ、必要と思われる箇所については文章の順番を整理・再編している。
また、修復プログラムに未対応の文字コードが存在し、一部において「文字化け」と呼ばれるエラーが発生している。

以上のことから、投稿当時の文章を完全な状態で表示することはできない点に留意する必要がある。
</chu-syaku>



2: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:48:47.19 ID:qL2aFIVP

<copipe>
1 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:...

ラブライブ!板廃止と聞いて。
まぁ仕方ない。ブームに終わりは付きものってこと。

埋もれるだけの記録と信じて、「その後のすべて」をここを残そうと思う。

あなたはAq■■■■を憶えていますか。
私はAq■■■■の高海千歌といいます。
</copipe>

<fukudai>
#1 斜陽のディーヴァ
</fukudai>



3: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:50:28.80 ID:qL2aFIVP

<body>
今日2個目のトローチが舌の上で消えた。

郊外に横たわる巨大ショッピングモール。
そのバックヤード、可動パネルで仕切られた仮設の6畳間が私の楽屋。

クソッタレ。しみったれのハコにお似合いの安いシンガーさ。
『昔はこれでもアイドルだったのよ』なんてセリフは好きじゃない。私にそれを言う資格はない。

だから今はこうして、覚えたてのアコギを撫でながら、出番がくるのをジッと待っている。
おなかを空かせた野良犬みたいに。



4: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:52:02.09 ID:qL2aFIVP

コンコン、と合図があって、担当の人が顔をだした。
このモールのイベントを任されている人で、何度か営業で顔を合わせたことがある。
つまりここは初めてじゃないってこと。

「高海さん、本番よろしくお願いします」

はい、とだけ応えて、冷えた薄暗い廊下を渡る。
すれ違うパートのおばちゃんたち、お世辞にも歓迎とは言いがたい視線。

やァね、最近の子は。ソバージュっていうの、あの髪。ジーンズなんでボロボロじゃない。ウチの娘があんなのにカブれたらと思うと…

うるせェよ、×××。
もちろんこれは心の中の声で。




5: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:54:01.68 ID:qL2aFIVP

『本日のスペシャルゲストは高海千歌さんです!皆さん拍手でお出迎えください!』 

吹き抜けのエントランスにはステージが組まれ(私も手伝ったんだけど)、その周囲にはそれなりの人だかりがあった。 
といってもここはショッピングモール。彼らが私を見に来たのか、買い物ついでに足をとめているだけなのか、それは分からない。 
無料で消費される娯楽。流動的な興味。自分で組んだ足場が、にわかに脆く思えてきた。 

無数の私が私を見つめる。あちこちに掲げられた告知のポスター。 
アンニュイ(何だそれ)な表情の両隅には『復活のソロシンガー』『元Aq■■■■ 高海千歌』の文字。 
その名前は出すなとマネージャーを通して伝えたはず。無駄と分かっていても、一瞬だけ担当を睨む。 

「こんにちは高海千歌です本日はお集まりいただきありがとうございますいい天気ですね」 

以前ならもう少し気の利いた挨拶をしていた気もするが、どんなだったかはもう思い出せない。 
あぁ、ごめんよ。そこのお兄さん。あなたは憶えていてくれるんだね。でもそのオレンジ色の棒はしまってね。



7: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:55:33.27 ID:qL2aFIVP

『高海さんは地元静岡出身の方で、かつてはスクールアイドルとして全国優勝を果たした経歴をお持ちになっており…』 

もはやここまでくるといっそ清々しい。どうあっても私は自分の過去から離れられないらしい。 

若干苦笑しつつもハイハイと相槌を打つと同時に、早くこの司会者をどうにかしろと裏方にアイコンタクトを飛ばす。 
後方機材席、私と同い年くらいのアゴヒゲ君がインカムに囁くと、隣のおしゃべりお姉さんがハッとした表情に変わった。 

『さぁ、それでは曲の方に参りたいと思います!高海さん、どうぞ!』 

「えーお子様連れのお客様も多くいらっしゃるようなので、まずは元気になる曲から。聴いてください…」 

レディース・アンド・ジェントルメン。量産型の幸福で飽和したフードコートへようこそ。 
これが私。ラブライブ優勝から5年後の高海千歌。輝きに眼が眩んだバカな女のピロウトーク。 
聴いてください。まだヘタクソだけど。



8: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:57:30.42 ID:qL2aFIVP

…… 

「…で、先方とモメて帰っちゃったと」 

「大げさだなァ、ステージ終わった後にちょっと機嫌悪くしてただけだし」 

「そういうのが後々の仕事の数に響いてくるって…」 

「曜ちゃんマネージャーみたいなこと言うの禁止」 

「へいへい」 

その夜、営業を終えた私は事務所にも寄ることなく内浦に帰った。 
幼馴染で、今でも親友の曜ちゃんは、こういう仕事の時にはいつも車で迎えに来てくれる。 
私が出てきそうな裏口を予想するのが得意なんだ、と、彼女は誇らしげ。可愛い。変わらない。



9: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 22:59:04.91 ID:qL2aFIVP

私たちは「打ち上げ」と称して、何でもない日と同じようにお酒を酌み交わしていた。 
海辺の小さな酒場。私たちの貸し切り。というか、一見さんじゃ分かりっこない。 
なぜならここは、ダイビングショップだから。 

「お待たせ!揚がったよ」 

果南ちゃんがカウンターの奥から、大皿に山盛りのカキフライを持ってきた。 
彼女もまた私や曜ちゃんの幼馴染。一つ年上のお姉さん。 
この前まで「世界中の海に潜る」といってあちこち飛び回って(泳いで?)いたくせに、 
前触れなくフラッと帰ってきたと思えば、「前から憧れてた」という小料理屋を実家の一部を改装して開いた変人。 
私も大概だけど、彼女の人生もまたワインディングロード。これは誉め言葉。



10: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:00:43.51 ID:qL2aFIVP

「女将さんあざっす」 

「千歌、マスターと呼べと言ったでしょ」 

「ママこれ超うめーよ!」 

「曜の酔い方はホントにきたないなぁ」 

泊まると決まったら後は流れに身を任せ的なノリ。 
幸か不幸か3人揃って事実上のフリーターである私たちは、 
後先の憂いとかもアルコールと一緒にガブガブ流し込んで、チープな夢心地に頭まで浸るだけ。 
失望した?少なくとも私はしてる。半分くらい。



11: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:02:19.63 ID:qL2aFIVP

大皿の底が顔を覗かせてきたころ、上機嫌になった私は、普段は滅多にやらない「流し」を披露することにした。 

※「流し」:ギター、アコーディオンなどの楽器を持って酒場などを回り、客のリクエストに応えて客の歌の伴奏をしたり、 
ときには客のリクエストになど答えて自らの歌を歌う者のこと。(Wikipediaより) 

私の場合↑の例でいうところの後者にあたる。まぁ、ぶっちゃけ練習。 

「最近はね、90'sも開拓していこうと思って」 

「生まれてなくない?」 

「だァからいいのさ」 

志摩姉ぇが昔よく聴いてたって曲を教えてもらったら、私もすっかりハマっちゃって。 
CD借りて、何度も聴いて、商店街にある行きつけの楽器屋で譜を買って、ようやく形になりつつあるカヴァー。 

BiVi前で弾くにはまだ拙い。けどいつかは路上でもやろうとも思ってる。 
タコで硬くなった指先が、チョンと背中を押したその勢いのままに、鳴らすぜ。なんてね。 

「それでは聴いてください…there will be love there」



12: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:03:44.12 ID:qL2aFIVP

there will be love there-愛のある場所- 
歌:the brilliant green 
作詞:川瀬智子 作曲:奥田俊作 




大きな曲がり角を曲がったなら走り出そう とまどうことはもうやめて 

その先に何があるのかは分からないけど そう 強くあるために 

”楽しみに待つ”とゆうこと 待つときの楽しさも今では 空っぽで 不安でいっぱいになる 

悩みはいつも絶えなくて 不満を言えばきりがない 

全てに立ち向かう強さをください I believe 

Love that's waiting for me 
Love that's waiting for you 

そこから流れて行けるような 世界を見つけたい 

There will be love there 
There will be love there 

いつかは 誰かのために生きていたい



13: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:05:17.56 ID:qL2aFIVP

「…どうだった」 

無言。二人は友達だけど…いや、友達だからこそ、こういうとき「お世辞」は絶対に言わない。 
ヘタならヘタとハッキリ下す。ときには、そんなんじゃお客さんに失礼、とまで。 

アスリートの血だな、と思う。ハンパが許せないんだ。きっと私なんかよりずっと。 

浮かれた気分は萎むのもあっという間。なんか、ごめんね。を口にするのも申し訳なくなって、 
ギターを仕舞おうとしたら… 

パチパチパチパチ。 

「いいじゃん、いいじゃん!ねぇ」 

「うん、今の千歌ちゃんにピッタリだと思う!」 

二人は目を輝かせて拍手を送っている。こんなのは初めてだ。 
曜ちゃんに至ってはちょっと泣いてるし。なんだコイツ。ホント可愛いな。



14: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:06:52.29 ID:qL2aFIVP

「良かった…ゲフン、えっとね、このぐらいの(音の)高さなら無理なくいけるんじゃないかなって」 

「今日だって3曲ずっと通して歌えたんでしょ?調子戻ってきてるんだよ、きっと」 

「やっと『シンガーソングライター』が板についてきたって感じ?」 

「まだ自分で作曲したことはないんだけど」 

「細かいの気にしなァい」 

出た、果南ちゃんの口癖。私はこの言葉、けっこう好き。 

「…ね、千歌ちゃん」 

「んー?」 

「やめなくて、よかったね」 

「うん…うん。そうかも」 

その日はそこでお開きになって、私たちは(例によって)果南ちゃん家で泊まることにした。



16: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:08:42.05 ID:qL2aFIVP

満月が水面に反射して、ときおりユラユラ。 
あんまりキレイだからそれを取ろうとして海に落っこちた、ってのは何の昔話だったっけ。 
昔、お母さんの膝の上で聞いたような無いような記憶。そういえば長いこと会ってない。 

