クロ
概要
1つの幸せを掴み取るために、多くの絶望を味わう怪作。

主人公・豹馬は『クロ』以外の人物を認識できない状態に陥っているので、ヒロインはたった1人。
それでいて25時間以上読ませるボリュームを持ち、1人の人間に対する掘り下げが徹底的に行われる。

とにかくクロが可愛い。
人が見えない豹馬に対して献身的なサポートをしてくれる姿がなんともいじらしくて、本編開始数時間が経つ頃には大好きな女の子になっていた。
平行世界の出現によってクロは5通りに成長するが、そのどれもが愛おしかった。

クロにとっても豹馬は自身を認識してくれる唯一の存在になるため、必然的に共依存の関係になっていく。
幼少期の偶然の出会いから2人の付き合いを描くため、ボーイミーツガールと幼馴染関係を両立していて天才だった。
あまりに微笑ましい2人だけの世界に心が満たされる

……ほど、やがて訪れる悲惨な展開がキツかった。

最悪なる災厄人間に捧ぐ」。
このタイトルに惹かれる人は、自己評価の低い人間が多いのではないだろうか。
自分なんていない方がましだ。
そんな考えを持つ方に、本作を是非お勧めしたい。
あの絶望を、あの悲劇を。目に焼き付けて、人生についてもう一度だけ考えて欲しい。











クロのこと
——今最も聴きたくない声は?と聞かれたら、私は迷わず「クロの断末魔」と答えるだろう。
決して平穏な時間だけで終わることはないとタイトルの時点で分かるのに、次々と死んでしまうクロたちの姿に精神が壊れそうになった。
苦しみ抜いて自殺(未遂)も経験した2人が幼少期から支え合って幸せな日常を掴み取る素晴らしい物語を粉々に破壊されるのは本当に辛かった。

道を歩く時は小さな手を広げて先導し豹馬を守る、可愛さと頼もしさ。
平行世界であることを利用して5つの性格に分かれ、様々なアプローチで豹馬の良きパートナーになってくれるいじらしさ。
常に味方であり、全ての行動や発言がこちらを想ってのものと分かる絶対的な安心感。

強い共依存で結びついているので通常の人間が持つ愛情の定義からは逸脱しているかもしれないが、だからこそ通常の人間ではあり得ない魅力が成立している。

過去にも未来にも、これだけ好きになれるヒロインが居るだろうか。

それだけ、クロのヒロインとしての存在は絶対的で揺るぎないものだった。
幸せな未来をプレゼントしたいんだと強く思わせるキャラクターだった。

キツい展開になったから好きになったわけではない。
大好きなヒロインが悲惨な目に遭い、大好きな上に執着心までもが芽生えたのだと思う。

私はとても薄情な人間なのでヒロインに対して愛を囁いても1年も経てばほぼ風化してしまうが、
クロへの想いだけは忘れたくないし、忘れてはいけない。
だからこそ。これだけの名作に対して感想を書くことに疑問を持ちながらも、感じたこと全てを書き残しておきたくなるのだと思う。
「大袈裟な」……そう思われてもいいと思っている。とにかく、この気持ちを忘れないために書き残したい。

「出会いの時、クロに何味のアイスクリームを買ってあげたか」で世界が分岐する。
何故か全て大豆が絡んでおり豆腐、キナコ、味噌、納豆、豆乳の5種類。

ふー

無条件で味方になってくれるのって、なんて心強いんだろう
とうふ世界のクロ。
豹馬を元気づけてくれる、一緒に居て勇気の出る存在。
プレイヤーの私が最初に選んだ世界のクロなので少しだけ特別な思い入れがある。
……と書きかけたが、2週プレイしたところ強制的にとうふ世界に行くことが分かった。

融通の利かないところのあるキナよりも常識人な印象。
母親の支配から決別するシーンでは主役を張り、クロたちや豹馬を引っ張った。
事態が解決した後は明るい表情で明るい世界に連れて行ってくれた。これからもずっと、私達を導いてくれるのだと思い込んでいた。

だからこそ、真っ先に災厄の毒牙にかかってしまったことは衝撃だった。
何度考えても残念というか、無念というか。
苦悶の表情を浮かべていてもクロはかわいいなあ、なんて現実逃避じみた思考をしつつ、今際の際で豹馬に放った台詞の数々は容赦なく心を突き刺した。
最後まで豹馬を支えてくれるシーンをもっともっと、たくさん見たかった。幸福な毎日が待っているに違いなかったから。

シナリオ全回収のために最も殺されるクロでもある。
もう断末魔は聴きたくない。


キナ

キナコアイスクリームを残りのクロ全員と一緒に食べるシーン
キナコ世界のクロ。
しっかり者で、5つの世界で最も頭脳が優秀。

口調が可愛いし、なつと揉めることもあったが基本的にはしっかりしていることからふー亡き後の実質的なリーダーとして頼りになる。
豹馬に対してはジト目を向けることもあるが、豹馬が大好きなことと献身的な部分は変わらないところも愛おしい。

