シーギリヤ・ロックへ

バスワクワク道
7月10日楽しみのひとつであった「シーギリヤ」
ダンブッラのバスターミナルからシーギリヤ行きのバスで45分程。片道40㍓/1人だった。
バスを降りて、シーギリアロックまでは外堀を少し歩いていく。ちょろっとシーギリヤ・ロックの姿が見えていたので、わくわくが止まらないあたしたち。
チケット売り場は博物館の建物内にあるので、まずは博物館を目指した。
シーギリア・ロック、博物館の入場料(観光客価格)はひとりUS30法4770㍓)。スリランカの観光地の中では一番高かった。スリランカの物価に慣れてくると、5,000㍓弱って〜カレー何食食べれるんや?と考えてしまうが、世界遺産の観光名所はこんなもんか。
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先に博物館を見学。ここの博物館はJICAの援助を受けて2009年に建てられたそうで、よく考えられた設計で、施設内はまわりやすいし、とても見やすい博物館だった。
そして、外堀を渡ってシーギリヤ・ロックに向かうと・・・
おぉ〜!!!迫力満点。この上に王都があったのか。と感激しながら歩いていくのであった。



2階段階段2











ロックですから、階段を登り、登り、登りまくります。
昨年、ギリシャのナフプリオンの要塞のすごい数の階段を登ったからだろうか、そんなに大変ではなかった。
なぜこんなところに王都をつくったのだろうか?という理由には物語があって・・・
アヌラーダプラを統治していた王には腹違いの兄弟がいた。弟の母は王族の血筋だが、長男の母は平民の血筋。弟に王位継承権を奪われるのを恐れた長男は実父の王を監禁して王位を剥奪、弟はインドへ亡命した。財産を出せ、と長男は父に要求したが、父はそれに応えようとせず、殺されることとなった。弟からの復讐を恐れたためか、父を殺してしまった後悔と苦しみのためか、長男はかみがかりになったように、この地でこの岩山に宮殿を建てたという。ここに王都ができて11年後、インドから戦いを挑んできた弟に破れ、長男は自ら命を絶ったそう。その後、都はアヌラーダプラのもどされた。そんな物語があるからなのか、たった11年の歴史しかない場所だが、今ではどこの観光地よりも人を呼ぶ場所となっている。
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写真左中あたりに、らせん階段があり、そこを登りきると岩肌に描かれたシーギリヤ・レディのフレスコ画がある。撮影禁止なので、写真はないが、博物館のレプリカで撮影しとけば良かった、と思った。
なんとも言えない色使いで、物語を感じる壁画。
かつては500人ほどのシーギリヤ・レディが描かれていたそうだが、雨風に浸食されたり、攻撃ではがされてしまったりで現在は18人になってしまったそうだ。石窟寺院といい、シーギリアといい、岩壁に描かれる壁画は素晴らしいものだった。

4壁画を見てらせん階段を下りると、ミラーウォールと呼ばれている回廊に出る。その名の通り、壁がミラーのように輝いており、かつては反対側の岩壁には美女のフレスコ画があり、ミラーウォールに映る仕掛けになってたのだそう。
今では・・・輝きがなかった。人が触りすぎたのだろうか、普通の壁になりかけていて、斜め見をしてかろうじて光って見えるところがあるほど。観光地にはよくある落書きも見かけられたし、とても残念な場所となる。だから現在は壁に近づくことは出来ず、ロープが張られ、監視係がいるのだ。どんな小さな子どもでも容赦なくピピー!っと注意の笛を吹いてた。


ミラーウォール
そうか!謎がとけた。
博物館で砂壁に落書きできるコーナーがあった。
これや。ミラーウォールをこれ以上傷つけないように、書くならここに書いて〜ってことなのね。
本物を見る前に、博物館をまわったから、わけもわからず書いたわよ




5さらに登り、北側の広場に「ライオンの入口」と呼ばれる宮殿への入口がある。
ここを登れば宮殿跡へたどり着くのだ。階段の登り口にはライオンの爪の形が残っているのがはっきり見える。今ではこの前足しか残っていないが、かつてはライオンが大きく口を開け、座った形になっていたのだそう。(逃げてきて、建ててるわりには凝って造らせたなぁ〜と感心)
わりと勾配のきつく、狭い階段です。お気をつけて。
広場には蜂の巣があるらしく、季節によってはかなり攻撃してくるとのこと。人の声や足音に刺激されて、大群が襲ってくることもあるようで、広場には網の避難所が設置されていたり、レスキュー係もいた。私たちが行った時は、蜂の姿は見かけなかったけれど、頂上で倒れた人がいるとかで、レスキューが登っていったけど。熱中症っぽい小学生、大丈夫そうで安心。

67頂上に到着!!
上がりきってすぐに宮殿跡があります。
正直な感想は「いがいとちっちぇ〜」(笑)
逃げてきて、この地に王都をつくったからか?これから俺がこの国を統治してやるぞ〜!っていう大きな野望のようなものは感じられなく、後悔や反省の方が感じられるな。(勝手な感想)
休憩なにせ風の強い場所で、火照ってたカラダを冷やしてくれた。
景色もいいし、涼しいし、頂上をひとまわりした後はここで休憩することに。
小腹が減ったから、パンをつまもうかとザックから出そうとしたら、犬たちがすぐに寄って来て「くれ、くれ」と催促する。そういやさっき、外人がこの子たちにスナック菓子をたくさん与えてた。人間の食べ物食べたら、カラダに悪いねんで、とパンを食べることは諦め、水分補給だけにした。
どこでも出没するスリランカのワンちゃん。
あの急な階段も登ってきたのですな




コブラの岩いぬ王宮跡を後にして、階段を下りていく。
エレファント・ロックや投石機、会議室などみどころを見逃してしまい、途中のなんかの岩山で景色を眺めながら、「今度こそパンを食べる」とここなら犬は来ないだろうと休憩をしていた。
食べ終わろうとしたときに「来たぁ!!」とアンド―の声が。ビックリして振り返ると、臭いをかぎつけてここまでやってきたワンちゃんがすごいですな、あなたの執念。もう面倒くさいから、さいごの一口を差し上げた。コブラの岩(左)を見て、駐車場に到着。
土産物屋でシーギリヤ・ロック&レディのマグネットを購入して戻っていった。
バスに乗る前にビール休憩をとったが、そのビールが凍っていて飲めない。交換してほしいと頼むが、ビールを飲まない人にとって凍ってても飲めるでしょ?と思われているから、なかなか通じない。ビールは凍ったら不味いんや!で、いろいろあったが交換してくれることに。でもなんか後味わるぅ。
今日のバーダンブッラの街へ戻り、BARで飲みなおしや。
今日のバーは昨日のお隣さん。
ここも17時過ぎまで8割が閉まっております(笑)
店内は昨日のお店よりディープでした。
写真の奥が入口。ね、シャッターほとんど閉まってるでしょ。この日はからくりを知っていたから、ためらいなく入って行った私たちなのであった。

シーギリヤを堪能したこの日。歴史は深くないけれど、ロマンを感じられたシーギリヤ・ロックでした。スリランカの観光といえばここと言われるほどのものはある。私たちが訪れた時はほどほどの人の多さでしたが、多い時は階段が行列になっているほどだそうです。

ハプニングからの〜石窟寺院

バスバス27月9日ダンブッラへ移動の日
朝、メールチェックをしたら、ホテルズドットコムから予約をしていたダンブッラの宿「ラックビューファミリーリゾート」からメールが届いていた。
2泊の予定だったが、2泊目が手違いで部屋が無いという。え?そんなお知らせが当日の朝ですか
とりあえず、現地へ行ってから考えよう、ということで。
バスで移動。でかいバッグがあるので、カドゥルウェラのバスターミナルまで行き、そこからダンブッラへ。1人115㍓となる。荷物入れのないバスの場合は写真のように座席の足元に置いて、ギチギチになって乗車するのである。このバスも激混みとなりました。途中ハバナラから乗車しようとしてたバックパックを持った観光客は、乗車拒否されてたほど。ダンブッラへは2時間ほどで到着。バスターミナルからは3舛曚匹△辰燭里妊肇ゥトゥクを利用。
そして問題のラックビューである。名前を伝えると「メールみたか?今朝送ったんだけど部屋が無い。キャンセル手続きしたか?」という。「いや、いや、今日はあるけど明日が無いって、あなたのメールで書いてましたけど」とやりとり。で、実際の部屋を見せられながら説明を聞くと・・・
エアコン付、ホットシャワーの部屋を2泊予約していた私たち(しかも1ヶ月前)。しかし、今日はエアコン無しの部屋しかなく、明日はエアコンなし、水シャワーの部屋しかないとのことだった。
エアコン無しはかなりキツイ。よって2泊キャンセルし、他の宿を探すことになった。
ダンブッラもバジェットタイプのゲストハウスが多く、その中でも設備の整った、きれいめな宿をネットで調べた。ラックビューからほど近いところで宿を見つけ、行ってみたら、ネット上では空室ありなのに、部屋は無いと言われる。だが親切にも宿の人が「あそこは?」と探してくれた。(ラックビューの人は代替えもないわ、探しもしてくれないわで親切じゃなかった)
だけど、どこもかなりの上級編ゲストハウス。
うぎょぎょ我慢するしかないのかしら。と2軒目の宿の外観を覗いてたら、元気なお父さんが「部屋を探しているなら、まず部屋を見てよ!」と誘ってくれた。
スカイブルースカイブルー2
これからまだ掃除するから綺麗になるという。ほぉ〜、個性的なお部屋ですこと。


シャワールームもチェックすると、チェックアウトしてきたホテルSGMよりも清潔だった。
よって、もう探しまわる気力の無くなっていた私は決断をした。「ここでええわ。いけると思う」そう、修行はつづくのである。
お父さんは英語OK、コミュニケーションが不自由なく取れることにも心を許してしまったのだろう(笑)だけど、後で気づいたのだがエアコン付き、蚊帳付なのに、ホットシャワーじゃなかったのだ(プールや、と言い聞かせて水シャワーで過ごしましたわ)タオル2枚、ブランケット付き。1泊素泊まり2000㍓!ってぇぇ〜。いや、いや安けりゃ良いっちゅう問題ちゃうし
この歳になって、こんな経験するとは思わなかった。昔、いろいろ経験してて良かったわ。
薄暗い部屋、シャワールームに湧いてくる蟻さん攻撃(蟻が増えたら、シャワーで流して自分で掃除する)などに涙しそうにもなったけど、大阪の都会育ちの由里ちゃんも、強くなったなぁ〜できるなら、もうご遠慮したいけど。
石窟寺へ
そうこうして、部屋を決めて清掃してもらい荷物を置いてから、「ダンブッラ石窟寺院」へ見学へ行くのであった。
宿からは1舛曚鼻8什澆寮亰∋院のチケット売り場はガイドブックなどに載っているメイン通り(キャンディ・ロード)のゴールデンブッダ横ではなく、メイン通りから寺院方向への山道を少し登ったところになるので、お間違えなく。



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観光客用チケット売り場はココ。
親切なトゥクトゥクドライバーさんは営業の際、教えてくれる。
でも…なんでまたこんな不便なところへ移動したのか?断然、ゴールデンブッダ側の方が良いと思うのに。地元の参拝者の人の迷惑にならないように、とか、なにか意味があるんやろうなぁ。




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チケット(1500㍓/1人)を購入したら、階段をずず・ずいっと登ります(上左)
途中、お猿さんを発見(上右)
15分ほど階段を上ったら、あらこんな良い景色が(下)
帰りの際、ゴールデンブッダ側の階段から降りたら、シーギリヤ・ロックが見れた。








57ダンブッラ石窟寺院に到着。すごい!!!岩山が建物?ここは岩山の頂上付近にあった天然の洞窟を使って寺院がつくられたそう。よくも押つぶされないというか、崩れないでいる。2000年以上もの歴史があるというから、想像を絶するな。
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第1窟から第5窟まで5つの石窟に分かれている。写真の第1窟「デーワ・ラージャ・ヴィーハラ」(神々の王の寺という意味)は最古の石窟で寺院最大の約14mの涅槃像がある。この仏像、壁と同じ自然石に彫られているというから、これまた凄いんや。
そして同じ窟内にヒンドゥー教の神様も祀られているという、これまた変わりもの。私たちが見学した時は仕切られていたけどね。(奥のブルーのところ)



