キャリア相談もできる隠れ家BARのマスターのブログ@銀座 助家

リクルート−エージェント⇨フィジー共和国の語学学校責任者を経て 飲み屋を開業。創業した池袋のお店を店長に譲り、現在は銀座のどこかでBARを営んでいます。

September 2007

    執筆活動 原稿公開

    どうも。こんにちは。

    語学学校FBIの総販売代理店である日本のSPFB社さんで
    「海外ロングステイ」の本への出稿のハナシがあるらしく、
    私も一筆者として投稿することにした。
    ボツになるかもしれないので、
    ひとまず原稿ココに載せます。
    個人的なものですが、ホンネで ホンキで
    書いたものです。
    読んでー♪読んでー♪



             「ロングステイとしての就職」
                                   

    2006年末から私はフィジーの英語語学学校を運営するベンチャー企業に就職し、
    現在はマネージャーとして働いている。
    以来、全てが初めての経験であり、苦労も、喜びも数多くある。
    誰しも一度は海外に住みたい 海外で働きたいと考える。
    でも実行するのはほんの少数だ。
    海外で生活を始めるのには一大決心が必要だ。
    そこには迷いも、葛藤も、達成感も、喜びも、苦労も全部ある。
    実際に経験した一人のリアルな経験談として
    本文書が、「海外暮らし」へ向けた初めの一歩が踏み出せない読者を勇気付ける
    と共に、
    「海外に行けば極楽生活が待っている」という安易な想像をしている読者へ警鐘を鳴らすものになれば幸いである。

    <フィジー渡航のきっかけ>
    フィジーに渡航する前の私はいわゆる普通のサラリーマン。
    大手国内企業で外資系企業向け法人営業を経て、
    25歳以下の第二新卒転職希望者対象の転職コンサルティング業を行っていた。
    その際に、現職企業のフィジー駐在案件に出会い、現在に至る。
    幸い日本の仕事には大きなやりがいを感じ、
    連日夜中までの残業も全く厭わない企業戦士。
    収入も高く、仲間にも恵まれ、日本国内にいる限り、
    都会のビジネスパーソンとして安定した将来が約束され、
    日々の生活にはそれなりに満足をしていた。
    ではなぜ、それらを全て捨ててフィジーを選んだのか。
    理由はいくつかあるが、順に表記することにしよう。

    <海外で生活してみたい>
    私は小学校時代3年間アメリカ西海岸で育った事を除けば、
    「普通に日本で」暮らしてきた日本人だ。
    大学時代はバックパッカーとして東南アジアを放浪してきた。
    アメリカと日本の物質的豊かさに囲まれ育った自分が、
    貧しい国々の人々のシンプルな暮らし、底抜けに明るい笑顔に触れた時、
    人間としての本質的な幸せとは何か?
    という終わることのない問いかけが始まった。
    結論は「人生笑ったもの勝ち!」幸せな人間はいつも笑っている!

    就職してそこそこの高収入を手にし、お金で買える高級なものを垣間見た。
    「高級車」「高級レストラン」「ブランド服」「着飾ったOL」「移動はタクシー」「高層マンション」etc etc.....

    でも、自分が本当に笑えるものが 見つからなかった。
    結局私が手に入れたいものは、
    「南国の海」「気の置けない仲間と酌み交わす酒」「家族との時間」。
    これさえあれば、私は笑いが止まらない!!
    だが、これは社会の構造として、日本の都会では手に入りにくい。
    では何処にあるのか?と考えたのが、海外で生活をしてみたいと考えたきっかけだ。
    だから、フィジーだけでなく、沖縄やタイ南部も移住先候補地の一つであった。


    <じゃあ、海外暮らしを実現するには何が必要?>
    〜真の自由人とは・・世界の何処でも独力でビジネスを作り出せる人間になりたい〜

    誰しも一度は「海外に住んでみたい」と考える。
    しかし、実際に実行できている人間はほとんどいない。
    何故なら、「お金がない」「日本での仕事に縛られて時間がない」からだ。
    この実行できない理由「日本で雇われないと生活ができない」
    を解決しなくては、よほどの貯金を残してリタイアしない限り、
    海外での長期生活は一生できない。
    だから、移住=転職 である。
    私は、「日本で雇われないと生活ができない」人生から開放されるために、
    20代のうちに達成するべき2つの自己目標を立てた。

