2013年夏休み!

3週間お休みを頂いて日本に帰ってきました。心から最高の夏休みでした!

夏のキックオフは、チーム・ダカールの熱海合宿。2011年から2013年にかけて、所属組織は別々ながら共にダカールで過ごし、励ましあいながら頑張ってきて、今はアフリカ、アジア、日本など世界各地に散っている大切な仲間が集合。ダカールのときと同じように、よく遊び、よく飲んで、本当にいいエネルギーをもらいました。

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真鶴の活造り!ダカールの刺身とは一味違う!

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今はコートジボワールに駐在している「社長」とアフリカ事業について語ります。

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ホテルのベランダからみんなで見た花火は一生忘れない。

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最後までダカールに残っている僕が9月からケニア転勤なので、こんなケーキも頂きました!

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開発業界から、日本の観光にもっと海外のお客さんを呼び込むという志でホスピタリティー業界に転職した友人が、「一日一日が真剣勝負」という気合でがんばってる姿を見れたのも元気が出たな。

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勉強会系もたくさん出てきました。ハーバードのOB会でアフリカ投資について語り、JICAでの勉強会でのディスカッション、HUB TOKYOでの協力隊に関するディスカッション、などなど盛りだくさん。

ケニアナッツ創業者佐藤義之さんとの念願の出会いもありました(繋いでくれたIさん、ありがとう!)ケニアを皮切りに海外で起業しようとしている日本人若手向けの投資・アドバイザリーファンドを作ろうとされている熱いお話を伺い、喝が入りました。インド人やレバノン人や中国人は同郷同士で助け合ってお金を回しているわけだし、日本人もそういうコミュニティーがあってもいいんじゃないかと。そのとおりだと思います!

今話題のHUB TOKYOも楽しかった。Soketという世銀の同僚の金平君がやっている団体主催のアフリカの会だったのですが、一緒に登壇したスピーカーがまず熱かったです。先日のTICADや昨年の世銀・IMF東京総会の学生ボランティアの代表を務めた前田さん、英語圏アフリカの大使を歴任した堀内さん、ケニアで無電化村向け電化事業をはじめる秋田さん、Soket代表の金平君など。

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(フォトクレジット: HUB TOKYO Facebook Page)

僕は、本業の投資の話はそっちのけで協力隊市場調査団について語ってきました。これまではJICAや途上国関係者など、協力隊をよく知る人々へ話す機会が多かったのですが、今回はあまり隊員について知らない人たちに宣伝できたのが楽しかったです。反応はなかなか上々!まずは、協力隊への認識を高めてもらったこと、途上国のプロフェッショナル集団になりうるポテンシャルを持つ若者集団であるという認識を持って頂けたことが大きかったかな。「奥地前進」という隊員の合言葉に象徴される自主の精神(僕は「アントレプレナーシップ」と呼びたい)も大切にしてほしい、という隊員OBからの意見も頂きました。いろいろな方々が隊員活動に興味をもってくれています。隊員の皆さんは、ますます自信を持って発信していきましょう。

日本でキャッチアップしたいろんな友達も転職したり、起業したり、がんばってる刺激をもらいました。たとえば、前職の証券会社の後輩が、海外向けの日本語教育プラットフォームを立ち上げようとしていて、これもアフリカへのつながりが見えたりして面白かった。自分の元同期が会社を飛び出して、他社のマネジメント・ポジションを取ってるのを見るのも刺激になりました。

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3週間遊び倒したので、また頑張って働きます。西アフリカではタンカムちゃんが山のようなコートジボワール新規投資案件たちにまみれて瀕死のようだし、そろそろ助けにいかないと。協力隊調査団もセネガル2次隊のローンチしないといけないし、ガーナでもINSEADのMBAホルダーで現地の投資ファンドで働いている方から隊員メンターをやってくださるという連絡を頂いたので、ガーナ展開も近そう。

これだけ離れてると、アフリカが僕を呼んでいる気がします。この投稿はドバイ・ダカール便の中で書いているのですが、そろそろ飛行機がアフリカ大陸にさしかかろうとしています。今年もやるよ、アフリカ、かかってこい!

ナイジェリア小説のご紹介

最近、いいナイジェリアの小説を二冊読んだのでご紹介。

ひとつめが、最近亡くなったナイジェリアの超有名作家Chinua Achebeの代表作「Things Fall Apart」。イボ族のレスリングが得意な男「オコンクォ」を主人公にして、呪術的なめくるめく文化を描いた最初の章からはじまり、そこからオコンクォの流浪の人生がはじまり、イギリス人の宣教師が入ってきて民族の歴史が転換していく第2章・第3章と流れていく大河ドラマ調の小説。やはり西アフリカの文化は限りなく豊かです。コラの実を割り、ヤム芋の「フフ」がうずたかく積まれ、諸々のナイジェリア料理が並ぶ祭りのシーンや、精霊が登場するシーンなどは、とても惹きこまれます。ナイジェリアの「おかん」はイボ族のご出身なので、この小説をネタにイボ文化について語りたいと思っています。

