2012年02月09日
島四国霊場第77番 歓喜寺

歓喜寺の駐車場に車を停めると、かわいらしいオレンジ色の実。
「かわいいなー。」と私が言うと、「クチナシや。栗きんとん作る時に使うんや。」と母。言った途端、二人して「クチナシの白い花〜♪」と歌い続けてしまう親子。あぁ。。

気を取り直して。。歓喜寺へ。

まずは鐘を撞きます。ごおぉ〜〜〜ん!!
うまく撞きすぎたのか、あまりの轟音に焦る親子と

慌てて飛び出るワンコ(^^; ビックリさせてごめんよー。

本殿脇には木彫りのこんな像があったけど、この方たちはどなたなのでしょう?

そしてその後ろにいらっしゃったこの方は?
見た目は五大明王の降三世明王様に似てるけど、踏みつけてるのが邪鬼だから違うかも。どなたかご存じないですか?

現在歓喜寺にある建物は、元は豊島にあった持宝院という寺で、僧・宥辯が移転してこの地に再建したとされています。
ここは本当にきれいに手入れがされ、各所に美しい花が活けられた、何ともいい風情のお寺。

ワンコも最後まで見送ってくれました。
2012年02月08日
島四国霊場第76番金剛寺

金剛寺には、みかんの無人販売所が3つもあります。写真に写ってるのは2つだけど、振り返ると

ほうら。
形はちょっといびつだけど、結構おいしいみかんです。
船の向こうには岡山がうっすら見えてます。

門をくぐり、鐘を撞きます。
ここの鐘は門の中に隠れているタイプ。紐を下に引っ張るとご〜ん♪と鳴ります。
金剛寺も大聖寺と同様、奈良時代の僧・行基が開基したとされ、本尊に弘法大師作と伝わる不動明王が安置されています。
人の気配がないのをいいことに、母と二人で調子っぱずれの般若心経。なかなか上手にならんなぁと首をかしげながら本堂から出たら、久しぶりに住職さんにお会いしました。ご朱印を押していただきながらしばし世間話。
「お経は自分が唱えるだけではなかなか覚えられんやろ。誰かと一緒にお参りすることで耳から聞くと覚えやすいんや。」と住職さん。そっか、誰かと。。がんばります。
桜の咲く頃、また門前の石垣にセトウチマンネングサが咲く頃、海を臨む金剛寺は本当にいい雰囲気になります。

帰り道、優しいお顔のお大師さんがにっこり微笑みかけてくれました。
2012年02月07日
島四国霊場第76番奥之院 三暁庵(さんぎょうあん)

大聖寺から東に向かうと、弘法大師が衫衣(さんえ)を洗われた霊跡と伝えられる三暁庵があります。こじんまりとかわいらしい庵には、

これまたかわいらしい鐘があります。

ここの庵には、いつも誰かしらが待機し、いろんなお接待をしてくださいます。ある時はみかん、ある時は穴の空いたヤカンで焼いた焼き芋、ある時はお菓子。それぞれが自宅からいろんなものを持ち寄り、心づくしのお接待をしてくださるのです。今は男性が6人、女性が6人いらっしゃるそうで、女性は3人ずつ賑やかに、男性は1人ずつで順番にお接待をされているそうです。
私たちが本堂でお参りしている間に、おじさんが床机にお接待の品を並べてくださいました。そして、「まだ仲間に入れられたばかりなんよ。」照れくさそうにそう言いながら、おいしいお茶を入れてくださいました。心も体もほっこりしながら、こうしておじさんたちと語らうことができるのも、お遍路ならではの醍醐味です。

ここの庵にはもう1つ、笠松大師がお祀りされています。「庵の軒下より甘露水が湧き出たので、衆生が喜んで一宇を建てた。俗に笠松の大師と称す。」と島史に書かれているお大師さん。柱の部分は後で造り替えたものだけど、

上のぼうぼうと伸びた石に生えたシダは、既に百年以上を経ているものだとか。石の上にも百年。ふさふさです。
ご本尊 弘法大師様
御宝号 南無大師遍照金剛
島四国霊場第75番 大聖寺(だいしょうじ)
2012年02月06日
2012年02月05日
2012年02月04日
葺き替え直前、カヤ束作業

