世銀プロフェッショナル記事

世銀プロ(最終回) 2013年03月05日 - アフリカの無電化村向けにソーラーランタンを売る、という当たり前のことがなぜこんなに難しいのか? - 「貧困の罠」

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

アフリカに住んでいると、よく停電します。言うまでもないですが、夜に近所全体停電すると、文字通り漆黒の闇で、ロウソクの明かりはなかなか心細く、昔の人々は大変な生活をしていたんだなあと思い知らされます。

そういう太古の生活を続けている人々が、今でもアフリカやアジアにはたくさんいます。IFCのレポートによれば、全世界の人口の約4分の1である14億人が無電化地域に住み、うち、アフリカの無電化地域人口は5.8億人、これは日本の人口の5倍弱です。下の地図に見られるように、アフリカの多くの国々で、人口の90%以上が”Modern energy”(電力と安全な調理火力)へのアクセスがないのですから、ことの深刻さが分かっていただけるでしょう。

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たかが電気、されど電気です。インフラセクターを担当している同僚が言っていたのですが、電気が通っている村の子供たちの学力は、日没後も勉強できるので、やはり高いようです。たとえば、ウォロフ語やプラール語などの現地語以外にも、フランス語ができるようになり、フランス語ができると、就職の道も広がるので、子供たちの人生のチャンスが広がる。また、大人たちも日没後も仕事を続けることができ、収入が上がった結果、子供たちが学校へ行け、病人が医者にかかることだってできるでしょう。そんな訳で、無電化地域の電化は、世界で残されている大きな開発課題のひとつです。

僕のIFCでの本業は、アフリカの農業・食品セクターへの投資なのですが、会社のリーダーシップ・プログラムの一環で、IFCの新しいビジネス・エリアを発掘する、という課題があり、その中で、無電化村の電化のための投資をどうやって増やせるか、という調査をしています。その中でのこれまでの学びについて、少し書いてみたいと思います。

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日没後の漆黒の闇を照らすために、途上国の人々が使っているのが、灯油(ケロシン)ランプ。灯油ランプはたいして明るくないくせに、灯油代金は、月に3ドルから10ドルくらいかかり、世帯所得の5%とも10%ともいわれ、家計支出のもっとも大きなもののひとつであることは間違いないでしょう。また、灯油を家の中で燃やして明かりをともすわけなので、ガス中毒リスクもあり、健康にいいわけがありません。

なので、この灯油ランプを、より明るく、経済的で、安全なソーラーランタンなどに置き換えることができれば、開発効果はとても高いといえるでしょう。

ソーラーランタンは、モノや機能にもよりますが、20ドル-70ドル程度で売られており、仮に、ある家庭が、ソーラーランタンを50ドルで購入し、これまで使っていた灯油代が月5ドルだとすると、10ヶ月でモトが取れるわけです。机上でやると、とても単純な計算で、経済原理的にはどの家庭もソーラーランタンを買うべきであり、アフリカ全体での灯油代の支出は年100億ドル(約9000億円)と推定される中、ソーラーランタンなどが灯油ランプに取って替われば、その市場規模のポテンシャルは巨大である、という人々がいるのも無理はありません。ソーラーランタンなどの「Off grid solution」が、アフリカにおける次の携帯電話になるか、と予測する向きもあります。ご承知のとおり、アフリカでの携帯電話普及率は80-90%を超え、2000年代にアフリカの携帯・通信業界に投資した人たちは大儲けをしています。

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出所: OMC社(インド)プレゼンテーションより

アフリカのソーラーランタンの市場規模は、現状ほぼ倍倍ゲームで増えており(毎年市場が前年の倍近くになっている)、現在400万世帯がソーラーランタンを持っているそう。とはいえ、これは無電化地域の総世帯数の3%程度であり、市場の伸びはこれからも続き、2015年までに1500万世帯がソーラー商品を持つだろうといわれています。ソーラーランタンのコストも、この2年で25%近く下がっていて、2020年までに更に33%下がり、人々はランタンをもっと買いやすくなるだろうといわれています(出所: IFC Lighting Africa) 

こうやって書くと、ソーラー商品を普及させるのは、とても簡単で当たり前そうな課題に見えますが、実際に実行できそうなアイディアを詰めていくと、実は本当に難しい問題です。

当然のことながら、最大の課題は、無電化地域に住む貧困層が、50ドルの支出をできるか、という点。ありうる形として、電機メーカーが、家庭向けの安価なソーラーランタンを、現地のマイクロファイナンス機関や現地の電器店を通じて、無電化地域のBOP層向けに割賦販売をしたり、マイクロファイナンス機関がこういった消費者ローンを提供する、ということはできるでしょう。BOP層としては、今使っている灯油ベースのランタンの一ヶ月分の灯油代よりも、ソーラーランタンの一か月分の分割払い料金のほうが安ければ、こういった消費者金融を取ってでも、ソーラーランタンを買い、余剰所得でローンも返済できるだろう、という目算です。

インドやバングラデシュのような場所では、グラミン銀行のようなパワーのあるマイクロファイナンス機関が、ソーラー商品を売って成功したという事例は多々あるそうです。たとえば、バングラデシュでは、政府がマイクロファイナンス機関に低利の長期ローンを出して、ソーラー商品購入のための消費者金融を加速させようとしており、普及率が現在4%、向こう数年で25%まで持っていく予定だそうです。アフリカにおいては、南アジアに比べて人口密度が低く、販売や代金回収がやりにくい上に、グラミンのようなリーチの効いたマイクロファイナンス機関が少なく、実現はそれほど簡単ではないでしょうが、マイクロファイナンス機関が、ソーラーを売る上で鍵になるプレーヤーになっていくのは間違いないでしょう。

