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- 2014年05月06日12:00 / カテゴリ:海外の反応
- 「外国人無神論者が宗教の良い側面を考えるスレ」海外の反応ツイート
Comment by
無神論者の人に聞きたいんだけど、何か宗教の良い側面を言わなければならないとしたらなに?
reddit.com/r/AskReddit/comments/24gue1/atheist_of_reddit_if_you_had_to_say_something/
Comment by Bobboy5 1 ポイント
宗教を信仰してる僕の友人はみんないつも極めて良い人たち。
いっつも手助けとかをしてくれる。
Comment by octopusma 1 ポイント
宗教は人が悪事を働かない根拠になる
それをしたことによる結果を恐れてな。
Comment by TenNinetythree 825 ポイント
宗教によって秀逸な芸術作品が生み出されてる
Comment by oiseaudelamusique 8 ポイント
↑君の言う「芸術」に音楽が含まれてるのかはわからないけど
僕が知ってる美しい曲は宗教のために作曲されたってことは言わなくてはなるまい。
Comment by SirSvieldevitchen 16 ポイント
↑こういう美しいものを聞いてると魂が慟哭する
J.S. Bach: Mass in B minor "Agnus ...
Comment by [deleted] 1 ポイント
↑何度見ても素晴らしいなって思う。
http://en.wikipedia.org/wiki/Book_of_Kells
Comment by echowolfx 1 ポイント
↑芸術作品を作ったのは宗教じゃなくてアーティスト
Comment by MonkeysDontEvolve 1 ポイント
↑個人的に一押しの像は宗教が無かったら存在していなかった

http://www.bing.com/images/search?q=st.+bartholomew+statue+milan&FORM=HDRSC2
ケルズの書(ケルズのしょ、The Book of Kells)は、8世紀に制作された聖書の手写本。
「ダロウの書」、「リンディスファーンの福音書」とともに三大ケルト装飾写本のひとつとされ、アイルランドの国宝となっており、世界で最も美しい本とも呼ばれる。
ケルズの書
バルトロマイ(ギリシャ語:Βαρθολομαίος)は、新約聖書に登場するイエスの使徒の一人。日本正教会ではワルフォロメイと転写される。
皮剥ぎの刑で殉教したといわれ、ミケランジェロの「最後の審判」にも剥がれた自分の皮とナイフを持った姿で描かれている
バルトロマイ
Comment by CmplmntryHamSandwich 613 ポイント
信者グループによるコミュニティってものはよく羨ましく思ったりする。
Comment by iambluest 1 ポイント
宗教があることによって毎週日曜日になると数時間ほど道路から荒っぽい運転をする人間がいなくなる
Comment by RedShade464 1 ポイント
正直に言うと宗教によって心の安寧を得られる人のことは羨ましいなって思う。
自分がどん底にいるときなんか宗教を信仰してる人のように高次の存在を信じられたらって思ったりもする。
要するに宗教の良い側面というのはそれによって強さを得る人間がいるってこと。
Comment by HunterSmoke 1 ポイント
宗教によって人は幸福な気分になる。
彼らの信仰に僕が同意するかどうかって言うのはともかく、それによって幸せになるって言うのなら良いことだなと思うし。
Comment by NovemberAnnabella 259 ポイント
心からキリスト教を信じている(ただしあまりにも真剣に受け取ったりはしていない)人がイエスキリストについて喋ってる時の瞳の輝きで自分が喋ってることを100%信じきっているってことが分かる。
僕も100%信じきれるものが何かあればと思ったりするわ
Comment by flyersfan78 1 ポイント
↑じゃあこの世に神がいないってことを100%信じていないってこと?
Comment by chagennn 185 ポイント
教育。特にイエズス会
イエズス会が設立母体となっている高等教育機関は、現在、世界に200以上あり、その中の約80校が大学で、そこで学ぶ学生は64万人以上になる。
世界のイエズス会系教育機関
Comment by neckbeards_rule 104 ポイント
宗教を信仰している大半の人は自分たち自身や他人をより良くしようとする善意の人たち
Comment by foomprekov 1 ポイント
↑うちの爺さんが「地獄への道は善意で舗装されている」ってよく言ってた
「罪人の歩む道は平坦な石畳であるが、その行き着く先は陰府(よみ)の淵である」(旧約聖書続編、シラ、二一-一〇)に由来し、のちにイギリス、ドイツの諺となった。
ボズウェルは「ジョンソン伝(Life of Johnson)」の1775年4月16日の項目で、文頭に"the road to"のない"Hell is paved with good intentions."をジョンソンの言葉として引用。1670年にジョン・レイは"Hell is paved with good intentions."を諺として引用。クレルヴォー修道院のベルナルドゥス(1091-1153)は"Hell is full of good intentions or desires."という言葉を残している。
<有名な使用例>
俗流経済学に明るい資本家はおそらく云うであろう、――自分は、自分の貨幣をより多くの貨幣たらしめる意図をもって投下したのだと。
だが、地獄への道は善き意図をもって舗装されている。彼は同じように、 生産することなく金儲けをする意図をもちえたのである。
(資本論第1巻第3編第5章第2節、注釈14がついている部分)
地獄への道は善意で舗装されている
Comment by SauceTheCat 32 ポイント
僕が今までにあったことのある大半のモルモン教徒は非常に親切で礼儀正しい人たち。
個人的にはモルモン教の教えはくだらないとは思うけど、モルモン教徒の人たちは非常によくしてくれた。
Comment by smday55 25 ポイント
↑ありがとう。モルモン教徒だけど、確かにうちの教義の中には外部から見たらくだらないって思われる部分があると思う。
でも他の宗教の信者がうちの教義を下らないって批判するのは理解が出来ない。くだらなさでいえば似たり寄ったりなのに。
Comment by panda_soup 1 ポイント
衰退したり消えていってる宗教が存在しているってことだな :-)
Comment by MeanKids 1 ポイント
曲は良いんだけど歌詞がこええ
Comment by imlexter 1 ポイント
宗教は希望が与えられるし、俺たちが理解することが無いであろう問いに対する答えを得るきっかけになる。
Comment by IAMA_NOT_THE_FBI_AMA 1 ポイント
↑質問が分からないのに答えが理解するとか無理だろ
Comment by imlexter 1 ポイント
↑「なぜ我々は生きているのか」「なぜ全ての物は存在しているのか」「人生の意味とは」
Comment by laddergoat89 1 ポイント
死後の存在を信じることによって死に対する恐怖がなくなる(もしくは恐れが少なくなる)
Comment by gabrahamlincoln69 1 ポイント
アインシュタイン「宗教なき科学は不完全であり、科学なき宗教は盲目である」
Comment by JKinWayland 1 ポイント
「ザ・デイリー・ショー」でジョン・スチュワートが言っていたことに同意する。
「宗教の一番良い側面は建築物だ」
ジョン・スチュワート(Jon Stewart、本名:Jonathan Stuart Leibowitz、1962年11月28日 - )は米国のコメディアン、俳優、作家、およびテレビプロデューサー。
米国のコメディ専門チャンネルコメディ・セントラルで放映されている風刺ニュース番組、『ザ・デイリー・ショー』の司会として知られる。
ジョン・スチュワート (コメディアン)
『ザ・デイリー・ショー』(The Daily Show、現・The Daily Show with Jon Stewart)は、アメリカの30分間の政治風刺ニュース風のテレビ番組である。
キャスター役のジョン・スチュワートが、ニューヨークにある同局の国際ニュース本部からその日のニュースなどを誇張・風刺を交えながら視聴者に伝えるという構成。番組中に有名人を呼んでインタビューなどを行うが、笑いと共に、手厳しい質問を投げかけることでも知られる。
ザ・デイリー・ショー
Comment by Forthebionichamster 1 ポイント
神道の神話はかなり面白かったりする。
八つの頭をもつドラゴンの頭を切り飛ばすために酒で酔わせるとか
Comment by secondarykip 1 ポイント
↑そのドラゴンに食べられないように自分の彼女を櫛に変えるとか?