    々餠からの開放=世界の何処でも就職が出来る
    雇われ人生からの開放=会社に雇われなくとも自分で事業を作り出せる

    「日本でサラリーマンなんかやってらんねー」などとワガママをいうのであれば、
    海外で自分で事業を作り出し運営できる能力を身に付けならなければならない。
    だから私は、多くの観光客がフィジーという国を選ぶ理由「癒し」を求めてフィジーに「住みに」来たわけではない。
    今後の自分の人生をもっと自由に、豊かに、笑いまくるために
    「本気で仕事をしに」来た。

    20代は、とにかく自分にストレスをかけること、
    そして将来に繋がる仕事のスキルを身につけることが
    30代、40代、50代の将来の自分に役立つことを、
    前職の仕事柄、イヤというほど思い知っている。
    だから、「海外でなんでも良いから就職をする」
    のではなく、「海外で就職をして自身のビジネススキルを向上させる」
    仕事を見つけることが必要だった。

    現職とは運命的な出会いをして、
    フィジー現地で責任者として事業を任せられている。
    親会社は設立間もないベンチャー企業、
    発展途上国で前代未聞のビジネスの運営。
    課題は日々山積みの状態だ。

    オフィスのLAN工事から始まり、
    採用、現地スタッフと英語教師陣の教育、顧客対応、事業企画、社内制度整備、
    コスト管理、現地法人及び政府との折衝etc etc….
    事業を運営する上でやらなくて良い仕事などない。
    のんびりしているヒマなど全くない。
    しかし、大きな組織のしがらみに縛られて自身に試せないアイデアなど殆どない。

    温室の前職に留まっていれば20代でせいぜい営業課長。
    事業部長をやるなら早くても30代半ば。
    「Enjoy&Exciting」が人生のモットーの私には10年も20年も我慢が効かない。

    ー己成長=裁量権の広い仕事に励むことから自己を鍛え、成長できる。
    ⊂来の可能性の拡大=必要スキル習得により、今後の人生の可能性が広がる。
    この2つが魅力で転職を決意した。


    <実際にフィジーで生活した感想>
    【苦労した点】
    ○「楽園」への安易な期待
    物価が安い国=発展途上国=生活レベルもその分低い
    「フィジー」と聞いて日本人が想像する海辺の生活はあくまで「リゾート」。
    リゾートは当然リゾート価格。
    地元民と同じレベルの暮らしであれば、1ヶ月の生活費は1ヶ月1人1万円、
    観光客向けのリゾートに週末夕食に出かけたり、
    日本食用の輸入食材を購入するなど、
    ちょっとした贅沢をすると月に5万円。非常に安い。
    がしかし!生活費が合計5万円なら5万円なりの暮らしである。
    私は全く苦痛を感じないが、
    都会でのOL暮らしが好きな妻にとってはツラい事もあるようだ。
    日本で暮らすのと同じレベルの衣食住を実現したいのであれば、
    結局日本で暮らすのと同額のお金がかかる。


    ○サービス業 製造業 あらゆる業者が信用できない

    日本のようにあくせく働く人が存在しない分、物もサービスも
    「品質」が信じられないほど悪く、「納期」にいたっては存在しないも同然。
    クーラーが当たり前のようにしょっちゅう故障。
    修理業者に何度も連絡をして、業者が来るのが1週間後。
    来ても、直せない。または、さらに壊す。しかし謝りもしない。
    結果毎日寝室で汗だくで過ごす。
    これにいちいち怒っていては最悪のストレス生活が待っている。
    笑い話にできる人なら大丈夫。



