楽日

  • author: driftingclouds
  • 2006年09月19日

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不散
監督・脚本:蔡明亮(ツァイ・ミンリャン) 2003年 台湾

子供の頃、家業の取引先の中に映画館があり、よくそこのおじさんに裏の機械室の方から映画館に入れてもらっていた。
むき出しのパイプやら機械やらがところ狭しと置かれた、うねうねと曲がりくねった暗くて狭い通路を抜けていくのは子供心にちょっと恐ろしく、でもワクワクするような体験だった。
その映画館は、実は今も存在している。
かなり老朽化しており、最近では足を踏み入れることは滅多に無くなってしまったけれど、そこの前を通るといつもその時のことを思い出す。

この映画を見ながら、その時のことや今はもう無くなってしまった映画館たちのことを考えていた。

以下、ネタバレと言えばネタバレかも。


主人公は今日を持って閉館する映画館そのもの。
そこはかつての面影は無く、どうやらゲイのハッテン場と化してしまっているようだ。
最後の上映作品は、胡金銓(キン・フー)の名作『龍門客棧』。昔は場内を満員にしたこの作品も観るものはほとんどいない。
外は土砂降りの雨で、老朽化した映画館はあちこち雨漏りがしている。
足の悪い場内係の女(陳湘[王其]/チェン・シェンチー)は、最後だからと特別何かするでも無く、足を引きずりながら掃除をしたり、映写係の男(李康生/リー・カンション)に饅頭を届けにいったりする。
どうやら彼女はこの男に思いを寄せているらしいが、はっきりとはわからない。
迷い込んできた日本人の青年(三田村恭伸)も、映画を見るでもなくうろうろと、まるで迷宮巡りでもするかのように歩き回る。
他の登場人物たちは、生きている人間というよりは映画館に棲む亡霊のようにも見え、記憶の残滓のように現れては消え、あるいは彷徨っている。

そんな様子を映画は永遠とも思える長回しを使って(いったい、どれほど少ないカット数なのか数えてみたい…)じっくりと映し出す。
そして、上映が終わり、照明がついて誰もいなくなった客席を5分以上に渡って無音のまま映したショット…ここはヴェネチアでも物議をかもしたシーンらしいが、私は不思議とそれほど長くは感じなかった。
逆に、映画館への哀惜を込めたショットにしては短すぎるではないか、と思ったくらいである。
たぶん、映画館という場所に対してどれほど思い入れがあるかによって感じ方も違うのでしょうね。

その後、映画を観ていた老人二人(『龍門客棧』に出演していた苗天(ミャオ・ティエン)、石雋(シー・チュン)本人)が挨拶を交わし去った後、場内係の女と映写技師も雨の中を去っていく。

私たちは映画館を捨ててどこへ向かおうとしているのだろう…

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