須佐之男命は、櫛名田比売との結婚を条件に、八俣遠呂智退治を請け負った。まず、須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えてしまい、自分の髪に挿した。
足名椎命と手名椎命に、7回絞った強い酒(八塩折之酒)を醸し、8つの門を作り、それぞれに酒を満たした酒桶を置くようにいった。準備をして待っていると八俣遠呂智がやって来て、8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出した。八俣遠呂智が酔って寝てしまうと、須佐之男命は十拳剣で切り刻んだ。
ヤマタノオロチ
Comment by JamesHayes101 1 ポイント
多くの宗教の信者がやってるような非常に過酷な専心や生き方ってのには敬意を払う。
豚肉を食べちゃいけないってのなんか特にそうだな・・・俺だったら豚肉なくちゃ生きてけないよ・・・
Comment by kingofbigmac 1 ポイント
正道を歩いたり善き人物でいるために自分よりも上位の存在を信じるって言うのは必要だったりすることもあるしな。
Comment by tato1111 1 ポイント
日曜日に外食するときは午前十時からお昼まで行列に人があまり並んでない。
Comment by UnhipB 12 ポイント
人生の良いガイドラインであるということ
Comment by Hraesvelg7 1 ポイント
↑ガイドラインって何が?
どの宗教もルールが違ってるし、同じ宗教の中ですら色んなルールがあるってのに
Comment by BenIrwinG -2 ポイント
↑どういうこと?
Comment by UnhipB 3 ポイント
↑殺人を犯してはならないとか浮気をしてはならないとかそういうの。
Comment by Gigathulu -6 ポイント
↑君が宗教は人生の良いガイドラインだと思ってるなら、君は無神論者じゃない気がするんだが
Comment by pancakehiatt 3 ポイント
新教皇がマジでイカしてるってこと
Comment by TaiTheOracle 2 ポイント
建築物が他を圧倒してる。
教会の建物を眺めるためだけに見に行くのとか結構好きだ。
Comment by TheKing0fGames 2 ポイント
自分たちの宗教を押し付けてこない時は良い人
Comment by kirishoru 1 ポイント
殆どの宗教で独自の形式の瞑想があるという事。
これを祈りとかなんとかって呼ぶかもしれないけど、瞑想であることには変わりない。
瞑想ってのは人生において非常に価値のあるものだからな。
ソース
http://news.harvard.edu/gazette/story/2012/11/meditations-positive-residual-effects/
Comment by such_comment 1 ポイント
人と出会おうとするには教会は非常に素晴らしい場所。
Comment by windburner 1 ポイント
カナダが「社会的福音」によって受けた恩恵はかなりのもの
社会的福音、(しゃかいてきふくいん、英語:Social Gospel)とは、19世紀-20世紀に興ったプロテスタントキリスト教の知的な働きである。バプテスト派の牧師のウォルター・ラウシェンブッシュらによって始められた。社会的福音の原理は貧困に対する新しい運動を推進する。
社会的福音の指導者は圧倒的に後千年王国説論者であった。それは彼らが人間の努力によって社会悪を取り除き理想社会を実現することによらなければイエス・キリストの再臨が実現しないと信じたからである。
社会的福音
Comment by Miudmon 3 ポイント
個人的には神の存在は信じていないけど、それでも十戒なんかは大抵の場面で人生の良いルールになってると思う。
Comment by jazz4 2 ポイント
日曜日にワインを飲む口実が出来ること
Comment by Tim_Teboner 1 ポイント
歴史を形作ってるしより良い兵器を製造する動機づけになる。
Comment by starfish-georgia 1 ポイント
宗教で祖母が幸せになること。
今まで経験したやらなくちゃならないことの中で教会って言うのはおっそろしくつまんない
でもそれで祖母が幸せになるからたまに連れて行ったりしてる。祖母が幸せになってくれたら僕も幸せだしね。
Comment by Endyron 1 ポイント
宗教というのは悪く用いられるし、宗教を利用した暴力もある。つねに宗教が寛容というわけでもない。
でもこういった親切さというものを実践する人には敬意が湧きあがってくる。

ちなみにこれがなんなのかと思ってる人に言っておくと、これはエジプトが混乱に陥ってた時にイスラム教徒が祈りをささげるのをキリスト教徒の集団が守っているところ。
Comment by CoryDuran 1 ポイント
心の底から死後の世界とか天国の存在を信じている人にとっては大事な人が亡くなることもまだ受け入れやすい。
Comment by yoursurlywaitress 2 ポイント
↑無神論者だとこの部分が一番つらいんだよね。
僕が無神論者じゃなくて不可知論者なのはこれによるところが大きい
歳を取っていくほどに大事な人がただ永遠にいなくなるって考えるのは辛すぎる。

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文化の逆転 ―幕末・明治期の西洋人が見た日本(絵画篇)―
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無神論者も狂信者もたいした違い無い気がする。
無関神な人ならわかるんだが。
信じることで救われる人がいる
ってことかな。
それが傍目からどう映るかは別にして。
個人的には宗教を盲信する人は思考放棄して逃げてると思う。
この場合の盲信は「聖書に書かれてるのだから or 教祖が言う事は、間違いない」って思考放棄してる人。
アメリカの進化論否定問題とか。
道徳や倫理を学ぶ手段としてなら、宗教にもよるけどいいかな。
外国人は宗教を信仰してないと善悪を理解してるか信じられないなどと言うが、逆に信仰以外でそれを学べない環境のが如何なものかと思う次第です。
日本で良かったなー
日頃の行いを悔い改めたり、自分だけではなく他人の為に祈り助けあったりする事に宗教の存在意義があるんじゃないかな
勿論カルト的なものは除いてね
あらわれって事になるのかなあ、宗教って。
悪い主教→勧誘する宗教
日本においてはこれに尽きる
休日の朝にピンポン鳴らしてくるのマジふぁっく
そこまで熱くなるなよって感じる。
マルサの女2で学んだ
信 ( ゚д゚) 者
\/| y |\/
( ゚д゚) 儲
(\/\/
無宗教と無神論は微妙に違うので
俺は無神論だけど人に無神論教を布教しようとはしてないし空気読んで生活してますよ
キリスト教を国教に
西ローマ滅亡、ビザンツ帝国滅亡
キエフキリスト教、キエフ陥落
イスラム帝国異教徒のモンゴルにバクダッド陥落
イルハン国改宗後滅亡
元 ラマ教へそして北へ追いやられる
共産主義も同じだけど
幸せになったところみたことねえ
今生きている間に村八にされるのが怖いから悪いことしないって方がまだ抑止になる気がするんだが
宗教家の考えることはよくわからん
むしろ死んだら終わり何もないほうが気が楽だけどな
原理主義者と普通の信仰者を一緒にしちゃいかん。
それは全体の1%にも満たない人たちだぞ。
99%の普通の信仰者はそんな事まで考えて生活送ってない。
そういった物を与えてお金を上の人がもらってるならwin-winだろう。
ただし思想の押し付けはNG
戦争に負けて自分たちが何なのかわからなくなっちゃった日本よりましじゃない?