曜ちゃんと果南ちゃんはもう眠っている。私は真夜中の潮風が心地よいベランダをそっと出て、 
二人を起こさないようにゆっくり窓を閉めた。 

変わらない寝顔を眺めていると、ふと安堵感と罪悪感とが同時にこみあげてくる。 
いつまでこうしていられるのだろう。踏み出せないのは、自分だけなんじゃないか。 

先のことを考えるのが怖い。「未来」とか「希望」とかいう言葉が、重い。 

寝よう。眠って、キレイさっぱり忘れてしまおう。 
どうしてこうなったとか、これからどうするとか、全て。 

両親の温もりを求めるチビッ子のように、私は二人の間に身体をねじ込んで、そこで眠った。 


…でも結局、過去から逃れることはできなかった。 
私はその夜、久しぶりに昔の夢をみた。



17: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:10:14.94 ID:qL2aFIVP

『プロの…ア…ドル……なれる……がない…!』 

『お母さ…お姉ちゃ……らないくせに』 

『…螟ァ蟄ヲは卒業してからでも……』 

『…たよ、もう…出ていけば……でしょ』 

『…歌!待ちなさ……』 

――― 

『ウチの事務所…かな?……優勝なら、すぐにでもデ…』 

『ありが……精一杯がんば…』 

『…のラジオで……遉セ髟キさんに紹…』 

『高海すご……新人でここま……ないよ』 

『できること……でも???ま……から』



18: 名無しで叶える物語(たこやき) 2018/03/08(木) 23:11:45.54 ID:TiT+lpa2

曜ちゃんがアイドル?シンガー?やった方がいいんじゃ...



19: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:11:54.51 ID:qL2aFIVP

『いま最も注目の……激しいパフォ………で…』 

『アイドルの蟶ク隴を…た……活躍………』 

『目立つた…もする……けど、たとえ…先、どうな……』 

『こうでも……いと、私は……凡人だか…』 

『期待に……が、使命だと…………って』 

――― 

芸能界震…ールアイド……運営に潜…噂 

組織的……ブローカーの… 

…隷契約!?闇の………に迫る! 

『そんな……いう…………なの』



20: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:13:30.24 ID:qL2aFIVP

『千歌ちゃ……したの…最近……変だよ』 

『…さいなぁ。曜ちゃん……のに』 

『…しはただ、……配で言って』 

『うる……!!そういうところがずっと逶ョ髫……った!』 

『……いよ。そんなこと……よ!』 

『…けないの!?私が活……のが、…っていうの!?』 

『もう知ら……!………ばいい!』 

――― 

『…はね、こういう仕事も……』 

『…ってくださ……てない……です』 

『社会でそう……じない……かるよね?』 

『こんなの……じゃ…………か!』 

『ナメた……ぞ、この…!』



21: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:15:03.28 ID:qL2aFIVP

『ねぇ…た?……務所の高海って子…』 

『あぁ、あの……ursのメンバーだった……』 

『……矢理グラ…ア撮影……くて、断ろうと……脅…』 

『…ブライブ関係で……話山ほど…他の子なんて■■まで……』 

『そういえ………近見ない…のかな』 

『なんか病……もう………ないって』 

――― 

『…膝蓋腱……症が……ます。あと声帯にも…昴繝シ??ができ…』 

『おそら…の酷使が原……すが』 

『…う無理と……しょうか』 

『少なくと…間は活動を……べきかと』 

『そして、仮に…帰できたと……ても、これま………ようなダ…スは不可…』 

『……ぁ、…うぁ、あ……ああ…………っ!』 

……



22: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:16:20.23 ID:qL2aFIVP

それからの私は、今夜のような精神の破滅と蘇生を幾度となく繰り返した。 

輝きに近づきすぎたが故に灼かれた私の皮膚は真っ赤に爛れて、 
一歩踏み出そうとするたびに、何かを掴もうとするたびに、 
耐えがたい痛みが走るようになってしまった。 

私は自分で「Aq■■■■の高海千歌」を殺めてしまったことが、悔しくて悲しくて仕方なかった。



23: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:17:47.43 ID:qL2aFIVP

…… 

「…こうして私は夢だったアイドルを諦め、歌手としてゼロからのスタートを切ったのです」 

過去を語り終えた私はゆっくりとマイクを置き、目の前に座る十数人の少年少女を見渡した。 
みんな言葉を失っていた。中には肩を震わせて泣いている子さえいた。 

果南ちゃんの家で飲んだ数日後、私はある後輩に頼まれて「出前授業」をすることになっていた。 

沼津市街の雑居ビルのワンフロアにあるフリースクールが、私の次の仕事場。といってもこれは非公式。事務所は通さずに。つまりノーギャラ。 
(あ、ちなみに前とは別の事務所に移ったので!)



24: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:18:55.04 ID:qL2aFIVP

フリースクールとは、簡単に言えば「学校に行けない子どものための学校のようなもの」。 
そのほとんどが学校としての認可を受けておらず、あくまでも民間の私教育機関として運営されている。 

児童生徒の大半は現在不登校の子どもか、かつて学齢期に不登校だった人たち。 
理由は様々。教えてくれる人の方が少ないが、私から尋ねるようなこともしない。 

ここは病院じゃない。だから「分析」も「診断」も持ち込まない。要るのは「実感」。私はそのために来ている。



25: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:20:16.29 ID:qL2aFIVP

「生きてて辛くないんですか」 

最前列にいた中学生くらいの女の子が、腕で涙を拭いながら訊いた。 
手首に走る無数の線が、一瞬チラリと袖から見えた。 

「んー、辛いよ。でもさ、そんなの当たり前じゃん。生きてんだから。いくら切っても切り離せないし」 

結びの一言は、私なりの叱咤激励のつもり。そうでしょ、カミソリなんかで死ねるもんか。 

「長いこと喋りすぎちゃったね…それじゃあ、シメに私の現状報告だけ。 
今は音楽活動の傍ら、自分のように芸能界で使い捨てにされている元スクールアイドルの人々を支援する運動も行なっています。 
強いて言うならそれが生きる理由、みたいな。ただ、これが難しくてさ…やっぱりなかなか表に出ないんだ、大人の事情ってのは」



26: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:21:37.48 ID:qL2aFIVP

かつて私たちとラブライブで優勝をかけて争い、その後芸能界へ入った子たちはたくさんいる。 
そして彼女たちの多くが、私と同じかそれ以上に悲惨な目に遭っている。 

今までにそういう何人かと接触することはできたものの、やはり上からの圧力は相当なものがあるし、 
自ら打ち明けるのも精神的苦痛が伴う、などの理由から正直まるで進展がない。 

調べれば調べるほど、ムカつくまでに巧妙な搾取の構造を思い知らされた。



27: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:23:07.06 ID:qL2aFIVP

私の大好きな穂乃果さんが、あんなに愛して未来に繋いでいこうとしたラブライブをこんな風に踏みにじられたことは本当に許せない。 

ようやく「黒い噂」が週刊誌の与太話レベルから説得力を持ちはじめつつはあるけれど、できるなら私たち当事者自身で決着を付けてやりたいと思っている。 

で、なんでこんなエグい話をわざわざナイーヴな少年少女にするかといえば、自分の生き方を示したい、彼らのヒントにしてほしいって、ちょっと傲慢か。 

別にセンセじゃないから上手には教えられない。それに悪いけど不登校の気持ちは経験がないから分からない。 

だったらいっそ、私にしかできないシゲキ強めの特別授業やってやるんだ。 
感謝してくれよ、今時こんなにあからさまな「がんばれ」なんて言う人、なかなかいないから。



28: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:24:10.25 ID:qL2aFIVP

とはいえ、ソレばっかだとゲップが出ちゃうので、あとは未来のセンセたる彼女にフォローしてもらうとしよう。 
後ろの壁にもたれ立って私を見守って(見張って)くれてる、すっかり頼もしくなった後輩ちゃん。 

「ここらで休憩はさんでもいいかな、ヨハネ」 

「その呼び方やめて!恥ずかしいから!!」 

善子ちゃんが地団駄を踏むと、子どもたちはドッと笑い出した。



29: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:25:28.60 ID:qL2aFIVP

みんなを前に集め、私と(逃げようとしたから捕まえた)善子ちゃんを囲んでもらう。 
待ってましたとばかりに、拍手と口笛のシャワー。 
休日のモールにいた家族なんかより、よっぽどノリのいい上客。 

「ヨシコさん歌ってくれるの!?」 

「聴きたい聴きたーい!」 

「歌いません!」 

「「えー」」 

子どもたちの親指の向きが一瞬にして180°変わる。本場のフーリガン顔負けの大ブーイング。私は大爆笑。 

「私的にはAq■■■■の中で一番の歌唱力だと思ってたんだけどなー」 

「まーた適当な嘘ついて」 

嘘じゃないんだなコレが。 

「ほらほら、みんなもヨイショしてさ」 

堕天使もおだてりゃハレルヤとはよく言ったもので、結局1分も経たないうちに善子ちゃんは根負けした。 
こういう日がくればいいなと思って練習しておいた『ユメユメ』のアレンジは、相方が即興でハモってくれたのもあって、とてもうまくいった。 

