March 11, 2017

ムードメーカー?

入院中の話とは少し離れますが。
(あ、退院してますよ、2週間の予定で
その予定通り計15日の入院期間でしたー。
短すぎてあっという間;)



先日の外来にて。


受診が終わり、端で荷物をガサゴソ片付けていたら、
同じ部屋だった方(一日違いで退院された方)と遭遇、
お久しぶりですー(ってほどでもないけど・・・(^^;)!と。


・・・とはいってもぶっちゃけ私が部屋で一番若くて、
他3人は倍くらい年齢が離れていました;


それでも、『うちの子と同じくらい』だとか、
息子さんが同い年だとか、そんな感じだったのと
昔の入院でフレンドリースキルが解放されまくってるので
この際年齢なんて関係なく話もさせてもらったし
楽しい部屋で良かったです。

私としてもお母さんが一杯状態だったわけだし
ある意味幸せな時間でした(笑)

勿論人生の先輩として尊敬すべき事は沢山ありますけどね。


で、その方がおもむろに手渡してくれたのが手作りの名刺。
これ渡したかったのよ、
よかったら連絡してー!って。


実はその方だけ、他2人とは既に打ち解けた後に
一人部屋移動してきたのもあって
他2人とは入院中に連絡先交換はしていたものの、
(何か話の流れで交換することにw)
その方とはしないまま退院したんです。

そしたら、その後結局残りのメンバーで連絡先交換したらしく
(仲良い部屋でした(*^^*))
私の住所も聞いたそうで、送ってもいいけど
出来れば直接会って自分の連絡先を伝えたかったと。


ありがとうございますー!と、私。

正直、部屋移動してきてしばらくは
輪に入らないタイプで、
なかなか打ち解けない人だなぁと思って
雰囲気もなんとなく個人的に苦手な感じで、
でも私含め3人仲良いのに一人は勿体ないなあとも思っていて。

だけどひょんな事がきっかけで、
好きな話題があったらしく話しかけてきてくれて
そしたら実は結構おしゃべりで
(一人も好きそうだけど)いい人やーん、と(^^;

私含め元いた3人がうるさいだけと言われたらそれまでかもしれないけど(笑)
土日とかワイワイ喋ってたからなぁ(ノ´∀`*)


でも、「あなたがいなくなったら
あんなに明るかった部屋が一気にシーンと静かになっちゃったのよー」との事で
(ちょっと上品な奥様って感じの方です)
なんだかいつの間にやら、自分で感じていたよりも
気に入ってもらっていたようで嬉しかったです。


こういうつながりがあると、入院も悪くないなぁって思ったり。


病気なんて誰も好き好んでなりたくないけど、
どうせ入院するなら(そして相部屋なら)
カーテン締め切りの暗い部屋は嫌だなってのが私の気持ち。

朝の挨拶とか、窓の外の天気の話だとか
そんなきっかけで誰かが話せば、
みんな結構話してくれる人多いし、
(話したかったけどきっかけがなかったって人とか本当に多い;)
基本的に明るい人やお茶目な人が多いです。

勿論孤高の人(苦笑)もいるし、
無理に皆と仲良くしようなんてそんなことは思わないけど、
同じ部屋ならば、おはようございます、くらい言ってもいいなって思う。



とまあ、そんな素敵な再会があり、手元には手作りのきれいな名刺。
メールアドレスもあるけど、
そのうち季節に合わせて葉書か手紙出そうかな。


・・・・・・。

ていうかさぁ。
私そんなに騒いでないぞ(* ̄∇ ̄)


あの部屋というか、病棟の中でもまだ若い部類にはいたけども
部屋から出れば静かにしてたんだけどなぁー(笑)



ただ一人、現場では一目おかれているベテランの看護師さん
(今では専門分野のエキスパートとして働いている実はエライ人)が
昔の私を知ってる人で、名前で呼んでくれていたから
先生達や看護師さんからは、
「あの人(ベテラン看護師さん)に可愛がられてるなんて
あの子は一体何者なんだろう」的な視線があったけどorz
(その点では私中途半端に有名人になってたわ・・・)
なんでか知らないけどほとんど毎日廊下で会ったし;


・・・いやいや、私がお世話になってた頃は、
普通の中堅くらいの看護師さんだったんだよう;

明るくてサッパリした性格で、でもすごく気が利く方で
その人が〇〇ちゃん、って
親しみ込めて呼んでくれたから
当時の他の看護師さんも同じように
名前で呼んでくれるようになって・・・


その後も外来ですれ違っては
「あー〇〇ちゃん!元気にしてる?」なんてのがたまにあって、
そんなこんなで気がつけば
何故かまた同じ病棟に入院しちゃったという(笑)

そこにまだいるとは聞いてないよー!
懐かしい人がいるのは嬉しかったけどさぁー( ̄▽ ̄;



話それたけど。

たくさん患者さんがいる中で、
たまたま同じ時期に
たまたま同じ部屋になっただけの患者同士だけど、
これも何かの縁だったりするのかなって。

入院生活の中で、病気を治す事以上の何かも手に入れて帰れるのなら
それだけでも少しはよかったなって思えるし!



