2012年07月

中国の南シナ海支配が最終段階に入ってきた。

6月21日、中国が南シナ海の南沙・西沙・中沙諸島を合わせて「三沙市」として新たに行政組織を作り、海南省の下に置くことを発表した。(中国国務院発表)

中国政府は、西沙諸島の永興島に市政府を設立し、7月23日には市長と市議を選出し南シナ海一帯の行政機構の整備に乗り出した。

7月19日に共産党中央軍事委員会が、新たに作られた「三沙市」に「三沙警備区」の設置を決定し、南シナ海の防衛体制を強化する姿勢を示している。

南沙諸島・西沙諸島はベトナム・フィリピンとの間で領土権の係争中であり、中沙諸島のスカロボー礁をめぐってはフィリピンとの間に対立が続いている最中であり、7月12日にはアセアン地域フォーラム(ARF)が開かれて、アメリカも参加し領有権争いの平和的な解決を目指した話し合いをしたばかりだった。

中国の領有権問題の対応は深謀遠慮で、ジワジワと長い時間をかけて進めるが、愈々となったときには一気呵成に進めてくる。この手法をよく見ておかないと、わが国も対応を誤ることになる。

これからは米中の確執が先鋭化すると思われるが、中国としてはそのことも織り込み済みだろう。

アメリカ経済の対中依存度はきわめて高く、アメリカの財政赤字は約1兆ドルといわれるが、中国は1兆ドルを超える世界最大の対米債権国になっている。

アメリカがそれほど器用に動けない事を見ているのかもしれない。

いづれにしても、中国の南シナ海領有支配は最終段階に入ったと判断しておくべきだろう。                    (松島悠佐)

オスプレイ配備について

沖縄海兵隊に新たに配備される「オスプレイ垂直離発着機」の解決期限が段々と迫ってきた。7月末には現物が岩国に到着し、10月には本格的な運用が開始されるようである。

問題の原因は同機の安全性にあり、今年の2月にモロッコで、6月にはフロリダで事故が起きている。目下事故原因は調査中で、来月ぐらいには少しはっきりすると思うが、この種の事故原因は決定的なものは出にくいだろう。製造上の不具合と操作上のミスが重なる場合が多いからである。

軍事基地の設置や新装備の導入などの場合にいつも問題になる事は、「戦闘力の強化」と「安全性」の二つの要因である。どちらも必要な事なのだが、両者は相容れない性格であり、両方を満足させる事は難しい。

今、配備が予定されている沖縄県と山口県では、県知事や市長など地方自治体の首長が、「安全性が保障できないものを受け入れるわけには行かない」といっており、県民・市民の生活の安全を守る立場としては当然だろう。

米軍は、現在装備しているヘリが古くなり、さらに戦闘効率の良いオスプレイを開発し新たに配備する計画であり、戦闘力の強化のために計画通り配備を進めたい。これも軍隊としては当然である。

米軍としても安全性を蔑ろにしているわけではないだろう。海兵隊の地上戦闘部隊の迅速な機動展開のための航空機であり、安全性に不安のあるものでは海兵隊自身が困るからである。

軍の装備を開発し選定する時には、戦闘効果のほかに費用〈特に費用対効果〉、安全性、操用性、耐久性、整備性などが重要な選定要件となり、安全性についての検証は相当にやっていると見るのが素直な見方だろう。

わが国政府としては、当然ながら「戦闘力の強化」と「安全性」の両方に目を配らなければならないのだが、総理大臣や防衛大臣が意識しなければならない「安全性」は、単に墜落事故回避の安全性ではない。

米軍の現有装備が老朽化し戦闘効率が低下して、目下軍備強化を図っている中国軍との戦力格差が生じる事は、沖縄はじめ南西諸島の防衛力の低下につながりかねない。

沖縄に配備している日米の戦力が低下することは、中国にとって又とない侵攻のチャンスとなり、中国はその機会を狙っている。

尖閣諸島に手をかけ、先島諸島を籠絡し、やがて沖縄に侵攻する中国の長期のシナリオが着々と進められることになる。

沖縄から米軍を撤退させ、自衛隊も縮小しようと企てている人たちは、中国のこの計画に意識的にせよ、無意識的にせよ加担していることになる。

この3月に「沖縄を再び戦場にしないために!」という小論を掲載したが、沖縄の米軍の戦力低下をくい止めなければならないのは、わが国として南西諸島の安全、ひいては国家の安全を守るために喫緊の課題である。

