エチオピア紀行

エチオピア飛び込み営業ミッションに行ってまいりました。

エチオピアははじめてでしたが、平和で(ケニアと違って、ちゃんと道を歩ける!)、文化も深く、人もやさしくまじめそうだし(西アフリカでいうと、ブルキナ系)、奥ゆかしい国で、すっかり好きになりました。

首都のアディスアババ

IMG_3216

エチオピア正教のお坊さんらしき人もいます。

IMG_3264

アディスアババを少し出ると、テフ(インジェラの原料)、小麦、大麦などの畑が広がる気持ちよい高原地帯。

IMG_3296

また来たいと思います!


営業では、9社とアポイントメントを取って、うち4社が投資案件に繋がりそうなので、なかなかのヒット率で満足。まあ、「なんか一緒にやりましょう、インシャアーラ」となってから3年くらいかかるのがアフリカなのですが。。。

人口が90 million、ビジネス界では英語がそこそこ通じ、がんがん経済が伸び、そのくせ一部の財閥を除いては中規模の会社が点在している感じなので、伸びしろのあるダイナミックな起業家に投資をして、M&Aでの業界のconsolidationも絡めて成長させる、というような面白い投資もできそうです。

経済は、かなり政府主導のようで、それはそれでうまくいっているみたいです。大きな企業は国営企業が多いようですし、たとえば銀行などは外資に開放されていません。なので、うちも現地通貨建の融資ができず(外貨を稼いでいる輸出企業向けにドルで貸すか、現地通貨で株式投資をするかどちらか)。為替レートをコントロールしていることもあって、外貨準備がかなりかつかつらしく、パスタ工場に会いに行ったときは、需要がめっちゃ伸びてるのに、外貨規制で、海外の小麦が輸入できず、国内産の小麦生産が十分でないので、生産できません、みたいな渋いシーンにもお目にかかりました。

IMG_3292
(アディス郊外の工業地帯)


色々面白い会社にあえました。大きなビジネスの大半がインド系に握られているケニアや、レバノン人が幅をきかせている西アフリカと違って、エチオピア人の面白いアントレプレナーがたくさんいらっしゃいました。

初日は畜産デー。ドバイやサウジ向けに冷蔵の羊とヤギ肉を輸出している屠殺場を訪ねたり(HACCPやISO22000を取得していて、とてもきれいな工場でした!)、養鶏場を訪ねたりしました。養鶏場では、鶏肉はお祭り用でそこまででもないが、卵の需要がかなり伸びているらしく、卵の増産に数億円投資するとのこと。社会主義時代に空軍の軍人で、軍縮でクビになって、オランダ人の宣教師の小額の融資で1000匹の鳥を飼ったところからスタートした、気合の入った起業家さんでした。

IMG_3249

2日目は、タクシーをチャーターし、切花の農園を訪ねて、アディスアババから150キロ離れたズワイという街へ。長距離ドライブなので、眠くならないよう、ちょっと合法麻薬的な葉っぱを噛みながらいきます。私も助手席で寝るとドライバーさんに申し訳ないので、少し頂きました。この葉っぱは、ケニアでも売っていますが、試したことはありませんでした。エチオピア産のものが高級で、ケニア、ソマリア、イエメンなどに輸出されているそう。ピーナッツと一緒に頂き、なんか頭が軽くしびれて思考が明快になる感じです。眠気は一発で覚めました。締めは、道路沿いのコーヒーショップで、エチオピアンカフェをいただきます。

IMG_3274

IMG_3288

ズワイに行く途中の湖に咲く、なぞの紫の花

IMG_3286

大手の加工食品会社も訪問。「完璧なタイミングできてくれた。ちょうど地元の銀行の手続きの煩雑さにイライラしていたところだったので、御社からの融資を検討したい」というスラムダンクなミーティング。

コーヒーの最大の輸出業者のひとつにもお会いできました。アリさんというムスリムのエチオピア人で、サウジアラビアからのイスラム調の家具の揃った豪華なお宅でお昼をご馳走になりました。日本への輸出を増やしたいとのこと。アルッハンドゥリラー。

協力隊員のみなさんともお会いしました。活動やエチオピアでの生活の様子など興味深いお話が聞けましたし、フィールド調査団も発足の運びになりそうです。

最終日の土曜日は、アダディ・マリアムという12世紀に一枚岩を彫りぬいて作られた地下教会に行ってきました。なかなか荘厳な場所でした。

IMG_3304


次回訪問する際は、地方も行ってみたいと思います。

タンザニア北部出張

タンザニア北部(ウガンダ国境)のブコバという街へ出張。協力隊もいない辺境の街(セネガルでいうとケドゥグとかマタムな感じ)。

ムスリムのインド人のご家族が経営する食品会社を訪問。ブコバは、ビクトリア湖が一望できる美しい街でした。

IMG_3174

IMG_3164

IMG_3184

ミーティングのしめは、コーランの講義で、英語版のコーランをお土産に頂きました。あっるはんどぅりらー。

帰路は、ダルエスサラーム経由ではなく、ウガンダのエンテベへ飛んで、そこからナイロビに戻りました。エンテベで少し時間があったので、街に出てウガンダ食も食べました。鶏スープと食用バナナをフフ的に練ったものがやたらおいしかったです!