録音して寝る前に繰り返し聴いていたいくらい、うまくいった。



30: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:27:17.60 ID:qL2aFIVP

西の空がほんのり黄昏るころ、ビルの屋上に出た私は、先客の善子ちゃんと鉢合わせした。 
都会と呼ぶには少々物足りない街並みが、私たちの目の前に広がっている。 

「おつかれ」 

「ん」 

「一本いる?」 

「ううん。曜ちゃんにバレたら怒られる」 

「そ」 

彼女の右手の煙草はしばらく行き先を見失って、やがて口元に戻っていった。 
ブラックデビル。私でも知ってる銘柄。善子ちゃんのためにつくられたような、甘い香り。 

「…健気ね」 

宙を舞う煙と一緒に、そんな呟きが聞こえたような気がした。



32: 名無しで叶える物語(SB-iPhone) 2018/03/08(木) 23:29:07.10 ID:HSRnPEL6

沈黙。 

「今日は、ありがと」 

「呼んだの善子ちゃんじゃん」 

「でも、ほら…ギャラが」 

「善子ちゃん」 

「ごめんなさ…」 

「…ルビちゃんマルちゃん、元気かな」 

「え?あァ、うん…最近LINEあった。シェアハウス借りれたみたい」 

「そっか」 

「今度の休み会うつもりなの。名古屋でね」 

「いいね、うん…いいじゃん」 

再び沈黙。



33: 名無しで叶える物語(SB-iPhone) 2018/03/08(木) 23:31:06.90 ID:HSRnPEL6

「大学にはいつ戻るの」 

訊かずにおこうか、とも迷ったけど、それはそれで気遣いミエミエみたいで、やっぱり訊いた。 
善子ちゃんも善子ちゃんで、待ってた、って顔。 

「正直、もう辞めてもいいかなって。教員免許いらないし…少なくともこのままここで正規のスタッフになったら、の話。 
ママはどうだろ…理解はしても納得はしないでしょうね。勝算は50%、ってトコかな」 

サラッと言ってのけたが、なかなかに重い決断。 
そもそもフリースクールなんて、ほとんどチャリティーで成り立っているもの。とてもじゃないが食べていけない。 
現にこうやって、教師の卵である善子ちゃんがボランティアに来てようやく回っているのだ。 

「バイトしながら?」 

「そ、バイトしながら」 

「大変だね」 

「アンタが言う?…でも、なんか残酷な話ね。9人のうち『こっちに残ったほう』はみんな(実質)フリーターだなんて」 

「格差社会ですな」 

「ホントそれな」 

笑えないことを共有すると無性に笑えるのはなぜだろう。



34: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:32:56.30 ID:qL2aFIVP

「千歌」 

「んー?」 

「…今晩、飲みにいこっか。私のオゴリで」 

善子ちゃんが「お猪口」のジェスチャーをする。「続きはそのとき」のメッセージだと、私は解釈した。 

「何言ってんの、私が出すよ」 

「出せんの?」 

「バッカにしてくれちゃってぇ」 

これは強がり。営業のギャラが入るのはまだ先のことだ。 

それから「上島竜兵のいないダチョウ倶楽部」が何回か続いたが、このときの善子ちゃんはついぞ根負けしなかった。 
結局、もはやキレ気味の善子ちゃんに押し切られる形で、私はまたもタダ酒にありつくこととなった。 

「アンタ予約しなさい。好きなトコでいいから」 

「言っとくけど私、地下ドル時代にオジサマたちに色んな『美味しいお店』連れてってもらってるからね』 

「…『万』以内でお願いします」



35: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:34:39.74 ID:qL2aFIVP

まァ、久しぶりに鳥貴族とかでも悪くないか…と余裕の笑みを浮かべてスマホを取りだした、ちょうどそのとき。 

そう、すべての始まりはあの瞬間、突然のメールだった。 


「…………!!」 


バイブレーション。画面に現れる通知。彼女の名前。 

「…千歌?どったの」 

「……ごめん、やっぱり…今日はいいや」 

絞りだすようにそれだけ告げて、私はそのまま屋上を降りた。



37: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:36:24.41 ID:qL2aFIVP

薄暗い非常階段の途中で、私はとうとう立っていられなくなり、腰を下ろした。 
心臓が脈の打ち方を、肺が息の仕方を忘れている。手足の震えは収まりそうにない。 

なぜ。なぜ今になって。あなたが。 
忘れてしまいたかった。でも、決して忘れることのできなかった、あなたが。 

もう一度だけ、ひょっとしたら見違いではないか…と、そうでないのは分かっていながら、 
それでも言い聞かせるようにして、もたついた手つきでスマホのスリープを解いた。 

<mail> 
1分前 

桜内梨子:会いたい。東京に来て。 
</mail> 

「……梨子ちゃん」



38: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/08(木) 23:38:20.18 ID:qL2aFIVP

2度目のバイブレーションが、階段に反響した。 
身体が空中に浮くぐらいビクンと跳びあがって、あやうくケータイを落としそうになった。 
彼女のメッセージには、続きがあった。 

<mail> 
今 

桜内梨子:私があなたをそこから救い出してあげる。 
</mail> 

</to be continued…>



43: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:02:44.87 ID:hNBFU9a4

<copipe> 
43 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:... 

私は梨子ちゃんと、実に5年ぶりに再会することになった。 
彼女は卒業と同時に、何も告げることなく私たちの前から姿を消してしまっていたから。 

イタリアの鞠莉ちゃんは仕方ないにせよ、梨子ちゃんが離れ、私が「あんな目」に遭ってからは、
何となくAqo■■■のメンバーで全体で集まるのが気まずくなり、やがてそれぞれの付き合いをするようになった。 

曜ちゃんは未だに梨子ちゃんの名前が話題に出ると、露骨に嫌な顔をする。 
あの二人が裏でイガミ合ってたのを知ったのは、不覚にも高校を卒業した後のことなんだけど。 

色んな人が、自分しか知らない本当の気持ちを抱えて生きている。 
かくいう私もそうだった。決して明かせない私だけのヒミツ。次はそんなお話をしようと思います。 
</copipe> 

<fukudai> 
#2 Re: TOKYO 
</fukudai>



44: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:36:50.41 ID:hNBFU9a4

「善子には私がうまく言っといたから。あの子も心配はしても怒ってはなさげだったし」 

「悪いね、果南ちゃん。色々手回して、駅まで送ってもらって」 

朝方の三島駅は、なんだか切ない風が吹いている感じ。 
子どもの頃、お母さんを見送っていた記憶が色濃いからかも。 
私にとってここは「別れの場所」というイメージがある。 

「曜ちゃんは…」 

返事の代わりに、果南ちゃんは首を横に振る。 

「…そっか。帰ったら、私からちゃんと話すよ。善子ちゃんにも」 

「それがいいと思う」 

あれから梨子ちゃんとメールを交わし、事務所の社長やバイト先の店長とも相談しながら、東京に行く日を決めた。 
そして今日がその約束の日。なんだか夏と冬だけになりつつある日本に、もうすぐ春が来ようか、という時期だった。



45: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:43:11.41 ID:hNBFU9a4

果南ちゃんがキャリーバッグを引いて、改札まで一緒に歩く。 

「忘れ物ない?」 

「ない」 

ゴロゴロ。 

「東京バナナよろしく」 

「わーった」 

「あ、でも爺ちゃんには舟和の芋羊羹のがいいかも…」 

「どっちも買ってくるよ」 

ゴロゴロ。 

「千歌、待って」 

「ん」 

ピタッ。 

「これ。交通費ぶんしかないけど」 

「…やめてよ。もう、こんなさ…」 

クタクタになった四つ折りの一万円札を、有無を言わせない力で、ギュッと握らされた。 
このところ誰彼から貰ってばかりいる。いつもより深く、長めのハグをした。 
一万円くれたからじゃない。自分の情けなさを、彼女に見られないようにするために。 

『6番線 こだま630号 東京ゆきが発車いたします。ドアが閉まります…』



46: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:48:37.94 ID:hNBFU9a4

電車を降りた時点で、約束の時間までにはまだ余裕があった。 
東京駅は相変わらず田舎者を威圧するかのようにデーンと建ち、 
秋葉原は相変わらず、何度か営業で呼ばれたことのある「高専の文化祭」のようなノリ難いノリで賑わっていた。 

…前ならこんな言い方しなかったろうに。変わったのは、私のほうか。 

ソフマップの店内から、あられもない姿をした女の子がこちらを覗いていた。 
私は彼女を知っている。名前も言える。話したことだってある。 
でも、何もしてあげられなかった。 

新発売のグラビアポスターに映る彼女は、かつてラブライブでも名を馳せた元スクールアイドル。
レンズ越しに愛嬌を振りまく彼女の瞳の奥に映る悲しみに、どれだけの人が気付くだろう。 

ここに来る時点で覚悟の上だったとはいえ、やっぱり心にクるものがある。 
私は途中で逃げた。彼女たちに服とプライドを脱がせることで、私はのうのうと生き永らえているのだ。



47: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:55:42.17 ID:hNBFU9a4

かつてのライバルたちへの弔い…この表現はダメか、もとい決意表明のために、 
私はかつて全力を賭して競い合った「聖地」アキバドーム前の広場に立った。 

あれから5年。私は「ただの人」として帰ってきた。 
自意識過剰を承知で言えば、もう誰もここに立っている私が高海千歌だとは気付かない。 

だからこうしてドームを睨むようにしてギターを構えても、誰も足を止めたりはしない。 


オーケー、上等じゃん。何度目かの原点回帰。いつだって私はゼロからのスタート。 
ガラスの靴は置いてきた。今の私にはコイツだけでいい。まだ懐かないデカブツ。サンバースト塗装が太陽を反射する。 