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二番目が、「Half of a Yellow Sun」。ジンバブエ人同僚ののマタルカさんのおすすめ。彼は僕が知るバンカーの中でも心が豊かな人でとても尊敬しているのですが、彼と小説談義になったときに涙が止まらない小説として一押しをされました。1960年台後半のビアフラ戦争下のナイジェリアを舞台にした小説。美しい文体で、複雑に絡み合う人間関係、計算され尽くした伏線の張り方、忍び寄る戦争の影、破壊と再生、が描かれた小説です。アフリカに興味がなくても、手にとってみられることをお勧めします!ちなみにビアフラ戦争は、ヨルバ族・ハウサ族に対して、イボ族がビアフラ国を建てて内戦に入ったものの、兵糧攻めにあい終結。飢えでお腹が膨れた子供の写真を見たことがある方は多いでしょうけど、多くはビアフラ戦争時のものだそうです。「agha ajoka」(イボ語でwar is very ugly)という巻末の言葉がしみます。

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番外編として(ナイジェリアではないですが)、今日読んだマッキンゼーの採用担当者が書いた「採用基準」がすごくよかったです。「採用基準」というタイトルですが、就活の本では全然なく、本当の意味での「リーダーシップ」について書かれた本です。リーダーシップとは目立ちたがり屋のカリスマ社長がとるものではなく、日々の生活を変えるべく地道な一歩を取ることからはじまること。確かに外資系の会社に入ると、チームの全員がリーダーシップを持つことを求められて、それが最強のチームを作る秘訣になっていたりする(ゴールドマン・サックスではオーナーシップと呼び、今の職場ではleading from middleと呼んでいます)。

「国も大企業も変革するために必要なのは、一人の卓越したカリスマリーダーではなく、リーダーシップを取る人の総量が一定レベルを超えること」などと、アフリカの開発にも共感が持てるメッセージがあったりします。

心にしみるリーダーシップ本というのはなかなかないですけど、この本はかなりささりました!

Saiyou Kijyun

リンゲール

憧れの地、セネガル北部のリンゲールに、協力隊の友人を訪ねて遊びに行ってきました。ダカールから車で片道5時間。

写真に沿ってご紹介していきます。

美しく広がる地平線と放牧の家畜を見ながら砂漠を車でひた走ります。
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スズキの宣伝に出せそう
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村に向かう途中の井戸で子供たちに出会いました。

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女性向け識字教育を行っている隊員の活動村を見学。

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コーヒーを煎る女性。カフェトゥーバというセネガル式コーヒーで、独特のスパイスを入れるようです。

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リンゲールの子供たち。オレンジ色の服の子がアートディレクター?

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夜は、牛タン炭火焼(西麻布の焼肉屋なみのうまさ)、ラクダ肉、牛タンハヤシライス、マンゴーと地元産ヨーグルトに舌鼓を打ちました。

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強烈な夕焼けと積乱雲。遠くに雷が聞こえます。

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締めは、ドラム缶露天風呂につかりながら、満天の星空を眺め、灼熱の大地を回った疲れを癒します。ドラム缶風呂からは流れ星が見えました。

写真はドラム缶風呂にお湯を沸かしてくれる隊員さん。

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セネガル生活を締めくくる最高の旅になりました。隊員のみなさま、本当にありがとうございました!

さて、最後に、リンゲールの映像隊員の作品をご紹介したいと思います。セネガルのよさがにじみ出て心を打たれる作品なので、ぜひ25分間、時間をとってご覧ください!

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遊牧プル族の生活を追った「移動する王国」

協力隊市場調査団最終報告(その3)

三番手で発表してくれたのが、セネガル北部リンゲールの水利局で働く隊員。題名は、「Linguere 村落部の水状況〜泥水を飲むのはプル族?〜」

彼の活動の柱のひとつが「安全な水に関する啓発活動」であり、民族別に分けた水へのアクセス・安全度、今後の啓発活動の指針、について説明してくれました。

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セネガル北部の民族は、農耕のウォロフ族、定住型遊牧民の定住プル、移動型遊牧民の移動プル、の三つ。この中で、公共水栓や貯水池などの安全な水でなく、池や浅井戸など、家畜の糞などで汚染されている水を飲むリスクが高いのが、給水施設から遠い移動遊牧プル族であると、詳細な民族毎の生活スタイルを踏まえながら説明。

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その上で、浅井戸の水が危ないという啓発のためにはルーマ(曜日ごとに大きな町村で行われる移動型家畜市)での啓発活動を提案。メリットとして、家畜市であれば家庭での飲み水の意思決定をする家長や妻に直接啓発可能、浄水タブレットの販売や医療関係者との協働が可能、などを挙げています。

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また、遊牧プル族は、水の煮沸用のマキを手に入れにくいので、利便性の高い浄水タブレットを小分けにして販売することも提案しています。

