音楽関連の話

2011年05月30日

永遠のアーティスト①

音楽を語るブログ

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・ 永遠のアーティスト①【ダリル・ホール&ジョン・オーツ】

 

個人的に好きなアーティストを紹介する。第1回目は、ダリル・ホール&ジョン・オーツ。80年代の音楽シーンを語る上で絶対に外せない、『最も売れたデュオ』がホール&オーツである。売れたのは80年代であるが、私は今でもよく聴いている。

 

1967年、二人はニューヨークとワシントンの中間の町:フィラデルフィアで(テンプル大学で)出会う。フィラデルフィアは、白人、黒人、アジア人、欧州人などが混在する街で、彼らは黒人音楽から大きな影響を受けた(特にテンプテーションズが好きだったらしい)。

 

黒人音楽の影響を多大に受けた彼らの音楽は、『ブルー・アイド・ソウル』と呼ばれたが、それは『白人が黒人のマネをしている』という揶揄であり非難が込められた呼び名であった。それでも彼らは自分達の好きな音楽を貫き通した。私が彼らのことを好きな理由の一つがそこにある。

 

私は割と幅広く音楽を聴くタイプの人間であるが、音楽の種別にこだわったことはない。自分の聴いている音楽が、ブラックミュージックなのか、ソウルなのか、ジャズなのか、ロックなのか識別したことがないし、興味もない。単純に自分が良いと思った楽曲を聴く。結果として、それがクラシックの場合もあるしラップの場合もある。

 

しかし一般的に(世の中では)、ジャズ好きはジャズだけを聴き、ヘビメタ好きはヘビメタだけを、演歌好きはそれだけを、という傾向が強いように思う。仲間意識からなのか排他的な音楽趣向を持つ人々も多い。他のジャンルをけなしたり、嫌ったりする人も意外に多いように感じる(例えば、『そんな音楽はソウルとは言えない』『彼の音楽はヘビメタの領域から逸脱している』などの言葉をよく聞くことがある)。特に欧米ではその傾向が顕著で、日本人は日本の音楽を、アイルランド人はアイルランドの音楽を、などと求めることが普通らしい。音楽の趣向において、ジャンルや人種にこだわる意味が私には分からないが、そのような排他的思考は厳然として存在するようだ。そんな文化(制約的な慣習)の中で、ホール&オーツの二人は、(白人でありながら)黒人系のソウルミュージックにこだわり続けた。好感が持てるではないか。

 

もちろん、彼らが全面的にソウルミュージックを継承した訳ではない。ソウル系のレーベルからの誘いは断りつつ、独自の音楽を追及していった。つまり、ソウルの伝統を引き継ぎながらも、新しいものを取り入れてチャレンジを続け、外からの雑音に惑わされないようセルフ・プロデュースの道を選びつつ、全米ナンバーワンヒットを次々に生み出していった。彼らは純粋に自分達が好きな曲を(人種や出身地にこだわらず)追い求めたミュージシャンなのである。

 

ホール&オーツを話のキッカケにして、特定の歌手の曲しか聴かない、特定のジャンルの音楽しか聴かない、という人を批判するつもりは全くない。ただ単に私個人は、(出来るだけ)その時の自分の感覚が受け入れればどんな音楽でも聴く、というスタイルでありたいタイプなので、ホール&オーツのやり方に共感する部分が多い、というだけだ。むしろ、特定の地域へのこだわりを持つ人に対しては、『非常に重要だし羨ましい』と思っている(例えば、島唄へのこだわりを持つ人、地域の民謡へのこだわりを持つ人など)。

 

私が彼らを好きな理由のもう一つは、曲がどれも特徴的で同じような曲が少ないことにある。作曲家によっては、聴いただけで『これはあの人の曲だ』とすぐ分かってしまう、あるいは明確に『またまた似たような曲だ』と指摘されるような楽曲を続ける人も多い。ホール&オーツには、そのような印象が全くない。

 

下記に私が好きなホール&オーツの曲(取りあえず思いつく10曲)を挙げておくが、どれも同じような印象の曲はない。

 

01Some things are better left unsaid (1985年・全米18位)

02Maneater (1982年・全米1位)

03Everytime you go away  (ポール・ヤングがカバーし、1985年・全米1)

04Private eyes (1981年・全米1位)

05Adult education (1984年・全米8位)

06Wait for me (1979年・全米18位 → 日本人が好きな曲第1位)

07Dream time (ダリル・ホール単独の曲、1986年・全米5位)

08Kiss on my list (1981年・全米1位)

09Say it isn’t so (1983年・全米2位)

10Out of touch (1984年・全米1位)

 

