幕末、藩の出入りを警戒した若桜町の浅井番所の門などが若桜鉄道・若桜駅横に“再現”された。実際に番所が置かれたのは、町の中心部を流れる八東川をはさんで若桜宿の向かいにある浅井集落のはずれだったが、SLが走り若桜の観光スポットになっている駅に町が再建した。太さ35センチの杉を角材を使った堂々とした門と木塀、由来などを記した銘板があり、宿場町の雰囲気を醸している。

 浅井番所は、新撰組が作られた文久3(1863)年に設けられた。維新の5年前で国中が沸騰していた時代。国境の取り締まり強化のため智頭、鹿野、岩井とともに置かれた。若桜は、但馬、播磨、美作に通じる交通の要所で人々の往来が盛んだった。

 他国からの来訪は、摩尼寺や三徳山への参詣客、吉岡温泉や岩井温泉への湯治客、繭から糸を取り出す作業に出稼ぎにくる女性などが多かったという。番所では入国者から名前と行き先を聞き、不審者は追い返した。荷物も内容と送り先を届けさせたという。明治2(1869)年に廃止された。【大川泰弘】

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