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4番目の発表は、セネガル北部のダーラ市の教育隊員Fさんによる、「家計における教育費の位置づけ - 実践的教育機会による教育への理解と投資促進」。
まず前提として家計の中の教育費の位置づけを明らかに。かつかつの家計では、食費が最優先。でも、教育費も比較的健闘しています。

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学校がはじまる新学期には、大きなお祭りがあり、教育費にお金がまわせない。なので、夏の間に文房具販売などを強化すればいいのではないかと提案。

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その上で、村の中で教育費を多く捻出している家庭を調査したところ、親自身が教育を受けた経験がある(あるいは兄弟など近しい親族に教育を受けてえらくなった人がいる)ところが多いとのこと。

そして、教育に投資をする親は、「リターン」と「リスク分散」をシビアに考えていると説明。リターンとは、将来政治家・医者・学校教師などになって村に貢献してほしい(実際に親が教育を受けてなくても子供に受けさせる、という家庭では、政治家になってほしい、という願いがあった)、という概念。リスク分散とは、子供のひとりはフランス式学校へ、もう一人はコーラン学校へ、残りは家事手伝い、など、別々にすることでリスクを分けること。

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結論は、かつかつの家計の中で、長期的投資である教育にお金を出すのは大変。実際に教育費を払っている家庭を見ると、親自身何らかの形で教育に触れた経験があるわけなので、やはり保護者自身が学校に関わる経験を提供し、教育のメリットへの理解を促進するしかないだろう、とのこと。そのためのひとつの提案として、大人向けの夜間学校を開き、農業や畜産の知識を提供する、ということを提案しています。

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プレゼンでは説明していませんでしたが、この隊員さんは、教育のメリットを説明する紙芝居(村の子供が教育を受けて政治家になる、というドリームストーリー)をやったり、学校運営に熱心な親に感謝状を贈る(セネガル人は賞状やcertificationを持っている人が少なく、賞状への憧れが強いのでこれは効果的とのこと)、などの手法もとっているそうです。

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最後は、セネガル北部の村落隊員のS隊員。彼女のプレゼンの概要は以前中間報告の紹介したので、ここでは割愛します。最終プレゼンはFacebookの調査団公開グループでダウンロードできますので、ぜひご連絡ください。

ひとつ書いておきたいのが、彼女が言ってくれた調査団に入るメリット。隊員活動への新たな視座の提供や、マーケティングを知ることで村人をよりよく知れる、ビジネス知識が収入活動向上に役に立つ、そして、プレゼンをするという機会は隊員活動のモチベーションを維持する上で有効だったし(モチベーション維持はなかなか大変で、その気になれば一日中寝ていることだってできるんだし、と語っていた)、協力隊の外部の人との交流の機会が有意義だった、と話してくれました。

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以上です。

多くの方々に協力隊市場調査団のサポーターになって頂ければと思います。今後ともよろしくお願いします。もし、途上国駐在の方で、隊員のメンターをやってもいい、という方がいらっしゃいましたら、Facebookを通じてご覧頂ければ幸甚です!

協力隊市場調査団最終報告(その2)

さて、以下、各隊員の発表内容を纏めてみたいと思います。

最初に発表したセネガル北部コキ村で活動する村落開発のI隊員のテーマは、「村人の購買力と消費行動 ―村落部での新たな販売方法の提案―」。

I隊員が活動するセネガル北部の村落部の住民は、雨季農業を中心とした限られた収入により日々の生活を送っており、彼の活動は、収入源の多様化と所得の向上を目的に、マイクロファイナンスを通じた新規ビジネスの立ち上げ(養鶏など)と運営支援です。

調査では、村人の家計状況と消費行動を探り、セネガル人のお金の使い方と貯蓄の手法について分析。村人のお金事情は厳しく、なかなか養鶏などの新規ビジネスを始める余裕がないというのが実情のようです。

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調査の結果、養鶏普及の第一歩のためのヒヨコ(day old chick)の販売は、トンチンというローカルグループによる金融システムを利用した販売方法が効果的だという結論に至っています。

トンチンというのは、村人が何人かでグループを作り、定期的に分担金を徴収し、くじ引きを実施。くじに当たった人がお金の全額を受け取り、ビジネスの初期投資・冠婚葬祭・家財道具購入などを実施。この分担金徴収とくじ引きは、メンバー全員が当選するまで繰り返されます。前半に当選した人は無利子の借金、後半に当選する人は無利子の融資、ということになります。

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この隊員は、養鶏に興味のある人々を集めてトンチンを組成し、ヒヨコの購入のためにお金をためていけば、ヒヨコの販売者にとってはヒヨコの代金回収リスクもなくなるし、養鶏普及のきっかけになるのではないかと考察。早速ひとつの村でトンチン組成に動いているようです。

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二番目に発表してくれたのが、セネガル南部の農村で稲作普及の活動を行うA隊員。題名は、「在来種の導入事例から考える稲作普及−種苗ビジネスによる適正品種普及の加速−」。