その他にも、One on one(全米7位)、I can’t go for that(全米1位)、Method of modern love(全米5位)、Rich girl(全米1位)、Sara smile(全米4位)、Everything your heat desire(全米3位)、などなど、多くの名曲を世に送り出している。

 

90年代以降については、二人の派手な活躍が伝えられてはいないが、それぞれがプロデュースや作曲、他のミュージシャンとのコラボなどで着実に活動している。ダリルは最近、自宅に様々なミュージシャンを呼んで音楽活動をするシーンをネットで無料公開し、話題を呼んでいるようだ。

 

二人組というのは、意外とプライベートでは仲が悪かったり、途中で解散したり、というパターンも多いものであるが、ホール&オーツに関してそのようなことはないようだ(90年代に一時的に活動休止した時期はある)。今でもお互い、別々の活動をすることが増えたとは言え、家族の様に接しているという。それぞれがそれぞれを『唯一無二の存在 』と述べている。

 

『日本人にとっては、曲が特徴的すぎて受け入れにくい 』という印象を語る人も一部にいるようだが、その素晴らしい音楽性を感じてくれる人のほうが圧倒的に多いはずである。誰が何と言っても、私は非常に好きである。皆さんも、是非一度聴いてみて欲しい。

 

以上

 

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2011年03月15日

ビデオクリップなんて観ない

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・ビデオクリップなんて観ない

 ビデオクリップは、できるだけ観ないようにしている。理由は、自分の想像した世界が壊れるから。

 音楽には、パワーがある。音楽を聴くと、情景や場面を想像させられる。

 ところが、せっかくイメージした風景も、(一度でも)ビデオクリップを観てしまうと、その映像によってかき消されてしまう。本来は、それぞれ個人が思い描いた映像があるはずなのに、ビデオクリップの映像が(上書きされて)刷り込まれてしまうのだ。

 たとえば・・・。

 以前、ザ・スクウェアというグループが『トゥルース』という曲を演奏していた。私はこの曲の格好良さに惚れていた。ところがある日、この『トゥルース』という曲が、フジテレビのF1グランプリのテーマソングに採用されていることを知ってしまった。F1中継とは関係のない番組でも、F1関連のニュースの際は『トゥルース』が繰り返し流れた。その後何回この曲を聴いても、私の頭の中にはF1の映像しか浮かんでこなくなった。つまり、私が想像していた世界は消えて、フジテレビの中継画面しか思い浮かばなくなってしまった。

 これもまた以前、私はよくサザンオールスターズのとある曲を聴いて、海辺を想像しながらいつもリラックスできていた。ところが、その曲のビデオクリップを見た瞬間から、その映像に侵略され、自分の想像していた絵は消えてしまった。もうその曲は、自分の想像したものではなく、みんなと同じ映像(ビデオクリップで桑田が踊りまくる映像)に統一されてしまったのだ。

 純粋に音楽だけを聴きたい、ビデオ等の映像を観たくない理由を、ご理解いただけたであろうか?

 ビデオクリップではなく、例えばライブの映像を観ただけでも、やはり本来の自分の想像は侵されてしまう。従って、最も良い音楽の聴き方は、ラジオ、CD、レコード等で聴くことで、できるだけ映像を避けるのがベストだと言える。皆さんも、自分独自の個性を活かしながら、自ら想像した(創造した)世界を守りたいと思うならば、音楽と映像を切り離して受け入れることが必要である。

 以上


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嫌いな歌手の好きな曲

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・嫌いな歌手の好きな曲

 好きな曲と好きな歌手が一致しないことがある。例えば、私の場合。決して、松田聖子やマドンナが好きだとは言えない。しかしながら、彼女達の歌う曲は好きである。

 歌手にとって“売れる”ことは重要である。何故なら・・・。売れれば自然と、良い作曲家、良いアレンジャー、良いプロデューサーなどに巡り会うからだ。松田聖子は嫌いでも、彼女が歌うユーミンの曲は好きという構図が出来上がってしまう。

 同じような理由で、SMAP、中島美嘉、マイケル・ジャクソンとジャネット・ジャクソンの兄妹なども聴く。

 売れる、売れないに関係なく、単純に『一人の人間としては付き合いたくはないが、楽曲は好き』というタイプのアーティストも意外と沢山いる。

 例えば・・・、玉置浩二、尾崎豊、長渕剛、ライオネル・リッチー、ボーイ・ジョージ、つんく、小室哲哉、など。彼らと個人的な付き合いをしたいとは全く思わないが、彼らの作り出す音楽は大好きである。

 一人の人間としても、歌い手としても、どちらも好きなのは・・・。

 すぐに思いつくところでは・・・、ビリー・ジョエル、ホール&オーツ、ミーシャ、一青窈、杏里、ミスチル、村下孝蔵(故人)、小田和正、などということになろうか。歌い手ではないが、作曲家として大島ミチルの名前は、挙げておきたい。

