緊急事態法制の整備

5月3日の憲法記念日には各地で改正論議が活発に行なわれたようである。中でも注目に値するのは、自民党が提示した緊急事態法制の整備が議論の表に出てきたことだろう。それは、現行憲法の不備の基本的な点は防衛条項の欠落、緊急事態法制の欠落にあるからだ。

国家の基本を定める憲法に、国家存立の基本である国防の定めがなく、それによって国防の解釈が不明確になっている現実は早急に正さなければならない。

・国家は自衛権を有すること

・自衛権を行使するため国防軍を保有すること

・国防は国民の義務であること

この三点は国防条項として憲法に明確に定める必要がある。

さらに緊急事態法として、次のことを定めておかなければならないだろう。

・国家緊急事態の認定と内閣総理大臣の権限強化

・国家緊急事態の区分と事態認定の権限および手続き

・緊急事態対処体勢の確立

・対処の基本方針

(防衛システム研究所発刊「国防をめぐるホンネの話」第2527話参照)

今、野田総理は消費税増税に政治生命をかけ、憲法改正にまで取り組む余裕がないようだが、本末を転倒していないか。

アメリカとの同盟の強化ならびにTPP参加への模索など、当面わが国が取り組まなければならない戦略的な課題は、自国の防衛体制がしっかりしていないと、あらぬ方向に行ってしまう危険性がある。まず考えるべきは、憲法の改正、緊急事態法制の整備ではないのか。

(松島悠佐)

憲法記念日

5月3日は憲法記念日である。新聞各紙も「憲法改正すべし」という論調が主流になってきている。やはり、戦後制定され、半世紀以上我が国の中心になってきた「日本国憲法」も、国際社会の大きな変化、時代という大きなうねりの中で、だれもが考え直すべきではないかという雰囲気になりつつある。いわゆる「左翼勢力」も「護憲」と口では言っているものの、内心は改正の必要性について「止むを得ない」と思っているのではないか。

民主党政権への移行、昨年の「東日本大震災」は、これまで何度か言われてきた「国家戦略の構築」という言葉について、我が国国民に選択を迫っている。

国家戦略の根本の根本は「憲法」そのものである。というのが私の考えである。

憲法を変えずして、小手先の「○○戦略」を考えても、根本が不備であればいずれ中途半端なものになる。

先日、ある高名な保守陣営論客の先生と少しだけ話す機会があった。「いろいろ手を尽くしているのだがどうしたらいいものかね」というご下問があったので、私は僭越ながら、即座に「いわゆるサイレントマジョリテイーがサイレントでなく行動を起こすことですよ」と申し上げた。

上に述べた先生はじめ、憂国の有識者は「憲法改正」の必要性についてずっと発言し行動され続けている。それを理解する人々もたくさんいる。しかし、聞いて納得しているだけでは、この国を救えないところまで来ているのが現状である。

私は永らく政治の世界にいて、選挙も多く経験してきた。私はいつも「投網方式」というものを考えてきた。

憂国の情を持った多数の方々が、発言し、行動して周りの人々に働きかけ、その輪を広げていくことがぜひ必要である。まさに「投網」を打ち、説得された人が、それぞれまた「投網」を打つ。このようにしていくことで、無関心な人を引き込むことである。選挙をしても、半分の有権者しか投票しない。そのような国はいずれ滅びる運命である。

このホームページにアクセスされている方々も、ぜひ「投網」を広げる行動を実践してほしい。

  先人の築いてきた伝統ある「素晴らしい国日本」を共に守り、発展させていこうではありませんか。(文責 島本順光)

わが国の独立記念日

本日4月28日は、わが国の独立記念日である。

丁度60年前、1952年(昭和27年)の4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、わが国は独立主権を回復した。いわばこの日が正真正銘の独立記念日なのだが、国の記念日にはなっていないので、国民の多くから忘れられている。

「国の祝日にして、国を挙げて祝うべきではないか」と、有意の方々が20年越しの運動を続けているが、なかなか実現しない。わが国で国民の国家意識や国家観の欠落が指摘されているが、このようなところに原因があるのだろう。

 

 現行憲法は昭和22年にアメリカの占領下で作られたものだが、独立したその時に改正すべきだったと思う。

 占領下の日本には当然ながら主権はなく、わが国の防衛は米軍が担っており、日本にはまだ自衛隊も存在していなかった時代である。したがって憲法に防衛条項がない。

 独立国家になった時点で憲法を改正し、自らの国をいかにして守るかということを明示すべきだったのだが、実際には改正を行わず、国防条項が欠落したままの憲法を平和憲法と称して半世紀の間墨守してきた。

 

  独立主権国家としての証は、自らの国を自ら守るという意識が基本になっている。それが欠落し、あるいは不十分な状態では、まず独立国とは言えない。

自分の国は自分で守る国民の決意が、国家意識を育て、ひいては国家の独立を祝う心につながるのだろう。

 国の独立記念日を国民みんなが祝うのは、どこの国でもごく当然に行なわれていることだが、わが国にそのような気風が育たなかったのは残念である。

 

 国会に憲法調査会が設けられ長い間意見をまとめてきたが、現行憲法はすでに時代に合わなくなっているとの認識が強く、戦争放棄を定めた九条を含めて改正すべきとの意見が多くなっているのだが、政府はなかなか動かない。

 自民党が昨年の党大会で憲法改正を目指すことを再び掲げ、憲法草案も発表した。もともと自民党は憲法改正を目指した政党だったのだが、動きが止まっていた。

今の政治家には国家のことよりも自分のことが大事だという意識が強いのだろうか?個人中心・生活中心が政治・行政の焦点になっている。その背景には戦後長い間、個人中心の教育が続いたことが影響しているのだろう。
 国家のことを考える政治に早く戻してもらいたいものである。国防条項欠落のような基本的な不備のある憲法を速やかに改正し、国家の安全を守る施策を急ぐ必要がある。そうすれば、国家意識・国防意識が自然に高まり、428日を独立記念日として祝う習慣も出来るだろう。 

(松島悠佐)

livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