IMG_3198

そういえば、ひとつうれしいことが!

ワシントンDC・ダカールと一緒に夜なべをしながら色々な案件を一緒やってきた腐れ縁のガーナ人のサムが、当社のアフリカ農業ビジネス部門の部長になりました。

アフリカに来て、つくづく、「人間の徳」というものが、案件のタームやストラクチャリングより余程大事なあと痛感する日々で、そういう意味では徳を積んだサムのリーダーシップは、我々のチームをより強くしてくれるだろうと嬉しく思います。

サムは、ガーナ北部のブルキナ国境の寒村で育ち、ガーナ大学を出て(欧米の大学出身が多い当社で珍しい)、やし油の石鹸工場の工場勤務から、エコバンクの銀行員になって、世銀に入ってきたという努力の人。博士号も夜間でとって、博士論文のテーマは、ガーナの小規模起業家400人を調べて、どういう人が成功して、どういう人が失敗したかを、要因分析した涙なくしては読めない大作。

こういうのがアフリカで積んだ徳で、落下傘的に欧米から来て大所高所をblah blahと語るエキスパットには出せない味だと思います。早速ケニアに出張してきて、詰まっていた案件2件で、お客さんを説得して前に進めてくれました。私も、腰ぎんちゃくのようにサムに色々入れ智恵をして、チームを強くしていきたいと思います。

IMG_3201

アフリカ出張に役立つ持ち物について

ときどき、『「アフリカに急に出張してこい」といわれたんですが、どうしたもんでしょうねえ?』というご相談を受けることがあり、今日は、ビジネスパーソンのアフリカ出張に役立つ持ち物について書いてみたいと思います。

自分が男なので、特に男性のみなさんに参考になればと思います。ちなみに、奥地への厳しい出張はJICAのンボテ飯村隊長のブログをご参照ください。僕が今回書くのは、主に、首都や地方都市等、ある程度のビジネスインフラがあるところの出張向けです。

スーツケース

複数カ国に移動する場合は、絶対にすべて手荷物にするのがお勧めです。アフリカ域内の乗継メジャー空港である、ナイロビ、アディスアベバ、カサブランカ(モロッコ)、ヨハネスブルグは、荷物なくしの名所。スーツなどはかさばり、持込の小型スーツケースに入らないこともありますが、ガーメントケースに入れて、強引に持ち込みます。アフリカのおばちゃんたちも、大きな荷物(商売用の商材とか)を手荷物で持ち込み、荷物入れにいれようと頑張るので、それを押しのけていきましょう。

IMG_3325

IMG_3208

基本は全部持ち込みと申し上げましたが、日本発・アフリカ行きで多くの方が使うエミレーツは、やたら持ち込み制限があり、キャリーオンのスーツケースも預けさせられてしまうことがあるのでご注意を(まあ、エミレーツなら荷物をなくされる心配はあまりありませんが)。

陸路移動の場合は、四駆の後部に砂が入ってきてスーツケースが砂まみれになるので、汚れてもかまわないスーツケースがお勧めです。

洋服

フォーマルなスーツを持っていくのは荷物になるので、正式な会議でも、屋外の現場でも使えるクールビズ系(もう死語でしょうか?)の格好がお勧めです。チノパンにワイシャツ、薄手のジャケット、という感じです。ネクタイ は、政府系の人に会う場合はあったほうがいいので、一本入れていくとよろしいです。

靴はゴム底の革靴や、ビジネスシューズ風スニーカーが、色々な場所に対応できて便利。フォーマルに見えつつ、底がごつくて農場もいける写真の靴が最近のお気に入りです。

IMG_3326

ケニアなどの高地の冬(南半球は6月から8月)は10度台半ばまで冷え込んで寒いので、何か羽織れるものあったほうがいいでしょう。

傘は不要。小雨の場合はみんな気にせず濡れて歩きますし、大雨が降ったらそもそも歩けませんし、車での移動か、雨がやむまで待つか、どちらかの場合が多いです。

あとお勧めなのは、ユニクロの夏用肌着。これは涼しいし、洗濯してもすぐ乾くし、便利です。

スニーカーかサンダルもあれば便利です。

上級者編 ブブ(西アフリカでメジャーな長衣): 洋服より圧倒的にすずしく、パーティーやフォーマルな場でも通用する。

IMG_1286

小物編

コンタクト液は現地で手に入りづらいのでもって行きましょう。

電源用の変換プラグ(南アだけ特殊な形状をしていますが、他の国はC型かBF型なので、電器店に売っている万能プラグでいけます)。アフリカのプラグ形状の詳細については、こちらのサイトご参照。