 何故か最近気になるのは・・・、パフュームの3人である。笑。理由は、ない。単純に好きだ。わざわざブログにコメントするほどのことではないと理解しつつ、書いてしまった。笑。

 最後に、嫌いな歌手の嫌いな曲についてだが・・・。これは書くのをやめておこう(本当はかなり書きたいのだが・・・)。

 以上


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名曲中の名曲を選ぶなら・・・。

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・名曲中の名曲を選ぶなら・・・。

 名曲だ、と思える楽曲。おそらく数百はあるだろう。その中でたった1曲を選ぶとしたら何だろうか? そんな埒の明かないことを考えてみた。

 結局は、自分の好きな曲、ということになる訳だが、私の場合間口が広い。クラッシックも好きだし、洋楽も邦楽も、インストゥルメンタルだろうが、ロック、ジャズ、歌謡曲その他・・・、とりあえず、見境なく何でも聴くタイプである。

 ジャンルに制限をつけずに、今思いつく曲を、思いついた順番に、10曲挙げてみる。

・ ラプソディ・イン・ブルー(ガーシュイン作曲)
・ ボレロ(ラヴェル作曲)
・ つつみ込むように(ミーシャ)
・ スワロウテイル・バタフライ(YEN TOWN BAND)
・ ALONE AGAIN (ギルバート・オサリバン)
・ 見つめていたい (ポリス)
・ LET IT BE (ビートルズ)
・ 言葉にできない (小田和正)
・ CHANGE THE WORLD (エリック・クラプトン)
・ PIANO MAN (ビリー・ジョエル)

 本当にランダムに挙げてしまったが、この10曲が割とスムーズに(短い時間で)浮かんだということは、何となく普段から頭の隅に(好感を持って)インプットされていたのだろう。

 おそらく、時間をかければあと数十曲はピックアップできるだろうが、取り敢えず、現時点で思いついた10曲ということで、ここで止めておく。

 さて。何の根拠もないが、せっかくなので BEST 1 はどれにしようか? 上気10曲に限定して考えてみると・・・。

 やはり、最初に思いついた『ラプソディ・イン・ブルー』と『ALONE AGAIN』の2曲が非常に気になる。今日のところは、『ラプソディ・イン・ブルー』にしておこう。ジャズ風のクラッシックということになろうか。

 アローン・アゲインは、曲は最高に好きなメロディだが、歌詞の内容がかなり寂しいので次点としておこう。ちなみに・・・。アローン・アゲインのレコードには、次のようなコメントが寄せられていることが知られている。

 >>> 僕の後に続くのは、ギルバートだね。 (ポール・マッカートニー)
 >>> ライバルを挙げるなら、ギルバートかな。 (エルトン・ジョン)
 >>> 僕はギルバートの次を狙っていたんだ。 (ビリー・ジョエル)

 もしも、全世界の人で投票した場合、やはり1位はベートーベンの第九、ということになるのだろうか?

 以上


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2011年02月25日

尾崎豊が及ぼした悪影響


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・尾崎豊が及ぼした悪影響

 
 尾崎豊は天才であろう。あの作曲能力は、天才的としか言いようがない。

しかし、何故か私は(デビュー当時から)尾崎豊が嫌いだった。理由は簡単である。どうしても詩の内容が好きになれなかったからである。主にデビュー当時の歌詞についてであるが、(厳しい表現をすると)幼稚であり、大人になりきれていないと感じていた。そこが良いんじゃないか!という方もいるだろうが、個人的には許せなかったし、好きになれなかった。

 一部ではあるが、有名な歌詞を取り上げてみよう。

 「卒業」より 

行儀よく真面目なんて出来やしなかった

 夜の校舎窓ガラス壊して回った

逆らい続けあがき続けた

 早く自由になりたかった

信じられぬ大人との争いの中で

 許し合い一体何分かり合えただろう

うんざりしながらそれでも過ごした

 一つだけ分かってたこと

この支配からの卒業

 う~ん。尾崎豊は、よほど先生に恵まれていなかったのだろうか? それにしても常に「責任は全て自分の外にある」というスタンスである。先生が悪い、社会が悪い、不満があるからガラスを割る、「何じゃそりゃ?」としか言いようがない。