無神論者が宗教イベントに混ざってても日本じゃ誰も怒らないし、
無神論者の経営者が宗教でビジネスしてても日本じゃ誰も怒らない
良い非信者→勧誘の話を聴く者
悪い非信者→勧誘を聴かない者
しょせん物事の価値は相対的に過ぎない
もちろん絶対の価値を生み出しうる神の存在を信じるなら別ですが
イラクで首切られた幸田君も、バグダッド市内じゃ「あんたそんな恰好してたら危ないよ」と
どっかのおばちゃんがかくまってくれたそうだ
イスラムの教えでは、慈悲を乞い助けを乞うて懐に飛び込んできた人は救わなければいけない
それにも増しておばちゃんってのは人の親だから、どこでも優しい人が多い
そういう人たちと、一部のテロリストをごっちゃにして「イスラムは敵」とかやっちゃうから、
いつまで経ってもアメリカは彼らに敵とみなされるんだと思う
アメリカが邪悪とは言わんが、感性の感度が恐ろしく低い
同じ目に遭えばあっさり気づくようなことに対する洞察力が致命的に低い
日本の都市をくまなく空襲してた頃から、全然進歩していない
そもそも神道って勧誘する機能は皆無だから、その理屈だと神道が至高の宗教になっちゃうw
本人の努力と鍛錬の賜物と自分は信じてるけど
より大きな物に対して謙虚な姿を見ると
無神論者である自分の傲慢さを反省したくなる
日本は神道だったけど奈良時代に仏教って新システムを導入して根付いた
統治者にとっては民衆が反乱起こさないなら仏教でもキリスト教でも神道でも何でも良かった
ただの安全装置だよ
宗教教義で「これをするのはいけない」「これをするのは当然」ということじゃなくて
多聞におしつけがましい所があるのは重々承知している
その理論だと誰も見ていなかったら悪いことしても平気になっちゃうだろ?
「お天道様が見ているよ」とか言えば誰も見ていなくとも悪いこと出来ないわけだ
まあ神が見ていなくとも悪いことしたら誰かが悲しむと思ってもいいと思うけど
諸外国では宗教と倫理がセットだからね。
いきなり宗教を排したら社会秩序が崩壊するだろう。
宗教が嫌いだからと言って「世界を日本的倫理観で染めてしまえ」
というのは乱暴すぎるし。
宗教と科学を分離したように、宗教と倫理を分離できれば別なんだろうけど。
そっちは難しいというか不可能だろうなあ。
現実的には宗教から狂信をいかに排除するかという話になるんだろう。
君はイスラム=敵と思う人たちと、そう思わない人をごっちゃにして「アメリカは成長していない」とかやっちゃってるよ
君が言う「同じ目に遭えばあっさり気づくようなことに対する洞察力が致命的に低い」状態だよ
オウム心理教の信者見てもそう思う?
マインドコントロールされてる間は精神的な強さを持てるけど、それは本当の意味でその人にとってプラスな事?
まぁ「無神論という名の宗教」だからな
そもそも無神論というより反宗教論者ってイメージだけど
ほとんどいない。なんとなくわかっている、という程度。
こういう動画をみれば、神道の奥深さ、恐ろしさがわかる。
www.youtube.com/watch?v=NufDim5b9eo
話題によく上がるというのも自然な流れ
日本の伝統宗教って、一部を除いて伝統芸能に分類したほうがいいと思うんだよな。
初詣とかの年間イベントの神道、葬式を盛り上げる仏教、結婚式のキリスト教。
その点、これといったイベントを確保できないイスラム教の弱さとか
ドコの馬の骨か分からん人物を崇めろなどと言う恐れ知らずの外来宗教なんぞ悪でしかない。
毎日決まった時間に布敷いてお祈りしないといけないとかあんなめんどくさい宗教日本で流行るわけねえ
祝電送っときゃ熱烈に支持してくれるし。
・統一協会が選挙で自民党を支援していた事実が内部資料で裏付けられる
・日本「統一教会は良い団体です。私たちは安倍さんを応援しています。」
それは自分をコントロール出来ない馬鹿者か小さい子供に言う言葉じゃない?
大人になったら、お天道様=自分自身でしょ。
只、人によって善悪の判断が分かれるから、宗教はその善悪の判断のガイドラインなんだよね。
日本は宗教のかわりに「道徳」がある。
我が国はあまりに宗教文化の発達が遅れてると思う
信仰はなくてもモラルは残る。
逆に言えば、そういう魅力ある言葉を単純に集めて編集する事で宗教を起こす事も出来るって事だよね
宗教がモラルの起源である証拠はないが、モラルの起源が宗教以前にあったと考える合理的な根拠はある。例えば類人猿の間の協力関係や親子の愛情や友情。その範囲は人間よりも小さいが、これが血縁関係以上に拡大したのが人間的なモラルだ。そこに宗教が必要条件であるわけではない。
お天道さまとか神とか言ってるけど、心理学の実験では「目」を描いた絵を貼ってるだけでカンニングを減らすことが出来るという結果が出てる。他人に見られてることを連想させることで不正を減らせることが出来るのだ。
何らかの都合で生きた人間に対してその感情が抱けなくなったとき
死者や神が代替として利用できる人間は強い。
海外じゃ 特定の宗教はない=神様を信じていない になるんだよね?
