“鼓の道日記”

TAOの様々な活動や日々の出来事を自由きままに綴るTAOブログ

僕たちは限りなき<道>を行くアーティスト  江良拓哉

エンターテイメントを生業として輝いているアーティストが沢山いる。


彼らは汗を流し自分の限界に挑み、更に未熟さを知り、涙を流す。

体に様々な傷を作りながら、難しい技に立ち向かう。
それを繰り返し、彼らは新しい自分と出会い、その才能を開花させていく。
そんな彼らが戦い抜いた舞台に、人々は強く心を打たれ、
身動き出来ず、言葉を失い、涙を流す。


今回のツアーもあっという間に1ヶ月半が過ぎた。

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日々続く公演の疲れなのか、タイトなスケジュールのせいなのか…。
最近、舞台がギクシャクしているのを、僕以外のメンバーも感じていた。

何故なのか?

いつもと変わらず舞台に立っているはずなのに…。
先日、プロデューサーから貰った言葉「お客さんは自分の鏡だよ」
今まで僕の中に無かった考え方だった。

分かりやすく、ハッとした。

二年前、この真っ青な空の下で、シルク・ドゥ・ソレイユの
『ヴァレカイ』というエンターテイメントショーを観た。

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彼らのショーはとにかく素晴らしかった。
多少の失敗はあったものの、彼らの演技には緊張感があった。

この演技で沢山の人に認めてもらい、
次の目標のために今を大事に、精一杯演技していた。
だから失敗して、楽屋に戻ったときは悔しくて涙しただろう。

僕にはそんな風に見えた。
彼らのメンバーの一人が言った。

『舞台に上がり緊張しなくなった時、私は舞台から降りる』
…今回のツアーで、僕はそんな彼らの仲間だということを思い返した…


自分が本当に太鼓を打って楽しくなければ楽しさなど、表現できない。
ましてや、それが伝わるわけがない。

自分自身が舞台で感動しなければお客さんが感動するわけが無い。
日々の公演の疲れのせいでも、タイトなスケジュールのせいでもない。
シルク・ドゥ・ソレイユのメンバーのように、全ては自分自身のあり方なのだ。

このツアーで、僕は新しい目標を見つけた。

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一つは汗を流し、体を作り、限界に挑み、
涙を呑みながら何度も何度も這い上がる自分になる。

それは僕等アーティストと言われるもの達の根本的な土台である。
これを絶対に忘れず挑戦し続けること。


もう一つは世界のエンターテイメントに匹敵する音楽とパフォーマンスを、
皆と創造すること。

それにはとてつもない時間と努力が必要だが、
それを作り出す才能を必ず開花させてみせる。


小さい頃、失敗する度に、母親が『あんたはなんでも出来る!』と言っていた。


これからはその言葉を大いに信じてみたいと思う。



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江良拓哉

TAO-REDオーストラリアツアー中のOFF日 水藤義徳

今日はパースにある『プリンセス・マーガレット・ホスピタル』へ慰問演奏に出掛けた。


メインエントランスを抜けるや否や、
突然の異空間に「おやっ?」と一言。

病院のイメージとは程遠い虹色のトンネルを抜けた先で
銀色のロボットとすれ違ったのをきっかけに、
ゲームセンター、インターネット、おもちゃ、お絵描きコーナー、
カフェ、遊具、絵本、DVD等がカラフルな空間に広がり、
幼い頃に誰もが思い描いたような「こどもの国」に
我々はいつの間にか迷い込んでいた。


