協力隊とのコラボレーション(その3 - 中間報告会編)

去る土曜日の夜は、協力隊とのコラボ・プロジェクト「セネガル市場調査団」の中間報告会でした。(「市場調査団」の背景については、こちらの記事ご参照。)

隊員さんたちの発表は期待値を上回るもので、眼からウロコの分析がたくさんあり、すごい可能性を感じます。

トップバッターで発表したセネガル北部のチャメヌ村の隊員さんは、メインの街道から離れた村落部での野菜の消費量が少ないことに着目して(特に乾季で野菜が少ないときは、村人は豆ご飯を食べ続けるそう)、村での野菜の流通経路と価格を徹底的に調査。その結果、現状の流通経路は、お金を持っているイスラム宗教指導者(マラブー)がいる村の商人を経由していて、ものすごいマージンが乗って、質が悪く、値段が高く、毎日流通しない野菜は、村人は買いづらい、という現状を把握。

そんな状況の中、比較的野菜の摂取量の多い家族があり、なぜそんなに野菜を食べているかを調べたところ(行動変化の要因分析)、その家族は、給水塔を拠点にブティック(小売店)を経営し、家畜に水を与えるために給水塔に集まるプル族(遊牧民族 – 家畜の売買は数百ドルレベルの巨額のお金が動き、農耕民族のウォロフ族よりもキャッシュを持っている)を相手にした商売で稼いでいて、そのお金で、新鮮な野菜が流通する大きな街道沿いの町まで出て野菜を買いだめしていた、という事実が浮かび上がります。

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Kyusuitou

(給水塔の写真 – photo credit: S隊員)

この、人々が集まる給水塔を拠点にしたビジネスに可能性を見出したこの隊員さんは、街道から離れたど田舎にもあって、しかもその場所だけ電気が通っているという特徴を生かして、簡易冷蔵庫(あるいは電気すら使わない土甕式冷蔵庫)を使った野菜販売のビジネスモデルを村人たちに始めてもらうことを提案しています。

この隊員さんがたった3ヶ月でマーケティングのチャネル理論をしっかり踏まえた上で、足を使った綿密な調査(野菜や魚の行商人の馬車に同乗して流通ルートを分析するというレベル)から、鋭いinsightを叩き出した能力は、マッキンゼー出身の僕の友人も感心するぐらいのレベルです。

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また、会計士出身の隊員さんは、村人の余剰資金の行方を徹底的にチェック。村人の財政は基本的にかつかつで、しかしながら赤字になって苦しくなっても周りの人が助けてくれるというセーフティーネットの存在を明らかにした上で(セネガルでは「solidalite」と呼ばれます)、それでも雨季後の野菜栽培や、家畜の販売で、一時的に大きなキャッシュが手に入る瞬間があることを指摘。村人は、お金を現金のまま持っておくことを好まず(周りからたかられるからか?)、コンクリートの家の建設、家畜の購入など、余剰資金をすぐ資産に変える傾向があることを説明。実際、家畜に投資をしたほうが、大きく成長させてタバスキ(犠牲祭)などの祭りで高く売れ、たんす預金しておくよりはリターンが高いのでmake senseするのでしょう。あとは余剰資金が入ると、モノを思い切って購入する傾向もあり。また、余剰資金を村の小売店に預けておく、という行動も見られるそうです。つまり、小売店にあらかじめお金を預けておいて、食料やタバコやお茶などを買っていくたびに、その口座がデビットされていくわけです。なので、村落部でモノを売ろうとするのなら、雨季農業の収入が入るタイミングで、ブティックで売っていく、というルートがよく、まずはブティックに商品を抱えてもらうにはどういうアプローチをしたらいいのか、という更なる問いが見えてきたりしています。

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他には、セネガル南部の村落部で稲作が広まるにはどのようなことが起こればいいのか(コメはセネガルの主食にも関わらず、自給率は20%程度で、コメの自給が進めばすごい開発効果)、という問題に関して、稲作がちゃんとはじまるには種子の流通が鍵ということで、種子の流通ルートを調査し、より効率的な流通ルートを築くためのアイディアを発表した隊員さんがいました。また、村の家計の中での教育費の位置づけを調べた隊員、セネガル北部の人々の水の利用形態(移動型遊牧民族、定住型遊牧民族、農耕民族に分けて分析)と、より安全な水へのアクセスの取り組みをしている隊員、苗畑という村でのアントレプレナーシップの起こりについて分析した隊員、など、どれを取っても本当にすばらしい内容でした。

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7月のJICAさんとダカール日本人勉強会(「小噺の会」)での最終報告に向けて、分析を踏まえた「So what? / イイタイコト」をブラッシュアップしていく予定です。

今回、一部の隊員さんたちからの声として、活動が教育や農業など必ずしもバリバリのビジネスに繋がらないため、「市場調査」をやる意義が見出しづらくなってなんだかモヤモヤしてるんです、という悩みも聞かれました。でも、必ずしもビジネス的な着地点に持っていかなくても、ビジネス的・マーケティング的・ちょっと数字を使ったモノの見方を使うだけで、村の状況がこれまでよりはクリアに分析できるようになったわけで、それを踏まえて自分の隊員活動にこうやって生かしたい、という方向性が示せればいいんだと思います。

それに加えて、〆2鵑寮果物をどのような形で世の中にシェアするのがいいのか?(更に中長期的には調査団以外で蓄積されている協力隊の「知」もシェアできるプラットフォームの構築ができるのか?)、Generation 1がこれで終了して、僕がダカールから離任して、どうやって次のGeneration 2、3と隊員自身のイニシアティブとして繋げていけるか?、ということを考えよう、という相談もしました。今の時点では、このイニシアティブがどういう方向に向かっていくのか、どんな更なる発見が出てくるのか、僕自身もわかりません。でも、スポーツと一緒で、続けていくことで、繋げていくことで、何らかの境地に達するんだと思います。

そんな「セネガル市場調査団」、今後に乞うご期待です!

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ちなみに、この中間報告会の前夜には、ダカール教育勉強会にて、リンゲールというセネガル北西部の町で、女性の識字教育に視聴覚教材を用いて取り組んでいる隊員さんの発表がありました。識字という、村の中では不要不急のもの(インフラの整備、かまどの改善などが村の女性たちにとって緊喫の課題)を進めていく上でぶつかった壁、それをどういう工夫で乗り越えてきたか、という彼女なりの旅の物語で、心が動かされる内容でした。

変化を起こして、モノゴトをいい方向に持っていく、というのは、どんな分野に関わらず開発ワーカー共通の頭の悩ませどころ。でも、学習意欲がゼロ(あるいはマイナス!)に近いところから、識字を通じて村の女性たちのempowermentを成し遂げている隊員さんの話は、投資先の経営向上や企業文化の変容に取り組む僕にとって本当に勉強になることばかりでした。特に、新しいものを押し付けるのではなく、壁を一枚「めくって」違う世界を見せる、という姿勢、「教室」を「舞台」に変えることで周りを巻き込むやり方(ハーバードの公共政策大学院でリーダーシップを教えるハイフェッツ教授調な表現です)、などなど参考になるキーワードが盛りだくさん。無電化村の村人たちが暇を持て余している夜の時間帯にプロジェクターと映像を使って識字を教える、という活動をする中で、映画を見る感じで冷やかしにくる周りの人々が最初は邪魔だなあと思っていたそうのですが、彼らをオーディエンスに変えてしまい、参加者が舞台女優のようになって、オーディエンスの反応が伝わる、という設定のほうが、参加者のやる気が高まった、という話でした。

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セネガルに来て協力隊員さんたちと仲良くし始めてから、相当世界が広がったような気がします。以前も書きましたが、マクロにはめっぽう強いが、ミクロがいまひとつ弱い(あるいは取り組む時間もリソースもない)世銀などの開発機関や民間企業にとって、協力隊員やPeace Corpからの情報の戦略的価値は今後どんどん上がっていくのではないかと思います。

アフリカのアントレプレナーと向き合うということ

僕たちの会社が投資をするときは、半分公的機関という色合いもあって、基本的には投資先の経営陣に任せて、自らボード(取締役会)に入って”hands-on”で経営に参画する、ということはあまりありません。ところが、西アフリカにいると、話し合って決まった戦略がなかなか実行に移せなかったり、何度も工場を訪ねて「5Sの精神に基づいてオペレーションを効率化していきましょうね、食品安全基準の認証も取りましょうね」などと話し合っても、そういったイニシアティブは遅々として進みません。会社自体がやる気がないわけじゃなくて、それをやれる人材がいなかったり(トップがやる気でも末端まで実行が浸透しない)、周囲のインフラがあまりにも無さすぎて難しかったり、政府の協力が必要なイニシアティブだと政府が全く動かない、などめくるめく事情があるわけです。

さはさりながら、いつまでも気長に待っていても何も変わらないので、取締役会で会社の機関決定としてモノゴトを決めて、取締役会で決まったんだから、がんがんやりましょうね、という感じで、もう少しプレッシャーをかけるやり方がいいと思える場面もあります。

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こういった背景で、ある投資先の会社に役員を送り込むことなり、その新役員の人と一緒に投資先のオペレーションを一通り回ってきました。

2日間でいろいろな工場を回り、創業者の社長と食事をしながら今後の戦略を語ったり、会社のオペレーションや財務のスタッフから色々な話を聞きました。で、その新役員の人はある中東の国出身で、アラブ人らしい率直な物言いで、「大きな投資や買収を決めるときはどんな分析に基づいてどういう意思決定をしてるんですか?実際の検討書類を見せてもらえませんか?」みたいな、いろいろ突っ込んだ厳しい質問をしていったわけです。(実際に、この会社はまさに別の会社を買収しようとしていて、その会社と一緒に隠れ債務がくっついてくるリスクがないかなどのチェックをちゃんとやっているかどうかは、投資家の我々としても知りたいことでした)

ところが、2日目の終わりに創業者のアントレプレナーと、新役員と僕だけになった瞬間に、アントレプレナーが怒りとフラストレーションを爆発させました。

「あんたたちは何でもフォーマライズしろというけど、経営はスピードが命なんだ。私は過去30年間この事業をやってきて、あんたたち金融家に見えないものが見えて、その勝負勘で事業を拡大してきたんだ。あんたがたは、この会社に20%出資した程度で、我々の経営を邪魔しにきたのか?この辺の温度感がわかりあえないなら、お引き取り願いたい!」

普段は、本当に温厚でナイスな人なので、個人的にはものすごくびっくりしました。

でも、彼のいいたいことはすごくよくわかります。

西アフリカの経営は、壊れかけの自転車に乗ってスピードを出して走っているようなもの。自転車はぼろいんだけど、追いかけるものは多く、立ち止まってはいられない。そして止まった瞬間自転車はバランスを崩して倒れてしまう。労働争議や電力カットや機械のメンテナンス部品不足や政府からの賄賂要求みたいな細かい問題は毎日起こって、それはその場しのぎの処理をするしかなく、抜本的な問題解決をしている時間はない。