すでにこの時点で私たち海外の人とは理解しあえないのよね…。
マジに海外の怖い宗教戦争に巻き込まれない思考で良かった。
とりあえず神様ありがとう!
>↑じゃあこの世に神がいないってことを100%信じていないってこと?
神様を信じてなくてもたまに神頼みをしたり、初詣行ったり、なにか良いことあった時や悪いことが起こった時に神様の存在を思い浮かべることはある
脳が止まった時点で魂も消えて生まれ変わりなんてないと思ってるけど死んだ後に地獄に落ちるんじゃないかという恐怖もある
でも本当に信じていないんだ
宗教の濃い国だと生まれた時から神に祈るっていうことが毎日の生活の中に組み込まれてるからいいけど
日本みたいに年に一回初詣とか、お墓参りとか、祈願とかしに行くくらいじゃ中々染み込みずらいし、祈願してる神が何者なのかすらよく知らん
実生活上で色々と宗教の影響・制約があるんだろうね
日本人には想像しにくい
宗教なんて悪質な霊感商法詐欺と一緒。
のめり込んでも時間を無駄にしたりお金を持って行かれるだけで良い事はない。
宗教を信仰して身体の健康状態が良くなったり金持ちになれるわけじゃないからね。
田舎に住んでいると世間体や村社会の人間関係があって、
嫌でも宗教絡みの付き合いや支出が避けられない。
それ以上に「食い物の制限」ってのが最大のネックだと思う
ただでさえ貧しい上に宗教狂いな両親の元に生まれた奴は負け組み。
本来、生活水準の向上、医療、教育などに使われるべきお金が、
全て宗教教団へのお布施、寄付、入会金、宗教アイテムの購入に消えてしまうわけだからね。
それに、変な宗教に嵌る様な親は総じて知能が低いし、性格にも問題がある。
まぁ、どんな親や家庭の元に生まれるかは本人の才能だけどね。
駄目な奴は駄目な家庭や駄目な親がお似合いです。
遅れてるかどうかは知らんが、やはり「貧困をなくす」、「病気を治す」、「平和に生きて、燃えるように愛して、電話の通話料を下げる」を旨とする我が空飛ぶスパゲッティ・モンスター教が最高というわけだね
ラーメン
人については「死」についての向き合い方を方向付けれることじゃないかな。
文化については神に向き合わざるおえないので品質が必然的に高くなる。
カルト宗教と狂信者だけのイメージで宗教批判してるんだからどうしようもないな。
どうせ宗教叩きするけど、ごちそうさま批判にはキレるんでしょ?
ユダヤ教はガチだとエビもカニもウナギも食えないし、肉だって処理の手順が決められている
そして教義にのっとて処理を施した肉はパサパサしてクソ不味いので最近ではこの部分は緩やかな解釈をしていたりもする
堕落に対する復興を訴えた「熱心で真面目な」信仰団体。
そのせいでプロテスタントと異教徒には不寛容この上なく、日本でも寺社の破壊を率先して行っていた。
「堕落」していたカトリック本体の方が、まだ日本では衝突しなかったかもしれない。
熱心で真面目な信者って、諸刃の剣だわ。
それは「宗教」の基準をあちらに置くからじゃないか?
こちらに置けば何の問題もない。
積極的に宗教や宗教者を罵る奴が多いよな
ホントカルトと一緒だわ
以上です…
宗教人にとって、最低限のマナー
それができない宗教はカルト宗教
特にどの宗教に属しているわけでもないけど素直にそう思うよ
※54
よく平気でこんなことを書けるなと逆に感心した
これからの人類に必要なのは、宗教と倫理の分離じゃないだろうか
日本は案外それが半分ぐらいには実現している気がするね
※45
いわゆる日本軍がやった南京大虐殺とは、
アメリカがやった東京大空襲や広島長崎への原爆投下を正当化する為の口実だから、
日本が南京大虐殺をやった事を否定するとアメリカ人が悪魔の人種でアメリカ政府が悪魔であると認める事に直結するから、
立場とか心理的に南京大虐殺を否定したくないのかも。
南京大虐殺を日本軍が組織的に実行したと言うのはもちろん捏造で、
1937年の南京大虐殺の犯人は南京から逃亡する蒋介石軍、
本当の南京大虐殺は1949年の国共内戦時に人民解放軍が行ったとするのが真実。
東京裁判でも、蒋介石軍が共産ゲリラを銃殺刑に処する動画を日本軍の南京大虐殺の証拠とする、
もはや裁判とは呼べない様な事まで行われていた。
あまりにも無慈悲だと思う
お金を払えばパンは買えるという事か
あれは「共産主義」という宗教を信仰してるな
そこは壁に耳あり商事にメアリー理論だよ
こういうのは性悪論みたいで嫌だし、おれ自身は悪いことして楽しようとしてる人間の思考が理解できない人畜無害(なだけ)タイプの人間だけどさ、
悪人のそれが宗教で解決できるとは到底思えないのよね、良いヤツってのは宗教関係なしに良いヤツだと思うのよ
もしいたら万引き程度の犯罪もしたことないけど地獄に落ちるかもしれないと思うし
全く優秀じゃないしニートになりたいと今にも無職になりたいと思ってるような人間だし
来世でめっちゃ惨い死に方する動物に生まれ変わるかもと思うし
人間になったとしても紛争地帯かもしれないし不細工かもしれない
どんなに頑張っても最後は冷えた宇宙に薄く広がる物質になるだけ
だから生きる意義も頑張る意味も歴史に名を残そうが子孫を育てようが
歴史に残る偉業を成そうが無意味ってことになる
それだと生きづらいから宗教に意味を見出すことは悪いことじゃない
じゃなくて、宗教によって自己正当化がしやすい
って言った方が個人的にしっくりくる
俺がCiv4で学んだこと
あいつら正月祝うし関帝廟とかで祭ってるじゃないか
執着を断つことだけを意識し始めたらだいぶ楽になったな。
寺に通ってるわけでも宗教活動してるわけでもないけど、聞かれたら仏教徒だとは胸張って答えられる。
文明が発達し市民意識の高い現代の国家にはそぐわないな
もはやアイドル(真の意味で)のファンクラブともいえる
ttp://drazuli.com/upimg/file2686.jpg
それは無神論という名の共産主義という宗教だから。レーニン=神だから。
別にどんな宗教の信者になっていても構わないと思うけれどね
特に大手と言うか、世界三大宗教の影響地に生まれた人は
無理せずそのまま影響を受けていた方が良い事も多いと思う
自分自身はそういう所に生まれたわけでもないし
その影響が希薄な事になんの不満ももっていないけれどね
一方でそういう宗教の影響の強いところで
あえて「無神論者」になる人の感覚は掴みにくい感じもする
無宗教でやってる国家ってあったっけ?