その一角に小さなエンターテイメントシアターがあり、
今日はここがTAOのステージとなる訳である。

楽しげな雰囲気にここが病院である事を忘れそうになるが、
今日のゲストは闘病中の子供達である。

我々の演奏で少しでも元気になってもらおうと
メンバー同士で声を掛け合い、早速準備に取りかかった。


お医者さんの格好をした道化師、
「サンフラワーさん」に紹介されていよいよ演奏を開始。

太鼓や笛の音が病院内に響きだすと、
子供達は病室を飛び出してステージに集結し、
1曲目が終わる頃には通路まで塞がってしまう程のにぎわいとなった。


子供達は真剣な眼差しで演奏を見守り、
1曲ごとに惜しみない拍手と笑顔を送り返してくれた。

その反応は普通の子と全く変わらないのに、
私が笑顔を交わした子の中の何人かは今、癌と戦っている。


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そう思うと演奏中に突然目頭が熱くなった。



我々の演奏は会場に足を運ぶ事ができなくなってしまった子の病室へも
実況中継でつながっている。


ただ一つ『がんばれ!』

というメッセージだけを込めて「大祭」を演奏する。


泊まり込みで子供達と暮らしている家族や、
道化師サンフラワーの目から涙がこぼれ落ちる‥‥。



最後の「FESTA」が終わると太鼓に興味をもった子供達がこちらに押し寄せてきた。

ちいさな手にバチを差し出すと、
恥じらいながらも思い思いのリズムを叩きだした。

他のメンバーも、自分に寄り添ってきた子供達が満足するまでいつまでも遊んだ。


今日の慰問演奏はメンバーそれぞれの心に深く響いたであろう。

きっと太鼓の音色に変化をもたらす程の経験になった筈だ。


私は、太鼓の音色は人々に何かしら影響を与える事ができると信じている。
打ち手が念じたメッセージは音に変わり、人種を超えて聞き手の心に直接届く。

ほんの少しかもしれないけど、私はできる限りの人に勇気を与えて行きたい。


最後に私は「ありがとう、また遊びにくるよ!」と、
こどもの国の皆に笑顔で約束をした。



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水藤義徳

肉体改造計画 森藤麻紀

海外にて長期ツアーに入ると食事時間の不規則さや食材等の問題もあり、
体質や体型の変化が気になり始めていた。

体調管理はこの世界において必須の事であるし、自分の事だけでなく、
衣装担当の私としてはサイズや美しい身体を皆に保ってもらう事も大事な仕事の一つ。
食事や体調の管理方法を模索していたがなかなか良い効果が現れるまでには至らなかった。

そこで、今年の4月、ヨーロッパツアー後半より体調管理と称して、
体重、体脂肪の測定を始め、それがここオーストラリアでも
毎日の日課となっている。(最近は現地スタッフも共に測定している(笑))


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記録を始めた当初は、体脂肪は低ければ低い方が
良いというような雰囲気が漂い心配した事もあったが、
日本に帰国した際に、衣装で協力してもらっている
アンダーアーマー(株式会社ドーム)の取り扱いサプリメントである
DNSの説明や身体について講義をして頂いた事で、
皆の知識や取り組み方が一気に変化し、今では体重測定が良い効果となっている。


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様々な感じ方があると思うが、舞台において
私は美しい肉体こそが最高の衣装だと思っている。

この先もTAOの衣装を作らせてもらうとしたら、
できれば、最終的には鍛え抜いた肉体をサポートできるような
衣装をテーマに制作したいと思う。

アスリートとアーティストの狭間に存在するような
TAOという新たなジャンルができる事を願いたい。


体重測定の第一の目的は、現在の自分のベスト体重と脂肪を知り、
最高の舞台を行なうために自分自身の動きやすいベストを保つ事。

そして、更に自分が理想とする身体へ、食事、サプリメント、
トレーニングで肉体を改造していく。

私の目標は動きやすく、メリハリのある身体をつくる事。
もう少し若い時には細くて筋肉質なユニセックスな身体に憧れ、
脂肪を出来るだけ落とした時期もあったけれど、
今はもう少し女性らしい身体をつくりたいと思っている。
勿論余分なお肉はそぎ落としたい。

肉体改造で一番気にかかっていた事は年齢的なもの。

・・・やはり歳を重ねる度に代謝が落ちているし、
体型も変わりやすくなった。疲れやすくなっている事も事実である。

私自身35歳を過ぎてからは明らかにそれ以前とは体の質が全く変わったと感じている。
少しでも不摂生をしたらそれが確実に身体に表れるようになった。

その壁を「年齢だから。」という言葉で通り過ぎる訳にはいかないが、
やはり難しくなっていくのかな。と感じている部分があった。

そんな時、大好きなアーティストであるジャネットジャクソンが新曲を発表した。


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とても太りやすい体質で、激太りの為に
引退も騒がれた程だった彼女は42歳という年齢に関わらず、
4ヶ月の食事管理とエクササイズで2
7キロのダイエットに成功しこれを成し遂げたのだ。