そして、確かにこの会社は、この3年間でものすごいスピードで、ドラマティックな変化を遂げました。売り上げは3年前の倍以上になり、国内だけでなく西アフリカ全土に輸出するようになりました。工場の規模なんて、僕たちが最初に会社訪問をしたときの町工場然とした当時の姿がうそのようです。そのドライバーになっているのは、間違いなく、この社長の市場勘と勝負勘。市場が伸びてると思ったら、大きく借金してでもどかっと新しい機械を買って広げていった。自分ひとりで今まですべて進めてきたから、そのスピードが競合企業をぶっちぎりで引き離す原動力だったから、フラストレーションがたまるのはよくわかります。

スタティックな状況分析をすることに慣れているバンカーに、超ダイナミックな市場感を伝えるのは難しい。そして、言葉で説明しきれない信念だってある。

それでも、今の姿の更にその先を見たいのなら、組織も文化も変わりはじめなきゃいけない。
いままでの企業規模なら、この社長のワンマンで目が届いたけれど、西アフリカ全体にオペレーションを広げていくとしたら、ワンマンですべてを進めるには限界があり、もう少しシステマティックに会社が回るようなルールや仕組み作りや、中間マネジメント層の強化を図らなきゃいけない。将来的に、国際的な銀行や資本市場からお金を調達したいのならば、アントレプレナーの言語を、バンカーの言語に訳して説明する練習をしていかなきゃいけない。

マクドナルドだって、創業者のマクドナルド兄弟は確か30店舗くらいまで広げるまではいったのだが、どうしてもそれ以上ひろげることができなかったそうです。そのとき、ミキサーのセールスマンでプロの経営者だったレイ・クロックが来て、彼が経営を引き継ぐ形でマクドナルドは全米的、そして全世界的な企業になったわけだ。


それはまさに、文化の衝突でした。
役員を送れば少しはいうことを聞いてくれるかな、というのは完全に甘かった。

3時間以上ぶっつづけで膝を突き合わせて議論して、最後は一緒にがんばろう、という形になりましたが。でも、ただにこにこ笑ってご飯を食べたりしているだけよりは、こういうぶっちゃけた本音の議論ができて本当によかった。こっからモノゴトがはじまるんだと思います。


このあと、考えたのは、西アフリカで投資を成功させようと思ったら、僕たちはもっともっと手とり足とりアントレプレナーと一緒に歩むのに時間を使うべきだということ。もちろん新規案件を追いかけるのは大事。でも、新規案件の審査プロセスで、石橋を叩いても渡らない、みたいな官僚的なやり方や、必要以上の分厚いメモ書きに時間を取られてるのでは、投資後のもっとも大事なアントレプレナーとの向き合いに時間が使えないことになる。社内プロセスの効率化をもっと真剣に提案していかないと、と心から思いました。「家に帰るまでが遠足」だけど、投資だって会社を成長させて金が返ってくるまでが投資のはずだ。

日本のベンチャーキャピタルの方とかは、この辺、どうやってるんでしょうねえ。
あと、ばりばりのアントレプレナーが、ベンチャー的な組織をプロフェッショナリゼーションして、それで会社が次のステージに飛躍的に伸びた、みたいな英語かフランス語で書かれた物語があれば、このアントレプレナーに教えてあげたいので、おすすめ頂きたく。


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固い話になったので、最後にやわらかいお話を。

週末はダカール補習授業校第2回運動会が開催されました。

運動会のノリというのは日本独特なので、ダカールの子供たちも味わえてよかったと思います(運営委員会のお母様、お父様方、ありがとうございました!)。僕も大人げなく楽しんできました。玉入れや綱引きなどで負けていた我らが赤組ですが、最後の全員リレーでの逆転ドラマで、見事、逆転優勝できました。そのリレーで150メートルくらい全力で走ったのですが、高校を卒業して以来短距離を全力で走るなんてことはなく、裏モモの筋肉がバキっと変な音を立てて痛めました。肉離れではないので助かりましたが、しばらくはおとなしく過ごします。

写真は、玉入れの様子。玉入れのかごが洗濯かごだったり、ボールが新聞紙だったり、手作り感満点です。この「手作り感」が、「ダカールの友達は一生の友達」という連帯感を生んでいるんだと思います。

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セネガル空手事情(第7回) - 柔道隊員赴任と、セネガル全国選手権

セネガル武道界にとって大変喜ばしいことに、ダカールに柔道隊員が赴任してきました。全日本クラスの超ナイスガイ。エルサルバトル、インド(ケララ州)と指導で回った後アフリカにたどり着いたらしい。

早速ランチをしながらいろいろ話を聞きました。セネガル人は戦闘民族のDNAがあるし、彼らには彼らのよさがあるからそれを生かすように教えないと、といってました。人生もいきなり現場に放り込まれるんだから、柔道も実戦を通じて学んでほしい、ということで彼の教え方は試合形式ではじまるそうです。

試合の中で、相手を倒そうとして一生懸命出した技は、めちゃくちゃでも心の入った生きた技なんだ、という言葉が心に残りました。試合形式で足りなかった部分の基本をその後練習することで、基本の大切さもわからせることができる、とのこと。なるほど!これまで空手を教える中で「なんでこの子たちは基本をまじめにやらんの、きーー!」とストレスをためていたのが、逆転の発想で開眼しました。ただ、実際そういうレベルでの教え方ができるには僕の空手の力量では大分足りないとは思うのですが。。。

ただ、それ以来、ビギナーの子にも組手の練習をさせて、「ほら、普段の練習で腰を入れて打つ練習をしないと、試合でできないでしょ」みたいなやり方をするようにはしています。

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ちなみに柔道といえば、職場の同僚のコートジボワール人のアミーファニーちゃんは、アビジャンの中学・高校と柔道をやっていたそうです。得意技は?と聞いたところ、「払い腰」とのこと。やるね、アミーちゃん。


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先週は、空手隊員と一緒にセネガルの空手の全国大会を見に行ってきました。いままでみたセネガルの試合の中で一番レベル高かった!身長差をはねかえす戦い方をする小さい選手がいたり、技術的にも勉強になりました。

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この大会は、タンバクンダ、ケドゥグ(ギニア国境)、マタム(マリ国境)、などの僻地からも選手が集まっていて、空手の普及度合いにうれしくなりました。写真は、カザモス(ガンビアを隔てたセネガル南部)出身で女子の軽量級で優勝した選手。ウォロフ族とは違う独特の顔立ちです。

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空手を見ながらつらつらと考えたのですが、僕らの開発の仕事も空手みたいにならなきゃいけないと思う。つまり、ここの空手の大会は、セネガル人だけで何十年も運営されてきて、各地にチームがあって、空手は完全にセネガルのものになってる。僕らのプロジェクトも空手みたいに、道を究めようとセネガル人に思わせる何らかの魅力を持たせるには、自発的に続けてもらって現地に根付いていくためには、何が必要なのか、真剣に考えなきゃいけないなあ、と思いました。

空手隊員が活動しているカオラック市の選手たちが結構タイトル取ってました。いい結果が残せてすばらしいです。この空手隊員はもうすぐ帰国してしまうので、寂しくなるなあ。

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協力隊コラボレーションと、セネガル南部の村訪問記

以前世銀プロに書いた記事「海外青年協力隊は日本の隠れ資産?」がきっかけで、協力隊とのコラボ、「セネガル市場調査団」がはじまっています。


アフリカの中間層やBase of Pyramidはこれからどんどん伸びていく、アフリカは今に中進国の仲間入りをするから、これからがビジネスチャンスだ!というマクロ的なレポートは、世銀、アフリカ開銀、エコノミスト誌、マッキンゼー、モニターコンサルティングなど、いろいろな機関が出しまくっています。

ところが、そういうレポートを読んで、日本企業や先進国の企業がアフリカにきてみても、「で、どうやって商売をはじめていったらいいの?」「村にモノを売るにはどんなチャネルがあるの?」「そもそも、村の人たちってどのくらいお金もっていて、どういう消費行動をとっているの?」「村人が大きな買い物をするときの意思決定プロセスは?」という商売人としては当たり前の問いへの答えがあまりにも少なく、適切な打ち手が見当たらず立ち往生、というケースが少なくありません。

これらの問いには、大きな都市の大企業ばかり見ている僕には答えられないし、商社の人たちも知らないし、JICAやJETROや大使館にいっても情報はないわけです。

ところが、これらの問いに答えられる(あるいは調べて答えられる環境にいる)組織がひとつだけあります。それが海外青年協力隊。日々、村で活動している協力隊員たちにはそれを知る機会があって、じゃあそれを形にしてみようじゃないか、とはじまったのが、このイニシアティブです。

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3月に我が家でやったキックオフ飲み会は、セネガルの北からも南からも興味のある隊員さん6名が集まってくれ、調査方針を話し合いました。取っ掛かりとして、まずは村の一般家庭の家計状態を調べてみようと話になり(どんな収入があるのか、お金がたまると何に使うのか、どういう意思決定プロセスで?、どこから買う?、などなど)、それに加えて特定の分野(農業資材の売れ方、祭りとモノの売れ方の相関、など)に興味のある人はそこを掘り下げてみよう、という方向になりました。隊員さんたちもすごい強い意見を持っていて、楽しい議論でした。みんなが出してくれた村のエピソードひとつひとつが、ビジネスパーソンとして聞いていて実に面白いセネガルの消費者行動が浮かび上がってきたり。

夜中過ぎまで語り、締めは、大学院時代に友人のJ(P&Gのマーケッター出身で今はキャンサースキャンというソーシャルマーケティングの会社を立ち上げている)から叩き込まれたマーケティング理論の講義。Decision Making Process/Unit,、4つの”P”、PushとPullなど、様々なフレームワークを説明しました。隊員さんの飲み込みは超早かったです。

Devil is in detail、やり始めて、今思い浮かべるOutcomeと全然違うものになるかもしれない、途中で大きな方針変更があるかもしれない、隊員活動が忙しくなってこれどころじゃなくなるかもしれない、あるいは時間が思ったよりかかって次の隊次に引き継がなきゃいけないかもしれない、でも、一緒に悩みながらやってみようという話をしました。

走り出すことが一番大事。みんなの課題意識と学ぶ意欲は高くていいチームです。


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4月に入って、最初の家計調査報告が上がってきました。隊員さんたちのレポートのレベルはかなり高く、隊員活動との両立が大丈夫かとハッパをかけている僕のほうが心配になるほどでした。

方向性やマーケティングの基本については、キックオフで大分話し合ったのですが、まだ頭の中がもやもやしている、でもその中でみんなそれぞれの課題を見出し、走り出しています。

テーマは「農業資材の定着(試験的導入)の決定要因は何か?」、「村人の野菜・肉・魚摂取量と収入・その他要因の相関関係」、「セネガル人の預金と借金 – これらの有効活用によって生活水準は向上するのか」「一般的なセネガル家庭の収入・支出の概観、そして大半の家庭では男性の家長が財布を握っているが女性の買い物の動態がどうなっているのか」「家計の中の教育費の位置づけ」などなど。

どうです、開発のプロや民間セクターの皆さんもクリアな答えを持っていない興味深い問いばかりでしょう?

