「軍歌・隊歌」  解説編 その26


前回、「訓練パレード」の話で陸・海・空各自衛隊の行進曲が違う話をしました。

今回は「軍歌」というか、自衛隊では「隊歌」についての話です。

陸上自衛隊の隊歌は「栄光の旗の下に」「この国は」だそうです。海上自衛隊隊歌は「海をゆく」だそうです。陸上自衛隊では、各方面隊の歌、連隊の歌などが数多く歌われています。元航空自衛官である私は、これらを全く聞いたことがありません。

これは私の認識ですが、陸・海自衛隊では、旧帝国陸軍、帝国海軍の「軍歌」を今でも歌っていると思います。少なくともカラオケ屋さんでは「軍歌」を歌っていると思っています。「戦友」、「歩兵の本領」、「ラバウル航空隊」「月月火水木金金」等々、心を打つものがたくさんあります。私も一応これらの名歌は歌えます。

数ある軍歌で、陸・海・空各自衛隊で共通して歌われるのが「同期の桜」です。集会や、宴会の最後に、参加者全員が肩を組んで合唱します。ただし「同じ…」の「・・・」が「同じ航空隊」「同じ兵学校」などと変えて歌われます。

海上自衛隊の「海をゆく」は当初「男と生れて…」で始まる歌でしたが、女性自衛官が多く採用されるようになって、全然違う歌詞になっています。最後だけ同じですが。

ちなみに防衛システム研究所の海上自衛官OBは現在の「海をゆく」の歌詞は知りませんでした。

航空自衛隊は大日本帝国空軍がなかったので旧軍からの歌がありません。

航空自衛隊隊歌は「青空遠く」です。多分、陸・海の自衛官は聞いたこともないでしょう。

しかしながら、航空自衛隊の「浜松航空隊の歌」は名歌だと思っています。

「黒潮渦巻く…」で始まりますが、パイロット、整備員、レーダー操作員、その他の職種の心を順次一番から四番までで歌ったもので、良い歌だと思っています。興味のある方はぜひネット等で聞いてみてください。上に書いたように、航空自衛隊の集会や宴会では「同期の桜」とともに「浜松航空隊の歌」がしょっちゅう歌われます。

以前、「つばさ会」(航空自衛官のOB会)でのことです。ある先輩の横で「浜松航空隊の歌」を歌っていました。そこで、はたと気づいたのですが、二番に「明日の飛行は音速突破…」という歌詞があります。しかし、航空自衛隊発足当時は主力戦闘機がF-86Fだったので、音速は突破できないのです。みんな何十年も二番の歌詞を歌っているのですが、だれも疑念を持っていません。件の先輩にそれを言うと「そうだよ、おかしいな」と言っていました。普段はかなり理屈っぽい先輩ですが、相当飲んでいましたのでそれっきりになりました。今年の「つばさ会」でもみんなで肩を組み「浜松航空隊の歌」を大きな声で合唱しました。これで良いのですね、心が通じていれば。(島本順光)

「訓練パレード」  解説編 その25

自衛隊に入隊すると、先ず「基本教練」というものを教えられます。

「気を付け」「休め」等個人の動作の行い方と、部隊としての動作についてです。教官も、何も知らない若者を教育するのですから、かなり早い時点で教えるのが「集まれ」です。「集合」も同じです。何事をするにも、伝えるにも整列した状態で無いと格好がつかないからです。普通は背の高い順番に左手を伸ばして間隔を取り並びます。

そこで「番号始め」といわれると、向かって左側から順に「1」「2」・・・と最後の者まで各人が番号を言います。慣れないうちは教官が「番号・・・」と言うと、「1」「2」・・・と言ってしまうことがままあります。

教官によっては、最後まで言わせて、何度もやり直させます。「番号」が予令で「始め」で始めなければならないのです。

色々な号令を教わり、自分たちでも練習します。自主的に5人ぐらいで練習しますと、号令をかける学生が間違うと、わざと言うことを聞きません。文句を言う学生もいます。すると、そのほかの学生はまっすぐ歩いて、前に木等があり進めなくなると、そこで足踏みをしたりしています。号令が下手な学生に対しては、みんな結構意地悪く、少しでも間違うと言うことを聞きません。私たちも、グラウンドからはみ出て、靴を洗う水場のところへ行き、どうしようもなくなった号令をかける学生が「止まれ」と号令すると、ストップモーションのように動作の途中で止まったりしました。もう「いじめ」ですね。

訓練期間の最後のほうになると、みな一応の号令をこなせるようになります。個人の動作、部隊の動作などです。そしてこれらの総仕上げが「訓練パレード」です。

私の入隊した幹部候補生学校は、防衛大学校卒業生、一般大学卒業生、そして技術幹部として一般大学から来たものがいました。(現在は技術幹部の課程はありません:一般大学卒業生と同じ課程に入ります)

防衛大学校卒業生は、基本教練は既にマスターしていますし、訓練パレードも何度も経験しています。したがって、最初は防大卒業生が企画立案して、全員参加で訓練パレードをします。

私たち技術幹部も当時は半年の教育期間でしたので、訓練パレードを実施する事になりました。30人ぐらいで立案するのですが、何も分らず、防大生のみようみまねで、企画立案する事になりました。

一番かっこいいのは「観閲官」役の学生です。他はみな作業服ですが、一人制服姿で、壇上に上がり敬礼をしていればいいのです。案の定T候補生(学生をこう呼称します)がやる事になりました。