今日と明日は、刈り取ったまま土手に広げ、乾燥させてたカヤを一抱えずつにまとめ、倉庫に片付ける作業の日。
早朝からずうっと作業を続けていた地元のおっちゃんたち。私が見に行った3時半頃には、1つ目の土手の8割方仕事が終了していました。
まとめられたカヤのずうっと向うに見える点々が、作業をしているおっちゃんたちです。

今日のメンバーは10人。瀬戸内国際芸術祭のボランティア部隊、こえびちゃんも2人、お手伝いに来られてます。
急な斜面&中腰での作業は、何たって腰にコタえます。

しかも、この環境。谷間を抜けて強風が吹き上がってくるので、風が冷たい冷たい。ま、それを見越しての厚着&キツい作業に、「手と耳以外は暑うて汗かいとるで。」だそう。
明日はもう1つ奥にある土手での作業とともに、束にしたカヤの運搬作業が加わります。
「月曜日が雨の予報やからな、明日中に全部終わらさなあかん。」
人数は増えるそうだけど、仕事量は半端じゃありません。
今夜はゆっくりお風呂に浸かって、明日の作業に備えてくださいねー。
2012年02月03日
2012年02月02日
2012年02月01日
2012年01月31日
こまめ大学

工事中がおもしろい!というコピーにのせられ、改装中の姫路城に行ってきました。エレベーターで8階まで行くと天守閣の工事の様子が見れました。地道な職人仕事のオンパレード。なんでも、改築工事を繰り返すことで匠の技を伝承する意味があるのだとか。日本建築は手入れをしないとなくなるけれど、逆に手入れをすればいつまでも残すことができる。これはコンクリートでは不可能な木造建築の強みだとも。ほーなるほど!
そういえば以前、「万里の長城」がなぜつくられたのか。という議論においてのおもしろいお話を思い出しました。一般的に万里の長城は「敵の侵略から国を守るため」とされていますが、実は「国を統治するためだった」というお話です。これは日本人の工学博士で絵本作家の加古里子さんが発表した説ですが、僕には一番納得の行く考え方でした。つまり国が広すぎて情報が隅々まで届かない。イコール統治ができない。そこで、巨大な建造物をつくることで、国中から人を一つの場所に集める。という作戦です。要するにコミュニティーの場をつくるためだった。結果として巨大なものをつくることで王様の権力を示し、国を統治しようとした。というようなお話です。この作戦は悪名高き英雄、ドイツのヒトラーがつくったアウトバーンも同じで、巨大な公共工事をやることで「新しいドイツ」を標榜し国民意識を高揚させることで統治しようとした。同時に内需を一気に拡大し大恐慌を乗り越えようとした。結果、ドイツはたった3年で、どん底から経済復興を果たしてしまった。景気回復には公共事業が一番効果が高いというケインズ理論です。そう考えると、このお城も、実は統治をするためのコミュニティーの場をつくるための装置だったのかもしれないなぁ・・・。国づくり、まちづくりってのは知れば知るほど奥が深いですね。

最上階からは小豆島が見えました。殿様はここから小豆島を見ていたんですね。手前の島並が家島諸島、奥のぼんやりとした稜線が小豆島です。
と、今日はお城のお話ではなく、友人の先生のお招きで兵庫県立大学で先生デビューをしてきました。
兵兵庫県立大学 環境人間学部 エコ・ヒューマン地域連携センター
日頃の学問とは別に、現場でアウトローな生き方をしてる人を見て何かを感じてもらおうという大胆企画。恐縮ながらこれまでの経験や小豆島で学んだことをベースに、地域づくりの考え方や方法論など、現場で学んだ舞台裏のお話や、更に地域の問題や課題をどう解決していくかというビジネスプランに至るまで、いろいろなお話をさせて頂きました。ところが、お話が終わらず、ゼミの生徒さんたちと夕方まで語り会いました。なにかヒントになるようなものがあれば幸いなのですが・・・。
それはさておき、「学びの場」ってのはやっぱり楽しいですね。で、帰り際ふと思いました。小豆島には大学が無いので、つくってみたい! 小学生からおじいちゃんおばあちゃんまでが一つ屋根の下で学ぶ、雨の日限定の「島を学問する市民大学」です。講師は何かを極めたその道の専門家や職人さん、野菜作りが上手なおじいちゃんや、魚とりが上手な漁師さんなどが先生です。だから晴の日は学校はお休み。「晴耕雨読」ならぬ「晴耕雨学」の提唱です。で、面白い人先生に見立てて議論を交わしたり、ゲストを迎えたりしながら、みんなで考えたり、様々な生業や営みの中に宿る知恵や技術などを伝承したり。また、100年後の島はどうなっているべきか。未来に何を残すべきか。何を伝えていくべきか。政治はどうあるべきか、自治とはなにか。まちづくりとはなにか。では、どういうまちがいいのか。なにが大事なのか。島の資源とはなにか。魂とは何か。などなど立場や世代を超えた人たちが議論を交わす学びの場。そういうものがあったら楽しいだろうなぁと思いました。そしてそこから新し何かがはじまるような気がしました。島にあるものや歴史を振り返りながら大人や子どもが立場を越えて一緒になって議論を交わし、学びを得る場。「一隅を照らす、これ国の宝なり。」最澄の言葉を借りるならば、また、島が日本の縮図であり、小さな日本とするならば、島には学ぶべきもの=ソフトは果てしなく多くあると思います。夢がまた一つ増えました。機会をつくって頂きありがとうございました。
けんじ
2012年01月30日
昭和10年生まれの唐箕