初見ではふーとキナが好きなクロだったので2番目に殺されると知って絶望した。

後々のシーンで台無しになってしまうが、別れ際にキナコアイスクリームを皆で食べるシーンは本気で泣いてしまった。
あまりにも不憫過ぎる。


みー

強くあろうとするクロは涙を見せない
みそ世界のクロ。
運動が好き。
豹馬の強さに憧れて自分も強くなる!と宣言して活発な性格になる。
5つの平行世界で最も早く他のクロとは異なる個性を獲得した。

従順なクロの可愛さはそのままに強くあろうとする姿が微笑ましい。
当然、クロなので男口調も可愛い。

強がったまま永遠の別れを告げる際の心中を察することが出来るシーンで耐えられなかった。
壮絶な覚悟で尽くそうとしてくれたことが分かる。
寂しい最期だったに違いない。


なつ

クロ!!!!!!好きだ!!!!!!
なっとう世界のクロ。
お調子者でありながら時に冷静な観点で豹馬を見つめるなど、他のクロとは毛色がだいぶ異なる。

作中には『5つの性格に分岐したクロを見ることで、クロの側面を5つ知ることができる』とあるが
なつには『他のクロが抑圧されてしまっている考えを露見させる』という側面があるので、彼女を知ることはクロを深く知ることの同義となる。
突飛にしか見えない彼女の行動は注意深く観察しておきたい。

日常シーンではとにかく豹馬を翻弄する。
表情の奥底からは好意が見え隠れしているところが可愛い。

彼女とのエピソードでは恋愛面がクローズアップされ、クロの魅力を大きく引き出してくれる。
特にクラスメイトからのラブレターを届ける場面は本作屈指の名シーンなのでよく見ておきたい。

誰よりも自由でいて、誰よりも豹馬のためになることを考えた本当に愛らしいクロだった。


にゅー

きみがいるから、俺でいられる
とうにゅー世界のクロ。
寝ることが趣味。
豹馬を優しく包み込みたいという思いが強い。

平行世界の中で最後まで生き残る。
大きな苦境でも諦めず、未来を掴み取れたのも彼女の存在あってこそ。
豹馬が安眠を教えてくれた幼少期のエピソードはほのぼのしているし、後に特徴として現れてくるところが好き。

そして私は死んでしまった4人のクロをなんとか受け継ごうとする姿を見て泣いてしまった。


リーダー

豹馬君だったら、孤独なんて怖いはずないよね?
右手だけはクロに触れられるという珍しい豹馬がいる世界からやってきたクロ。
触れられるという利点は大きいようで豹馬とは恋人関係だったが、目の前で惨殺され後追い自殺した。
手編みして豹馬に渡すはずだった血塗られたマフラーを着用している。
終盤でクロ側の幽霊という正体が明かされるが、「自殺したクロ」という表示名の響きは強烈で見る度心に重くのしかかる。

狂気的な佇まいと発言を見せるが、豹馬が大好きな気持ちは変わらない。
あの可愛らしいクロが変わり果てた姿(それでも可愛い。不気味可愛い)になり、世界を飛び越え、支えになり続ける。
自分の命を惜しむことはない。その執念に、感嘆を超えて畏怖の念を覚えた。
そして、いよいよ最低の存在と化してしまった豹馬が情けなく思えてくるが……。

彼女の変わり果てた姿を見るだけでもその執念は伝わってくる。
想いの深さを知る度に、私も作品、クロへの思い入れが深まっていくのを感じた。



豹馬のこと
凄惨を極めるシナリオに、叫び出したいのはこっちのセリフでもある
高い知能を持ちながらも、幼少時代のいじめが影響して自己評価が低い主人公。
真面目で正義感、使命感が強い。
人間として強い部分も弱い部分も全て描写されるので、プレイ途中では評価が難しい部分もあった。

しかし、「クロへの想い」を根源として全力で生き切る強い執念にいつしか心を奪われ、最終的には大好きな人物となった。

支えて貰わないと生きていけないという負い目を感じながらも、クロが大好きな感情が隠しきれない。
人生の全てをクロに捧げても惜しくない。深すぎる愛から放たれる彼の言葉がクロとプレイヤーの心を突き刺した。



トゥルーエンドのこと
豹馬は結局、幽霊の問題が収束しても視覚と聴覚が戻ることはなかったと思われる。
それでも、幸せな毎日の訪れを確信できるいい終わり方だった。
幸せそうにとうふキナコみそ納豆豆乳ソフトクリームを頬張るクロの姿を見ていると、ここまで見届けられて良かったなあと心から思う。