外来かぶる確率高いから(まさかの全員外来同じ曜日w笑)
皆で、また会えたら話そうね!って退院してきました。

お菓子もご飯もどっちも料理上手な人ばかりだったから
その辺簡単なの何か教わろうかなぁー(*^^*)

母はもうとっくにいないけど、
その分、母親との関わりってこんな感じなのかなとか思うと
母のような年代の人によくしてもらえるのって正直嬉しいものです。

March 09, 2017

オペの話。術後当日の夜編〜

更に続き。

(せっかく書いた下書き全部消えたよう・・・
書き直し大変でしたorz)



オペ当日の長ーい夜の話です。



3時間安静のはずがまさかの翌朝6時までの一晩安静となり
帰ってきたその時は部屋はまだ電気がついていたけど
あっという間に消灯時間になってしまいました;


術後は血圧とか頻繁に様子見にきてくれるし、
点滴のチェックや交換も必要だから
周りは個人のスペースの天井からのライトのみ。

これだけでも暗闇よりは全然いいけど、
さっき目が覚めたところなのになぁって(^^;
私の中ではついさっきまで昼過ぎだったのに
気がついたら夜になってるんだもん。


・・・で、この時点で色々管に繋がれているんだけど、
点滴はこの後数日続くのは分かってて
首からのドレーンも傷があるからつくのは仕方ないとしても
他の管がなぁー;

サチュレーションとバルーン、マスクは
その3時間で外れるものだと思っていただけに
なかなかのショックというか、ちょっぴり絶望を味わったというか。
勿論身体起こすのもダメだしね。


寝返りはOKとのことだけど、
ついさっき首切って縫ってドレーンもついてるのに
それでゴロンとできる勇気がなく(笑)

そもそもが抜歯の腫れを抑える為に両頬を冷やす指示が出ていて
アイスノンで固定されてるから横向けないし、寝返り以前の問題。

つーか動くとバルーン気持ち悪いから固まってたのもあるorz
傷が痛いとかより嫌だわー、これだけは慣れないです;


ベッドは、ほんの少し頭側に角度ついているだけで、枕も許可出ないのでなし。

そして、首部分の手術だった為に、
万が一の出血等でベッドが汚れないように
肩から上くらいの部分には防水のシートが敷いてあって
それが私が動くとカサカサと音を立てるから
真夜中にこれは同室の方々に気を使う;


そんなの皆手術入院なんだからお互いさまなんだけど、
昼間の3時間と一晩って状況は勿論音の聞こえ方も違うしさ。

やっぱり出来るだけ静かにしないとって思ってしまいます(;・ω・)



とまあ、こんな状況で始まった長ーい夜。

また来ますね、何かあったら呼んでくださいねーとの言葉に
ありがとうございます、お願いしますー、と答え
しばし一人に。


消灯直後はまだ、廊下を歩く患者さんのスリッパの擦れる音とか
看護師さんもまだ色々と忙しく動いてる気配もするし
窓の外もなんとなくいろんな音がしなくもない。
救急車は夜間何度となく来たけどね。


・・・って、私のベッドの位置は
紫外線NGだから絶対に廊下側なんだけど
夜間は窓の向こうの音も結構聞こえるもんだなぁと思ってみたり。


それが一時間も経つと、病棟も外もしーんと静かになって
とにかく時間の流れが遅く感じてくるんだよね;

眠れたらというか、せめてボーッとでもなればいいんだけど・・・


点滴だけは結構早く流れてる。
水分補給がこれしかないからかぁ、と、落ちるのをただ眺めたり
あとは代わり映えのない(ある意味懐かしいw笑)天井を見つめつつ、
このオレンジの照明って、
昔のSLE再燃(脳梗塞)の時も
夜中ずっとついてたなぁとか、思い出すこともたくさん。



・・・あの時は今よりも管だらけで、
(ドレーンはなかったけど、今の状況に加えて
点滴は両手にあったし、心電図の電極4本、そして監視カメラ;)
あれはあれで大変だったかもしれない。
過ぎてしまえば懐かしい思い出。

でも、ぶっちゃけ「大変」だったのは先生や看護師さん側の方であって
私は訳もわからぬままそこで寝かされていただけです。

医療知識も今より全然なかったから
あんな状況で一ヶ月とかでもなんとなく乗り越えられたのかなって。


何よりたくさん可愛がってもらって、
良くしてくれたいい思い出の方が先に来るくらい。
まあ、入院してたというより住んでたって感じだったしね(笑)


というか・・・その当時の看護師さんが運よく今回もいてくれて
〇〇ちゃん!って昔のまま、名前で呼んでくれたりで
十何年経ってるんだけどなぁ、と思いながら
いい年してうっかりとまたそれなりに可愛がってもらってしまったけど(^^;

いいのかなぁもう、なんか申し訳ないけど、でも嬉しかったです(笑)