年齢に関係なく努力次第で身体は変わるという事を実証してくれた。

それ以来、ランニングする事もトレーニングする事も
以前のように楽しくなってきた。


今はお守りの様に、ジャネットとマドンナ(50歳)のDVDを持ち歩いている(笑)。


現在、TAOの食事やサプリメントで相談にのってくれている
心強い協力者であるDNSの担当者、中澤さんも、
39歳にして現役ボディービルダー(日本2位)。

来年は日本一を目指しトレーニング中とのこと。
(オーストラリアからの私の質問攻撃に対しても
丁寧にメールでお返事してくれ助かっている。)

実際の所、努力により人間の可能性に限界はないという事なのだ。

もしあるとしたら、それは自分自身が決めている事なのかもしれない。
そして年齢関係なく成長している人の共通点は
自分の可能性を信じてあきらめない事である。

先日もらった中澤さんのメールにこんな事が書いてあった。


人間は一般的に肉体的限界よりも先に精神的限界が来てしまい、
実は本来自分が持っている実力の60%程度しか出せないと言われています。
肉体的限界と精神的限界が少しでも近づけばパフォーマンスは絶対に上がるのです。いつも攻めの姿勢で“絶対もっとよくなる”と自分の可能性を信じているのです。




私も先月で37歳になった。

まだまだ自分の可能性を信じて、これからの人生にトライしていきたいと思う。

明日の朝も、この気持ちよいオーストラリアの街を走りにでかけよう。

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「走れ!……」 江良拓哉

僕は今、シドニーに居る。

僕達の泊まっているホテルの目の前には、二年前とは何も変わらず、冬なのに暖かく、穏やかに煌めく、クージービーチが広がっている。

日に焼けて真っ黒なサーファーが高い波に乗り、高齢者は僕たちも驚く程、元気にランニングをしている。ビーチの前の芝生では子供達が元気にブーメランをしながら走り回り、若いカップルは寄添い、海を眺めながらランチを楽しんでいる。


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今回、YELLOWからオーストラリアツアーに参加した四人。
原口純一、岩谷あすか、小林茉莉子、谷中弘康。

彼らは入団して、わずか二年でYELLOWの主軸を担っている。既に、彼らの演奏を楽しみにし、彼らを応援してくれているお客さんが沢山いる。

それでもまだまだ、精神力の弱さ、そして日々の生活の中での気配りが足りていない。

なんと僕は今回、プロデューサーから彼らのトレーニングリーダーに任命された。
TAOのプレイヤーとして、プロとして、何を学ばなければいけないのか・・・・。

まずは自分自身が初心に戻り、彼らと共にトレーニングを始めた。

トレーニングといっても、ただランニングやウェイトトレーニングをするだけでは無く、僕が二年前REDに合流した時に厳しく教えられ、学んだ事を彼らに伝えようと決めた。

日々の生活態度や考え方、トレーニングに対する意識から変える。
実際、僕も彼らをいきなり指導するにはまだまだ実力不足であるし、経験不足。
先輩に相談しなければ不安である。それでも彼らを変えたいと思う、そして自分も一緒に成長したいと思う。

今日は公演が無くAM11:00からランニングに行くことにした。

ぐぅぅっと背筋を伸ばすと優しく暖かい日の光と、心地のいい潮風が身体を包み込む。
先ずは、皆で円陣を組み、準備体操をして、岸野さんや滝さんに素振りを見てもらい、厳しい駄目出しをもらった。
そして、皆で一緒に軽く走り出す、走る途中で「股上げ」や「腕立て」等の筋トレを瞬時に組み入れながら約30分走り、最終的には、角度約70度以上はある急な坂をダッシュで駆け上がる。
必死に着いて行こうと、汗だくの彼らを背中で感じながら、僕は坂の頂上を右に折れ、更に急な坂を駆け上がる・・・。