サングラス: 東部アフリカなど標高が高いと紫外線が強い

薬: 僕は正露丸を時々もっていきます。不安な方は、マラリア予防薬とか持っていくのもいいでしょう。蚊にさされないように気をつけていれば大概大丈夫ですが。そこそこのホテル(50-100ドル以上)に泊まる場合は、スプレーで対策してあるか、蚊帳があります。ちなみに、僕も含めた長期駐在者は、予防薬を飲んでいない人がほとんどだと思います。

USB - アフリカのビジネスパーソンは、「その資料、あとで送っといてくださいね」とお願いしても、絶対に送ってきません!その場でUSBでもらっておくのが賢明です。

書類・貴重品

パスポート、ビザ(ビアはほとんどの国で必要です!ケニア・タンザニア・エチオピアなど国境で取れる国もありますが、基本的には時間に余裕を持って取っておくのがおすすめです。)

IMG_3210

黄熱病注射の証明書(ケニアなど大きな国以外は、基本必要だと思います。ないと空港でいきなり注射打たれたり、さもなくば賄賂になりますので、ご注意を!)

現金(ドルかユーロが両替に便利)。クレジットカードでATMなどを使い現金を下ろすこともできますが、使えない場合に備えて現金が安心です。

* * *

以上です。アフリカといっても、ビジネス出張の場合は、割と普通の持ち物でなんとかなりますので、どうぞご安心を!!

Bon voyage!

現場復帰とタンザニア出張

3ヵ月半のニューヨーク子育てミッションを終えて、ケニアに戻って現場復帰です。

早速タンザニアに営業に行ってきました。イリンガという内陸部の街へ。小型セスナで飛びます。二つあるうちの操縦席のひとつが空いていたので、座らせて頂きました。パイロットさんは、離陸して航路を確定したら、新聞を読んだり、スマホをいじったり、ファンキーな感じです。

IMG_3136

イリンガには乳業の会社があり、イエメン人のオーナーから会社の拡大戦略は資金需要について聞き出します。ただアラブ系の会社は信頼構築に特に時間がかかり、まだしばらくやり取りをして投資案件に繋げていく、という我慢が必要そうです。マンデート獲得まで、あと何回か通うことになりそうです。

IMG_3153

イリンガには、イギリス人の女性が始めた障がい者のみを雇用するレストラン兼お土産屋があります。障がい者160人を雇用していて、乳業会社の社長いわく、「この160人は2000人の雇用に匹敵するすごさだ」と言っていて、まさにそのとおりだと思います。

レストランの雰囲気も料理もかなりのハイクオリティー。トマトスープと鶏肉とウガリを頂きました。ウェイターさんが耳が聞こえないので、オーダーは紙に書いて行います。お土産屋も地元のカンガ布を使ったノートやぬいぐるみ、洋服など多彩で、品質勝負で人気が出ているそうです。

IMG_3140

IMG_3144

Neema Craft Cafeというところで、障がい者関連をやっている協力隊員のみなさんはチェックして見てはいかがでしょう?
http://www.neemacrafts.com/

<工房の様子>
IMG_3148

<今回買ったお土産>
IMG_3159

首都のダルエスサラームに戻って、別のアラブ人の食品会社を訪問。2年前からお付き合いがある会社で、アラブ料理とアタヤ(甘いお茶)をごちそうになりながら、新規事業の話などを伺いました。オーナーの方も、当社の営業努力を認めてくれて、息子のようにかわいがって頂いており、有難い限り。新しくオープンする食用油とマーガリンの工場予定地を訪問。ところで、工場訪問中にこのオーナーの方が二回ほど手をつないできたのですが、これは単純に親しみの表れと見てよいのでしょうか?アラブの文化に詳しい方、ご教示ください。

しばらくナイロビで事務仕事や当地の会社の営業等を行い、来週はタンザニア北部、その次の週はエチオピア営業です。

IMG_3119

<ダルエスサラームの高級ホテルからの眺め>

ガーナ北部での協力隊ガーナ調査団合宿に突撃

週末を使って協力隊調査団ガーナの合宿に参加してきました。舞台はガーナ北部のタマレ。

ガーナは、セネガル・ケニアと並んで、協力隊調査団がもっとも活発な国のひとつで、調査団のハートランドのひとつになりつつあります。頑張っているガーナの隊員たちと話してみたかったので、強行軍で行ってまいりました。