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まずは、任地の農家にどのように種子が渡っているか 流通ルートを調査し、以下の3つのルートがあることを確認: (i) ガンビア、セネガル南部のカザマンス地方等の南部由来の種子を、知人から購入・譲り受けて開始、(ii)NGOの住民代表を通じた配布・販売で普及開始 、(iii)定期市・村の商店・農家から購入し開始。

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また、流通している種子の品質について説明。政府の農業研究所に保存されており、そこから最高品質の種「Pre-Base」と呼ばれる最高品質から始まって徐々に交じりが進んで、純度が劣化。Pre-Baseの後がBase、R1、R2と続き、本来4回栽培した後のR3以降は販売・流通には不向きで、再度の高品質種子入手が望ましいが、実際には栽培に耐えなくなるまでの継続利用がされている。

これらの前提を説明した上で、稲作をやっている農家を「先駆者型」、「追随型」に分けて、稲作開始のきっかけを分析。信頼のおける知人の成功例と、農家の土壌や自然条件にあった適正品種の種の入手が、成功か失敗の分かれ目であると説明。

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その上で、これまでは農家同士のインフォーマルな繋がりや、住民代表やNGOによる配布に頼ってきた種子の流通に、プロの種苗店に参画してもらい、種苗店が農家・住民代表を繋ぎ、成功事例の仲介をし、適正品種かどうかを見極める種子のテクニカルな情報提供を強化することを提案。また、稲作の振興、農家間の情報交換、稲作の成功事例を学ぶきっかけを作る場として、「農業者交流会」を開催することを提案しています。

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(続く)

協力隊市場調査団最終報告(その1)

先週は、「協力隊市場調査団」のイベントが目白押しで、世銀職員というか、臨時JICA職員になったような感じの一週間でした。

月曜日は、JICA本部といくつかの国事務所を繋いで、「市場調査団」のイニシアティブについて説明する機会を頂きました。調査団の隊員の代表の2名もプレゼンし、サポーティブな反応を頂きました。JICAの方々が協力隊についてどのような取組みをされているかも理解できましたし、すばらしい機会でした。会議では、「「市場調査」と銘打っているが、必ずしもビジネス的な着地点に持っていかなくても、ビジネス的・マーケティング的・数字を使ったモノの見方・仮説思考を使うだけで、状況がよりクリアに分析できるようになり、それを踏まえて自分の隊員活動に生かすことができた、という隊員活動の充実に繋がればいい。その先にある、日本のBOPビジネスに役立つ、協力隊のブランド価値向上などは、あとから付いてくるもの」、「隊員活動を外部に理解して頂くために、調査結果のオープンソースのデータベース化は今後の課題(もちろん、Liabilityの問題が発生しないような適切な「間合い」を考える必要あり」、「ぽっと出で終わらせずに、イニシアティブの継続に向けてどんなことが必要か」、などについて議論しました。
JICA向けのプレゼンは以下にアップしましたので、ご覧ください。




このイニシアティブに興味を持って頂いた在外事務所もあるし、セネガル事務所もサポーターになって頂いているので、これから世界展開に向けてがんばっていきたいと思います!

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金曜夜は、「市場調査団」の最終報告会。調査団の5人の隊員全員が発表し、大盛況のうちに終了しました!隊員30名、外部の社会人(JICA、大使館、開発専門家、その他)20名くらい参加いただけて、発表後のQ&Aや今後の展開の仕方など、活発な議論になりました。参加者の隊員や社会人のみなさまからも、「面白かった!」、「すごいプロフェッショナルで鋭い発表だった」という大変ポジティブな反応でした!中間報告までは隊員たちにいろいろ厳しいことも言ってきたけど、今回は全員に心からの100点満点をあげたいです!ここまでくるのに、様々な方のお力を借りました。Facebookグループでのサポーターのみなさん、JICAセネガル事務所の皆様、隊員の村訪問のためにセネガルまで来てくれた世界銀行ワシントン本部の同僚たちと(株)キャンサースキャンの福吉潤社長、などなど、力を貸して頂いた皆様、有難うございました。

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「勝って兜の緒をしめよ」といいますが、隊員たちが出した提案を、残りの任期で実践するのが本当の勝負。それでうまくいっても失敗しても、充実したlearningになり、「自分は任期中これをやった!」という成果物が出るし、後任の隊員にも明確な引継ぎができると思うのです。

発表資料の詳細は、Facebookの公開グループの「協力隊市場調査団データベース」にアップしていますので、ぜひご覧いただければと思います。

僕自身にとっても、学ぶところの多いプロセスでした。最初は、「このイニシアティブで隊員に手伝ってもらってソーラーランタンの販売など、仕事に役立つ調査ができればいいな」とか、「日本企業につながる具体的案件が出ればいいな」などと、「下心」満載でメンターをやっていたのですが、下心があるうちは、隊員さんから、「ビジネス的な落としどころが出ず、なんかもやもやしてるんです。。。」という悩みが出てきて、そのうち、いや、ビジネスはもういいから、隊員さんが考え抜いて出してきたものをとにかく受け入れよう、という心境の変化に達しました。結果として、彼らが考えてきたものは、村人に一番近い立場から、開発機関や企業の論理や価値観にとらわれず、彼らの視点から本当に村に役立つアイディアということで練りに練ったもので、価値が高い提案ばかりで、自分の期待以上でした。自分を捨てて無心になってこそ、技が生きる、武道の境地に通じるものがあります。