ご近所さんが納屋から出てきたとうみ(唐箕)をくださいました。
とうみは、収穫した穀物を脱穀した後、籾殻や藁屑を風によって選別する農具で、中国で開発されたといわれています。(byウィキペディア)

小さい方の唐箕には証明書や表彰状が貼られていました。
証明書には、昭和10年に香川県立農業試験場名で、撰米試験の結果が良好なので、実用に適するものと認めると書かれ、表彰状には、昭和16年に高松市の綾田光次郎さんが綾田式小型唐箕で名誉大賞を受けたと書かれています。時代の最先端を行ってた唐箕のようです。

千枚田のすべての田んぼで男衆が汗水たらして働いてた時、この画期的な農具である唐箕もきっと大車輪の活躍だったに違いありません。
もう一度活躍させてあげたいなー。
2012年01月29日
2012年01月28日
RNC「中四国ライブネット」

今日の夕方18時から20時まで、西日本放送ラジオ「中四国ライブネット『香川発・瀬戸内海の宝箱・小豆島の、ミ・リョ・ク♪』」に生出演してきました。
2時間もの生放送なんて、生まれて初めての経験。どうなることかと気をもみましたが、植松おさみさんのフォローをいただきながら、視聴者の皆様からのメッセージなどもご紹介。お陰で緊張の中でも楽しみながら放送を終えることができました。植松さん、どうもありがとうございました。
ところで、うちの母。何を思ったか、神戸に住む母の叔母夫婦にも電話連絡(^^;
「りつこが出るから、聴いて〜!」
恐るべし西日本放送!神戸でも鮮明に入ったそうで、80歳の老夫婦はお風呂にも入らず、ラジオの前で正座して私の声を聴いてくれたそうです。もちろん、「りっちゃん、上手やったわー。最高や!」なーんて、身内ならではの諸手を上げての大絶賛。
何だか親&叔父叔母孝行な番組出演となりました。
2012年01月27日
2012年01月26日
助演女優賞

近々、西日本放送ラジオに出演させていただくことになり、その事前収録のため、アナウンサーの白井美由紀さんと一緒に小豆島八十八ヶ所霊場第2番札所の碁石山に行ってきました。
すっくと立った浪切さんが出迎えてくれた碁石山は、すがすがしい空気とほっこり温かい太陽の光が、冴え渡った小豆島を本当に美しく演出してくれていて、ラジオなのがもったいないほど。改めて、小豆島って美しいなぁと実感しました。
車での移動中、いろんな話をしました。
中でも印象に残ったのが、「アナウンサーは主役じゃない。主役を輝かせる脇役なの。」という言葉。何気ない会話の中からうまく言葉を引き出し、いかに相手を輝かせるかは、質問の仕方にかかってる。
「主役を輝かせることで、脇役は輝くんですよ。助演女優賞とかもらえたら最高ですよね。」って。確かに、彼女との収録はいつも本当に喋りやすくて、自然に楽しく会話が進みます。そっかー。私、輝かせてもらってたんだ。。
「脇役だからこその難しさ、楽しさ、達成感って、味わってみると最高なんですよ。」
ガイドもまったく同じ。何だか白井さんに自分自身の生きる道を指し示していただいてる気がしました。
2012年01月25日
めまぐるしい1日

雪が降るって聞いてた割に、暖かいなあと思ってた午前中、友だちのイチゴ農家からかわいいイチゴの苗が届きました。窓からの日差しの中で、かわいいイチゴちゃんが微笑んでくれています。おいしいよー♪
その後、時折雪花がちらつき始め、

午後には大雪。わーお!