どれだけ成熟した社会を作っても、自分たちより上の絶対的存在を規程しないと自分自身を規定できないというか・・たぶん大昔の、猿に近い頃からそうだったんじゃないかな?
僕自身は無神論に近いけど、元スレ?で信仰を持てる人が羨ましいと言ってる人の意見にすごく共感する
それだけ多すぎるということだろ
草加や統一教会やキリスト原理主義も、大嫌いだわ
政教分離できない宗教はこの世から滅びろ
自分は宗教の自由を謳歌しながら、他人や法律に信仰や価値観を押し付けたりなど腐ったこと
してないんだよね?
結局、信じたいことを信じてるだけだからな。当人が勝手に信じて
幸せになるのは構わないけど、子供にまで強制するのはクソ。
まさに神こそが地球人類を救いたもうた
母親が亡くなったときも母は永遠に消滅したと思った
幽霊でも信じたいな
母親がタヒんだとき永遠に消えてしまったとしか考えられなくてつらかったな
近所に親戚もいない、寺も神社も文化も無い東京の無味乾燥な団地で育ったから
そういう日本人の神道や仏教的な考え方もピンとこない
信仰を捨て去るなんて無理じゃないの。だって思考の土台じゃない。
「神」と呼ばれるものを排除しようって人ってだけなのか?
だとしたらなんだかみみっちいな。
毛沢東の死体を飾って
金日成の死体を飾って
ホーチミンの死体を飾って
共産主義の個人崇拝傾向は凄まじいわ
これに関する活動が妨害された時は
赤子を乳房から離そうとした時のように暴れまわる
宗教によるけど
1967年~1990年のアルバニアがガチ。
教会は全て閉鎖され、入国の際、お守りの類いは没収された。
そう考えるからこそ人は罪を償うために善行を積み重ねようとするからね。
今回の韓国のフェリー事故の乗組員にはこの意識がかけていた。
「人は全ての罪が許される」っていうのは今回の事故の乗組員達が信じているエセキリスト教の教えだけど、そう教えられると人は無責任になることを今回の事故が教えてくれたんだ。
寺にしろ教会にしろ墓にしろ、数百~数千年前の資料がそのまま残っていたりする
歴史をそのまま残すのではなく、神話の類から推察できる部分も含めればすさまじく膨大
純粋無垢な子供や病気で弱っている者の心に付け込んで洗脳するのは容易いだろうね
独身貴族のヒーローだわ
「汝リア充になってわならぬ」
自然な心理現象であって信仰とは違う
原罪論は最低だ
ありもしない罪を生まれた瞬間からなすりつけて
「お前は罪人だから理不尽な目に合っても我慢しろ」と強要する為にある物だ
アインシュタインも失言することがあるんだな
幼い頃はそんな居るかどうかもわからない奴にばっか心酔してないで
現実にいる自分の子供の相手をしてくれよって思ったな
王権の証明だったり、自身の行為を正当化するためだったり、
何かしらの行動を保障するに楽なんだよな。
お陰で集団の統治がしやすい。
あと、生きるための倫理観を作れる。
そんな風に考えて、宗教なんて作り物だって自分は思うようになりました。
律するために宗教はあるんですねー
王権の証明だったり、自身の行為を正当化するためだったり、
何かしらの行動を保障するに楽なんだよな。
お陰で集団の統治がしやすい。
あと、生きるための倫理観を作れる。
そんな風に考えて、宗教なんて作り物だって自分は思うようになりました。
律するために宗教はあるんですねー
宗教活動は信仰の結果として成立しないといけない。
しかし、多くの宗教には信仰が欠落し形骸化が進んでおり
もはや人々の救霊にさえもこたえることができていない。
一年に一回くらいなら何とかなるな、、
歴史上の出来事「免罪符の販売」と何も変わりません。
某新聞をいくら売ったかで某宗教団体婦人部の発言力は決まるもの。
なんで同じ新聞を二部もとらなきゃならないんだ我が母よ。
様々な文化を生み出しているし他人との協調を宗教を通して学ぶ事もできる。
勿論他の文化を破壊したり人種差別を促したのも宗教だけどね。
宗教圏のように、価値観の違う人達を纏めるツールとして優秀だった
宗教圏自体が文化圏を形成してたくらいだし
後は心細くて縋りたい時や、都合よく縋れたり
科学で解明できていない物事の説明を求する際に、(妄想から始まった御伽噺だけど)便利に引用できたりする
そんなシロモノ
ネットだと特に顕著
共産主義国家かよ
それを極限までやったソ連は、崩壊後カルトが乱立しまくってひどいことになった。
人は宗教を欲望し飢える存在だという前提が日本人の似非無神論者には多すぎる。
そんなことばっかり考えるよりも今をよく生きることを考えろ
お釈迦さんマジリスペクト
思考停止してる点で宗教の信者と変わらないって自覚あるのかな?