・・・と、そんな寝たきりの頃に比べたら、
今回なんてたったの一晩の我慢だし
まだ一時間とか二時間過ぎたって位なのに
こんなにもう嫌なのは色々知りすぎてしまったからなのかな(苦笑)



消灯後、1時間半〜2時間おきくらいに看護師さんが見に来てくれ、
その度にアイスノンを交換してもらい
(このお陰であまり腫れずに済みました、ありがとうございますorz)
その都度色々話しかけてくれました。


というか、分かっていたけど酸素マスクが辛すぎる;
シェーグレンにこれはアカンーーー(T_T)

喉カラッカラ。喉の奥に痰が絡んでもそれをうまく出す唾液すらないよ;
めっちゃ咳払いしたいけど周りの人寝てるしさぁーーー。


あとは手術の影響で唇が口角含めてバキバキにひび割れていて、
それを保護するためにもプロペトを塗るんだけど
酸素マスクからの酸素が乾きすぎていて、
しかも結構な流量で流れていて吹き付けてくるので
保湿をしてもすぐに乾いてまた傷が開いて割れて〜の繰り返し。

血が滲んだ唇をウエットティッシュでプロペトごと拭い、
きれいにしてまたプロペト塗って、を
この夜何度繰り返したか分からないくらいです。



そしてやーっと日付が変わった頃、
またまた様子見に来てくれた看護師さんと
この酸素マスクの事を相談。

鼻カニューラ試します?ってことで付け替えたら、
オペが経鼻挿管だったせいで
片方の鼻が粘膜腫れて完全に詰まっていて
もう片方の穴にマスクでもすごいと思った位の酸素の風が
強制的に送り込まれる事になり
これがまたもう吸いきれないくらいの流量で
無理ですー、これアカンやつですー!って訴えて
状況を察してくれた看護師さんと二人で笑ったり。
(夜だし二人共めっちゃこらえてますw笑)

そんなわけでマスクに戻りました(^^;


持続で流すのもちょびっとならカニューラいけるけどさぁ、
片鼻状態だしとんでもないわあの流量orz
即鼻乾いて粘膜やられて鼻血パターンだよ絶対。



で、酸素なんだけど、本人めっちゃしっかり起きてるし
(朦朧としてたら必要だけど)
外せそうだしちょっと先生に確認してみます、と
聞いてきてくれたものの、やっぱりダメ。

酸素がダメなら飲水もダメ。
要は本当に、朝まで安静措置とのこと;
オペ自体予想より長くかかった上に、
元のSLEやら脳梗塞の既往歴があるから、
念には念をいれてめちゃくちゃ慎重な感じ。
ありがたくもぶっちゃけ辛い;



私ができることといえば、
口内に溜まる唾液混じりの血を吐き出すことくらい。
血液飲んでしまうと場合によっては吐き気とか出るからね;
一日半絶飲食の状態だしさ。


でもそれも、日付が変わるくらいにはおさまってきて
それからは前途に書いた無惨な唇の保護に専念。


とにかく一睡もできないままじーっとすること数時間。

眠気というか疲労ばかりがたまっていって、3時か4時くらいかなー、
なんだかじわじわと身体が重くなり、
寒気と共にベッドがぐるぐると回る感覚がして
術部全体がビリビリ痺れて変な感じがするのと、
目眩というか船酔いみたいな、
目をつぶっていてもぐらぐら揺れてる感じ。

これは耐えられないとナースコール。


この時は看護師さん二人が来てくれて、
私もさっきまで元気(?)に起きていたのが嘘のよう。

声を出すにも精一杯で、なんとか分かりやすく今の感じを伝えたら、
手術で全身麻酔や局所麻酔をたくさん使って、
痛みはまだそれほど感じていないようだけど
痺れがあるということは
部屋に帰ってきてすぐ使った痛み止めも切れてきているのかも、
全身状態の症状もそこから来ているのかもしれないと
当直の先生に痛み止め出してもらいますね、と去っていき
しばらくして許可が出て点滴と一緒に流してもらいました。


そして帰り際に、あと2時間だから!
しんどいと思うけどあともうちょっとで
起きれるし水も飲めるからね!と
励ましてもらって、がんばりますー、と返事。

痛み止め流してもらってすぐだからまだ周りはぐわんぐわんと回ってるけど、
それだけに励ましの言葉が身にしみて
ほんのちょっとだけ一人で涙してました(苦笑)


こういうときの看護師さんって偉大だと思うなぁ、
この夜の担当だった方が明るい人だったのもあるけど
昔母の言葉で一瞬憧れた仕事、やっぱり素敵な職業だなと。

・・・今となっては日勤もだけど夜勤の仕事見てると
体力からしてこれは無理だわーと思うけど( ̄ー ̄;
それは昔の入院で自分がめちゃくちゃお世話になって痛感しました(笑)


で、その変な体調不良だけど、痛み止めが効いてくると共に
スーッと目眩もなにもかも和らいでいって
いつの間にか元通り。
痛みは手術での麻酔使いまくりでカバーしていたようだけど
そのせいで我慢しすぎていたみたいです;