水仙にも、

南天にも、そして私にも、雪は西からの風に乗って打ちつけるように降り続きます。
私が歩いている間中、吹きつけてた雪は見る見る積もり始め、私が車に乗った頃、突然止みました。あらっ?!
1つ目の用事を済ませ、次の用事に向かおうと思ったらまたまた雪。一層大きな綿雪が降り続きます。でもしばらくすると、また晴れ間。

すべての用事を済ませ、こまめ食堂のある中山まで帰ってきたら、田んぼはきれいな雪景色に変身していました。夕陽が映えてほんっときれい♪

間もなく葺き替え工事が行われる農村歌舞伎舞台も真っ白に。まるでクリスマスケーキのお菓子のお家みたいです。
雪は止んだけど、田んぼの雪は全く解けず。外はしんしん冷えてます。
2012年01月24日
冬の散歩道
2012年01月23日
2012年01月22日
ふかふか座布団
2012年01月21日
2012年01月20日
夢を叶えるということ

車から離れるご主人様を懸命に引きとめようとする健気なワンコ。かわいいでしょ。でも、今日はワンコの話ではなくて、このワンコのご主人、トラックの向うにいらっしゃる石井正樹さんのお話です。
石井さんと言えば、そう、小豆島オリーブ牛の生みの親です。
石井さんが牛を飼い始めたのは、農業高校を卒業した時。先生に学校の仔牛を分けて欲しいと頼み込み、軽トラックに2頭の仔牛を積んで帰ってきたのが始まりです。
なぜ牛だったのか。その理由を聞いて驚きました。
『循環型農業がやりたかったから。』
現在の話ではありません。今から40年以上も前の話です。
農業は毎日本当に忙しい。牛を飼えば畦草を食べてくれるし、牛ふんは堆肥として土づくりに利用できる。いい土からは甘くておいしい野菜や果物が育つし、余った野菜や果物、藁は全部牛が食べてくれる。無駄なものなど何もない。
18歳の青年が夢見た、未来の象徴がこの2頭の仔牛でした。
6年ほど前のある日、牛肉を扱う市場の社長からこんなことを薦められました。
「小豆島で牛を育てるには、コストがかかりすぎる。小豆島のブランド牛を考えてみろ。」
悶々とする日々が続きます。
『名前をつけるだけではダメだ。名実ともにホンモノの、小豆島ブランド牛を作りたい。』
うまい肉にするためには何が必要なのか?
苦悩する石井さんの頭に、あることが閃きました。
『牛の旨味は、油の中に含まれるオレイン酸。オレイン酸は、オリーブの中にたくさん含まれているじゃないか。』
さっそく小豆島のオリーブ会社に話を持ちかけ、オリーブオイルの搾りかすを分けてもらいます。ところが、牛は見向きもしてくれません。当然です。オリーブには強い渋味があり、搾りかすだってもちろんめちゃめちゃ渋いのです。
『この渋味を抜く方法はないものかなぁ。』
悩む石井さんの頭に、突然ぽっと明るい灯が灯りました。
『そうだ、干し柿だ! 渋柿は干すことで甘くなる。ならば、オリーブだって干せば渋が抜けるんじゃないか。』
さっそくオリーブの搾りかすを広げ、天日干しを試みました。乾いてきたらひっくり返し、また乾かします。ようやく乾いたオリーブを自分で食べてみると、
『渋味が抜けてる!』
祈る思いで、牛に与えてみました。
『どうだ、食べてくれよ。』
石井さんの願いが通じたのでしょう。見向きもしなかった牛たちが、おいしそうに食べ始めたのです。
数ヵ月後、その成果に確信を持った石井さんは、オリーブ牛を土産に前出の社長に会いに行きました。そして、何の説明もせず肉を手渡しました。
翌日、小豆島に帰ってきた石井さんのもとに、社長から電話がかかってきました。
『お前、牛に何をした。この肉は旨すぎる。何もせずに味がこんなに変わるはずがない。』
小躍りしたいほど嬉しい社長の言葉でした。
社長のひと言から始まった石井さんの<小豆島ブランド牛を作る!>プロジェクトは、こうして大きな一歩を踏み出しました。
ところで、オリーブの搾りかすは、今まで使えないもの。つまり産業廃棄物でした。それを飼料にすることで、牛の肉に旨味が増し、抗酸化作用まで生まれました。牛ふんは堆肥となり、野菜のみならずオリーブも育てます。そのオリーブからオイルが搾られ、再び牛たちの飼料となります。
40数年前に石井さんが描いた大きな夢は、小豆島の環境の中でこうして新たな循環型農業の形を作り上げたのです。
今や大注目のオリーブ牛ですが、ここに至るまでの苦労は並大抵のものではありません。
『食べていただかないことには、そのおいしさは解ってもらえない。』
今も各地へ出向き、営業マンとして、販売員として、またメディアにも登場したりと、八面六臂の活躍を続けています。もちろん自分で肉を買ってきて、食べ比べてもらうこともしょっちゅう。
奥様やオリーブ牛仲間からは、『どこまで行くんやー!』とあきれられてるそうですが、『消費者から直接、おいしい♪の声を聞ける今が、楽しくて楽しくて仕方がない』そう。
石井さんの夢は、オリーブ牛の成長とともに、今もどんどん大きく成長中!なのでした。
せっかくこまめ食堂にお越しいただいたので、石井さんにもオリーブ牛ハンバーガーを召し上がっていただきました。
「うん、旨い! うちの奥さんにも食べさせてやりたいなぁ。」
何より嬉しいお墨付きをいただきました。
2012年01月19日
こまめ食堂の直通電話
2012年01月18日
愛のある仕事