私は当然「観閲部隊指揮官」役です。部隊側では一番偉い役です。2個大隊編成で、それぞれの役割分担なども決めました。最初、部隊指揮官は部隊のほうに向いて立っています。部隊人員が整うと、部隊指揮官に敬礼(頭ー中:かしらーなか)し、部隊指揮官は幕僚(通常4人)と向きを変えて、上級部隊長に敬礼をし、部隊掌握の報告をします。私は一番上級部隊指揮官ですので、全部隊の敬礼を受けます。それが終わると、幕僚が移動し私も回れ右をして、観閲官の立つ観閲台のほうに向きます。

ここで、国旗入場です。私も訓練パレードで分ったのですが、国旗は前進しかしません。回れ右や後退はしません。また、部隊にはそれぞれ部隊の旗があり、上級部隊長に敬礼しますが、当然のことながら国旗は何にも敬礼しません。通常はここで「国歌」が流れ、部隊は「気を付け」観閲官他(教官などは来賓役)はそれぞれ国旗に対して敬礼します。

次に観閲官が登壇します。観閲部隊指揮官は、部隊に直接号令をかけません。「各隊、気を付け」「各隊、観閲官に敬礼」と命じ、部隊長が「観閲官に敬礼、頭―右」(向かって左の部隊)または、「頭―左」(向かって右の部隊)と号令し、指揮官も回れ右をして敬礼します。各大隊長が敬礼したのを見届けて、私が回れ右をして幕僚とともに1,2,3でタイミングを合わせ敬礼します。

本物の観閲式などでは、「巡閲」といって、観閲官を観閲部隊指揮官が迎え、車に乗って部隊の前を通り、それぞれの部隊の敬礼を受けます。その後、部隊側は行進をするわけです。

朝霞で行われる、自衛隊観閲式では、陸海空の部隊、防衛大学校学生隊、自衛隊生徒隊、各自衛隊女性部隊などが順次行進し、その後、戦車などの装備部隊が行進します。上空を飛行機が飛び、観閲を受けます。

ここで面白いのは行進曲です。陸上自衛隊は「抜刀隊」、海上自衛隊は「軍艦マーチ」、航空自衛隊は「空の精鋭」とそれぞれ違います。

幹部候補生学校では、巡閲はせず、行進だけをしました。

後で教官の講評を受けましたが、私が各級指揮官より小柄なものを旗手(旗を持って敬礼時に上に上げ、前に倒す)にしたので、旗手がきつそうだったと言われました。配役ミスですね。

緊張の中にも、晴れ晴れしい気持ちで訓練パレードを行いました。生涯の思い出に残る行事でした。

(島本順光)

「自衛官の社会的地位」  解説編 その24

私が自衛官の現職だったころは、恋愛結婚と見合い結婚が、概ね半々だったような気がします。現代では、ほとんど見合いというシステムが少なくなり、「年頃だからそろそろ身を固めた方が…」というような言葉もあまり聞かれなくなりました。

一方で「合コン」なる、集団見合いともいえるシステムがごく一般的になり、また盛んに行われています。

職業的な仕分けが多いのですが、その中に「自衛官」というのが堂々と存在していて。「医者」「弁護士」等高学歴、高収入の職業とともに「安定性」を評価する、「公務員」の中でかなり人気の職業となっています。

事実、私にも「合コン」に現職自衛官の参加を調整してほしいという申し出が数回ありました。自衛隊は階級社会ですが、以外に幹部自衛官に人気が集まるわけではなく、曹士隊員もかなりの人気です。その人気を想像するに、若い隊員が多く、訓練で引き締まった肉体、元気溌剌・きびきびとした動作、礼儀正しい所作、制服がカッコいい等々ではないでしょうか。

意外なのは、自衛官で高収入というのは「パイロット」、特に航空自衛隊のジェット戦闘機パイロットですが、カッコ良い割には「安定性」を求める女性には敬遠されがちです。

ここが、女心、家庭を持とうとしている女性の現実的なところでしょう。

自衛官を目指す男性では、ダントツ「ジェット戦闘機パイロット」が多いのと対照的です。

ちょっと、表に出ない隠れた人気としては、自衛官は二男、三男が多く、お嫁さん側の両親が手元に自分の娘を置いておけるということがあると思います。これが、特に移動が激しい(1.5年から、2年程度で配置転換が普通)幹部自衛官より、地域に定着性のある曹士隊員に人気がある理由ではないかと思っています。

 私が最も長く勤務した、(と言っても、3回にわたり通算4年半ですが)岐阜基地でも地元で結婚し、岐阜に定着している隊員がたくさんいます。OB会なども、実質このような曹士隊員たちが運営してくれていて、東京などから、イベントがあるたびに参加し、旧交を温めています。

自衛官の社会的地位は、1991年のペルシャ湾への海上自衛隊の派遣、1992年のカンボジアへの派遣に始まる、国際貢献。1995年の「阪神淡路大震災」、「新潟中越地震」を始め、2011年の「東日本大震災」に至る自衛隊の災害派遣での活躍等々が、国民に理解され、身近な存在として認められてきたものと考えています。

これらのことは、誇らしいことであり、嬉しいことであるのですが、自衛隊の本義は「国防」にあり、この点での国民の理解と評価はまだ十分ではないと思っています。

自衛官が、世の女性たちに「公務員」としての安定性、健康などではなく、頼もしい「防人」として認められる日を待ち望むとともに、一方でそのような日が来ない方が良いのではないかという気もする次第です。(島本順光)

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