ケニアからガーナにはケニア航空の直行便が出ており、金曜の朝一の便でケニアを経つと、お昼にガーナに到着します。午後は会社のガーナ事務所で仕事を片付け、夜は、調査団のアクラ在住調査団メンターや、JICA・大使館の皆様方と、ガーナ料理を囲みながら前夜祭。メンターは、現地の投資ファンド、国連、石油関係の会社など、さまざまな分野のプロフェッショナルたちです。外交官の方で、タマレ近郊で幼稚園をNGOで運営されている方がいて、その方のお話も超熱かったです。

土曜朝にメンターたちと一緒に、飛行機で北部の街タマレに向かいます。飛行時間は約50分。

タマレ空港で、協力隊員10名強と、タマレ在住でWorld Food Programで農業専門家として活躍されているKazさんご夫妻と合流。

日中は、シアバターの工場と、前述の外交官の方がはじめた「My Dream」という幼稚園を訪問。

<シアバター工場>
(当稿のフォトクレジットは、すべて協力隊小倉キャッスル隊員)

IMG_5213

IMG_5212


幼稚園は、村の人たちによる村の人たちの幼稚園、という形でしっかり運営されている様子で、子供たちのdisciplineなどもしっかりしていました。子供たちは、とてもかわいい歌で僕たちを歓迎してくれました。学校のスタッフや村人たちは、村の若者たちはいい職を求めて都市に出てしまう、だから先生が足りない、などのチャレンジの話をしてくれましたが、収入源がなかなかない村でここまでやるのは本当に素晴らしいと思いました。

IMG_5363

IMG_5520

村の感じは、セネガルの村にそっくり。きのこハウス(カーズ)もあります。これでバオバブが生えていれば、セネガルとまったく同じ景色です。気温は40度近くで体中の水分が抜けるかと思うくらいの暑さですが、なんだか癒されます。

Village


訪問後、Kazさんのおうちで休憩し、夕方から、勉強会に突入。Kazさんの家は、飲み屋にあるようなビール専用の冷蔵庫があったり、なんかバックパッカーが集まるドミトリーのようないい雰囲気です。停電だったので、みんなのパソコンにデータを移して、パソコンの場面でプレゼン資料を見ていきます。

IMG_5588

勉強会では、僕がマーケティング講座を行い(キャンサースキャン福吉社長がケニア隊に説明してくれた、”Positive Deviance”を中心に)、油田への機器供給の仕事をされているAさんがガーナの石油産業についての説明、国連で難民キャンプでの職業訓練をされているMさんが、ボストンコンサルティング・コンゴの日本大使館・国連、と回ってきたご自身のキャリアに触れながら、キャリア講座を行ってくださいました。

隊員たちも熱心に聞いてくれて、気合がはいったようです。

ガーナ人への効果的なインタビューの仕方など、隊員同士のディスカッションも興味深かったです。隊員たちを見ながら思ったのは、活動の疑問への答えは協力隊の中にある、ということ。
調査団というプラットフォームを利用して、隊員同士の横のつながりが強化され(ひとつの国の中だけでなく、国境を越えて)、活動のヒントを交換しつつ、調査団が「隊員による、隊員のためのもの」になっていけばいいなあと思います。

メンターは答えは持っていないけど(まあ、世銀の一職員ごときが隊員に役に立つアドバイスができる程度なら、今頃アフリカは豊かになってるし。。。また、隊員たちが日々格闘している課題はそんな軽いものじゃない)、答えのない開発という業界で一緒に悩む(あるいは先を走る)者たちとして、悩みを共有し、自分が走ってきた中で役に立ったことなどを隊員たちとシェアしていければいいのだと思います。


勉強会のあとは、ガーナ北部名物ホロホロ鳥などを囲み、めくるめく飲み会が行われたことは言うまでもありません。


超濃密な2日間でした。お世話になったガーナ協力隊、調査団メンター・サポーターの皆様、楽しい時間をありがとうございました!引き続き、ガーナから熱い活動・発信をお願いしたいと思います!

最後に、一緒に志を追う仲間たちが世界中にいるって、なんて素晴らしく、そして有難いことだ、と思いました。

IMG_5302

キベラ・スラム訪問

東アフリカ最大のスラム、キベラに行ってきました。

早川さんという方が運営しているマコゾ・スクールを見学。500人くらいの子供たちが通っています。スラムの家庭訪問もしましたが、衝撃的なくらい厳しい環境。アフリカに来て5年たちますが、ここまで貧困を文字通りあらわした状況は見たことがなく、ただただショックでした。

IMG_2463

6畳一間に十人家族が住んでいて、トイレのアクセスもままならない。限られた収入源、どんどん上がっていく家賃。でも、みんな事情があってスラムに流れてついているわけで、故郷に帰るわけにもいかない。そして、スラムに人が集まっているから、人々相手に商売をしたり、ぎりぎりでも生きていくためのつながりはある。