にしても長い夜。

もう疲れて、頭もボーッとしてきているんだけど
いかんせん酸素マスクの風が邪魔をして
眠れそうで眠れない。


そんなこんなでやっと5時前後かな、廊下でスリッパの音がして
あー、早起きの人がコンビニ行くのかなとか
(おっちゃんとか、朝イチで新聞と熱いコーヒーって人いるもんね)
そんなことを勝手に想像していました。

外もなんとなく音が聞こえはじめて、
もうちょっとだ、あと少しで起きれる!と。

その期待を持ってからも長かったんだけど(笑)



そして念願の朝!
疲れきった頃にやっと来た朝!(苦笑)

看護師さんが本当に6時ジャストに来てくれて、
おつかれさまー!しんどかったよねー!って。
看護師さんだって夜勤おつかれさまなのにね。
日勤交代までまだあるのにさ。


そこでやっと酸素マスクが外され、
左手のサチュレーションも外してもらい、
まずはベッドを起こして(自力では体起こせなかった;)
ベッドサイドに足を下ろしてひとまず休憩。
これだけでも結構しんどいもんだなぁと。

全麻からの徹夜だったり、一晩頭起こさず寝ていたからか、
最初の数分は貧血のようなフワッとした感じがしていたけど
治まった頃に立ってみて、その場足踏み。

いけるね、大丈夫やね!とそこでバルーン撤去。

飲水も試して、勿論大丈夫。
やっと水が飲める。物も食べれる!


点滴も移動出来るガラガラ(?)に付け替えてもらって
ドレーンは斜めかけにもできる袋を用意してくれて
しばらく友達だから連れて歩いてね、と言われ(笑)
点滴棒とドレーンと、友達くっついてるけど晴れて自由の身!

この時は本当にうれしかったなぁーーー!



もうほんっっっとにこの一夜が長かったです。

起きて、同部屋の方々からも、昨日帰ってくるの遅かったねぇとか
一晩起きれへんかったんしんどかったやろー!って。


9時間寝たきりで目は冴えっぱなしって、
麻酔切れやすいのも本当に良し悪しだなと思いました;

特に明け方のぐるぐる目眩はあまり普段体調不良起こさない身としては
痺れもあるしもうなにがなんだか、という感じで怖くもあり。


で、忘れてたけど外科って内科に比べたらスパルタなんだよねー。

手術翌日には皮膚科の外来予約が入っていて、
完徹状態で昼間も魂抜けてるみたいな顔してたのに
(ついでに腫れてるし)
そのまま外来へ出向いたり(勿論自力で徒歩だよ)、
帰ってきたら次はレントゲンにも呼ばれたりと
術後翌日からなかなかハードでした(TДT)


その分馴染みの皮膚科の先生はめっちゃ労ってくれて
雑談に花を咲かせて来たけどね(笑)



改めて、私は看護師含めて医師にも恵まれてるなって思います。
ついでに部屋の人達にも(^^)

医師に関しては、患者である自分から色々質問したり話をしたりして
先生とそれなりに仲良くなる方法?を身に付けたとも言うけど・・・(^^;

だって信頼関係って一番大事だしさ。
話さないとお互い相手の事分からないもん。



とまあ、長ーーーい夜の話でした( ̄ー ̄)



この後はエンドレス抗生剤の点滴と、
大量の痛み止め内服の日々が始まるのです〜〜〜

February 28, 2017

オペの話。終了(帰室)直後〜

続きです。



と、前回あっという間にコテンと眠らされ、
起きたら手術は終わっていて気付けば部屋への帰り道。
ベッドの揺れのせいか、本当にハッと一気に覚醒した感じでした。


そしてほどなくして部屋に着き、定位置にベッドを戻され
看護師さんが酸素ボンベからベッドの頭側の
酸素のルートへの繋ぎ変えや心電図の取り外し、
サチュレーションの付け替えやらしている間も目は覚めていて、
その後一段落したときに必要物品カゴを手の届く所に置いてもらい、
直接家族にオペ終了報告のLINE。


うちは残りは男連中なんだよね、だから
オペ後安静解除まで必要であろう身の回りの物は
とりあえずひとつの小さなかごに事前に入れておきました(^^;

だって女同士ならともかく男となると気利かないし
用意するものもきっと分からないもん、
床頭台とかサイドテーブルの荷物の配置とか
絶対うまくしてくれないと思って;
(家族を信じてないわけじゃないけど)


寝たきりの状態だと、ティッシュは手の届く辺りがいいとか
ウェットティッシュがあれば尚良いかなとか
飲み物はこの辺りだと飲めるようになった時スムーズだろうとか、
部屋の乾燥対策でリップクリームがあれば便利だとか
(唇が割れまくるのは前提だったので
プロペトは処方されていたから、それを近くに置くとかさー)
なんとなく鏡とかもあったら嬉しいなとか。
起きてたら暇だからスマホ関連の充電器やWi-Fiとか。

