2012年09月

自民党総裁選

自民党の総裁が安倍議員に決った。

前にも「国家感のない人・右顧左眄する人・責任をとらない人」には総裁になって欲しくないと書いたが、結果オーライでよかった。

だが安倍議員と石破議員の票が、国会議員と地方党員の間で大きく違う事が気になった。

国会議員は、議員としての活動の実態を見ているので、どちらが適任かをそれなりに判断できると思うが、地方党員はほとんどメディアの情報で評価せざるを得ないからだろう。

そのメディアの情報は、政治家としての理念や政策よりも、大衆受けするゴシップや批判などが中心になっているので、どうしてもそのような判断になってしまうのかもしれない。

大衆受けだけを狙って国家観を喪失してしまったメディアの責任も大きいといえる。

安倍新総裁に期待する事は、持ち前の国家観を発揮して、前回総理の時に取り組んだように国家の緊急事態をいかに乗り切るのかに重点を置いて政策を建ててもらいたい。

まずは、国家安全保障会議、集団的自衛権、自主防衛体制の強化などの問題である。

加えて、靖国神社については、是非主義を見直して参拝してもらいたいと期待する。

(松島悠佐)

オスプレイの試験飛行

921日オスプレイの試験飛行が開始された。米軍は安全宣言を出して、10月の本格的な運用に向けて計画を進めているようだが問題の解決はまだ先である。

原因は、総理大臣と防衛大臣の姿勢が曖昧なためである。

オスプレイ配備については「戦闘力の強化」と「安全性」の二つの要因が必要なことを7月にも小論文に書いた。

県知事や市長など地方自治体の首長が、「安全性」を考え、「戦闘力の強化」については防衛大臣が訴え、その両面を考えて総理が決断を下さなければならない。それが日本の政府・行政機構の役割分担になっている。

沖縄県知事が「安全が保障できないものを受け入れるわけには行かない」と言っているのは当然だが、仲井間知事は闇雲に何でも反対といっているわけではない。国の安全保障、特に沖縄の防衛については一見識を持っている人である。

問題なのは森本防衛大臣の方だろう。

防衛大臣は最初から安全性のことだけに言及しており、「オスプレイは国を守るために必要な装備だ」という信念を持って国民を説得する努力を怠ってきた。

オスプレイは、20年来米海兵隊が待ち望んできた悲願とも言える兵器である。

  海兵隊が戦力投入される地域は、ほとんどが狭隘な地積しかなく、ヘリのような垂直離発着機が必要であり、しかも迅速広域に戦力投入を図るためにはペイロードを大きくして航続距離も伸ばしたい。この相容れない要求性能を何とか満たして作り上げたのがこのオスプレイである。海兵隊の思い入れは尋常なものではない。

垂直に離発着して水平に飛行するという機能を発揮するには、構造も複雑で操縦も難しくなるのは当たり前だろう。

安全宣言では、過去の事故原因は機体の問題ではないとなっているが、事故原因には製造上の不具合と操作上のミスが重なる場合が多く決定的なものは分からないだろう。

防衛大臣は、事故からの安全を守る事だけを考えているようだが、防衛大臣のするべきことは「オスプレイ装備は海兵隊の戦力強化のためであり、ひいてはわが国に対する抑止力の強化になり、沖縄はじめわが国の防衛に寄与するものなのだ」として、安全第一と主張する知事を説得する努力が必要である。

そして野田総理は、「沖縄での運用に当たっては安全性に万全を期するが、万が一事故が発生したような場合には。国が一切の責任を取る。」と明言すべきである。それが総理として必要な決断である。その程度の決意がなければ国の防衛など出来ないだろう。事故が起きた後のことまで地方自治体に心配をかけてはいけない。

仲井間知事もそのことを待っているのだろう。

野田総理と森本防衛大臣の姿勢を見ていると、オスプレイ配備の解決はまだ先になるのかもしれない。あるいは普天間の問題と同様に解決せずに逃げてしまうのだろうか。

                    〈松島悠佐〉

総裁選候補者選び・その2

民主も自民も総裁選が佳境に入ってきた。総理大臣になる人だから責任の取れる人になって欲しい。

 前回、石破議員については、かつて防衛大臣の時に起きたイージス艦「あたご」の衝突事件で大臣の無自覚と無責任さを露呈したことを指摘した。

 石原議員については、国交大臣の時に藤井道路公団総裁の更迭劇で、無責任を露呈したと指摘する人がいる。

このような無責任な人を除くと後は3人になる。

 安倍議員は総理を辞任した時の事が気になるが、病のため仕方なかったのかもしれない。国益を追求し、今まで避けて通ってきた政策に活を入れようとした気概はすばらしいものだった。

 今中国では反日デモが盛んになっているが、今まで領土問題に対し毅然とした対応をして来なかったツケ、軍事力を蔑ろにしてきたツケが回ってきたと解釈すべきだろう。このような時だからこそ安倍議員が一番ふさわしい人のような気がする。

 いずれにしても、国家感のない人・右顧左眄する人・責任をとらない人には総裁になって欲しくない。

民主党は誰がなっても、もう早晩総理の座を離れるだろうから省略する。

(松島悠佐)

永年のお付き合い

写真はさる8月26日に、富士総合火力演習後催された、富士学校での会食時、私、島本防衛システム研究所副代表と談笑する森本敏防衛大臣です。

 心の底からの笑顔に見えます。このような笑顔をあまり見せられたことは、ないのではないでしょうか。

 森本大臣を私は「先生」と呼びます。航空自衛隊の先輩で、以前から親しくしていただいていますが、特に新進党時代以降には、いろいろな場面でお会いし、ご指導いただいたり、僭越ですが意見交換したりの間柄です。永いお付き合いというのは、人と人との障壁をなくします。