そんな中、女手ひとつで子供を5人育てているたくましいママなど、それぞれの事情を抱えながらも生きている人々を見て、感銘を受けました。

過去20年以上継続してキベラで活動を続けておられる早川さんにリスペクトです。まさにアフリカLoveを地でいっている方です。

マコゾ・スクールでは、一緒に空手をやる機会も頂きました。子供たち、めっちゃ元気です。

IMG_2623 IMG_2560

子供たちもある程度の年になると、「このままスラムで頑張っても。。。」とぐれる子供もいるそう。それを真っ直ぐにするにはスポーツだ!と考えておられる先生もいらっしゃって、また来てください、空手教室続けましょう、とお誘い頂きました。「スクールウォーズ」の伏見工業のラグビーみたいに、「スクールウォーズ・キベラ編」で空手ってのも熱いかもしれません。


写真は、学校で見せて頂いたケニア西部ルオ族の踊り。

IMG_2482

コンゴ南部再訪

コンゴの農場案件のため、コンゴ南部のルブンバシを再訪してきました。今回の主なゴールは、環境専門家と一緒に、プロジェクトの環境・社会面でのインパクト評価をすること(環境デューディリジェンス)。アフリカでの大規模農場案件は、公正・公平な手続きを経て現地の住民を巻き込んで土地を取得しない限り、NGOなどから「land grab」(貧しい人たちからの土地の収奪)と批判されます。そういった住民との関係でリスクがないか、あるとしたら、どのようにマネージすべきなのかを考える、というのが今回のミッション。

何度コンゴにいっても、感銘を受けるのが空港のカオスな様子。今回も、死んだ魚の目をしたようなおばちゃんが、パスポートコントロールにいて、遅々として作業進まず。「職業は?」と聞かれて「バンク・モンジャール(世銀だよ)」と言った瞬間、おばちゃんは「あんたはコンゴにどかっとお金を落としてくれるのね?」と聞き、「もちろんだよ、ママ(コンゴでは女性をママ、男性をパパと呼ぶ)。ドカッと落とすから、まかせておいて」と言うと、今までの死んだ魚みたいな目がランランと輝き、パスポートに晴れてスタンプが押されたのでした。

押しあいへしあいして、荷物受取場の喧騒を抜け、空港ビルを出ようとすると、官憲に「そこの中国人、荷物をあけよ」と袖をつかまれる。ここも、フランス語とスワヒリ語を混ぜて「パパや、よく聞きたまえ、日本はコンゴの大いなる友人なのである。その証拠に僕のスーツケースにはコンゴの偉大なるビール、テンボとシンバとプリムスのステッカーが貼ってあるであろう」とわけのわからない理屈で逃れる。こういうノリで許してもらえるあたり、セネガルと似ています。ケニアのような英語圏の国ではこうはいかない気がします。

<ルブンバシの街。プリムス・ビールの模型が迎えてくれます>

IMG_2364

晴れて空港を抜け出して、農場へ。

ちょうど雨期に入ってトウモロコシがぐんぐん伸びています。

IMG_2398


土地取得のプロセスで何か問題がなかったかの地元住民へのインタビューも興味深いものでした。

まずは、住民を代表するべく農場近隣の10個の村を纏めるチーフ(部族長)にご挨拶。部族長の方の家に伺うと、自動車や発電機などもあって、豊かそうです。円形の藁ぶきの集会場があり、そこで部族長を待ちます。5分ほどして部族長が、コールテンのジャケット、ケニアのカンガ布のような現地布のスカート、といういでたちで現れ、我々は慣習に従いうやうやしく両手で握手します。アフリカ5年目で、はじめて部族長と名のつく人に会うわけで、なかなか緊張しました。時間を頂いたお礼として、コカ・コーラ20缶を差し入れます。

ミーティングでの部族長のコメントはリーズナブルなものでした。

「御社の土地取得に関しては、私の先代の族長と公正に交渉されたうえで決まっており、ルールにのっとっている。そして、御社が農業ビジネスですぐにリターンが出ないことはわかっている。だから我々としても地域貢献のために学校を作れ、病院を作れ、などと過大な要求をするつもりはなく、村人のなかで雇用を生み出し、御社の農場と共に地域も成長していきたいと思っている」

大企業が地域に入ってくると、あたかも企業がATMのキャッシュマシーンかのように、無茶な要求をするケースもありますが、こんなまともなコメントで一安心しました。

土地取得の際、もめごとはありましたか?と聞くと、「ひとり無茶な村人がいて、0.03ヘクタールの小さい畑の代償に、ミニバス(ケニアでいうマタツ)を4台よこせと会社に要求して、裁判に持ち込んだ者がいて、当然裁判では要求が認められず、企業側の勝訴に終わった」とのこと。これを機に儲かるバスビジネスを始めようとしたその人の気持ちはよくわかりますが、アフリカの農場案件では、あるあるですね。