なんというか、「科学教信者」の一派みたい
無神論者というよりは、複数の宗教の良さそうなところをかき集めた多神論者とでもいうような、そんな感じだよな。
捧げ物は税、神職は知識階級、捧げ物の使い道は公共事業の始まりでもある
特に初期段階において宗教は文明発達を大きく促進する
もし宗教がなければ発達がどれだけ遅れたか、そもそも現段階まで発達可能だったか分からない
大事な人が死んだことは悲しいけど、葬式や墓参り、盆などの強制的に発生する宗教的な行為が逆に馬鹿馬鹿しく感じて嫌になる。
悲しみが馬鹿馬鹿しさで冷めてく感じ。慰めなんか無くて疲れるだけ。
でも宗教を信じたいとは思わない。
自分の中で価値観を上手く形成できない人には手段の一つとして良いかもしれないが。
人間が苦しむのは生老病死の四苦が根本にあり云々ってさ
哲学として学ぶのはスゴくよいことだと思う
エネルギー資源を大きく頼っているのにねえ
まあ深く突っ込みすぎてアメリカみたいになるのもあれだが
言語の壁のせいか宗教戒律絡みのせいか、情報来にくいからねぇ
逆にサウジアラビアじゃ一度断食期特別番組で
「日本を見習って色々改善しよう!」なんてのをやったのにw
せめてトルコとはもっとパイプ繋がらないかと思う
日本人から見て、言語的にはかなり壁が低いみたいだし
宗教に頼る事は弱い人間だって言ってるようなモノ
しかし、人の心は神をもってしても強制できない
自身の思考や感性を停止することで高位の存在や概念と一体化すると信じる人々は危険だ
他者の言葉で動くロボットになってしまう
正義の敵は別の正義であり、世の中には正義がたくさんあると言うのに、自分たちの正義こそ唯一無二のものだと信じて行動することで、他の正義と無闇に衝突してしまう
他の正義を悪とする正義は、果たして高位の正義だと呼べるだろうか
宗教的に見て、かなり俗な部分に踏み込み過ぎていると気付けないのか
自身は高位の存在や概念と一体化しているとして、自身を高位の存在だとうぬぼれる
他の考え方を理解しようとせず、自身の考え方を他者に押し付ける
言葉が通じず、話し合いもできず、ただ一方的に自身の主張を押し通そうとする
それを世間では「傲慢」といい、彼らの神も戒めているはずなのに
自身の思考や感性を停止しているから、私利私欲ではなく傲慢ではないと言うが、行為自体は傲慢極まりない
「善意をもって行った言動はすべて善行である」などと無責任で馬鹿げたことを言う
神を信じることで、神の説くモラルに反していく人もいる
高位の存在や概念との一体化に酔いしれ、思考も感性も捨ててエゴな感情に振り回され、正義に酔いしれ、傲慢に酔いしれる知的奴隷たち
誰かを批判することで低位な正義を執行し、神の代理として戦っているつもりになっている愚者たち
最も神から遠い人たち
あなたがたが信じている神は、おそらくは悪魔ですよ
だって、あなたたちは魂を売りとばして正義と戦っているじゃないですかw
小さい子供が大好きな飼っていた犬が死んだ時、大好きだったおばあちゃんが亡くなった時、もう会うことはできないけど
天国で元気にしてるんだよって親に言われて納得する・悲しみが和らぐ、、、全然悪いことだとは思わない
これ子供に限らず大人でも同じことだと思うよ
逆にあなたはどうやって大事な人が亡くなったという事実を自分の中で処理したの?
価値観を上手く形成できないってこととはまた少し違うことのように思うんだ
それくらい親しい人との死別は重い事実だと思うから
あなたの宗教を信じないということに関しては別に個人の考えだからとやかく言うつもりはないけどね
人間としてのベースに悟り・道徳
の融合が神道と仏教なんじゃないのか
次は人間の能力の融合が必要なんだろうな
文化や伝統や化学技術
ヲタがそれに当たるんじゃないかな
生命の本質は働きにある
生前の働きは死後も世界に影響し続ける、すなわち死は物質的な消滅ではあっても働きの消滅は意味しないし、存在は永遠のものなんじゃないかな
ただ、このように考えると、過去の失敗も恥ずかしいことも、全てが永遠性を持っていることになってしまい、私はこれが恐ろしい
「食料と安全を保障されたから、と言うだけのことで全面的に信頼するな」とか、
「権力は悪用されやすいものだ」と言う意味のことをおっしゃっているのだが、
それでも権力を握りたがる人が多いんだよなあ、自称宗教家って。
その話から教訓を得て自分の人生に活かすのはいいと思うけど、
おとぎ話自体を盲信してしまうのは違うと思う。
教育が広まった現代では宗教より、哲学のが有用だと思う。
――神って「信者」というペットの飼い主に見えちゃうのよね
どんなに善人だろうと「我が神を信じる者は救われる=異教徒はシラネ」って所とか、
信徒であっても神をないがしろにした者はノアの箱舟に乗れず洪水で死ぬ所なんかは、
どんなに可愛いくても他人が飼ってる犬にまで世話はしないし、
飼い主に噛み付く犬があったら頭を叩いて叱るのと同じなんじゃないかって・・・
ビザンツは西方帝領の10倍くらい長生きしたんだから十分だと思うけどな
宗教と倫理を分離するのは不可能? はぁ???(゚Д゚ )
じゃあ、自称無宗教、無神論者は全員犯罪者かっつーの
自分で倫理を育まずに思考停止で宗教に任せてしまっている奴が「宗教=倫理」「無信仰=無倫理」とか言うんだよ
まー確かに、そういう奴が宗教辞めたら危険かもな(笑)
問題ないだろ
実際神道が至高だし
諸外国はどうか知らないけど、日本は別に宗教無くても社会秩序が崩壊なんて事はないんじゃないかな?
日本人は自覚ないってのは、それだけ日本人と宗教が離れてるって訳だし、だからと言って諸外国に比べて犯罪が多い訳じゃない。むしろ少ないくらい
これなら、宗教が取り除かれても、倫理観や道徳は残るんじゃないかな
もちろん今の倫理観や道徳の形成に神道や仏教、場合によってはキリスト教なんかの影響があったのは確かだろうし、最初からなかったら今のような社会秩序には至れなかったかもしれないけど
宗教がスパイスになってるね。
今でも「日本はキリスト教国じゃないのに何故か善良」的な発言がある
つまりそういう存在であり、それは「良い側面」だと思う
今でも不安を払い、心を落ち着けるために神仏に縋る人が大勢いるね
例えば、アスリートが本番前にそうすることによって結果を出せるなら
それはそれで素晴らしいんじゃないかな
た。
神が創り給うたこの世界この宇宙この森羅万象の仕組みを解明することは、少しでも神に近付くこと、少しでもその御心をに触れることだった。
そう考えると、近代科学の恩恵に与っている人間にとって宗教はありがたいものだな。
俺もこれが一番でかいと思う、
国・地域単位だと円滑な社会の営みに宗教はある程度必要な気がする
ただ、今は世界各国が簡単に交流することができるようになったし
その分摩擦も生まれやすいから
宗教以外の何かが必要になってきてると思う。
そうだね、
結構いいこと言っているな。
例えばどこかのイカレタ民族に
「倫理的・霊的に生まれ変われ」とかね。
だけど異教徒が入ってくるとたちまち混乱を招きかねない諸刃の剣。
彼は酒を飲まないし俺も肝臓の病気持ちなので
飲み会では二人してジュース飲んでる。ウマい。