今しがた、うってつけのナンバーを思いついたんだ。 
ウチの三姉妹そろって大好きな林檎さんの歌。私にはソレが、スクールアイドルの生き方と重なったから。 

大袈裟なまでのブレスを入れて、私は高らかに曲名を宣言した。 

「聴いてください。閃光少女」



48: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 00:59:55.67 ID:hNBFU9a4

閃光少女 
歌:東京事変 
作詞:椎名林檎 
作曲:亀田誠治 




今日現在(いま)が確かなら万事快調よ 明日には全く憶えて居なくたっていいの 

昨日の予想が感度を奪うわ 先回りしないで 

今日現在(いま)を最高値で通過して行こうよ 明日まで電池を残す考えなんて無いの 

昨日の誤解で歪んだ焦点(ピント)は 新しく合わして 

切り取ってよ、一瞬の光を 

写真機は要らないわ 五感を持ってお出で 

私は今しか知らない あなたの今に閃きたい



50: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 01:05:53.22 ID:hNBFU9a4

歌い終えた時には、肩で息をするくらいアガっていた。 
カーディガンの中が蒸れている。初春の風が気持ちいい。 

足を止めてくれた何人かは「どっかで見たような…」って顔をして、やがて去っていく。 
やったよ、みんな。スクールアイドルはまだ、死んでなかったよ。 


パチパチパチパチ。 

背後から、一人分の拍手が聞こえた。 
コンクールでやるような、上品な鳴らし方。 

「あなたなら、ここに来ると思ってた」 

「まァね」 

振り返らずに応えるのは、相手が誰だか分かっているから。 
袖口で額の汗を拭ってから、私はゆっくり回れ右をする。



51: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 01:07:20.94 ID:hNBFU9a4

「こういうとき何て言えばいいのかな」 

「整理がつかない?」 

「5年ぶんだよ。倉庫もいっぱいさ」 

「じゃあそうね、今の気持ちは?」 

「私の?」 

「うん、千歌ちゃんの」 

「それなら簡単」 

「どんな…」 

「バカ」 

やっと、やっと会えたね。梨子ちゃん。



56: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:24:49.58 ID:hNBFU9a4

案内されたオフィスビルは息が詰まりそうなくらいスタイリッシュで、想像力を強迫されるような空間だった。 
どう座るのか分からない前衛的なイスに腰掛け、どう飲むのか分からない前衛的なカップでコーヒーを啜る。 

こんな会社がゴマンとある東京は、やっぱり格が違うというか、度し難いというか。 

改めて、向かい合った梨子ちゃんをマジマジと眺める。 
彼女はこのオフィスに、この上なくふさわしい姿だった。 

サイドをバッサリ刈り上げ、片方に流した長い髪。夜でも目立つような鮮やかなリップ。強く反った長い睫毛… 
黒のロングコートは彼女のしなやかなボディラインにピッタリと沿い、やたらと多い銀ボタンが主張する。 

全身から溢れ出る「トクベツ」感。 
媚びない美貌、大衆の支持を拒むかのようなアヴァンギャルド。 
女優の「統堂英玲奈」に似ているな、と思ったけど敢えて言わなかった。



57: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:33:58.58 ID:hNBFU9a4

「名刺渡しておくわね」 

「私持ってないよ」 

受け取った(これまた前衛的な)名刺には、「AP:桜内梨子」。 

「エーピー?」 

「そう、Artistic Producer。私はこのデザインスタジオをクライアント…つまり歌手とかイベント会社とかに紹介して、 
彼らのプロモーションを手掛ける仕事をしてるの。PVを作ったり、会場のデザインから美術制作まで幅広くね」 

そう言って、これまで手掛けてきた作品をいくつか見せてくれた。 
バンドのMV、個展、映画の劇伴…。多種多様なセミプロ芸能人とコラボしているようだった。 

まだまだだけどね、と照れ隠し。 
初めてピアノを聴かせてくれたときも同じように言っていた。でも今は…違って聞こえる。



58: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:37:18.59 ID:hNBFU9a4

それらをあらかた見終わったころ、奥から一人の男性が姿を現した。 
20代後半ぐらいの若さだが、何というかオーラのようなものが漂っていて。 

「お待たせ…この方が君の言ってた友人かな?」 

「ええ、そう。ちょうど良かった…紹介するわ、ここの社長で全てのコンセプト・デザインを手掛けている騾?逕さん」 

「初めまして、騾?逕と申します。あなたが高海千歌さんですね、桜内から話は伺っております。 
本日はお忙しいところ、遠くからお越しいただきありがとうございます」 

「あ、はい…いえ、お構いなく」



59: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:41:55.11 ID:hNBFU9a4

「桜内とは武蔵美で知り合いましてね。私は当時4年生で、卒業後の起業を考えていたときに彼女が入学してきたのですが、 
そのとき直感しました。この子には素晴らしい才能がある、と」 

梨子ちゃんは騾?逕さんと意気投合し、大学卒業と同時にこのスタジオに加わったという。 

ただ、彼女自身が歌うことはなく、専ら作曲や衣装デザインが主な担当とのこと。 
たくさんのアマチュア・アーティストをプロデュースし、何人かはプロデビューも果たしたらしい。 

まさに絵にかいたようなサクセス・ストーリー。 
聞けば埋まると思っていた「空白の5年間」は、かえって梨子ちゃんを遠く感じさせた。



60: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:47:17.78 ID:hNBFU9a4

「そしてここからが本題…千歌ちゃん、あなたをウチの新プロジェクトの主役にしようと思うの」 

梨子ちゃんが天板のモニターに資料を投影していく。表紙には騾?逕さん・梨子ちゃんに続いて、私の名があった。 

「旧来の世俗的なアイドルを越える新たな価値観の発信…『高海千歌』という少女をコアに、音楽、映像、イラスト、 
それぞれの若いクリエイターたちが終結して、このスタジオの『世界観』を表現するんです」 

騾?逕さんはそれからも至極丁寧に説明してくれたが、あまりに突拍子な話すぎて、私は頭がクラクラしてくるようだった。



61: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 06:54:10.56 ID:hNBFU9a4

「え…私が…せ、世界観…?」 

「急な話でごめんなさい。でも、とても大きなプロジェクトなの。ウチの名を日本…世界中に知らせるためのね」 

「そんな大事なこと、どうして私なんかが…」 

「千歌ちゃんだからよ。一応言っておくけど、あなたが友達だからってだけで頼んだりはしない…高海千歌だから、できると信じたの」 

「高海さんについては、私も色々と調べさせていただきました。桜内と共に過ごしたAqo■■■の頃から、その後の…あの…」 

騾?逕さんは語尾を濁す。 

「破滅も、ですか」 

だから敢えて、強い言葉で拾う。 

「…はい、全て」



62: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:00:19.43 ID:hNBFU9a4

「ラブライブの裏に何があったのかも知ってるし、千歌ちゃんが今、スクールアイドルのために戦っていることも知ってる。 
私たちは、その力になりたいの。あなたがより大きな舞台で真実を語れるように。より多くの味方をつけられるように」 

なるほど。『あなたをそこから救い出す』ってメッセージは、そういうことだったのか。 

「高海さんは非常に芯の強い方だと思います。あなたが背負っているものはあまりにも重く、立ちはだかる相手はあまりにも大きい…。 
それでもめげずに立ち向かう姿に、きっと多くの人が心を動かされるはずです…ちょうど今の私のようにね」 

「…買いかぶりですよ」 

太ももの上に置いた拳に力がこもる。 
ジーンズのシワが描く模様に集中しながら、私はゆっくり呟いた。 

ソフマップの彼女が、頭にチラついて離れなかった。



63: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:08:05.37 ID:hNBFU9a4

高卒の私でも、彼らの求めているのもが何なのか、だんだん察することができた。 

つまりはアレだ、私の「影」が欲しいんだ。 
彼らの言う「古くて安っぽい日本の芸能界」に振り回されたカワイソウな私が、それを飛び越えるドラマを描きたいんだ。 


「それで、どうでしょうか高海さん。もちろんまだ企画段階ですし、そちらの事務所との正式な話し合いの場は改めて設けたいと考えているのですが…」 

「いくら貰えるんですか」 

「へ?」 

「ギャラですよ。それを引き受けたとして、私はいくら貰えるんですか」 


クライアントへの非礼はどんな仕事であっても許されないだろうが、この業界では「即死」を意味する。 

騾?逕さんは口をポカンと開けたまま、隣の梨子ちゃんを見ていた。 
コイツは本当に君の友人の高海千歌なのか、と言いたげな顔で。 

「…あなたの目的のためにある程度の資金が必要だというのなら、私たちはできる限りで用意するけど」 

さすがの梨子ちゃんも度肝を抜かれたようだったが、すぐに落ち着きはらって『大人の対応』を見せる。 

そう、普通ならそれで正解かもしれない。 
でも私とあなたの間で交わす言葉じゃない。



64: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:12:44.60 ID:hNBFU9a4

ここにきてからずっと、ある「違和感」を感じていた。 

北欧の家具やら、Macの薄いラップトップやら、DYNAUDIOのサラウンドスピーカーやらが並ぶオフィス。 
そこで指揮をとるのは新進気鋭の若きアーティストたち。 
田舎にいたんじゃ絶対に手の届かない輝き。 
きっと誰もが憧れるであろうバラ色のキャリア。 


