そして改めて思うのは生まれた環境のこと。
四肢のない体を可愛いといったお母さまや、愛情表現が上手かったお父さまに存在を肯定されて育った彼は障害を苦にしていない。
一方こちとら五体満足で生まれたが母親は幼少期から暴力振るうわ生まれつきのあざの事をしつこく言ってくるわあげく包丁突きつけてくるわ。
父は小学校のときに浮気した上に愛人を逆上させてこっちがターゲットにされるわ。
妹はそんな家に嫌気がさして出て行き現在行方不明。誰ひとり連絡先を知らない始末。
残った私は自殺未遂常習犯でICUにお泊まりしちゃったり。
自己肯定感なんてカケラもなくて、自分で自分を支えなければすぐ死を求めるようになった。
「親が違う」だけでこれだけ人生が違う。
一概に言えることではないけれど恵まれた家庭環境で育つ人というのはやはり羨ましく感じます。
どうか穏やかに育つ子どもが多くありますようにと願う傍らで幸せに育つ子どもへの嫉妬心も激しい。自己投影も強くある。存在を否定されて地を這うくらいならその前に死んでしまえ。生まれてこない方が良いと。
そこが一番の苦しみかもしれない。
私はこの遺伝子をのこさない為に決して生まないと選択している。
そんな人生を歩んでいて気付くのは自己肯定感を得られずに苦しむ人の存在。どこかでピンとくるんだ、これが。
丸っと肯定するだけで歩き方が変わる人もいた。
肯定することは愛することにとても近いと思う。
自分はさておき、私にとって自己肯定感を得られずもがいている人の存在はとても人間らしくて愛おしい。
ちゃんと大事だよ、好きだよと言葉にするだけで何て世界が変わることか。
だからせめて自分は愛するものに愛してるよと言いながら生きていきたい。
スキンシップも大好きだしね!(笑)
生まれは選べないし変えられない。
ならそこから学び取り利用する方法を模索したい。
自殺未遂ばかりだった20代が終わって路頭に迷う不安に駆られての30代がきたけど、死を追いかけるのはやめて愛することを大切にする30代を生きてみたいと思います。
なんだかとりとめがないけど思考力落ちてるのでこれで勘弁。
こういうのもブログに載せたほうがいいか悩むな〜。
病気のことを丸っと書いてるブログ、否定の言葉がなく接する人はみんな優しい。
そのことにも感謝感謝です。
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mixiから丸っとお引っ越し記事でした。