    ○快適に暮らすには積極的なコミュニケーションと環境適応への努力が不可欠

    海外で快適に暮らすには1にも2にも「適応能力」は必須。
    語学を積極的に学ぶ気もない、現地人の文化に合わせる努力をしない
    という人間は海外で仕事はおろか、生活すら出来ないだろう。
    ただ単に「楽がしたい」「英語学習など興味がない」
    というリタイア目的でフィジーに来た年配の方々がフィジーに適応できずに日本に帰国していく事例をこれまで何度か見た。
    もちろん若者であろうが、同じ目的でフィジーにくれば同様の結果が待っている。

    意思を強く持って頑張れば環境に適応できるし、ハッピーになれる。
    頑張るのがイヤなら、海外暮らしなんぞあきらめればいい。

    「楽」をし続けることができる国は、残念ながら世界の何処にも存在しない。
    多分、我々日本人にとっては日本が一番楽に暮らせる場所だ。
    「楽」をし続ける生き方なんぞ、誰にも実現できない。
    パリス・ヒルトンのように大金持ちの子にでも生まれないかぎり、
    人間は「生きていくために努力をする」ことから逃れられない。

    単に南国で「楽」がしたいなら、
    日本語が通じ、サービスも物価も日本並みのハワイに行くのが適切。
    フィジーであればリゾートホテルでの観光がベストだ。
    当然それなりのお金がかかる。
    毎日は暮らせない。限られた時間の中で最高のひと時を過ごそう。

    現地で苦労をする覚悟をし、
    自分から積極的に適応する努力ができるのであれば、
    治安の良いフィジーの地元での生活は、
    年配のリタイアにも、若者のリラックスにも、子連れの家族で過ごす場所
    としても、世界最高の「癒し」の場所の一つであることも付け加えておく。



    【良かったこと】
    ○フィジーの人は、外国人に対してとにかく温かい。
    孤児が学校にいれば、
    先生が自分の家へ引き取って育ててしまうような信じられない懐の深さがある。
    欧米で感じることのある有色人種に対する差別なども全く無い。
    家の外を散歩すればいつでもどこでも「ブラー(元気〜?)」と声をかけられる。
    他の途上国のような商売目的であるケースなどほとんどない。
    私自身、20カ国程度を旅してきたが、
    これほど人が温かく、友達が作りやすい国はフィジーをおいて他にはない。


    ○フィジータイム
    これは「苦労」欄の業者が信用できない という点の裏返しだが、
    フィジーの人々はとにかくおおらかな国民性で、
    相手が約束を破ろうが、時間に遅れようが、気にしない。怒らない。笑顔で許す。
    私が日本並みのぺースでガツガツ仕事をしているときは、
    「何でそんなしかめっ面で早歩きしてるんだ。とりあえず木陰でのんびりしようよ」
    などと道端の人々が声をかけてくれる。
    「確かに。別に今やらなくても死んだりはしないか」と私も一緒にホっと一息。
    円形脱毛の男性がフィジー人にほとんどいない(笑)のは、
    ストレスフリーな生活をしていることと、無縁ではない。


    ○最高の自然がある

    エメラルドブルーの海。
    スコールの後の虹。
    燃えるような夕焼け
    満点の星空に天の川。
    南国の太陽をいっぱいに浴びた新鮮な野菜にフルーツ。
    このあたりはフィジーは世界でも5本の指に入るだろう。
    どんなに仕事で忙しくとも、
    週末に30分もドライブすれば最高の南国バカンスが楽しめる。
    平日に満天の星空を眺めて妻と酌み交わす1杯のビールは、最高の幸せだ。


    あとがき

    海外での生活は魅力的です。
    得たものは数え切れない。
    でも、得るための努力は不可欠で、捨てたものもたくさんある。
    全てを手に入れることは結局のところ、誰にも出来ない。
    全部を欲しがっていては一生幸せになれない。
    だから、取捨選択。
    「高級車」「高級レストラン」「ブランド服」「着飾ったOL」
    「移動はタクシー」「高層マンション」「社会的地位」「安定した暮らし」
    「刺激的な生活」「温かい人」「時間のゆとり」「趣味」「ロハス」「自然」
    「健康」「美容」「家族」