なぜだか、不思議なくらいに、ワクワクできない自分がいる。 

「ソレ」を口にするべきかどうか迷った。彼女が「ソレ」を否定しなかったら、と考えると、怖かったから。 
…でももう、いいや。 

「ねぇ、梨子ちゃん」 

「……」 

「他人事みたいに、言うんだね」 

あなただって、かつてはスクールアイドルだったでしょ。



65: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:16:24.43 ID:hNBFU9a4

沈黙。 

「…なんかお腹減った」 

私の呟きに反応して、音声認識のごとく騾?逕さんがハッとなる。 

「あの、お疲れでしたら下のフロアにリラクゼーションルームが…」 

「梨子ちゃん。どっか美味しいトコ案内してよ」 

「えっ、あぁ…うん」 

これ以上このクリエイティブ空間に居たら肩が凝りそう。 
さすがに騾?逕さんも気を回してくれて、私たちは二人で食べに行くことにした。



66: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:20:57.05 ID:hNBFU9a4

午後1時、御茶ノ水まで出向き、梨子ちゃんオススメのレストラン。 

「ここ、内浦の喫茶店にちょっと似てるの。ほら、あの小さいワンちゃんがいた…」 

「あそこのおばあちゃん去年死んじゃったよ」 

「…どうしてそんなにご機嫌ナナメなのかな」 

「…ごめん」 

自分でもすっごく嫌なんだ。せっかく会えたのに、こんな気持ちでなんて。 


「梨子ちゃんは…梨子ちゃんにとっては、通過点だったの?スクールアイドルって」 

整理が付かないうちに口を開くと、大抵こんなふうに突飛な話になる。 
案の定、彼女は目をパチクリさせて、ちょっと笑う。恥ずかしい。



68: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 07:25:32.53 ID:hNBFU9a4

「そっか。千歌ちゃんには、今の私がそんな風に見えるんだ」 

「そんなこと……うん、そうだよ」 

その「目」だ。その目に見つめられると、私はいつも冷静でいられなくなる。 
狼狽える私をよそに、梨子ちゃんはしばらく考え込むように俯いて…スゥ、と息を吸った。 

「そのとおりよ。私にとっては全て通過点に過ぎない…ピアノも、ラブライブも、あくまで今の私を構成する糧のひとつ。そう思っているの」 

それは宣誓のような力強さをもって、私を震わせた。彼女はさらに続ける。



69: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:00:12.10 ID:hNBFU9a4

「千歌ちゃん『クールジャパン』って言葉、憶えてるかな。ちょうど私たちが高校生の頃に出てきた…」 

「うん、知ってる。説明しろって言われたらムリだけど」 

「東京オリンピックが終わって、海外との交流も身近なものになった。なのにこの国はまだ『舶来品信仰』から脱却できてない。 
欧米のポップスが、映画が、アートが、車が、服が、無条件で偉くて、それに対して日本はどうだ、って妄想に取り付かれてる。 
ヨソからものさしを借りてこないと、自分たちの持ってる価値すら測れない…『クールジャパン』なんてその典型よ。 
本当に優れたモノなら、わざわざ『日本の』なんてラベル貼って売り込む必要なんてないじゃない。 
だから失敗するべくして失敗した」 

「梨子ちゃん、何を言って…」 

「私はこの病気を根絶やしにしたい…そのためには、『この国で評価された』全てをフォーマットする必要があった。 
与えられた肩書で自分を飾ることなく、その過程で得たチカラだけを使って生きていく。それが私の覚悟。新しい桜内梨子のスタイル」 


「…全然意味が分からないよ」



70: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:08:58.27 ID:hNBFU9a4

私には分からないよ、梨子ちゃん。それってそんなに大事なことなの。 
あなたが夢中になったことを無かったようにしてまで、在りたい姿が今のあなたなの。 

「ホントは千歌ちゃんだって幻滅してたんじゃない?男たちに『商品』としてしかもてはやされないアイドルの世界に」 

「…っ」 

「私となら変えられる…いや、私たちで変えるべき。他人事なんかじゃないわ。私はあなたを誰よりも理解して…」 

「曜ちゃんがね、いっつもクルマで迎えに来てくれるの。営業おわったとき」 

ダメだ、このままじゃ梨子ちゃんに「呑まれ」てしまう。遮るように、大きな声が出る。 
口の中が乾く。視線はテーブルの木目にくぎ付けになる。爪が掌に食い込む。 


「中古のワゴンRなんだ…考えなしに薄いタイヤ履かせちゃうもんだから、乗り心地サイアクでさ。 
あの子ってば今は派遣の仕事やってて、全然稼げないくせに、家出した私のために家賃7:3でアパート借りてんの。 
『なんで水泳辞めたの』って訊いたら、『向いてなかった』って…嘘つき、そんなワケないじゃん。 
私知ってるんだよ、私が地下ドルで上手くいかなかったから、あのバカ気ィ病んじゃったってこと。 
『私が千歌ちゃん突き放したからだ』って自分責めてんの、マジでもう、ホントにクソバカ…! 
どんだけさぁ?ねぇ、どんだけオヒトヨシなんだよって話…あぁ、なんか、思い出すだけで…」 

自分が何を喋っているかもよく分からないままに、私は引きつった笑いを浮かべながらまくし立てる。 

ダメだ、私やっぱり、こういうときダメダメだ。



71: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:19:02.20 ID:hNBFU9a4

「…渡辺さんと私は、よく反りが合わなかった。主に千歌ちゃん、あなたのことで」 

梨子ちゃんはひととおり聞き終えてから、ゆっくり切り出した。 

「彼女はあなたに『何でも』しようとしてた…あなたを苦しめるものを排除し、あなたが一番輝けるように全てを管理しようと。 
…もちろん、あなたの気付かないところでね」 

私が口を挟む前に、梨子ちゃんは付け加えた。本当に、この二人には知らないことが多すぎる。友達なのに。 

「私にはね、渡辺さんのやっていることが自己満足のように見えたの。だからとても……目障りだった」 

「自己満足…」



72: 名無しで叶える物語(庭) 2018/03/09(金) 08:22:20.72 ID:2ZUb7QYO

この退廃的な雰囲気と妙に渇いた感じ好きだわ



73: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:25:23.39 ID:hNBFU9a4

「確かに彼女には、様々な点において優れた能力があった。認めるわ、あの子は何をやらせてもサマになる才能がある。 
でも、それゆえに『持たざる人』の気持ちが分からない…あるいは、分かったフリをして無意識に見下している」 

「…ふゥん、で?」 

「ごめんなさい、あの子のコトになるとついムキになっちゃう。あるとき渡辺さんに言われたの。
『アンタは千歌ちゃんに自分を重ねて悦に浸ってるんだ』って…私に言わせれば、彼女こそ千歌ちゃんに自分の願望を押し付けてるのよ」 

梨子ちゃんはあくまで冷静さを装ってはいたけど、その眉間には深い皺が刻まれていた。 

ちょうど曜ちゃんが、梨子ちゃんの名を耳にしたときのように。



74: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:30:38.13 ID:hNBFU9a4

「…話を戻すね。千歌ちゃん、私と一緒に来て。ここならあなたは自由になれる。あなたのやりたいことが、皆の喜ぶことになるわ。 
騾?逕さんだって、もっと話し合えばきっと熱い思いを秘めた人だと分かるはず。お願い、私を信じて」 

技巧派の彼女が放った、ド真ん中ストレート。今度ばかりは逃れられそうにもない。 
オパールのような瞳と、5年ぶりにこんなに間近で見つめ合った。私の心を揺らし続けた、一対の光。 

忘れたことなどなかった。忘れられるわけがなかった。 
どんなに離れても、どんなにつらい毎日でも、私はあなたを断ち切ることができなかった。 

こんな日が来ることを、ずっと待っていたのかもしれない。 
本当は今すぐにだって、その手をとって一緒に歩きたい。 
あの「終わった町」から、連れ出してほしい。 


…でもね、もう遅すぎたみたい。 
気付いちゃったんだ、私。分かっちゃったんだ、この先のこと。 
悲しいね。でも、これでいいよね。 

「梨子ちゃん」 

「ん」 

「騾?逕さんのこと好きなんでしょ」 

彼女は小さく頷いた。 
それは出会ってから今まで見てきた彼女のなかで、最も「女の子」らしい仕草だった。



75: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:35:17.60 ID:hNBFU9a4

「コレを見たから?」 

梨子ちゃんは左手を前にかざす。薬指の指輪が、控えめに輝いていた。 

「ううん、顔に書いてた」 

「そっか」 

「おめでとう」 

「学生のときはあくまで『仲間同士』だったんだけど…仕事を始めたら、お互い自然と、ね」 

そのまま左手で、垂れた前髪を耳にかける。なんだか急に大人びて見える。 

「もうすぐ式をやるの。自分たちでプランを組んで、演出を手掛けて…二人ともコダワリ強いともう大変」 

「…おめでとう」 

「千歌ちゃん?」 


「……おめでとう」 

「ちょっと、どうしたの…」



76: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:41:06.59 ID:hNBFU9a4

そこから先のことは、よく覚えていない。 
気が付くと私は帰りの新幹線に乗って、手の甲を噛みしめて、声を殺して泣いていた。 

絶対に泣かないって決めたのに、堪えることができなかった。 


色々なことがいっぺんに起こりすぎた。 
かつてのライバルたちは死んだ目で素肌を晒していた。 
梨子ちゃんは私の理解を超えた高みに上ろうとしていた。 
私は彼女たちにとって、画材のひとつに過ぎなかった。 

犠牲者を見た。変わり果てた友を見た。私は、バカを見た。 

張り裂けそうな思いだった。



77: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 08:45:10.71 ID:hNBFU9a4

ごめんね、梨子ちゃん。ごめんね。 
私ね、今までもずっと言えなかったし、この先もずっと言えないままなんだけど、 

あなたのことが、好きだったよ。 
友達じゃない意味で、大好きだったんだよ。 

</to be continued…>



79: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:05:15.63 ID:hNBFU9a4

<copipe> 
78 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:... 