98第2窟「マハー・ラージャ・ヴィーハラ」偉大な王の寺という意味
ダンブッラ最大の洞窟で、洞内には56体もの仏像が安置されている。
なによりも目を引かれたのは、岩の壁や天井一面に描かれた壁画。くっきりと鮮やかに、仏陀の生涯やスリランカの歴史が描かれていた。
壁画に興味を持ちすぎて、ずっとずっと天井を眺めてたから、首が痛くなったほど。
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第3窟「マハー・アルト・ヴィハーラ」偉大な新しい寺という意味
ここも大きめの洞窟で9mの涅槃像と57体の仏像がある。
壁画も迫力満点、見ごたえがある。






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15第4窟「パッツィーマ・ヴィハーラ」3人の王の寺と言う意味。
5つの中ではいちばん狭い洞窟。
以前、観光客がこの石窟の一番奥の仏像の手のひらに座り写真撮影をしたため、法力が失われたということで、もとの塗りをはがして塗り直した、という話があるそう。現在は奥まで行けなくなっているが、やだね〜やだね〜そんな観光客。罰あたっちゃうよ。




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第5窟「デワナ・アルト・ヴィハーラ」最も新しい寺。



この石窟の壁画はこれまでの1から4窟とは色使いがちがってカラフルだった。
ゴールデンブッダ
見ごたえのあるダンブッラ石窟寺院を満喫し、帰りはゴールデンブッダ側の階段から下り、キャンディ・ロードに出た。
マーケットやお店の多い新市街まで1舛曚鼻∋矯を楽しむことに。






バー2バー1目的地は「BAR」である
Map meでリサーチ済だったのだ。ダンブッラにはBarがあるよと。そりゃ〜、行くでしょ。
お店の前に到着するとシャッターが閉まっていた。時刻は17時前。まだオープンしてないのかぁ・・・とお店の前で残念そうにしていると、シャッター前に立っていた男の人が頷いている。
え?そのちょっと開いた隙間から、入っていいの?心の声が叫んだ。そうしたら、うん、うん、と頷くではないか!!!
ラッキービールにありつけました。しかもライオンストロングのドラフトビアだぜ✌250ml160㍓
観察するところによると、17時までは大っぴらにオープンできないようで、シャッターは8割閉まっており、時間がくるとシャッターが全開していた。なるほどねぇ〜。シャッターが閉まっていた時、地元のお父さまがたが、コソこそと飲まれていましたよ
バー3
何杯かいただいた後、バーの2階がレストランになっていたので、夕食もここで済ませましたとさ。
ビールも食事も美味しかったでーす。

ミンネリアで象ウォッチング

お盆ですなぁ。。。
長野市内は県外ナンバーが増えたように感じまする。帰省ですなぁ。
大阪へは先月末、帰っておりましたのでお盆は自宅でセカセカ活動しております。11月のハーフマラソンに向けて、トレーニングも自分なりに頑張っており、少しはテンポよく走れるようになってきました。8.5舛15舛濃間制限があるようで、もう少しタイムアップを図りたいなぁ〜。体幹トレーニングもやるようにはしていますが、なんせビールは飲むわ、食欲旺盛でもりもり食べるわでちょっと肉づきが気になるようになってきたアタシのからだ。あきませんねぇ〜
すのくえNZツアーまで2週間をきり、滑れることが楽しみでわくわくの日々を過ごしておりますが、それまでにスリランカ旅行記は終われるのかしら。
ということで、つづき。
17月8日サファリの日!!!
これもいろいろありました。ホテルでサファリのアレンジを頼んだら、オーナーが電話した先はサファリの会社ではなく友達で、その友達がアレンジしてくれるということだった。私たちがその人と直接電話でやり取りするも、はっきりとした料金提示もできなく、あやしい事だらけで(うちらの英語も怪しいけど)結局は、ネットで探して申し込むからもういいわ、と断った。結局、日本でアンド―が調べていたサファリ会社にHPから申込んでの参加となった。二人でプライベートジープ代、公園入場料、ポロンナルワまでの送迎代、カメラ税などを込みで120法19200㍓)となった。後日、歯抜けおじちゃんからミンネリアサファリ2人で10,000㍓だよ、行かない?と言われたのだ!!なんだってぇ〜?そんなことがあるんですね。
入口
でも無事に行けるのだからいいではないか。
ミンネリア国立公園。ゾウのギャザリングで有名なところ。夕方がオススメとなっていたので、14時前にポロンナルワのホテルへお迎え、15時スタートのサファリを申し込んだ。
ここのところ、ヒョウや熊、サメや亀など、動物系には持ってるあたしたち。期待大でジープに揺られてゆく。



23たくさんのジープで賑わっております。
草原に出てからは、激しいでっこんぼっこん道。申込みの注意書きに妊婦と心臓、メンタルの弱い人はご遠慮くださいと書いてあったが、こういうことか?
ジープのフォロを開け、立ち見しながら普段見慣れない景色を堪能した。
4
走ること15分程?もっとか?
な、な、なんかいるぅ〜
想像以上の光景に、興奮がすごいアタシである。
バッファローか?とおもいきや、ゾウであった!
こんなにもすんなり見れるなんて、凄すぎる。




587きゃぁ〜、こんな近くで野生のゾウさんを見れるなんて
と思ってたら、サービスショットのゾウさん1頭。
ジープに近い近い。
毎日、ジープやら人間やらを見てるから、慣れてるんやろうか?近づいてきても、静かーに食事をしてた。
ちっちゃな赤ちゃんゾウはお母さんゾウの足元にすっぽりハマって、上手に大人ゾウ達に守られてる。小象のしわしわが可愛いな。
この子たちはスリランカ・ゾウ。集団で行動するのだそう。
そしてこの集団の中に1頭、大きな牙をもった雄ゾウを見ることができた。リーダーかな。
ずっと見ていても飽きない。けど、ドライバーが次のポイントへ行こう、と動いた。

ギャザリングいます、いますぅ。
こちらにも!!
水浴び後だったのかな、カラダが濃い色になっていて、さっきのグループよりきれいに見えた。
ここを去ったあと、見晴らしのいい高台で休憩をとったのだが、そこからこのゾウたちを見ていた時、1頭のゾウが怒り出してジープが逃げ回っていた。その鬼ごっこはかなり長く続いた。よっぽど腹立つことがあったんやろうか。


911休憩後もすぐに次のグループと出くわす。見ているうちに、水浴びをし始めた。まずは率先して大きな牙の雄が水浴びを。寝転がったり、鼻でびしゃ〜っとしたり。それを見てかなんなのか、ほかのゾウたちも入っていった。
気持ちよさそうやね。
12近いそしてポイント移動。
またすぐに違うグループを発見!こちらは水場から離れたところで、草をバクバク食事中。
この時、1頭の赤ちゃんゾウが寝っ転がっていて、母ゾウが足でツンツンしても起きないし、全く動かない。
大丈夫やんなぁ〜?
ドライバーは寝てるだけ、と言っていたが。。。
13たくさんのゾウの集団を観察して、あっという間に時間が過ぎた。
帰り道でも森の中で散歩している像を発見。
ゾウは意外と行動範囲が広く、公園入口まで行くこともあるのだそう。
ということは、公園を出て街に出没したりするのかな?
これまで、ゾウといえばタイのイメージだったが、スリランカもゾウの国だった。
こうやってサファリで野生のゾウを観察するのは初めて。動物園や観光用のゾウとは全くちがう像を見れて、楽しかった。
動物を見るのが好きな方には、ウィルパットゥのサファリも、ミンネリアのサファリもどちらも行くことをおすすめします!!

夕食で、そのままジープでポロンナルワまで送ってもらったのだが、サファリ内の道で土埃にやられて、何もかもがまっちゃっちゃ、まっきっきとなった(笑)帰ってから、カラダも、服も、靴もザックも洗うが、かなりこびりついていて、しばらく黄色いままのタオルとなってしまった。
この情報を知っていたんだろうなぁ〜、中国人の団体さんは帽子にマスク、サングラスでサファリをまわっていたけど、なんか妙な風景やったよ。
帰りが遅くなりそうだったので、この日はホテルのお母さんに夕食を頼んでおきました。家庭的なお味で、豆のダールカレーやフィッシュカレー、ポークシチュー(とろみのあるカレーのこと)、フライドチキンをいただきました。カレーの味付けが美味しかったな。


その2

シヴァ・デーワーラヤNO.2
クワドラングルから自転車を走らせ、1舛發覆い箸海蹇▲織潺訖佑侶てた寺「シヴァ・デーワーラヤNO.2」がある。
11世紀にインドから大挙してきたチョーラ朝のタミル人がポロンワルナを征服した時代に建てられたものだそう。
ここにはあまり見学する人が来ないのか、かなりひっそりしていた。そんな中、徒歩で遺跡をまわっている観光客を発見!す・す・すごい。ほとんどの人が車やトゥクトゥクでまわる中、自転車を越して徒歩なんて〜どんな体力の持ち主なんや。と感心した。その後、ガル・ヴィーハラの寝釈迦さんの所で、休憩してる姿を見かけたけど、全部回ったのかなぁ?


パバル・ヴィーハーラ
シヴァ・デーワーラヤNO2の手前にあるのに通り過ぎてしまった「パバル・ヴィハーラ」
森の中にひっそり、という言葉がこれほど当てはまるものはないっちゅうくらい、ひっそりとたたずんでいた。情緒がある。これはバラークマラ・バーフ王妃が建てたダーガバ(仏塔)で、不思議と他のダーガバより、柔らかさ、しなやかさが感じられるのだった。



ランコトゥ・ヴィハーラ2ランコトゥ・ヴィハーラまた少し北上。
ポロンナルワ随一の大きさを誇るダーガバと言われている「ランコトゥ・ヴィハーラ」
ニッサンカ・マーラ王によって建てられたもの。昔は塔の先っちょ尖塔が金で覆われていたんだって。ランコトゥ・ヴィハーラとは金の尖塔という意味だそう。
さまよう自転車2次への目的地へ進むが、マップ上、道があるはずなのに、遺跡の迷路の中をさまよったかのように「行けるか?」っていう場所へきてしまった。ちょうど次にいきたかった遺跡の裏側をぐるぐるしてたらしい。その後メイン通りに出て、目的地へ到着したが、その間にアタシのお腹痛い痛い事件で大変なおもいをした(;^ω^)
グルグル・ゴロゴロは二人ともよくあるので、常にストッパーを常備しているが、そんなの役立たずやったねちなみに、ポロンワルナ遺跡内のトイレは地元の人用と外国人用と分けて設置されていて、水洗トイレで綺麗に清掃されているし、ペーパー付だったよ。アヌラーダプラは自分でバケツの水を流すタイプだったから、天国に感じたわ(笑)
ランカティラカ2ランカティラカ3で、無事に次の目的地「ランカティラカ」に到着。
ここは凄かった!!
壁がそびえ立っている。ちょっと斜めに傾いてはいないかい?
かっこいい遺跡と言うのは変な表現だけど、ずっと眺めていたいと思うような建造物だった。
奥に進んでいくと頭の取れた大きな仏像様があり、時間をかけて見学した。
アタシのお気に入り遺跡である。
キリ・ヴィハーラ
「キリ・ヴィハーラ」
真っ白い大きなダーガバ。
石灰の漆喰は、700年以上もジャングルの中にあったにもかかわらず、ほとんど残ってたんだって!
最近になって塗り直されたとか。ほんと、真っ白だった。






ガル・ヴィーハラ1ガル・ヴィーハラ2道をはさんだ向こうに歩いていくと・・・
「ガル・ヴィーハラ」がある。涅槃像・立像・座像の3体の仏像が並んでいた。
ポロンワルナ遺跡の大傑作3石像と言われているらしい。

そうそう、この涅槃像の正面にある岩山の木陰で、歩き遺跡観光をしていた男性をまた見かけた。かなりお疲れの様子だったけど。

次に向かって自転車で移動する際、今度はアンド―にプチハプニングが。自転車のハンドルを握ったとたん「痛っ!!」と手のひらを見た。デッカイ蟻かなんかに刺されて、針が残ってるという。あぁ〜あ、みるみる腫れてきて、痛そうやった。そして後日、痛みが引いたら、次はかゆみと戦っていた。なんか毒素が入ったんやろうなぁ…私の虫刺され同様、これもなかなか治らないのである。
虫には気をつけなはれや
ルータス・ポンド
途中のデマラ・マハー・サーヤは大掛かりな工事中だったため、姿を見ることが出来ず。
「ハスの池」へとやって来た。
ハスの花の形をした石段になっていて、直径8mほど。かつては僧の沐浴場だったそう。