また、貧困層が初期投資のお金がない、という課題を乗り越えるために、いろいろなイノベーションがなされています。たとえば、ソーラー販売会社と携帯電話会社が提携して、携帯電話のプリペイド・クレジットのような仕組みがあります。まず、ソーラー販売会社が消費者向けにランタンをただで渡します。ただ、このランタンのソーラーパネルには携帯会社のシステムと遠隔でつながった特殊なロックが付いていて、消費者が使用時間分のプリペイド・クレジット(スクラッチカードみたいなもの)を買わないと使えません。例えば5時間分のクレジットを買って、クレジットの暗証番号をSMSで携帯会社に送ると、特殊ロックが遠隔で解除され、5時間分ランタンが使える。使用時間が過ぎると、消費者はまたお金を貯めて次のクレジットを買う。そうして、買ったクレジットの総額がランタンの費用に達すると、ランタンの特殊ロックが完全に解除されて、消費者はその先ランタンを自由に使えるようになります。

時間を追って代金を払い終えれば、消費者が完全な所有権を持つという意味では割賦販売と同じですが、お金の貸し手(携帯会社)は代金が払わらなければロックをかけてソーラーランタンをただのガラクタに変えられるという強力なレバレッジを持っているという点が、普通の割賦販売との違いです。ただ、この仕組みはシステム費用がかなりかかるので、それをカバーするだけの消費者数がなければ儲からないでしょう。

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また、ルワンダのNuruという会社は、自転車のダイナモのような足漕ぎ式発電機を地元のアントレプレナーに売り、地元のアントレプレナーは充電式のランタンを消費者に売り、消費者がランタンの充電にやってくるたびにアントレプレナーが充電代を取る、というようなビジネスモデルをはじめています。

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初期投資に加えて、もうひとつ、消費者にとって問題なのは、商品のクオリティーです。大枚をはたいて買う商品なので、安ければいいというものではなく、投資を回収できるまで壊れずちゃんと動く、という「質」はとてもとても大事。

コカ・コーラや石鹸や携帯電話のプリペイド・クレジットなどの消費財は、田舎までしっかり流通しているのに、なぜソーラーランタンの流通が難しいのか、と聞かれた流通業者の興味深い言葉があります。
「The issue is the life cycle of the products. When you launch a soap or a detergent, people will know after one week if the product is good and their neighbors will hear about it . It takes more than a year for consumers to see by themselves that a solar lantern is a worthwhile investment given the payback period(結局のところ、違いは商品のライフサイクルにある。石鹸や洗剤なら、人々は買って1週間後にその商品のよしあしがわかり、近所の人々もその情報を知るだろう。でも、ソーラーランタンはそれがわかるのに、1年以上かかる)」

こういった背景で、質の低いプロダクトが出回ると、ソーラー商品への評判が徐々に落ち、せっかく立ち上がり始めた市場がダメージを受けてしまうこともあります。そこで、IFCと世界銀行は、2年前にLighting Africaというプロジェクトを立ち上げ、ソーラー商品の独自の審査・認証システムを作り上げ、そこに合格した商品の販売を促進しようとしています。(日本でいうJASマークみたいなものですね)

また、販売業者へのファイナンスも鍵でしょう。ソーラーランタンはコーラや石鹸と違ってそんなに頻繁に売れる商品ではないし、そもそもランタン製造業者のほとんどが中国に工場を構えているので、販売・流通業者は、輸入のために多大な運転資金が必要です。業界関係者によると、ランタンを中国のメーカーに発注するのに代金の5割を前払いし、6週間待って商品が船積みされ、船積み時点で代金の残り5割を払い、そこから8週間くらい待って商品がアフリカの港に届く。で、そこから商品が消費者に売れて現金が入るまで更に何週間か待つ。このサイクルを繰り返すので、せっかく商品が売れていても、この運転資金を手当てする手段がないので、新しい商品がなかなか発注できず、売れているのに在庫切れ、という事態になるそうです。

これをなんとかするべく、IFCの金融セクターのチームがアフリカのある銀行と組んで、こういう販売会社への短期金融をつけようと動いています。ただ、販売業者も小規模でインフォーマルでまともな財務諸表があるところもそんなになく、銀行もそんな会社には貸したがらないし、ソーラーランタンは担保としての価値はあまりないので益々貸し手はつかないし、ことは簡単じゃないようです。こういうリスクをカバーするべく、ソーラーセクターに多額の援助をしているシェル財団などのドナーから貸倒れの最初の何割かを保証してもらう、という「1st Loss Cover」と呼ばれる仕組みで、なんとか銀行を説得しようとしています。

ランタンの販売業者にせよ、製造業者にせよ、こういう会社たちにファイナンスをつける際、大きな壁になる冷徹な事実は、「貧困の罠」を超えるのはものすごく大変だ、ということ。そもそも、田舎の無電化村向けになにか商売するというのは、ものすごい大変なことです。ランタンをいくら売っても、単価が安いし、そもそもターゲットの顧客層が貧しくそんなにたくさんは売れないので、粗利ベース(Gross Profit)では利益が出ても、スタッフの給料やマーケティング・販売費用などの間接費(オーバーヘッド)がカバーできず、最終赤字になってしまう、というパターンが多いです。