あれだけ濃い死の描写を繰り返したからこそ、「生きよう」とするラストが輝いていた。


最悪に捧ぐ
クロに声をかけることが出来なかった世界線の豹馬、つまり幽霊の視点から紡がれるエクストラシナリオ。
自分を殺し続ける動機、そうせざるを得なくなった事情が語られることになる。

理不尽な存在にしか思えなかったあの悪意を纏うまでの過程が納得出来るように描かれていたことに、改めて本作が恐ろしいまで高クオリティに仕上がっていることを思わせる。
それでいて、豹馬と出会えなかったクロと(かれの感覚からして)たった8年間の交流で愛着が湧いてしまうところは人間の弱さを良く表現出来ていたと思う。
ああ、どこまで行ってもこれは「豹馬とクロ」の物語なんだなと理解できた。

最終盤に出てくる”クロ”の台詞は何度見返しても涙が出てくる。
生きててもいいんだと思えてくる。
私は不幸がたくさん詰まったこの物語に、この世で最大の幸福を見た。



クロたちのこと
1人しか出てこない「ヒロイン紹介画面」で号泣出来るゲームは、後にも先にも本作しかあり得ない気がする。
そもそも、普通なら用意しようと思わないだろう。天才クリエイターの真髄を見た。

ふー、キナ、みー、なつ、にゅー、リーダーの他に、わずかな時間だけ顔を見せて散っていったクロたちのプロフィールがある。

クロだけで31人おり、ぼーっと眺めていると自然に涙が浮かんでくる。
獲得したそれぞれの個性も全部、豹馬のため。
お互いに依存するしかない状況といっても、これだけの深い愛を捧げながら犠牲になったクロたちを思うと……。
なお、もっともらしく書いているがなぜそんなに私は泣いているのかはよく分からない。
読んでいたら勝手に涙が流れてくるのだから仕方ない。
頑張って色んな実験をしてくれたんだろうなぁと思うと涙が出る。
結果は出なかった。の一文が全てを物語る、白衣のクロが好き。


好きなこと
他の項目で書ききれなかった好きな点を箇条書き

  • にゅーが安眠出来るようになった日、クロたちが全員集合して起こしにきていたこと
    • 作中屈指のほのぼのシーン。「おはよう」の文字が可愛い。
  • 上記含め、日常シーンが尊くて幸せだった。絶望の記憶に上塗りされてしまいそうになるが、そこに悲劇が無かったとしても、クロと豹馬がじゃれあっている光景はただ存在しているだけで愛おしい空間だった。
  • クロ1人にヒロインを絞った上でボリュームを増すという思い切りの良さ。「女を複数人用意して絵で釣る」という萌えノベルゲーの定石に真っ向から立ち向かっている点においては、何より第一により良いものを制作するという信念を感じた。
  • 幼少期クロの喋り方が可愛い。
  • 幼少期クロの両手を挙げたポーズが可愛い。
  • クロ母が最期までクズだったこと。それでも母親を恨むことはできないクロに好感を抱くことができた。
  • クロの「ん」という口癖がどの世界でも最後まで継承されていたこと。
  • 豹馬も、クロも、常に互いの幸せを最優先で考える優しい人物であったこと。
  • 「クロ」を演じ切った小鳥遊ゆめさんの名演技。演じ分けも凄いし、膨大なテキスト量を1人でこなされていて感服した。



あとがたり
最愛のキャラクター「クロ」の姿と内面を生み出し、ここまで凄絶なシナリオを描いてくれたRさんに感謝を捧げたい。
自分がこのシナリオを書いたら……なんて考えると、想像できないレベルの苦痛が思い浮かぶ。
地獄のような執筆作業だったのではないだろうか。
本当に、お疲れさまでした。



感想の冒頭にも書いたように、自分(と世間)が嫌いだから刺さったのかもしれない。

特に自分が嫌いで良かったー、なんて思う日が来るとは思わなかった。
クロのおかげで、弱い自分に自信が持てる。最低だと思う自分でも、それでも生きていれば良いことがあるのかもしれないと思える。
自分を弱いと理解することは、自信を持てないのと同義ではない。
そういう考えが持てた。大きな財産を得たと言っていいだろう。

本編でもよく分からないタイミング含め泣きまくり、スクショを1週するごとに必ず5回は泣いているし、感想を書きながら何回も泣いた。
赤ちゃんかな?

人を愛する方法はよくわからないが、とりあえずしばらくはクロのことだけ考えて生きていると思う。

これ以上面白いノベルゲームは無い!と本気で思える作品にようやく出会えた感はある。
でも、かつて批評空間とかで100点を付けていた作品はあったわけだし(今はさささぐのみ)、今後「これ以上」に出会える可能性も残されている。
そう思うと本当に楽しみで、ノベルゲームをやりたい!という気持ちが大いに高まっていくのを感じる。
そういう意味でも、素晴らしい出会いが出来た。

クリエイターの皆様、こんな世の中にこれだけ素晴らしい作品を生み出してくださり本当にありがとうございました。