2010年09月

2010年09月18日

マイセン 訪独 その7 ドレスデン 日本宮殿

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写真1)「ケンドラーによるマイセン磁器の収蔵品」 
     J.L.シュポンゼル著  1900年

マイセン開窯200年を記念して1910年に出版されたK・ベル
リンクの著書は皆様ご存知と思います。これはマイセンの歴史
を表した本として画期的なものでしたが、実はこれに先立つ
1900年にマイセン磁器は大規模な学術調査の対象になって
います。この時、ベルリンクとともにマイセン磁器を調査したのが
J.L.シュポンゼルです。
シュポンゼルは、ケンドラーと日本宮殿に関して調査し、一冊の
本を書いていますが、これが上の写真の本です。
日本宮殿についての詳細な記述がある貴重な本です。今回は
本書のごく一部を紹介しながら、日本宮殿の夢を想像してみま
しょう。

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写真2) 1719年頃のビュッフェサロン  オランダ宮殿

アウグスト二世王はオランダ宮を買い取ると、すぐに改装を
始めます。先ず着手したのが、内装を徹底的に「東洋趣味」
に変えることでした。写真は1719年頃のスケッチですが、
すでに多数の磁器製と思われるベースが見えます。もちろん
この頃はマイセンは未だ量産に至っていないので、東洋製
のものでしょう。この頃から「日本宮殿」の名で呼ばれるように
なりますが、まだ、西洋的な要素も残っています。


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写真2) 日本宮殿の設計図  計画  上述書より

さらに本来コの字型であった建物をロの字型に増築します。
もちろん、磁器の展示場所を増やすためで、この中はいくつ
もの小部屋に分割されてます。これらの部屋はそれぞれ
テーマを与えらて、その主題にそった磁器作品が展示される
予定でした。例えば「黄色と金」「コバルトブルー」「紫」「青緑」
といった具合です。その他に礼拝堂や鐘楼、オルガンまでも
磁器でつくるという計画です。


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写真3)日本宮殿 ギャラリーの壁面  計画 上述書より

圧倒されるようなポーセリンキャビネットです。壁面に
びっしりと取り付けれれた磁器、磁器、磁器・・・
1735年頃に描かれた計画図ですが、この頃は、マイセン磁器
も量産体制に入っており、この図の中の磁器も多くがマイセン
製になる計画だったのでしょう。それにしても一部屋の壁面で
この量です。これが宮殿全体を覆うのです。一体幾つの磁器が
必要だったのでしょう。

この他にも多くの内装施設が磁器で作られる予定だったのは、
前述の通りです。そして日本宮殿の2階部分は、さらに驚くべき
ような計画があったのです。

アンティーク西洋陶磁器専門店 
               アンティーク アーカイヴ  東京 二子玉川
                 TEL-03-5717-3108
           ホームページはこちらです  
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2010年09月13日

マイセン 訪独 その6 ドレスデン日本宮殿


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写真1)19世紀中頃の日本宮殿  彩色銅版画 

今回もしつこく日本宮殿の話です。

写真1)は19世紀の日本宮殿です。アウグスト二世王の磁器宮殿
構想が頓挫すると、磁器は暗い倉庫に保管され、かわりに図書や
コインなどが収められました。実際に19世紀には図書館として使
われていたこともあるようです。
写真の銅版画でも見られるように、日本宮殿の隣は今でも公園に
なっており、対岸の旧市街を展望できる絶好のビューポイントです。


今回の訪独で、ドレスデンで日本宮殿をまのあたりにし、アウ
グスト二世王の磁器の宮殿構想を現在の日本に当てはめたらと
妄想しました。

当店のお客様の中にもご自宅の一室にコレクションルームを
持ち、まるで美術館のように展示していらっしゃる方もいます。
また実際に個人美術館として公開しているコレクターや企業
もあります。これはすごい事ですが、まだ「磁器の間」のレベル
でしょう。建物全体を磁器の宮殿にするというのですから、今で
言えば高層マンション全体を磁器美術館にしてしまうようなもの
です。
例えば、ITで大儲けしたフィギュアオタクが、国から強引に国立
新美術館を買い取り、そこに全てアニメのフィギュアを展示する。
目玉はゴジラの等身大フィギュア、などという例えはどうでしょう。
もちろん冗談ですが、日本宮殿の構想はこうしたレベルだった
のかもしれません。


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写真2)東洋人の柱像  日本宮殿中庭より 

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写真3)同 柱像 日本宮殿中庭 1733~34年
J.Ch.キルヒナー (J.G.キルヒナーとは別人と思います)