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隊員さんたちのレポートを読んでいて、眼からウロコの情報がいくつかありました。

例えば、セネガル人の貯蓄というのは、銀行にいくことではなく、家畜を買うこと。村から遠いマイクロファイナンスのオフィスに交通費をかけてフィーを取られて預金口座を作ってゼロに近い金利収入を得るよりは、数カ月で体重が何倍にもなる牛などを買ったほうがよほどリターンが高いし安心。牛の面倒を見てくれるプル族に手間賃を払っても、リターンはしっかり出るようです。また、キャッシュを持っていると、お金が必要になった親戚や友人にたかられる可能性が増え、セネガル人的には「Solidarity(団結)」のカルチャーでそういう要請を断れないので、キャッシュをなるべくモノに変えて貯めようとする(建設中の家が多いのは、そういう事情)。あとは、お金を貯める先で、地元の小売店(ブティック)というのも多いそうです。ブティックにお金を預けておいて、モノが必要だったらその口座から引き落としみたいな形で買うようにする。こういう金融行動って、村人相手の商売をしようとしたら知っておくべき知識のひとつでしょう。


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5月上旬には、前述のマーケティングのプロのJが日本から、世銀本部の同僚たちがワシントンから、セネガルに来てくれ、隊員さんたちが活動しているセネガル南部(ガンビア国境)のニオロとメディナサバという二つの村への訪問を行いました。村の人たちの仕事の話や生活の様子を聞いたり、街道からはずれた電気のない村を訪ねたのは、とても楽しかったし、とても勉強になりました。村訪問のあと、ニオロの安ホテルでビールを飲みながら、残りの調査期間で何をやっていくべきなのか、大いに語りました。

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浮かび上がってきたのは、開発のゴールはポジティブな変化を起こして前に進んでいくこと、なので、ぼんやりと全体を見ていてもだめ。Status quoにチャレンジして未来を先取りする個々人が燃えて飛び火させまくることでしか変化を起こすことはできない。そんなchange agentをみつけて力を貰ったりあげたりしながら一緒に変えて・変わっていく必要がある、ということ。

「セネ人は全体的にこうだからダメだ」というトレンドを見るのではなく、その中で変化を起こしている個人にフォーカスしてみよう(たとえば、周り全員がマンゴーを売っているおばちゃんたちの中で、一人だけ卵を売っているおばちゃんがいたら、その人になぜそういう行動変化をはじめたのか聞いてみる)」、というアドバイスがJから出ました。

Jが隊員さんに送ったメールの内容がよかったので転載:
「皆さんにとっては当たり前になっていることが他の人から見ると大発見なのです。
そういう視点を忘れないでプレゼンを作ると良いと思います。
世の中にコンサルタントという職業があるのは、当事者から見ると当たり前のことを
客観的な視点から「なぜそれが当たり前のこととして起きているのか」に対して的確
な分析ができて新しいアクションにつながるからです。
「そういうものだ」で終わらせないで、なぜそもそもそうなのかという視点で見ると
新しいものが(というより、当たり前のことの新しい側面が)見えてきますよ。」


<ニオロ近郊の無電化村>

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<ニオロで点滴灌漑!?>

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こういう感じで進んでいます。

この先の予定は、今月末に我が家で中間報告会(JICAの所長さんが来てくれます)、7月に最終報告、という予定です。できれば成果物をWebに上げたいし、第1回の今回がうまくいったら、次の隊次に引き継いでいっていってほしいし、他の国の隊員さんたちにもこのイニシアティブが広がって、いずれは世界ベースで、こういうBOP・消費行動のデータベースができればいいなあと思っています。


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ここで声を大にして言いたいのは、こういう一番現場をしっている隊員さんたちの活動に、多くの人々が注目(刮目と言ってもよい)していること。

こうやってJ君や世銀の友人たちががセネガルにアドバイスに来たり、アカデミアの先生から参考になる論文をどしどし頂いたり、米国で醤油会社を経営している方から現場で頑張っている日本人への応援の意味で醤油を送って頂けることになったり、医療系支援のプロからも意見を頂いたり、フェースブックの調査団のページのメンバーが隊員7名に対して隊員以外の社会人が26名というこの外からの注目率。これは協力隊の日本にとっての戦略的価値がそれだけ高いという証左に他なりません。

昔、ある隊員の知り合いが帰国後の就職面接で、「あなた、二年間遊んでたんでしょ」と言われたという話をきいて唖然とした記憶がありましたが、そんなナメたセリフは何人たりとも二度と言わせてはいけない。これを通じて、現場から積み上げた「知」のレベルをたたき出したい、そしてそれができるチームがいまここにあると思うのです。

そして、僕自身の仕事も、村の人たちに繋がってなんぼ。でも首都にいては具体的な知恵もわかないし、協力隊やPeace Corpとのコラボ、というのはこれからの開発業界にとってなにげに大事なトレンドになっていくような気がします。

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タンザニア、ルワンダ、ブルンジ訪問記(その2)

ブルンジは、山並みや田んぼがすごく日本に似ていて、長旅の後はほっとします。この写真の場所もまるで福井の農道を走っているようです。

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首都ブジュンブラの夕焼け。日本の夕方を思い出す懐かしい感じ。

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ところで、ルワンダとブルンジを見比べたコートジボワール人のアミーちゃんが、ぼそっと「コートジも公用語を英語に変えればいいのに」とつぶやいたのが面白かったです。彼女いわく、英語にすれば世界中から情報や投資が入ってくるのに加えて、英語を使えばビジネス的に物事を考えられるようになるし、国にとっていいことだらけじゃん、とのこと。日本珍道中も、サムとのシンガポール行きもそうだったけど、アフリカの友人たちが、いろんな国を見てどういう感想を持つかって本当に面白いです。


ブルンジでも、いろいろな町工場から市場のおばちゃんまで徹底的にインタビュー。写真は、チャパティ売りのお兄さん。僕らがインタビューをはじめると、興味を持った子供やおばちゃんたちがぞろぞろと集まってきます。

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街のベーカリー。

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ブジュンブラはコンゴ国境まで車で30分くらいなので、国境までいってきました。でもって、国境の警備員がOKしてくれたので、パスポートなしでコンゴに「密入国」できました(職場の規定に思いっきり抵触するんですが)。あこがれ(!?)のコンゴの大地を踏みしめます。

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コンゴ側にはのどかな水田が広がっています。

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国境の橋のたもとに半日ぼけーっと座ってブルンジとコンゴの間の物流を眺めていました。といってもコンゴのおっちゃん・おばちゃんが自転車や頭にモノを乗せて運んでいるだけなのですが。僕らが調査している対象商品も大いにブルンジからコンゴに流れていて、コンゴ東部市場のポテンシャルがおぼろげながらつかめた気がします。あとは、ビールやジュース、洋服や靴などもがんがん輸送されていて、コンゴ東部ってほんと製造業がなさそうだなあ、と思いました。いつかもっともぐりこんでみたいものです。

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ブルンジ最後の夜はJICAの皆さんと夕食。ニジェールの看護隊員出身で、コンゴを経てブルンジの保健セクターで頑張っている方の話も面白かったし、もう一人いらしていた方が、なんと外資系証券のU社とD社の不動産部門とストラクチャード・ファイナンス部門を渡り歩いた後、人権保護の専門家になり、ブルンジの牢獄を回ってちゃんと人権が守られてるかチェックする仕事をしていたという熱いお姉さまで、アフリカで下から二番目に貧しい国のレストランでデリバティブや投資銀行時代のボーナスについて懐かしむ、という渋い展開になりました。外資系の世界も狭いので、共通の知り合いが何人もいました。で、この方は北陸のご出身なので日本酒をお土産にいただきました(ブルンジではなぜか日本酒が買えるそうです)。それにしても、JICAは職人魂にあふれる熱い人々が多くていつも感銘を受けます。うちの会社もあんまかっこつけてないで、もっと熱くならんといかんと思いました。

最後に、今回の案件では、世銀ダカール事務所の日本人の先輩に、マーケットや現地経済の知識や人脈の紹介などで本当にお世話になっていることを書き添えたいと思います。僕のやる投資が現地での食糧生産を上げて、それが先輩がものすごい苦労をして進めてきた地域間トレードのインフラにのって、大湖地域全体(特にコンゴ東部)の食糧安全保障に寄与する。国際機関で地道にがんばる日本人同士の仕事がクロスオーバーするなんてとてもラッキーなことなので、一段と気合が入ります。

タンザニア、ルワンダ、ブルンジ訪問記(その1)

タンザニアに本社を置く食品会社が、隣国のブルンジ・ルワンダに進出するプロジェクトに融資をする案件の投資前調査から戻ってきました。今回は、ゼロから自分で営業をして取れた案件なので、一段と気合が入ります。

タンザニアは大学院時代に旅行で来て以来、5年ぶり。西アフリカの大都市も、建築ラッシュだったり、スーパーが増えていたり、中産階級の伸びを感じさせますが、ダルエスサラームの景気のよさは一段とすごいと感じました。経済も6-7%で伸びているそうです。東アフリカの地図を見るとわかるのですが、ブルンジ・ルワンダなどの内陸国の玄関口は、東アフリカ屈指の良港ダルエスサラームです(ケニアのモンバサ港も近いが、国境を2回通過しないといけないためロジが煩雑)。過去にはジェノサイトや内戦など悲惨な歴史があったものの今は堅調に成長しているこの2ヶ国の背後には、人口はたくさんいるのに、内戦などの影響で産業がほとんどないコンゴ東部の巨大な成長市場がひかえています。コンゴ東部は、コンゴの首都キンシャサから広大なジャングルとGreat Lift Valleyの山々で切り離されていて、もっぱらルワンダ・ブルンジからモノを供給することになります。なので、タンザニアで成功しているこれらの成長市場を取りに行くべく、生産拠点をつくるのは極めて自然な戦略といえるでしょう。

