記録的な長文公開。

Velfarreがクローズするお話は先日しましたが、
AMAZONで特集が組まれていました。


私の人生でもツバキハウス、GOLD,ジュリアナと
愛し、関わった大箱が閉まってしまうのは初めてではありませんが、
"Velfarre"はオープニングから公私で愛用していた為、
寂しさも大きいものです。

Velfarreの歴史はRAVEに始まったものなので
RAVEを振り返ることで自分を発見したりしてみたいと思います。
しかし、当時のサウンドはとても複雑に入りこんでいるため、
説明をするのは容易な事ではありませんが、
記憶を頼りに記してみます。

1980年代中盤にシカゴなどのアンダーグラウンドシーンで
話題になっていたACID HOUSEやパラダイスガレージでの
アプローチが英国に持ち込まれ、
英国独特に創作力により物凄い速度で進化していった
と解釈できるとおもいます。

ハード的にもサンプラーといわれる楽器の普及価格実現。
電子楽器におけるビンテージという概念が根付く以前の為、
古い音源をかなり安く買える状況。
これら様々な要素がかみ合いながら
変異を遂げた音楽だと考えられます。

アーティストでもS-Express(1988)やCOLD CUT(1987),
BABY FORD等のACID HOUSEの系譜にある音楽が
RAVEサウンドの土台を形成しつつも、
COLD CUTなどが取り入れた手法としてのHIPHOPの応用や、
12インチの普及でターンテーブル(SL-1200)が
音楽マニアの家に入り込んだことも
制作上で重要な後押しになっていました。

本来はACID HOUSE=RAVEという図式がスマートなので、
序章で私の知る限りの"ACID HOUSE"を御紹介し、
その後はACID HOUSEの最盛期とされる1988年以降の流れに
RAVEの定義を位置づけて振り返ってみます。


<<映像資料>>
1960年代のヒッピーカルチャーの再来とも言われた
The Acid HouseやRAVEを問題視した当時の報道。
貴重な1989年のRAVE(ACID HOUSE)映像


この後、英国では国が大規模な取締りを実行し、
野外でのパーティーが一斉検挙されるなど、
(一説ではRAVE禁止令が発令されたとか?)
サブカルチャーと国の大きな抗争が巻き起こりました。
サイケデリックットランスでも知られるインドのゴアも
2006年になり、一部レイブ禁止令を発動してそうです。

"ACID HOUSE"の誕生

イギリスにおけるACID HOUSEブームの背景には
サイキックTVであり、新興宗教団体
"TEMPLE OF PSYCHEC YOUTH(TOPY)"のリーダーである
Genesis P-Orridge氏(以下 P-Orridge)が深く関与していた為、
米国のシカゴハウスと異なり、ドラッグと音楽とが交差した
サイケデリックなカルチャーに発展したと考えられます。

"ACID HOUSE"というフレーズは、
通説と時系列、作品タイトルの3面から見ても
P-Orridgeが生み出したものだと解釈すべきでしょう。

彼の音楽活動歴はかなり古く、
私が中学生のときに聴いたサイキックTVの作品は
既に2つ目のプロジェクトで、
Throbbing Gristle(1976)が活動の原点であるようです。

P-Orridgeが1950年産まれであることを考えると、
1960年代に広まったサイケデリックカルチャーは
彼の青春期に位置する為、ストレートに
"影響を受けている"と考えられます。

実際に、彼の音楽、志向は極めて
1960年代のサイケデリックやヒッピーカルチャーに通じるものです。
特にインド哲学やティモシーリアリーの存在は
Genesis P-Orridgeが語られるときに
必ず出てくるキーワードです。

ドラッグカルチャー全盛期に刷り込まれた体験、思想、見識、
そして哲学は,その後に彼が行う"ACID HOUSE"布教活動に
巧みに組み込まれ、広まっていったと考えられます。
英語版WIKIによるとACID HOUSEとの関連以外に、
"デトロイトテクノ"を始めてイギリスに輸入した人物
として書かれています。


余談:私が1980年代中ごろに一緒に住んでいたモデル男性は、
1986年くらいに渡英し、"TEMPLE OF PSYCHIC YOUTH"に入り込み、
謎な文面の手紙が届き、それきり音信普通に。(笑)



その後の"ACID HOUSE"