オスプレイ墜落の危険は出来るだけ回避しなければならないが、もっと大事なことは、沖縄の安全、南西諸島の安全、日本の安全をしっかりと確保する事である。

総理大臣・防衛大臣はこのような視点から安全性を語るべきなのだが、両人とも「事故調査の結果を待って判断したい」などと言っているに過ぎず、事故からの安全を守る事だけに考えが矮小化している。

今月の初めにも、「オスプレイの配備と防衛大臣の態度」というブログに書いたが、「オスプレイは国を守るために必要な装備だ」と信念を持って国民を説得するのが総理大臣・防衛大臣の努めだろう。

もしその信念が持てないのなら、アメリカに「配備を見直せ!」と申し入れるべきである。

かつて、60年安保の時に、日米安保はアメリカの戦争に巻き込まれるとして反対の波が国会を取り巻いたが、「安保条約が国を守る」と信じて改訂を強行した岸信介総理がいた。

また、沖縄の返還に際して「米軍は残っても、核は持ち込むな!」とアメリカに注文をつけた佐藤栄作総理がいた。

判断の良し悪しに意見もあろうが、国の為政者としての決断と矜持があったように思う。見習うべきではなかろうか。                  

〈松島悠佐〉

尖閣諸島買い取り問題

この問題については4月にもブログに書いたが、野田総理が、突然国で購入すると言いだした。

 国土防衛の観点から、国が買い取り国有地とするのが当然とは思うのだが、これまでわが政府は中国に遠慮して、国民の上陸も認めず無人のまま放置してきた。

最近の中国はその状態に付け込んで尖閣諸島の占拠支配に動き出している。

石原都知事は、それを危惧して買い取り計画を公表し、「尖閣諸島は東京都が守る」と発言した。

政府が買い取っても、現在のように国民に上陸もさせず無人のままの状態を続けると、中国に誤解を与え危険である。

先日密かに上陸した石垣市議が現在海保の取り調べを受けているようだが、このような状態は早く解消すべきである。

国有地であれ、都有地であれ、大事なことはわが国が領土として活用し、その領有権を誤解のないように中国に明示することである。

一番望ましいのは、自衛隊や海上保安庁の警備部隊が常駐することだが、急にそこまでしなくても、民間の施設や観光施設を常駐させたり、あるいは諸島周辺での海洋調査を頻繁に行い、天然ガス田の試掘・採掘を進め、尖閣諸島を給油基地、補給整備基地として活用することなどが考えられる。

今、「頑張れ日本」行動委員会が漁船員の訓練と称して船を借り上げ尖閣諸島の周辺を巡航している。「一人の日本人として、何とかしなければいけない」との思いから、時間と金をつぎ込んで参加している方々には頭の下がる思いがする。

今わが国が手を打たなければならないことは、はっきりと相手に見えるように日本の実行支配を示すことである。

石原都知事の購入発言を切っ掛けとして、多くの寄付と激励が寄せられているが、それはわが国民の中国への不信感と尖閣防衛の意思の高さを示している。

東京都は購入した後の活用を考えているようだが、国にそのような施策が見えない。

野田総理は、国の買い取りを表明するのなら、買い取り後の具体的な施策も示し、尖閣を断固として防衛するという政府の決意を示すことが大事である。

その手はじめにまずは、上陸禁止の規制を解除すべきだろう。

それもしないで、ただ買い取りだけを表明するのは、野田政権への不信感にもつながる。

「今、国有地にしない方がよいだろう。民主党政権だと、中国に売り渡しかねない」という意見も聞かれる。                  

〈松島悠佐〉

北方領土問題

ロシアのメドベージェフ首相が昨3日国後島を訪問し、「ここはロシアの領土であり、日本に返すことなどない」と言っている。

彼は以前大統領の時にも北方四島を訪問して、同じようなことをしている。

これはソ連の時代から続く彼の国の基本的態度であり変わっていない。

これに対してわが国の態度は、「何か譲歩すれば返還につながるのではないか」と淡い期待を持って接している。

5月末に、韓国企業が択捉島で港湾事業開始するとの報道があった際にもブログに書いたのだが、ロシアとの交渉においては、力を背景にしなければ何も進展しない。

先月も、野田総理がプーチン大統領と会談し、お互いの懸案事項を前向きに解決したいと握手を交わしているが、それは握手だけであって何の効果ももたらさない。

ロシアと真面目に交渉する気なら、力を背景にして長期的にかつ一貫した姿勢を貫く事が必要である。(幣研究所発刊の「極東ロシアの軋轢」参照)

