終極無間

  • author: driftingclouds
  • 2005年05月01日

無間道3


さて、もちろん『終極無間』見ましたよ、それも2回。既に輸入版DVDで鑑賞済だったけれど、入り組んだ構成故によく理解できてなかった部分もあったので、これでやっとすっきりしたわ。
やはり、これ単独の作品としてはけっこうつらい出来、だよなぁと思う。
「指輪物語」のように元々長い物語を3つに分けたわけではなく、1作目の大ヒットを受けての後づけなので、整合性の無い描写も散見するし、それでも単独作としてかなりよく出来ていた「無間序曲」とは逆に、本作だけ観たのではさっぱり意味が判らないというのも問題かも。
実際、前の2作を観ずに来たらしい客が「全然わからない」と言ってたのを聞いたしね。

もし状況が違えば、そうなりたかった自分だったヤン(梁朝偉 トニー・レオン)を死なせてしまったラウ(劉徳華 アンディ・ラウ)
全ての罪を同じサムのスパイだったラム(1では大B)になすりつけ、責任追及は逃れたものの、妻のマリーは彼のもとを去っていった。
内務調査課に戻ったラウの前に保安部の切れ者ヨン(黎明 レオン・ライ)が現れる。彼はサム(曾志偉 エリック・ツァン)とも大陸の影の大物シェン(陳道明 チェン・ダオミン)とも何か関係があったらしい…
映画は現在のラウと、ヤンが死ぬ前の出来事を交錯させながら描いていく。

1と2を通してほとんどの登場人物たちは悪人であれ、善人(とはいっても誰もが何らかの罪を背負っているのですが)であれ、自分の行為が引き起こした結果を引き受け、それぞれに「おとしまえ」をつけています。
ただ一人ラウを除いて…

このシリーズにはキーワードになる台詞というのがいくつかあって、たとえば1の「俺は警官だ(我係差人)」とか、2の「世に出たものはいつか消え去る(出来[足包]、無論做過什麼遅早要還)」など、なかでも「俺は警官だ」というのはシリーズ通してのキーワードといってもいい。
そして3では「運命は人を変えるが、人は運命を変えられない。(事情改變人、人改變不了事情)」というのが何度か登場する。(実を言うとこの訳はちょっとしっくりしない。「状況は人を変えるが、人は状況を変えられない」ぐらいの方がいいのでは。ちなみに英語字幕では「事情」には「event」が使われている)という言葉が何度か使われます。
でも、ラウに関して言えば彼が運命を変えるチャンスは何度もあったはず、なのに自分のした事に正面から向き合う事をせず、「善人になる」ために手段を選ばなかった。
そうやって、なりふりかまわず「善人」になろうとして壊れてしまったラウは哀れな男と思うけど、それは彼が自分で選んだ道なのだから同情は出来ませんね。(これはアンディ自身もインタビューで同じことを言っていて、まさにそのように演じていたと思う。まあ、脚本段階で彼が口を出しているのだから当然か)
3作通してみればこれはラウが「無間道」へと堕ちていく物語だった…それがはっきりするのが本作だと言えるでしょう。

ヤンとリー先生のラブコメ(?)については、これはかなりの部分がラウの妄想だったと考えるのが妥当なのでは?
サムがあそこまで冷酷な人物になっている理由はわかりません(2からの続きと考えれば納得いくけど、1とは乖離し過ぎ)
ヨンの役は後付けの設定がちょっと弱いなぁと思うのですが、黎明の好演(正直、いままで演技者としてのりよんさんは、表情が乏しくて面白みに欠けると思っていたのですが「ゴーイング・ホーム」そして、本作とそれが逆に生きてくるような役選びで成功していると思う)もあり、印象的な役になりました。ただ、これだと1で黄警部が死んだ時「これで自分が潜入だと知るものがいなくなった」というヤンの気持ちが「?』になってしまうのですがね。
それと比べるとシェンの役割がちょっと不明…これは大陸の資本無しでは作品を作る事が困難になった香港映画界を象徴している…のでしょうか?
演じている陳道明さんはもの凄〜くカッコ良かったのですが。

正直ここまで複雑な作りにする必要があったのかとも思いますが、まずはシリーズの締めくくりにふさわしい作品だと言えるでしょう。

今回判明した衝撃の事実、シリーズ通しての一番の悪人は実はリー先生(陳慧琳 ケリー・チャン)だった!
あんただけ友達に話して楽になってどうするよ!?