現在の日本宮殿にも東洋趣味は色濃くみられます。
写真は中庭の柱像ですが、マイセン磁器のフィギュアにも
似たような意匠があります。また建物のファサードにも東洋を
モチーフにしたレリーフがあります。建物の屋根の曲線も、東洋
の建築を強く意識したものと言われますが、そういえは寺社の
屋根と似ているような気もします。

しかし、その外観から「磁器の宮殿」を想像することは、もはや
難しい。前回のブログで少し触れましたが、資料によって何とか
磁器の宮殿を思い描いてみようと思います。
(ブログとはいえ、公開するのにいい加減な事は書けないので
現在ちょっと下調べ中です)

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2010年09月10日

マイセン 訪独 その5 ドレスデン日本宮殿


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写真1)ドレスデン 日本宮殿 全景

前回は、ドレスデン日本宮殿で行なわれた展覧会「青い剣
の勝利」について書きました。この展覧会は撮影禁止だった
ため、このブログで具体的に内容をお伝えする事ができませ
んでした。普通ならここで終わりなのですが、「マイセンオタク」
のブログは終わらないのですね。

今回は日本宮殿についてお話しようと思います。

もともとこの建物はフレミング伯ハインリヒが建てたオランダ
宮殿でした。アウグストⅡ世王はこれを竣工直後強引に手に
入れてしまいます。息子の結婚のためというのがその理由
でした。王は早速宮殿を自分好みに改装し始めます。その
内装が東洋趣味であったため、「日本宮殿」と呼ばれるように
なります。

盛大な結婚式が終わり、1721年頃よりツヴィンガー城に保存
されていた磁器コレクションの一部が日本宮殿に移されてきま
す。この時期マイセン工場で磁器の製造が本格的に始ります。
すると王はここを恒久的な磁器展示施設にしようと考えます。
そのために当代きっての建築家に大改装を命じ、マイセン工場
にはすさまじい注文の命を発すのです。
しかし、王の死去によってこの計画は実現することなく終わりま
す。息子のアウグスト三世は磁器に関心を抱かなかったのです。

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写真2)「君主の行進」のアウグスト王と王子      
     ちょっとハンサムすぎ?

ここまでは皆様よくご存知のストーリーかもしれません。
しかし、今回の旅で日本宮殿の大きさを改めて認識しました。
「でかい!ここが全部磁器の館に・・・・」というのが実感です。
ちょっとよく考えてみると、「磁器の部屋」ということなら、大小は
別にしてあちこちにあります。ベルリンのシャルロッテンブルグ
城のポーセリンキャビネットは有名です。これだけでもすごいの
ですが、宮殿全体というとこれらとはスケールが全く違います。

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写真3)ベルリン シャルロッテンブルグ城の磁器の間

さらに言うなら、アウグスト二世王の日本宮殿構想は、磁器を
テーマにした「美術館 博物館」のそのものです。19世紀になると
「博物館の時代」と呼ばれるほどあちこちに博物館が出来ますが、
王の構想はそれより100年以上に前ということになります。
アウグスト王の磁器への情熱は本当にすさまじいものだったの
でしょう。

この未完の構想を、現代の私たちがなんとか垣間見る事ができ
ないものでしょうか?日本宮が王の思い通りに完成していたら
一体どんな姿を私たちに見せてくれたのでしょう?

実は、そのヒントになる資料が、1900年出版の本の中にあるの
です。 

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2010年09月09日

マイセン訪独 その4 ドレスデン 「青い剣の勝利」


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写真1)日本宮殿   ドレスデン新市街

今回は、ドレスデンの日本宮殿とそこで行なわれたマイセン磁器
の展覧会についてお話しましょう。

マイセン磁器の歴史に関心をお持ちの方なら、アウグスト王と
日本宮殿についてご存知と思います。熱狂的な磁器コレクターで
あったアウグストⅡ世が、自分のコレクションを展示し日本という
名をつけたあの宮殿です。マイセンファンにとっては欠かせない
場所なのですが、これが評判が悪いのですね。普段は自然史
博物館として開館しているのですが、特別展以外はほとんど見る
べき展示物もなく、館内はいつもガラガラしているそうです。
日本人の観光客が「日本宮」の名に興味を持って訪れても、ほとんど
失望して帰ってきます。「いったい、どこが日本なの・・?」という感じです。
かく言う私も館内に入った事はありませんでした。

ところが、今回はここでマイセン磁器の特別展が行なわれるといい
ます。さすが開窯300年記念の年です。アウグストⅡ世王ゆかりの
場所でマイセン磁器の展覧会、しかもこの内容がすごいという
前評判でした。これは見逃せません。今回の訪独の大きな目的で
した。

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写真2)「青い剣の勝利」  於 ドレスデン日本宮

期待しながら日本宮殿を訪れてみると、なるほどマイセンの剣マーク
の垂れ幕が正面の入り口にかかっています。またドレスデンの街
のあちこちにこの展覧会のポスターが掲げてあるので、市をあげて
力をいれているのでしょう。
展覧会の正式なタイトルは