初めは純粋な憧れだった。彼女はあの町にないものばかり見せてくれたから。 
けど、それが次第に「そういうキモチ」なんだって分かると、私はどうしようもない自己嫌悪に陥った。 

普通だと思っていた自分が、急に異常に思えた。彼女を慕う心を、汚らわしいとさえ感じた。 

このことを悟られたら、Aqou■■はきっと壊れてしまう。私がガマンすれば、何も問題はない… 
仕方ないでしょう。これは「恋」にしちゃいけないものでしょう。 

いつしか暗示は呪詛になり、自制は自傷となった。 
その痛みに気付かないフリをしていたはずのに、私は東京ですっかり打ちのめされてしまった。 

さて、失意を抱えて沼津へと戻った私は、曜ちゃんと暮らすアパートへ帰っていきました。 
それから… 
</copipe> 

<fukudai> 
#3 ホームタウン 
</fukudai>



80: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:09:17.34 ID:hNBFU9a4

ーーー 

『ピアノのコンクール、出てほしい』 

『でも…』 

『梨子ちゃんの夢も、ちゃんと応援したいから』 

…… 

… 

『千歌ちゃん』 

『大好きだよ』



81: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:13:41.95 ID:hNBFU9a4

沼津に帰った頃には、空が暗くなりかけていた。 
外から私たちの部屋の窓を見ると、明かりが灯っている。 

つまり、曜ちゃんがそこにいる。 

ガチャリ。 

玄関を開けると、カレーの香りとラジオの音楽が流れ出てきた。 
彼女はカレーが好きだった。外国のラジオをホームスピーカーで聴くのも好きだった。 

いつもの曜ちゃんが、待っていた。 

「あ、ゴメン先食べちゃった。帰るんなら連絡くれればよか…」 

そのときの私は、どんな顔をしていたのだろう。 
私の姿を見て、目を開き、息が止まっていた。 
駆け寄る彼女に私は近づいて、そして… 


「……!?」 

唇を強く押し付けた。



82: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:21:27.03 ID:hNBFU9a4

アコギの入ったケースが鈍い音を立てて玄関に落ちる。構わない。 
曜ちゃんは後ずさる。私は詰め寄る。ワンルームに繋がる細い廊下に、二人のカラダが何度もぶつかる。知ったことじゃない。 

唇を重ねたまま奥へ奥へと進んでいき、激しく身をよじる曜ちゃんをベッドに押し倒して、ようやく私たちは互いの顔が見える距離まで離れた。 

「ハァッ…千歌ちゃ、なにやっ…」 

「シてよ、慰めてよ、私のコト。曜ちゃんならできるでしょ」 

「離して…!」 

当惑と、恐怖と、わずかな怒りと。 
曜ちゃんは何とも言い難い表情を浮かべていた。 

「何があったか知らないけど、黙ってこんなことされたら千歌ちゃん相手でも…お、怒るよ」 

「…のコト好きじゃないの」 

「え」 

「私のコト好きじゃないのかって訊いてんだよ!!」 

彼女の両手首に爪が食い込むまで強く握りしめながら、私は絶叫した。 
狭い部屋の中で、それは何度も反響した。



83: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:30:22.94 ID:hNBFU9a4

「ね、落ち着こ?いったん話しよ?そしたら千歌ちゃんの力に…」 

「なれないよ!曜ちゃんじゃ絶対にチカの気持ちなんか分からない!言うつもりもない!」 

ヒステリーという言葉で片づけるにはあまりにも複雑で、それでいて稚拙な衝動があふれ出す。 

地下ドル時代の酷使が原因で荒れた喉。医者に止められた激しいシャウト。咳が止まらない、苦しい。 
親友の顔に涎が垂れ落ちるのも構わず、私は半狂乱のまま叫び続ける。 

「曜ちゃんと居ると嫉妬でおかしくなりそうだった…そんなときに梨子ちゃんが現れたの。 
あの子はすぐ察してくれた…私と同じ目線で語ってくれた…あの子が教えてくれたから、夢を追う楽しさを教えてくれたから、 
だからチカも、って、プロのアイドル目指したんだよ…なのにさ、オマエ何してんの。 
できるとこばっかり見せて、いっつも保護者気取ってさぁ!そういうのが…そういうのがマジで、あァ…うんざりだった!!」 


お分かりかとは思うけど、私は曜ちゃんを本気で疎ましいと思ったことなんてない。だから半分はウソ。 

それでも彼女に酷い言葉を浴びせたのは、こんな惨めな自分を全否定してほしかったから。



84: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:40:58.27 ID:hNBFU9a4

曜ちゃんは絶対に私を見捨てたりしない。それが分かっているからこそ、なお辛い。 

彼女に嫌われたら、私はきっと生きていけないだろう。でもこのときは、その方がいいとさえ思った。 

「トローチは超マズい、髪はグスグスで戻らない、ロキソニンだっていくら飲んでも全然効かない! 
やりたくもない仕事やって、オッサンが書いたくだらない歌うたって、接待して、頭下げて!えェ!? 
そんなチカが未来の芸能界を照らす希望の光!?笑わせんなよ! 
利用したいだけじゃん…また都合よく使われるだけじゃんか…!」 

「もうやめて…」 

「代わってよ!そんなにチカのこと大事に思ってるんなら…曜ちゃんが全部やればいいよ! 
今すぐ代わって、チカのカラダで死んでよ!!」 


そこまでだった。お腹に重い衝撃が走って、カラダが逆方向に大きく反れて、頭から床に落ちた。 

曜ちゃんの右足は、私を蹴飛ばしたままの角度で固まっていた。 

顔は見えなくても、悲鳴のような泣き声は容赦なく私の耳に届いてきた。 
彼女が私に手を(足だけど)あげたのは、これが初めてのことだった。



85: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:47:05.95 ID:hNBFU9a4

自暴自棄の炎は、新聞紙みたいにあっという間に燃えて、灰になった。 
あとにはただ、冷たい風が吹くだけ。彼女の涙が降るだけ。 

まただ、またやった。数日ぶり何度目かの、精神の破滅。巻き込み型多重事故。 

後頭部と下腹部に残る激痛を引き摺ったまま、私は玄関を開け、何も言わず出ていった。 
カレーの匂いがフワッと流れて、やがて消えていく。もう戻れない。 
スマホを取りだす。 

「…果南ちゃん」 

『おかえり』 

「ごめん、東京バナナも芋羊羹も買ってない」 

『そっか』 

「……」 

『ケンカしちゃったな、その感じだと』 

「…曜ちゃん」 

『え、そっち?梨子じゃなくて』 

「部屋に行ってあげて。放っといたら、あの子…マズいかも」 

『…バカだねぇ』 

「うん」



86: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:50:55.53 ID:hNBFU9a4

『分かった…あとで叱ってあげるから、それまで変なマネしちゃだめだよ』 

「……」 

『返事』 

「…うん、はい」 

ピッ。 


…さて、どこで死のうか、なんて。そんなことしたら果南ちゃんに殺される。 
弱々しい三日月。アテにならない電柱灯。海岸通り。夜は長し歩くよ乙女。 

この堤防で梨子ちゃんは私を抱きしめた。 
そのとき分かってしまった。ドラマで、マンガで見飽きた聞き飽きたあの「恋」とやらが、 
なるほど確かに苦しく、残酷なものだってこと。 
自分の願いは、一生たっても叶えられないということ。 


波の音。犬の夜鳴き。馴染みの砂浜。十千万。どの面さげて帰ってきた普通怪獣。 

久しぶりに使う合鍵は、ワザとか、ってくらい大きな音で軋んで、裏口に明かりが灯る。 

「ただいま」 

「誰だよ、てめぇ」 

美渡姉は数年ぶん蓄えた力を込めて、私にデコピンをお見舞いした。



87: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 09:58:10.73 ID:hNBFU9a4

夢やぶれ、友人まで失くして落ち延びてきた私を、家族は慰めるでもなく、突き放すでもなく、ただ黙って迎え入れた。 

5時には起きて、風呂場を洗い、廊下を拭き、花を替える。カラダに染み付いたルーティンワーク。 
子どもの頃は嫌でイヤで、旅館の家に生まれたのをちょっと恨んだりもしたけど、今はむしろ動いている方がいい。 

じっとしていると、あれこれ考えてしまうから。 


事務所に寄ったついでに、騾?逕さんから話が来ていないか確認すると、そんなものはない、と。 

そして当然のごとく、勝手に仕事を探すなとお叱りの一言。 
今の社長はホントに優しい。皮肉じゃないよ。 

「高海、ギターどこやった」 

「あっ…」 

「あ?」 

「…今ちょっと会うのが気まずい人のお家に忘れました」 

「彼氏か」 

「違います」 

「倉庫に何本か古いのあるだろ。持ってけ」 

タバコ買ってくると言い残し、社長は出ていった。 
これはマズい、いつどうやって取りに行こうか。 

代わりの相棒を背負い、沼津の街をブラブラしながら、私は都合のいい言い訳を練っていた。 

そういう悶々とした日々が、それから数日間つづいた。



88: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 10:04:49.27 ID:hNBFU9a4

そうした宙ブラリのような毎日は、意外な客人たちによって終わりを告げる。 
ある日のバイト帰り、いつものように「ダメだと知ってて」表の玄関から入ったときのこと。 
(だって裏口まで回るのメンドイんだもん) 

囲炉裏の方から、聞き覚えのある声がしてきた。それも4人ぶんの。 

「お、帰ってきた」 

「わぁ、千歌さんだ!お久しぶりです!」 

「雰囲気変わったず…ゲフン、変わりましたね」 

「突然お邪魔してすみません。大体の話は果南さんから聞いておりますわ」 

「え!?ウソ…みんな…!」 

善子ちゃん。それに、ルビィちゃんと、花丸ちゃんと、ダイヤさん。



89: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 10:10:33.62 ID:hNBFU9a4

…… 

「…あーそっかァ、もうルビィちゃんたちも飲めるんだね」 

「ちょっとだけですよー」 

「この前つぶれて帰ってきてマルに介抱されてたくせに」 

「それ内緒」 

「ルビィ、あとで詳しく聞かせてください」 

「ほらもう、こうなる…」 


炉端で即席の晩酌が始まる。時の流れが平等とはいえ、あのあどけない後輩たちがお猪口を啜る姿は、やはり珍妙というか。 

善子ちゃんは開けた窓にもたれて、相変わらずあの甘いタバコを喫っている。イチバン意外なのは、その横でダイヤさんも、ってこと。 

「アンタそれハイライト?」 

「だんだん(タール)重いのになっていって…気づいたら」 

「オッサンか」 

「おかげで年配の上司とは仲良くなれますわ」 


…梨子ちゃんより変わったんじゃないかな、あの人。



90: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 10:17:31.35 ID:hNBFU9a4

後輩トリオが遊ぶ約束をしていたのは知っていたけど、善子ちゃんの提案でウチに泊まろうという話になったらしい。 
ちょうどダイヤさんも、まとまった休みがとれたから一緒に来られたのだとか。 

ルビちゃんマルちゃんは二人で同じ愛知の大学に進み、今はシェアハウスで二人暮らし。 
ダイヤさんは大学卒業後そのまま東京に残り、今は法律関係の仕事をしているという。 

うーん、やはり地元を離れた組は勝ち組? 