例えば、スタッフの給料に関して、年収1000万円の経営者レベルのエキスパット(ないしは海外で教育を受けたアフリカ人)を3人雇うと3千万円、田舎に販売にいくローカルスタッフを10人雇って更に2000万円くらい(田舎までいちいち販売活動にいくのはスタッフの時間もガソリン代も色々なコストがかかります)、事務所費用とか、交通費・販売管理費などを入れていくと、年間1億円くらいの間接費はあっという間にかかってしまいます。

この1億円をブレークイーブンにしようとすると、ランタン一個の売上が5000円、粗利益が1000円とすると、年間10万個のランタンを販売する必要があります。これまでアフリカで4百万個くらいのソーラーランタンしか売れていないことを考えると、年間10万個売る、というのはものすごい大変な数字。なので、結局、こういう会社は、この赤字を、ドナーからの寄付金を集めることで埋めて、なんとか事業を続けている状態です。(つまり、寄付金が途切れた瞬間、会社は倒産する)。

将来ソーラーランタンが爆発的に売れる時代が来て、年間何百万個も売れるようになれば、間接費をカバーでき黒字になるでしょうけど、それまで何年もかかることでしょう。利益が出ていないということは、おカネを借りるというレバレッジの源泉になる自己資本もない。そういう状態のビジネスに融資をしろといっても、銀行にとっては無理な相談。なので、銀行がカネを貸さないせいで、ランタン市場が伸びない、と批判されても、これはどうしようもないわけです。

こんな状態の中、調べていて面白かったのが、こういう販売で気を吐いているのは、実は普通の電器取扱い業者ではなく、実は携帯電話会社や学校であったりそうです。たとえば、あるジンバブエの携帯会社は、ユーザーたちにこれまで40万台の携帯電話充電機能付ソーラーランタンを販売したそうです。携帯を充電したい!という願いに乗っかった販売戦略。また、東アフリカの或るソーシャルベンチャーは、小学校の先生たちとタイアップして子供の勉強用のランタンを売るプログラムをやっており、これも30万台近く売って、黒字化の目処が見えてきているとのこと。こういうユニークな販売チャネルに目をつけたプレーヤーたちが今後どう伸びて行くかは要注目でしょう。

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更に、いろいろ話を聞いていくと、そもそもソーラーのような目新しく・奇抜なものを売ることに無理がある。実際に無電化地域や停電が多い地域では、商売人がディーゼルのジェネレーターを使っているのだから、ついでに一般の人にもディーゼルのジェネレーターを小型化・環境により優しくしたバージョンを作って売っていったほうがいい、という意見もあります。

あるいは、そもそも無電化村のような難しいところで売るのがハードルが高いんじゃないか、電気が通っているような普通の町でも停電に悩まされているのだから、まずは都市部の中産階級向けに売っていけばいいのではないか?という考えもあります。そこでランタンが流行れば、「ランタンは買う価値がある」という噂が口伝えで全国に広がって、ゆくゆくは田舎でも売れていくでしょう。携帯電話だって、コカコーラだって、そういう順序で売れていったのだから、いきなりBase of the Pyramid (BOP)向けを攻めずに、まずは都市部で確実に売れるような手順を考えるのがいいのかもしれません。

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こういう消費者向け商品以外にも、Mini gridという仕組みもあります。代表的なモデルは、インドの「Husk Power」社。これは、近隣の村々から集めたお米のHusk(籾殻)を燃やして発電する小型機械を設置し、その発電機から村々に送電線をしいて電気を売る、というモデル。IFCも、この会社に出資をしています。ただ、Husk Powerも、発電機一個一個レベルでは粗利益が出ているものの、それらをあわせた会社全体の粗利益が、間接費用や本社人件費をカバーできず、黒字に至っていないというのが現実。間接費用をカバーできるレベルで粗利益を上げるには、もっともっと多くの村々に進出せねばならず、その設備投資を伴う道のりは平坦ではないようです。(ソーラーランタンの販売業者と同じく、損益分岐点に達する規模に至らないために「貧困の罠」にはまっているという構造です。)

アフリカにこのビジネスモデルを適用しようという議論はあるのですが、これはインドのように相当程度人口密度が高くないとワークしないビジネスモデルで、アフリカでは難しいかもしれません。

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Mini-grid的な発想でもうひとつ興味深いのは、携帯電話会社の通信塔を使ったビジネスモデル。アフリカの携帯電話普及率は100%近くになっているので、携帯の通信塔は、アフリカのどんな田舎にいってもあります。田舎に通信塔を建てる場合、無電化地域である場合が多いので、携帯会社は電力の確保に工夫をこらします。最近は発電にソーラーを使うケースが増えてきて、携帯の通信塔で発電するついでに余剰電力を近隣の村に売ればいいじゃないか、というアイディアが出てきていて、いくつかの携帯会社がCSR(社会貢献活動)ベースでやっているようです。ただ、携帯会社も、ネットワークを絶対に落とすわけにはいかないので、余剰電力があるとはいえ、外部への提供には慎重なようです。

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最後のリスクは、テクノロジーが陳腐化するリスク。人の欲求とテクノロジーの進歩は思ったよりはやく、事業者や投資家が思わぬ足払いに引っかかるケースもあるそうです。インフラに投資をする部門の同僚が言っていたのですが、モロッコの無電化地域に、太陽光発電のmini gridを入れたら、人々は1年後にもっとハイスペックのものがほしくなった。電灯だけじゃなくて、テレビも見たいし、ヒーターもほしい、という声が強くなってくる。なので、この電力会社は、ソーラーのmini gridの投資が回収できていないうちに、大型の発電所から送電網を伸ばしてその村を完全電化することにした、とのことです。

