2018年09月23日

ウェリントン公爵のサービス       マイセン、セーブル、KPMベルリン、ウィーンの競作

「ウェリントンサービス」という食器セットをご存知です
か。正しくは「ウェリントン公爵のためのサービス」と
言います。

ウエリントン公爵は、ナポレオン戦争の際、連合軍を
率いて1815年のワーテルローの戦いに勝利した将軍
です。この勝利を記念し、思い出と感謝のしるしとして、
同盟諸国から贈られたのが、「ウェリントンサービス」
です。

Wellington












写真1)ウェリントン公爵の肖像

「ウェリントンサービス」がいかに重要なプロジェクト
であったか、以下国立マイセン磁器公団資料編纂室
の論文(マイセン磁器 美術出版社1990年)から引用
しましょう。

この仕事は単なる受注生産といった性格をこえて、
その成功が絶対に義務づけられていた。セーヴル、
ウィーン、ベルリン、マイセン―ヨーロッパの最高
峰に位置する四大磁器工場が総力をあげて、一つ
の<ウェリントンのセルヴィス>を製作するという
雄大な計画がそれである。マイセン工場はこのヨー
ロッパ磁器工場同士の最初で最後の競争に参加し、
自らの独創性をかけて、その力の証明を迫られた
のである。


では、実際にどんな作品が作られたのか、おおいに
興味をそそられますね。そのほんの一端を紹介しま
しょう。

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写真2)マイセン「ザクセンサービス」 1818年頃

マイセンの担当は、後に「ザクセンサービス」と呼ばれ
る134点からなるデザートアンサンブルです。オークと
ローレルの植物を周囲に配し、中の絵付けにはザク
センの風景やナポレオン戦争の様子が描かれました。



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写真3)セーブル「エジプシャンサービス」 1811年頃

セーブルは、ナポレオンのために作られていた「エジプ
シャンサービス」を「ウェリントンサービス」に振り替え
ました。これはナポレオンのエジプト遠征に発想を得た
食器セットであり、136の食器とセンターピースからな
るディナー用のアンサンブルです。
絵付けはセピアの単色で描かれた風景で、周囲には
エジプトの文様が添えられました。



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写真3)KPMベルリン「プロシアンサービス」1818年頃

KPMベルリンの担当は、ワインクーラーやコンポートを
含むディナーのアンサンブルでした。これらは「プロシ
アンサービス」と呼ばれていました。柏の葉を周囲に配
し、絵付けのモチーフはマイセンと同じく、戦いの様子
や関連する風景を描いたものでした。写真はイギリス
のイートン校です。



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写真4)ウィーン窯「ヴィエニーズサービス」1815年頃

ウィーン窯が担当したのも、デザートのアンサンブルで
す。装飾には歴史に関するモチーフが選ばれており、周
囲には古代ギリシャローマの小物が配され、中心には歴
史上の偉人の絵が描かれています。写真はジュリアス・
シーザーですね。


以上見てきたように、一つの目的で、マイセン、セーブル、
KPMベルリン、ウィーンの四大窯が共作したのですが、
このような例は現在までありません。正に一度きり、最初
で最後の例といえるでしょう。

なんとか、これらのサービスを一同に揃えてみる事は
できないものでしょうか。磁器の歴史における最高傑作
ですので、なんとか日本で実現できないものでしょうか?
無理ですかねぇ。




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            TEL-03-5717-3108
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dresdner220 at 15:54|PermalinkComments(0) セーブル | マイセン作品紹介

2018年09月16日

リチャード ジノリ 「ケディヴェ」 エジプト副王のサービス

今回はリチャードジノリの「ケディヴェ」のサービスを紹介しま
しょう。

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写真1)ジノリ 「ケディヴェ」のサービス 1925年頃

写真1)がジノリ「ケディヴェ」サービスのスープC&Sです。
アンティークの陶磁器に愛好家の方なら、すでにご存知
かもしれませんね。オリジナルは1872~74年にエジプト
の王様がジノリに特注して作らせたものです。

「ケディヴェ」というのは副王という意味ですが、この時の
エジプトの王様はイスマイール・パシャという人物で、副王
の称号を用いていましたが実際はエジプトの王様です。
王はスエズ運河の完成を期に、大きな宴を催す計画を持っ
ていました。そのため、ヴェルディーに歌劇「アイーダ」を
書かせ、ジノリにこれまでにない食器セットを作らせたの
です。正に、威信をかけた一大国家プロジェクトでした。


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写真2) 同上 ソーサー

この失敗の許されない大きな仕事に、ジノリ社はプロジ
ェクトチームを作って着手しました。成型はJ・トレッリを
主任にA・チェザーリ、 U.ヴァンニーニが担当しました。
装飾はL・ニンケーリ、 L・ベローニ、 R.ジェルミン、 
C・モーミー、 F・マスマイヤーがこれに当たりました。



