太陽

  • author: driftingclouds
  • 2006年10月06日

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SOLENTSE
監督:アレクサンドル・ソクーロフ 2005年 ロシア=イタリア=フランス=スイス

初日に行こうとしてシネパトスにあり得ないくらいの人が並んでいるのを見て断念して以来1ヶ月、やっと見ました。

まず誤解してはいけないのは、これはドキュメンタリーでもなんでもないということですね。
ソクーロフが頭の中にある、孤独な男の物語。それが実在のあの方をモデルにしているからといって、史実と違う!などというのは野暮の骨頂というものでございます。

とはいえ、イッセー尾形演じるところの男は、やはり私たちの記憶の中のあのお方に酷似しています。
ですから、どうしても事実と比べてみてしまうことは、日本人としてはしょうがないことだと思います。
もっとも、私の記憶では「あっ、そう」と言う時はもっと間延びして「あぁ、そう」という感じだったように思うのですが。
そして、ロシア人の目を通して描かれたあのお方の姿を見るのは、とても奇妙な感覚です。
あれこれと政治イデオロギーを語られる方々は、もっと言いたいことがあるのでしょうけれど、私は一人の人間を描いた作品として、面白く見ました。

つねに、私、であることが許されないという特殊な環境に置かれた人物の姿を、淡々と、時に苛立ちや苦悩を覗かせつつ、ある時はユーモアを交えて描かれるあの方の姿は、どことなく哀しげで滑稽でもありました。
映画の中でチャップリンと言われるのもむべなるかな。
たぶん、外国人からだからこそ、描けた姿なのでしょう。

あのお方は我々の無意識の意識の器として生きるべく存在し、戦後も、形こそ違えやはりそういう存在であり続けたのだと思われます。
”浮世離れ”という言葉だけでは表現出来ないものが、そこにはあるように思います。
あの方の「あ、そう」を聞く度に、日本人とは何かを考えさせられるのでございました。

なお、私が、あのお方と呼んでいるのは、検索ワードを辿って来られると面倒くさそうだから、というだけで別に他意はございません。
なぜか言葉も丁寧になってしまうのも、深い意味は無いのでございます。

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