インビクタス/負けざるものたち

  • author: driftingclouds
  • 2010年02月18日


Invictus
監督:クリント・イーストウッド

ども、お久しぶりです。
あんた、今年の目標は観たらすぐ書くだって言ってたじゃん、というツッコミが入りそうですが、だって、それは農歴新年だから!
恭喜發財!
そんなわけで、今年もよろしく(笑)

  1995年のラグビー・ワールドカップの実話の映画化。

 冒頭、整備されたグラウンドでラグビーの練習をしている白人たちが写る。
道路を隔てた空地ではサッカーをしている貧しい身なりの黒人たち。
その間の道路を、釈放されたネルソン・マンデラを乗せた車が通り過ぎていく。
興奮し、喜びの気勢を上げる黒人たちを苦い顔で見つめる白人たち…

 わずかなシーンに二つの人種の間に横たわる溝を浮き彫りにして映画は始まる。

 映画の中心にいるのはネルソン・マンデラその人だ。
 27年も獄に繋がれながら、自由を得て大統領になった彼がした最初のことは、彼をそんな目に遭わせた人々を“許す”ことだった。

 マンデラという人は、実に“人たらし”な人物だと思う。
 ボディガードの家族のことを気にかけ、秘書の服や髪型を褒め…そんな細やかな気配りや、休む間もなく働く姿に、彼の周囲にいる人々はいつの間にか彼の考えに共鳴していってしまう。
ただ、彼の家族だけにはそれが通じなかったらしい、というのは皮肉だけれど。

 大統領に就任したマンデラはスプリングボクスの主将フランソワ・ピナール(マット・デイモン)を官邸に招く、マンデラは何も直接的な話はしない。
 帰ってきたピナールは妻にどんな話を?と問われ「特に何も。でも、たぶん、W杯で優勝しろと言われたんだと思う。」と語るのだけど、映画を観た人の気分もだいたいそのような感じなのでは無いだろうか?

 実のところ、たとえばラグビーチームが勝利のために血のにじむような努力をするとか、マンデラが人種間の対立を緩和するために熱い演説をする、というようなシーンは無い。
 と、いうよりもそういう演出は意図的に避けられているのだと思う。
 熱血ものにした方が、一般受けはいいんだろうけれど。

 でも、そうやって直接描かないからこそ、私たちは考えるのだ。
いったいどういう精神が、27年間も獄に繋がれてなお、相手を赦し、ともに未来へ向かって歩もうと言うことが出来るのか、と。
 
 それを想うからこそ、彼の想いが結実するシーンはあんなに感動的なのだと。