リトル・チルドレン

  • author: driftingclouds
  • 2007年08月13日

356
Little Children
監督:トッド・フィールド 2006 アメリカ

アメリカの良くある郊外の住宅地。
大学院まで進んだものの、それがキャリアとして花開くわけでもなく、平凡な主婦として退屈な日常に耐えているサラ(ケイト・ウィンスレット)と、かつてはフットボール選手としてプロムの花形だったものの、司法試験に三度も落ち、出来も稼ぎも良い妻(ジェニファー・コネリー)の元で肩身の狭い主夫&浪人生活を送るブラッド(パトリック・ウィルソン)
二人は互いの足りない何かを求めるかのように関係を持ち、深みにはまっていく。
一方、性犯罪者として服役していたロニー(ジャッキー・アール・ヘイリー)が仮釈放になり、街に住む母親の元で暮らしはじめ、元警官のラリー(ノア・エメリッヒ)は彼に執拗な嫌がらせを繰り返す…

子供の頃、私の今の年齢になったら、家庭があって、しっかりした社会生活を送る大人になっているはず…と、何の疑いも無しに思っていたものだった。
ところが、実際には年を食っただけでは大人になんかなれやしない、ということを身に沁みて考える今日この頃。
この映画の登場人物も、そんな大人になりきれない大人たち。

現状に満足出来ず、さりとて、思いきって何かに立ち向かうほどの勇気も持てないサラとブラッドは、お互いに溺れることで現実逃避しているだけ。
子供しか愛せないロニーには、母親の愛情が心に届かない。
過去の事件の後遺症で、街のはぐれものになっているラリーは、自分より更に立場の悪いものに対し嬉々として攻撃を繰り返す。

陳腐な不倫、懲りない犯罪者、チンケな差別主義者、本人たちは大真面目のつもりでも、端から見たらその言動はかなり滑稽。
あらすじには書いてないけど、サラの夫の行動も爆笑ものだ。
そりゃ、不倫に走りたくもなるかも。
滑稽で愚かしいけど、それが時として悲劇のタネともなる。
唯一の大人と言える人が犠牲になり、彼女が息子に宛てた言葉が胸を打つ。

そして、登場人物たちの物語が交錯するシーンの、あまりに馬鹿らしい行動と、悲痛な行動とが同居するクライマックスの後に訪れる奇妙な開放感。
淀みに淀んだ密閉された部屋に、とにもかくにも新しい空気が入って来た、とでもいったらいいのか。
そこへ持って行くまでの、画面の隅々まで、何気ないんだけど緊張感がみなぎる演出が見事。

だけど、たぶん問題は片付いちゃあいない。
またこの後も、鬱々とした日常との戦いはつづいていくのだ。それが大人になるってことなのかもしれない。

トラックバックURL

この記事のトラックバックURL

この記事にコメントする

名前
メール
URL
  • 情報を記憶:
  • 評価:

ページトップに戻る▲