『もう一回り登るぞー!!走れ!!!!』

ビーチの砂浜でラストダッシュを走り抜き、倒れ込む彼らに「ラスト腕立て!」大きな声でカウントしながら最後の腕立てを終えた。


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顔を真っ赤にさせ、肩で息をする彼らを見ていると、二年前FESTAの棒の演技に出たくて、指の間に
「マメ」を作りながら、毎日このビーチで練習していた事を思い出す。

波打ち際に立って見る朝日が好きで、まだ暗いうちから砂浜に出て、棒を回していた…。

今回、彼らのトレーニングリーダーに任命され、自分自身を見つめなおす事ができた。

僕がTAOに入団してから三年、様々なシーンが甦ってくる。

彼らを見ていて思った「いろんな壁が立ちはだかると思う。
それでも今の純粋な気持ちで、その姿で走り抜けてほしい、日本で待っていてくれる人たちのために、応援して下さる全ての人達のために…」そして、僕自身に言聞かせた。


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シドニーにて 江良拓哉


台湾からの帰郷

台湾での公演を終えた太鼓が久住に帰ってきました。本日は太鼓の梱包開封作業です。

天気は雨、土砂降りではないにしろ、太鼓にとって湿気は厄介なものです。
濡れないように細心の注意が払われました。

海外から運ばれたトラックはTAOの里に入ることができないほど大きいため、近所の大きな駐車場で4t車に移し運ぶというピストン方式をとりました。
想像以上に大きかったトラックを見た瞬間、「これ全部入ってんの?」と思ってしまうほどでした。今日中に終わるのか?そういった感じでした。

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手伝いには優秀な指揮官と、バイトさんの方々とで協力しながら4t車2往復でTAOの里への運び込みが完了。天候も味方して、運び込みの時、雨はやんでいました。

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次のステップは梱包開封作業。やはり湿気が多いためライブ場の扇風機はフル稼働。
運び込まれた太鼓は段ボールをとると、湿気対策にまかれた厚手ラップと長旅に耐えるための緩衝材のプチプチ除去作業。
今まで太鼓に触れることがなかった私には新鮮な作業でした。TAOの海外での活動の裏側が少し理解できました。

大太鼓のカバーにも驚きました。所詮はカバーと高を括っていると、二人がかりにも関わらずその重さにビックリしてしまいました。カバーを着けた状態で転がすのも一苦労。
その後、大太鼓はリフトを使って台へ設置。指揮官のもと、緊張の作業でした。
最後はライブ場の陽のあたりにくい場所に太鼓を置き、毛布でカバーして終了。大太鼓も無事鏡裏へ収納。

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長旅を経た太鼓たちはこうして次の舞台まで養生に入りました。
破損無し、本日の開封作業は無事に終了しました。

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マネージャー
荒木 豊史/Araki Toyofumi

TAOライブin第53回溝部学園「姫山祭」

6月22日(日)TAO−REDは大分県別府市の溝部学園で公演を行いました。
「姫山祭」と題された学園祭の今年のテーマは「大合奏」。
TAOは学園祭締めの催しとしてライブを行いました。

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学校公演と違い、学園祭に参加したのは実は初めてのTAO。
一般観覧と学生観覧の2回公演。
メンバーは朝から現地入りをしてステージの準備を行いました。

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当日は生憎の空模様。
梅雨の時期の太鼓は湿気を吸ってならなくなってしまいます。空調のきかない体育館では窓を閉め切り、学内にある扇風機を集めて湿気を払ったりと手ごわい準備となりました。

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しかし、会場となる体育館に施された飾りや、学生用太鼓ワークショップの「当選者発表」の張り紙をみるとメンバーからはやる気と笑み生まれていました。

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1回目のライブは事前に申し込みによって選ばれた「一般用」ライブの開場。
外にはライブを見にきたお客さんの列。体育館はものの数分で定員となりました。

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TAO−REDによる30分ライブがスタート。
一曲目から手拍子が湧きおこり、声援が飛びかう予想以上の盛り上がりとなりました。