熊本の実家のとなりまち、山都町にある「通潤橋」です。江戸時代につくられた日本最大の石橋で、今から約160年前のものです。高さ20メートルですからビルの6階建てくらいの高さです。長さは75メートルもあります。橋の上に自転車乗ってる人が写ってますが、手すりなどは一切ありません。実際橋の上を歩いたらかなり怖いです。毎年お正月に九州へ帰るたびにいろいろな発見があるのですが、今回はこの橋に衝撃を受けました。まず精巧な匠の技に圧倒されました。続いて案内看板を読むと、実は地域で暮らす一人の男の情熱が創り上げたものだということが書いてありました。その人は地域の惣庄屋さんだった人で今で言う町長です。このあたりは起伏の激しい山間部であるため、棚田による斜面を利用した水田が築かれていますが、高い場所など、地域によっては水が引けない場所があった。そこで町長は水不足で困っていた集落の人たちを助けようと、通潤橋を考案。橋の中に水路があるのですが、サイフォン方式により左側から右側へと水を送る仕組みになっています。ようするに、橋そのものを巨大なサイフォンとして、水を高い場所に送り込むことで、全ての村人が平等に水の恩恵を受けられるようにしたのです。今の金額にすると約15億円ほどの公共事業だそうですが、山奥の村でこんなことを考えて、実行した人がいたことに驚きました。また、この橋の設計はなんとご当地オリジナル! 設計に当たった石工(匠)は、独学によってアーチ橋を研究し、数々の思考錯誤を経て通潤橋をつくりあげたのだそうです。その証拠に、思考錯誤した小さな橋が周辺の村にいくつも点在しています。まずは小さいモデルをつくってみて、次第に大きな橋をつくっていった。その集大成がこの通潤橋。見事な歴史ストーリー。そしてなにより、景観やスケール、機能美もさることながら、水に映り込む風景としての景観美も計算して設計したのかと思うと、ため息がでました。景観の美しさも視野に入れた建築設計。なぜ江戸時代にできて現代にできないのかと感心するばかりでしたが、江戸時代に生きた日本人の美意識の高さに、見習うべきところが多いようにお思いました。地域への愛と情熱が成し得た愛のある仕事を見ました。
美しくなければ続かない。
美しくなければ残らない。
from けんじ
2012年01月17日
いつもよりちょっと豪華バージョン