そして、セネガルでは調査団1次隊の卒業に伴い、2次隊を募集いたします!セネガル隊員の方々は是非ふるって参加してください!「これは部活ではなく、サークル」といつも言っていますが、つらくなったらやめてもいい気楽にはじめてもらえる活動です。8月後半に僕がマーケティング講義を行い、その先は1次隊の隊員が2次隊のメンタリングを行い、それでも解決しない問題がある場合は僕がアドバイスする、という形式にして、「隊員による隊員のための活動」にしていきたいと思っています。

また、もし、途上国駐在の方で、隊員のメンターをやってもいい、という方がいらっしゃいましたら、Facebookを通じてご連絡頂ければ幸甚です!

次の投稿で、隊員たちの具体的な発表内容について説明したいと思います。

セネガルとイギリスのおいしい関係

今週はイギリスに出張し、セネガルのスウィートコーン、サツマイモ、アスパラガス、カボチャ、チリなどを輸入している農業企業に話を聞いてきました。

その会社は、ロンドンから電車で一時間ちょっとのところにある美しい街にあります。夏らしいパブの屋外テラス席で飲むビールは最高。

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この会社のビジネスは、農産物を、スーパーマーケットに卸すB to Bの商売。イギリスの小売業も他の先進国と同様寡占状態で、買い手の力がものすごく強く、高い値段を取るのはまず無理で、よいサービスとかなんらかのvalue addition(市場情報や差別化した商品)を提供して少しでも多くのシェアを取るか、効率的なオペレーションでコストを下げるか、という厳しい商売のようです。

その中で、セネガルに拠点を持っていることは、ものすごい競争優位で、これからこの会社の戦略の根幹になっていく、ということを強調していました。もちろん、他の生産国と違うシーズンに収穫できる(例えば、コーンなら、欧州やモロッコ、イスラエルなどのシーズンが終わった晩秋や初夏の時期にセネガルで収穫できるし、サツマイモは一年を通して生産可能)のは大事なポイント。そしてイギリスまで船便で6日間という距離の近さも大きな魅力。それ以外に、ケニアやエジプトなど、伝統的な園芸作物の輸入元以外のオリジンを提供できる、というのは強力な売りらしいです。例えば、大手スーパーのTescoは「アラブの春」の時期に、園芸作物の大半が実はエジプトから来ていることに気づき、それ以降、スーパー各社はなるべく分散した生産地から輸入するようにしているらしく、フランス語圏アフリカで商売をしているイギリス企業は少ないので、セネガル産の産品を出せるのは差別化要因とのこと。そしてスーパー各社は、サステイナビリティーにものすごく気を遣っていて、東アフリカでは園芸作物生産の環境負荷(水の大量使用、殺虫剤などの環境インパクト)が大きくなっているので、これ以上東ばかりからの輸入に頼れない、などの事情もあるそう。

こういう戦略的にセネガルを見る視点って、フランス語圏じゃない会社だから逆に見えるものなのかもしれませんね。


この会社は、スウィートコーンの皮などの廃棄物を発酵させ、そこから出るガスで発電をしていて(自社の工場の電力のすべてを賄った上に、余剰電力を売っているというレベル)、こういう技術もいずれセネガルに広がる日がくるだろうとも言っていました。ぜひそうなってほしい、インシャアッラー。

イギリス人のセネガルファンと熱いディスカッションができて、新鮮かつ有意義な旅になりました。

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コートジボワール営業の旅と、ビール戦争

先週はコートジボワールのアビジャンにいってきました。

ダカール・アビジャン間は、西アフリカの東京・大阪間といわれ、数々の航空会社が飛んでおり、便利な路線。写真は、2011年内戦で倒産したエール・イボワールに代わって、エール・フランスのサポートで飛んでいるエア・コートジボワールです。

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アビジャンでは、当社のチーム・アフリカが誇る性格美人女子タンカムちゃんと営業行脚。ココア商社や食品会社を何社か回りました。

ココア商社とは、去年からはじまった政府のセクター改革(ココアの買い手は、農民に世界価格の60%を払わねばならない、というルールなど)の影響を大きく受けているので、それを受けてどんな戦略を取るか、というディスカッションで盛り上がりました。

今回ヒットだったのは、マリ人が経営している食品商社。この食品(何かは秘密ですが)は西アフリカでは山のように消費されていて、輸入ベースでは売上が伸びまくっていて販売チャネルも確立したので、これの現地生産をはじめるとのこと。タンカムちゃんが大手銀行のレーダースクリーンから外れていた同社を発掘し(外から見るとぼろぼろの倉庫で確かにまともな会社に見えない)、必要な情報を集めたりしてここまで持ってきて、ストラクチャーの提案もタンカムちゃんが行い、僕は「インティエー」とバンバラ語で話して笑いを取ったり、マリ小噺で盛り上がるなどのサポート役に徹しました(使えないおじさんみたいだが)。ここしばらくのタンカムちゃんの成長ぶりは心を打たれます。そして、やっぱり大きな西欧資本の会社より、こういう地元の渋いアントレプレナーを働くほうが断然楽しいです!