ちょっと想像してほしいんだが、ここで
「お前らもちょっとは酒くらい飲めよ!!!」
「なんだてめーら酒なんて飲んで自堕落な!!!」
ってならないのが大げさだけどポイント
個人でも国家間でも違う宗教との間でも
干渉しすぎないってすごく重要だと思うんだ
宗教として唱えた綺麗事に統治の為の行動が制約されるケースもあるんやで
チベットも抗戦じゃなく焼身自殺しか出来てないのはそのせいだし
アインシュタインはもともと消極的な無神論者だったが、アメリカに亡命しようとしたときそこを保守やユダヤ人に攻撃されて、研究活動を信仰にすりかえたりと色々な弁明をしたのだよ。
そして心安らぐ小さな四角い部屋で紙に感謝します。
ただ神様ってのは盲信の危険性を教えてはくれないんだよね
「俺を信じすぎるなよ」って言う神がいたら入信するかもしれないが
それじゃ金にならないし無理だろうな
悪いことをしても罰は当たらないしバレなければ何をしても良い
そこに「働く者より人を使う者の方が偉い」「労働は卑しい」と追加したらさあ大変
誰も働かず言う事を聞かず、国力は衰退の一歩、治安はドン底で改善の道は無し
はい、焚書坑儒がなぜおこったのかという話ですね
そして、北斗の拳がお子様に見える無法ぶりを少しでも改善しようと法家などが生まれるわけですが
信賞必罰が普及しても「バレなければ良い」という考え方を消す事は出来ません
国を纏めきれず国が廃れて内外に戦火を広げ新しい国が興って荒れてと繰り返す中国の歴史
何事も長続きせず、時代遅れになるまで同じ事を延々と繰り返し続けた中国の歴史
ぶっちゃけ、無神論の行きつく先に自立した立派な人間なんてものが有るほど
人類と言うのはお綺麗な生き物ではないという事を、中国の歴史が物語っていますわな
そうそう、反日プロパガンダがそう
如何にもキリスト教が思いつきそうな事
特亜はただの当て馬
以下は俺なりの解釈を含みます(出来る限り指導者の教えに忠実に書きます。)。
指導者によれば、上座仏教は厳密には宗教ではなく、釈迦の残した科学的なトレーニングの教えなんだそうです。
戒律も本当は戒めではなく、トレーニングメニューなんだとか。そして、「メニューの品目=戒律の項目数を増やせば偉くなれる」みたいな考えは誤解だそうです。
あと、瞑想の中で痛みやかゆみを感じながらも「放っておく」ことが高い人格を生むらしいですが、それもあくまで各種ストレスに対する脳の反応を洗練させるためのようです(「我慢は美徳」などの精神論は一切言われなかった)。
話の半分近くは脳機能とか神経の働きの話でした。
つまり、徹頭徹尾トレーニングなんだと思います。だからこそやりたい奴がやれば良い。勧誘なし。その分内容はシビア。極限まで目指す。
ものすごくシンプルで、何かを信じる必要は全く無いそうです。
ここに書ききれないほどの面白い話が聴けて、初心者なりに嬉しい一日でした。
信仰に関する話は、上座仏教の観点からみるととても分かりやすいと思います。
釈迦の仏教も解釈次第で上座部、大乗、或いは真言宗だの日蓮宗だの、はたまた創価などの数多き新興宗教だのと広く分派しているし
古くを見ればエジプト、ギリシア、ケルト、北欧、中国、日本などといった自然崇拝のものもありますし
ヒンドゥー、ブードゥー、ゾロアスター、アイヌ、三教…… 枚挙に遑が無いけども
宗教といい信仰といい哲学といい主義思想といい、古今東西数多にあり人類や文化文明の成長・進化を支えて来たものごとを、十把一絡げにして一言で済ませたり、悪だと断じるのは、よくない。
とかく敵視して理解をせず、木を見て森を見ず、それこそ「宗教」的ではないだろうか。
日本でどれだけいるんだろう。
>信仰を否定するという事は断罪のための神を否定するという事
信者が「無信仰」について理解していない好例
こういうのが「信仰=倫理」とか言う
法律以前の優れた民衆コントロール術。
某宗教は、一人1円の寄付で一瞬にして数十億。
芸術も科学も法律も生まれなかっただろうね。
「人様に迷惑かけるなー」とか教義みたいなもんじゃね?
キリスト教徒がイスラム教徒を信じられないのと同じように日本人も外国人を信じられない。
同じ理由で「国内何とか宗教」=異教=信じられないってことじゃないのかな。
ラスボスのYHVHフルボッkウェッホン
音楽や美術品もそうだし建築物も素敵だよね
とくにアダルト関連のもの探したいときには
glasses(眼鏡)で画像検索かけて眼鏡そのもののじゃなくてヌーディな眼鏡女性の画像がたくさんでるのはbingだけだよ
汝、殺すなかれと殺すのは禁じている
これはいい事だと思う
だが聖書の中に書かれてるヨシュア記では
神の命令でキリスト教徒が異教徒を皆殺しにしてる
そしてそれらを素晴らしい行為だと教えている
表面的にいい教えと思っても
詳しく調べると恐ろしい内容が見えてくる事がある
不幸のどん底でも自殺を踏みとどまらせることが出来る。
後は何もない。
争いの種でしかない。
悪徳企業と悪徳従業員に見えるかもしれないし
悪徳企業と不幸な従業員に見えるかもしれない
逆でしょ。結びつきが強いほど信仰に気づかない。
当たり前の物として疑いもしない状態が最も結びつきが強い。
選択以前の状態。
人の行動ってのは己の欲望と理性と信条によって決まると思うんだが、
その内の欲望を抑え、一定以上の信条を与えるって面については評価できるかな
でも結局欲望を抑え切れるかは個人の問題だし、信条は他の信条とぶつかる
諸刃の剣だから、さして良いと言い切れるもんでもないんだがな
悪い所は他者(別の宗教や考え)否定が過激化、正当化され易い所・・・かな?
所謂「地獄行」がある宗教は大抵似非だな。
恐怖によるコントロールでしかない。
「何故駄目なのか」が抜けて誰かの道具に成り下がる。
規律を浸透させることにも使えるし金銭や労力(性的な意味も含み)の搾取にも使える
人類の発明の中でもっとも「道具に罪はない、使い手次第」を実践したものだと思うな
信じなくても救われる派はキリスト教でも仏教でも存在するよ
それ別に無神論者だから辛いんじゃないよ。普通の日本人でも親が死んだら同じように辛いから。
君が他の人の気持ちを勝手に想像してそっちがマシだと思ってるだけだ。
※105
キリストが原罪を償うために死んだ、ということになってるんですけど。それは。
そりゃただの追悼式だぞ。墓は記念碑。
ただ故人の思い出を偲んどきゃいいのにそれも出来ないのは無神論者だからじゃないぜ。別の問題だよ。
誰かの言い分を盲目的に信仰してるって意味じゃ科学を信じてる人も宗教を信じてる人も心理的には同じなんだよな
後は、進歩発展をし続けてる科学技術か?変わらずに安定的な宗教か?どっちが信仰するのに楽かってだけで
神道も仏教も権力持って政治に介入しまくってた時期があるんだが
これに尽きるかな。善悪どちらにしても上の言いなりだ。
と思ったが※151の意見には賛成だ
西洋人て日本人もびっくりするくらいキリスト教について
あまり知らなかったりなんか誤解してたりするよね
もちろん一概には出来ないけど
宗教信じてる人には良いルールがある、って外国人の無神論者にはルールや良心ないのか?