安静時間にウトウト眠れるくらいボーッとしているならまだ良いけど
そうでないと覚醒状態で管だらけでの安静指示は何もないと辛いもんです。


結果的に、完全に目が覚めていたから口頭でもなんとかしてもらえたけど
口内と顎下手術の直後だし、話せるけど
既に夜遅くもあって同室の人にも迷惑だなと思うとあまり話すのも良くないなと。

更に、血液飲み込んだら後が辛いから
明らかに血の味がする唾液は出さないといけないし。



ちなみに、オペ室入室から退室までが5時間半。
(部屋を出たのは14時前、戻って自分でスマホ確認したのが20時過ぎ)

実際の手術に要した時間は約4時間半でした。


その間私は呑気に寝ていただけだけど、
先生含め関わっていただいた方々には本当に感謝です。


顎は一度でも派手な感染おこしていたのも影響してか、
それなりに周りに癒着はしていたようで。

嚢胞の中身の正体もちょっと特殊らしくて
(典型的な類表皮嚢胞ではないとかなんとか)
後の教授回診では「(病理が)とても楽しみな例ですね(にっこり)」
なんてついてきた若手の先生や学生に言ってるし;


あと、おまけといっちゃなんだけど、提案で
全麻ならそれだけで一応大がかりになるし、
それなら顎だけでなく、本人の希望を優先するけど
生えてない親不知もこの際一気に抜いちゃっても良いと思う、と
先生から事前にそんな話があって
それも同時でやったので色々長かったという;


実際は歯茎に埋もれて全く見えず、今はなんの悪さもしてないけど
場所がとにかく奥底で、レントゲンで確認すると
歯の根っこのすぐ下を走る神経にふれるかふれないかのギリギリな所。
下手に神経にさわると痺れとか麻痺が出ます。
(月単位でゆっくり治るものだけど)
なかなか普通の歯科では難しい抜歯になると。


更に、私は口の大きさそのものと
顎も小さいので場所によっては横向きに寝た状態で存在していたりで
将来的にどうなるか分からない上に(少なくとも役に立つことはない)
何より局所麻酔で抜くよりは楽だしと。

こうなると、抜くというより
歯茎を深く切開して歯を粉砕してから強引にえぐり出す状態;
それ聞いてるともう抜歯のレベルじゃない(´д`|||)


ただでさえ局所麻酔効きにくいしすぐ切れるのに
意識ある中でこれは好き好んでやられたくないorz
それなら一緒にお願いしますとなりました( ̄ー ̄;
ていうか一緒に聞いてた父が「ついでだ、やってもらえ♪」って軽いノリ。
別にいいけど勝手に決めるなお父さん!(笑)


そもそも、SLEとかその辺の既往症があると
外来で一本ずつ処置をしていたらむしろ期間が長くなるし、
何より抜歯の度いちいち腫れるし。
それなら一気にやっちゃえば顎と共に入院管理が出来るしね。
先生にも都合が良いという。


そんなわけで結局、顎だけのはずがおまけ増えてるし
これって腫れるやつじゃない?と思ったけど
結果、確かに腫れたけど「全然マシな方!(何人もの看護師さん談)」てことで
経過も処方された痛み止め内服のみで特別痛いとかもなく。

昔のステロイド60mgのムーンフェイスの思い出があるから
「そういえばこの丸顔懐かしいわー」くらい。
ただ、代わりに口の中思いっきり縫いまくられて糸だらけ;


当日晩は頬を冷やす指示も先生から出ていたらしくて、
一晩中アイスノンが溶ける度に交換してもらえて
それも大きく腫れなかった要因だと思うし、
あとは結果論だけど、もしかしたらステロイド内服しているから
(感染での皮疹があったから一時的に10mgに増やしていました)
ステロイドって副作用も多いけど少量でも強力な抗炎症効果があるし、
それが腫れに関しては良い方に働いてくれたのかも、とも。

その昔、同じくややこしい生え方の親不知抜歯の為に
二泊三日の人とか時々いたんだけど
(その昔って、私が脳梗塞での長ーい入院時ね)
麻痺とかそんなリスクもあるんだと今回初めて知りました。


ただ、周りと違うと思ったのは、
同日手術のお仲間さん(仲良くなった・笑)とか
他の人達は術後の抗生剤の点滴は2〜3日で終了で内服もなしなんだけど
私は一週間ぶっ通しでルートから流し、更に点滴終わっても
内服薬が続きました。つーかまだ飲んでます(苦笑)

勿論一人一人手術の内容が違うから皆一緒の道ではないけど、
こんなに抗生剤で細菌感染を抑えているのは
大半はSLE(ステロイド長期内服)を加味しての事だそうです。


そして肝心の顎は、嚢胞の跡が空洞になり血液がたまるので
そこからドレーンの管がついて、
しばらくは移動時はドレーンの袋が友達に(笑)

傷口そのものは、顎の下とはいえ見える場所だし
まだ若い子だから綺麗にしなきゃ(ありがとう!笑。)と
間隔狭く丁寧に縫っていただけました。
って自分では鏡使ってもあわせ鏡でしか見えないんだよなぁ(^^;
計15針くらい縫ったってー。