こまめ弁当☆いつもよりちょっと豪華バージョン♪ 作りました!
いつもと違うテーマをいただくと、頭の中がいつも以上にがんばるので、ここ数日いろんなアイデアが出てきて楽しい楽しい♪ やっぱ頭はどんどん使わないとダメですね(^^;
私の場合、こんな風にお客様からいただいたご提案やお話がきっかけとなり、その解決策を一生懸命考えることがいろんなアイデアに繋がって、心から楽しみながら仕事も自分も成長させていただいてる気がします。それが誰かの役に立ったり、誰かが喜んでくださることに繋がるなら、これ以上の幸せってないなぁと思うのです。
今回のちっちゃいいろんなアイデアも、喜んでいただけてると嬉しいなぁ。
Mさん、幸せな時間を本当にどうもありがとうございました。
2012年01月16日
2012年01月15日
ジャム人間

こまめ食堂を始めてから私、ジャム人間と化してます。
イチゴ、レモン、アンズ、夏みかん、八朔、りんご、イチジク、温州みかん、スダチ、金柑、キウイ、そして柚子。大量の果物が手に入ると、何でもかんでも、すぐジャムに炊いてみます。温州みかんだけは、皮を入れたのがちょっと失敗だったけど、あとは適当に作ってるとは思えない大満足なおいしさです♪ (自我自賛!)
今日はぐつぐつぐつぐつ柚子ジャムを炊きました。甘〜くてすっぱくて、何ともいえない幸せな味に仕上がりました。
疲労回復やストレス解消、美容効果などが期待できる柚子。いっぱい食べて、美しく元気に冬を乗り切りましょう!
そうそう。今日また1歳、年を重ねました。
1月15日が祝日だった頃は、「今年もハタチ!」なんて豪語してましたが、HappyMonday以降はそれも言えず。。いやまぁ、祝日とか関係なくもう言ってはいけない気もしますが(^^;
何はともあれ、新しい1歳を一生懸命楽しみたいと思います。
お祝いの電話やメール、どうもありがとうございました。
2012年01月14日
カヤ刈り

今日は中山農村歌舞伎舞台の屋根を葺き替えるカヤ刈りの日。
池の土手には軽トラックが大集合。ウィーンウィーンと、辺りには草刈機の音が響き渡っています。

いつもはカヤが高く茂り、中に入っていけない雰囲気の土手ですが、働き者のおっちゃんが4人がかりで1日中刈り続けると、見違えるほどキレイになりました。でも、刈ったばかりのカヤで足がつるつる滑るので、作業は見た目以上に大変です。

刈ったカヤはしばらく放置して乾燥させ、一抱えずつの束にします。この作業もまた重労働。

明日、もう1つ奥の土手のカヤを刈ります。
2つの土手を合わせて去年は1500束のカヤが採れたので、今年のと合わせ3000束が用意できる見込みとなりました。
「これだけあったら、足らん言うて焦ることもないやろ。」とおっちゃん。
茅葺屋根の葺き替え工事に向け、最終準備が着々と進んでいます。
2012年01月13日
2012年01月12日
霜化粧
2012年01月11日
2012年01月10日
2012年01月09日
2012年01月08日
2012年01月07日
シャイッ!

うちの庭は日当たりがよく、母がしょっちゅう土を掘り起こしてるので、近所のドラ猫ちゃんたちにとっては格好のひなたぼっこ地。以前は、トイレとしても使われていたため、母は猫ちゃんを見るといきり立って追っ払います。「シャイッ!」
ここんとこの母の天敵はこの子!
先日、母が玄関の戸を開けっ放しにしたまま作業をしている隙に中に入り、下駄箱の下に隠れてたのを見つかるや否や2階に走りあがって突然姿を消しました。「出て行った気がしない。」と母が怖がるので、2人がかりで捜索したところ、なんと1番奥の部屋のベッドの下で丸くなって隠れていたのでした。
その後、母が今まで以上にこの子を警戒し始めたのは言うまでもありません。

そんな猫ちゃん。いつもは母や私の姿を見ると慌てて逃げるのに、今日はなぜか食い入るように一点を見つめ、近寄っても微動だにしません。おかしいなーと思ったら、視線の先には2匹のくつろぎカップル。母には天敵の猫ちゃんも、心にいろいろ葛藤があるのかも・・しれません(^^;
ところで、猫や犬を追っ払う時、なんで「シャイ!」って言うんでしょうね。
これって方言??






















魚伝 TEL0879-82-1523
090−1002−4772