ロシアに限らず、国際社会での交渉は皆同様であり、話し合いをいかに重ねても、約束を強制出来る力がなければ何の意味も成さない。

シリアの事態改善も同様であり、今わが国の懸案になっている沖縄の問題も然りである。

平和ボケと言われるわが国では、「盟約は剣なくして何の意味もない」と言ったトーマス・カーライル(Thomas Carlyle,1795~1881、英歴史学者)の言葉を、事あるごとにかみ締めなければならないだろう。        

(松島 悠佐)

100%の安全?

7月に入って、関西電力大飯原子力発電所3号機が起動した、政府の電力政策が修正されながらも、何とか継続していくための最低限の再稼働と考える。

一方、防衛問題では、海兵隊のMV-22「オスプレー」の配備が論議を呼んでいる。

共通することは、周辺住民および、国民が100%の安全を求めていることである。

はたして世の中に100%の安全というものがあるのだろうか。

何年か前、BSE問題があった時、我が国は、輸入牛について全頭検査を行わなければ輸入しないということにし、大量の既輸入牛肉の廃棄と、検査体制の整備を行った。国民はやっと納得したのである。しかし、牛肉とBES発症の因果関係、発症に至るまでの年月(約20年と言われている)などから、ある学者が推計すると牛肉を食べてBSEが発症・死亡する確率は、50億分の1とのことである。世界人口は約60億と言われているので、毎日なくなっている方が何人なのかは定かでないにしても、恐れる確率ではないと思う。

オーストラリア産の輸入牛肉は1頭買いのため全頭検査が可能だったが、米国産は部位ごとの輸入のため、全頭検査ができなく、長い期間輸入禁止となった。

しかし、この間2億人以上の米国人は牛肉を食して、何もなかったのである。

原子力発電、オスプレーに関して共通している「100%の安全」を求める声は、明らかに誤った方向へ人々を導くと思う。何事にもリスクはある。リスクがあるから、それに対する安全策を講じ、不時の事故などにも対応策を検討し、さらに訓練などを行う必要があるのである。原発周辺で「避難訓練」を実施しようとしても、100%安全と説明している手前、訓練を実施できない。

オスプレーの配備は、海兵隊の作戦能力を飛躍的に向上させるものである。ヘリコプターの特性と、飛行機の特性を両立させた画期的かつ最新鋭の航空機である。初期段階での故障や事故は「当然のリスク」であり、この教訓を生かしながら、いかに安全な機体に仕上げるか、いかに安全に配慮しつつ作戦を組み立てるかが、検討されて前進するのである。

新しい技術に「リスク」は付き物である。オスプレーは安全性(10万時間当たりの事故率)という観点からすると、既存の航空機の中では低い確率である。

オスプレーなどの航空機に関して言えば「鉄の塊」が空を飛ぶのである。100%の安全を求める方が無理ではないだろうか。

原子力発電所についても、100%の安全を求めた結果、危機管理対策などが遅れた、または不十分であったと思う。(論文項「原子力発電所の危機管理について考える」参照)

また、微々たる不具合に関しても、公表しなかったということで、マスコミが大きく報道する。それに、元々原子力発電に反対の人々が大きく反応し反対運動に利用する。

微々たる不具合は微々たる不具合なのである。それが、大きな不具合に発展する可能性があるかどうかなどについては設計段階で慎重に検討が行われないといけないが、何でもかんでも「公表」すれば良いものではない。作業員が風邪をひいても公表するのだろうか。どこかに基準というものがあるのである。

日本人は、先進技術にもっと大胆に挑戦し取り入れるべきである。

100%の安全など存在しない。                

 (島本 順光)
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