    さあ、貴方はどれを選びますか?
    何を得て、何を捨てますか?
    欲しいものを決めたら、それを手に入れるための努力をしよう。
    捨てるものを決めたら、それを捨てる覚悟を決めよう。

    物事全てに通じるが、
    Happyでない人間はHappyになる努力をしていない。
    「私は頑張っているのに、環境のせいでうまくいかない」
    と言う人間は単純に自分の努力が足りていないのを他人のせいにして
    自己否定から逃げているだけだ。
    自己否定は自己成長の糧。
    自己否定のできない人は、一生成長をせず、
    自己の直面する問題から一生逃げ続けUnhappyな人生を送る。

    自分をhappyにできるのは自分の力だけだ。
    自分の力を信じて頑張るのは、
    誰にでも出来る。今すぐ出来る。


    結局のところ、海外暮らしができるかどうかは自分次第。
    ・選ぶ判断力 ・捨てる勇気 ・達成する努力
    この3つがあれば誰にでも出来る。
    人間が社会で生きていく上で必要になる当たり前の能力だ。
    特別なスキルなど何も必要ない。

    海外に住みたいなら、まずは英語が話せるようになる努力をしよう。
    今出来ないならこれからやればいい。
    英語の参考書を音読するのでも、道端の外国人に話しかけるのでも、
    英会話教室に通うのでも、留学するのでも何でもいい。
    今すぐ行動を起こそう!

    海外で暮らすことは、誰にでも、いつでも、できること。
    でも、やらない人間、努力しない人間には一生できない。
    人生は思ったよりも短い。今日より若い自分はいない。

    「温かい人」と「自然」が欲しい方は迷わずフィジーへ。
    フィジーは頑張る貴方を快く迎え入れてくれることでしょう。
    私の学校では、出会った人間全てに、
    「幸せになる力」を伝えたい。

    ご一読、ありがとうございました。

    牛を一頭殺しました。「生」について考える

    みなさんこんにちは。
    先月、私は一頭の牛を自分の手で殺しました。

    なんともいえない






















    目的は、牛料理(BBQ)を全校生徒に振舞うこと。
    結婚式で生きた肉牛を結婚祝いの目録として
    現職の社長から頂いたのがきっかけです。

    自分が殺すということは、元々決まっており、
    「ひどい話ですよー」などとネタにしていたのだが
    いざ前日になると、おおよそ普通の精神状態ではいられない。
    殺したくない。逃げ出したい。

    牛と対面して30秒以内に殺すと決めた。
    これ以上の時間をかけたら、
    牛に対する情が沸き、自分には殺せない。

    当日、そこには、数十人の見物客と、
    縛られ、地面に横たわる彼がいた。
    係りの人間にナイフを渡される。

    彼の目が悲しげに私を見る。
    彼も仲間の牛達が、殺されるところを見てきており、
    自分がどうなる運命なのかは、分かっている。

    私が殺さなければ、他の人間が殺すだけ。
    「殺さない」という選択肢はない。
    ならば自分の牛は、自分の手で。
    覚悟は決まった。

    彼の前で正座。
    黙祷を5秒。「お命、頂きます。」

    彼の喉にナイフを付き立てた。
    牛の皮は厚い。簡単に切れない。
    切り口へ垂直方向にナイフを突き立てる。
    生温かい鮮血が噴き出す。彼が悲鳴を上げ暴れる。
    皮、筋、筋肉、気道、そして首の骨まで、、、
    体を切り裂く感触がナイフが進むごとに手に伝わってくる。

    苦しませたくない。
    早く殺して楽にしてやりたい。
    頭の中はただ、それだけ
    無意識の内に私は叫び声を上げ、涙を流していた。
    牛を抑える















    首を半分切り裂いても
    牛はそんなに簡単には死なない。
    出血多量で絶命するまで彼は叫び、暴れ続けた。
    私は彼の体に寄り添い、ただただ彼を抱き続けた。