無神論者でもルールと良心に従って生きてるだろ。
逆に宗教の免罪符により非道な虐殺や搾取がされた事には目をつぶるのか?
あと歴史的芸術は宗教という当時の絶対的権力がその芸術を許し他を許さずそして金を出したからだろ。
建築とか金のかかる事は宗教の名目で権力者が集金したし、建てた後も権力の象徴と集金に利用した。
困ってる人を救うためじゃない。
たまに見るこのサイトに
このタイミングで無神論に関するスレッドが翻訳されててすごく神に嘲笑われてる気がしたww
浄土真宗が伝えようとしてる慈悲の心は深いわ……
妙に擬人化された神よりは、ずっとしっくり来ると思うんだけどね
・無条件盲目的に信じる
・実際に人生・生活に恩恵や害を受けているから信じる
・理詰めで考えて破綻がないから信じる
これらは別じゃね?
まあ複合してるケースもあるだろうけど、全部を信仰と同義に扱うのは無理があるような
※54の発言に何か問題でもあるのか?
奴隷を肯定し、他の宗教を殺戮、排除する宗教にある神とはなんだ。
この世を作った神は自らを信じないものをなぜ創造したか答えはないだろう。
人の生まれる環境が才能な訳がないし、
他人の人生に安直に勝ち負けをつけるのも失礼で愚かしい
問題に見えない方がどうかしてると思うぞ
>「なぜ我々は生きているのか」「なぜ全ての物は存在しているのか」「人生の意味とは」
答えは「42」だろ?
スーパーコンピュータのディープ・ソートがそう言ってる。
なぜか?
人間は最終的には必ず死ぬから。
矛盾するようだけど、非合理ゆえに合理的な効果(精神安定)がある。
ヨシュア記はキリスト教とはちょい違うなぁ
ユダヤ教と行った方が良い
キリスト教語るなら山上の説法ぐらいは知っておこうな 5分で読めるし
仏教徒の中にも酷いの居るが仏教徒の行いが仏教では無いぞ
教えは知っておこう
あと馴染みが無い宗教を蔑むような発言は慎重にな
非寛容と言うものにもなる
「神は世界を創る前に(世界を創り、動かすための)知恵(論理・法則の意にもなる)を創った」と、聖書にあるので、それはちょっとないかも。
や、そういう「擬人化された神の話」をすんなり受け入れられるかと言ったら、否でしょ?
じゃなかったらインテリジェントデザイン説を学校で教えようとしても多分文句出なくて、
スパモン教も出来なかったと思うよ
大体それじゃ、多神教の説明がつかなくなるし
一方仮に神=法則とすると、一神教としての体も成すと同時に
「万物に神が宿る」なんて話にも、何となく筋が通ると思わないかな?と
古代文明では司祭が大きな権力を持っていた
国を治めるための「法」を説くために(植えつけるため)に神という概念を利用した
政教分離というのはコインを半分に割ってしまうようなもの
まあ結局は¥儲¥なんですけどね
花はぜったい咲かない
春になっても。
わたしたちが正しい場所は
踏みかためられ かたい
内庭みたいに。
でも 疑問と愛は
世界を掘りおこす
もぐらのように 鋤のように。
そしてささやき声がきこえる
廃墟となった家が かつてたっていた場所に。
宗教を語る人の目が輝いているのは自己肯定感による幸福感、
絶対服従による安心感。
宗教は複雑なことを単純化した説明で人間を『悩む』ことから解放する。
教義に沿ってあるいは指導者に従っていればいいのだから
奴隷になれて喜ぶ卑屈な精神の涵養が宗教といったところか。
といっても、宗教は~と結論付ける行為こそ思考停止なわけだから、
神とか仏とか真理とかって何なんだろうって問い続けるしかない。
宗教の枠に当てはめようとする
考え方なのが嫌い
さらに、立派な教会や寺院を建てて、高価な衣装を着て教えを
説きなさい、などとは言っていない
二人とも、質素な布で体を覆っただけの姿で布教して歩いた
後世のキリスト教の指導者や仏教の指導者が、大衆受けするように
改変したもの(改悪したもの)が、現在のキリスト教や仏教だ
ところで、キリスト教の教会で、十字架に貼り付けになった状態の
キリストを飾ってあるのは悪趣味だと俺は思う
十字架に架けられるのは、ある種の拷問だ
拷問を受けている者を子供の頃から見せられているわけだ
情操教育上よろしくないと思うのだ
宗教のいいところは純粋性の強化を促してくれるところだと思う
善い方に転がるよう自分で努力する必要があることも精神の鍛錬になると思う
ただ
個人的に、神仏を想うことはあっても宗教は信じてない
人間が運用してるものを学ぶ以上に尊ぶのは
ある意味出口の無い我欲の海に溺れているようなもんじゃないかと
納得できなくてね
神を否定するのは人間の理性
西洋人というくくりがどうかと。
イギリスに住んでたときは、毎週日曜に教会に通う人達が多数いて驚いたよ。少なくとも自分の感覚だと日本で寺や神社と仲良くする人よりずっと多く感じた。
もちろん知らない人は知らないのだと思うけど、それは日本人も同じだよね。
「村八分になるのが怖いから、虐めに参加or見て見ぬ振りする」
相互監視はそんな風にも機能する訳で
これぞ宗教の偉大なる成果
「異教徒は皆殺し」とか教えてるんだがw
どっちも一神教だぜ。怖いね。
それは、「神話」であって「宗教」でも「信仰」でもない。
習う事はあっても、勉強する事ではない。
無神論の悪い面ならそれなりに思い付ける
信仰心というものがないとどうしても金や女や権力といった
世俗的な欲求への抑止力がなくなっちゃう
信者が自演してないか?
ガチな人もいればそうでない人もいるからこんなもんでしょ
どちらかというと批判の方向で
無宗教:「神はいてもいなくても良いし、俺は特定の神を祭り上げたりしないよ」
海外で「無宗教です」と言ったら発狂する奴は、無神論と無宗教をごっちゃにしてる不勉強な奴じゃないのか?