ぐるりのこと

  • author: driftingclouds
  • 2008年09月19日

監督・脚本・原作:橋口亮輔 2008 日本

『何で私なんかと一緒にいるの』
『好きだから』
産まれたばかりの子を亡くし、精神を病んでしまった妻(木村多江)に、夫(リリー・フランキー)がぼそりとつぶやく。
好きだから一緒にいる、ものすごく単純な台詞なのに、涙が溢れて止まらなくなった。

大学の同級生で出来ちゃった結婚だったカナオと翔子。
翔子はカレンダーに夫婦生活の日をきっちりと決めて印を付けているような、何事もきちんとしないと気が済まない性格。
カナオの方は茫洋として、ほとんど感情を表に出さず、なにを考えているのかよくわからない。
絵画教室の生徒に色目使ったりなんかして、やや女にはだらしない?
正反対の性格だけれども、それなりに幸せだった二人。
だけど、初めての子供を亡くしてしまい、翔子はだんだんに精神のバランスを失っていく。

映画はバブル崩壊後の1993年から10年間の出来事を描いている。
法廷画家であるカナオは、その10年間に起きた大きな事件(被告の名前は架空だけれども、誰もが想起する実在の事件ばかりである)を目撃していく。
登場する数々の事件は、私たちの社会が10年間に失っていった心と、代わりに噴出した悪意と憎悪を思い出させるものばかり。

壊れていく社会と壊れていく妻、その両方を、ただ呆然と見つめているかに見えるカナオ。
彼は何事もジャッジしない、凶悪な犯罪者も、取り澄ました被害者も、ただ、あるがままを見つめてそれを画に描く。
『人の心はわからない』と彼は言う。『泣いているからって悲しんでいるかどうかわからない、父親が首をつった時も自分は何も思わなかった。』

台風の晩、開け放したベランダで、ずぶぬれになりながら追い込まれた感情を爆発させる翔子に向かって言ったのが冒頭に掲げた台詞だった。『何で私なんかと一緒にいるの』『好きだから』
続けて彼は言うのだ。『人に嫌われたっていいじゃない、好きな人がたくさん好きになってくれれば、それでいいじゃない』
その言葉に翔子は救われたのだな、と思った。

直接には、その後、お寺の天井画を描くことで彼女は生きる気力を取り戻していくのだけれど、吹きすさぶ嵐の中で、手をとってくれた人の存在があったからこそ、そこに到ることが出来たのだ。
正直、天井画のところはちょっとクサいと思ってしまったのだけど、翔子が絵を描いている横でカナオが家事をしていたりする、その風景は素敵だなと思う。

一方に夫婦の問題を掲げながら、同時に壊れていった社会を描くということの意味は、その壊れてしまった社会の中で生きていくためには互いの手を取り合うこと、それこそが必要なのだね。

すごく暗い映画のように思えるけど、実のことろ結構下ネタがあったり、笑えるシーンも多かったりする。
兄夫婦の描きかたに、橋口監督の厳しい目(世間の制度に乗っかって人を傷つけても何とも思わない人たちへの)を感じたり。
お母さん(倍賞美津子)や、法廷画家の仲間たち、法廷付きの記者(柄本明)など周囲の人々のエピソードもどれもよく出来ていて映画に深みと厚みを与えている。