さて、いよいよ北京オリンピックが間近となり、各種目の金メダル候補のニュースが毎日のように報道されています。前回アテネで男子シングルスを制したのはRyu Seung Min(ユ・ソン・ミン)でした。今日は彼の魅力に付いて触れたいと思います。

 右利き、ペンでの片面打ちという、一昔前の日本では一番プレイ人口の多かったと思われるスタイルで一気に頂上まで駆け上がった彼は僕達中年卓球人にとっては「伝統のペン・ドライブ最後の生き残り」とまで呼びたくなるような貴重な存在です。

 しかも、韓国の選手と言うことで、実際には日本国内での典型的なペン・ドラ選手として思い浮かぶのは最近では斉藤清選手くらい。久々の本格派といったら言いすぎでしょうか。つまり、隆盛を誇ったペン・ドラ選手は日本では絶滅の危機にある?絶滅危惧種と言えなくも無いのが現状なのです。

 そうなった理由は幾つか在るのです。ひとつには、現代卓球のスピード化があげられる。ラケットやラバーの開発が進み、打球そのもののスピードが昔と比べると速くなったこと。また、回転をかける性能も向上したため変化の激しいボールを打つことが要求されるようになりました。こうしたことから打球から打球までの時間的な余裕も少しづつ削られていってプレイヤーは無駄な動きをしないことが必要になってきたのです。

 そこで、昔ながらのペン・ドラで「オール・コートをオール・フォアで打つ」という発想は時代遅れとなっていった気がするのです。リスクを負ってバックへ回り込むことは下手をすれば命取り。フィジカル的に不可能なことが待っているとなれば、回り込んだ時の一発に賭けるプレーに偏っていきがちです。淡白なプレーで勝てるほど現代卓球は甘くないのです。

 さて、更にペンの特徴のひとつ、バックの打球もフォアと同じ面を使う点でシェーク・ハンドやペン裏面打法と比較して打球のバリエーションや威力などで劣ってしまうという現実があります。ショートという最も代表的な技術は変化に乏しく守備範囲が狭い点で中後陣での打ち合いには一般に不利となってしまうのです。バック・ハンドに至っては更に打球ポイントは狭くなるのです。また、打球の際にバランスを崩しやすい点で連続の打球に支障が出やすいのもペンでのバック系技術の難しさがあるのです。

 ここまで、ペンに関する基本的な弱点をあげてみましたが、もちろん良い点もあります。例えばシェークと比べるとラバー1枚分の軽量化が出来るわけですから、スイング自体のスピードがマックス時では上回るということ。また、ラケットが軽い分は急激な変化に対しラケットのスイング軌道を変化させて対応できる可能性が大きくなるといったことが考えられます。

 打球のスピードという点では必ずしもラケットが軽いことが有利とならないのですが、疲労や体への負荷という点ではやはり軽さは武器と言えるのではないでしょうか。

 また、台上の打球では比較的手首の自由が利くため、フリックやストップなど細かいプレーをしやすいこともあります。パワーとスピードを磨くことももちろん大事ですが、強いプレーヤーには同時に繊細さが要求されます。台上処理を制するプレーヤーが試合を制するといえるんじゃないでしょうか。

 さて、前置きが長くなりましたが、ユ・ソン・ミンのプレーで特徴的なのはダイナミックなフットワークです。このフットワークが「オール・フォア」の精神を受け継ぐ原動力です。そして、バック系の技術の高さと安定感がポイントを拾えるプレーにしていることです。もちろんカミソリのような鋭さとリーチの長い強力なフォアが在ってのペン・ドラではあるんですけどね。

 シンプルな、下回転あるいは横回転を混ぜたフォア・サーブからの3球目を基本に打てないと判断したら回り込んでから相手(右利き)のバックへの斜め下回転の入ったツッツキで凌ぐプレーなども相手の意表を突いて効果的だったようです。(最近では読まれてしまう傾向にあるように思いますが・・・)

 それにしても、まるで引き寄せられるように彼の読みどおりのコースに飛んでいく相手の打球は不思議でなりません。この時点では彼のプレーに破綻が殆ど見られないというのはミラクルといってもよいほどです。

 ペンの弱点といわれるバックの技術を見てみると、無理の無い姿勢で何球でも返せそうなショートと、コースを変えて打ち抜くプッシュ、また、中陣でのバックハンドなどは安定感があって威力も十分です。バックでのドライブは打ってませんが、こうした高い技術が他のプレイ・スタイルと台頭に渡り合える土台となっているのです。

 最近の試合では、彼も研究されてアテネと同じようには勝てないのではないかと思う僕ですが、彼の存在は僕を含め「中年ペンドラ」の星であることは間違いありません。北京での活躍も期待したいところです。


 日本で衰退?したペンドラですが韓国ではキム・テ・クスだったか、とても強くて美しい卓球をする選手がいました。その人がアテネではユ・ソン・ミンのコーチとしてベンチに座り、彼とともに戦い、優勝を分かち合ったシーンはとても印象的でした。キムからしっかり受け継いだスタイルを僕は感じました。ユ・ソン・ミンもまた、猛禽類を思わせる激しく美しいプレーで僕たちを魅了して欲しいと思います。

 最後にアテネでの決勝をどうぞ!