    10分ほどだろうか。
    体の痙攣が止まり彼は絶命した。
    農夫が彼をバラバラに解体していく。
    ジョー牛解体























    私は表現する言葉が見つからない感情に襲われた。
    冒頭の写真の表情だ。

    その後、彼は分解され、
    生徒さんたちは大喜びで新鮮な牛のステーキ、カレー
    スープやレバ刺しを食べた。



    ・・・・


    ・・・・


    その日は、その出来事が頭から離れず眠れなかった。
    殺す前よりも思考の視野が明らかに広い。
    考えることが多すぎる。
    「食べ物は大切にしよう」
    などという簡単な結論には収まらない。

    最終的にたどり着いたのは、
    「もっと大切に生きよう」
    ということ。

    私が牛を殺したのは、特別なことではない。
    罪の意識や、残酷だ と感じることも滑稽だ。
    苦しむ彼を救おうと、彼に寄り添い、抱く私は、
    優しく見えたかもしれないが、
    ただその場の感情で動いているだけの虚像。
    「自分が殺し、食べた」という事実は変わらない。
    これは申し訳ないと考える人間の行動ではない。

    動物を殺すことに罪の意識を感じ、
    本当に申し訳ないと思うのなら、今後一切の殺しをせず、
    生命を増やすために生きていく。
    それは一切の肉食を断ち、大地に植林して、生命を育む。
    こんなライフスタイルだけだろう。
    私は、しない。少なくとも今はしていない。

    人間は今、食物連鎖の頂点に立っている。
    我々の生は、何千、何万もの動物の死の断末魔の上に成り立っている。
    今、この瞬間も、動物を殺しているから存在する。
    それは、肉を食べる全ての人間に当てはまる。
    たまたま他人が自分の代わりに殺してくれているから、
    自分自身の手で直接殺す機会がないだけだ。
    全ての人間は自身が「殺し」をしている存在であることを、
    自覚しているだろうか?


    ハンバーガーを食べながら、
    「最近ヒマでつまんねーなー」とのたまう若者
    焼肉を食べながら、
    「後はもうお迎えを待つだけだから・・・」という老人。

    生きてることを大切にしない人間
    自分の人生が不幸だと考える人間
    ネガティブな人間全て・・・

    そんな人生なら他の動物を殺してまで生きている価値がない。
    殺意すら覚える。


    殺しの罪を償う方法などこの世には一切存在しない。
    ならば、殺してまで授かったこの「生」を、
    1分1秒感謝して、大切にポジティブに生きようではないか。


    なんて思う。



    ナイフを返す






















    いずれにせよ、
    この手に残る、ナイフと肉の感触、
    「生」に対する問いかけは
    ずっと消えることはないでしょう。



      Profile

      YAS@銀座 助家

      <本名>鈴木 康弘(とこなつ家店主)

      <経歴>
      米国カリフォルニア州で幼少時代を過ごす
      2004年3月早稲田大学 商学部卒業

      2004年4月〜2006年10月
      (株)リクルートエージェント
      にて企業の採用支援と、第二新卒者の転職支援を経験。

      2006年12月〜2010年4月
      南太平洋フィジー共和国にて
      語学学校FreeBirdInstitute
      サポートオフィスMGR 兼 本社取締役

      2010年10月〜
      転職相談のできるBAR
      Dining DJ Cafe とこなつ家 起業

      <教育基本方針>
      〜向き不向きよりも前向きに〜  
          
      やんちゃな日本人を
      もっともっと増やしたい!
      世界中を元気にしたい!

      <好きな言葉>  
      「知好楽」
      by孔子
      「love,peace,freedom」   
      by Bob Marley
      「我が生涯に一片の悔いなし」
      byラオウ 北斗の拳

      <好きなものたち>
      海/山/寺
      料理/麻雀/飲み会/バイク
      熱い人/アホな人
      べっぴんさん
      DJ/バンド/海外放浪

      <Personality>
      マイペースな寂しがり屋
      大人数での団体行動は苦手
      だが一人では死んでしまう!

      人を愛し
      人に愛され
      自由でいたい
      そんだけの単純な人間です。

      飲みのオファー⇒基本的に断りません。

      皆様こんな小生ですが、
      どうぞ宜しくお願い致します。

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