      「マイセン磁器工場300年を記念して
                 青い剣の勝利 
      貴族そして市民のためのマイセン磁器 1710~1815」

とあります。
なるほど、当初は貴族の独占物であったマイセン磁器が次第に
市民層にも普及してゆくというくらいの意味でしょうか。それが今
では世界に冠たるブランドに名なっているのですから「青い剣の
勝利」といってもよいでしょう。

早速チケットを買って入場しようとすると、私を見て熊のような
ガードマンのおじさんが近づいてきました。きっとカメラをみたの
でしょう。

「はいはい、ここは撮影厳禁だからね。カメラはだめだよ。そっち
にコインロッカーがあるから、そこに入れて。ついでにそのリュック
も入れてしまいなさいよ、見学するのに楽だろ。はい、1ユーロ
出して、大丈夫大丈夫、お金は後から戻ってくるから。それじゃ
順路はこっちから、どうぞいってらっしゃい」

みたいなことをドイツ語でまくし立てられ(身振り手振りですが、
きっとほとんど間違っていないと思います)、唖然としている間に
見学と相成りました。写真が撮れないとブログになりません。普通
ドイツの美術館は写真に寛容なところも多く、原則撮影禁止でも
お金を払うとOKというところもあります。後で、フロントで再確認
したのですが、やはり撮影は一切だめとの事でした。残念・・

という事で、肝心の内容については写真をお見せできません。
しかし、本当に素晴らしい内容の展覧会でした。マイセン開窯から
マルコリーニ期までの展示ですが、どれをとっても作品の質が
高い!色々なところから最高品質の作品を集めてきたようで、
他の美術館や個人からの出品もあるようです。ツヴィンガー磁器
蒐集館からも最高のものがこちらに展示してありました。
本当に見応えがありました。

展示の最後の部屋は、それまでの重厚な雰囲気とは全く異なり、
近未来といえるような前衛的なインテリアで、「今」のマイセンが展示
してありました。絵付けのないシンプルなデザインの食器、磁器を
使ったジュエリー、タイルなどのインテリア、これらは今までのマイ
センにはなかったものです。新しいものを頭から否定する気はあり
ません。しかし、マイセンは間違いなく新たな道を進み始めたようで
す。100年後、マイセン開窯400年の時、一体どういう評価をされる
のでしょうか。

日本宮についてのお話は、次回に廻しましょう。

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2010年09月04日

マイセン 訪独 その3 ドレスデン


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写真1)マイセン C&S 「ネームドビュー 名勝風景」1870年頃

前回に続いて、ドレスデンのお話をしましょう。
本ブログの読者なら、マイセンの「ネームドビュー」という絵付けを
ご存知でしょう。別名「地理学のウェア」ともいい、実在する風景を
地理学的に正確に描いた絵付けです。想像上の理想的な風景図
は18世紀から描かれていましたが、「ネームドビュー」は19世紀
のドイツロマン派の風景画などの影響によって完成された装飾と
されています。


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写真2) 同上作品の絵付けのクローズアップ

写真2)は上の「ネームドビュー」の絵付けを拡大したものです。
このカップを最初に見たとき、とても感動しました。この場所は私に
とって思い出深いところです。何度も訪れていますが、その時々の
思い出が甦ってきました。

ここはドレスデンの「ブリュールのテラス」の階段の上です。階段を
降りると、すぐ右手が新市街に通じる「アウグスト橋」です。
この光景はもちろんこのカップの作られた1870年位のものでしょう。
橋には馬車、河には汽船が見えます。遠くのマリエン橋のアーチ型
も美しい。当時のドレスデンの賑わいが、とても上手く表現されてい
ます。「ネームドビュー」の絵付けは所謂絵葉書的な均整のとれた
構図のものが多いのですが、この絵付けはスナップ写真のようです。
「ネームドビュー」にはこんな絵付けもあるんですね。


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写真3)ブリュールのテラスの階段の上からエルベ河を望む

という訳で、同じアングルから写真をとってみました。
いかがですか? 階段の下にある彫刻や、手すりの向こうの石組み
等を比べて見てください。もちろん建物等多少の変化はあるものの、
基本的な風景は19世紀と変わっていません。これはすごい事だと
思います。ドレスデンは第二次大戦で焦土と化していますが、当時
と変えないように街づくりをしています。日本だったら、きっとあちこち
ビルだらけでしょうね。

マイセンの「ネームドビュー」がいかに正確な描写であるか、また
ドレスデンがいかに昔と変わっていないか、この二つの事にとても
感動してしまいました。今回の訪独の収穫のひとつです。

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