米国で展開されていたACID HOUSEの源流である
シカゴハウスがゆっくりと成熟していった事と対照的に
イギリスではP-Orridgeの手によって着色され、
巨大カルチャーに膨れ上がった"ACID HOUSE & RAVE"は
急速に遺伝子をバラ巻き、多くのサウンドに影響を与え、
そして自らも進化しました。

その中でもStacker Humanoidの"HUMANOID"(1988)は
ACID HOUSEトラックの中でも極めてアグレッシブな
サウンドであり、それまでの潮流とは異なる
"新しい音楽"を感じさせる作品でした。
またStacker Humanoidが"宇宙物理学者"だったことで
ACID HOUSEのシーンにインテリジェンスなイメージを植えつける
裏づけとして、彼の存在は頻繁にメディアで引用されていました。

ちなみに現在ではR&B専門誌となっている"REMIX"の
創刊号の表紙がこの"HUMANOID"でした。




"ツールの進化"

80年代からスクラッチという技術が
音楽シーンに登場した影響もあり、
12インチレコードにはスクラッチ用のサンプルが
収録されている事も珍しくなくなりました。

同時にレコードに収められたスクラッチ用のサウンドが
クリエイターの音素材として有効活用されることが多くなり、
サイモンハリスによる"BREAK BEAT & SCRATCHS"という
音素材のみのレコードが大人気になりました。
この流れは後のサンプリングCD市場へ結実することになります。

「レコード(音素材)とサンプラーさえ持っていれば
どんな音楽でも作れるに違いない」

と思い込めるほどの空気が
音楽ファンに広まっていたのも事実です。

それまでのサンプラーは"フェアライトCMI"や"シンクラビア"であり、
価格も数千万円〜数億と、音楽家のツールというよりも
研究向けかと思わせる様な代物でした。

その後お手軽な価格のサンプラー"Emulator"が
登場することになるのですが、それでも当時400万円。
幾分下がったとはいえ、若い人に手の届くものではありません。
そして登場したのが,赤井電機株式会社が1988年に発表した
"S-1000"というサンプラー。

数年前まで数千万円だったサンプラーが
40万円ほどで売りに出された訳ですから
瞬く間に世界的大ヒット楽器になりました。
結果的にS-1000の発売は音楽への接し方という
根本から革命を起こすことになるのです。

RAVEの多くの音楽がS-1000の登場以降、
つまり、1988年以降に発表されていることからも
このS-1000が音楽製作にどれだけの影響を与えたかは
理解に容易いでしょう。


余談:私もこの頃にサンプラーを購入しました。
ほぼ同時期にダンスミュージックのリズム音源として著名な
ビンテージ楽器のTR-909を手に入れ、
齋藤久志くんとアパートを借り、スタジオ化し、
ユニット"GULT DEP"としてACID HOUSEを作り始めました。



"ACID HOUSEが残した音楽"

刺激的なカルチャーに迅速に反応するのが英国のクリエイター。
ACID HOUSEの影響がその後の音楽にどう変化していったのか。
1990年に入ると既にS-1000が普及していたこともあり、
多くの新しいダンスミュージックが産まれていました。

○イタリアで流行していたイタロハウス
(ピアノのバッキングが印象的なダンスミュージック)、
○HIPHOPのブレイクビーツを取り入れ、
アップテンポにしたHIPHOUSE。
○主に80年代のテクノの系譜上にあり、
シンセサイザーのパルス波形を中心に産まれたBLEEP。
○ACID HOUSEの洗礼を受けた後の硬質なデトロイトテクノ。
等など・・・

ACID HOUSEはこれら音楽と交配を始め、
驚異的な速度で進化してゆきました。

特にPRODIGY,ALTER-8,T-99,KLF,LA STYLEと
その後の音楽シーンに影響を与えたといえるグループが
1991年から僅か数年で軒並みに登場したのは
音楽史でも珍しいことでした。

その理由を考えてみれば、

サンプラーの普及により「音楽が技術から開放された」
という"パンクロック"的な間口の広さの証でもあり、
また、「ギターを覚えることもメンバーを集める必要も無い、
それでいて個人色の強い音楽がつくれる」という、
音楽史に前例の無い環境が与えられたことに起因しているといえます。

アメリカにおける"HipHop"が貧困層に対し、
音楽家として活動する可能性を与えたことと同様に、
サンプラーの登場は"レコードから音を盗る"事で
それ以外の高価な楽器を買わずに音楽を作れる様になりました。
当時のHipHopで使われたターンテーブルの様な存在でした。