 そもそも高校なんて義務教育ではない。行きたくなければやめれば良い。もちろん転校しても良い。相性の合う学校を探すのも、相性の良い科目を探すのも、相性の良い友人を探すのも、全て自己責任である(相性の良い先生については、自分に選択権がない場合もあるだろうが・・・)。私の記憶が確かならば、彼は自らの意思で私立青山学院高等部に進学したはずである。であれば、当然のこととして「まずはその学校のルールに従うべき」であろう。どの学校にも、どの会社にも、多少理不尽なルールというものは存在する。だから黙って従え!と言ってる訳ではない。ルールは変えるためにある。問題はその方法論だ。窓ガラスを割ったところで、解決は遠のくばかりである。

やはり、どう贔屓目に見ても考えが甘過ぎるようである。自由には責任が付きまとう、という原理原則がまるで分かっていない。しかも、この歌がリリースされたのは、校内暴力が問題化している時代であり、彼の格好よい(大人に背を向けたような)スタイルが急速に受け入れられていってしまった。結果として、おそらく日本中に(尾崎に影響を受けた)甘えた学生が量産されたはずである。

 15の夜」より

盗んだバイクで走り出す   行く先も分からぬまま

暗い夜の帳の中へ

誰にも縛られたくないと   逃げ込んだこの夜に

自由になれた気がした15の夜

 当然ながら盗みはいけない。笑。暴走したところで、自由にもなれない。幼いから許される、なんて考えも甘いだけ。何の縛りもなければ、逆につまらない。制約があるからこそ、世の中は面白いのだ。

 正しい順番としては、まずは責任を果たすことが第一、その後で言いたいことがあれば伝えるべきだろう。まずは、税金を払うなり、無遅刻・無欠勤で仕事を頑張るなり、先にやることをやってから文句を言うべし。学生の身分で親のすねをかじって、そのくせ学校や社会には不満を垂れる、これではまさに犬の遠吠えだ。

 言うまでもないが、学生に完全な自由なんて与えられていない。だからこそ楽しい。半分は親が社会的責任を負っている状態だから、当然権利も半分である。その分、ある程度責任が免除されているとも言えるので、社会人に比べればどこか気楽な訳である(もし事件を起こしても、名前が公表されないし、刑罰もいくらか軽減される)。

 もちろん、理不尽な教師、根拠のないルール、保身だけしか考えない関係者など、いくつかの問題点は全ての学校に存在するだろうから、学生であっても不満を述べる理由は多々あるはずである。しかし、だからといってすぐに自由、自由と叫ぶのは愚か者だ。

 尾崎豊の歌詞が好きだ、という方にはよくよく考えてもらいたい。

 何でも自由な世の中ならば、殺すのも、奪うのも、自由ということになる。そうならない為に、人間は知恵を絞って社会や法律を作ってきた。人間が二人以上になれば、当然何らかのルール(制約)が発生するのが当たり前なのである。

 ルールというものは、主に多数決で決められる。では、多数決は絶対か?と問われれば、それも違う。「遅刻した者は拷問にかけて良い」「欠席したら銃殺」、このような多数決の結果は認められない。どのような状況でも、最低限の自由は保障されなければならない。民主主義(多数決)にも条件は付くのである。

 もしも・・・。尾崎豊が主張した『自由』が、上記のような基本手人権(人間が本来持っている最低限の自由)に対するものであったならば、彼の歌詞にも少しは納得できる。例えば、まるで北朝鮮のように理不尽に基本手人権が蹂躙されているような状況に対抗すべく歌った歌詞であったとすれば、何となく理解もしてあげられよう。もちろん、当時の青山学院高等部がそんなに酷い学校であったとは、とても思えないが・・・。笑。

おそらく尾崎豊は、そのデビューにおいて振り上げた拳をうまく降ろす方法が見つからずに苦労していたのではないだろうか? 反体制という自分のイメージから(最後まで)抜け出せなかったのかも知れない。

 結局、彼の後半のヒット曲は、「I LOVE YOU」や「OH MY LITTLE GIRL」など、単純なラブソングに落ち着いている。彼自身は進化して、デビュー当時の自分から脱却したいと思っていたのかも知れないが、当然ながら「卒業」や「15の夜」のファンも厳然として存在する訳で(むしろ毎年少しずつ増えていたに違いない)、その辺の折り合いがつかずに苦労していた(迷っていた)のではないだろうか?

 尾崎豊は、(その影響力が故に)甘えた学生を全国に量産するという害悪を及ぼしたと思う。彼の歌詞の影響で構内暴力等が激化した可能性も否定できないと思う。しかし、作曲という分野において、彼に天賦の才があったことに間違いはない。世の中に、歌詞だけは思い浮かぶがメロディが難しい歌、メロディだけは思い浮かぶが歌詞が出てこない歌、は溢れている。彼の曲ほど、歌詞とメロディがぴったりはまる曲には、なかなか巡り合わないように思う。

 以上

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e_business_iso at 13:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!