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<タンザニアの工場から見るダルエスサラームの街並>

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アフリカのアントレプレナーの話というのはいつも大迫力なんですが、今回も例にもれず。中東から移民してきた父親のもとで14歳から牛飼いとして働き始めて、運送会社を起こし、今の食品会社を作ったとのこと。彼を取り巻くチームもよかった。特にアラブとザンジバル人のハーフのマーケティング・マネージャーがすごくできる人でした。彼のマーケ戦略のレポートを読ませてもらったのですが、半端ない深さの市場調査・競合分析に基づき、ハーバードのマーケの授業に戻ったみたいな肝を突いた戦略で、こんなmarketing  savvyな会社はアフリカではじめて見ました。また、こまめにお客さんのところをまわって、クオリティーへのフィードバックを製造チームに伝え、製品の質をよくする地道な努力でシェアを増やしてきたとのこと。巨大な競合との勝負を、マーケティングと営業努力でうまく切り抜けている会社って応援したくなりますね。
<タンザニアでインタビューしたパン屋のおじさん - タンザニアってアラブ系とかインド系のビジネスパーソンががんばってます>

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タンザニアで3日間クライアントのオペレーションや市場の調査をじっくりしたあと、ルワンダに移動。ちなみに、このアントレプレナーの大学生の息子さんがイースター休暇で戻ってきていて、「かばん持ち」として僕たちのルワンダ・ブルンジの調査に同行してきました。西アフリカのレバノン人も同じようにしてますが、若いうちから実地のビジネス経験を積んでstreet smartなビジネスパーソンに育て上げる中東系の英才教育の真髄を見た気がします。
ルワンダの首都キガリは、いくつもの丘が脈々と続く美しい街です。カガメ大統領の政策はがっちり握りが効いているようで、街にはゴミひとつ落ちておらず、びっくり。

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ほんと、はじめて来る国って最高に楽しいものです。ルワンダで、この会社の顧客になるであろう市場の小売のおばちゃんや食品工場のおっちゃんたちにインタビューをしまくったのですが、フランス語・英語(ルワンダはカガメが大統領になってから仏語から英語に切り替わったけど高齢の方は仏語のほうが話しやすいらしい)・キニアルワンダ語・スワヒリ語の4言語が混じりあった会話が展開され、アフリカのヘソにいる感が満点です。クライアントのインド人マネージャーがスワヒリ語がぺらぺら、日本人の僕がブロークンなフラ語をあやつるのを、コートジ人のアミーちゃんがフォローしてくれ、クライアントのルワンダ事務所の人が4ヶ国語の間を取り持つ、という珍道中です。なかなかいい情報取れました。インタビューをしつつ、ルワンダの食品市場にとって、コンゴ東部への輸出は思った以上に大きいことを痛感。時間がなくて、コンゴ東部のゴマにいくことができなかったのは本当に残念。

<キガリ郊外のベーカリー。ウガンダから移民してきた女性アントレプレナーでした。うちのアミーちゃんとのツーショット>

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<キガリの街並み>

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<ブティックのお兄さんにインタビューするアミーちゃん>

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調査を積み上げていくと、どのユーザーたちもシェア1位の最大手に原料供給を100%依存したくないので、いいクオリティーのプロダクトを提供してくれる2番手サプライヤーの出現を待ち望んでいる、だからタンザニアでクオリティー勝負のポジションを築いているこの会社は成功をレプリケートできるだろう、という仮説が立ちつつあります。

次の投稿でブルンジについて書きます。

世銀プロ(最終回) 2013年03月05日 - アフリカの無電化村向けにソーラーランタンを売る、という当たり前のことがなぜこんなに難しいのか? - 「貧困の罠」

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

アフリカに住んでいると、よく停電します。言うまでもないですが、夜に近所全体停電すると、文字通り漆黒の闇で、ロウソクの明かりはなかなか心細く、昔の人々は大変な生活をしていたんだなあと思い知らされます。

そういう太古の生活を続けている人々が、今でもアフリカやアジアにはたくさんいます。IFCのレポートによれば、全世界の人口の約4分の1である14億人が無電化地域に住み、うち、アフリカの無電化地域人口は5.8億人、これは日本の人口の5倍弱です。下の地図に見られるように、アフリカの多くの国々で、人口の90%以上が”Modern energy”(電力と安全な調理火力)へのアクセスがないのですから、ことの深刻さが分かっていただけるでしょう。

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たかが電気、されど電気です。インフラセクターを担当している同僚が言っていたのですが、電気が通っている村の子供たちの学力は、日没後も勉強できるので、やはり高いようです。たとえば、ウォロフ語やプラール語などの現地語以外にも、フランス語ができるようになり、フランス語ができると、就職の道も広がるので、子供たちの人生のチャンスが広がる。また、大人たちも日没後も仕事を続けることができ、収入が上がった結果、子供たちが学校へ行け、病人が医者にかかることだってできるでしょう。そんな訳で、無電化地域の電化は、世界で残されている大きな開発課題のひとつです。

僕のIFCでの本業は、アフリカの農業・食品セクターへの投資なのですが、会社のリーダーシップ・プログラムの一環で、IFCの新しいビジネス・エリアを発掘する、という課題があり、その中で、無電化村の電化のための投資をどうやって増やせるか、という調査をしています。その中でのこれまでの学びについて、少し書いてみたいと思います。

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日没後の漆黒の闇を照らすために、途上国の人々が使っているのが、灯油(ケロシン)ランプ。灯油ランプはたいして明るくないくせに、灯油代金は、月に3ドルから10ドルくらいかかり、世帯所得の5%とも10%ともいわれ、家計支出のもっとも大きなもののひとつであることは間違いないでしょう。また、灯油を家の中で燃やして明かりをともすわけなので、ガス中毒リスクもあり、健康にいいわけがありません。

なので、この灯油ランプを、より明るく、経済的で、安全なソーラーランタンなどに置き換えることができれば、開発効果はとても高いといえるでしょう。

ソーラーランタンは、モノや機能にもよりますが、20ドル-70ドル程度で売られており、仮に、ある家庭が、ソーラーランタンを50ドルで購入し、これまで使っていた灯油代が月5ドルだとすると、10ヶ月でモトが取れるわけです。机上でやると、とても単純な計算で、経済原理的にはどの家庭もソーラーランタンを買うべきであり、アフリカ全体での灯油代の支出は年100億ドル(約9000億円)と推定される中、ソーラーランタンなどが灯油ランプに取って替われば、その市場規模のポテンシャルは巨大である、という人々がいるのも無理はありません。ソーラーランタンなどの「Off grid solution」が、アフリカにおける次の携帯電話になるか、と予測する向きもあります。ご承知のとおり、アフリカでの携帯電話普及率は80-90%を超え、2000年代にアフリカの携帯・通信業界に投資した人たちは大儲けをしています。

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出所: OMC社(インド)プレゼンテーションより

アフリカのソーラーランタンの市場規模は、現状ほぼ倍倍ゲームで増えており(毎年市場が前年の倍近くになっている)、現在400万世帯がソーラーランタンを持っているそう。とはいえ、これは無電化地域の総世帯数の3%程度であり、市場の伸びはこれからも続き、2015年までに1500万世帯がソーラー商品を持つだろうといわれています。ソーラーランタンのコストも、この2年で25%近く下がっていて、2020年までに更に33%下がり、人々はランタンをもっと買いやすくなるだろうといわれています(出所: IFC Lighting Africa) 

こうやって書くと、ソーラー商品を普及させるのは、とても簡単で当たり前そうな課題に見えますが、実際に実行できそうなアイディアを詰めていくと、実は本当に難しい問題です。

当然のことながら、最大の課題は、無電化地域に住む貧困層が、50ドルの支出をできるか、という点。ありうる形として、電機メーカーが、家庭向けの安価なソーラーランタンを、現地のマイクロファイナンス機関や現地の電器店を通じて、無電化地域のBOP層向けに割賦販売をしたり、マイクロファイナンス機関がこういった消費者ローンを提供する、ということはできるでしょう。BOP層としては、今使っている灯油ベースのランタンの一ヶ月分の灯油代よりも、ソーラーランタンの一か月分の分割払い料金のほうが安ければ、こういった消費者金融を取ってでも、ソーラーランタンを買い、余剰所得でローンも返済できるだろう、という目算です。

インドやバングラデシュのような場所では、グラミン銀行のようなパワーのあるマイクロファイナンス機関が、ソーラー商品を売って成功したという事例は多々あるそうです。たとえば、バングラデシュでは、政府がマイクロファイナンス機関に低利の長期ローンを出して、ソーラー商品購入のための消費者金融を加速させようとしており、普及率が現在4%、向こう数年で25%まで持っていく予定だそうです。アフリカにおいては、南アジアに比べて人口密度が低く、販売や代金回収がやりにくい上に、グラミンのようなリーチの効いたマイクロファイナンス機関が少なく、実現はそれほど簡単ではないでしょうが、マイクロファイナンス機関が、ソーラーを売る上で鍵になるプレーヤーになっていくのは間違いないでしょう。

また、貧困層が初期投資のお金がない、という課題を乗り越えるために、いろいろなイノベーションがなされています。たとえば、ソーラー販売会社と携帯電話会社が提携して、携帯電話のプリペイド・クレジットのような仕組みがあります。まず、ソーラー販売会社が消費者向けにランタンをただで渡します。ただ、このランタンのソーラーパネルには携帯会社のシステムと遠隔でつながった特殊なロックが付いていて、消費者が使用時間分のプリペイド・クレジット(スクラッチカードみたいなもの)を買わないと使えません。例えば5時間分のクレジットを買って、クレジットの暗証番号をSMSで携帯会社に送ると、特殊ロックが遠隔で解除され、5時間分ランタンが使える。使用時間が過ぎると、消費者はまたお金を貯めて次のクレジットを買う。そうして、買ったクレジットの総額がランタンの費用に達すると、ランタンの特殊ロックが完全に解除されて、消費者はその先ランタンを自由に使えるようになります。

時間を追って代金を払い終えれば、消費者が完全な所有権を持つという意味では割賦販売と同じですが、お金の貸し手(携帯会社)は代金が払わらなければロックをかけてソーラーランタンをただのガラクタに変えられるという強力なレバレッジを持っているという点が、普通の割賦販売との違いです。ただ、この仕組みはシステム費用がかなりかかるので、それをカバーするだけの消費者数がなければ儲からないでしょう。

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また、ルワンダのNuruという会社は、自転車のダイナモのような足漕ぎ式発電機を地元のアントレプレナーに売り、地元のアントレプレナーは充電式のランタンを消費者に売り、消費者がランタンの充電にやってくるたびにアントレプレナーが充電代を取る、というようなビジネスモデルをはじめています。

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初期投資に加えて、もうひとつ、消費者にとって問題なのは、商品のクオリティーです。大枚をはたいて買う商品なので、安ければいいというものではなく、投資を回収できるまで壊れずちゃんと動く、という「質」はとてもとても大事。