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写真3) 同上 ハンドル部

プロジェクトチームは古代エジプトの装飾文様にその
発想を求め、パピルス、飾紐、蓮の花、パルメット、など
を大胆のその装飾に取り入れました。


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写真4) 同上 カップ内部

「ケディヴェ」のサービスは1872年に完成され、その後2年
間に渡ってエジプトに納入されました。このサービスは賓客
たちを驚かせ、副王イスマイール・パシャは大きな成功を得
たのでした。


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写真5) 同上 マーク

表題にはリチャードジノリと書きましたが、イタリアのリチ
ャード社とジノリ社が合併するのは、1896年ですから、
「ケディヴェ」が企画された1872年はジノリ社が正しい表記
です。

しかし、19世紀末にはリチャードジノリ社も経営に行き詰
っており、日用陶器なども製造して急場を凌いでいました。
ところが、「ケディヴェ」のサービスは依然として富裕層から
の需要があり、新しい意匠なども加えながらリプロダクション
として1930年頃まで製造が続けられました。本作はこの時代
の作品で、1920年頃のマークが入れられています。

現代でも、その簡易プリント版が作られていましたが、20
13年、リチャードジノリ社がグッチの傘下に入った後には、
現行品として製造されているか否かは不明です。




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dresdner220 at 17:30|PermalinkComments(0) ジノリ | 作品紹介

2018年08月31日

マイセンの芸術家 オットー ・フォイクト キツネのリトグラフ

今回のブログでは、マイセンの芸術家オットー・エデュアルド・
フォイクトのリトグラフを紹介します。


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写真1)オットー・フォイクトのリトグラフ 1920年頃

オットー・フォイクトはユーゲントシュティール期マイセンの最も
重要な芸術家の一人といえるでしょう。

オットー・フォイクトは1870年にドレスデンで生まれました。当時
ドレスデンにあったビレロイ&ボッホ窯で陶芸を学び、その後
1890年から95年までKPMベルリン窯で働きました。
マイセン窯はその才能を見込んで彼を招聘し、フォイクトは花の
絵付け師として1896年から働きます。彼の花絵は卓越しており、
当時マイセン絵付けの最高峰であったブラウンズドルフ教授の
後継者とされていたほどです。

フォイクトはマイセンで華々しい成果をあげますが、これについて
はまた別の機会にふれましょう。

今回紹介のキツネのリトグラフは、マイセンで働きながらフリーの
芸術家として描いた作品です。キツネの色々なポーズが、生き生
きと描かれています。

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写真2) ドイツの狩猟 表紙

このキツネのリトグラフは、「ドイツの狩猟」と題された作品集
からの1ページです。当初は動物にあまり関心がなかったようです
が、観察するうちにどんどんと魅せられていったと語っています。
ドレスデン、ライプチヒ、ベルリンなどの動物園を回り、このシリーズ
を完成させました。


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写真3) 直筆のサイン

フォイクトは「日本人の描き方が理想である」とも語っていますが、
浮世絵や日本画などに大きな関心をもっていました。
作品にはO.E.フォイクト マイセンと直筆のサインが入っています。


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写真4)作品集の限定番号

この「ドイツの狩猟」は限定で作られたもので、番号が入っています。

当方のお客様にも、熱烈なキツネファンが複数いらっしゃいますが、
フォイクトのキツネはいかがでしたでしょうか。


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2018年08月25日

KPMベルリン  ケレスとテオ・シュムツ=バウディス

今回のブログでは、KPMベルリンの芸術家 テオ・シュムツ
=バウディスとその代表作である「ケレス」を紹介しましょう。


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写真1)KPMベルリン「ケレス」ティーC&S 1975年頃

写真1)は「ケレス #16 ゴールド」のティーC&Sです。オリジ
ナルが作られたのは1910~14年頃ですが、KPMベルリンの
傑作シリーズとして現在でも非常に有名です。


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写真2)テオ・シュムツ=バウディス 

写真2)は1908年頃にKPMベルリンの工房で撮影されたバウ
ディスです。彼は1859年生まれ、ミュンヘンで絵画を学び、デン
マークで陶芸の技術を学びました。バウディスは1900年のパリ
万博でその個性的な作品が認められ、大きな成功を収めます。
この功績により、プロイセンの商工省はKPMベルリンに彼を招
聘し、1908年にはアートディレクターの地位につきます。


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写真3)日本趣味の衣装のバウディス

ユーゲントシュティール時代の多くの芸術家がそうであった
ように、バウディスもまた日本の文化芸術に多くの影響を
受けた一人でした。写真3)は1890年頃に撮られたものです
が、この時代ドイツにも所謂「ジャポニズム」が大流行してい
ました。


バウディスはKPMベルリンで多くの作品を作りますが、その
最高傑作が「ケレス」です。

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写真4)「ケレス」 #17多彩色

「ケレス」はギリシャ・ローマ神話に登場する女神で、大地の
収穫や豊饒の擬人像です。サービスのレリーフは果物や穀物
をかたどっており、周囲の金彩は麦の穂をデザイン化していま
す。白磁の余白を充分に残し、ユーゲントシュティールらしい
まろやかな曲線は、それまでの歴史主義的様式とは、一線を
画す画期的なものでした。