ティワンカ・ピリマゲ寺院そして遺跡エリアの最北端にある「ティワンカ・ピリマゲ」にやってきた。
坂道になるのはここくらい。でもそんなに距離はないのでたいしたことはない。
ここの内部には13世紀に描かれた壁画が残っている。釈迦の修行や仏教の教えが描かれているのだ。
保存状態が良くなかったため、破損が激しく、薄くて見えずらいと言われているが、レプリカではない、当時のそのものの壁画が見れるなんて、凄すぎる。でも、これからどうして保存していくのだろうか、そっちの方が気になる私であった。
さまよう自転車ゴーパラ・パッバタそして、これまできた道を戻って行き、さまよったあたりで見過ごした「ゴーパラ・パッバタ」を探して、探してやっとたどり着く。入口が見つけにくかったのはここだけ。石窟らしいが、荒れ果てて遺跡と言われなければわからないような物だった。

これでポロンナルワ遺跡をすべて回った。なかなか味のある遺跡群で、アヌラーダプラとはまた違った空気感で面白かった。やっぱり歴史というのはスゴイ深い。

夕食集会この日の夕食。少しキレイめの食堂に入り、お腹を下したあたしはさっぱりチャーハン、蟻刺されのアンドーは美味しそうなチキンデヴィル(左)をいただいて、宿へ帰った。この日の夜はキャンプ睡眠はもちろんだが、土曜日だったからかホテルの近所(右)でナゾの集会があり、22時頃から大音量で音楽のようなお経のようなものが流れつづけた。それは朝まで続き、よって、良い睡眠をとることが出来なかった。これも修行や。
海外でお腹を下す理由として、水あたりと思われがちだけど、精神的にやられた時にも下しやすいと地球の歩き方に書いていた。それや!ポロンワルナにきてからの、いろんな修行で精神面がやられてるんや。あちゃ〜
どんまい!アタシたち。

遺跡地区へ その1

7月7日ポロンナルワ遺跡をちゃり観光!
まずは目をつけていたレンタル自転車屋へ向かって歩いていたら、トゥクトゥクが近づいてきて、営業された。断ると「自転車は?」という。ん???とドライバーの顔を見ると、昨日、食堂を案内してくれた歯抜けおじちゃんで「覚えてるか?」と言われた。
すごい、うちらの行動を見張ってるかのように、ナイスタイミングで現れた
目をつけていた所は1日1台250㍓だったが、おじちゃんは200㍓というので、それなら、と借りることにする。アヌラーダプラで借りた時よりも半額以下だったけど、自転車はこちらのほうが状態が良かった。
自転車1まずはポロンナルワ博物館へ。
遺跡入場券はここで購入。1日券3975㍓。
チケット売り場で二人分を購入。合計7950㍓となるが、合計金額を言われないまま5000㍓紙幣を2枚、10,000㍓を支払った。おつりは2050㍓。(頭の中で計算済み)チケット売り場の女性が、へんな笑みを浮かべてるなぁ〜とは思っていたが、おつりの返し方が不自然だった。100㍓紙幣を1数え、まずそれだけ渡され、待っていると仕方ないな、という感じで1000㍓紙幣を1枚よこす、そして50㍓紙幣を1枚。少額の紙幣が欲しかった私は、100㍓札ゲット!なんて思いながら、習慣でおつりは必ずその場で確認するので、自分の計算上の2050㍓を確認し始めた。が、100㍓札が1枚足りない。え?ともう一度数えようとすると相手は「わかった、わかった、それよこせ!」的にジェスチャーをし、100㍓札9枚は1000㍓札1枚に戻って渡された。これは意図的な行動や!!!めちゃやり慣れてる感があったし、悪げもなく、見つかったら返せばいいんでしょ的なその表情が、こんな親切な人だらけのスリランカでもいるんや…と心痛かった。きっと、気を緩めちゃいけないよ、と教えてくれたんやろぅ。ということにして、博物館を見学し、これから見る遺跡群の予習をした。
博物館から少し走ればすぐに遺跡地区の入口がある。チケットをチェックされ、中へ入ります。
宮殿跡宮殿跡2まずは宮殿跡。
パラークラマ・バーフ1世の宮殿跡。
レンガ造りの7階建てだったようだが、現在では3階の壁までしか残っていない。
壁幅は3mもあって、36本の柱に50の部屋があったとされる宮殿跡は、大きくそびえ立っているように感じられた。
沐浴場
宮殿跡の横にはニッサンカ・マーラ王子の沐浴場がある。
ワニの口の形をした水の樋口があり、おしゃれな沐浴場。
綺麗に残っているので、これが現在も使われていたらステキだなぁ〜と思った。





集会場
宮殿跡の左前方には閣議場の跡が。
立っている石柱には各大臣の名前が彫られているのだそう。
入口のライオンの像がスリランカらしくて素敵。






シヴァ・デーワーラヤNO.1宮殿跡エリアから入口ゲート方面へ。
ポロンナルワ時代末期、13世紀の建物とされるヒンドゥー教寺院「シヴァ・デーワーラヤNO.1」。
仏教王国の首都だったここの地にヒンドゥー寺院がなぜあるかというと、当時の王妃のひとりが、ヒンドゥー教徒だったために建てられたという説と南インドのチョーラ人が13世紀に再度ポロンナルワを侵略した際に建てられたという説があるが、今現在も仏教・ヒンドゥー教・キリスト教・イスラム教が上手に共存しあっているスリランカならではだなぁ〜と思う。


次に城壁に囲まれた建造物の集まっているクワドラングルへ。
クワドラングル(トゥーパーラーマ)クワドラングル(トゥーパーラーマ2)クワドラングルの入口を入ればすぐにある「トゥーパーラーマ」堂内には大きな仏像様が。外壁只今補修中(左)


当時の屋根がまだはっきりと残っているのもスゴイ!
厚い壁に開けられた小さな穴から、薄暗い堂内に朝と夕刻に太陽光線が入り、仏像の顔を照らし出す仕組みになっているそう。
クワドラングル(ワタターゲ)クワドラングル(ワタターゲ2)「ワタターゲ」
円形の仏塔。中心にはダーガバがあり、四方に仏像様。四方の入口にはムーンストーン、ガードストーンがあり、わりとはっきりと形をとどめていた。
ムーンストーンは仏教でいう輪廻を表すものだが、アヌラーダプラのムーンストーンとは図柄が違って牡牛の姿がないという。当時、参拝した人達はこのムーンストーンの上で足を洗ってから仏塔内に入ったのだとか。
クワドラングル(アタターゲ)クワドラングル(ハタターゲ)仏陀の歯を祀っている仏歯寺跡
「アタターゲ」左
「ハタターゲ」右





クワドラングル(ラター・マンダバヤ)
ハスの茎をかたどった石柱が曲線を描いて天に向かい、ハスの茎が風に揺れている様を表しているという「ラター・マンダバヤ」
この場所でニッサンカ・マーラ王が僧の読経を聞いたとされている所で、とお猿さん達が涼んでおりました(笑)





クワドラングル(ガルボタ)クワドラングル(サトゥマハル・プラサーダ)ヤシの葉の本の形をした石碑「ガルポタ」左
石の本とも言われている。
この大きな石はニッサンカ・マーラ王の命令で約100舛睥イ譴織潺劵鵐織譟爾ら運ばれ、文字が彫られたそう。
インドの侵略のこと、ポロンナルワの周りの小国との関係、ニッサンカ・マーラ王の称賛の言葉などが彫られているらしい。
7階建ての搭「サトゥマハル・プラサーダ」右
何に使われていたかは定かではないこの建造物はタイから来た建築士が建てたと言われている。

ポロンナルワ遺跡観光のはじまり〜

用水路貯水池ポロンナルワ到着日のちょびっと遺跡観光。
まずは博物館横からスタートした。
10〜12世紀の間にシンハラ王朝の首都があったポロンナルワ。全盛期にはタイやビルマから僧が訪れるほどの仏教都市として繁栄していたという。かつてこの島を支配してきた歴代の王たちが都市建設の際、まず初めに行ったのは貯水池と水路の整備だったという。農耕で生きてきたこの島の人々にとって、水の確保はもっとも重要だからだ。
そんな情報を頭の片隅に入れていたので、パラークラマ・サムドラ(貯水池)の大きさにも驚き、今もなお、水路がここの人達にとって大切なライフラインになっていることに驚いた。貯水池2
パラークラマ・サムドラ沿いを南下していく。
左側には田んぼが広がり、巨大な貯水池のおかげで活き活きと稲が育っていた。
もちろん、牛もいる。太陽はギラギラだったけれど、貯水池から吹いてくる風が心地良かった。




石立像
2舛曚匹農侘像とポトグル・ヴィハーラのあるエリアに到着。
まずは石立像。
10㍓紙幣の印刷されているスリランカではおなじみの像だそうで、ポロンナルワを最も繁栄させたパラークラマ・バーフ1世の肖像だと言われているが、この像に関してはいろんな説があり、未だ謎とされている。
綺麗な白い岩肌に彫られた像で、掘ったのに、岩やのに、よくもこんなに柔らかな感じに造られているなぁ〜と感心。


ポトグル・ヴィハーラポトグル・ヴィハーラ2同じ敷地内を100mほど進むとポトグル・ヴィハーラがある。
ここは、かつて図書館だったそうで、ヤシの葉でできた仏教経典が保管されていたらしい。
ここポロンナルワも遺跡がジャングルに眠る時代があったらしいが、その名残か、森の中に静かにたたずむ遺跡の空気感がとても気に入った。
アヌラーダプラの遺跡は、現役寺院というイメージが強く、ポロンナルワは少しアンコールワットに似た感じの遺跡空気感が強い。ロープを張られて外から見学するわけではなく、自分の足を踏み入れることができたり、手で感じ触れて感じることのできるスリランカの遺跡は、見学していてとても楽しかった。ただやはり、老朽化は進んできているのはかなり見てとれた。なんとかしないといけないのだろうね。
用水路3街へ戻っていくと、貯水池からゴーゴーと流れてくる水路を発見。
そこで遊んでる人を発見!
ちょ・ちょ・ちょっと危険すぎはしないかい?
水流に流されるまま身を任せては、また戻ってくる男の子たち。たくましいなぁ〜。
スリランカには市民プールなど無いが、ここがこの人達のプールなんだろう。こういう水路の使い方も見せてもらった。


用水路4ふと振り返るとこんな景色が。
水路のある風景って、なんか良い。
この水路沿いを歩いていたら、今度は女性たちが頭やカラダを洗っていた。しかも石鹸を使って。その下流では洗濯や洗車をしている。
ほんとにほんとに、この時代でも、川で洗濯じゃないけれど、水路で水浴び、洗濯をする、ここで生活する人達にとって水路は無くてはならない存在なんだと実感した。


祭り1祭り2少し歩き続けると、なんだか人だかりが。
なんや?と近づくと、子供たちが仮装して行進の準備をしていた。警察が交通整備するほど人が集まり、お祭りのようだったが、何の祭りかは聞いていない。





歩く仮装させられ、わけもわからず泣いている子どもが何名かいた。可愛いなぁ〜。と心ほっこりしながら、またテクテク歩きはじめる。
今度は田んぼ沿いを歩いて見た。この辺は道路が整備し始められていて、工事真っ最中!の脇を歩かせてもらったが、お仕事をしている人を見てびっくり。半パン・ランニングシャツの普段着に足元はビーサンで道路工事をしているのである。もちろん、ヘルメットもナシ。
えぇ〜危ないって、もっと身体を大切にして〜と、安全靴が頭に浮かんでくるアタシであった。
強いというのか、なんなのか。



マーケットクラッシックカーで、旧市街に戻って、閉まりかけのウィークリーマーケットを覗いてみたり、普通に使われている懐かしい車を眺めながら、この日はホテルへ戻ったのである。
こじんまりした古都ポロンナルワ。ここに滞在する観光客は少ないように感じた。ハバナラのような少し離れた、整ったホテルの多い町に宿泊し、遺跡観光に来るというスタイルが多いのかな。確かに旧市街内には、きれいで施設の整ったような施設は少ない。あえてつくらないのか、つくれないのかは分からない。でも、ここポロンナルワに宿泊して、ゆっくり街を楽しむこともおススメしたいな。