その後のRAVE"誕生の瞬間"

これは様々な見解があるとおもいますが、
私が感じたのはT-99がリリースしたANASTHASIAを聴いた時。

イギリスのチャート番組で初めて"ANASTHASIA"を聴いたとき、
あまりの斬新さと解りやすさに興奮し、飛び上がったものです。
すぐにレコードを探したのですが、
どこも取り扱っていないほど予想外の大ヒット。
六本木WAVEでようやく入手した記憶があります。


余談:私がその影響で作った楽曲がSUBSONIC名義で
VICTORのコンピ"DANCE 2 NOIZE 001"(1991)に収録されています。
この楽曲を聴いたSONYの方から連絡があり、
1月後にはSONYと契約することになりました。(笑)


T-99の"ANASTHASIA"発表と申し合わせた様に
CUBIC 22のNIGHT IN MOTIONがリリースされ、
サンプルサウンドによるリフ一発の楽曲は
一瞬で多くの人々を虜にしました。

今思えば、Genesis P-Orridgeの策略に嵌り
"脳内"に向かったACID HOUSEやベルギーテクノへの
フィジカルな回答といえるかも知れません。

アンダーグラウンドでもリフ主体のサウンドであれば、
そこは既にポピュラー音楽へ昇華する可能性を含む領域。
ACID HOUSEの遺伝子は大きなレーベルが目をつけるに
極めて好条件な環境に進化したのです。


ダンスミュージックの最大手"PWLの参入"
ポップスへ昇華させる要素が高い音楽を見逃す筈も無く、
PWL Recordings(UK)が即座に市場に参入。
ユーロビートで知られ、とても影響力のあったPWLですが、
RAPとVOCALを加えた2UNLIMITEDを前線に送り出し、
こなれた戦略で市場を制覇。
他のレーベルもこのわかり易い戦略を学び、
レーベル主導による量産体制が世界中に広まる。

日本のavexでも同様のスタイルがとられていましたが、
それ以前からレイブトラックのライツを押さえていました。
それらライツの展開に苦慮していたものの、
制作陣を構えることと、保有ライツ、
その後オープンしたディスコ"ジュリアナ東京"の
ブランディング戦略と合致し、一大ブームを起こすことになります。

"音(輸入)+音(オリジナル)+箱"という
3点のピラミッドパワーが炸裂し、
"市場に敵無し"という前例の無い現象が巻き起こったのです。

ここから先は皆様が御存知の"ジュリアナテクノ"であり、
ベルファーレのオープンに繋がった時代になります。





そんなこんなで、
Youtubeを利用したレイブの歴史が見当たらなかったので
以下に御紹介。(時系列は記憶頼り。間違いは御指摘ください)

HUMANOID - Stacker Humanoid(1988)
ACID HOUSEの絶頂期に発表された歴史的楽曲。
これほどにテクノ的な解釈をしたトラックは希少。
宇宙物理学者制作ということもあり、
ACID HOUSEは"インテリ思考"という妙な空気が根付く。
CGを駆使した映像やビデオをセットにしたレコードで話題に。


その他、A guy called Gerald - Voodoo Ray


S-Express - Theme From S-Express(1988)
Depeche ModeやMobyの所属で知られるMUTEのサブレーベルだった
"RYTHEM KING Record"のグループ。
現在Umami Recordsを率いるMark Mooreの作品。

シカゴハウス的な音色のリズムにビヨビヨなTB-303に
ハイエナジー、エレクトロなボーカル加工。
サンプルを多用していることから、
S-1000購入オメデタトラックというところか。



Looney Tunes - Just as long as I got you(1989)

シンセのリフとブレクビーツにTR-909という
当時のポップ路線(CLODCUT,BOMB THE BASS等)とは異なる
路線で定義不能なサウンドを展開した"Looney Tunes"。
確か現在のXL Recordingの社長だとか。
XLの商品番号一桁作品。



808 State - Pacific State(1989)

1988年から活動を始めた808 STATEのPacific Stateの登場は
ACID HOUSEにアンビエント要素を含ませる
実験の成功曲として賞賛を浴びました。
当時、FFRRなどがアンビエントハウスというサウンドを
仕掛けていた頃でUKからの回答としても注目されました。

ACID HOUSEのパイオニアであるGerald Simpsonこと
A Guy Called Geraldが参加し、
初期の作品に大きく献上しました。
(代表的な楽曲は殆ど彼の手によるものともいえます)

