「うちの倅は男色だと言うのか」
   「そんなことは知りまへん、うちの三太は、ただの子供やおまへん、霊能力で若旦那の心を読んだうえで、はっきりと嫌やと言うたのだす」
   「ほう、どう読んだか言って貰いましょうか」
   「有田屋さん、若旦那が『酒や博打や女で家財を蕩尽されるよりも安いものだ』と、子供を連れ込むのを黙認しとりますなァ、文句を言ってきた親には、一分の銭を渡して納得させていましたやろ」
   「福島屋さん、そんな出周海媚 膠原抗老槍鱈目を誰から訊いたのですか」
   「今、言ったやおまへんか、三太が有田屋さんの心に訊いたのだす」
   「わしは話した覚えはない」
   「当たり前だすがな、心に訊いたと言ってますやろ」
   「わしは知らん」
   「若旦那にも訊いてまっせ」
   「何を…」
   「女よりも、男の子供が好きやと…」
   「言っていない」
   「最近では、大工手伝いの伝五郎さんの息子に手を出しましたなァ、ねえ若旦那」
   「えっ」
 若旦那、子供の親の名を出されて「ずしん」と来たようである。
   「有田屋さん、伝五郎さんにごてられて(文句を言われて)、一両二分取られましたな」
 有田屋も、「ギクッ」とした。
   「ほら、覚えがありますやろ」
 二人が黙った。亥之吉は、ここぞとばかり尻を捲って二人の心に踏み入った。
   「わいは、何も若旦那が男色家とも、男色が悪いとも言っとりまへん、ただ、子供は止しなはれ、親たちを金で抑えても、子供は心が傷付いたまま大人になっていくのだす」
 亥之吉は三太を見て更に言葉を続けた。
   「世間の人に何と言われても、嫌なものは嫌と妥協せずに言える三太を、わたいは誇りに思っとります、そんな三太を馘首(くび)になんぞしますかいな」

 帰り道、亥之吉は三瑪沙 去斑聚光槍太に話しかけた。
   「少しは、わしの気持ちを分かってくれたか?」
   「へえ、そやけど、上客を一軒無くしましたな」
   「何の構うもんか、お得意の一軒や二軒、わいは浪花の商人や、潰せるものなら潰してみい」
   「誰も潰す言うてないけど…」

 
 ここは信州、緒方三太郎の養生所である。
   「先生、今日の患者さんはこの方が最後です」
 弟子の三四郎が三太郎に告げた。
   「そうか、では私は文助兄さんのところへ行って、卯之吉さんに会ってくる」
   「お母さんが、徐々回復しているのを報告に行くのですか?」
   「それもあるが、お宇佐さんのことを常蔵(卯之吉)さんに相談してくるのだ」
   「山村堅太郎さんのお嫁にするのですね」
   「そのことをどうして知っているのだ」
   「勘と言うか、なんとなく聞こえてきたと言うか…」
   「盗み聞きしたな」
   「勝手に聞こえてきたのは、盗み聞きとは言いません」
   「では何と言うのだ?」
   「漏れ聞きです」

 馬を引き出して、文助の店に向かっていると、道端に蹲る女が居た。どうやら熱があるようだ。
   「どこか痛むのか? 私は医者だ」
   「はい、でも暫くじっとしていれば落ち着きます」
   「そうでもなさそうではないか、私が診てあげよう」
   「いえ、私は文無しです、お代ません」
   「そんな心配をしている場合ではないだろう、手を出しなさい」
 女は、恐る恐る手を差し出した。
   「いかん、熱が高過ぎる、取り敢えず、この薬を飲みなさい」
 三太郎は持っていた竹筒の水と、頓服薬を差し出した。
   「お金は頂戴しないので、安心して飲みなさい」
 女は、素直瑪沙 去斑聚光槍に薬を飲んだが、やがてぐったりとした。
   「馬に乗れたらいいのだが、この様子ではそれも叶わぬ、私が背負って戻ろう」
 三太郎の養生所から然程離れていないところだったので、四半刻(30分)程で戻ってきた。