ポロンナルワへ移動の日

バス7月6日、パーシクダからポロンナルワへ移動の日。列車で行くつもりで、駅まで下見にいってたのに…
トゥクトゥクで駅まで行き(バラチェナイ駅で良かったのに、ドライバーが気を利かして近い方のカルクーダ駅へ行くが、「列車は来ないぞ」とホームにいたおじさんに教えられ、結局バラチェナイ駅に向かうという2度手間。もちろん料金倍増。(これはわざとか?はめたか?)なーんて思ったりもする
んで、駅で切符を購入しようとしたら、「その列車はキャンセルだ」と駅員が。
なんやねん!そら、カルクーダ駅には列車来ねえわ
そんなこんなで結局バスで移動することに。列車だと最寄り駅のカドゥルウェラまで2時間かかる予定だったが、バスだとカドゥルウェラに1時間で到着したから、結果オーライです


バス2カドゥルウェラからポロンナルワの旧市街までは4舛曚鼻バスを乗り換え、すぐ着くのかなと思いきや、これまでにないオールドバスで、進むのはゆっくりやし、途中給油はするしで、30分程かかって目的地に下車。そこから徒歩にてホテルへ向かった。歩いていると自転車で抜かしてゆくおっちゃんが「どこのホテルだ?」と声をかけてきて、「SGM!」と答えると、うんうんと頷き「すぐそこだ」といいながら走り去るおっちゃん。聞いてもいないのに、ホント親切な人が多いスリランカ。
迷うことなくホテルへ到着!チェックインし、荷物を置いて旧市街を散策することとした。
が!が!ここからが修行の始まりだったのである。
ホテルSGMは旧市街を観光するのに立地が良かった。でもやけに宿泊料金が安かった。テレビ、エアコン付きでトイレ・ホットシャワー付き。写真で見てた感じは大丈夫やったけど・・・
まず部屋中隙間だらけ。シャワールームの外窓が閉まらない。蚊がぁ〜( ;∀;)問題。タオルで隙間を埋めたり、蚊取り線香攻撃をした。
次に部屋の中にゲッコーがいるのだろう、ゲッコーのうん〇が散らかっている。まず部屋掃除。
次にテレビが映らない。ホテルの人に伝えたら、業者を呼ぶから…とそのまんま。ホテルのリビングで見ることとする。
次にタオルが1枚しか用意されておらず、貸してほしいとお願いするとタオルが売っているショップを教えられる。そのタオルは隙間埋め用に使い、持参してた手拭いで済ませることに。
やれやれ〜先が思いやられるな、と思うも、どうにか出来ちゃう範囲のため、ある程度部屋の片付けを済ませて散策に出かけた。
ポロンナルワ町レンタル自転車ポロンナルワ旧市街地をテクテク散歩。
銀行の場所やスーパー、レンタル自転車屋さんをチェック。
なかなかに、発展途上中の観光地で、味がありますな。


この日は徒歩にて遺跡エリアの南部にあるポトグル・ヴィハーラと石立像を見学することに。詳しくは後で。
街に戻って、夕食をとろっか〜と歩いてたら、トゥクトゥクの営業をしてきた歯抜けおじちゃんと出会う。トゥクトゥクは必要ないなぁ〜と断ると、何が必要だ?と聞いてくるので、何か食べたいんだけど、美味しいとこ知ってるか?と聞くアンドー。そしたら、おじちゃん「おう!付いて来い」って歩いてすぐのところに案内してくれた。ぎゃはは〜ローカル食堂や!!
カレー&ビールエエとこ教えてもらったわ。こんなローカル食堂でもなんとビールがあったもんね✌だけど、注文してから酒屋に買いに行ってくれるようで、なかなかビールが来なくて、食べてる途中でビールが来たって感じ。いやいや、飲ませていただけるだけ、ありがたいです。カレーとコットゥとビール650ml2本で1080㍓でした。ごちそうさま。
そうそう、ここでどうしても行きたくなったトイレに行ってみた。トイレの場所を聞いた時、お店の人が少し変な顔をしたのが気になったけど、我慢できひんし。で案内されたのがお店から階段を下がったところにあった想像以上のトイレ。扉は鉄板で抑えられているだけで、電気もなく窓もなく真っ暗。水洗だけど流れない。扉は、下で涼んでいたおじいちゃんが開けてくれ、閉じてくれ、洋式トイレだったけど便座には座らず中腰で用を足し、お尻洗い用のピストル型ホースで便器の中を流した。もちろん、水に流せるティッシュはいつでもどこでも持ち歩いてる。
そう、この真っ暗で狭い、汚いトイレも修行のひとつとなるのであった💧

この日の夜の修行はというと、ベッドシーツは敷かれているけれど、ブランケットもしくは掛けシーツが無かったのだった。ブランケットが欲しいとホテルの人に言うも、なかなか通じない。なぜ通じないかというと、その人達はそんなもの使わないからである。なんとなくわかってもらえても、無いという。えぇ!!!まぢまぢ。たとえ暑くても、お腹には掛けておきたい。それに蚊も気になるし。。。
そうきたか、そうきたか。
長ズボンを履き、パーカーを着て、すっぽりフードをかぶり、足にはストールを巻き、まるでキャンプでテントの中で寝るのかのように一夜を過ごした。
蚊取り線香&アースノーマットスプレー攻撃のおかげか、蚊は大丈夫だったけど、良質の睡眠はとれなかったわ
こんな経験・・・昔にある。でもこの年になってまた経験するとは思わなかった。「キャンプみたいやん」ってげらげら笑いながら過ごすのんきなアタシ達であった。(この時はまだ余裕があったんやな)

パーシクダでのいろいろ

アメジスト 川
滞在していたアメジストリゾートの敷地内には川が流れている。
部屋を案内してくれたスタッフの人が「クロコダイルがいるよ」と教えてくれていたが、「うっそぉ〜」と内心信じていなかったアタシ。
朝食のレストランに行くには必ずこの川を渡る橋を歩くのだが、次の日もまた次の日も見かけなかった。
が!!!ある日、朝食を食べている時に見つけたのだ。
ウ・ウ・浮いてるぅぅ〜。野生のワニ。


ワニワニ2









ランニング
ある日のランニング。
ホテルからスタートして5舛撚鵑譴襯魁璽垢鮓〆し(ほんま最近のアプリはすごいですわ)太陽が柔らかくなる夕方に走った。
アプリの指示通りに進むと、これ道か?って所に誘導されて、舗装されてないのはもちろん、砂浜みたいなところ、ここに人が住んでるの?っていう住宅が並んだところ、吠えまくる犬、散歩する牛、クリケット練習中の子供たち、いろんな事に出会った。
おもしろかったけど、めちゃ走りにくかった
この時、Tシャツを前後反対に着ているアタシ。走り始めて、違和感を感じ、初めて気づいたのだが(どんなけ鈍いねん)まぁいっか、このままで(どんなけグウタラやねん)。と走っていたが、やっぱりしっくりこなくて、途中道端で着直した(笑)

デビルド
パーシクダで出会った、うまうまデヴィル料理。
海だからエビがぷりぷり。
デヴィルというのは料理法で野菜と肉や魚介を甘辛く炒めたもの。酢豚を辛くした感じに似てる。
チキンデヴィルやポークデヴィル。カレーと同じくらいお世話になったわ。
これまたビールもごはんもススムんです。


散策1
バラチェナイの街を散策にゆく。
もちろん、ウォーキング。知らない街を歩くのが好きなアタシ達。歩かないと目につかないモノや、気づかないモノが沢山ある。そんなモノを見たり感じたりするのが好きなのだ。
バラチェナイの街まで8措紂F焼け対策(まだ水ぶくれにやられ中のため長を着用)、水分、カリカリ梅、キャンディをしっかり準備して出発!
途中休憩場所を「アイスハウス」という目標を持って、テクテク歩いた。


散策2
街に入ったところで、すぐ市場を発見。
どこの国、街でも、市場は活気があって、その土地の生活が見れて面白い。
吸いこまれるように入って行くのであった。
野菜は豊富だが、スリランカは生野菜を食べる習慣がないのか、レタスのような葉野菜が少なくて、カレーに使ういんげんやオクラ、トマトはたくさんあった。
普段、生野菜をたくさん食べる私たちは、すでに野菜サラダが食べたいよぉ〜と禁断症状が出ていた(笑)


散策3お魚コーナー。
さすが海の街、魚介類は豊富です。
お父さんが一生懸命働いていたので、いちおう「撮ってもいいか?」とジェスチャーしたら、OKしてくれ、ポーズまでしてくれた。自然体でええんですけどね(;^_^A
で、どう調理して食べるかと言うと、カレーでしょ!フィッシュカレーです。
スリランカカレーと言えば、チキンorフィッシュですから。何度もいただきましたが、なかなか肉厚で噛み応えのあるお魚なので、煮崩れなどなく、お肉っぽい感触。美味しかったけど、ウチで作るか?って言われたら、NOやな。
カレーのスパイスをチキン用・ポーク用・野菜用と購入してきたけど、フィッシュ用は手に取らんかったな
そしてお肉コーナーも見学し、フルーツコーナーも物色。この時はランブータンが旬のようで、スリランカ中で売ってた。もちろん、アタシの大好きなマンゴスチンもあり、購入して食べてた。

市場を後にして歩きはじめると、すぐにアイスハウスを発見。ここでマンゴアイスをいただき、水を購入して水筒に追加し、次の目的地バラチェナイ駅を目指した。

散策4駅に到着。
ホテルから駅までは8舛曚鼻やったぁ〜!!たどり着きました。(まだ帰りもあるけど)
翌日、電車で移動する予定だったので、下見にやってきた、ということ。スリランカ鉄道のHPでは時刻表をゲットしていたが、変更は当たり前なので、時刻の確認です。
と言っても、私たちの行くポロンナルワ方面行きの列車は1日4本しかない。昼発は1本なので、その時刻を確認。上下線ともに合わせて1日8本の列車しか行き来しないこの駅なのに、偶然にも列車を見れた。
駅で休憩している時、トゥクトゥクドライバーをしている人達に話しかけられた。どこから来た?はいつもの事だが、仕事は何をしている?と。スキーってわかるんやろうか?と思いながらもスキーインストラクターと答える。通じないから、スポーツインストラクターでごまかした。逆に、トゥクトゥクはインドからの輸入ものでいくら、とか、スリランカには仕事が少なくてトゥクトゥクドライバーがたくさんいる、とか自分たちの話もしてくれた。しまいには、「オレ、日本で働きたいからお前、呼んでくれ」と。いやいや、スリランカの方があなたにとったら住みやすいではないでしょうか?と思う私であった。

帰りも徒歩です。途中スーパーに寄ってみたり、日本を知らないという帰宅途中の小学生が話しかけて来たり、トゥクトゥクの営業を何回も断ったり・・・往復16舛了曲發魍擇靴鵑澄

パーシクダビーチへ

バス1バス2トリンコマリーのバスターミナルから南下して、バラチェナイという街へ向かう。目指すはパーシクダビーチ。
まず、ホテルからトゥクトゥクでバスターミナルへ(1000㍓)。ドライバーとターミナルにいたお兄さんが次に乗るバスを教えてくれ、スムーズに乗りかえができた。そしてカンフーパンダやアナ雪が描かれたバスに揺られ、バス旅スタート。バラチェナイまでの距離は100舛舛腓辰箸世辰燭、トリンコマリーを出て少ししたら、バスは満員ぎゅうぎゅうなのに、海沿いのくねくねロードと、バスのドライバーの急ハンドルで悲惨なバス旅となった。
始発のターミナルから乗っていた私たちは座れていたから助かったものの、立っていた人はカーブと急ハンドルのせいで、かなり揺らされていた。ついに!バス酔い人が出てしまい、私の前に座っていた男性が席を譲ってあげたが、そのおばさんは窓からゲロゲーロ( ;∀;)。もちろん、エアコン無しバスで窓全開・風びゅうびゅう状態。真後ろに座っていた私は「かからないことを願う」とバスの揺れと、前方からの攻撃に耐えていたのである。
そんなこんなのバス旅は3時間ちょっとでバラチェナイへ到着。(おばさんは途中で回復し、途中の街で降りていった)トリンコマリ―〜バラチェナイ(190㍓/一人)。そこからパーシクダのホテルまでは8舛△襪里妊肇ゥトゥクで移動した。(500㍓)
パーシクダ1パーシクダ―での滞在はアメジストリゾート。お手頃価格のリゾートなのに、充分施設の整ったホテルで、サッカーも部屋のテレビで見れるし、朝食は超豪勢やし、スタッフの対応も気持ち良いし、快適なリゾートだった。
チェックインを済ませ、すぐにビーチへ。
ホテル前のビーチの横はパブリックビーチになっていて、この日は日曜日だったからか、パブリックビーチエリアはかなり混雑していた。ホテル前はガラガラだったから、いちおう住み分けされているんだろうか?という感じ。ビーチには警備員さんもいるから。
なんか、それもそれで複雑。。。