808 STATEは元シュガーキューブスの
ビヨークをキャスティングしたりと、
シーンの目利きとしても注目されていました。
ちなみにmoveのRemixもやっていただいています。


808 State feat. Bjork

Chime - Orbital(1989)

惜しくも1〜2年前に活動停止してしまいましたが、
BLEEP系でしられるLFOなどと同時期に登場し、
特色の強い音楽性ながらも独創性からその後のレイブサウンドへ
多くのヒントを残したグループといえます。

OPUS 3によるカバー"It's a Fine Day"のアカペラを使用した
Halcyonは世界中で愛された楽曲。
映画"Saint"やディカプリオ主演の"BEACH"の
楽曲製作者でも知られています。



LFO - LFO

上記のOrbitalと同時期に登場したLFOは
キャバレーボルテールの変名ユニット"Sweet Exorcist"による
"Testone"(1990)で巻くあけたブリープハウスの
象徴的なグループとして知られています。
また、音響派としても知られ、
強烈なサブベースを導入した楽曲をリリースしておりました。
この"サブベース"の発想はその後のジャングルやDnBなどの
サウンドカラーともなりました。



KLF - What time is LOVE? (UK)(1990)

RAVEカルチャーを面白くさせたのがこのKLF。
ACID HOUSEに見られた知的という贅肉を
丸ごと逆手に取った様な立ち振る舞い。

やることなすことが不条理を極め、
リスナー側のスノップな意識を断ち切らんばかりに
刺激的な話題を振りまく。
ゴシップネタに不足していたシーンにおいて
唯一定期的に話題を提供していたグループといえます。

元ゴス系バンド"ブリリアント"のジミー・コーティに
ニューウェーブ系バンドエコー&バニーメンの
マネージャーであったBill DrummondによるKLFは
Kopyright Liberation Front(著作権解放戦線)の略とのことで
実際、ABBAなどを相手に著作権問題を起こしている。

イギリスで最も集客力のあるフェスティバルの
トリを飾るほどに上り詰めたのですが、
KLFが見せる破綻した立ち振る舞いは
日本のとある雑誌も注目し、
KLFの奇行を特集して考察していたことがあるほど。

(追記:上記フェスのステージはゲストボーカルの一団だけで、
当のメンバーはステージに登場せず、
"全身アイスクリームのコスチュームで
客にソフトクリームを配布していた"と
紙面に載っていたことを記憶しています。

KLFにはアンビエントハウスの象徴的グループ
"ORB"の中心人物"アレックスパターソン"も参加。

ジミーコーティーの音楽的才能は
極めて高く評価されてはいるものの
同じ比率だけ変人と言われている様です。

KLFの楽曲はACID HOUSE,RAVE,ROCK,ゴスペル、
アンビエントと実に幅広く、
その完成度の高さも驚かされます。

僅か10種類ほどの声などのオリジナル音素材を
大半の楽曲にはめ込み、音のブランディングを実現したと同時に
本来、不用なのかもしれない"音楽のルール"をも破壊。
こんなグループが日本にいたらJASRAQも戦々恐々でしょうか。




Cubik 22 - Night in Motion(1991)

ACID HOUSEやBLEEPの流れにイタロハウスの要素などが加わった
突然変異楽曲で人々を驚かせたのがCubik 22のNight in Motion。
製作者の正体が不明なことでも有名。(この1曲しかリリースしていない)
当時大流行だったJAMES BROWNのサンプル"PARTY TIME!"を使用した
楽曲では最も知られている曲かもしれません。




Shades of Rhythm - Extacy (1991)

Shades of RhythmはHOUSEとHIPHOPの中間にあるHIPHOUSEに
ブレイクビーツなどを加えて、新鮮なダンスミュージックを展開。
色味としてはハウス色が強いユニットですが
C/Wなどはブレイクビーツ寄りのRAVE MIXが盛りだくさん。



2 Unlimited - Get Ready For This(1991)

ダンスミュージックの新しい流れを見逃す訳のないPWLが
2 Unlimitedでシーンに参入。この1作で大きな話題を獲得。
その後、NO LIMITなど総計2000万枚を記録。
レイブ=2 UNLIMTEDという認識が世に広まる。




The Prodigy - No Good (start the dance)