この会社が売っているような基本的な食品は、原材料が国内で生産できるので、本来は国内で加工できるはず。たとえば、ジュースのコンセントレートにせよ、トマトペーストにせよ、マンゴーもトマトも西アフリカでたくさん取れるのに、ジュースのコンセントレートを西アフリカで作っている会社はブルキナファソに1社あるのみ(他もあるのかもしれないが聞いたことがない)、トマトペーストはセネガル、ナイジェリア、ガーナの数社のみ、他は全部輸入頼み、こういう状況を変えていくお手伝いができればいいと思っています。

アフリカの製造業を真剣勝負で育てていかないと、せっかく資源などで生み出した富が、輸入品の購入に消え、貧困は放置され、国の債務はまた増えていく。そして、そこでできる日本人としての役割は大きいと思います。僕らの投資にかぶせて、JICAの職業訓練や5Sノウハウとつなげる、みたいな日の丸連携ができるとしたら、それは世界のどこのドナーも真似できないいぶし銀な仕事のやり方といえるでしょう。

そして、いつも言っていることなのですが、アフリカのアントレプレナーが成功することで、後進の若者たちに起業の夢を与えることができると信じています。

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アビジャンの経済回復ぶりも来るたびに驚かされます。経済回復のバロメーターが渋滞。アビジャンはいくつもの入り江(ラグーン)が町に入り込んで、ハドソン川とイーストリバーに囲まれたマンハッタン的な地形なのですが、入り江をこえる橋が2本しかなく、朝晩の渋滞は昔から有名でした。ところがここ数回の旅では、夕方空港に到着して、工業地帯を超えて街に入るまで1時間半くらいかかるという、これまでとは比較にならない大渋滞。

現在、工業地帯とココディという高級住宅街地域を結ぶ3本目の橋を建設中で、これがあと2年くらいでできると渋滞が緩和されると期待されていますが、あと2年後かよ。

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あと、目立つのが(僕が担当しているから目につくのかもしれないが)飲料業界の競争もすさまじい。コンゴのビール業界について熱くブログに書かれているJICAのンボテ飯村氏にお会いしたので、僕も負けずに西アフリカのビール・飲料について語ってみようと思います。

コートジボワールの飲料業界は、フランスのカーステル社の寡占状態です。カーステルのコートジ子会社は「ソリブラ」(Societe de limonaderies et brasseries d'Afrique、縮めてSOLIBRA)と呼ばれ、現在クーリエ・ジャポンに邦訳連載中の漫画「AYA de Yopougon」(邦題「恋するヨプゴン・ガール」の最初のシーンで、コートジで初めてテレビ宣伝を打った会社として登場します。

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カーステルは、フランス語圏アフリカのコカ・コーラのボトラーであり、これは彼らが強大な帝国を築き上げた勝因でしょう。ビールのブランド、「Flag」や「Carstel」も圧倒的なシェアを誇ります。

カーステル社は、コートジのみならず、フランス語圏アフリカでは無敵。セネガルにおいても、子会社のSOBOA(Societe des brasseries de l'Ouest africain)は、現れるライバルを次々と買収で消していく作戦で有名。たとえば、アフリカン・コーラというフランス人のおじさんがやっている会社があったのですが、これもしばらく前に買収されて、ブランドは消滅させられました。

マリでも、子会社BRAMALIが一人勝ちしていましたが、この独占を打ち破ってより安い商品で市場を席巻したのが、うちのクライアントのGaselia Group。ブランド名は、「アメリカン・コーラ」。この残念かつ場末感あふれるなネーミング、なんとかなりませんかねえと、いつもポナ社長に言っているのですが、これがマリの消費者にささるんだそうです。

話が脱線しましたが、コートジの飲料業界に話を戻します。

ソフトドリンクについては、カーステルのコカ・コーラ商品(コーラ、ファンタ、スプライト)などが市場シェア80%を占め、10%がペプシ(そう、アフリカでは珍しいペプシがあるのがコートジのすごいところ。Softdrinksという地元の会社がボトラーです)、残りが北アフリカなどからの輸入ブランド(Vimtoなど)。そこに食い込むべく、うちのマリのクライアントの「アメリカン・コーラ」が殴り込みをかけているのは、以前書いたとおりです。

