素粒子

  • author: driftingclouds
  • 2007年04月15日

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Elementarteilchen
監督:オスカー・レーラー 2006 ドイツ

ヒッピーの母親に育児放棄され、愛情を知らずに育った異父兄弟のブルーノ(モーリッツ・ブライブトロイ)とミヒャエル(クリスティアン・ウルメン)。
小説家崩れの文学教師ブルーノは妻子がいながら満たされず、押さえられない性衝動に苦しみ、天才的な頭脳の持ち主であるミヒャエルはセックスに関心が持てず、単性生殖の研究に没頭する。
ブルーノはヒッピーキャンプでクリスティアーネ(マルティナ・ゲデック)という女性と出会い、ミヒャエルは故郷で幼なじみのアナベル(フランカ・ポテンテ)と再会し、ともに愛を見つけたかに思えたのだが…

原作はフランスのミシェル・ウエルベックの同名小説ですけど、そちらは未読。
映画はどちらかというとブルーノの方に比重が置かれていますが、原作ではミヒャエルの研究が成功してなんだかSFチックな方向へ話が発展していくのだそうで、にもかかわらず原作既読者がほぼ忠実な映画化だと言うのは、おそらく、両方ともが今現在に生きることの困難さを描いているからなのだろうと思います。

「幸福の形は一つだが、不幸は皆それぞれに不幸である」と言ったのは確かトルストイですが、確かに彼の時代には幸福の形は単純なものだったのかもしれません。
ですが、価値観の多様化した現代では幸福の形も皆それぞれであるはずなのではないでしょうか。
なのに、私たちはやはり幸福の形は一つだと思い込んでいる、いや思い込まされている、そこに私たちの不幸があると思うのです。

兄弟はそれぞれに愛する人との関係において重大な決断を迫られます。
それは端から見ればいわゆる“幸福”とはちょっと違う状態に身を置くこと。
そのとき彼らのとった決断とは…

異常に性欲にこだわるのも、セックスを忌避するのも、相手との関係を上手に築くことができないという点では同じこと。
とはいえ、もともと浮世離れしているミヒャエルよりも、通常の社会生活を送り、日々”幸福じゃなければ””愛情がなければ”という価値観に囚われているブルーノの方が問題は深刻だったのだろう。

ブルーノがとった行動は、そうしてしまう気持ちはすごく良く解る…けれどもそれは絶対にしちゃいけないことだった。
なぜなら彼女を傷つけるだけじゃなく自分をも破壊する行為だったから。
そうやって破壊されて…やっと彼は自分自身に気づく…
ラスト、彼は幸福なのか不幸なのは誰にも判らない…ただ、現実社会で上手く生きられなかった彼を見て、彼に深く共感してしまう自分を発見して、ちょっと苦しくなった。

時々、どうしようもなく心にコミットしてしまう映画というのに出会ってしまうのだけど、私にとってはこれはそういう映画だった。
好きか嫌いかと言われると答えに困るけど、忘れられない映画であることは確か。
原作も是非読んでみようと思う。

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『素粒子』

  • [ 千の天使がバスケットボールする ] 2007年04月15日 20:58

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