そういえばオペ時間ですが、残りというか空白の一時間は麻酔で撃沈した後の気道確保の挿菅したり
バルーン入れたり、終わった後は麻酔が覚めるまで待ったり
手術台から病室のベッドに移したりとかそんな作業かと。



とまあ、部屋に戻ってきた時点で
痛み止めは既に切れかかっていて
(というか本体が覚めすぎだしやっぱり基本的に薬切れるの早いよー;)、
顎がなんかピリピリします、と伝えると
あー、痛み止め切れつつあるねと言われて
早速問答無用で追加の痛み止めが流され、
3時間安静の後、飲水試していけるならもう飲食可。

・・・とはいえついさっき顎切って縫って、
口も歯茎から深く切開して縫われて糸だらけなのに大丈夫って言われても
飲水はともかく食べるだなんてちょっと怖い(^^;
飲水許可出てもさすがに水でいいかなぁ。

と、ここだけ乗りきればまあまあ自由の身!
(顎にドレーンつくけどね!)



・・・のはずが。



部屋出たの13:55分、
部屋戻って家にLINEしたのが20:13分。


同じ7番のオペ室での当日手術が3例あって、
私はその3例目と最終だったのもありこの時間。
部屋で看護師さんが一通りの処置を終えて落ち着いたら既に消灯間際。


・・・それを考慮したのか何なのか、


「夜も遅いしオペ時間も長かったし、
大事をとって一晩安静でいきましょう(by先生)」


・・・だって。
(どこまでも慎重に事を進めている模様)



うーそーだーーー!



・・・そんなまさかだよ本当;
めっちゃ爽やかな目覚めだし、身動きとれないし
寝れやしないよ、本当待ってー(;∀;)


思いがけず長い夜を過ごす羽目になってしまいました;

もうねぇ、この夜が本当に長いし眠れないしで大変だったのです( ノД`)




・・・また続く(;・ω・)

February 26, 2017

オペ終わりましたーヽ(・∀・)ノ

ってちょっと前の話になりますが。

オペ前もオペ後も変わらず元気です(* ̄∇ ̄)ノ
(そりゃあ勿論しんどい思いもしてるけど、
全麻のオペだし仕方ないでしょと思って;)


にしても。

いやあもう、案の定麻酔抜けるの早かった!(笑)


私は体質なのか何なのか、局所麻酔(部分麻酔)は
どの部分で何をしても切れるのがとにかく早くて、
効き目が短いのが本当に難点なのですが、
さすがに全身麻酔って抗えないね、あれ。当たり前だけど。


午後からのオペだったので午前中は絶食だけど飲水OKで、
まあまあのんびりと過ごし、その後呼ばれて車椅子でオペ室へ。
んー、でも筋肉注射もないのになんで車椅子?
朝イチオペの人は歩いて行ったんだけどなぁ。
もしかして脳梗塞の既往ありだから?って歩けるんだけど;


手術部の扉の前までは父も一緒に来たけど、
そこでバイバーイと軽ーく別れ、いざオペ室へ。

とはいっても私が入る手術室までがまた長くて
けっこう奥だったので、手前から番号がふってあって、
10番か11番かまで番号見えたかなー・・・の
私が入ったのは7番の部屋でした。


オペ室の中ってあんまり見ないでしょー、と言ってくれ(そりゃそうだ)、
車椅子もゆっくり押してくれたのもあり
観光案内とまではいかないけど、
めっちゃキョロキョロ見回しながら進んでいきました(^^)

途中、今からオペ執刀か終了であろう先生と会釈までしたり。
本当に何科の誰かもなんにも知らないんだけど(^^;


そして、部屋に着いたらオペ看さん二人と
担当の先生3人の中の一人、指導医の先生が既にいて
こんにちはー、とまるで外来。


車椅子から降りて台に乗り、名前と年齢確認、
両手を固定されたらもうまな板の鯉で
ルートは既にとってあったし、
(これが奇跡的に一発で刺さり術後ももったのですよー、
それがつぶれた後はルート大捜索で刺しまくりでボッコボコだけどorz)
あとは心電図やら血圧計やらサチュレーションやらつけるだけ。

それを両側のオペ看さんがそれぞれテキパキとこなしている間、
かけてもらっている電気毛布があったかいなぁ〜(*´ω`*)なんて
悠長にそんなことを思いながら横を向くと、
少し離れた場所では先生達は画像を見ながら色々と相談中。

心電図のモニターは見えないけど、
既につけられてはいるから音はずっと鳴っていて
他愛もない話をしながら、じゃあちょっとマスクもつけさせてくださいねー、と。

んで、マスクされたのはいいけど、
その瞬間、一瞬オペ室とか薬とかここが病院だとか、
そんなのとは全く縁のない甘い(ような)香りがして
あ、これ麻酔だ!と思って勝手に警戒していたら
「あ、まだただの酸素流してるだけなんで大丈夫ですよー」と。
どんだけ頑張っても呼気量とかも計測されてるからわかるんだよねー;