翌日は、地元の小学校に、10村の村長、地元のNGOの代表などを集めて、ミーティング。部族長がおっしゃったような感じで、特段の不満もなさそうで安心しました。ひとつ興味深かった提案は、企業側でラジオチャンネルを作って、地元住民向けに、農業のプロとして農業情報やアドバイスを放送してほしい、というもの。確かに日本の僕の地元でも、よく町内放送で、「今年は霜に注意してください」とか、「○○の品種のおコメは、そろそろ植え時です」みたいな情報が流れていて、こういうの、確かにコンゴであればいいなあと思います。

IMG_2392 - Copy

出張後半は、コンゴ南部の主食であるトウモロコシ粉の市場調査。マーケットに食い込んでじっくり行うことができました。

40 45

そして、今回の出張のハイライトは、コンゴのこの州の州知事様とのミーティング。当該プロジェクトが州にとって戦略的重要性を持つ、ということから、お時間を頂けました。この知事様、アフリカ業界では大変有名な方で、もともと輸入業者から身を立て、就任以降鉱物資源の輸出量を100倍にし、腐敗をぶったぎって税収を何十倍にもした辣腕の持ち主です。自前のサッカーチームも持っていて民衆にも大人気。今まで、失礼ながらアフリカの政治家でろくな方にお会いしたことがなかったのですが、この方のお話には心から感動しました。コンゴの希望です。ビバ、コンゴ!これからもコンゴに食い込んでいきたいと思います。

IMG_2300

コンゴ、行けば行くほど、奥深い国です。

ケニアのアントレプレナーに会う

日曜の午後、日本の友人の紹介で、Farm Driveというケニア大学のIT専攻の学生たちがやっているベンチャー企業のチームに会ってきました。

小規模農家と、投資家を繋ごう、というITのプラットフォームを作ろうとしている会社です。それができれば、当然ながら、農家が灌漑や肥料などの必要な設備投資を打てるようになり、農業の生産性が向上します。

彼らが賢いなあ、と思ったのは、農家と投資家と繋ぐ前に、携帯電話でも使える独自のITシステムで農家に売上と費用、トラクターや牛などの財産を記録した帳簿をちゃんとつけさせる、という活動をすること。帳簿づけがきちんとできてきた農家を、ITプラットフォームに登録していき、興味のある投資家(ナイロビなどの都市に住んでいる人や、小規模農家を応援したいと思っている先輩大規模農家)と繋いで、融資を実行します。

ちゃんと帳簿がつけられた農家は、きっちり商売をしてくれる可能性が高いでしょうから、投資家としては、なんのバックグラウンド情報もない農家に貸すよりは、貸しやすいはず。

融資金額は、10000円くらいを考えているとのこと。ケニアの小規模農家にはちょうどいい額で、銀行はこんな小規模の融資はやらないので、開発効果は大きいと思います。

農家の人が、そんなITプラットフォームを使うの?と質問をしたのですが、最近はケニアの一般の人たちにもスマートフォーンが急速に広まっているとのこと(i-phoneのようなものではなく、少し画面が大きくて3G/4Gでネットも見れる、という程度の単価5000円くらいの機種)。

まだ貸付フェーズまでいった例はないらしく、まずは融資の返済実績がどうなっていくか、不幸にも貸し倒れてしまった場合の対応を彼らがどうするのか、というのが見どころでしょう。また、それ以上に、ケニア各地の農民たちの帳簿付けのキャパシティービルディングをしていくのに膨大なマンパワーがかかるので、そのコストを、融資の仲介フィーでまかなったうえで儲けが出るのか、あるいはそれをやってくれるNGOなどのパートナーを見つけることができるのか、というところが課題なんでしょう。いろいろとディスカッションが飛び交い、楽しい時間でした。

こんな元気な学生たちがいるなんて、ケニアはすごい国です。

P1075094

協力隊任地訪問 – マーケティング講座編

あけましておめでとうございます。今年もEarth Colorをよろしくお願いいたします。

新年の抱負は、ケニアlove!と胸を張って言える一年にすること。まだまだ西アフリカ(特に仏語圏)loveを引きずっていて、西に比べてケニアは奥ゆかしさとあやしさと愛想が足りないと思う今日この頃ですが、まだまだ私がケニアにどっぷりつかっていない証拠なのだと思います。がんばってどっぷりつかります。


さて、ケニア協力隊市場調査団の活動報告です。先日、僕の大学院の同級生で、日本でソーシャルマーケティングの会社を経営しているJ君がケニアにきて、隊員の任地訪問・隊員向けのマーケティング講座を行ってくれました。J君は、昨年セネガル隊の応援にもきてくれており、貴重なマーケティングの知見をシェアしてくれ、ありがたい限りです。