The Prodigyは斬新なブレイクビーツの解釈による
3rd Single"チャーリー"(1990)の発表でシーンに衝撃を与えました。
それまで1小節のループ主体だった音楽に対し、
この楽曲は分解したブレイクビーツに
"αJuno2"という名のシンセによる、Hooverサウンドを加え、
ホラー映画からサンプルしたと思える子供の声や、
ヒューマンビートボックスと、闇鍋万歳な楽曲。

この楽曲のアプローチはその後のジャングルや
ドラムンベースを語るに外せない楽曲といえます。
(チャーリーは先日紹介したので今回は大ヒットしたNo Good(1994))



Praga Khan - Injected With A Poison (1991)

ベルギーのクリエイター"プラガカーン"と"オリバーアダムス"
そしてVocalを単独でもリリースしていた
"JADE 4 U"を迎えたプロジェクト。

ベルギー独特のビート感ではあるものの
イタロハウスの要素を加えたり、
UKのホラー的要素があったりと
当時、ベルギーで人気のあった
R&S的なスタイルとは異なるアプローチ。

サウンドの遺伝子もクラブ系というよりは
ロック系の激しさを持ち合わせていた希少なユニット。
実際、その後はKMFDMの様なインダストリアルロック
な作品を発表したり、毒っ毛満載な活動をしています。

"硝子の塔"などのハリウッド映画で
"緊張感あるクラブ"の演出で
Praga Khanの楽曲が使われていました。

"プラガカーン"と"オリバーアダムス"は他に
CHANNEL Xというユニットでもリリースしていましたが
名義を使い分けるほどに音に違いはありませんでした。



Together - Hardcore Uproar

著名な曲ですが詳細な知識なし



Rozalla Miller -Everybody is Free

バレアリックハウスというカテゴリーに位置するROZALLA。
ピアノのバッキングはイタリア的ですが
ストリングスを入れたり、伸びやかなボーカル
&ストリングスのラインで開放感のあるサウンドが特徴。
イメージをイビザや海岸線においたことでも
レイブと異なる展開ですが、非常に愛された楽曲です。




DJ Seduction - Hardcore Heaven

著名な曲ですが詳細な知識なし




Bizarre Inc. - Such a Feeling(1992)
ガラージュよりもイタロ路線との融合色が強いのがBizarre Inc.。
そういえばハイエナジーでも"XXX inc"って名称が多かった印象が。

後期はダンスポップと化し、
人々に消化されて消えてしまいましたが、
初期作品のJUNO-106によるBassや、
サンプリングによるボーカルなど
シーン独特な手法がユニーク。
レイブ版"BLACK BOX"というところ。




Altern-8 - Iniltrate 202(1992)

謎の覆面グループ。
KLFの影響からかエンターテインメント色の強いユニット。
サウンドはブリープの系譜を含みながらも
ハードコアブレイクビーツを導入。
ビデオに納められたTB-303とSH-202を持った演奏シーンが印象深い。



THE SCIENTIST - The Exorcist(1992)

著名な曲ですが詳細な知識なし



Messiah - Temple of dreams(1992)

MessiahはKickkin Record(UK)にて活動していた
サイエンティストやEONなどと同系にある
ホラー的な要素が多い楽曲が印象的ですが、
このTemple of dreamsでは
天国と地獄の往復チケットを手に入れた様な世界観に。




SL2 - On a Ragga Tip(1992)

ハードコアブレイクビーツとラガを加えた代表的な楽曲。
一時期はProdigyなども手を伸ばした"ラガテクノ"。
個人的に大好きなサウンドでもあります。

英国は1950年代にジャマイカから大量の
移民受け入れをした経緯もあり、
そういった背景が音楽と重なり合うことが少なくありません。

古くは80年代のNEW WAVE,PUNKからRAGA TECHNO,
そしてジャングル、DRUM'N BASSと
英国のモダン音楽とレゲエの接点によるミクスチャーは
様々な音楽を歴史に残しています。
音楽市場が隔離的な米国市場とは対照的だといえます。



Family Foundation - Express Yourself

著名な曲ですが詳細な知識なし




Opus III featuring Kirsty Hawkshaw - It's a Fine Day

2 UNLIMITEDを筆頭に一気に市場拡大を狙ってきたPWLが
放った女性ボーカル版が"Opus"。
JaneのIt's a Fine Dayをレイブカバーした作品ということまでは
あからさまな商売臭い戦略に過ぎないのですが、
意外にもサウンドが良く、女性のキャラクターも
"シーンのイコン"的な印象が相俟って、まんまと成功。