コカ・コーラや石鹸や携帯電話のプリペイド・クレジットなどの消費財は、田舎までしっかり流通しているのに、なぜソーラーランタンの流通が難しいのか、と聞かれた流通業者の興味深い言葉があります。
「The issue is the life cycle of the products. When you launch a soap or a detergent, people will know after one week if the product is good and their neighbors will hear about it . It takes more than a year for consumers to see by themselves that a solar lantern is a worthwhile investment given the payback period(結局のところ、違いは商品のライフサイクルにある。石鹸や洗剤なら、人々は買って1週間後にその商品のよしあしがわかり、近所の人々もその情報を知るだろう。でも、ソーラーランタンはそれがわかるのに、1年以上かかる)」

こういった背景で、質の低いプロダクトが出回ると、ソーラー商品への評判が徐々に落ち、せっかく立ち上がり始めた市場がダメージを受けてしまうこともあります。そこで、IFCと世界銀行は、2年前にLighting Africaというプロジェクトを立ち上げ、ソーラー商品の独自の審査・認証システムを作り上げ、そこに合格した商品の販売を促進しようとしています。(日本でいうJASマークみたいなものですね)

また、販売業者へのファイナンスも鍵でしょう。ソーラーランタンはコーラや石鹸と違ってそんなに頻繁に売れる商品ではないし、そもそもランタン製造業者のほとんどが中国に工場を構えているので、販売・流通業者は、輸入のために多大な運転資金が必要です。業界関係者によると、ランタンを中国のメーカーに発注するのに代金の5割を前払いし、6週間待って商品が船積みされ、船積み時点で代金の残り5割を払い、そこから8週間くらい待って商品がアフリカの港に届く。で、そこから商品が消費者に売れて現金が入るまで更に何週間か待つ。このサイクルを繰り返すので、せっかく商品が売れていても、この運転資金を手当てする手段がないので、新しい商品がなかなか発注できず、売れているのに在庫切れ、という事態になるそうです。

これをなんとかするべく、IFCの金融セクターのチームがアフリカのある銀行と組んで、こういう販売会社への短期金融をつけようと動いています。ただ、販売業者も小規模でインフォーマルでまともな財務諸表があるところもそんなになく、銀行もそんな会社には貸したがらないし、ソーラーランタンは担保としての価値はあまりないので益々貸し手はつかないし、ことは簡単じゃないようです。こういうリスクをカバーするべく、ソーラーセクターに多額の援助をしているシェル財団などのドナーから貸倒れの最初の何割かを保証してもらう、という「1st Loss Cover」と呼ばれる仕組みで、なんとか銀行を説得しようとしています。

ランタンの販売業者にせよ、製造業者にせよ、こういう会社たちにファイナンスをつける際、大きな壁になる冷徹な事実は、「貧困の罠」を超えるのはものすごく大変だ、ということ。そもそも、田舎の無電化村向けになにか商売するというのは、ものすごい大変なことです。ランタンをいくら売っても、単価が安いし、そもそもターゲットの顧客層が貧しくそんなにたくさんは売れないので、粗利ベース(Gross Profit)では利益が出ても、スタッフの給料やマーケティング・販売費用などの間接費(オーバーヘッド)がカバーできず、最終赤字になってしまう、というパターンが多いです。

例えば、スタッフの給料に関して、年収1000万円の経営者レベルのエキスパット(ないしは海外で教育を受けたアフリカ人)を3人雇うと3千万円、田舎に販売にいくローカルスタッフを10人雇って更に2000万円くらい(田舎までいちいち販売活動にいくのはスタッフの時間もガソリン代も色々なコストがかかります)、事務所費用とか、交通費・販売管理費などを入れていくと、年間1億円くらいの間接費はあっという間にかかってしまいます。

この1億円をブレークイーブンにしようとすると、ランタン一個の売上が5000円、粗利益が1000円とすると、年間10万個のランタンを販売する必要があります。これまでアフリカで4百万個くらいのソーラーランタンしか売れていないことを考えると、年間10万個売る、というのはものすごい大変な数字。なので、結局、こういう会社は、この赤字を、ドナーからの寄付金を集めることで埋めて、なんとか事業を続けている状態です。(つまり、寄付金が途切れた瞬間、会社は倒産する)。

将来ソーラーランタンが爆発的に売れる時代が来て、年間何百万個も売れるようになれば、間接費をカバーでき黒字になるでしょうけど、それまで何年もかかることでしょう。利益が出ていないということは、おカネを借りるというレバレッジの源泉になる自己資本もない。そういう状態のビジネスに融資をしろといっても、銀行にとっては無理な相談。なので、銀行がカネを貸さないせいで、ランタン市場が伸びない、と批判されても、これはどうしようもないわけです。

こんな状態の中、調べていて面白かったのが、こういう販売で気を吐いているのは、実は普通の電器取扱い業者ではなく、実は携帯電話会社や学校であったりそうです。たとえば、あるジンバブエの携帯会社は、ユーザーたちにこれまで40万台の携帯電話充電機能付ソーラーランタンを販売したそうです。携帯を充電したい!という願いに乗っかった販売戦略。また、東アフリカの或るソーシャルベンチャーは、小学校の先生たちとタイアップして子供の勉強用のランタンを売るプログラムをやっており、これも30万台近く売って、黒字化の目処が見えてきているとのこと。こういうユニークな販売チャネルに目をつけたプレーヤーたちが今後どう伸びて行くかは要注目でしょう。

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更に、いろいろ話を聞いていくと、そもそもソーラーのような目新しく・奇抜なものを売ることに無理がある。実際に無電化地域や停電が多い地域では、商売人がディーゼルのジェネレーターを使っているのだから、ついでに一般の人にもディーゼルのジェネレーターを小型化・環境により優しくしたバージョンを作って売っていったほうがいい、という意見もあります。

あるいは、そもそも無電化村のような難しいところで売るのがハードルが高いんじゃないか、電気が通っているような普通の町でも停電に悩まされているのだから、まずは都市部の中産階級向けに売っていけばいいのではないか?という考えもあります。そこでランタンが流行れば、「ランタンは買う価値がある」という噂が口伝えで全国に広がって、ゆくゆくは田舎でも売れていくでしょう。携帯電話だって、コカコーラだって、そういう順序で売れていったのだから、いきなりBase of the Pyramid (BOP)向けを攻めずに、まずは都市部で確実に売れるような手順を考えるのがいいのかもしれません。

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こういう消費者向け商品以外にも、Mini gridという仕組みもあります。代表的なモデルは、インドの「Husk Power」社。これは、近隣の村々から集めたお米のHusk(籾殻)を燃やして発電する小型機械を設置し、その発電機から村々に送電線をしいて電気を売る、というモデル。IFCも、この会社に出資をしています。ただ、Husk Powerも、発電機一個一個レベルでは粗利益が出ているものの、それらをあわせた会社全体の粗利益が、間接費用や本社人件費をカバーできず、黒字に至っていないというのが現実。間接費用をカバーできるレベルで粗利益を上げるには、もっともっと多くの村々に進出せねばならず、その設備投資を伴う道のりは平坦ではないようです。(ソーラーランタンの販売業者と同じく、損益分岐点に達する規模に至らないために「貧困の罠」にはまっているという構造です。)

アフリカにこのビジネスモデルを適用しようという議論はあるのですが、これはインドのように相当程度人口密度が高くないとワークしないビジネスモデルで、アフリカでは難しいかもしれません。

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Mini-grid的な発想でもうひとつ興味深いのは、携帯電話会社の通信塔を使ったビジネスモデル。アフリカの携帯電話普及率は100%近くになっているので、携帯の通信塔は、アフリカのどんな田舎にいってもあります。田舎に通信塔を建てる場合、無電化地域である場合が多いので、携帯会社は電力の確保に工夫をこらします。最近は発電にソーラーを使うケースが増えてきて、携帯の通信塔で発電するついでに余剰電力を近隣の村に売ればいいじゃないか、というアイディアが出てきていて、いくつかの携帯会社がCSR(社会貢献活動)ベースでやっているようです。ただ、携帯会社も、ネットワークを絶対に落とすわけにはいかないので、余剰電力があるとはいえ、外部への提供には慎重なようです。

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最後のリスクは、テクノロジーが陳腐化するリスク。人の欲求とテクノロジーの進歩は思ったよりはやく、事業者や投資家が思わぬ足払いに引っかかるケースもあるそうです。インフラに投資をする部門の同僚が言っていたのですが、モロッコの無電化地域に、太陽光発電のmini gridを入れたら、人々は1年後にもっとハイスペックのものがほしくなった。電灯だけじゃなくて、テレビも見たいし、ヒーターもほしい、という声が強くなってくる。なので、この電力会社は、ソーラーのmini gridの投資が回収できていないうちに、大型の発電所から送電網を伸ばしてその村を完全電化することにした、とのことです。

まあ最終的にはフルスペックのgridを敷くことで、ちゃんと電気代を集金して、いままでの投資が回収できればいいのですが、電力会社にとってみたら、投資回収までに思ったより長い期間を要したということになるでしょう。また、マイクロファイナンス機関が、ソーラーランタンを売るための消費者金融をつけても、よりよいバージョンのランタンが出たから、その新しいものを買ってしまい、古いランタンのために借りたおカネを返さなかった、などというケースもあるそう。

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この仕事をしていて、「ビジネスの論理で、貧困問題を解決しよう」と意気込むときに、必ずぶち当たる壁が、「貧困の罠」

先に書いたように、無電化村向けに商売するのは、顧客層が貧しくて十分な規模にならないし、人口密度が低くてインフラが弱く、しかも優秀な人材は高いおカネを出さないと雇えないアフリカでは、事業をするためのコストもものすごくかかる。だから、なかなか儲からないし、儲からないと事業を続けるためのファイナンスもつかない。貧しければ貧しいほど、貧困から脱却するチャンスが少ない。

聖書に「富める者はますます富み、貧しき者は持っているわずかな物でさえ取り去られる」(マタイによる福音書)と書かれています。2000年前から人々が立ち向かっている「貧困の罠」。この負の連鎖を断ち切るのは、著名な経済学者たちの脳みそを動因しても簡単ではなく、現在地球上に残されている大きな課題に貧困問題が含まれているのも理由があるところでしょう。

新卒で証券会社に入ったとき、先輩から「お前なあ、気合と根性と情熱だけじゃ、世の中動かないんだよ!」とどなられたことがあります。たしかに僕はたいていのことは気合と情熱でなんとかなると思っている人間なのですが、「貧困の罠」を断ち切るというこの件については、いやはやまったくその先輩のお言葉通りなのです。

難しいけれど、商業ベースに乗る案件だけじゃなく、こういうBase of the Pyramid向けもリスクを取ってなんぼの開発機関なので、1件1件の案件を慎重に分析しつつ、ひとつでも実際の投資につなげられるように、努力をしていきたいと思います。電気がありがたい、というのは人類普遍のテーゼで、無電化地域の電化ビジネスは、次の携帯電話になる爆発的な可能性を十分に秘めています。この爆発の糸口になる最初の数件の投資成功事例をなんとか生み出したいと思っている次第です。

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ランタンを持つタンザニアの小学校の子供たち

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さて、この「世銀日本人スタッフによるブログ」サイト、世界銀行のポリシー変更により、3月末で閉鎖されることになりました。従って僕のエントリーはこれで最後になります。これまでご愛読ありがとうございました。これ以降は、僕の個人ブログに移して書いていこうと思いますので(「世銀」という名前が外れるので、もっと好き放題書きます)、引き続きよろしくお願いいたします。
http://blog.livedoor.jp/earthcolor0826/

世銀プロ 2013年01月29日 - セネガル北部の村への訪問記 – 青年海外協力隊は日本の「隠れ資産」?