初日は、ケニア中部の農村で活動している隊員と、小中学校で理数科教師をしている隊員の任地訪問。

農村では、農家の団体(農協みたいなもの)に会い、彼らが進めている灌漑プロジェクトの話を聞きました。この地域は降水量が少なく、灌漑を入れることで、農地の生産性が飛躍的に向上したり、野菜の値段が高いタイミングに合わせて生産できるなど、灌漑の効果は抜群です。もちろん、問題は導入と運営の費用で、最初の灌漑設備はJICAの支援でできたものの、それをより多くの農家が裨益するように、広げていくのが課題、とのこと。この団体のメンバーになると登録料と灌漑施設利用費を払い、それを元手に灌漑設備を広げていく、という仕組み。課題はあるものの、ミーティングが時間通り始まったり、こちらの質問にピンポイントで答えてくれたり、レベルの高い団体でした。協力隊員のサポートがしっかりワークしている素晴らしい例だと思いました。英語で会話できたのもあるけれど、ケニアの農村部でも農民(少なくても団体の代表者レベル)はしっかり教育を受けている感じで、ケニアという国の底力を感じた気がします。

IMG_2139

そこから、理数科教師の任地へ。数学の授業を見学しました。中学生が、1/4x – 2 = 5、みたいな一次方程式を解く、という内容で、生徒たちも外人たちがたくさん来て緊張していたのかもしれませんが、すごい規律のある授業で、先生の質問にもたくさん手があがり、感銘を受けました。少なくとも、僕が教えていたセネガル空手道場の子供たちよりは、よほど生徒たちのdisciplineがしっかりしていました。。。校長先生ともお話ししましたが、教育者らしいしっかりした方でした。

IMG_2145

授業のあと、生徒の一人の家に遊びに行きました。とうもろこし畑をかき分けて坂を上っていたところにある小さな家。こんな普通の家の子供が、しっかり勉強していて、一次方程式をきちんと解けるのは、すごいことだと思います。

この教育基盤の強さが、サハラ以南アフリカの中で相対的に強い成長を遂げているケニアの骨格になっているのでしょう。

***

夜は、隊員たちがJ君をかこんで、マーケティング講座。「行動変化が起こりにくい環境では、難しい環境でもなぜか行動変化を起こしている例外的な優等生(ポジティブ・ディービエンス – よい意味での「外れ値」)に着目、というのがテーマ。

こういった「変化を起こしている個人に着目」というのは、調査団の合言葉ですが、J君の話をもとに、あえてもう一度整理してみます。

マーケターは、「なぜウチの商品を買ってくれないのか。。。」と朝から晩まで悩んで、買わない人の買わない理由を探りたくなるのが自然な心の動き。

Marketing Slide_1

もちろん、ハッキリと買わない理由がある場合は、それを取り除けばいい。でも、難しいのは積極的に買う理由がないから買わない場合。例えば、街頭調査で、「自動販売機でジャスミン茶を買ってもらえる理由を調べています」と言われて、インタビューを受け、「以下の中から、あなたがジャスミン茶を買わない理由を教えてください - |傭覆高いから、▲僖奪院璽犬ださいから、そもそもあまり自販機にジャスミン茶がおいていないから」という質問をされたとします。でも、なんとなく買う理由がないのだから、こうやって聞かれても困りますよね。なので、「うーん、じゃあ、かな」みたいに適当に回答してしまうのです。で、の回答がたくさん集まったジャスミン茶メーカーは、じゃあ、流通業者にもっとマージンを出して、たくさん流通させてもらおう、という今一つ解決につながらない手を打ってしまうかもしれない。これじゃ、調査をやる意味がないでしょう。それよりは、大半の人が買わない中、それでもジャスミン茶を愛飲している人に話を聞いたほうが、ヒントが出るかもしれない。


Marketing Slide_4 Marketing Slide_3

実際に、この「ポジティブ・ディービエンス」の考え方を使って、ヒットを出した漂白剤入り洗剤の話や、がん検診受診率向上プロジェクトの話をしていただきました。

J君いわく、「隊員のみんなが起こそうとしている変化は、今まで村になかったことで目新しく、なかなか村人に受け入れられない。保健隊員が村の女性たちに妊婦検診を受けてほしくて、『なんで健康のためなのにきてくれないのー!』とがんばって説得しても、普通はなかなか動いてくれない。だからこそ、その中でも妊婦健診を受けている人に着目して、なぜ彼女たちが受けているかの理由を探ったほうがいい。また、村全体をいきなり動かすのは無理。でも、最初の10%の村人を動かすことはできる、そうやって先駆者が出ることで、残りの人々も動く」

