ロスト・イン・トランスレーション

  • author: driftingclouds
  • 2004年08月16日

4月に観た映画の感想を今頃書いているわけですが…


異国でひとりってどういう気分なんだろう?と考えてみた。

先日のNYはひとりで行ったけれど、結局ひとりで過ごしたのはわずかな時間だったし、そのわずかな時間も貧乏性の私は忙しく動き回っていたので、寂しいと感じるヒマも余裕も無かったし。

もちろん、この映画のシャーロットとボブが「寂しい」と感じているのは異国にいるからというわけじゃないんだけど。

二人とも配偶者がいて、ボブの妻は海の向こうから「カーペットの色はどれがいい?」とか詰まんないことを聞いてくるし、シャーロットの夫に至っては同伴して来たくせに、忙しいと言ってほとんどかまってくれない(だけど、これは来る前にわかりそうなもんだけどな〜)
相手は同じ言葉を話すのに距離がある、実際の距離の何倍も遠く。
そして、こちらの感情なら私にも良くわかる、嫌というほど。

二人が共有するのはその距離感だ。
逃げるように街を彷徨い、馬鹿騒ぎをして…でも、「寂しい」と「寂しい」を足しても「寂しくない」にはならないんだよね。
二人はそれがわかっているから恋愛関係にはならない、ただ、この時間を共有し、それを胸に日常へ戻っていく。
その方が余計罪深い、ような気がしないでもないけどね。

ビル・マーレイがまったく持って素晴らしくて、上のようなことを感じたのもソフィアの演出というよりは、彼の演技のおかげだったような気がしないでもない。
ソフィアは雰囲気作りはあいかわらず上手いけど…

この映画があんなにも騒がれたのは、舞台になる異国というのが「東京」だったということなんだけど、それほど変だとは思わなかったなぁ、ただ、「パークハイアットに行くのになんで反対方向へ走ってるんだ?」とか、「その移動距離はどう考えてもおかしい」とか思ってしまうのは、ちょっと気分的に邪魔、な気がする。
あと、ここに出てくるようなオサレな空間は、私(東京生まれ東京育ち)にはまったく縁のない場所なので、その辺りは私にとっても異国のようでした。

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