まあ最終的にはフルスペックのgridを敷くことで、ちゃんと電気代を集金して、いままでの投資が回収できればいいのですが、電力会社にとってみたら、投資回収までに思ったより長い期間を要したということになるでしょう。また、マイクロファイナンス機関が、ソーラーランタンを売るための消費者金融をつけても、よりよいバージョンのランタンが出たから、その新しいものを買ってしまい、古いランタンのために借りたおカネを返さなかった、などというケースもあるそう。

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この仕事をしていて、「ビジネスの論理で、貧困問題を解決しよう」と意気込むときに、必ずぶち当たる壁が、「貧困の罠」

先に書いたように、無電化村向けに商売するのは、顧客層が貧しくて十分な規模にならないし、人口密度が低くてインフラが弱く、しかも優秀な人材は高いおカネを出さないと雇えないアフリカでは、事業をするためのコストもものすごくかかる。だから、なかなか儲からないし、儲からないと事業を続けるためのファイナンスもつかない。貧しければ貧しいほど、貧困から脱却するチャンスが少ない。

聖書に「富める者はますます富み、貧しき者は持っているわずかな物でさえ取り去られる」(マタイによる福音書)と書かれています。2000年前から人々が立ち向かっている「貧困の罠」。この負の連鎖を断ち切るのは、著名な経済学者たちの脳みそを動因しても簡単ではなく、現在地球上に残されている大きな課題に貧困問題が含まれているのも理由があるところでしょう。

新卒で証券会社に入ったとき、先輩から「お前なあ、気合と根性と情熱だけじゃ、世の中動かないんだよ!」とどなられたことがあります。たしかに僕はたいていのことは気合と情熱でなんとかなると思っている人間なのですが、「貧困の罠」を断ち切るというこの件については、いやはやまったくその先輩のお言葉通りなのです。

難しいけれど、商業ベースに乗る案件だけじゃなく、こういうBase of the Pyramid向けもリスクを取ってなんぼの開発機関なので、1件1件の案件を慎重に分析しつつ、ひとつでも実際の投資につなげられるように、努力をしていきたいと思います。電気がありがたい、というのは人類普遍のテーゼで、無電化地域の電化ビジネスは、次の携帯電話になる爆発的な可能性を十分に秘めています。この爆発の糸口になる最初の数件の投資成功事例をなんとか生み出したいと思っている次第です。

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ランタンを持つタンザニアの小学校の子供たち

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さて、この「世銀日本人スタッフによるブログ」サイト、世界銀行のポリシー変更により、3月末で閉鎖されることになりました。従って僕のエントリーはこれで最後になります。これまでご愛読ありがとうございました。これ以降は、僕の個人ブログに移して書いていこうと思いますので(「世銀」という名前が外れるので、もっと好き放題書きます)、引き続きよろしくお願いいたします。
http://blog.livedoor.jp/earthcolor0826/

世銀プロ 2013年01月29日 - セネガル北部の村への訪問記 – 青年海外協力隊は日本の「隠れ資産」?

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

先日、青年海外協力隊の隊員さんたちが住んでいるセネガル北部の村を訪問して、それがとても面白く、途上国開発に関わる原点に帰るいい経験ができたので、ここでレポートしてみたいと思います。

今回訪問したのは、コキ村、チャメヌ村、ダーラ市という三つの場所です。僕が住んでいる首都のダカールからは車で片道4時間半です。

最初にいったのがコキ村とチャメヌ村。ここで活動している隊員のI君とSさんは、村落開発隊員。村人の収入源を増やすべく、鶏の飼育方法や、野菜(特にレタス)の栽培を指導しています。コキ村は、舗装された県道沿いにある村で、電気は通っています。ただ、国道沿いの大きな街からは30キロくらい離れていて、地元の雇用を生み出すような企業はなさそうで、地元の人は主に農業や商業(物資輸送・販売)で生計を立てている様子。

目を引くものといえば、セネガルの中でも大きいコーラン学校があるくらい。魚・お肉や野菜や、その他の生活用品(調味料、油、など)などは、離れた国道沿いの町から運ばれてくるので、値段がダカールやセネガルの他の地方都市で買うより高いとのこと。特に雨期が終わってしまうと、灌漑された農地が少ないこの村では、生鮮野菜が取れにくくなり、外から運ばれてくる野菜は村人がしょっちゅう買えるほどは安くないので、食事は主にご飯に豆を混ぜたような質素な食事がメインになるそうです。そういう状況の中、お祭りのときなどに消費される鶏肉を作って売るのは有効な収入源ですし、野菜がないシーズンにレタスを作ればいい値段で売れ、利益があがるそうです。

コキ村の商店街

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隊員さんの家は、一軒家で、庭があり、庭に鶏を飼っています。水道や流しは屋内にはなく、水汲みや食器洗いなどは、庭にある水汲み場で行います。トイレは、トルコ式のすっとん便所で、学生時代インドネシアでホームステイをしていた頃、水でお尻をふいていた経験を思い出しました。電気は通っているものの、かなり停電が多いみたいで、そうなると日没後や夜明け前の家の中は本当に真っ暗になります。ソーラーランタンなどのBOP向け商品は、無電化村もさることながら、こういう電化されているのだけれど停電が多い村でも普通に売れるかもなあ、そしてこういう村の人々のほうが、無電化のものすごい田舎の村の人々より多少収入はあるだろうから、普及の第一歩はこういう村からはじめたほうがいいかもしれないなあ、などと考えを巡らせました(ソーラーランタンについてはいずれ書きます)。

チャメヌ村の隊員さんの家の近所。何もない。。。

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夕食は、隊員さんが飼っているホロホロ鳥をさばいて頂きました。新鮮なお肉はコクがあって最高の味でした!