パーシクダ4パーシクダ3パブリックビーチの方へ散歩した時。
ここのビーチにも牛さんは現れる。たまにこんな感じで人とコミュニケーション?を取ってた。
慣れたもんで、みなさんあまり動じない。それよりか牛よりも、外国人をガン見!!!
この時は私たちを舐め回すように見つめ、あるところでは白人の女性を取り囲んで、ガン見。
「そりゃ、見すぎでしょう!」ってツッコみたくなる(笑)
スリランカでは宗教上、文化上、女性は肌をあまり露出しないので水着姿にはならない。海に入る人も少ないが、入ったとしても服を着ている。だから、ビキニ姿の外国人がいればガン見、観察、撮影がすごいのである。
すごいなぁ〜。ところ変わればってやつですなぁ。
そんなに心が強くないアタシは絶対パブリックビーチではで遊べないな(笑)
それでも、海に入っていた時、パブリックビーチから寄ってきたタミル人の青年二人が話しかけてきた。どこから来た?とかいろいろ話していると、あっという間に数人に囲まれ、彼らはお酒を飲んで酔っていたのもあり、なんか嫌な感じがして私は浜へ上がるが、会話を続けるアンドーの周りにはもっと青年たちが増えてきて、すごい光景になってた
それに気づいたプールアテンドのスタッフと警備員さんが注意を促して、その場は解散〜となったけどね。
彼らは自分たちの知らない国からやってきた私たちとコミュニケーションを取りたかっただけなのだろうが、なんせあんな大人数で、あのテンションで来られると、ちょっと無理だわ

ニラヴェリでの出来事

満月ニラヴェリ滞在中の6月27日ポーヤデー。
満月の日。
月明かりがとっても明るく、リゾートではビーチで特別ディナーを行っているファミリーがいた。
ポーヤデーはスリランカの人にとって、とても大切な日で、どの宗教関係なく、お祈りをささげ、国の休日になっているのだ。でも、観光客に関わるお仕事はお休みではなかったけどね。
だけど、観光客でもポーヤデーはアルコールを提供してもらえないので、この日はノービールの日となった。
サッカー観れないかもね・・・と少々あきらめていたサッカーワールドカップ。
ニラヴェリでは部屋のテレビでは見れないけれど、メインバーで見ることができた。この日は日本×ポーランド戦。
ホテルの人は、同じアジアだから応援してるよ、と言ってくれるけど、この日の試合はなんかなぁ〜って感じで後味が悪し。ま、これも勝負やからね。

ある日、ビーチ沿いをずっと散歩していると、大きな銃をもった兵隊さんが近づいてきて「ここからは我々のエリアだから入ってはいけない」と言ってきた。地元らしき人達は海に入って遊んでいるのに、外国人はだめな様子。線引きもされていないし、すごくわかりにくい。ただ、まだこの地域にはこういった風景が残っているんだと実感。2009年までの激しい内戦、そしてここトリンコマリーも第2次世界大戦中に日本が攻撃した所。アタシの心は少しチクリとした。
ただ、あんな格好で寄って来られたら、悪いことしてなくても怖いわ💦

蚊にはやられたものの、居心地の良いリゾートで、のんびりも、ビーチ遊びも楽しめたニラヴェリ。
7月1日、次のビーチへ移動となる。


トリンコ観光の日

バス
この日はトリンコマリ―観光へ!
ニラベリからバスでトリンコマリーまで出る。(50㍓/一人)で、まずはカンニヤ温泉に向かう事に。
トリンコマリーのバスターミナルからカンニヤ温泉を通るバスを探し(人に聞いて教えてもらうだけ)、30分程で到着。トリンコ〜カンニヤ温泉間のバス代は、行きは25㍓帰りは30㍓。行きと帰りで違うことはよくある。だって車掌さんの言い値やもん。(発券機を使っている場合を除く)




カンニヤ3
バス停から1舛曚品發が、迷うことなし。ここは観光地になっているようで、大きな駐車場に土産物屋の屋台が並んでいた。
スリランカにやってきて、土産物屋が並んだ観光地はここに来てはじめて。
なんでかわからないけど、嬉しかった。





カンニヤ1
チケット売り場(入場料50㍓)の立派さに比べ、え?こんな感じ?と思われる施設だったが、ここカンニヤ温泉はヒンドゥー教の魔王ラヴァナの剣によって掘られたという伝説の残る温泉。井戸から湧き出ているお湯を行水するタイプの温泉で、タミル人の間ではあらゆる病気を治す神聖な水としてあがめられ、スリランカ各地から多くの人がやってくると地球の歩き方に書いてあったので、病気じゃないけど、虫刺されアレルギーの水ぶくれにかけて、「治れ〜治れ〜」とお祈りしたアタシであった。


カンニヤ4お湯は40℃前後くらいかな。気持ち良かったよ。
タイミングよく、私たちが来た時は人が少なく誰もいなくてゆっくり体験できたが、私たちが井戸から出て足を拭いていたら、大勢の団体観光客さんがやって来て、あっという間にごちゃごちゃになった。チケット売り場は大行列に。
こんなんやったら、本当にこの温泉を利用している地元の人は使いにくいやろうなぁ〜と思ったが、もう観光用になってるのかもね。
井戸の中はホントは撮影禁止、そしてデッカイ蜂がたくさんいるのでお気をつけて〜。


バス2温泉を後にし、またバスでトリンコマリーへ向かうが、その時乗車したバスがすごかった!めちゃぎゅうぎゅう満員バス。
バスが来て、手を上げて止まってくれた赤いバスは、ギュウギュウで乗り口から人が溢れてた。
ど・ど・どうやって乗るの
かろうじてスペースを空けてもらい、なんとか乗った私たちはドアが開いたまま転げ落ちそうな恐怖と、エアコン無し、ギュウギュウの中の暑さで滝のように流れる汗と戦い、初スリランカ満員バスを体験した。そんな中でも車掌はバス代を徴収できる。
途中、人が何人か降りたところで、苦しんでたアタシ達を見かねてか、車掌さんが前へ行った方が良いと促してくれて、ぎゅうぎゅう汗だく地獄から解放された。で、ドライバーの真横でバス旅を楽しんだのである。
この時、後ろにいた人の携帯が落ちて、もちろんドアは開けっ放しだから、道路に投げ出されていってしまった。すぐに止めて!といったけど、バスは急には止まれない。少しして止まってから、その人は携帯を拾いにいったけど…
きっと後ろから来てた車やバスに踏まれてるやろうな残念。
トリンコ1トリンコ2トリンコマリーのバスターミナルから、コネサールロードを歩いていくと。。。
なにやらぷ〜んと臭ってくるぞ。
ドライフィッシュ屋さんを発見。スリランカでもこういう魚の食し方をするらしく、日本みたいに鰹節みたいなフレークも料理で使っていた。
バスから眺めたトリンコマリーの海はゴミで汚かったけど、このあたりのダッチベイは海の色も水もとても綺麗。
トリンコ3
半島の先にあるコネスヴァラム寺院を歩いて目指す。
写真はフォートの入口。急に違う世界にきた感じがする風景になった。
フォート内はスリランカ陸軍の駐屯地になっているらしく、これまた違う世界。
こんなところに寺院がほんまにあるんか?と思ったけど、観光客を乗せたトゥクトゥクは走っていくし、遠足らしき子供たちもたくさん行き来するので間違いない。



トリンコ4トリンコ6坂道を上がりきって、左に進むと寺院があった。紀元前、スリランカにあった5つの大きなヒンドゥー教寺院のうちのひとつ。コネスヴァラム寺院。南インドからやって来た人達により建設・装飾されたものだそう。
ポルトガルによって一度は破壊されたが、海中から引き揚げられた柱や市街地の地中から見つかった御神体をもとに再建されたとのこと。建物内は撮影禁止だったから、写真はないけれど、装飾や壁画はカラフルで細かくて、見ごたえがあり素晴らしい寺院だった。
トリンコ5街に戻る前に、景色が良いフレッシュジュース屋さんで休憩。グレープフルーツ生絞りジュースは、最高に美味しかったなぁ。

そして、街に戻り、少しぶらっチング。目当てのスーパーが見つからず、のぼせそうになったカラダを、銀行のATMで冷まし、オレンジを購入してまたバスでニラヴェリへ戻ったのである。
このあたりの東海岸地域には仏教徒のシンハラ人より、ヒンドゥー教のタミル人が多く暮らしている。ここに来る前に訪れたアヌラーダプラとは全く違った街並、寺院、人、文化を感じられることができたトリンコマリー観光となった。

ピジョンアイランドへGO

ピジョンアイランド1
滞在していたニラヴェリの沖合2舛曚匹僚蠅縫汽鵐款未飽呂泙譴薪隋屮團献腑鵐▲ぅ薀鵐鼻廚あり、スノーケリングを楽しみに行ってみた。ボートで10分ほど。ホテルのボートサービスを利用して往復1800㍓(1艘分だけど相乗りになった)、入島料5020㍓(2人分)。パブリックのボートサービスだと2000㍓(1艘)で少し高いけど、スピードが速かった。めっちゃ抜かされたもん。



ピジョン3
帰りの希望時刻を伝えて、それまで遊び放題。想像以上にちっちゃな島で、写真のスノーケリングポイントとボート発着所の裏側になるファミリー用?スノーケルポイントがあるくらい。
遊び時間を4時間ほど見ていた私たちは「4時間も要らなかったか?」と少し思ったが、結果お迎え時間ギリギリとなり、足りないくらいだった。
ここはめっちゃキレイ!透明度が高くて、お魚さんもたくさんいる。ついでに人もめっちゃいる!!!人の多い午前はすぐに水が濁るけど、みんなすぐ帰るから、午後過ぎると水が綺麗になっておススメです。

ピジョン2珊瑚を保護するため、入ってはいけないエリアがロープされていて、その周りをぐるっとスノーケリングできる。生きているサンゴ礁はどんどん少なくなってきているのか、わりと小さなエリアだったが、潮の流れに逆らって泳いだり、波が激しい所があったり、1周まわるのに40分はかかる。
シュノーケリングセットを借りて来ず、ゴーグルだけ持参していた私たち。潮の流れをなめてたわ(後悔)。1回目のトライでは人の混雑+流れに逆らうしんどさで途中、反対側から回ったほうが、逆らう距離が少なくなるよ、と安藤アドバイスが入った。そーなら、そーしましょ!と引き返すことに。そして2トライ目。それでも逆らいながら泳ぐしんどさと久しぶりの泳ぐことに必死になってたアタシは、15分くらいで「しんどいよぉ〜( ;∀;)」と泣きが入った。そこへ「もうそこら辺から、流れに乗れるからラクになるけど、引き返すか?」と返事が。え?楽になるなら、そら頑張ります。と頑張ったら、ほんまにすぐラクチンになった。でも、先はまだまだある。だからなのか、お魚さん達を見るというよりも、泳いで1周することに必死になり、スノーケリングを楽しむまではいけなかった。
すぐ、センターみたいな所へ行って、レンタルフィンはないか?と尋ねるも「NO」と答えが。仕方ない、頑張って泳ぐわ。
休憩後の3トライ目。今度は流れがわかってるから、余裕を持って泳げた。そしてついに、大物くんのシャークを発見!!おぉ〜!!サメや、サメ。ずっと眺めてると、今度はウミガメ君も発見!!
浜で休憩中に、シュノーケリングツアーらしきグループがずっと止まって見てた場所を盗み見してたもんね〜。だからポイントがわかったんだもんねぇ〜(笑)
ピジョン4ピジョン5ピジョン6カメラ片手にサンゴ礁1周は厳しかったので、写真は浅い所だけしか撮れなかった。けど、浅い所でも大きなナポレオンフィッシュがみれたよ。3トライ目の後、反対側のファミリービーチみたいな方へも行ってみたが、人が多すぎて水は濁りまくってるし、魚も少なかった。泳げない人が集まってきているような気がした。で、すぐにまたシャークを見に行こう、と反対側へ戻る。時間的に最終トライ。午後になって人が減り、水の透明度が上がってる。魚の大群は少なくなったけど、やっぱりシャークポイントではぐるぐる泳ぐサメを見ることができ、その後ウミガメとも出会えて、しかも水面に呼吸をしに上がる場面まで見ることが出来た。
いやぁ〜、楽しかった。そしてよく泳いだ。ラッシュガードは着ていたものの下は水着だけだったアタシは、真っ赤にお尻が焼けてしまっていたほど、遊びつくしたのである。その後のヒリヒリはいうまでもない。
日焼けには気をつけなはれやぁ〜