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

先日、青年海外協力隊の隊員さんたちが住んでいるセネガル北部の村を訪問して、それがとても面白く、途上国開発に関わる原点に帰るいい経験ができたので、ここでレポートしてみたいと思います。

今回訪問したのは、コキ村、チャメヌ村、ダーラ市という三つの場所です。僕が住んでいる首都のダカールからは車で片道4時間半です。

最初にいったのがコキ村とチャメヌ村。ここで活動している隊員のI君とSさんは、村落開発隊員。村人の収入源を増やすべく、鶏の飼育方法や、野菜(特にレタス)の栽培を指導しています。コキ村は、舗装された県道沿いにある村で、電気は通っています。ただ、国道沿いの大きな街からは30キロくらい離れていて、地元の雇用を生み出すような企業はなさそうで、地元の人は主に農業や商業(物資輸送・販売)で生計を立てている様子。

目を引くものといえば、セネガルの中でも大きいコーラン学校があるくらい。魚・お肉や野菜や、その他の生活用品(調味料、油、など)などは、離れた国道沿いの町から運ばれてくるので、値段がダカールやセネガルの他の地方都市で買うより高いとのこと。特に雨期が終わってしまうと、灌漑された農地が少ないこの村では、生鮮野菜が取れにくくなり、外から運ばれてくる野菜は村人がしょっちゅう買えるほどは安くないので、食事は主にご飯に豆を混ぜたような質素な食事がメインになるそうです。そういう状況の中、お祭りのときなどに消費される鶏肉を作って売るのは有効な収入源ですし、野菜がないシーズンにレタスを作ればいい値段で売れ、利益があがるそうです。

コキ村の商店街

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隊員さんの家は、一軒家で、庭があり、庭に鶏を飼っています。水道や流しは屋内にはなく、水汲みや食器洗いなどは、庭にある水汲み場で行います。トイレは、トルコ式のすっとん便所で、学生時代インドネシアでホームステイをしていた頃、水でお尻をふいていた経験を思い出しました。電気は通っているものの、かなり停電が多いみたいで、そうなると日没後や夜明け前の家の中は本当に真っ暗になります。ソーラーランタンなどのBOP向け商品は、無電化村もさることながら、こういう電化されているのだけれど停電が多い村でも普通に売れるかもなあ、そしてこういう村の人々のほうが、無電化のものすごい田舎の村の人々より多少収入はあるだろうから、普及の第一歩はこういう村からはじめたほうがいいかもしれないなあ、などと考えを巡らせました(ソーラーランタンについてはいずれ書きます)。

チャメヌ村の隊員さんの家の近所。何もない。。。

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夕食は、隊員さんが飼っているホロホロ鳥をさばいて頂きました。新鮮なお肉はコクがあって最高の味でした!

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夕食を食べながら、隊員さんたちの活動内容を聞きました。鶏については、ヒヨコの入手方法、餌の種類、パフォーマンス指標など、マニアックな話で盛り上がりました。ヒヨコや餌などは、30キロ離れた国道沿いの町まで行って買わなければいけないので(そして値段はダカールよりもそこまでの輸送コストがかかっている分高い)、余計にお金と手間がかかってしまうし、ヒヨコなどは必要なタイミングですぐ手に入らないという機会費用もあるそう。また、鶏飼育の普及を阻んでいる要因のひとつが、初期投資の高さ。

木と金網でできた鳥小屋を使っているそうなのですが、これを作るのに、だいたい7000円くらいかかります。鶏一匹あたりの利益が120円とのことなので、初期投資を回収するためには鶏を60匹近く売る必要があります。ひとつの鳥小屋に10匹鶏が入るとすると、ヒヨコから成鳥まで育てるサイクルを6サイクル回せば元が取れます。1サイクル回すのに40日から50日かかるので、元を取るのに8−10か月かかってしまいます。これだとなかなか貧しい人には手が出せない。なので、鳥小屋の製作費用をどうやって安くできるか、というのが大きな課題の一つのようです。

ところが、こういった課題があった場合に、他の隊員や他の国や地域でどんなベストプラクティスがあるのか共有するKnowledge Managementのシステムはないそうで、こういうとき、もっとデーターベースがあったり、JICAの専門家のアドバイスを受けられるようなプラットフォームがあれば、より活動が効率的になるのかもなあ、と感じました。

もうひとつの活動の柱、レタス栽培はいいビジネスだそうです。詳しい利益率などは聞きませんでしたが、作るのにそれほど大きな土地がいらなさそうで、ジョウロやペットボトルなどで簡単に灌漑もできるし、生鮮野菜が手に入りづらい季節には需要は多く、うまくいっている模様。レタス栽培は、大規模にやればもっと効率はいいでしょうし、個人的には、こういう貧しい村に園芸企業の資本が入って村人を雇って栽培するようなスキームができれば、ビジネス的にも面白いなあと思いました。レタス栽培のような本当に現地のニーズに即したビジネスアイディアって、現場にいる隊員さんだからこそ出せる貴重なアイディアだと思います。

ちなみに、チャメヌ村の隊員さんは、片道1時間半かけて周辺の村まで歩いて、こういった技術を教えに行っているそうです。本当に頭が下がります。

今回の旅のもうひとつの目的は、地方におけるモノの流通を理解すること。村の卸売業者、小売店などを見学させてもらいました。田舎だからBOP向けの独自の商品が流れているわけではなく、ダカールで売れ筋のもの(お米、ブイヨン、マスタード、トマトソース、食用油、砂糖、マヨネーズなど)を、村のお店でも取り扱っています。こういった商品のブランドはセネガルで人気のトップブランドに限られ、ダカールのお店ほどのブランドのバラエティーはありません。購買力の少ない村で在庫リスクを抱えるので、人気ブランドのみ扱うというのは卸・小売店としては当然の判断なのでしょう。

商品を全国展開でBOP向けも含めて成功させるためには、実はまず都市部でマーケティングを成功させ田舎の流通業者もリスクなく取り扱えるくらいの人気ブランドを作り上げるのがカギなのかもしれません。ちなみに、面白かったのが、伝統的にセネガルで食べられているモノ以外に、中国製の海老煎餅が売れていたこと。お店の人になぜ売れるのか理由を聞き出そうとしましたが、「いや、値段が安いし、油であげるだけでおいしいスナックになるから人気なんだよ」という程度しか聞き出せませんでした。しかし、なんらかのきっかけがあれば、アジア食品もセネガルの隅々まで売れる可能性があるということで、アフリカ進出を考えている日本企業にとってはヒントになる例なのかもしれません。

翌日訪ねたダーラという街では、この地方最大の家畜の日曜市を見学し、近所のジビテリ(肉料理屋)の焼きたての羊肉とモッツァレラチーズに舌鼓を打ちました。家畜(牛、羊など)は、一匹少なくても数千円、1万円以上するものも多いので、遊牧民族の人々は家畜市場で1万フラン札(1500円くらい)を何枚も、びっくりするくらいのお金を抱えて取引をしていました。どのくらい利益が出るのか知りませんが、遊牧民は意外にお金をもっているのかもしれません。

アメリカのPeace Corp(アメリカ版協力隊)で、地元の女性たちの乳業組合向けの経営アドバイスをしている隊員さんにも会え、興味深い話が聞けました。乳業者で、インフォーマルからフォーマルになって、村の外の都市部へ商品を「輸出」したり、マイクロファイナンス銀行からお金を借りて事業を拡大したりする成功しているアントレプレナーは、ほかの人たちと何が違うの?と聞いたところ、最後は基礎教育だ、と言っていました。結局、すべては教育に戻っていくんですよね、あたりまえですが。

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隊員さんの活動の様子やBOP市場の現場を見れたことは、1週間分の仕事と同じくらいの学びがあった旅になりました。お世話になった隊員の皆様、本当に有難うございました!

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さて、僕が協力隊の活動は素晴らしいなあと思う理由は、現場の最前線に住み込んで、ボトムアップの活動をし、まさに国の底上げに貢献しているからです。トップダウンのアプローチを取る世銀やその他ドナーのプロジェクトも重要でしょうけど、本当にアフリカを少しずつ変えていくのは、村に住み込んで状況を少しでも改善しようと努力する協力隊的なアプローチだと思います。(トップダウン vs. ボトムアップについては、以前のエントリー「坂の上の雲」をご覧ください。)

更に、どんどん内向きになってこのままジリ貧になるかもといわれる日本経済のトレンドを、新興国でがっつり稼げるような構造に変えていくキッカケになるのは、協力隊なのかもしれないと思います。

最近、日本企業の方々から、「アフリカの経済はこれからどんどん伸びていくといわれているし、人口もそれなりにいるし、アフリカにも進出していきたい。また、Bottom of the Pyramidという言葉がブームになっているし、これから伸び行く低所得層・中所得層にどんどんモノを売っていきたい。でも、実際にその戦略を実行しようとすると、どこからはじめればいいかわからないんですよねえ。。。」というような相談を受けることがあります。

これに対しては、僕もいい答えがありません。もちろん、仕事で食品や消費財を担当しているので、都市部でどのようにモノが流通しているかはよく知っています。また、大規模な企業がどのように経営されていて、経営者たちの間でどういうニーズがあるかというのは知っています。ところが、アフリカの人口の大半はまだ地方や農村部に住んでいて、これらの人々も消費者として含めないと、それなりの市場規模が見込めず、おカネと人員を投入してアフリカに進出することがmake senseしないということもありうるでしょう。

たとえば、アフリカの農業がこれから伸びるのはほぼ間違いないところで、日本の農機メーカーやディーラーが中古の機械などを売っていこうというのは、正しい戦略だと思います。でも、実際にどうやって売るかを考えるのは大変です。そもそも売る相手がよくわからないでしょう。村に農機が買えるくらいの中規模農家がいるのかもよく知りませんし、あるいは小規模農家しかいないのなら、まとまった農協みたいなところに売るのか?そういった農協があるとすれば、商売の相手になるようなレベルに組織されているのか?支払い能力は?また、買い手(消費者)に一括で払えるお金がないのなら、割賦で販売する必要がありますが、こういう信用リスクを取ってくれるマイクロファイナンス機関みたいなところはあるのか?競合商品は?農機の代わりに使われている代替品はどんなものか?田舎の村人がこういう大きな買い物をするときにどういう意思決定の仕方をするのか?(耐用年数が低くても安いものを買いたいのか、あるいは高くてもいいものがほしいのか)あるいは、そもそも流通やマーケティングをやってくれる代理店みたいなところはどこを使えばいいのか?彼らは信用できるのか?