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夕食を食べながら、隊員さんたちの活動内容を聞きました。鶏については、ヒヨコの入手方法、餌の種類、パフォーマンス指標など、マニアックな話で盛り上がりました。ヒヨコや餌などは、30キロ離れた国道沿いの町まで行って買わなければいけないので(そして値段はダカールよりもそこまでの輸送コストがかかっている分高い)、余計にお金と手間がかかってしまうし、ヒヨコなどは必要なタイミングですぐ手に入らないという機会費用もあるそう。また、鶏飼育の普及を阻んでいる要因のひとつが、初期投資の高さ。

木と金網でできた鳥小屋を使っているそうなのですが、これを作るのに、だいたい7000円くらいかかります。鶏一匹あたりの利益が120円とのことなので、初期投資を回収するためには鶏を60匹近く売る必要があります。ひとつの鳥小屋に10匹鶏が入るとすると、ヒヨコから成鳥まで育てるサイクルを6サイクル回せば元が取れます。1サイクル回すのに40日から50日かかるので、元を取るのに8−10か月かかってしまいます。これだとなかなか貧しい人には手が出せない。なので、鳥小屋の製作費用をどうやって安くできるか、というのが大きな課題の一つのようです。

ところが、こういった課題があった場合に、他の隊員や他の国や地域でどんなベストプラクティスがあるのか共有するKnowledge Managementのシステムはないそうで、こういうとき、もっとデーターベースがあったり、JICAの専門家のアドバイスを受けられるようなプラットフォームがあれば、より活動が効率的になるのかもなあ、と感じました。

もうひとつの活動の柱、レタス栽培はいいビジネスだそうです。詳しい利益率などは聞きませんでしたが、作るのにそれほど大きな土地がいらなさそうで、ジョウロやペットボトルなどで簡単に灌漑もできるし、生鮮野菜が手に入りづらい季節には需要は多く、うまくいっている模様。レタス栽培は、大規模にやればもっと効率はいいでしょうし、個人的には、こういう貧しい村に園芸企業の資本が入って村人を雇って栽培するようなスキームができれば、ビジネス的にも面白いなあと思いました。レタス栽培のような本当に現地のニーズに即したビジネスアイディアって、現場にいる隊員さんだからこそ出せる貴重なアイディアだと思います。

ちなみに、チャメヌ村の隊員さんは、片道1時間半かけて周辺の村まで歩いて、こういった技術を教えに行っているそうです。本当に頭が下がります。

今回の旅のもうひとつの目的は、地方におけるモノの流通を理解すること。村の卸売業者、小売店などを見学させてもらいました。田舎だからBOP向けの独自の商品が流れているわけではなく、ダカールで売れ筋のもの(お米、ブイヨン、マスタード、トマトソース、食用油、砂糖、マヨネーズなど)を、村のお店でも取り扱っています。こういった商品のブランドはセネガルで人気のトップブランドに限られ、ダカールのお店ほどのブランドのバラエティーはありません。購買力の少ない村で在庫リスクを抱えるので、人気ブランドのみ扱うというのは卸・小売店としては当然の判断なのでしょう。

商品を全国展開でBOP向けも含めて成功させるためには、実はまず都市部でマーケティングを成功させ田舎の流通業者もリスクなく取り扱えるくらいの人気ブランドを作り上げるのがカギなのかもしれません。ちなみに、面白かったのが、伝統的にセネガルで食べられているモノ以外に、中国製の海老煎餅が売れていたこと。お店の人になぜ売れるのか理由を聞き出そうとしましたが、「いや、値段が安いし、油であげるだけでおいしいスナックになるから人気なんだよ」という程度しか聞き出せませんでした。しかし、なんらかのきっかけがあれば、アジア食品もセネガルの隅々まで売れる可能性があるということで、アフリカ進出を考えている日本企業にとってはヒントになる例なのかもしれません。

翌日訪ねたダーラという街では、この地方最大の家畜の日曜市を見学し、近所のジビテリ(肉料理屋)の焼きたての羊肉とモッツァレラチーズに舌鼓を打ちました。家畜(牛、羊など)は、一匹少なくても数千円、1万円以上するものも多いので、遊牧民族の人々は家畜市場で1万フラン札(1500円くらい)を何枚も、びっくりするくらいのお金を抱えて取引をしていました。どのくらい利益が出るのか知りませんが、遊牧民は意外にお金をもっているのかもしれません。

アメリカのPeace Corp(アメリカ版協力隊)で、地元の女性たちの乳業組合向けの経営アドバイスをしている隊員さんにも会え、興味深い話が聞けました。乳業者で、インフォーマルからフォーマルになって、村の外の都市部へ商品を「輸出」したり、マイクロファイナンス銀行からお金を借りて事業を拡大したりする成功しているアントレプレナーは、ほかの人たちと何が違うの?と聞いたところ、最後は基礎教育だ、と言っていました。結局、すべては教育に戻っていくんですよね、あたりまえですが。

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隊員さんの活動の様子やBOP市場の現場を見れたことは、1週間分の仕事と同じくらいの学びがあった旅になりました。お世話になった隊員の皆様、本当に有難うございました!

