10年経ちました。10歳になりました。私が。妻が。
10年前の今日、私は親になりました。
HappyBirthday me,and 嫁。
無論、実生活では息子のバースデーを祝う事になりますが
彼らが寝ている今この間だけは自分達を祝ってみます。

学生時代からイベントをオーガナイズしたり
服を作ったり、そして音楽を作ったりしてきた人生ですが、
言うまでも無く私の人生における最大の産物が命でした。
(嫁の足元にも及びませんが)

出産を控えた2001年9月11日。
一足先に私の人生や指針に変化を及ぼす日となりました。
家族、友人、仕事仲間、多くの人々と共に悲しみに明け暮れました。
おそらくお腹の中にいた彼にも伝わったでしょう。

私がソニーからデヴューしたのが1990年。
まさに湾岸戦争勃発の中でした。
その時に抱いていた蒼き想いはデヴューアルバムのブックレットに
日本語と英語で掲載させていただきましたが
それから20年を経た今も私自身はあまり変わっていないのかもしれません。

親として大きな節目にも感じる10年目となる2011年は
私達の足元である日本に大きな災いが降りかかり、
今もなお安否不明な方々がおり、住居、商業、産業の損失、
そして安心できずに過ごす日々を過ごしています。
今年、10年前の悲劇をお腹の中で見ていた子供はテレビ生放送で
街が流される信じられない光景を目にしました。

その数日後、私は車で妻と子供と両親犬を避難させました。
息子は別れ際に泣いていました。
私は今でもこの時の判断を正しかったと考えています。
そしてこの時の自分は明らかに"父"でした。

43年前に産まれ、音楽やファッション、アートを中心に
幾多の御迷惑を振りまきながら若年時代を歩み、
踏み入れたデザイン仕事の世界から再び音の世界に戻り
この様な仕事を始めて早21年。
13年前に結婚し、新居に犬を迎え、徐々に家族は増えていきました。
今、元気盛りな六歳の次男は3年前に心臓の病気で大きな試練を私達に与えました。
そして今はすっかり元気に。

そんな家族の歴史を見てきた愛犬SigSigは夏頃から足を悪くし、
走ることは勿論、歩くこともままならぬ状態になりました。
それでも3月避難は彼にして見れば最初で最後の大きな家族旅行だっただろう。
夏以降、彼は私の足元から離れない。視力が衰えてきたのだろうか。

次男はまだ六歳なので子供らしさを満喫できる時間はありますが、
次の節目となる10年後、何事も無ければ長男は成人します。
その時には家族構成や環境が変わっていることもあるだろう。
君が産まれた時から顔を舐めまわしていたSigSigもそこには居ないだろう。
そうした環境の変化を受け入れる試練を味わうだろう。
新しい命を喜び、消えて悲しむ事もある。だがそれが命なんだ。

私が事故で亡くした時の父の年齢を超えるのもあと5年程。
私自身が"子供"として体験した父親とそのイメージはあと数年でゴールを迎える。
その先には私にとって未知の"父としての時間"となる。
良き父というのがどういうものかはわからないが、
真っ直ぐ向き合える"生涯の友人"としていられる事に憧れている。

そうこうして我々夫婦が親となりめでたく10歳を迎えられました。
既に私以外は寝静まっている我が家ではありますが、
私の10歳のバースデーとめくるめく"命"を祝い晩酌するとともに
妻に感謝したい。

t-Kimura