2012年02月07日

さみしくなった2

 北京→成都

 朝はホテルで優雅に朝食・・・といいたいところだが、だんだんメニューがショボくなってきてるなぁ。
 会社へ。外部スタッフも集まっての全体会議。昼は全員で賑やかに食事。その後はデスクワークそこそこに空港へ。時間があるので中国国際航空の国内線ラウンジへ。ここでは無線LANが使えるのだが、今回からパスポート登録でIDとパスポートを発行するセキュリティの高い凝ったシステムになっていた・・・が、肝心の接続でDNSアドレスが一向に取得できず、結局接続できなかった。みたところ、周りの人もみんな接続できていないらしい。さすが中国、側だけしっかりしていても肝心のところがダメダメ。しっかりしようよ。
 成都行きは定刻通り出発。定刻通り到着。ハイヤーで家へ。今、成都の家は義父がひとりで住んでいる。さみしくなった。

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2012年02月06日

春節最後の日3

 名古屋→北京

 さて、中国出張。いつものように名鉄ミュースカイで中部国際空港へ。到着がちょっと遅かったのと、安全検査が混んでいたこともあってラウンジへ行く時間がなくなった。中国国際航空の北京行きは定刻通り出発・・・かと思いきや、めずらしく管制塔から離陸許可が出ないとかで30分遅れで離陸。北京到着も30分遅れ。めずらしくボーディングブリッジに着く。それにしても北京さむっ!ホテルにチェックインして、吉野屋で昼飯食って(って、やる気ねーなぁ、をぃ)、会社へ。先週から北京入りしている同僚と合流。半日かけてシビアな話をする。最近こんな話ばかり。晩飯も仕事の話の続き。外は春節期間最後の日ということで花火と爆竹がすごかった。

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2012年01月18日

たいへんな旅だった1

 成都→成田→名古屋

 帰り。朝7時、いつものハイヤーで空港へ。ハイヤーのおっちゃんは5時まで別の客を送っていたそうで徹夜明けらしい。空港に着くとチェックインカウンターはまだ空いてなかった。フライトは9:35だがチェックイン開始は8:00らしい。普通、国際線は2時間前までに空港へ来るように言われているが、成都はゆっくりしている。ANAのチェックインカウンターには日本人の案内のおっちゃんがいた。成都に駐在してがんばっているのかなぁ。時刻通り搭乗。行きはガラガラで心配していたが、この便は満席とはいわないがかなり席が埋まっている。空席はポツポツとしかない。やったね!飛行時間は4時間15分、行きが6時間45分だったことを考えるとかなり速い。
 順調に成田空港に到着。乗り換えに時間があるのでラウンジでメールチェックなど。名古屋行きの国内線に乗る。結局、成田空港でターミナルと飛行機間の移動は全てバスだった。中部国際空港にほぼ定刻到着。ミュースカイで帰宅。たいへんな旅だった。

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2012年01月17日

会社へ1

 成都滞在

 仕事の話があるので会社へ。
 家へ戻ると、母親の部屋にはすでに新しい家具が運び込まれており、生前の面影は全くなくなっていた。田舎から父親の妹が訪ねてきて、夕食はみんなで火鍋へ。

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2012年01月16日

死因1

 成都滞在

 義母の死因ですが「たばこ」です。義母は昔からかなりのヘビースモーカーで、数年前に肺機能が低下して呼吸困難になり、肺炎も併発して死にかけたことがありました。医者からは禁煙を指示され、しばらく守っていたのですが、昨年から再び吸い始め、ついには生きるために必要な酸素を補給できなくなり、窒息状態で倒れました。たばこが原因の肺機能低下による窒息死でした。
 余談ですが、私の父方の祖父母もヘビースモーカーであり、ふたりとも肺がんで亡くなりました。これで、たばこに殺された親族は3人になりました。今後はたばこの臭いを嗅ぐたびに3人を思い出すことでしょう。

 銃に親族を殺された方が銃撲滅運動に動くのはよく理解出来ます。



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2012年01月15日

ゴミ捨て場の謎1

 成都滞在

 母親の部屋の模様替え。というよりは、部屋はほぼからっぽに。必要ない遺品はマンションのゴミ捨て場へ何往復かして運んだのですが、中にはまだまだ使えそうなものがあるのだが、それをゴミ捨て場に置いて、戻って、別のものを持って再びゴミ捨て場へ行くと、さきほど捨てたものがもうない。誰かが持って行ったと思うのだが、その間たった5分。素早い。しかも、そんなことが2〜3回あった。人影は見当たらない。さすがだ。


