ブロークバック・マウンテン

  • author: driftingclouds
  • 2006年04月04日

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監督:李安(アン・リー) 2005年 アメリカ

これは失われていくイノセンスと、思うように生きられない人生についての物語。

あの夏の日、人里離れた美しい山で育まれた愛を見守っていたのは豊かな自然だけだった。
彼らは無邪気で、自分の感情に戸惑いつつも、素直にそれに従う事が出来た。
だが、山を下りた彼らに待っていたのは根深い偏見と、世間の目、何よりもこうあらねばならないという自分自身が心にはめた枷。

私たちは多かれ少なかれ彼らと同じく、こうあらねばという社会の規範に自分を当てはめて生きている。
本当に思うままに生きられる人などいないだろう。
だから、彼らが同性愛だとかそうでないとかそんな事はどうでもいい事なのだ。

ブロークバック・マウンテンとはそんな彼らの幸福だった日々の象徴である。
日々失われていくイノセンスを自覚しながら、なんとか人生と折り合いを付けようともがき続け、いたずらに過ぎ去っていく歳月に疲れ果てた彼らの唯一の宝物。

丸い頬の純朴な田舎娘や、溌剌としたテキサス娘の上にも人生の澱は刻まれていく、彼女たちが望んだものはごくごく平凡な幸せだったはずなのに。

自分を偽り続ければいつしかそれは真実になると思うのは間違いだ。そうやって失ったものの大きさに気づいてももう遅い。
だけど、気づいていてもどうにもならないという事もあるのだ。だから人間とは哀しいのである。

この先はラストについて触れています。

ラスト近く、トレーラーハウスに暮らすイニスの元へ娘が尋ねてくるエピソードがある。
実は最初に観た時、このシーンの意味がよくわからなかった。しかもここは原作(私は未読)にはなく、脚本家の創作だという。
しかし、2度目に観て、わざわざこのシーンがラストの前に置かれている意味がやっとわかったような気がするのだ。

以下は私の勝手な解釈である。たぶん人によって受け止め方は違うだろうから一つの説として読んでもらいたい。

娘は結婚することを告げ、イニスにも式に出席してくれるように頼む。それに対してイニスは仕事を理由に断ろうとするのだが、しばらく考えたあと「いや、やっぱり出席することにするよ、大切な娘の結婚式だからな」と言う。
彼はそれまでの人生を社会の規範と常識に囚われて生きてきた。いや、囚われてというよりそこへ逃げ込んでいた、と言うべきだろう。
それは子供のころに父親から与えられた恐怖のせいかもしれないが、だとしても、その頑さが周りの人や自分自身でさえも不幸にしてきたという事実がある。
しかし、ここで彼は逃げるのをやめようと思ったのではないか。
もし、この仕事を断れば、彼は職を失うかもしれない。もう若くなく、今でもぎりぎりの暮らしをしている彼にとってそれは死活問題だろう。
それでも、彼は娘を選ぶ。かつて、永遠に失うことになった大切なものを手放さないために。
娘が帰ったあと、クローゼットに掛けられた二人の思い出のシャツに口づけをして『Jack,I Swear(ジャック、僕は誓う)』とイニスが言うラストシーン。
一体、彼は何を誓ったのだろう?

それは、彼がこれまでの二人の愛とそれによって背負った重荷を引き受けて生きていくこと、そして、自分の心を偽らずに生きていくことへの誓いだったのではないか。

それが大切な人を失って初めて彼が気づいた人生の真実。その意味はとてつもなく重い。

ここへどういう字幕をつけるかはとても難しいことだと思うけど、日本語字幕の『ずっと一緒だよ』にはちょっと違和感が…
素直に『僕は誓うよ』だけで良かった気がする。観た人の数だけその意味はあるはずだから。

アン・リーのどこまでも静謐で、行間の多い演出がこの映画に語り尽くせない深みを与えている。

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この記事へのコメント

今日やっと見に行ったので、「続きを読む」を読ませていただきました。
最後の最後で、仕事より娘を選んでくれて、ホッとしましたよ。仕事を理由に奥さんの勤務先に子供置いて行ったりしてたもんね。
ゲイに関わらず、家族のことより仕事や男同士の付合いに逃げ込むなんて、世の旦那様たちは殆どそうでしょうから、身につまされた奥様方も大勢いらっしゃることでしょう。

1. Posted by KIKI 2006年04月25日 18:00

KIKIさん
たしかに、自分の旦那があんな人だったらタマランと思います。(ゲイだとかじゃなくても)
でも、離婚したばかりの時にジャックが喜んでやってきたら、娘たちと一緒に過ごしたいんだって追い返したりしましたよね、どっちなんじゃい!と言いたくなりますよ、まったく。
そういう人が言った“誓い”だから意味があるのかと。

2. Posted by KEI 2006年04月26日 01:15

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