ビールについては、カーステル社の本丸(ビジネス的にいうと、Cash Cow)であり、これまで他社の参入を許してこなかったのですが、今年からレバノン系のグループのEurofind(コートジをはじめとした西アフリカ諸国で鉄鋼などの重工業、乳製品などの食品などで稼いでいる大企業)が、「ナンバー1ビール」(これまた場末感漂うネーミング!)でカーステルの牙城を崩しにかかっています。Eurofind社は莫大な広告費をかけ、こんなチャーミングなテレビコマーシャルも流れています。




これに対抗し、カーステルは、これまで「Flag」「Carstel」などの陰にかくれがちだった「ボック」というブランドのマーケティングを一新。「ボック」はコートジを代表するサッカー選手ドロクバの名を関して、「ドロクバ・ビール」とも呼ばれます。繰り返しですが、カーステルの儲けの大部分はビールなので、ここで新参者の参入をやすやすと許すとは思えず、血で血を洗う激しい戦いになるとみています。

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コートジ・ビール戦争、カーステルとEurofindの一騎打ち、またアップデートしたいと思います。

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アビジャン営業にかまけている間に、懸案のブルンジ・ルワンダ案件の条件交渉がぎりぎりの状況に追い込まれています。金曜深夜から、瀬戸際外交作戦を取ったクライアント。うちのワシントン本部とアフリカチームの連携が乱れて腰が浮いたところに、躊躇なく打ち込んできた相手の戦闘力をほめるしかないです。不覚。

交渉で追い込まれた時には、南アフリカで同僚が誘拐されたときに、踊る大捜査線の「交渉人真下」よろしく、武装強盗団との電話交渉を冷静沈着に進め、見事解放した「ナイジェリアのおかん」の頼りがいのある姿を思い出すようにしています。「おかん」のやった命のやり取りみたいな交渉に比べたら、金の交渉なんてなんでもないことです。「おかん」の達人の組手みたいなのはとてもできませんが、一歩一歩がんばりたいと思います。

内戦後のマリ

今日は、僕たちが2010年に融資したマリを基盤とする炭酸飲料会社のお話です。マリで大きな成功をおさめたので、隣国のセネガルとコートジボワールに進出するべく融資を受けたわけですが、この会社を待ち構えていた運命は、まさに「パーフェクト・ストーム」と呼ぶのに相応しいドラマティックなものでした。

2010年末・2011年前半のコートジボワール大統領選挙後の内戦、2012年春のマリの軍部クーデターからはじまる国家南北分断・内戦、という二つの不幸なイベントの影響をもろに受けるという強烈な運の悪さ。

コートジボワール危機では、すでに注文していた工場設立のための機械が、アビジャン港に封鎖で上陸できず、ガーナに転送。結局機械が届いたのは1年後の2011年末で、そこから準備をはじめ、去年の暮れにやっと工場が稼働しはじめました。

そして、2012年3月のマリ危機。この会社のドル箱はマリでの事業なので、さすがにこの時は「もうこの会社も倒産か」と青くなったものです。内戦中も、社長とはちょくちょく連絡を取っていて、「内戦でも人はソフトドリンクは飲むから大丈夫」なんていう軽口の中に、社長のただ事ではない苦労がしのばれて、胸が痛くなったものです(電気やディーゼルの圧倒的な不足とか、運転資金の枯渇、経済事情の厳しさは理解していたので)。それでも、内戦が落ち着くまではマリは出張禁止だったので、自分の目で実際にどんな状況になっているかつかめず、不安でした。

2012年中盤・後半は、マリ内戦の状況が日増しに悪くなっていった時期でした。中部の都市のガオやキダルが陥落、いよいよ首都のバマコが反乱軍(実質はイスラム過激派)によって陥落させられるかもしれないと言われたこの時期は、コートジボワールの回復の時期でもありました。コートジで遅れていた工場設営のテコ入れのために、社長が家族を連れて、コートジへの引っ越し。この会社は、アフリカ企業の例にもれず、社長個人のリーダーシップと能力に頼るワンマン経営だったので、マリのオペレーションはどうなっちゃうの、と思ったものです。

年が明け、今年初頭に、フランス軍が介入。これにより、イスラム過激派の南下は止まり、いったん状況は落ち着きます。

これで少しはほっとしていたところで、社長から連絡があって、内戦の影響から回復するために、そしてコートジの事業をテコ入れするために、追加融資をしてくれ、という要請がありました。ちょうどマリへの出張も許可された時期だったので、実際に現場の様子を見せてもらってから判断しましょうということで、担当の僕と同僚のアミー・ファニーちゃんで、コートジボワールとマリを回ってきました。

久々のマリは、一部の道路がバリケードでふさがれているほかは、いつも通りで、市場なども活気があり、昔のままでした。いろいろな卸売店や小売店を回って市場調査しましたが、食品・飲料の販売は、内戦前に近いレベルまで戻りつつある様子がつかめました。