ニラヴェリ滞在

ニラヴェリビーチニラヴェリビーチでは1週間の滞在。ゆっくりビーチライフを楽しみます。
ビーチは白砂、清掃もされていて綺麗。海の色もグリーンがかったブルーで綺麗だが、水の透明度はイマイチだったのが残念。
遠浅のビーチで泳ぎやすいかと思いきや、わりと波があって、泳ぐより波遊びに夢中になってた。
ある日、大きい波ならカラダだけでも波乗りできるぞ!と発見したアタシ達。なかなか乗れないアタシであったが、これはいけるでしょ〜っていうほどのビッグウェーブがやってきた。波のリズムに合わせて本気クロールで進んだら「ぶっしゅ〜ん♪」ってカラダが宙にういているかのような浮遊感がきた。
やった!やった!! と喜んだのもつかの間、潰れた波に揉まれたアタシの身体はゴロゴロと水中で回転をし、穴という穴に海水ははいるわ、砂地にカラダを叩きつけられるわ、水着はズレるわで、撃沈した。
立ち上がったら、大量の水が鼻から出てくる、出てくる。耳が圧迫されてか痛い、痛い。という出来事があった(笑)
牛と海牛と海2ビーチには牛さんが散歩にくる。1頭の時もあれば団体さんの時もある。こんな風景見たことないよ〜!!!でもね、牛さんが散歩途中におしっことかウン〇を綺麗な砂浜にしちゃうのよね〜それが気になってしかたなかった。
プールで猿猿猿2猿3ホテルの敷地内にはリスや猿がたくさん遊びに来る、プールのまわりに立っている木が、お猿さんの好物の実がなっていて、ちょっとかじっては落とし、飛び跳ねては実を落としで、プール内もプールサイドも頭上注意だった。
そんなの気にしないで読書に励むアンドー。
水場やハンモッグもお猿さんの遊び場になっている。
全く、人間には危害を与えないので(勝手で自分等で遊んでるって感じ)、ほのぼのと見てられた。
それに、このお猿さんたち、おっさんぽくてカワイイ。オデコの毛が何とも言えないわ。



ビーチと犬チビゲッコー木陰にはわんちゃんも来る。
かなりぐったりしてたけど、寝たいだけ寝たら、すっとどこかへ消えていく。スリランカには猫より犬が多かったなぁ。どこでも野良か放し飼い犬がいて、面倒くさい奴は吠えてくるから、目をあわせちゃいけないルールを自分でつくったわ。
写真右はベイビーゲッコー。ゲッコーはいっぱいいてるけど、こんな赤ちゃんゲッコーを見ることは珍しい。あたしのビーサンに遊びに来てた。
そして、来てほしくないものがここには来たのである!スリランカは「蚊」が多いのだ。しかも東海岸のビーチにはアタシがアレルギー反応を出してしまう、ちっちゃなブヨみたいなやつがいる。昔、インドネシアのビンタン島でやられて大変な思いをした記憶があるので、ディート成分30%、日本で許可されている最高濃度の虫よけを持参し、やってはいたものの、初日に何か所も刺され、翌日水ぶくれができ、体液が流れ続けるという事態にえぇ〜ん。最悪。
でも、蚊になんか負けへんねん!と、翌日からビーチベッドで読書をする時は蚊取り線香を手持ちして防いでやったぜ。
水ぶくれは1週間以上続き、体液が出続ける。抗生物質の塗り薬を塗り、耐えに耐えた。水ぶくれが引くと痒みが強くなり、今現在も芯が残っていて、痒みもある。合計11個の戦いの痕( ;∀;)
牛飼いある朝の風景。
ランニングに出かけがてら、リゾート付近の探検に行ってみた。道路では、牛飼いがいるのに、ビーチではなぜ牛飼いはいないのだろうか?
不思議である。もちろん道路は牛のうん〇だらけ。慣れないうちは、避けまくって走ってたけど、だんだん面倒くさくなってきて、フレッシュうん〇以外のドライうん〇は、踏みまくってたような気がする。もうそんなこと気にしてたら、まともに走ったり歩いたりできないのだ
現地ではランニングしている人はとっても珍しいから、ガン見はもちろん、声をかけてくる。自分が辛い時の「ハーイ!」の返事は、面倒くさかったなぁと悪のアタシがでるのである。



ニラヴェリへのバスの旅

7月25日、次の滞在地へ移動の日。
待ちに待ったビーチリゾートである。
東海岸のトリンコマリーから少し北のニラヴェリにむかう。
アヌラーダプラからトリンコマリーまで、公共の交通手段で行くならバスしかない。スリランカに来て初のバス長距離移動。日本や他の国のように長距離バスなどなく、インターシティと言われるエアコン付きのバスはあるらしかったが、滅多にお目にかかることなく(大きな都市に行けばすぐに見つけれる)、エアコンなしの鈍行バスでの移動となった。
アヌラーダプラからトリンコマリー行きのバスは1日に2便しかなく、それ以外は途中乗り継ぎをすれば行けることとなる。時間的にも混雑を避けるためにも乗り継ぎで行くことにした。
バス1のコピーまずは途中の街、ホローパタナーまでのバスに乗る。バスステーションまで乗せてもらったトゥクトゥクのドライバーにバスを教えてもらい、迷うことなし。そして、その辺にいたおじさんが荷物を入れる場所(かなり狭いし、ドロドロになる)を教えてくれ、無事に乗車。何時発になるかはわからないけど、ある程度お客が乗ったら、バスのエンジンがかかり、10:30すぎの出発となった。バスの内装はめっちゃ派手派手。出発すると前のモニターにインドの映画が上映され始め、音楽がズンドコ大音量で流れてきた。バスは進むにつれ、たくさんの乗客を乗せる。あっという間にバスはぎゅうぎゅうとなる。

ホローパタナーミヒンタレーを通過し、ずんじゃかバスは順調に突き進む。何十人もの人を乗せたり降ろしたり。
3時間ほどで終点ホローパタナーに到着した。
バスを降りたら、バスターミナル内というのに牛が自由に歩き回ってる。なんじゃここ。と、この時は思ったけど、この後こういう野良牛の自由散歩はフツーのことだったのだ。
荷物を取り出したら、バッグは砂埃で真っちゃっちゃ。まぁ、こんなもんか。車掌さんにトリンコマリー行きのバスはどれ?と聞いたが、英語が苦手のようで、指差しであっち!みたいな感じで教えられたが、少し離れたところだったので、道に出たところでもう一度、人に聞いて教えてもらった。
大通りに出て、バスターミナルを背にして右に進み、ワンブロック先のジャンクションにトリンコマリー行きのバスが停車していた。
バス2ホローパタナーから乗車したバス。
このバスは内装も音楽も静かなバスだった。
なぜ違いがあるのかというと、まずは国営バスか民営バスか。民営バスは内装がデコされている。バスのオーナーなのか、ドライバーなのかの趣味で絵柄も変わってくるのだ。
このバスは荷物入れがなかったため、バッグを車内に入れなければならなかった。が、すぐに車内にいたスリランカの人(同じ乗客の人)が助けてくれて、ここに座れと誘導してくれる。バッグは足元に置いて、最強に狭い中での移動となったが、このバスが一番バス旅の情緒を楽しませてくれた。

道
のどかな風景の中をひたすら進むバス。
2009年まで26年も続いていた内戦のため、観光客はこのあたりの東海岸に足を踏み入れることはできなかったと言う。9年という年月が過ぎているが、そんな大変な内戦が起こっていたとは思えないような、のどかで静かな風景だった。

わりと混雑していなかったバスだったが、トリンコマリーに近づくにつれ人の乗り降りが多くなる。
ホローパタナーから1時間半ほどでトリンコマリーに到着。
想像以上に大きな街で、人の活気に満ち溢れていた。


バス3で、最終バスとなるニラヴェリ方面行きのバスに乗車。
このバスを探している時に、トゥクトゥクのドライバーに800ルピーで行くよ!と、しつこく営業されたけど、ここまでバスで来たから、最後までバス旅で行ってみたい、と言う自分の希望を貫いた。バスは時間がかかるよ、とおじさんは言うのだが、もうここまで来たら一緒やろ、もし時間に余裕のない旅をしてたら、もっとお金かけていい方法を考えてるわ!って感じ。
ちなみに今回のバス旅でかかった料金(一人分)は、アヌラーダプラからホローパタナーまで100ルピー、ホローパタナーからトリンコマリーまで132ルピー、トリンコマリーからニラヴェリまで40ルピーとなる。

着いたニラヴェリビーチホテルに行くので、バスストップが来たら教えて欲しいと車掌さんにお願いしていたら、GPSではまだまだやったけど、「お前たちはここで降りるんだよ〜」と言われて降ろされた場所は、やっぱりホテルまでは、まだ3キロのところだった(T_T)もう最悪はトゥクればいっか〜と思ってたけど、ここまで自力で頑張ってきたことに、最後まで頑張りたい気持ちが高ぶり、歩くわ!と宣言。トゥクトゥクのドライバーがすぐにやってきて営業をするも、歩きたいから歩くわ〜とお断り。
3キロもあるし暑いでしょ、と驚かれたけど、ええんや!私は歩きたいんや‼︎と言うことで・・・
やったぁ〜のホテル到着となった。
10時前にアヌラーダプラのホテルを出て、16時すぎにニラヴェリのホテルに到着となる。
この時のウェルカムドリンクがどれだけ美味しく感じたことか。
部屋に荷物を置いたらすぐ、水着に着替えてまずはビーチバーに直行。ビールをいただいたのであった。
カレーお肉カレーは嫌いじゃないけども、あまり連チャンでは食べれないもので・・・ホテル内のレストランで食べるときは、肉系やパスタをいただきました。
スリランカカレー(左)は辛いけど、わりとどこでも辛さを調節してくれるので、問題なく美味しく頂けていましたよ。

サファリ:ウィルパットゥ国立公園へ

ウィルパットゥ入口6月24日ウィルパットゥ国立公園、サファリに行く。
アヌラーダプラのホテルでサファリのアレンジ(2人でプライベートジープ、エントランスフィー、TAX込で17,000ルピー)をしてもらい、日曜日は街中が巡礼者でいっぱいになって渋滞するからという理由で、早朝5:30のピックアップ。(結局は迎えが遅れて6時前だったけどね)
アヌラーダプラから車でおよそ45分ほど、国立公園に到着。途中、ドライバーの意味不明な行動で少しストップするも、無事にエントランスに着き、サファリガイド兼ジープドライバーと合流。
初めてのサファリ体験のスタートです。

サファリ道
こんな道を走りながら、どんな動物たちに会えるのかなぁ〜と期待でワクワク。
スリランカには数多くの国立公園や自然保護区があるが、ここウィルパットゥ国立公園はヒョウの生息数が多いことで有名。そのヒョウに会えちゃったりするのかなぁ〜。




しか
走りはじめてすぐ、鹿を発見!!
しかもガイドよりも先に見つけちゃったあたし達。ま、鹿はその辺でも見れたから、珍しくはないのね、って感じで。
その後、すぐにこれまたスリランカでよく出会える猿のグループに出会う。





ピーコック
孔雀。
オスからメスからキッズから。たくさんの孔雀とも出会う。
綺麗な羽の色。






オオトカゲ2
のっそ、のっそと、リクオオトカゲが道を横断。車を気にすることなく、マイペースで進んでいった。
このオオトカゲ、サファリでは何匹かと出会えたが、後日ダンブッラの街を歩いていた時に、道に端っこで見つけた時にはびびったなぁ。




イーグル
なかなか大物がいないなぁ。ガイドは本命のヒョウを一生懸命探してくれ、この道、あの道と進んでくれていました。
そんな中、出会った鷹が森の中でひと休み中。






水辺
公園内の休憩ポイントにたどり着いた時、他のジープのガイドがヒョウを見ることができたぞ、とポイントを教えてくれた。休憩になるのかと思いきや、そのチャンスを逃しちゃいけなーい!という勢いで、ジープは進み、写真の水辺に集まる動物たちもスルーして、教えてもらったヒョウ発見ポイントに向かうのだった。