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次は30分後の「学生用」ライブ。
一般に比べ、TAOを見たことがない人が大多数を占める学生用ライブ。
しかし、演奏が始まると最初の演目から会場のテンションはいきなり最高潮になりました。
「何あれ!めちゃめちゃカッコイイ!」「凄いよこれ!」

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どよめきが会場を埋め尽くす中、次々と披露される演目に学生は先ほどの公演を凌ぐ最高の盛り上がりをみせてくれました。

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学生用ライブには太鼓のワークショップが予定されており、抽選で選ばれた15名が前に呼ばれた時には会場から「いいな〜」という声、選ばれた中にはTAOのTシャツを着た学生もいました。
AチームとBチームそして会場のお客さまに分かれTAOの代表曲「FESTA」を一緒に演奏。

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最後はTAOバージョンの「FESTA」を演奏して姫山祭のTAOライブは大声援の中終了しました。

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メンバーが退場したあとも、誘導の指示がでるまでアンコールや声援をいただきました。

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ライブ終了後は、グッズ販売所に突如登場した江良拓哉にサインの列ができたり、搬出をするメンバーを見つけて握手をしたりと、ライブが終わったあとも会場の熱気が下がることはありませんでした。

握手をした学生は先生にお裾分けといって先生と握手をしたり、ライブで学生以上に盛り上がる先生を見つけることもできました。
実行委員の皆さんをはじめ、TAOライブに足を運んでくださった皆様本当にありがとうございました。

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TAOは12月にまた地元大分に戻ってきます。
次は寒い時期ですが、また今日のような熱気で会場が盛り上がればと思います。

第53回学校法人溝部学園「姫山祭」TAOライブ
無事に終了

TAO-YELLOW 八代公演

TAO−YELLOW単独ライブin八代厚生会館[熊本]

約2ヶ月ぶりとなるTAO−YELLOW単独ライブ。
6月20日(金)熊本県八代市の八代厚生会館で行われました。

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本日の公演では、地元熊本の秀岳館高校・雅太鼓との共演が予定されており、朝から約40名の学生がこの大雨を吹き飛ばすかのような元気な態度で接してくれました。
彼らはTAOの仕込みを手伝い、徹底した挨拶、本番前のリハーサルなど、当日のやる気を十二分に見せてくれました。

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席はほぼ満席。多くのお客さまが会場前から並んでTAOの公演を楽しみに待ってくれていました。
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今回の舞台では、本番前の前座でまず、雅太鼓の演奏が入り、TAOの公演はそれに続く形で行われました。雅太鼓の演奏が終わると一度緞帳は下がり、そして再び緞帳が上がる時、ステージはTAOの舞台に設定されており、お客さまはその早い舞台転換に驚きの声を上げていました。

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八代のお客さまは終始、手拍子や拍手を送って会場を盛り上げてくれました。
佐藤健治のMCでは、会場の空気に圧倒された彼を励ます場面も。

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最終演目の雅太鼓との共演では50名近くの演奏者からなる「この空につつまれて」。
その迫力は今回の公演ならではの特徴だったと思います。

公演は大成功。

大雨の心配も吹き飛ばす雅太鼓のパワーと、TAOの演奏は、会場を去るお客さまを十分満足させていました。
会場まで足を運んでくださったお客さま、共演を成功させてくれた雅太鼓のみなさんありがとうございました。

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最後に、今回共演をした秀岳館高校・雅太鼓の男子・女子両キャプテンに今回の感想を伺いました。
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大井昴輝さん/雅太鼓・男子キャプテン
樫谷麻美さん/雅太鼓・女子キャプテン

Q.今日の共演を終えての感想は?
大井さん:練習が始まったのが1、2ヶ月前で、TAOさんとの練習が今まで2回でした。練習は最初難しかったですが、今回共演できてとても嬉しく思います。内心興奮気味で、心臓がバクバク状態だったのですが、楽しく叩けたと思います。
樫谷さん:最初は不安だったけど、終わってみれば楽しかったなと思います。

Q.今回の共演の曲で一番難しかったポイントは?
大井さん:みんなで単発は単発で合わせる所、一緒に入ったりするところを合わせるのが難しかったです。
樫谷さん:体全体、全身を使って表現する動きがあるんですけど、そこが周りとタイミングが合わなかったり、リズムと合わなかったりしたのが大変でした。