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融資先の会社のオペレーションもしっかりしていて、内戦中で生産が減ったときも、歯を食いしばってほとんどの従業員の雇用を守り続けたそうです。状況のいい時に頑張ってきた人たちを、状況が悪くなったからといって簡単には切れない、というこの会社の説明は、日本の家族経営に通じるもの。このお蔭で、従業員の士気は高く、マリの経済回復に伴って会社の業績も立て直そうという気合を感じました。社長がコートジボワールにフォーカスしている代わりに、内戦直前にロンドン留学から帰ってきたオーナーの息子さんが先頭に立って頑張っていて、これからの再建プランについて説明を受けました。オクスフォードを出て、ロンドンの投資銀行で勤めた後、マリに戻ってきたという、まだ20代中盤ながらしっかりした人でした。

マリに飛ぶ前にコートジボワールで社長とサシ飲みしたのですが、そのときに「アフリカではアントレプレナーは孤独だ、周りのモチベーションやdisciplineが足りなくて、結局自分で全部回していくしかないんだよなあ」という悩みをひたすら披瀝していて、それを聞いた僕は「そうすると、アントレプレナーのキャパが一杯になった時点で会社の成長が止まるよなあ」と思ったのですが、この二代目の息子さんを見て、少し安心しました。少し寂しい話ではありますが、よほどのインセンティブがあるか、会社が大家族的組織になっていない限り、アフリカの製造業企業の安月給で無私の心で頑張れるのは、結局オーナー家族の一員だけなのかもしれません。

いずれにせよ、内戦の辛酸をなめながら戦い抜いたスタッフたちの話に僕らはただうなずくしかなく、ここでの銀行員としての役割は、この物語をうちのマネジメントや審査部にきちんと説明して、しかるべき支援が得られるように語る語り部としての役割に徹するしかないと痛感しました。

そして、内戦であれだけ国が傷んだのに(たとえば、建設業界と観光業界のGDPは40%近く縮んだ)、人の生きていく力は強い、と当たり前なんですが、感銘を受けました。

ダカールに戻って大急ぎで財務状況の分析や審査用のメモ書きに入りますが、もしこの案件を通せなかったら、他の案件をいくらやっても、西アフリカのdevelopment bankerとしては負けだ、と思うので、かなり気合入っています。

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ボストン弾丸ツアー - 大学院卒業5年の同窓会

週末弾丸ツアーでボストンまで行ってきました。目的はハーバード・ビジネス・スクールの卒業5周年の同窓会。同窓会といっても、結構なビッグイベントで、一学年900人という巨大な学校なのですが、2/3近くの人が参加していたと思います。

5の倍数の年に同窓会が行われるので、5周年、10周年、15周年をはじめとして、50周年とかの代の皆様まできておられました。有名人だと、楽天の三木谷社長などもいらっしゃっていたみたいです。

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人数が多すぎて、会いたい人々とキャッチアップする時間がまったくなかったのですが、最初の辛い一年間を毎朝欠かさず集まってケースの予習会をやって助け合って乗り切った自習グループ(インド人2人、中国系アメリカ人、オーストラリア人、僕の5人)でゆっくりランチができたのはよかったです。中国人のメリッサと僕以外はみんな子供がでできているので、子育ての話がメイントピックでした。仕事ネタでは、テキサスの石油関係の会社で働いているインド人タンメイの話が面白かったです。テキサスのヒューストンはエクソンだのシェルだの石油関係会社が本社を置く町として有名ですが、石油業界はかなりの景気のよさだとのこと。石油会社にパイプライン系のサービスを提供する彼の会社も株式公開を目指して頑張っているそう。アメリカ国内だと、North Dakota州で油田が発見されて、単なるド田舎だった同州でプチバブルがおきているらしい。うちの福井の親戚がやっている日本酒なども、海外に輸出するなら、ニューヨークやパリじゃなくて、絶対景気のいいテキサスだ、といっていました。普段資源業界の人の話を聞く機会などないので、世の中のお金の動きがわかって面白かったです。

一方では、いまをときめくFacebookやGoogleで働く友達もいたり。

アフリカについては、「海のものとも山のものとも知らんけど、まだ先行者が少ない市場に飛び込むのは面白そう」と、みんなそれなりに関心をもってくれて、最近の経済やビジネス事情について説明をしたりしました。

同窓会のあとは、ボストン日本人研究者交流会で、西アフリカの投資業務について発表をしました。僕の妻の「デザイナーが見た西アフリカ」と、大学院時代の同級生で日本でソーシャルマーケティングの会社を起業したJのプレゼンの三本立てで発表させていただきました。90人くらいの方々が集まってくださり、僕らがいた5年前よりは大分規模が拡大しているみたいです。ダカールの日本人勉強会の「小噺の会」もいつかこのくらいの規模まで持っていきたいですね。

これからボストンからダカールに飛んで、週明けから、マリとコートジボワールの案件を片付けにいきます。マリや昨年の内戦と南北分断以来行っていないので、とても楽しみです。

慌しい日程でしたが、初心に帰るという意味では、意義深い旅行になりました。
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