連なる連なる2近づくにつれ、たくさんのジープが集まり、ポイントではヒョウの通り道となっているところで、数十台のジープが停車するのであった。
そこで、本気カメラでヒョウ狙いをしているおじさんを発見。大きな一眼レフカメラを持っているグループも多数いる中、スマホと簡単デジカメ持参できた私たち(笑)
十分ほどそこで待機していたのち、私たちのガイドはそこをあきらめ、きっと動いていったであろう場所(プロの勘というのだろうか)へ向かい、そこでまた車を止めて待機した。
静まりかえる森の中、じっと待ってはみたが・・・
無理か。  となり、移動を始めるガイド。
あきらめて、次へ向かっていたところ、な・な・なんと‼︎
レオパードヒョウや!
ヒョウと出会えたんや‼️
正面に、はっきりとかっちょいい姿のヒョウが歩いてる。
一度道を横断して森に入るかと思いきや、車の方に向かって歩いてきた。あまり近づきすぎるのはダメなようで、ジープは一定の距離を保つためにバックする。
野生のヒョウを生の目で観察したくて、写真はそこそこに、かなり筋肉が引き締まったヒョウをじっくり見つめた。なんというか、カッコイイ。
ガイドもドライバーも自分のスマホでパシパシ写真を撮っていた。あとで聞いたところによりと、ドライバーは今年に入って1度しかヒョウを見れていないといい、ガイドは一度もないという。最近は生息数が減っているのだそうだ。そんな中、1回のチャンスで出会うことのできた私たちは、なんとラッキーなのだろう。姿を見せてくれて、ありがとう、ヒョウさん。
この後、ヒョウは森へ入っていき、クルル〜♪クルル〜♪というようなヒョウの鳴き声を聞かせてくれた。なんだか、神秘的やったな。

そうして帰りのルートに向かっていた時
ベア1
この子に出会ったのだ。
スリランカ・ナマケグマ。
本当に行動がナマケモノに似ていて、クマとは思えない愛らしさがあった。
3台のジープに囲まれてしまったのに、そんなの気にせずマイペース。





ベア2
痒い、痒い。
道端で座り込んで搔きむしる。







ベア3
いろんな表情を見せてくれてから、真横を通過する。
車や人間の存在がないかのように。


そしてこのクマさんが大トリとなり、人生初の野生サファリが終了となった。
いやーほんまに、持ってるな、私たち。
大興奮の日となりました









遺跡地区をチャリンコで

ちゃり
ちりん♪ちりん♪
6月23日、アヌラーダプラの遺跡地区をチャリ観光です。
ここはおよそ2500年前にスリランカ最古の都のあった所。仏教はこの地からスリランカ全土へ、そしてミャンマー、タイ、カンボジアへと世界各地に広がっていったという。この地に栄えた王朝は非常に高度な文明をもっていたとされるが、南インドからの侵入者と抗争の繰り返しの末、約1400年間で幕を閉じることとなった。
スリランカの旅のスタートがここになったのは偶然だが、何かに惹きつけられたのかもねぇ。
ホテルでチャリを500㍓(1台)でレンタルし、水分持ってスタートです!!(チャリは日本製だぞ!とおじちゃんが自慢してた。中古自転車はここにも来てる)

イスルムニヤ精舎寝釈迦まずは遺跡エリアの南端となる「イスルムニヤ精舎」に。半パンでは入れないので、スカートを上からはいて、靴を脱いで見学します。
岩肌を彫るようにして建てられた御堂、岩の上に立てられたダーガバ(仏塔)、寝釈迦様のいる本堂、発掘物を展示している宝物館がある。本堂はとてもカラフルで、仏像の色の塗り替えに東京の浅草寺が援助したという。写真の右手の階段を上がったところで、離れた岩壁にある穴にコインを投げ、願掛けをしている地元の人達を見た。みんな上手。何をお願いしてるんやろう。アタシはしなかったけどね。
スリーマハー菩提樹
1舛曚彬名紊掘屮好蝓次Ε泪蓮縞酊鷦」にやってきた。
ここから、次の目的地までは、ポーヤデーも近いということもあり、上下白の服を来て参拝しにくる人がたくさんいた。菩提樹の周りには座り込んでお経を唱え、お祈りをしている人々で混雑し、ちゃらちゃら観光するのに気が引けたので、さらぁ〜っとお参りさせていただいた。
この菩提樹はインドのアショーカ王の王女がインド・ブッダガヤの菩提樹(その木の下で仏陀が悟りを開いた)の分け木をここへ運び、当時のアヌラーダプラの王が植樹したという。
それから2000年ほど年月が経っても、どっしり活き活きとした樹で、巡礼者の人達は菩提樹に触れ、眺め、お祈りを捧げていた。

ルワンウェリ・サーヤ大塔巡礼者たちはスリーマハー菩提樹から続く石畳の歩道を歩いてここ「ルワンウェリ・サーヤ大塔」へ。
チャリ観光の私たちは一般道を走って、途中チケットオフィスによって、遺跡観光入場券1日券3975㍓(外国人価格)を購入してたどり着いた。
ここでチケットを購入し、遺跡エリア内にあるチェックポイントで提示する必要がある。
スリランカの物価からしたら、チケット代は高く感じるが、大切な遺産を守るための整備や、修繕、観光客用トイレの整備などに充てられていくのだから、必要なんだと思う。
ここにきて、アヌラーダプラの遺跡は、現役使用の遺跡なんだなぁ〜と実感。何千年も前に造られた寺院に今現在も寺院として生きている。ロープや柵で囲われている見学だけの遺跡とは全く違うことを肌で感じとることができた。
ラトゥナ・プラサーダ(ムーンストーン)ガードストーンさらに北上し「ラトゥナ・プラサーダ」「クイーンズ・パビリオン」へ。
ムーンストーン(左)ガードストーン(右)を見る。
それぞれにはとても大切な意味があって、ムーンストーンに彫られている動物それぞれにも意味がある。へぇ〜、ほぉ〜とじっくり眺めていた。
この後、他の遺跡でもこのムーンストーンやガードストーンはよく目にすることとなった。
アバヤギリ大塔アバヤギリ寝釈迦休憩をはさみ、次は「アバヤギリ大塔」にやってきた。でっかいダーガバ。
かつてスリランカにもあった大乗仏教の総本山だったそう。この敷地内にも寝釈迦様がいたよ。
現在のダーガバの高さは75mで、現存するアヌラーダプラのダーガバの中では最大のものらしい。
この観光途中に、ダーガバを修繕している場面に出会った。レンガを大勢の人がバケツリレーのようにひとつずつまわし運んでいて、この国には文明の発展や進歩はまだないのか?と驚いた。そんな思うこと多々あり。でも、これがスリランカなんだと思う。
次へサマーディ仏像
で、ちりん♪ちりん♪はつづき。
「サマーディ仏像」へ
ここも巡礼者わんさかでした。
なんせ土曜日だから、スリランカ中から集まってくるという。翌日の日曜日はもっと増え、27日のポーヤデーにはもっともっともっとらしい。




ツインポンズ「クッタム・ポクナ」ツインポンズである。
アバヤギリ大塔の麓にあった僧院で修行していた僧たちの沐浴場とのこと。
ここは今は使われていない。
ここで地元の小学生らしき女の子たちに囲まれ、習いたての英語で話しかけてきてくれた。「私たちの国はキレイ?」と聞かれ、「きれいだよ〜」と答えるが、違う意味で街のゴミがすごいのよね😢なんて言えなかった。スリランカでは、電車やバスの窓から外にぽいぽいゴミを捨てる。なんでもかんでも捨てる。匂いが放つ。それがちょっとね〜。
あの子たちが大人になった時、そんなのが改善できているスリランカになるといいな。
ジェータワナ・ラーマヤ
そして、最後にアヌラーダプラのシンボルとして存在している「ジェータワナ・ラーマヤ」にやってきた。
少々、ダーガバに目が飽きてきていた頃のため、流し気味に回ってしまったが、後に、宿泊したホテルでながされていたお経のDVDでこの場所で僧侶たちがお経を唱えているではないですか!それだけ重要なところだったのね・・・と後日反省。
それでも、今なおスリランカの人達には大切な場所となっているアヌラーダプラの遺跡をじっくり見学させていただきました。
ここで思ったことは、日本の仏教とは全く違うね、です。同じ仏教国でも、全く違う世界でした。


線路ライオンビール遺跡エリアからこの線路をこえれば、みんなが暮らす街になる。
いやぁ〜、汗をかきかき、よく遊びました。
ホテルへ向かう途中で、スーパーに寄り、クーラーの効いた部屋でビールをいただき、プールにじゃっぽんしてカラダを冷やしたのでした。
アヌラーダプラの遺跡エリアは広いですが、自転車でも無理なく回れると思います。ゆっくり回って、5時間くらいかな。車やトゥクトゥクで回るという方法もあるけどね

仏教伝来ミヒンタレーへ

トゥクトゥクアヌラーダプラ駅で降りたアタシ達は、ホテルまで2舛曚匹離曠謄襪泙妊肇ゥトゥクで行くことに。改札を出れば速攻、ドライバーが声をかけてくるので、すぐ値段交渉に入った。トゥクトゥクは必ず乗車前に値段交渉をすること!と心に誓っていたので、いろいろ調べた結果、1100㍓ぐらいの計算で常に交渉していた。コロンボの大都市やゴールなどの観光地は物価が高い分、倍以上だったけどね。治安の良いとされるスリランカでもトゥクトゥクでのトラブルは多いと聞いていたが、私たちの旅の間中、ふっかけてくるような嫌なドライバーにあたることはなかった。トゥクトゥク乗車初回となったアヌラーダプラ駅からラジャラータホテルまで約2舛慮鮠弔蓮気合が入って、200㍓の言い値を150㍓に値切っちゃったけどね
初バスチェックインして荷物を置いたらすぐ、またトゥクトゥクに乗ってニューバスターミナルへ。そこから「ミヒンタレー」へ向かった。トゥクトゥクドライバーは、このままミヒンタレーにも行けるよ、と営業してくれたが、なんせ庶民の足であるバスを使ってみたかったため、「バスにチャレンジしたいんだ」と言うと、へぇ〜って感じで納得し、ミヒンタレー行のバスを親切に教えてくれた。乗車前に「ミヒンタレー?」と確認をし、いつの時代やねん!!というバスに乗る。乗ってたら車掌さんがお金を徴収しにくるギリシャと同じシステム。これがまぁ、どんなに混んでても、上手にもらってたのには感心。人の顔を覚える才能があるのかしら。
で、30分程でGPSも見てたけど、車掌さんが次のバスストップだよ、と教えてくれ、スムーズな到着となった。ニューバスステーションからミヒンタレー40㍓/一人。
ミヒンタレー猿バス停から少し歩くとすぐにミヒンタレーに続く階段にたどり着く。そこにはたくさんのお猿さんがいて、人間慣れしてるのか、とてもおとなしい猿で、決して日本の観光地にいるような猿のように、人間から食べ物を取ろうとしたり、襲ったりは全くなかった。(スリランカの遺跡や寺院には必ずと言っていいほど猿がいる)
ここの階段に来る途中で、スリランカの青年2人とすれ違ったのだが、その時いきなり「日本人か?」と聞いてきて「Yes」と答えると、写真を一緒に撮ってほしいとお願いされた。どゆこと?意味が解らずもOKし、彼のスマホで一緒に撮ってもらったら、向こうから彼らの友達が「待ってくれ〜!俺もいれて〜」と走ってきた。んんん・・・意味わからない。
スリランカ(コロンボ以外の街)ではかなりアジア系(特に日本人)がめずらしいようで、ジロ見というより、ガン見は当たり前。声をかけられることも当たり前。子供たちからは常に「ハロー」と声をかけられ、有名人になったかのように、ずっと「ハロー」と手を振る時もあるほどだった。向こうは私たちを初めてみるから、みんな声をかけるけど、うちらはずーっとやで。「もうほっといてくれへんか?」って時もあるわなぁ
ミヒンタレー2
来たぜぇ〜!!!
ミヒンタレーはスリランカで最初に仏教が伝えられたという聖地。ジャングルに眠っていたままだった遺跡群が1934年に発見され、その後重要な聖地のひとつとして多くの巡礼者がやってくるようになったそう。この時、仏教伝来の日と伝えられる6〜7月のポーヤデー(満月の日)が近かったので、その準備が進められていた。ポーヤデーにはポソン祭りが行われ、何千人という信者が国中からここに集まり、集団となってミヒンタレーの山を目指し、頂上に登って満月を拝むというのだ。