「聞いたわよ、リリーの奴あれでしょ?いわゆる『意識高い系』になってたって…」 

「ちょっと、善子ちゃん…」 

「あー、花丸ちゃんいいよ、気ィ遣わなくて。うん、そ。全然ハナシが噛み合わなくてさ」 

「Aqou■■解散して、高3になったときから、梨子先輩なんというか…ちょっとずつ、遠くなっていきましたね」 

「梨子さんは元々コダワリの強いお方でしたから…一人になって、シガラミから解放されたのかもしれませんわ」 

姉妹の言うとおり、編入してからの私たち(曜ちゃん・梨子ちゃん)は、にわかに疎遠になり、顔を合わせることも減っていった。 
私はアイドル、曜ちゃんはスポーツ推薦、梨子ちゃんは美大と、別々の進路に向けて集中していたのもある。 

けれどソレだけじゃない。ラブライブという共通の目標を失って以降、各々の「素」の性格が表れだした気がする。



91: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 10:21:58.02 ID:hNBFU9a4

「梨子ちゃん、ホントはアイドル嫌いだったのかな」 

最近ずっと頭にもたれていたことが、ポツリと漏れる。 
私は無理強いしていたんだろうか、彼女は心の奥で、くだらないと思ってたんだろうか。 

花丸ちゃんはブンブンと首を横に振った。 

「そんなことないですって。梨子さん言ってましたよ、『自画自賛だけど、衣装を着てるときの自分が一番カワイイって思えるようになったの』って」 

「良かったわね、衣装係さん」 

「え、アハハ…なんか照れる」



92: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 10:25:15.93 ID:hNBFU9a4

「…なんだかこうして話を聞いてると、わたくしたちとそっくり」 

ダイヤさんがしみじみそう言った。 
わたくしたち、ってのは、鞠莉ちゃん・果南ちゃんたちのことかな。 

「ダイヤさんたちにも、そういう時期あったの?」 

「えぇ、もちろん。お互いに相手と真剣に向き合おうとするあまり、思いどおりにならないとイライラしたり、逆に自分を責めたり…。 
そんなものです。ナミカゼが立つのは、それだけ絆が強いという証拠。今ならそう思えるの…時間はだいぶかかりましたが」 

「…お姉ちゃん、スゴイね」 

「えっへん、ですわ」 

照れ笑い。大人だ。角が取れて洗練されたような、元々あった知性が裏漉しされて深みを増したような…何だそれ、ニュアンス伝われ。



95: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:07:17.40 ID:hNBFU9a4

そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎて、志満姉が消灯するからもうお開きね、と声をかけたのは真夜中0時過ぎ。 

(一応)宿泊客の3人を客間へ案内し、私も自分の部屋に戻った。 


ラップトップを立ち上げ、Skypeを起動。呼び出しをかける。 
「向こう」は今、午後の3時。休日だし、出かけてなければ話せるはず。 

すぐに応答があった。 

『Hi!久しぶゥりね、千歌っち』 

「や、鞠莉ちゃん。今いいかな」 

シチリアのレモンと静岡のミカンの緊急特別会談。なんちゃって。 
全く年をとらない鞠莉ちゃんが、画面の向こうからいつものニッコリを見せてくれた。



96: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:12:09.48 ID:hNBFU9a4

イタリア留学が「自主的に延長」され続けている彼女とは、こうしてたまにSkypeで連絡を取り合っている。 
果南ちゃんとダイヤさんとも、頻繁にやりとりしているらしい。 
(二人をこっちに招待したいのに予定が合わないのよ! by鞠莉ちゃん) 

『浮かない顔してる』 

「鞠莉ちゃんさ…洋楽とか、クラシックとか、割と詳しいでしょ?正直どう思ってた…その、いわゆる『アイドル』って」 

『???』 

…いかん、しまった。脈絡なしに訊いたってそりゃそうなるわ。 
私は東京での顛末を、かいつまんで説明した。 
大方聞き終わったあと、彼女もダイヤさんと同じような、どこか懐かしむような顔をしていた。 


『そっかァ…千歌っちは今、とっても難しい立場にあるんだね』 

「難しい…どんな?」 

『アイドルに憧れて、でもその結果、身も心もボロボロにされて、別の道を進まざるを得なくなった。 
だから自分の手で復讐したい、でも梨子がアイドルをバカにするのは何だか気に入らない…親を憎めない子どもみたい』 

「うわ、なんか…こうやって聞くと私ってメンドくさいな」 

『そうよ、みーんなメンドくさい気持ちを抱えて大人になっていくんだよ』 

たった一つしか歳が離れていないのに、彼女の言う「大人」は、普通のとはまるで違う重みがあった。



97: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:16:16.76 ID:hNBFU9a4

『いつだったかね…曜がショゲてたの。自分が千歌っちを苦しめてるんじゃないか、って』 

「そんなこと…むしろ逆だよ」 

『あの子がアナタにコダワリすぎるのはきっと、あの子なりに孤独を感じてるからだと思う。 
友達は多いよ?可愛いし、性格だって素直だし…でもね、心から通じ合える人は、千歌っちぐらいなんだよ。 
だからお節介を焼いたり、千歌っちの他の友達に敵意を向けたりする…健気ね』 

「健気ね」…善子ちゃんも言ってたような。 

「…とことん勝手だけど、私が中途半端なせいで、みんながギスギスするのはイヤ」 

『だったら卒業しなきゃ』 

「卒業…」



98: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:18:42.76 ID:hNBFU9a4

『曜から、梨子から、それと…千歌っちの中にある恨みとか後悔から。 
キツイ言い方すると、アナタはまだ周りに甘えてる。今はそれでいいかもしれない…でも、いつまでもは続かないよ』 

「うん…うん、分かってる」 

『では分かってる千歌っちに問題です。イチバン最初にするべきことは?』 

「えっ、えーと…」 

鞠莉ちゃんは「ん?」と首をかしげて催促する。 

「…曜ちゃんに、ちゃんと謝る」 

ニッコリ、大きく頷いてくれた。さして人望のない私だけど、姉(と姉貴分)に関してはホントに恵まれたなァ、と思える。



99: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:24:03.99 ID:hNBFU9a4

次の日、私はアパートの扉の前に突っ立って、何度目かの深呼吸。 
十数年の付き合いの中で、曜ちゃんとケンカしたことは何度かある。でも、今度ばかりは違う。 
ドアノブを捻ることができない。私はこんなに意気地なしだったっけ。 

よし、あと1分。もういちど秒針が0を指したらやるんだ。 
やるんだ… 
…あ、ヤバい。トイレ行きたくなった。 

ガチャン。 

「ギャッ」 

「ギャッ…じゃないよ。いつまでいんの、早く入りなよ」 

「……トイレ貸して」 

「ハァ、もう…」 

出だしから思いっきり挫いてしまった。 
因みにちょっとチビったのは内緒。



100: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:29:00.98 ID:hNBFU9a4

カレーの匂いも、外国のラジオもない部屋。 
沈黙は自分から破らなきゃ。 

「曜ちゃんごめんなさい」 

「何が」 

「色々」 

「色々じゃ分かんない」 

「…曜ちゃんがチカのこと、どれだけ大切にしてくれてるか気付かなかった」 

「別にソレはいいよ」 

「チカ甘えてた。曜ちゃんは絶対チカを否定しないって、心のどこかで決めつけてた」 

「……」 

「だから、ずっと…曜ちゃんの優しいキモチ…利用してた…」 

「……っ」 

曜ちゃんの肩が、わずかに震えた。



101: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:32:54.65 ID:hNBFU9a4

そうだ、私はずっと、彼女がくれる無償の愛に付け込んでいた。 
それが彼女の寂しさから来るものだとも知らず。彼女もまた、自分と同じ一人の子どもなのだとも認めず。 

私は曜ちゃんに、女神の役割を無理強いしていた。 

「千歌ちゃんが桜う…梨子ちゃんのコト好きなの、知ってたよ」 

「え」 

「私そのとき、梨子ちゃん死ねばいいのにって思ってた…あの子が私から千歌ちゃん奪っていくんだって、それがすっごく憎かった」 

「それって…」 

「…ううん、私はあくまで友達としての『好き』。でも千歌ちゃんが女の子を好きになることを気持ち悪いとは思わない。それだけは分かって」 

一瞬、曜ちゃんも「私と同じ」だったらどうしよう、と思ってしまった。 
私はまだ、自分に対しても他人に対しても、リベラルとは程遠い。



102: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:49:12.65 ID:hNBFU9a4

「私は千歌ちゃんが思ってるような良い子じゃないんだよ」 
と、曜ちゃんは小さく付け加えた。 

「昔、梨子ちゃんに言われたことあるんだ…『アナタは千歌ちゃんの自立を望んでない。彼女を庇うことで優越感を得ようとしてる』って。 
そのとおりかもしれない。私はワタシで、千歌ちゃんを都合よく利用してた…だから、私のほうこそ…ごめんなさい」 

それから二人同時、堰を切ったように涙が溢れだした。 
お互い声にならない「ごめんなさい」を言い合って、私たちはヘタクソな仲直りをした。 

カーテン越しの光がうっすら黄色くなるまで、泣いて、疲れて、やがて眠った。 


「…あ、そうそう」 

「何、千歌ちゃん」 

床の上に横になり、目を閉じたままの私たち。 

「ずっと心残りだったの…曜ちゃんにだけ『一緒にスクールアイドルやろう』って、声かけてない」 

「あァ、そういえば黙って入部届を書いたような…そんなことか」 

「そんなことなんかじゃないもん」 

ワザとらしく頬を膨らませる。曜ちゃんが寝返りをうつ。 
私たちは向かい合う格好になり、床に広がったお互いの毛先をクルクルを弄って遊ぶ。 
昔よく、こんな風に日の当たる縁側で眠っていたっけ。



103: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:52:08.03 ID:hNBFU9a4

「曜ちゃん」 

「ん」 

「チカね、卒業しなきゃいけない」 

「うん」 

「でも一人じゃちょっと怖いんだ…だから、曜ちゃんが一緒にいてほしい」 

「うん」 

「もう一度、梨子ちゃんに会う。会って、この気持ちにサヨナラする」 

「うん」 

「ついて来てくれる?」 

「…いいよ」 

「…ありがと」 


それから数日後、梨子ちゃんから結婚式の招待状が届いた。 

</to be continued…>



104: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 11:54:24.57 ID:hNBFU9a4

<copipe> 
104 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:... 