バレたかぁと思いながら、そこで両脇のオペ看さん二人
(今思えば片方は麻酔科医だったのかも)と一緒に
アハハ〜と笑ってしまったのが運のつき、
その後ナチュラルに息吸ってしまったらしく見事に撃沈。
心電図の大きなピコピコ音がなんとなーく遠のいていった気が。


よくありがち?な、では麻酔のお薬入れますよー、とか
そういうのは聞いてないというか覚えてなくて、
ただ、薬の名前を挙げて「用意できましたー」と
オペ看さん(or麻酔科医)が言ったのは覚えてる。

だけどそれは確か皆で笑う前なんだよなぁ、
場が和んだ良いタイミングでルートの側管から麻酔流したのかなぁ。


そんなわけで笑って寝たのが最後、
次目が覚めた時にはオペなんてとっくに終了、
既に部屋へ戻る直前の廊下でした。

でもオペ室出る時って自発呼吸は当たり前だけど、
呼び掛けとか手を握り返したりとか
その辺も出来てないとダメなんだよね。
そこはまーったく記憶にないんだけど。


・・・向こうとしては作戦成功なんだろうなぁ(笑)


ていうか。
やっぱり麻酔やーん、あの甘い匂いそうやん絶対〜!笑気ガスか何かかな;
麻酔科医の人達ってさすがだなと。
当たり前だけど、患者さんをリラックスさせる術をよく分かってるorz


とまあ、長くなりそうなので記事分けようと思います。
暫しお待ちくださいー(・ω・)

February 13, 2017

えーーーっと

ご無沙汰しております。

突然ですが。
私のイベント発生時期といえばお盆か年末年始ですよねー(* ̄∇ ̄*)

と、例に漏れず色々色々ホントにあって、
遡れば12月中旬からの話なのですが
一応なんとなく時系列だけでも。
まあこんなことがありましたよっと。




1*12月中旬〜下旬頃

なんとなく左の(自分から見て左ね)顎下がほんのり腫れているような?
でも腫れといえど痛くもなければなんともなく、上向かなければ元の二重顎で隠れ(…)
よく見ないと分からないしちょこちょこと外来も多かったので
(そこでも指摘されずだったのもあり)SLEだし疲れには弱いんだろうとそれほど気にせず。
シェーグレンあるし唾液線とか弱そうだしとかそんな感じで。
病歴長いとちょっとやそっとではビビらなくなったのが運のつきorz



2*お正月

顎下の腫れがなんだか目立ってくる。
痛くはないけど周辺の神経を圧迫するのか上向くとちょっと突っ張る。
これは正月過ぎて病院開いたら行ってみようかなぁー・・・(* ̄ー ̄)



3*年始早々の外来(予約外受付にて)

行くのは良いけど顎ってドコ?何科?と同じような症例を事前に調べたら
耳鼻科か口腔外科みたい。
耳鼻科とはなんか違うよなぁ、と口腔外科へGO!
(後にうちの病院には頭頸部外科というのがこっそりあった;
結果論だけどどっちでも良し)



4*口腔外科にて

ぶっちゃけお正月に腫れたものの、いざ病院にかかる頃には
何故か妙に腫れは引いてるんだよなぁー(苦笑)

なので問診など経緯を詳しく聞いてはくれたものの、
触診や口腔レントゲンでも危ない何か(血管腫とか〜リンパ腫とかその類)ではまずないとのことで
緊急でMRIやらCTの必要はなし、普通に順番待ってとりましょう・・・って2週間先しか空いてない。
しかも大学は手一杯で隣の提携病院で撮影とな。
まあいいか。見た目大したことないし待つかぁと;



5*んで2週間後、MRI撮影

特筆すべきことなし( ̄ー ̄)
毎年2〜3回はMRIのお世話になるけど今年は顎からでした・・・

ちなみに同日整形外科もあって骨密度も測ったんだけど同年代比較110%。
ボナロンとかのビスホスホネート製剤はもう5年以上飲んでません。
エディロールというビタミンDのみでこれ。
SLEになって確実に骨丈夫になったと思う・・・こんな例もあるってことで;



6*口腔外科(MRI結果)

主治医(ゆるいおじさん※准教授)とチーム制(後進指導とも言う)なので
主治医の診察についてきた私を担当している若手の先生&その指導医の3人セットで
「確かにこの辺なんかありますねぇー」と画像見たり実際触られながら色々談義。
おそらくは類表皮嚢胞といって、砕いて言うなら
「何らかの条件のもと発生した身体にはいらないデキモノ」なので
後々切除はした方がいい、でもその為に組織は知っておきたいとのことで針生検の予約が入る。
病理の先生の都合とかあるから10日くらい間が空いちゃいますが、と。いいよー。

基本詳しく説明してくれるのは若手の先生。若手とはいえ外科医だからいろんな意味で侮れないけど(笑)
愛嬌あって可愛い女の先生です(*^^*)



7*!?(その1)