あと他に気がついた事、メモメモ。
最初にヨンに追いつめられて自殺するチャンを演っているのは、李子雄(レイ・チーホン)
自分の執務室にこもって保安部を監視するラウに「サムとシェンとヨンが取引するぞ」と告げる電話の声(幻聴)はヤンの声だった。
シェンが最後にヤンの墓の前でリー先生に会うとこだけ髭が無い。なぜ?(ってたぶんあとから撮ったからだろうけど)
はっきりとは指摘できないけれど、香港版(加長版)と編集の違うところがあった気がする。
初めて字幕付きで見た主題歌『自作自受(自業自得の意)』の歌詞があんな意味だったとは(作詞はアンディ・ラウ)
黄Sir(黄秋生 アンソニー・ウォン)が紙おむつを選ぶ姿にウケる<それは気がついた事じゃないだろ
ネタバレラスト、生き残ったラウが指で送り続けるモールス信号は、一説によれば「マリー、許してくれ」と言っているのだそう。(真偽は不明)
だとしたら、そのマリーとはいったいどっちのマリーなんだろう…


なんにせよ、結局はこのシリーズが私のすっかり冷めていた香港映画への興味を再びかきたてる…(というより前よりもどっぷり浸かってるさ、ああそうさ。私がその前に一番香港映画を観ていたのは80年代のジャッキー、サモハン、ユンピョウの時代だし)きっかけになったのは間違いないわけで、思い入れのある作品になりました。
公開間隔がやたら長かったおかげで長期にわたって楽しめたともいえるし、ね?コムストックさん<ちょっと嫌み

※セリフに中国語がついているのは、主に自分の勉強のためでつ。。

マリクレール

ここに足りないのはラウちんと林雪ぐらいかのう…?

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やっと見ました「終極無限」

 「無間道(インファナル・アフェア)〓 終極無限」をやっと劇場で見た。本当は連休

  • [ きたきつねの穴 ] 2005年05月07日 01:59

インファナル・アフェア3 終極無間

予告通り?初日に突撃してきました。しかし。新宿東急、スクリーン暗いよ。 座席も以前のままで今時ドリンクホルダもないし、もうちょっとやる気見せてくれ。 さて。 インファナル・アフェア2が「無間序曲」という邦題通りこの物語の始まりを描く物だった のに対して

  • [ えろぶろ at Excite ] 2005年05月13日 12:50

この記事へのコメント

おお!詳しい解説とっても参考になります。
なにせ1回目を見たときは筋を追うのに必死でその他の部分を見る余裕が全くなかったんですよー。
電話の声(幻聴)はヤンなんですね。
その他、次回二回目観に行くときはここに書かれてること心にしっかりメモして挑みたいとおもいます。楽しみが増えました。うれしいなあ。ありがとうございます〜。

1. Posted by hachi 2005年05月02日 21:37

私も電話の声に気がついたのは2回目だったんですよ〜
観れば観るほど気になる部分が増えたりしちゃうんですよね。
まんまと術中にはまってるというかなんというか…

2. Posted by KEI 2005年05月04日 01:34

こんばんは。私もやっと劇場で見てきました。
いやー面白かった。
この写真、KEIさんも使われているのですね。
実は私もあるところで拾いました。…うっとり。
トラックバックさせてくださいね。

3. Posted by きたきつね 2005年05月07日 01:47

はじめまして、トラックバックさせて頂きました。
ネタバレの箇所に書かれている事を見てびっくり。
哀しすぎますね。どっちにしても・・・

この作品で一番好きな所は、刑事3人が笑いあう所と
トニーのニマニマ顔です。あんたキャラ違ってますやん、
みたいな感じでおかしかった。

3作が色んな顔を持ち、色んな楽しみ方ができる
映画でしたよねぇ。

4. Posted by Gun0826 2005年05月13日 12:53

Gun0826さん、はじめまして

私もあの3人のシーン好きです。あとシェンとヨンの屋上のシーンも。
トニーはホントにキャラ変わってますよね〜、おいおいとつっこみたくなります。
特にそのせんべいはいったいどこに隠していたんだ?…と。

これだけ見る人によっていろんな見方の出来るシリーズはそうそう無い、それだけでも凄い事だと思います。

5. Posted by KEI 2005年05月15日 00:51

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