Q.TAOとの共演が決まった心境は?
樫谷さん:最初はやっぱりプロの方々なので、自分たちの叩きで本当に「大丈夫なのかな?成功するのかな?」と本当に思ったんですけど、練習を重ねるうちに少しずつ気持ちが徐々に良くなってきたので、凄く共演できてよかったです。

Q.今までTAOの曲を練習したことはありますか?
大井さん:『大祭』や『フェスタ』を参考にしていました。
樫谷さん:『フェスタ』が一番乗りやすい曲で、自分たちでやっていて楽しい曲で、『フェスタ』が一番好きです。

Q.今後の目標は?
大井さん:今後の目標は県大会という大会に出て、優勝して全国大会でもう一度優勝することです。
樫谷さん:今後いろいろな演奏が決まっているので、それらの演奏を成功させて、そして県大会優勝して卒業したいなと思います。

Q.最後にTAOメンバーに一言
樫谷さん:今回共演させていただいて、いろいろな勉強ができたので、凄く楽しい思い出ができました。機会があればぜひやりたいんですが、3年生なので残念です。本当にありがとうございました。
大井さん:一生に一度くらいの体験をさせていただき本当にありがとうございました。また共演させていただければぜひ一緒に!日本だけでなくこれからも世界で活躍してください。

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故郷九州でのツアーは約15,000人の皆様に迎えられ、無事終了する事ができました。
ご来場いただいた皆様、誠にありがとうございました。

昨年の12月の凱旋公演から約半年ぶりに故郷の地へと帰ってきたのですが、
私達はいつでも九州の皆様に見守られているのだなと、改めてその重みを感じる事ができました。

「また元気をもらったよ。ありがとう」と言ってくれたおばあちゃん。
「絶対に卒業したらTAOのメンバーに入るから!!」と目を輝かせて語ってくれた学生の皆さん。
「来年も絶対に来るから、また帰ってきてね。」と強く私の手を握ってくれた方。

ロビーで、劇場内で沢山の笑顔に迎えられ私達の方が多くの元気をいただいたように思います。
故郷ってやっぱりいいなと痛感した1週間でした。


皆様の大きな声援のエネルギーをいただき、私達はまた新たな旅へと出発します。

この後、また2チームに分かれ、関東地区メンバー凱旋公演、台湾/アリーナ公演、オーストラリア、国内ツアーとそれぞれが活動していきます。

これからも皆様に最高のステージをお届けできるよう、さらなる高みを目指し、私達は新たな挑戦に挑み続けていきます。

次回は12月の凱旋公演。
また、皆さんにお会いできるのを楽しみにしています。

応援ありがとうございました。

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※ツアーの写真はトップページ「ニュース」の項目より「ツアーレポート」をクリックして頂くとより多くの写真を観る事ができます。

4/19 みやま市山川体育センター公演 藤村愛

皆さん初めまして。
大分県出身、TAO新人マネージャーの藤村愛と申します。

先週4月13日からスタートしたTAO-YELLOW単独公演。二日目となる今回は、福岡県みやま市山川町体育センターで行われました。
私は入社一週間目、初めての公演会場での仕事でした。好きでたまらなかったTAOと仕事できる事の喜びと、初めてTAOメンバーに会う事に対する緊張。
迷惑をかけてはいけない、失敗してはいけないと思う不安な気持ちでいっぱいでしたが、そんな私をTAOのメンバー、そして山川町の皆様は、温かく迎え入れてくれました。


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朝早くから、メンバー、スタッフ、そして地元山川町の実行委員さんと一丸となって作り上げていく舞台会場。体育館がみるみるうちに立派なTAOのステージに姿を変えていきました。
本番前のリハーサルでは、プロデューサーの指示のもと、開場時間ギリギリまで、何度も何度も納得いくまで演目を確認するメンバー。私は、ひたむきなYELLOWの姿勢に感動を覚え、そんなメンバー達とともに仕事ができることに対する喜びに、溢れ出しそうになる涙をこらえながらステージを見つめていました。