こういう実情をしっかり理解して、「こういうマーケティングをかけていきましょう」と具体的かつ現実的な提案できるのは、首都の商社駐在員でも、世界銀行でも、大使館でも、JICAでも、JETROでも、日本や欧州ベースでfly-in fly-outをするBOPビジネス専門家でもなく、実際に村に住んでいる隊員しかいないと思うのです。

また、「セネガルの田舎ではレタス栽培が面白い」なんていう発想は、隊員しか考え付かないと思うし、こういったビジネスアイディアの吸い上げの情報源としても大きな貢献ができるでしょう。

もちろん、隊員の大半は、教育や医療や技術指導など、ビジネスとはそんなに関係のない活動が多いでしょう。しかし、そういった隊員たちも、普段の生活のなかで「こんな商品、ビジネスがあればいいのになあ」と思うことだってあるかもしれません。また、隊員の中には村落開発隊員や、民間企業経験者の隊員だっているわけです。こういう人たちに、ちゃんとメンターをつけてあげる、例えばそれがJICAの民間連携のビジネス専門家だっていいわけです。

ちゃんとメンターがついて、たとえば、アフリカ諸国の隊員が共著で「アフリカの田舎でどうやってモノを売るか」というレポートを出せば、そんな地に足のついた骨太なビジネスレポートはこれまでにないわけですし(これまでマッキンゼーやアフリカ開発銀行など色々なコンサル会社や開発機関が出している、アフリカの消費はこれから伸びる、みたいなレポートは、表面をさらっただけで、実際どうやって商売をするかについてはまったくヒントがありません)、結構な数の企業がお金を出してでも、そのレポートを買うと思うのです。また、他にもいいレポートテーマがあったら、それが必要そうな企業にコンタクトして、調査委託という形でお金を出してもらってもいいわけでしょう。

更に、もっと生々しく、「ビジネス隊員」というのを作って、例えばマッキンゼーやボストンコンサルティング出身の若者を送り込んだっていいかもしれません。ちなみに、僕が大学院のときインターンをしていたモザンビークのテクノサーブというNGOでは、こういうコンサル上がりの20代のスタッフたちが、地域の開発プランを書き、政府や地元企業と連携して実行に移していました。こういったビジネス隊員を作りだせる仕組みがあっていいのになあと思います。

こういうことを書くと、協力隊という公の器を、私企業のために使うのはよくないというお叱りが聞こえてきそうですが、国費を使って送っている人たちを、日本の経済・ビジネスのために利用せずしてもったいないのではないですか?といいたいです。日本の「隠れ資産」というのはたくさんあると思うけれど、これから成長する世界の新興国の町々・村々に張り巡らせたネットワークを持つ協力隊というのは、戦略的な情報網であり、日本の大きな「隠れ資産」のひとつといえるでしょう。政治家やJICAさんは、この協力隊という戦略的隠れ資産から、どれだけの価値を絞り出せるか、というReturn on investment的な発想も持って頂いて、新しいイニシアティブを生み出して頂きたいと思うし、個人的にも協力隊の活動に関して引き続きエールを送り続けていきたいと思います。

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世銀プロ 2012年11月27日 - 西アフリカ営業道

ダカール事務所の小辻洋介です。

ダカールは雨季後の暑い時期を過ぎて、完全な乾季に入っています。涼しくなったのはいいのですが、サハラから吹き降ろす砂交じりの風「ハルマッタン」が吹き始め、これがくると空気が悪くなるので、若干ブルーです。そうはいっても、空は相変わらずどこまでも青いセネガルです。

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以前このブログで告知したとおり、10月の世界銀行総会にあわせたリクルーティング・イベントで東京に一時帰国していました。2日間で200名近い方とお話でき、世界銀行グループへの関心度合いの高さをとてもうれしく思いました。参考になるお話ができたかはわかりませんが、これをきっかけに、現場で一緒に走れる戦友が増えるといいなあと思っています。

***

さて、外部の方からよく聞かれる質問に、「IFCは色々と面白い会社に投資をしていますが、これらの投資案件はどのように発掘するのですか?」というのがあります。その答えは、「こっちからがんがん営業してます」です。

もちろんクライアント側から融資を受けたいという問い合わせが来る場合もあるのですが、なかなか先方から持ち込まれる案件というのは、相当難しい案件でどこからも借りれなくて最後にIFCに来ました、というものが多いのです。国際機関なんだから、難しい案件でも開発のためにやれよ、という声も聞こえてきそうですが、僕たちも投資家からお金を借りてきて貸出業務をしているという意味では普通の金融機関と変わらず、リスクの高い案件をやってお金が返ってこないと経営が成り立たず困ってしまうわけです。

こういう背景で、貸してもちゃんとお金が返ってきそうな、それなりの企業への投資案件をゲットするには、やはり自分から積極的に営業をかけていく必要があります。実際に西アフリカで成立している案件のほとんどが、自分から営業をかけて取れたものといっていいでしょう。これは普通の金融機関ならきわめて当たりまえのことなのですが、国際機関だと自動的に優良案件がくると思われている方も多いみたいで、よくびっくりされます。僕が担当しているフランス語圏西アフリカのように、IFCの知名度が低いところでは特にそうです。

企業の経営者たちは、「なんとなくIFCという銀行があるとは知っているけど、なんか謎めいていて、お金を借りるとアングロ・サクソン系の資本主義者たちに会社をのっとられるかもしれない」、あるいは。「世銀というからにはお涙頂戴の非営利系の案件しかやらず、うちらみたいな一般企業は関係ないんでしょ」、くらい思っています。そこの誤解を解くべく、挨拶をしにいって、「IFCは普通の銀行となんら変わりません。でも、地元銀行がほとんどやっていない5年から10年の長期の資金が提供できます。御社をセネガルの代表企業から、アフリカを代表する企業に飛躍させるべく一緒にやりませんか?」などの売り文句をかけていくわけです。この他のIFCの「売り」は、以前のエントリー「クレジット・ヒストリー – なぜ僕らは途上国企業からちゃんと金利を取るのか」をご参照下さい。

年間に、案件を何件やれ、いくらの金額を達成せよ、というノルマがあるのも、普通の金融機関とまったく同じです。業績を上げれば大きなボーナスをもらえ、ノルマを達成できなければクビになってしまうという外資系金融的な厳しさはありませんが、成績が悪いと部署全体の業績も下がるので、上司からは「この使えない奴め」という冷たい目で見られ出世もできませんし、一方ノルマを達成していい成績を出すと他の同僚よりは少しお給料の伸び率がよくなる、というそれなりのインセンティブ・システムは働いています。

こういった背景で、現在進行形の投資案件の実行(エクセキューションと呼びます)や投資後のポートフォリオ管理をやる以外の時間は、ほとんど全て営業に使っています。

営業の入り口は、そもそも国内にどんな会社があるか調べること。日本であれば会社四季報や帝国データなどの資料があり、どの業界にどんな企業があるかすぐわかりますが、西アフリカ諸国(特にフランス語圏)ではそんなデータベースなどありません。ここで、僕がよくやるのは、各国の工業地帯を産業スパイよろしく回って、大きそうな工場があったら、その名前と電話番号をメモします。コートジボワールで、ある工場の看板の写真を撮っていたら、お前は中国の産業スパイか、と本当に従業員に囲まれそうになったこともあります。

ほかにも、地元の会計士や弁護士や商工会議所に問い合わせたり、スーパーを回ってよさそうな地元商品があったらその会社にコンタクトしてみる、など色々な方法がありますが、ビジネスの強さや規模は、なんとなく工場を見れば想像がつくので、やはり工業地帯周りが僕のお気に入りの手法です。あとは、投資したお客さんから、知り合いのアントレプレナーを紹介して頂く、ということもあります。よく海外から来るミッションが政府系の機関(セネガルだと投資誘致公社など)に挨拶にいったりしますが、僕のこれまでの経験では、政府系機関が本当に「使える」コンタクトをくれたことは、残念ながらほとんどありません。やはり、商売のことは商売人と話すのが一番だなあと思います。

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写真はコートジボワールの工業地帯

このようにして、ある程度のコンタクト情報を貯めたら、事務所でグーグルなどを使ってその会社の事業内容や規模を調べて、それなりの規模の会社であれば、コールドコールをかけます。英語圏の国の場合は自分でかけますが、フランス語圏の場合は、いきなり僕のブロークン・フレンチでやると怪しまれてしまうので、フランス語ネイティブの同僚たちにお願いをして電話してもらいます。コールドコールというと大変そうですが、こちらの会社は意外にちゃんと対応してくれて、特に「世界銀行グループなのですが。。。」、と言うと、それが黄門様の印籠よろしく効き目があり、社長や財務責任者などに取り次いでくれることがほとんどです。こういうとき、独立系のファンドじゃなくて、世銀にいるのは楽をさせてもらってるなあ、と思います。ちなみに会ったことがないのにいきなりe-mailを送っても、返してもらえることは極めてまれなので、まずは徹底的に電話をします。

さて、最近アポを取って回った会社で面白かったものをいくつかレポートしてみましょう。

まずは、セネガルの飲料業界では一番といっていいブランド力を誇るキレン社。セネガルに来ると「キレン」ブランドの水を飲まずに生きていくことはできないでしょう。これはレバノン系のコングロマリットの子会社で、カーボベルデ人の社長が経営をまかされています。工場はダカールから車で南に2時間くらい走ったところにあります。みんながよく飲んでいるミネラル・ウォーター以外にも、牛乳やジュースのラインもあり、社長自ら案内してくださいました。ジュースは、新作の味見もさせていただき、この新作はかなりおいしかったです。工場はHACCP(食品の安全に関する基準)の認証を取っており、整理・整頓もしっかりなっていて、アフリカで見た食品工場の中でトップクラスだと思いました。やはり勝ち組の会社は違います!