The House Crew - The Theme

著名な曲ですが詳細な知識なし



Liquid - Sweet Harmony(1992)

過激なビートのシーンの流れから逸脱した
異色な甘いサウンドでしられるLiquid。
このSWEET HARMONYはシーンの流れを意識しつつ
作られている印象がありますが、
アルバムは浮遊感のあるエレクトロニカ作品。



Bad Mice - Bombscare

著名な曲ですが詳細な知識なし



Cappella - Move on Baby

イタリア系プロデューサーであるからか
ユーロビート色が強く、日本でも幅広く愛されたユニット。
初期の段階から仲間割れして
"ANTI CAPPELLA"というグループが登場するなど、
熱き血潮はさすがラテンの香りか。

私もラテン音楽が全般的に好きなので
イタリア系プロデュースのCappellaは
かなり大好きな作風でした。
個人趣味統計ではダンスミュージックでは
イタリア産、もしくはその系譜上の作品が
内側から加熱してゆきます。




Urban Hype - A trip to trumpton(1992)

バンド形態で登場し、"レイブバンド"を押し出し、
かなり疑問を感じたグループですが、
イギリスでは人気があったみたいです。




L.a. Style - James Brown is Dead(1992~1993)

泣く子も黙るクリエイター"DENZIL SLEMMING"による大ヒット作。
刺激的なタイトルすらも圧倒させるタンゴ調レイブ。
ブームの飽和時に登場しがちな"ウケ狙い一発芸"では無く、
シンプルなサウンドスタイルに
驚異的なエネルギーを押し込めた奇跡の楽曲。

当時、私は趣味もかねて日本で2番目という在庫量の
レンタルCD店でダンスミュージック&BLACK MUSICの
買い付けを担当していたのですが、
恐らく、この曲が入っていないダンス系コンピを探すのが
難しいといえる程にヒットしていました。
当時の私が「この人、コンピの売り上げだけで一生食べていけそうだな」
と野暮な印象を感じたほどです。(笑)

James Brown is Deadとほぼ同時期に
DENZIL SLEMMINGは別ユニット"THE CRUSE"で
極めてアグレッシブな"ALL SYSTEMS A GO"を発表。
私がこの作品の御取り置きを御願いしたバイヤーの方が
その後、avexでCYBER TRANCEを仕掛けたのですから
不思議な縁を感じます。

L.A STYLEでは面白みを押し出した楽曲を
発表し続け、日本では多くの方が耳にしたことだと思います。
しかしまもなく手詰まり感が見えはじめ、
"DENZIL SLEMMING"のクレジットを見ることは無くなりました。
トラッククオリティーが高かったので
惜しい気がしていましたが、
その後、moveのリミックスを手掛けていただいたり
avexコンピの為に書き下ろしたりと
"James Brown is Dead"を生み出した人とは思えない
なかなか温かい方を垣間見ることが出来ました。

そういえば"Michel Jackson is Dead"などといった
便乗トラックが溢れていたのを思い出しました。



Human Resource - Dominator

HUMAN RESOURCEは当時のUKとは別の流れにあった
ベルギーテクノに属するユニット。
Joey BeltramでしられるR&Sからリリースしていましたが、
リズムトラック以外は"FOOVER"を使用した
比較的UK寄りな音でした。




La Bouche - Be My Lover (European Version - Old Version)


The Future Sound of London - Papua New Guinea


この記事を書くのにチマチマと3日も費やしました。
間違えなく長文記録だ。(笑)

1990年、私はグラフィックデザインの仕事をしていたのですが、
趣味で作ったトラックを切っ掛けにVictorからリリースし、
その流れでSONYと複数年契約。でも1年で解散。
それを期にPONY CNNYONに移籍、でも1年で脱退。

その前後、イベントでバッタリ会ったavex松浦氏に
「おまえ、avexに移籍な」の一言でavexへ。
結果的に3年で3回レコード会社と契約。


velfarreの閉店を切っ掛けに振り返ってみると、
ダンスミュージックの歴史は自分の歴史に
深く関わっていることをあらためて認識できた。
これはこれでいい機会だったかも。

Velfarreの閉店を記念して、
歴史を刻んだCDが発売される様なので
詳細がでたら御紹介させていただきます。