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いよいよ開演。
主催者「どんぐりの会」代表の馬場さんの挨拶。
「ふるさと山川に音楽や映画を誘致して、特に子供たちに芸術にふれる機会を提供したいと願っている。」と添えた来場者への感謝の言葉に、私もマネージャーとして、その「志」を共にしたいと思いました。
馬場さんの挨拶に応えるようにはじまったYELLOWのステージ。リハーサルの時には想像もできなかった迫力と、そして最高の笑顔で会場を盛り上げてくれました。
体をめいっぱい動かして太鼓に合わせてリズムをとっている子どもがとてもかわいくて印象的でした。

公演終了後には、「REDとはまた違ったよさがあるよね、これからはYELLOWもどんどん応援するよ!」と言ってくださった昔からのお客さん。「俺の授業も、今日の公演時間と同じ90分。YELLOWみたいに、一分一秒生徒を飽きさせない、楽しい授業をしなきゃだ。明日からまた頑張るよ。」とキラキラした目で語ってくれた塾の先生。
YELLOWは、これから沢山の方々に支えられ、皆さんの期待に応えていきながら、最高のチームになっていくことを予感しました。

YELLOWの熱く真剣なまなざし、ひたむきさ、そしてあの最高の笑顔はほんとに心の底から応援したい気持ちにさせてくれます。

私ももちろん、YELLOWの大ファンになりました!

マネージャー
藤村 愛/Fujimura Ai


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4/13 臼杵市野津中央公民館公演 荒木豊史

いよいよTAO-YELLOWの単独国内公演がスタート。


ファーストライブは地元、大分県の臼杵市野津町で行われました。
結成3年目のYELLOW本格始動となる今回の公演は、入社1ヶ月の新人マネージャーの私にとって初同行となります。
不安とガチガチの緊張が入り混じる中、主催者の吉四六太鼓の皆さんとの挨拶を終え、あたふたと会場設営や販売グッズを並べる時も緊張で手が震えていました。

外は時折激しく雨が降りつける悪天候にもかかわらず、会場1時間以上前から公演を楽しみにしていたお客さまでロビーは長蛇の列、会場を待つお客さまの熱気があふれかえっていました。
グッズを並び終えた私も、開場前の雰囲気に緊張はピークを迎えていました。


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いざ開場っ!!

スタッフとして席をご案内する吉四六太鼓の皆さんの声が会場に響き渡り、あっという間に満席。YELLOWのファーストライブは立ち見のお客さまも迎える好調な滑り出しでした。

手拍子、拍手が会場から聞こえてくると、ロビーにいた私も自然に体がリズムを刻み心地よい高揚感に浸っていました。


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最後の演目は吉四六太鼓さんとの共演。

会場をのぞくと、メンバー全員が楽しそうに演奏。会場全体はその演奏に釘付けとなり、演奏終了と共に拍手の嵐が会場中を覆っていました。
場内に残った緊張感と温かい拍手に、私は鳥肌が立ちメンバー同様に嬉しさを隠しきれませんでした。


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公演終了後。

吉四六太鼓さんとTAOとの交流会では今回の公演を支えてくださった実行委員さんの温かな人柄がみんなの心をときほぐしてくれました。そのとてもアットホームな雰囲気は、YELLOWにとって、そして私にとっても、そこがいつでも帰ってこられる故郷に感じられました。

戻ってきた時は、「ただいま」「おかえり」と互いの心が通じ合うような、素晴らしい人たちとの出会い。そんな素晴らしい人たちに支えられているTAOと共に私もこれから九州のいろいろな所で故郷を感じていきたいという想いが膨らみました。


これまでTAOを大きく支え、育て、海外進出まで後押しをしてくださった九州各地で、YELLOWは新たなTAOの顔として巡って行きます。

みなさんの町にもTAO-YELLOWは演奏をしに行きたいと思っています。

私が初めてTAOの公演を観た時の、興奮や、感動をみなさんの元へ、メンバーと共に届けに行きたいという想いを胸に抱き野津を後にしました。


マネージャー
荒木 豊史/Araki Toyofumi
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