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さて、僕が協力隊の活動は素晴らしいなあと思う理由は、現場の最前線に住み込んで、ボトムアップの活動をし、まさに国の底上げに貢献しているからです。トップダウンのアプローチを取る世銀やその他ドナーのプロジェクトも重要でしょうけど、本当にアフリカを少しずつ変えていくのは、村に住み込んで状況を少しでも改善しようと努力する協力隊的なアプローチだと思います。(トップダウン vs. ボトムアップについては、以前のエントリー「坂の上の雲」をご覧ください。)

更に、どんどん内向きになってこのままジリ貧になるかもといわれる日本経済のトレンドを、新興国でがっつり稼げるような構造に変えていくキッカケになるのは、協力隊なのかもしれないと思います。

最近、日本企業の方々から、「アフリカの経済はこれからどんどん伸びていくといわれているし、人口もそれなりにいるし、アフリカにも進出していきたい。また、Bottom of the Pyramidという言葉がブームになっているし、これから伸び行く低所得層・中所得層にどんどんモノを売っていきたい。でも、実際にその戦略を実行しようとすると、どこからはじめればいいかわからないんですよねえ。。。」というような相談を受けることがあります。

これに対しては、僕もいい答えがありません。もちろん、仕事で食品や消費財を担当しているので、都市部でどのようにモノが流通しているかはよく知っています。また、大規模な企業がどのように経営されていて、経営者たちの間でどういうニーズがあるかというのは知っています。ところが、アフリカの人口の大半はまだ地方や農村部に住んでいて、これらの人々も消費者として含めないと、それなりの市場規模が見込めず、おカネと人員を投入してアフリカに進出することがmake senseしないということもありうるでしょう。

たとえば、アフリカの農業がこれから伸びるのはほぼ間違いないところで、日本の農機メーカーやディーラーが中古の機械などを売っていこうというのは、正しい戦略だと思います。でも、実際にどうやって売るかを考えるのは大変です。そもそも売る相手がよくわからないでしょう。村に農機が買えるくらいの中規模農家がいるのかもよく知りませんし、あるいは小規模農家しかいないのなら、まとまった農協みたいなところに売るのか?そういった農協があるとすれば、商売の相手になるようなレベルに組織されているのか?支払い能力は?また、買い手(消費者)に一括で払えるお金がないのなら、割賦で販売する必要がありますが、こういう信用リスクを取ってくれるマイクロファイナンス機関みたいなところはあるのか?競合商品は?農機の代わりに使われている代替品はどんなものか?田舎の村人がこういう大きな買い物をするときにどういう意思決定の仕方をするのか?(耐用年数が低くても安いものを買いたいのか、あるいは高くてもいいものがほしいのか)あるいは、そもそも流通やマーケティングをやってくれる代理店みたいなところはどこを使えばいいのか?彼らは信用できるのか?

こういう実情をしっかり理解して、「こういうマーケティングをかけていきましょう」と具体的かつ現実的な提案できるのは、首都の商社駐在員でも、世界銀行でも、大使館でも、JICAでも、JETROでも、日本や欧州ベースでfly-in fly-outをするBOPビジネス専門家でもなく、実際に村に住んでいる隊員しかいないと思うのです。

また、「セネガルの田舎ではレタス栽培が面白い」なんていう発想は、隊員しか考え付かないと思うし、こういったビジネスアイディアの吸い上げの情報源としても大きな貢献ができるでしょう。

もちろん、隊員の大半は、教育や医療や技術指導など、ビジネスとはそんなに関係のない活動が多いでしょう。しかし、そういった隊員たちも、普段の生活のなかで「こんな商品、ビジネスがあればいいのになあ」と思うことだってあるかもしれません。また、隊員の中には村落開発隊員や、民間企業経験者の隊員だっているわけです。こういう人たちに、ちゃんとメンターをつけてあげる、例えばそれがJICAの民間連携のビジネス専門家だっていいわけです。

ちゃんとメンターがついて、たとえば、アフリカ諸国の隊員が共著で「アフリカの田舎でどうやってモノを売るか」というレポートを出せば、そんな地に足のついた骨太なビジネスレポートはこれまでにないわけですし(これまでマッキンゼーやアフリカ開発銀行など色々なコンサル会社や開発機関が出している、アフリカの消費はこれから伸びる、みたいなレポートは、表面をさらっただけで、実際どうやって商売をするかについてはまったくヒントがありません)、結構な数の企業がお金を出してでも、そのレポートを買うと思うのです。また、他にもいいレポートテーマがあったら、それが必要そうな企業にコンタクトして、調査委託という形でお金を出してもらってもいいわけでしょう。

更に、もっと生々しく、「ビジネス隊員」というのを作って、例えばマッキンゼーやボストンコンサルティング出身の若者を送り込んだっていいかもしれません。ちなみに、僕が大学院のときインターンをしていたモザンビークのテクノサーブというNGOでは、こういうコンサル上がりの20代のスタッフたちが、地域の開発プランを書き、政府や地元企業と連携して実行に移していました。こういったビジネス隊員を作りだせる仕組みがあっていいのになあと思います。