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お次が、セネガルの塩の精製所。カオラックという地方都市で取れる天然塩を精製して、食品会社に売っています。信じられないことに、西アフリカ各国の食品会社は塩(精製塩)すら輸入に頼っているのですが、この会社は他社の追随を許さない塩のクオリティーを誇り、西アフリカ塩業界のエースで、輸入品からシェアを取りつつあります。コートジボワールなどにも輸出をはじめるそうです。父親が失敗した事業を兄弟が引き継いで再生させているという浪花節な感じ。まだ事業規模が小さいので、IFCが投資するには早いのですが、keep in touchでいこうと思います。こういう熱いアントレプレナーシップが西アフリカを変えていくと信じたいですね。

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最後が、私立病院。マーモグラフィーやMRIなどの検査系が強い病院で、日立、東芝、島津製作所などの日本の医療機器があり、日本人としてとてもうれしく思いました。西アフリカのお金持ちは何か大きな健康問題があると、フランスやモロッコなどの北アフリカで治療を受けるのですが、この病院は海外レベルの治療をできるようにして、フランスに行くほどのお金のないセネガルや近隣諸国の中産階級の人たちが治療を受けられるようにしたいとのこと。こういう病院がきっかけで、セネガルの医療ツーリズムが花開いたら、これはすごいことかもしれません。

実際に訪問しても、すぐに資金需要があることは少ないので、こうやって築いた関係は、時間をかけてフォローアップしていき、いざ資金需要が出た時点でお声がかかるようにします。
僕の営業道で心がけているのは、「お茶を飲みにいく」ということ。前職の証券会社で案件が取れなかったときに、クライアントの重役にサシで飲みに呼ばれてこう言われたことがあります。

「小辻君、なんでウチが君のとこじゃなくて、他社にディールをあげたと思う?何ヶ月に一回か分厚い営業資料を持ってくる会社よりも、もっと頻繁に用事がなくてもお茶を飲みに来る会社のほうに声をかけたくなるものだよ。」

この時のことは一生忘れません。

「用事がなくても時々お茶を飲みにいく」というのは、やはり忙しいのでなかなかやり切れていないのですが、人のつながりをとても大切にする西アフリカでも、この重役の方のアドバイスはものすごく生きています。

こういった努力にも関わらず、ふられてしまうこともあります。つい先日も、ある会社が訪ねてこられて、「いや、実はほかの金融機関から借りることにしたんですよ。」といわれました。とりあえず、どこがよくなかったですか?ほかに何かさせて頂けることはありますか?とお聞きして、今後の糧にしていくわけですが、やはり、悔しいです。

こういう紆余曲折があるので、実際にプロジェクトがはじまり、投資が完了すると、本当に泣けるほど、うれしいわけです。ちなみに営業をかけて実際に案件が完了するのは、ざっとみて30社から50社に1社くらいです。

以上、西アフリカの営業についてでした。金融業界で働いている方からみればきわめて当たり前の話で面白くなかったかもしれませんが、日本でも西アフリカでも営業道は同じだ、というのが逆に新鮮かもしれないと思って、今日はこういう話を書いてみました。

12月にはコートジボワールとガンビアの2ヶ国を営業で回り、いよいよ年の瀬が近づいてきます。

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最後に、最近はまっている寿司づくりの写真を。週末は港に出て漁師さんから新鮮な魚(鯛、黒鯛、アジ、カツオ、など)を買い付け、家でさばいて寿司パーティーをやるのが、最近の自分の中でのブームです。特に、内陸部の魚のないところで頑張っている青年海外協力隊員さんなどを呼んで、彼らが最高の笑顔で食べてくれるのを見ると、本当にうれしくなりますね。

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世銀プロ 2012年09月25日 - ガーナのヤシ油プランテーション

IFCダカール事務所の小辻です。セネガルは夏の間続いた雨季が終わりに近づき、普段は半砂漠で茶色く乾ききった街が、緑の絨毯をしいたようにもこもこになっています。雨のおかげで空気は澄み切って、この時期は一年で一番碧い海を見ることができます。

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本題に入る前にひとつ宣伝をさせてください。

今年10月、世界銀行・IMFの総会が、東京オリンピックの1964年以来、ほぼ半世紀ぶりに東京で行われます!これに伴って世銀・IFCは日本人採用を気合を入れて進める予定です。

10月9日(火)夜にリクルーティング・イベントが東京で行われ、僕もパネリストの一人として参加する予定です。イベントは招待制なので、途上国金融に興味がある金融人・学生の皆様、ぜひレジュメをWBGJapanrecruiting@ifc.orgまでお送りください!

翌10月10日(水)夜には、Alpha LeadersさんとIFCとの共催イベントで、アフリカ銀行員奮闘記についてお話します。お申込みはAlpha Leadersさんのサイトからお願いします。また、お知り合いで興味がありそうな方がいれば、是非これらの情報をフォワードして頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします!!

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さて、銀行員にとって、融資を実行することも大事ですが、同じように手間がかかり大切なのが、融資後のモニタリング。貸した金は返ってきてなんぼなので、ちゃんと金利や元本を払ってくれているかを確認するのは基本ですが、それ以外にも会社のオペレーションや財務はうまく回っているかをモニターしたり(何かおかしければ金が返ってこなくなる前兆ということで、なんらかの手を打つことになります)、環境や社会面での基準を守ってくれているか見ていくことも大切なモニタリング項目です。

僕は6件の投資済案件のモニタリングを担当しているのですが、そのうちの一つが今日取り上げるガーナのヤシ油プランテーション。5年前に同僚のサムが融資を実行したのですが、彼が忙しくて首が回らなくなり3年前に僕がモニタリングを引き継ぎました。とはいえ、僕もいろいろな案件に終われて忙しく、これまで電話やメールのやり取りだけで済ましていて、実際にプランテーションを訪ねたことがなかったので、先日はじめての訪問をしてきました。

ヤシ油、といっても日本ではなかなかなじみのない植物ですが、東南アジアや西・中部アフリカでは、経済の根幹を支えている農産物のひとつです。食用油としても使えますし、石鹸などに加工することもできます。大豆油や菜種油などに比べて効率的そして安価に製造できるのも魅力のひとつ。増え続ける世界の人口の胃袋を満たす食用油のひとつとして更なる増産が期待されています。

ところが、このヤシ油、課題もあります。そのうち大きなものが森林破壊。ヤシ油は熱帯地方で育つので、何千・何万ヘクタールという大規模なプランテーションを建てる場合は、必然的に熱帯雨林を開墾して、ヤシを植えていくことになります。また、その熱帯雨林の中で生活している人や、その合間で零細農業を行っている農家への補償をする、という社会面の配慮も大切なポイントです。最近、グリーンピースなどの複数のNGOが、ヤシ油農園開発は、森林破壊につながるし、地元住民に裨益しないから、投資家や銀行団は一旦投資は全て凍結して、もう一度環境・社会基準を見直せ、というレポートを出して、ル・モンドなどの国際紙にも取り上げられたのは、業界関係者の記憶に新しいところです。

もちろん、農園があれば、何百人という雇用が生まれ、企業が学校や病院を建てたり、周辺地域の経済活動が活発になったりするわけで、要は、経済開発と、環境・人権のバランスをどう取っていくか、ということだと思います。実際、IFCは過去3年かけて、政府・企業・NGOなど様々なステークホルダーの意見を聞いて、ヤシ油投資の際の環境・社会審査基準を見直し、最適バランスがどこなのかという落しどころを探ってきました。

前置きが長くなりましたが、農園の写真をいくつか載せてみます。

農園は、ガーナの首都アクラから車で3時間のところにあり、途中には美しい緑が広がります。

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農場のサイズは、5000ヘクタール。地平線まで続く広大な農園はとても美しかったです。

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やしのフルーツ。これを搾ってオイルを採ります。

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プランテーション全景。はるかに搾油所やリファイナリーなどの加工施設が見えます。加工施設では、油を絞ったあとのヤシの実の殻を燃やしてボイラーを沸かし、そのエネルギーで発電をする2.5メガワットの巨大な発電設備があり、プランテーションで使う電力の全量をまかなっています。

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夕方になると空が晴れ渡り、夕日が輝きます。最高の景色。プランテーションの経営陣とビールを飲みながら、様々なアフリカ武勇伝話に花が咲きます。

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25年から30年経ったヤシの木は生産性が落ちるので(木から取れる実の量が減っていく)、腐らせて、かわりに新しい苗を植えます。新たに森林地帯を開墾して新しい木を植えていくより、既にあるプランテーションで古い木を新しいものに変えることで生産性を上げていくことが大切なのは、衆目の一致するところだと思います。朽ちていく老木は巨大な墓標のようです。

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農園内にある従業員の子弟がいく学校。病院などもありちょっとした街のようです。

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プランテーション訪問の後、ガーナをあとにして、隣国のコートジボワールへ。以前の記事にも書きましたが、内戦後の経済復興は素晴らしい勢いなので、IFCとしても企業支援を通じて復興をサポートすべく、色々な会社に営業をかけてきました。

ビジネス面で様々な起業家に会えて楽しかったのですが、印象に残ったのが週末にお邪魔したコートジボワール日本人補習校でした。ダカールの補習校と違って、生徒さんの大半は日本人とコートジボワール人のハーフの子供たち。みなさん礼儀正しく、成績は地元の学校でトップクラスだそうです。大和魂をコートジボワールの地で脈々と伝えていく親御さんたちの気概を感じました。子供たちは空手にも興味があるそうなので、次回の訪問で空手を教える約束をしてきました。コートジボワールに行く楽しみがまたひとつ増えました。

***

最後にプライベートの話題ですが、夏の帰国のときにアフリカ事務所の同僚8名を連れて日本を旅行しました。東京・京都・僕の地元の福井・そして一部の人は広島、という行程を1週間で駆け抜けました。自動販売機が外にあること、ガソリンスタンドの給油ホースが上からぶらさがっていること、日本の赤飯と西アフリカの豆ご飯が全く同じ、といったことに驚きを示し、京都では、三十三間堂の千体の観音像に感動し(平安末期の乱世に平和を祈って建てられたという、アフリカのいくつかの国にも共通する祈りが心を打ったのか)、福井の芦原温泉では、豪華なお部屋と山海の幸、そしてステージ付の宴会場にみんな大興奮。食べ物は、梅酒が大ヒット。普段あまりお酒を飲まない同僚たちも思いっきり飲んだくれていました!IFCを引退したら、アフリカで梅酒工場を建てようかしらと本気で考え始めています。

下の写真は、福井「常山酒造」さんにて。酒造の九代目の解説を受け、お酒のテイスティング。全国で金賞を取ったお酒のおいしさにみんなびっくり。「これなら、日本食レストランに限らず、パリの一流フレンチで出てきてもおかしくないわ!」とパリジェンヌをきどるトーゴ人のソニアさんが太鼓判でした。

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