結婚式に合わせて鞠莉ちゃんも帰国が決まり、私たちAqour■は約5年ぶりに全員で集まることになった。 
桜の花…彼女の花が、もうすぐ芽を息吹かせようとしていた頃。 
春は終わりの季節。そして、新たな旅立ちの季節。 
</copipe> 

<fukudai> 
#4 大人になったら 
</fukudai>



109: 名無しで叶える物語(庭) 2018/03/09(金) 14:47:15.74 ID:8CPGLGil

ラ板廃止の直前にちかっちが回顧録スレを立てたって設定かぁ



114: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:01:38.78 ID:hNBFU9a4

その日、2個目のトローチが舌の上で消えた。 

東京湾が一望できる、美しくて、広くて、高い式場。 
その奥、芸能人用に作られたであろう、防音完備の控室。 
クソッタレ。美渡姉に借りたカクテルドレスは胸がきつくて(ここ重要)難儀した。 

式が終わり、今は披露宴の準備の時間。私もいつもの恰好…つまりパーカーとジーンズとスニーカーにお色直し。 

曜ちゃんに返してもらったアコギはすっかり私に懐いてくれた。今や「しいたけ」という名を継がせるくらいに。 

コンコン。 

「どうぞ」 

入ってきたのは、果南ちゃんだった。



115: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2018/03/09(金) 20:05:03.42 ID:6X4TTdcE

しいたけ死んだんか…



116: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:05:11.14 ID:hNBFU9a4

「果南ちゃんドレス似合うなぁ」 

「ありがと、でも私に合うサイズがなかなか無くてね」 

「イヤミか」 

ただでさえ背が高いのに、ヒールなんて履くもんだから、モデルのよう。 


「調子は?」 

「まぁまぁかな、最近は少しずつ薬も減らせてるし」 

「なら心配ない」 

「なァんで果南ちゃんが嬉しそうなの…私これから何やるか知ってる?」 

「うん知ってる。惚れた相手の晴れ舞台に、討ち入りを果たそうとしてる大バカ」 

「人聞き悪いなぁ…ただのケジメだよ」 

「あんま変わんないじゃん」 

確かに。



117: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:10:37.64 ID:hNBFU9a4

「…梨子のウェディングドレス、綺麗だったね」 

「うん」 

本当に「息をのむ」ってこういうことかってくらい、彼女はとても美しかった。 
騾?逕さんと並んで歩く姿を見ると、私の覚悟は揺らいでしまいそうだった。 

「果南ちゃんはいつ結婚するの」 

「シバくぞ」 

「ごめんごめん」 

「まだのんびりしたいよ…できるなら一生、ね」 

「でも私もそうかも…まるで想像つかないや、自分が奥さんお母さんなんてさ」 

「二人でババァになっちゃおか」 

「内浦の妖怪ババァ?」 

「そ。世の中のクソ男どもに難癖付けるクソババァ」 

「最高に最低だね」 

笑った。果南ちゃんなりに気を遣ってくれているのが、すぐに分かった。けど単純に嬉しかった。



118: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:15:54.99 ID:hNBFU9a4

「…じゃあ、曜たちと見てるから」 

「うん。ありがとね」 

時間がきて、果南ちゃんは広間に戻っていく。 
ここから先は、私ひとりの戦いだ。 


ステージに続く裏道をくぐり、よし、と頬を叩いて、重い扉を開けた。 
満点の照明。いくつもの丸テーブル。たくさんの人。 
その視線が、私の一点に注がれる。 

『続きまして、新婦様のご友人である高海千歌様による、ライブ演奏でございます…』 


これが私の答え。私は今から、あなたを卒業する。



119: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:24:24.64 ID:hNBFU9a4

「初めまして。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが…私はかつて、梨子ちゃん、そしてそちらにいる仲間達と共に、 
スクールアイドルとして活動していました。今はワケあって、このようなソロシンガーとなっておりますが、 
こうして親友の門出に自分の歌を届けられることを、大変光栄に思っています」 

来賓の大半…たぶん騾?逕さんの会社のスタッフの人たちは、あァ、そういえば流行ってたね。スクールアイドルってやつ。みたいな反応。 
構わず私は続ける。 


「彼女から出演依頼を受けて、ずっと何を歌おうか迷っていました。あいにく手持ちの曲に相応しいのが無かったので、 
私は今、梨子ちゃんに伝えたい気持ちをそのまま歌った、とある曲をお借りすることにしました」 

「梨子ちゃんに伝えたい気持ちを~」のくだりで、 
曜ちゃんがオイオイ正気か、みたいな顔をしているのが遠目に見えて、笑いそうになった。 
落ち着け。そういうことじゃないから。



120: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:29:43.06 ID:hNBFU9a4

「梨子ちゃん、騾?逕さん、本当におめでとうございます。どうか末永くお幸せに」 

最前列の二人に向かって、心からの笑顔を送る。 
時が止まったみたいだった。5秒間とも、5分間とも区別のつかない沈黙の後、私はゆっくり息を吸って、曲名を宣言した。 


「『大人になったら』」 

それでは皆さん、聴いてください。



121: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 20:32:19.19 ID:hNBFU9a4

大人になったら 
歌:GLIM SPANKY 
作詞・作曲:松尾レミ 




煙草の匂いが私の髪にすがる 駅の冷たいホームさ 
夢を見る若者達の瞳は眠らない 
そうでしょう? 
私たちはやることがあって ここで唄ってる 

始発列車は今スカートを撫でてやってくる 寝惚けた街を抜け 
『おはよう』なんて言う気分じゃないのさ 気が滅入る あぁ 
ずっと子供でいたいよ 

猫被り 大人は知らない 
この輝く世界が だんだん見えなくなっていくけど 
いつか昔に思った憧れは決して消えない 消えやしない 

こんなロックは知らない 要らない 聴かない君が 
上手に世間を渡っていくけど 
聴こえているかい この世の全ては 
大人になったら 解るのかい 

大人になったら 解るのかい



123: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 21:00:45.49 ID:hNBFU9a4

歌い終わり、私がステージを去っていくとき、誰もが唖然とし、何もできずにいた。 

たった一人、彼女を除いて。 


梨子ちゃんはテーブルに突っ伏して、大声をあげて泣いていた。 
シャンパンが溢れてドレスがビショ濡れになっても、周りの人たちが駆け寄っても、彼女の慟哭は止むことはなかった。 

それは普段の彼女からは想像もつかないくらい、生身の剥き出しの感情だった。 


そのとき私は…とても、とても嫌な言い方なのだけれど、 
初めて彼女に「勝った」ような、そんな気持ちがしたのだった。 

あなたのことが大好きだったよ。 
だからありがとう、ごめんね、そして、さようなら。 
</body>



124: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 21:17:01.62 ID:hNBFU9a4

<copipe> 
124 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:... 

それから1年ほど経ちましたが、梨子ちゃんとは一度も会っていません。 
ただ、二人の活躍を耳にすることは多くなりました。 

私は今もアコギ一本で芸能界の荒波にもまれています。 
最近やっと自分のつくった曲がリリースできました。 
あと、元スクールアイドルを援助するという私の活動に協力してくれる人が、少しずつ増えています。 

とりあえずは、こんなところでしょうか。 


一度は離れた9つの線は、一瞬だけ交わったあと、再び別々の方へ走っていきました。 
彗星のような、光の軌跡。次に巡り合うとき、私たちはどんな「大人」になっているのかな? 
</copipe>



125: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 21:23:39.00 ID:hNBFU9a4

<chu-syaku> 
「高海千歌」の現存する記録はここまでとなっており、その後の彼女たちについて詳しい情報は残されていない。 
しかし、廃止前日のラブライブ!板にて、彼女について言及したレスポンスを発見した。 
本アーカイブでは、そちらも併せて保存しておく。 
</chu-syaku> 


<copipe> 
1000 名前:名無しで叶える物語(はんぺん) 20XX/::/::(**) ??:??:??.?? ID:... 

BiViにてワンマンライブ開催。 
冒頭のあいさつで『元Aqoursの高海千歌です』と自分からハッキリ言った! 
なんか今まで背負ってた暗い感じから解放されたみたいで、すっごいイキイキしてた。 

千歌ちゃん、がんばれ! 
</copipe> 


</end>



126: 名無しで叶える物語(四国地方) 2018/03/09(金) 21:24:43.85 ID:hNBFU9a4

おわりです 
ありがとうございました



128: 名無しで叶える物語(庭) 2018/03/09(金) 21:49:43.28 ID:1UBen1JB

乙 
少しずつAqoursの文字化けが減っていってたのが印象的だった



138: 名無しで叶える物語(地図に無い島) 2018/03/10(土) 07:17:58.75 ID:PVZjvVBx

面白かった乙



139: 名無しで叶える物語(やわらか銀行) 2018/03/10(土) 13:06:17.74 ID:7+vTfzP1

シリアス風味なAqours好き…! 
おつかれさまです!






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