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2012年01月14日

葬式1

 成都滞在

 時刻は午前0時。お通夜が始まっており、親戚や親しい友人が集まって麻雀などをしていた。日本のお通夜と違うところは、屋内ではなく野外にテントを張って供物台を設置し、そこで御参りをするのですが、遺体はそこにはないということです。そのまま夜を徹し、朝になると斎場へ向かいますが、夫である義父はなぜか家に残ります。妻が亡くなったとき夫は同行せず、高いところから見送るのだそうです。義父が住んでいるマンションの上層部から見送ります。遺体がないため霊柩車はなく、白黒の花を飾った車で移動します。斎場に着くと、遺体はそれぞれの個室に安置されています。棺桶は日本のものとは違い上半分はガラス張りで、周りには花が添えられ、赤と黄色の布が半分だけかぶせられています。赤基調なのは共産圏の習慣でしょうか。北朝鮮の金正日総書記が亡くなったときに棺に入れられた様子をご覧になった方も多いと思いますが、ちょうどあんな感じです。参列者は棺の周りを一周して御参りします。その後、隣接の火葬場へ移動し、遺体は職員が裏から運びます。火葬場は鉄格子があり、中へ入ることが出来ません。その奥に遺体が運ばれ、自動で動く担架のようなもので釜の中へ入れられていきます。と同時に鉄格子にカーテンが閉められ、最終的に釜に入れられるところは目にすることは出来ません。後ろではラッパ奏者が3人おり、悲しい曲を演奏していました。その後、遺骨を入れる骨壺(とはいえ木製の箱)を自分たちで選んでその場で購入し火葬が終わるのを待ちます。約1時間後、火葬が終わりましたが呼ばれたときはすでに骨壺に遺骨が納められており、「骨を拾う」作業はありませんでした。遺骨は家へ持ち帰らず、墓が出来るまでの間、預かってもらえます。中国の家庭には仏壇のようなものを置く習慣がないので、遺骨や位牌を家に持ち帰ることはありません。家に戻ると、すぐに部屋の模様替えが行われます。中国では一部の形見品を除いて、その人が生きていた痕跡を全てなくすのが習慣といいます。すぐに実行する習慣や、49日を待って実行する習慣もあるそうですが、いずれにせよ、生前の状態を保ち続けるということはないとのことです(人によるとは思いますが)。義母の部屋の家具は全て撤去し、ベッドやたんすもすぐ次の日に新しいものが届くそうです。いきすぎのような気もしましたが、気を紛らわすためかもしれません。


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2012年01月13日

成都へ1

 名古屋→成田→成都

 というわけで成都へ。今回はANAの成都便が安かったので成田経由で行くことにした。中部国際空港からは国内線のANA便で成田へ。こんだけ飛行機乗ってますが、日本の国内線に乗るのは3年ぶりぐらい。国内ならかなり遠くてもわざわざ鉄道で行きますが、今回はそうもいくまい。で、順調に成田空港へ。
 成田空港は国際線乗り換えの出国審査場もラウンジも混んでいた。だが、ANAの成都便は乗客が全部で25人しかおらずガラガラだった。大丈夫かなぁ。せっかく出来た直行便、がんばってもらいたいところ。飛行時間は6時間45分。けっこう長い。名古屋を通り越して上海を越えて成都へ直行。中国国内に入ると偏西風の影響か時速550kmくらいしか出ていない。
 ほぼ定刻通り成都着。いつものハイヤーで家へ。時刻は12時。お通夜の最中だった。

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2012年01月12日

訃報1

 再び午前5時、マイ中国人から連絡があり、母親が亡くなったとのこと。最後の旧正月を過ごすために帰ったはずなのにこんなことになるとは。

dunge at 23:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日本 

2012年01月11日

救急車1

 午前5時、マイ中国人から母親が入院したと連絡がある。救急車で運ばれたらしい。これまでも何度か入退院を繰り返していたが、今度は症状が重いらしい。大丈夫だろうか。

dunge at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!日本