こういうことを書くと、協力隊という公の器を、私企業のために使うのはよくないというお叱りが聞こえてきそうですが、国費を使って送っている人たちを、日本の経済・ビジネスのために利用せずしてもったいないのではないですか?といいたいです。日本の「隠れ資産」というのはたくさんあると思うけれど、これから成長する世界の新興国の町々・村々に張り巡らせたネットワークを持つ協力隊というのは、戦略的な情報網であり、日本の大きな「隠れ資産」のひとつといえるでしょう。政治家やJICAさんは、この協力隊という戦略的隠れ資産から、どれだけの価値を絞り出せるか、というReturn on investment的な発想も持って頂いて、新しいイニシアティブを生み出して頂きたいと思うし、個人的にも協力隊の活動に関して引き続きエールを送り続けていきたいと思います。

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世銀プロ 2012年11月27日 - 西アフリカ営業道

ダカール事務所の小辻洋介です。

ダカールは雨季後の暑い時期を過ぎて、完全な乾季に入っています。涼しくなったのはいいのですが、サハラから吹き降ろす砂交じりの風「ハルマッタン」が吹き始め、これがくると空気が悪くなるので、若干ブルーです。そうはいっても、空は相変わらずどこまでも青いセネガルです。

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以前このブログで告知したとおり、10月の世界銀行総会にあわせたリクルーティング・イベントで東京に一時帰国していました。2日間で200名近い方とお話でき、世界銀行グループへの関心度合いの高さをとてもうれしく思いました。参考になるお話ができたかはわかりませんが、これをきっかけに、現場で一緒に走れる戦友が増えるといいなあと思っています。

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さて、外部の方からよく聞かれる質問に、「IFCは色々と面白い会社に投資をしていますが、これらの投資案件はどのように発掘するのですか?」というのがあります。その答えは、「こっちからがんがん営業してます」です。

もちろんクライアント側から融資を受けたいという問い合わせが来る場合もあるのですが、なかなか先方から持ち込まれる案件というのは、相当難しい案件でどこからも借りれなくて最後にIFCに来ました、というものが多いのです。国際機関なんだから、難しい案件でも開発のためにやれよ、という声も聞こえてきそうですが、僕たちも投資家からお金を借りてきて貸出業務をしているという意味では普通の金融機関と変わらず、リスクの高い案件をやってお金が返ってこないと経営が成り立たず困ってしまうわけです。

こういう背景で、貸してもちゃんとお金が返ってきそうな、それなりの企業への投資案件をゲットするには、やはり自分から積極的に営業をかけていく必要があります。実際に西アフリカで成立している案件のほとんどが、自分から営業をかけて取れたものといっていいでしょう。これは普通の金融機関ならきわめて当たりまえのことなのですが、国際機関だと自動的に優良案件がくると思われている方も多いみたいで、よくびっくりされます。僕が担当しているフランス語圏西アフリカのように、IFCの知名度が低いところでは特にそうです。

企業の経営者たちは、「なんとなくIFCという銀行があるとは知っているけど、なんか謎めいていて、お金を借りるとアングロ・サクソン系の資本主義者たちに会社をのっとられるかもしれない」、あるいは。「世銀というからにはお涙頂戴の非営利系の案件しかやらず、うちらみたいな一般企業は関係ないんでしょ」、くらい思っています。そこの誤解を解くべく、挨拶をしにいって、「IFCは普通の銀行となんら変わりません。でも、地元銀行がほとんどやっていない5年から10年の長期の資金が提供できます。御社をセネガルの代表企業から、アフリカを代表する企業に飛躍させるべく一緒にやりませんか?」などの売り文句をかけていくわけです。この他のIFCの「売り」は、以前のエントリー「クレジット・ヒストリー – なぜ僕らは途上国企業からちゃんと金利を取るのか」をご参照下さい。

年間に、案件を何件やれ、いくらの金額を達成せよ、というノルマがあるのも、普通の金融機関とまったく同じです。業績を上げれば大きなボーナスをもらえ、ノルマを達成できなければクビになってしまうという外資系金融的な厳しさはありませんが、成績が悪いと部署全体の業績も下がるので、上司からは「この使えない奴め」という冷たい目で見られ出世もできませんし、一方ノルマを達成していい成績を出すと他の同僚よりは少しお給料の伸び率がよくなる、というそれなりのインセンティブ・システムは働いています。

こういった背景で、現在進行形の投資案件の実行(エクセキューションと呼びます)や投資後のポートフォリオ管理をやる以外の時間は、ほとんど全て営業に使っています。

営業の入り口は、そもそも国内にどんな会社があるか調べること。日本であれば会社四季報や帝国データなどの資料があり、どの業界にどんな企業があるかすぐわかりますが、西アフリカ諸国(特にフランス語圏)ではそんなデータベースなどありません。ここで、僕がよくやるのは、各国の工業地帯を産業スパイよろしく回って、大きそうな工場があったら、その名前と電話番号をメモします。コートジボワールで、ある工場の看板の写真を撮っていたら、お前は中国の産業スパイか、と本当に従業員に囲まれそうになったこともあります。

ほかにも、地元の会計士や弁護士や商工会議所に問い合わせたり、スーパーを回ってよさそうな地元商品があったらその会社にコンタクトしてみる、など色々な方法がありますが、ビジネスの強さや規模は、なんとなく工場を見れば想像がつくので、やはり工業地帯周りが僕のお気に入りの手法です。あとは、投資したお客さんから、知り合いのアントレプレナーを紹介して頂く、ということもあります。よく海外から来るミッションが政府系の機関(セネガルだと投資誘致公社など)に挨拶にいったりしますが、僕のこれまでの経験では、政府系機関が本当に「使える」コンタクトをくれたことは、残念ながらほとんどありません。やはり、商売のことは商売人と話すのが一番だなあと思います。