ミヒンタレー1ミヒンタレー3こんな感じのところをちょろちょろっと登る。
スリランカで寺院などの参拝時は、履物、帽子を脱がなくてはならない。
炎天下。アツアツ。
裸足だと、熱くて歩けない。が、観光客の靴下はOKなのだ。
むかーしむかし、アヌラーダプラ王がこの地にシカ狩りにやってきた。この山の神デーウァが、王と仏教を広めるためにインドから訪れていた王の息子マヒンダを合わせるため、シカに身を変えて現れ、王はこのシカを追い、マヒンダのもとへ導かれ、そこで二人は出会い、問答の末、仏教に帰依し、またたく間にスリランカ全土に仏教が広まったという話が伝えられている。王とマヒンダが出会ったのが、インビテーション・ロックの山頂。6月の満月の日、ポーヤデーなのである。
旅の安全祈願
なんてロマンのある話ではないですか!ギリシャ神話はゼウス様がわりとふざけたお方だったから、笑える話も多かったけど、仏教とかだと、そんなおふざけは無さげですな。
写真はインビテーション・ロックの対面にあるマハー・サーヤ大塔のある丘に登って、これから始まるスリランカ旅の安全祈願をした。
ここにある仏塔の中には釈迦の髪が祀られているんだって。



落とす安全祈願をした理由は・・・
インビテーション・ロックに登っていくと、風が強くなった。そんな中、段差が大きいところを、よいしょ、と踏み上げたとたん、Tシャツの胸元に差していたサングラスがあれぇ〜っと落下し、インビテーション・ロックの隙間に落ちてしまったのだ。
あぁ・・・オークリーさん、ごめんなさい。安もんじゃないのにぃ〜。まだ新しいのにぃ。まだ旅初まったばかりやのにぃ。って、いろいろ思ったけど、しょうがない。不注意だったアタシが悪いのだ。自分に言い聞かせて、頂上まで上がり、景色を見て降りていくとき。
まだ未練があったアタシは、落ちたあたりを上から覗いて「取れたりしーひんかな」とつぶやく。それを聞いた安藤センセがどれどれ?と覗き見ると。お?意外といけるかもよ!って下から回って(写真)無事サングラスが返ってきた。しかも傷なく使える状態で。
さすが仏の国だわぁ〜ってことで、なんでもお祈りし、感謝する(笑)

ミヒンタレー犬ミヒンタレー犬2ミヒンタレーのエリア内をじっくり観察し、行きとは違う参拝ルートで帰ろうかとしてたら、あるはずの道が見つけられず、うろうろしていたら、不思議な出会いがあった。
私たちと付かず離れずの距離感で、なんとなく道案内してくれるワンちゃん。止まったら止まる。進んだら進む。決して目を合わせない。そして、目的地に来た時に、私たちからすーっと離れていったのである。
スリランカにはこういった放し飼い?野良?の犬が多くいる。いろんな犬にであったけれど、こんな不思議な空気のワンちゃんはこの子だけだった。ありがとう。

コッツ遠足でミヒンタレーに来ていた小学生たちに囲まれ、ハローハローと連呼されながら戻り、タイミングよくバスも待っていてくれ、これまた帰りもスムーズだった。ランチ抜きだったので、早めの夕食をとろうとバスターミナル付近の食堂に向かう。何軒か並んでいる中、ビールある?と聞くもNOばかり。しょうがない、炭酸のスプライトで諦めよう。この時は「コットゥ」という辛くないスリランカB級グルメをいただく。美味しかったけど、量がとんでもなく多すぎて、残した分はお持ち帰りにした。
ビールは諦めてない。スーパーなら酒屋が入っているはず、とバスの中から見ていた街中のスーパーに行ってみたら。当たりぃ〜。ライオンビール500ml缶を2本とオレンジジュースをゲットして、銀行ATMに寄って、街をブラブラしながらホテルへ徒歩で帰った。ライオン1缶160㍓。安っ。オレンジ濃縮ジュース1.5ℓ(輸入物)450㍓。高っ。


列車の移動

フォート駅6月22日
早朝4時前に起床、5時までには駅に到着しておく予定で動いた。4時は日本時間7:30となるので、カラダはまだ日本タイムの私たちは自然に起きれた。
コロンボフォート駅まで真っ暗な中 歩く。
ホテルからは歩いて10分もかからないところ。道もわかりやすく、トゥクトゥクの営業をお断りし、私たちの旅の基本「歩き」でゆく。
早朝だから、人も車もバイクもトゥクトゥクも少なくて、道は歩きやすかった。
駅に着くと、まだチケット売り場が空いておらず、窓口はどこも行列で、到着する列車はあるので思ったよりも人でごった返していた。  本日の目的地はアヌラーダプラ。
コロンボから列車でインターシティー(急行)を使えば3時間半の予定。1・2等専用のチケット窓口に並び、やっと順番が回ってきたかと思いきや、インターシティーは窓口が違う、17番だよ、と。おっときたぁ〜。そうかな、そうかなぁ〜と思ってん。(誰かのブログに書いてあった)で、事前に怪しんでいたカウンターの方にたどり着いた。なんせわかりにくい。ほんまわかりにくい。人に聞くしかない、の世界だけど、スリランカの人は親切に教えてくれる。
チケットまず、スリランカ鉄道はネットでの予約ができず、予約でも窓口購入しかない。列車の本数も激的に少なく、予約できる席数も少ないというのに・・・日本でいろいろ調べてみたが、現地で予約購入してくれる代理店はあったが、かなりの手数料を取られるため、そんなバカバカしいことはできない私たち。で、現地でええかぁ〜。もし乗れなかったらバスもあるしね、と余裕をぶっこいていた。
「アヌラーダプラまで5:45発のインターシティー、2等を2名分」と告げると、この列車はもう満席だという、HPで表示している2等3等の自由席は無く、全て1等か2等の予約席となっていたのだ。次の列車は大丈夫だというので、6:35発のインターシティー2等予約席をゲットできた。事前にネットで調べていても、違っていたり、変更なんて当たり前。出発前に日本でスリランカ鉄道のHPで調べた料金から約6倍以上してたもんね〜。んで、ネット予約はできないのに、快適なインターシティーはほぼ1週間先まで満席になってたもんね〜。海外からくる観光客はどうしたらいいのだ?と考えてしまうが、それがスリランカ。鈍行列車もありますし、バスもありますから。ゆっくり旅してくださいな、ということなのでしょうか。
こういう事情もあり、スリランカではツアーでまわるか、個人旅行でも車をチャーターして移動する人が多いのである。
駅時間ができたので構内の日本で言うカフェにふらっと入ってみた。そこでおじちゃんたちに囲まれて、スリランカ初「ミルクティー」とパンをいただく。噂通りの甘いミルクティーだけど、紅茶が濃くてうまいのなんの!!!ここでお気に入りとなった。写真は乗れなかった5:45発の列車、おぉ!スリランカの列車も古いけど、まだええやん、と思ったのはこの列車だったからで、私たちの乗った列車はもっと古くて、なんとエアコン無しのいつの時代やねんっていう列車。横揺れはもちろん、縦揺れあり。名古屋⇔長野間の「しなの」が数百倍快適に感じる。空けた窓からの風は気持ちいいが、髪の毛はボウボウに。そんな中でもいろんな売り子が来たり、爆睡してる人もいたりで、スリランカの人にしたら、これが日常なんだと感じた。そんな風景を楽しみながら、到着時刻を大幅に遅れ、11時すぎアヌラーダプラ駅に到着。所要時間4時間半、移動距離200舛任劼箸700ルピー(500円ほど)。すごいでしょ。
今やスマホのGPS機能で、現在地がわかる為、どこで降りるとかを判断しやすくなったけれど、ちゃんと車掌さんが、次、降りるんだよ、と教えてくれた。
わぁ〜い、着いた着いた。

旅のはじまりです

成田スリランカ航空出発〜!!
午前11時すぎ、スリランカ航空でコロンボへ
約9時間のフライト。やっぱり直行便はラクでええわぁ〜。
日中のフライトとなるので、眠気はこず、ビール飲んで、ワイン飲んで、映画を観続けるも、あんまり好みの映画がなく残念だった。機内食はまぁまぁ。
そろそろお尻が痛くなってきたなぁ〜って時に、到着した。
現地時間17時すぎ。日本との時差は3時間半。
ビザは事前にネットで取得してたし、乗ってきた飛行機は満席ではなかったからか?こんな空いてるイミグレーションは初めてじゃね?ってくらいに人がいなくて、さらさら〜って入国できた。
荷物はなかなか出てこなかったけど、直行便だからロストバゲージの確率低いもんね〜っと、余裕で待てる。去年のターキッシュエアラインは、ロストバゲージが多いことで有名だったし、乗り継ぎやったから、ハラハラしたもんなぁ💦
で、荷物をピックアップし、まずは両替を少ししてスリランカルピーを手に入れた。
タクシー空港からコロンボまでは離れているので、明るかったらバスで行こうと思ったけど、暗くなりそうだったので、とりあえずは安全にタクシーで行く事にした。両替所の横にタクシー配車カウンターがあって、そこで「コロンボシティーホテルまで行きたい」と伝えて配車チケットをもらう。チケットにはタクシー番号が書かれていて、乗り場に行ってその番号の車に乗る。降りる時にドライバーに支払うというシステム。料金もエリアごとに決まっていて、カウンターに掲示されているので、ぼったくられる心配はないし、利用しやすかった。コロンボフォートエリアまでエアコン付きタクシー2,700ルピー+高速代300ルピー。高速はドライバーが高速を使うか?使わないか?と聞いてくる。スリランカの渋滞事情を説明されたので、「ハイウェイプリーズ」でお願いすることに。
タクシーチケットを手にして、次はSIMカードのカウンターへ。もちろん、ガラケーのアタシには関係ないが、安藤せんせが手続きをすすめてると…日本で設定してきたはずなのに、ロックが解除されなぁ〜いなんで?なんで?ともたもたしてると、タクシー乗り場のアテンドの人が、なかなか乗車しにこないあたしたちを探しにやってきた。ちょっと待ってもらうも、ロックは解除されなかったので、SIMカードは諦めることとし、「では、行きましょか!」と空港をあとにした。後になぜロック解除ならなかったのかは判明(笑)
到着日
1時間ほどでコロンボのホテルに到着。
荷物を置き、ビールが飲めて、スリランカフードのあるおすすめレストランは?ってフロントに聞き、教えてもらったとこへ向かった。
スリランカは宗教上、お酒を飲まない、たばこを吸わないという人がほとんどなので、ビールが飲めるところは限られているのだ。でもライオンビールっていうスリランカのビールがあるんだけどね。
とにかく、明日は早い出発となるので、さくさくっと飲んで、スリランカカレーを食べて、休むこととした。
写真はダッチホスピタル裏側。この辺はバー&レストランが何軒かある。

ただいま。

スリランカ旅旅から帰って参りました。
今年の行先はスリランカ。スリランカで8つあるなかの6つの世界遺産と3つのビーチを巡り、そしてカレー&紅茶にかこまれた日々を送ってきた。
まさしく、旅行ではなく「旅」となったスリランカでの一ヶ月。昨年や一昨年に旅したヨーロッパのような便利さはなく、「修行ぢゃねぇの?( ;∀;)」っていう部分も多発し、修行の旅となったのであった。
それもまた旅の楽しいところ。快適ばかりでは気づかないことって、ホンマにある。その時は涙ちょちょぎれそうになるけれど、過ぎてみれば笑い話になる。そんな意味で、今年は(今年もか?)話題タンモリの旅となった。
スリランカに滞在中、日本人はもちろん、世界中からの観光客らしき人は少ないな、と多く感じた。私たちが移動手段として活用していたバスでは、数えれるほどの観光客としか一緒にならず、常に地元の人に囲まれていた私たち。スリランカの人達のやさしさに、たくさん助けてもらい「笑える修行の旅」となった記録を綴って、何かを伝えれたらな、と思う。

帰国して、日本の蒸し暑さに頭もカラダもビックリしたところへ、ゆり父が、これから病気と向き合うことが判明。いろいろ、いろいろ、想うこともあるけれど、頭もカラダもぐーるぐるやけど、自分のできる事をしっかりしよう、と思う。
現在、NZツアーに向けてのガイド案内も前回バージョンから改正中!!! 来月、雪の上に立てるんだぞぉ!5日間の滑走だけど、内容濃く、実りあるスキーとなるように、準備はしっかり整えます。ご参加の皆さま、順次ガイド案内をお送りしていきますので、楽しみにしていてくださーい。

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スノクエ

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力を抜いて自分らしく生きている日々を記録する日記。だから毎日書く日も書かない日もある。さらりとご覧ください。冬季は長野県菅平高原でスキースクールを運営。スクールカラーは基礎・コブ・オフピステなどスキーを楽しむためのレッスンを展開する宿泊型スキースクール。ホームページでも自ら感じたスキー情報などを発信中。
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