2014年07月

靖国神社みたま祭り

7月13日~16日まで、靖国神社みたま祭りが行われている。私も15日に参拝させていただいたが、20歳代の若者が多いことに改めて驚いた。参道の両側に作られた屋台の間を動きが取れないほどの混雑だった。

国のために命を落とした英霊の御霊を弔うという本来の意味を理解している人は少ないと思うのだが、それでもこれだけの若者が靖国神社に集まるということは凄いことである。

屋台茶屋で生ビールを飲みながら、周囲の若者に集団的自衛権のことを聞いてみたが、あまり関心がない人がほとんどのようだった。だが、話しを進めているうちに、国の緊急事態には国民の一人として立ち向かうのは当然ではないかと言う素直な若者の意見を聞くことができた。

いずれ近いうちに憲法改正が視野に入ってくるが、その最後の判断は国民がすることになる。

ここで大事なことは、国防問題に対する国民一人一人の正しい理解と正しい判断であり、今や憲法と防衛問題は国民必須の課題となっている。

集団的自衛権を認めることは日本を戦争に導く悪しき決断だというような偏向された報道が多いが、国家の緊急事態に如何に対応すべきかという真っ当な考えを若者にぶつけることが大事だと感じた。

「若者の感覚は素直であり、何よりもすごい熱気を持っている」、みたま祭りの混雑の中で感じたことである。(松島悠佐)

「集団的自衛権」についての国会議論

現在、衆議院、参議院の予算委員会で、政府の示した「集団的自衛権」に関する討議が行われている。

議論を聞いていて、基本的な点で、大いにおかしいと感ずる部分がある。

「集団的自衛権」については、昭和47年の内閣法制局の見解でも、「保有はしている。」となっている。今回の閣議決定は、あくまでも、「自衛権の行使」についてであるので、すべての項目について、「自衛」という前提があるのである。

しかしながら、「自衛」を「武力行使」と同一に論じている点である。なるほど、自衛のための武力行使ではあるが、あくまで「自衛」の枠内なのである。

米国が米国の国益に基づき、我が国に関係なく行動する場合に、我が国が「集団的自衛権の行使」を発動することはないのは明白である。

政府の答弁は、いわゆる「三要件」から行っている。その前に「自衛権」の範囲であるというのにその点を示さないので国民に分かりにくくなっているのではなかろうか。

もう一点、掃海についての議論も、軍事常識から、答弁がもどかしいと感じる。

掃海の対象である「機雷」は、地上でいう「地雷」である。どこにあるかもわからず、だれが施設したかもわからず、近辺を通過する艦船に反応して、これを破壊する武器である。

艦種を特定する高級なものもあるが、通常は民間船でも、軍艦でも区別なく破壊する。

この様な「機雷」を排除するのが、なぜ問題となるのか。これは一例であるが、軍事的常識からすると、非常に奇異な議論が散見される。

結果的に、「何ができるかを明確にせよ」という議論になるように思われる。いつも主張しているように、国際的基準による「ネガティブリスト」(やってはいけないことを示す)を適用できるよう法整備が進むことを願う次第である。(島本順光)

集団的自衛権限定的容認

71日、集団的自衛権の憲法解釈が修正され「限定容認論」が閣議決定された。

これまでの憲法解釈では集団的自衛権は、「権利はあっても行使しない」ということになっていたから大きな前進であり、それに対する安倍総理の説明もよく理解できた。

集団的自衛権の問題は以前にも採り上げたが、日本では憲法9条の制約から相当に難しい解釈になっているが、日本以外では何処の国でも問題になっていない。

それは、集団安全保障体制が一般的になっている最近の情勢では、同盟国を防護することは自国の防護と同じことであり、ごく当たり前の問題だからである。

わが国では、自衛権を行使し自衛隊が武力行使できるのは必要最小限に抑える考えが基本になっているが、だからと言って国家が果たすべき責任まで放棄してはならない。

 

政府が例示したケースの一つを見てみると、「朝鮮半島有事で在韓邦人の脱出輸送をアメリカの輸送船が実施していた場合に、その輸送船が攻撃を受けた時に、今のように集団的自衛権を認めなければ自衛隊がこれを防護できない」というものだった。

紛争地域を脱出して帰国しようとしている国民を防護することが、憲法解釈の不備によって出来ないのならば、即刻修正して出来るようにしなければならないのは当然だろう。

集団的自衛権を認めなくても現行の解釈でも出来るという意見もあるが、大事なことは現場の対応に疑義を与えてはならないことである。いずれにしても守らなければならないのだから、「出来るとか出来ないとか」の議論ではなくて、「出来るようにする」方法を考えるのが国家としての義務だろう。

 

別のケースでは、「北朝鮮(特定はしていないが多分それを想定しているのだろう)による弾道ミサイル攻撃の兆候があり、自衛隊と米軍の艦艇が警戒に当たっている状況で、米軍の艦艇が攻撃を受けた場合」に、それを守ってやるためには集団的自衛権の行使が必要という例である。

  このような状況では、まだわが国への攻撃は起きていなくても、やがて攻撃を受けるのは十分予測できることであり、米軍の艦艇を守ることは自分の身を守るのと同じことである。磐石の態勢で臨むのが防衛の基本であり、安全を確保するためには必要にして十分な体制を採っておくことが大事である。

現場で守りにつく自衛隊員は、「防護行動を採るべきなのか、採るべきでないのか」確信の持てない状態では任務を達成できないだろう。

「コレが出来るとかアレが出来ない」などという法律の文言解釈を議論するよりも、防衛問題は実体論で考えなければならない。

今回の閣議決定は大いに意義のあることであり、関係閣僚の皆さんの努力を評価したい。それにしても、自衛隊創設六十周年の日だったことは偶然だったのだろうか?

松島悠佐
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