学者としての森本敏さん、防衛大臣としての森本敏さんについては、いろいろな意見があります。当研究所でも、評価はまちまちなのが現実です。

 しかしながら、私は「人間一生一回」と思っていますし、一生のうちに親しくお会いできる人も限られていると思いますので、とにかく身近な人が、要職に就かれることを率直に祝福するようにしています。

正直なところ、森本敏防衛大臣も、就任当初は地に足が付いていない印象を受けました。

特に「集団的自衛権行使」についてのコメントはいただけなかったと思います。

伝えられるところによると「現政権では集団的自衛権行使について、新たな解釈をしない」というのは止むを得ないと思いますが、そのあとの「(集団的自衛権の行使について)毛頭考えていません」というのが適切でないと思います。何も発言されなければ、現政権を離れれば「集団的自衛権行使容認」を主張するということになりますし、防衛大臣としての含みも持たせられます。

国家のために「何をなすべきか」、「何ができるか」、「何をするか」についての信念が問われているのだと思います。

健康に留意されて、防衛大臣として国家のために献身されることを祈念致します。(島本順光)
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総裁選候補者選び

 そろそろ衆議院解散総選挙が視野に入ってきて、民主も自民も総裁選の候補者選びが焦点になってきた。それぞれにいろいろな思惑があって選ばれるのだろうが、自らの地位と職責に責任を持たない人には総裁になって欲しくない。ひょっとして総理大臣になる可能性があるからだ。

 

民主党の野田総理は、竹島や尖閣諸島でこれだけ相手に翻弄されながら何の手も打たないのは、後々禍根を残すことになるのは必定である。今が無風で過ぎればよいと思っているのだろうが、無責任極まりない。

折角石原都知事が、尖閣諸島購入の提案や、調査のための上陸申請、漁船避難港の設置など具体的な提案をしているのに、上陸許可すら出さないとは極めて遺憾である。

 

自民党の石破議員はかつて防衛大臣の時に起きたイージス艦「あたご」の衝突事件で(平成201月)大臣の無自覚と無責任さを露呈した。

イージス艦の衝突事故は、「あたご」乗員の緊張感の欠落や規律の弛緩、ならびに小型漁船のやや無謀と思える操船の双方に原因があったが、その根本には国の防衛警備に従事する自衛艦の行動を、平素からいかに取り扱うべきかという問題が含まれていた。

だが、石破大臣の対応はこのことには一切触れずに、自分への報告に1時間半も掛かったことは不適切と発言し、さらに、その後の情報の出し方をこまごまと統制し、結果的に情報が二転三転して、自ら防衛省への不信感を助長しただけだった。
 事故発生から1時間半後の報告が、もし1時間後だったとしたら何が出来たのだろうか、事故直後の30分や1時間で大臣が処置することなど何もなかったはずである。当面の事故処置は現場の自衛艦や海上幕僚監部に任せて、大臣は「善処せよ」といっておけば済む話だったはず。

報告が遅かったことが問題になるのは、「早く報告を受けていれば処置できたことが、報告が遅かったために処置が出来なかった」という場合だが、このイージス艦事故についてはそのような問題は何もなかった。

0407に衝突事故が発生してから1時間半後の0540には大臣に報告されており、海上自衛隊が行なった事故発生直後の処置と報告は、適切に行われている。

大臣は、事故報告を受けた後、誰に何をどのように指示したのか分からないが、大臣の説明の端々から推測すれば、対応がすべて他人事であって、自ら処置したことは何もないようである。

むしろこの事件を機に、防衛大臣が取り組むべきことは、防衛警備に従事している自衛隊の行動規範の問題、例えば、公務に就いている自衛艦の航行の優先権、特に沿岸での小型船との航行優先権をどのように考えどのように確保するか、ひいては、災害派遣時の自衛隊緊急ヘリの航空管制権や、災害派遣車両の優先通行権など未解決な問題を、いかに実際的に解決するかを考えることが大事なことだった。
 ところが実際には、大臣への報告が遅かったとか、発見が2分前だったのか12分前だったのかといった、メディアの瑣末な問いただしに答えて情報を二転三転させ、自衛隊への信頼性を失わせるような種を自ら蒔いてしまった。

さらに、「あたご」の航海長を防衛省に呼び寄せ、大臣以下が聞き取り調査していたにもかかわらず、聴取の事実が明るみに出ると、航海長を招集した責任を当時の海上幕僚長に押し付けて更迭し、混乱に拍車をかける要因を作ってしまった。

さらにもっとひどいことは、石破氏が同年9月の自民党総裁選に自ら出馬したことである。当時は「あたご」の事故当事者が海難審判の公判中であり、石破氏は事故の当事者でもあり、防衛相の任が外れていたとは言え、かつての部下が公判中であれば、自らも謹慎して公判の進捗を注視すべきだったと思う。

防衛大臣を降りれば、もうまったく関係ないような顔をして総裁選に出るなど、自衛隊の責任者であったことの自覚もない無責任な態度だった。

この事件を機に、防衛大臣に対する現役自衛官の信望はなくなり、隊員の心が遊離し国防という組織にとって由々しき問題となったが、本人にはそんな感覚もないようである。
石破大臣についてはこれまでも、防衛庁長官の時代に、これと似たような対応があり、国防とか軍隊の運用について瑣末な知識だけが先行し、自衛隊を自ら指揮しているという主体性と実態感覚が欠落しているとの評価を、当時の多くの現役自衛官が持っていた。

イージス艦事故の際の発言と対応はまさにそれを実証している。

 

野田氏や石破氏のような無責任な人には国の政治を任せてはならないと思う。

(松島悠佐)

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