そーんな簡単に事が進むわけもなく(なんたって私だよー)、
↑の外来から帰宅後、週末の3日で急に顎のしこりがめっちゃ腫れる;
関取かってくらいもう本当プックプク。
マスクで無理矢理隠せるけど、
急に腫れたのもあり皮膚が突っ張って上も下も痛くて向けず;
これはアカンやつだ、週明け行かねば。



8*口腔外科(予約外)

担当の先生が見るなり「どうしたんですかそれー!」と驚かれ(知らないよう)
主治医も「あらまー」と(苦笑)

とはいえこのままほっておけないと思ってくれたようで、
緊急で造影CTやら出来る限りの検査をブチ込んでくれ
(こういう人の為に枠開けてるから大学病院って検査遅くなるのよね;)
病理の先生の都合も無理矢理つけてもらって、前倒しで針生検やっちゃうついでに
腫れた患部を少しでも楽にと、ある程度除去。

お陰で首が上下出来るようになって処置室でめっちゃお礼言いまくりの私w


余談だけど、生検前に症例写真を撮りたいとのことでカメラを向けられ
「目は開けるべきなのか閉じていいのかどっちですか?」
なーんてアホな質問してました;
フラッシュ眩しいけど目の開閉は別にどっちでも良いそうです(笑)

というわけで針生検終わり。
こういう刺したりするのはもう平気なんだよなぁー。



9*顎の腫れ

おそらくは(タイミング良すぎなんだけど)前回の外来直後くらいで
何かの細菌かウイルス感染して腫れたのではなかろうかと。

そんなわけで生検当日からほぼぶっつけ一週間、まるっと抗生剤の点滴に通う羽目に。

点滴の処置の間とか話しかけてくれるので、
お陰で先生(若手さんと指導医さん)とは仲良くなれて良かったけど
そもそも私普段はこんなに動かないんだけど
逆にスタミナ奪われてないか?
あーでも抗生剤打ってるから下手な感染症はガードしてるかぁ;

週末でやっと内服薬に変わる。あー疲れた;



10*本来の針生検予定日

この時点で一月末。

針生検は前倒しでやっちゃったので結果オーライ。
がしかし感染起こしてしまったのもあり画像診断の通り類表皮嚢胞だとしても+αの要素あり。
切った方が良いでしょうとここでやっとオペの予約が正式に入る。

顎下なので全麻です。ということは短くとも入院手術。
まあでもまた腫れるなんてもうやめてー。

担当の先生からは「オペ室の予約もあるので
2月か3月中には出来ると思います」とのことなのでまだまだかぁ。



11*と思ってたらベッドの空きが出た(笑)

「若手の先生:思ってたよりめっちゃ早く空きました!(電話越し)」
いやぁありがたいよー!

というか、おそらくだけど
何だかんだでステロイド内服してるし
根底にはSLEもあるし、一度感染起こしてめっちゃ腫れたのもあるしで
主治医も色々考えて早めのオペにしてくれたのかなぁと・・・m(__)m



12*!?(その2)

オペと入院決まって後はおとなしくしてるから早くこの顎なくなれーと思ってたら
ある日突然、お風呂上がりに胸元と二の腕にプチプチと発疹発見。

何これ?と、翌日皮膚科の主治医の診察日だったので行ってみたら
これもまた顎からの感染の影響かなぁとのこと。

抗生剤飲んでたから薬疹かなと思ったけど時期的に合わないし、
そもそも私合わない薬ってのがほぼないんだなぁこれが;

出てきたとこならもう少し発疹広がると思うよ、と気休めにアレルギーの内服薬と塗り薬を貰って帰宅。
根本治療は顎のしこりの切除orz



と、それから一週間くらい経った現在は、
まさしく皮膚科の主治医の予言通り見事なまでに全身に発疹が広がり胴体は全滅です;
救いは服着てて外に出る場所はほぼ無事な事かなぁ〜。
服めくれば無惨な事になってるけど(^^;
痒いのも困るところ;
せめて掻き壊しだけはしないように頑張ってます。


とまあそんなわけで入院してきます( ̄▽ ̄)

よりにもよって昔と同じ病棟だし、気分的には懐かしき我が故郷に帰るみたいな?


全麻だから分からないし、執刀は主治医みたいだからその辺は信頼してる。

ただオペ後の酸素マスクが乾燥するわ息苦しいわで嫌だと思うけど
飲水OKまで耐えればまあ一番の修羅場は終わりかなーと。


ただオペ前日はシャワー必須とはいえ、
このプチプチの身体で一緒にお風呂は他の患者さんには嫌がられるだろうなと。
うつらないといってもこれじゃー避けたいと思う。

自分の中でのバトルロワイアルの結果の発疹とはいえこの見た目はなぁー。
術部が首元だしドレーン入るだろうからシャワー可もいつかわからないけど、
オペ前&術後許可出た暁には看護師さんと要相談だわ・・・


ってオペ後の大体の状況の想像つくのってなんかやだなぁ、
病人マスターも善し悪しです〜( ̄ー ̄;