特にティーC&Sにおける機能性は独特で、右にカップのハンドル
を位置すると、ソーサーの余白には小菓子を置けるようになって
います。


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写真5)「ケレス」 #16金彩

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写真6)「ケレス」#15グリーン 釉下彩


「ケレス」には、バウディスのオリジナルデザインとして3種類
が存在します。写真4)の多色と写真5)金彩、そして写真6)
の釉下彩のグリーンです。

当時、KPMベルリンでは、白磁も販売していたため、非常に
多くの外絵(KPM以外で絵付けされたもの)が存在します。
私も「ケレス」のオレンジ色や赤色のものを見たことがありま
すが、これらはKPMのオリジナルではないと考えています。

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写真7)バウディスのイニシャルとマーク

写真7)は1910年前後のバックスタンプですが、釉下彩のグ
リーンでTSBとあるのがテオ・シュムツ=バウディスのイニシ
ャルです。1910年前後のオリジナルの彼の作品には、この
TSBが入ることが多いです。1902年から使われていましたが、
現在では使われていません。

左の宝珠の朱色のマークは、絵付けがKPMベルリンで行わ
れたという証であり、外絵付けの作品には、このマークを使う
事ができません。

染付けの錫杖のマークは、白磁がKPMで作られて事を意味
しています。外絵付けの作品にもこのマークは入っています。

鉄十字(ナチスの鍵十字とは別のもの)はドイツを象徴する
マークで、KPMでは1914年から18年まで、第一次世界大戦
にかけて使われたマークです。


個人的に、バウディスはユーゲントシュティール時代の磁器
芸術家として最も好きな人物です。彼が釉下彩で作った風景
画などは、雲と大地をだけ描いた非常にシンプルな作品で、
ジャポニズムやユーゲントなどの様式など超越して、すでに
わび・さびや無の境地に達しているとさえ感じます。
こうした作品はまたご紹介するつもりです。



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2018年07月29日

暑中お見舞い申し上げます    マイセン フィギュア 「波」 パテ・シュール・パテ

暑中お見舞い申し上げます。

東京では台風一過の晴天で、入道雲がもくもくと湧いた夏らしい
お天気です。酷暑、猛暑といわれていますが、体調管理が大変
ですね。

さて、今回は涼しげなフィギュアを紹介しましょう。

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写真1)マイセン フィギュア 「波」 1898年頃

マイセンのユーゲントシュティール初期のフィギュアです。作者
はコンラッド・ヘンチェルです。マイセン、ユーゲントシュティール
研究の第一人者であるヨハネス・ユーストは、パウル・ヘルミッヒ
の作であるとしていますが、近年の研究ではコンラッド・ヘンチェ
ルの作であると確定されているようです。

青い水に白い波、ここに「水の精」が表現されていますが、本作
はアンダーグレーズ(釉下彩)の技法で作られています。波の白
い部分はパテ・シュール・パテのテクニックですね。


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写真2) 同上 波の部分のクローズアップ

青い地色の上に波の白さが繊細に描かれていますが、この部分
がパテ・シュール・パテです。よく観察すると、ブルーの海の色が
白い泡の下に透けて、非常にリアルです。波頭が崩れかかって
いる表現などは、当時ヨーロッパで人気のあった北斎の「神奈川
沖浪裏」を彷彿させませんか。もちろん、コンラッド・ヘンチェルが
北斎を見ていたかどうかは分かりませんが、日本の浮世絵の視点
をとても上手く消化していると思います。


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写真3) 同上 人物のクローズアップ

波の中の少女は、水の精=フェアリーであるとされます。あるいは
人魚=マーメイドであるという人もいます。コンラッド・ヘンチェルと
いえば子供のフィギュアのシリーズで有名ですが、本作はこれを
作る前の作品です。ヘンチェルとしては初期の作品ですが、本作に
おける人物は、どこか子供のシリーズと共通している部分があると
思います。 指の表現も見事です。


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写真4) マイセン 1914年の公式カタログより

マイセンの1914年の公式カタログにも掲載されています。モデル
ナンバーはQ169です。ユーゲントシュティール時代のフィギュア
には、同じ作品の幾つかのバージョンが存在し、本モデルにもより
デコラティブに蓮の花が描かれたものなどがあります。この時代は、
芸術家が試行錯誤しながら実験的に作品を作っていました。当然
のように、これらの作品は多くの利益を生まず、ユーゲントシュティ
ールの衰退とともに忘れられていきます。


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写真5) 同作品 裏面のマーク

最後にマークをお見せします。ボタン剣のマークの下には、モデル
ナンバーが刻印されています。その下の4は成型師に番号です。


少し涼しい感じになりましたでしょうか。
どうぞ、健康に留意し、元気で猛暑を乗り切って下さい。



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