また、「ポジティブ・ディービエンス」をもう少し学問的に説明した図も面白かった。

Marketing Slide_5

国際機関などは、無関心期の人たちを関心期に移そう、ということに力を入れている(啓発キャンペーンみたいな)。でも、本当に動かさなきゃいけないのは、準備期の人を実行期に移すこと。ただ、準備期の人をidentifyするのは、大変。なぜなら、彼らが無関心期や関心期の人たちに埋もれてしまっているから。それよりは、実行期の人に話して、なぜ彼らが最後の壁を乗り越えたかを理解したほうが、作戦が立ちやすい。

いい講義でした。ケニアの協力隊の人たち全員に聞いてほしかったくらいです。

***

隊員任地訪問のあとは、アンボセリへ。朝日に映えるキリマンジャロ、最高でした。

IMG_2187 IMG_2226 IMG_1271 IMG_2257

ケニア満喫週間

11月と12月の頭が怒涛の出張ラッシュで、ほとんどケニアにいられなかったので、12月中旬以降は、ケニアでゆっくりさせていただいています。

12月12日は、ケニア独立50周年の記念日でした。ケニアは1963年独立と、アフリカの中では比較的遅い独立だったんですね。夜は、独立記念の祝賀ライブに行ってきました。後輩の鹿児島みかん女子がトランペットで登場。ケニア人のバンドの中の唯一の外国人で、日本人だと紹介され、ソロもかっこよかったので、同じ日本人として誇りに思いました!ライブは20時開始予定が、2時間遅れで22時スタート、夜中の0時半に終了。まあ夜中2時スタート、4時終わりのセネガルライブよりはまともですね。

IMG_2113

協力隊調査団も展開しています。JICA本部からの出張者がいらっしゃったので、ナイロビから1時間半くらいのナイバシャという街の協力隊員の活動を一緒に訪問しました。

写真はスラムの様子。電気とテレビは通っていて、でも、カーズ(藁と土のキノコハウス)のセネガルの村と同じくらい貧しい。そして、背後の山の上に建っているのは、お金持ちの人たちの住宅やホテル。豊かな国の中のこの貧しさにやり場のない思いを感じる、そんな訪問でした。

IMG_2092


隊員が活動している女性グループとも議論。セネガル時代には語学の壁がありましたが、この女性グループは英語力は高く、徹底的に議論できました。にしても、こんなに教育レベルが高い人たちがスラムにいる、不思議な感じです。

以前、ナイロビのスラムで児童施設をやっておられる日本人女性の方がおしゃっていましたが、ケニアは「明と暗の国」。ケニア人は他のアフリカと違って民族服も着ないし、英語も達者だし、先進国化されている。でも、そう見える人たちも、実は一枚めくってみると、迷信や呪術を信じているし、どろどろした奥深いアフリカ的部分が出てくる。そして、政治や他民族の複雑さがそれにからんでくる。なんとも、奥深い国です。

みんながフラットで、貧しくもおめでたく明るいセネガルとは大きな違いです。


隊員さんが安全な水の確保について調べているので、浅井戸についての話を聞きます。

IMG_1744

夜はJICAの方と飲み。協力隊調査団の将来について大いに討論した結果、調査団の勝負所は、「現場知、ロジック、リーダーシップ」という三点に落ち着きました。リーダーシップの定義はいろいろと動きが遅い村でも村人
の支持を得て変化を起こす力、ということです。

* * *

ケニアについて知り始める一方で、ナイロビで西アフリカを懐かしむ会も開催されました。コートジボワール人の同僚の家で、コートジ料理の会。他には、ベナン人、ソマリア人2名、と集まり、全員が女性でしたので、東西アフリカ女子会に潜入、という雰囲気でした。料理は、プレ・ブレゼ(鶏の炭火焼)、ポワソン・ブレゼ(焼き魚)、アロコ(食用バナナ)、アチェケ(ヤム芋のクスクス)、そして懐かしのビサップ(ハイビスカス)とジンジャンブル(生姜)のジュース、とコートジの代表的な品々が並び、西アフリカ料理に飢えていたベナン人と一緒に感涙にむせびながら頂きました。トークも面白く、モーリタニアとソマリアの文化の類似点を考察したり、コートジの部族について語ったり、メッカに巡礼にいったら黒人だからと差別された怒りの話や、ソマリア人による東アフリカ新参者のベナン人と私へのケニア政治裏話のレクチャー、など盛りだくさんでした。お腹も心も満腹な会でした。

IMG_2127


今年もあっという間に終わりに近づいています。セネガルでの新年がついこの間のよう。3月の協力隊市場調査団の開始、夏のケニア異動、など、変化に富んだ一年でした。

みなさんも、よいお年をお迎えください。

IMG-20131210-00242

<写真: 雨上がりのナイロビにかかる虹>

livedoor プロフィール
Archives
最新コメント
アクセスカウンター

  • ライブドアブログ