迷子

  • author: driftingclouds
  • 2006年09月22日

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不見
監督・脚本:李康生(リー・カンション) 製作:蔡明亮(ツァイ・ミンリャン) 2003年 台湾

原題は先日の『不散(楽日)』と合わせて『不見不散』”必ず再び会いましょう”という意味の言葉になるのだそうです。
二本は一見繋がりの無い物語に見えますが、実はあるところで繋がっているというつくりになっています。
蔡明亮の公私にわたるパートナー、李康生の初監督作品。

迷子になった孫を捜すおばあさん(陸奔静/ルー・イーチン)の話と、学校をサボりネットカフェに入り浸っている少年(張捷/チャン・チュア)とボケ気味の祖父(苗天/ミャオ・ティエン)の話が平行して描かれる。

もっと蔡明亮的な映画を想像していたのだけど、長回しなんかに影響は見られるものの、それほどどっぷりというわけでもなかった。

陸奔静演じるおばあさんがとにかく凄くて、半狂乱になりながら公園の人に聞いてまわるだけじゃなく、通りがかった青年のバイクに無理矢理乗り込み(急いでるんだ、と言いながら結局つき合ってしまう人のいい兄ちゃんだw)北京ダックの店では強引な割り込みをし、死んだ夫の墓には潜り込む…(どうも参拝時間が過ぎていたらしく正面からは入れない)、大根モチ売り(でいいのだろうか?)のトラックの運ちゃんまで巻き込み…
とパワフルかつ、おいおいと言ってしまうような行動に呆れつつもなぜか憎めない気がするのは、彼女を突き放して見ているのではなく、愛情を込めて見つめているからなのだろう。

蔡明亮の映画とはそれほど似ていない、と書いたけど一つだけ『不散』と良く似ていると思ったところがあった。
それは映画の中で登場人物たちはひどく孤独、なのだけど見終わった感触がなぜか温かいと感じるところ。
どういうことなのか、上手く説明出来ないんだけど…

この映画での発見。
香港でもよく女子トイレで便座の上がった状態に遭遇するが、その際のトイレの使い方が解明された!

という戯れ言はさておき…
どういう風に『不散』と繋がっているのかというのはネタバレになるので…

ラスト、苗天は陸奔静の孫とおぼしき幼児を連れている。
よく見るとその子は『不散』の映画館で苗天が連れていた子供と同じ子のようだ。
つまり、おばあさんが探しまわっている間、二人は映画館で映画を観ていたということになるらしい。

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