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写真はコートジボワールの工業地帯

このようにして、ある程度のコンタクト情報を貯めたら、事務所でグーグルなどを使ってその会社の事業内容や規模を調べて、それなりの規模の会社であれば、コールドコールをかけます。英語圏の国の場合は自分でかけますが、フランス語圏の場合は、いきなり僕のブロークン・フレンチでやると怪しまれてしまうので、フランス語ネイティブの同僚たちにお願いをして電話してもらいます。コールドコールというと大変そうですが、こちらの会社は意外にちゃんと対応してくれて、特に「世界銀行グループなのですが。。。」、と言うと、それが黄門様の印籠よろしく効き目があり、社長や財務責任者などに取り次いでくれることがほとんどです。こういうとき、独立系のファンドじゃなくて、世銀にいるのは楽をさせてもらってるなあ、と思います。ちなみに会ったことがないのにいきなりe-mailを送っても、返してもらえることは極めてまれなので、まずは徹底的に電話をします。

さて、最近アポを取って回った会社で面白かったものをいくつかレポートしてみましょう。

まずは、セネガルの飲料業界では一番といっていいブランド力を誇るキレン社。セネガルに来ると「キレン」ブランドの水を飲まずに生きていくことはできないでしょう。これはレバノン系のコングロマリットの子会社で、カーボベルデ人の社長が経営をまかされています。工場はダカールから車で南に2時間くらい走ったところにあります。みんながよく飲んでいるミネラル・ウォーター以外にも、牛乳やジュースのラインもあり、社長自ら案内してくださいました。ジュースは、新作の味見もさせていただき、この新作はかなりおいしかったです。工場はHACCP(食品の安全に関する基準)の認証を取っており、整理・整頓もしっかりなっていて、アフリカで見た食品工場の中でトップクラスだと思いました。やはり勝ち組の会社は違います!

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お次が、セネガルの塩の精製所。カオラックという地方都市で取れる天然塩を精製して、食品会社に売っています。信じられないことに、西アフリカ各国の食品会社は塩(精製塩)すら輸入に頼っているのですが、この会社は他社の追随を許さない塩のクオリティーを誇り、西アフリカ塩業界のエースで、輸入品からシェアを取りつつあります。コートジボワールなどにも輸出をはじめるそうです。父親が失敗した事業を兄弟が引き継いで再生させているという浪花節な感じ。まだ事業規模が小さいので、IFCが投資するには早いのですが、keep in touchでいこうと思います。こういう熱いアントレプレナーシップが西アフリカを変えていくと信じたいですね。

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最後が、私立病院。マーモグラフィーやMRIなどの検査系が強い病院で、日立、東芝、島津製作所などの日本の医療機器があり、日本人としてとてもうれしく思いました。西アフリカのお金持ちは何か大きな健康問題があると、フランスやモロッコなどの北アフリカで治療を受けるのですが、この病院は海外レベルの治療をできるようにして、フランスに行くほどのお金のないセネガルや近隣諸国の中産階級の人たちが治療を受けられるようにしたいとのこと。こういう病院がきっかけで、セネガルの医療ツーリズムが花開いたら、これはすごいことかもしれません。

実際に訪問しても、すぐに資金需要があることは少ないので、こうやって築いた関係は、時間をかけてフォローアップしていき、いざ資金需要が出た時点でお声がかかるようにします。
僕の営業道で心がけているのは、「お茶を飲みにいく」ということ。前職の証券会社で案件が取れなかったときに、クライアントの重役にサシで飲みに呼ばれてこう言われたことがあります。

「小辻君、なんでウチが君のとこじゃなくて、他社にディールをあげたと思う?何ヶ月に一回か分厚い営業資料を持ってくる会社よりも、もっと頻繁に用事がなくてもお茶を飲みに来る会社のほうに声をかけたくなるものだよ。」

この時のことは一生忘れません。

「用事がなくても時々お茶を飲みにいく」というのは、やはり忙しいのでなかなかやり切れていないのですが、人のつながりをとても大切にする西アフリカでも、この重役の方のアドバイスはものすごく生きています。

こういった努力にも関わらず、ふられてしまうこともあります。つい先日も、ある会社が訪ねてこられて、「いや、実はほかの金融機関から借りることにしたんですよ。」といわれました。とりあえず、どこがよくなかったですか?ほかに何かさせて頂けることはありますか?とお聞きして、今後の糧にしていくわけですが、やはり、悔しいです。

こういう紆余曲折があるので、実際にプロジェクトがはじまり、投資が完了すると、本当に泣けるほど、うれしいわけです。ちなみに営業をかけて実際に案件が完了するのは、ざっとみて30社から50社に1社くらいです。

以上、西アフリカの営業についてでした。金融業界で働いている方からみればきわめて当たり前の話で面白くなかったかもしれませんが、日本でも西アフリカでも営業道は同じだ、というのが逆に新鮮かもしれないと思って、今日はこういう話を書いてみました。

12月にはコートジボワールとガンビアの2ヶ国を営業で回り、いよいよ年の瀬が近づいてきます。

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最後に、最近はまっている寿司づくりの写真を。週末は港に出て漁師さんから新鮮な魚(鯛、黒鯛、アジ、カツオ、など)を買い付け、家でさばいて寿司パーティーをやるのが、最近の自分の中でのブームです。特に、内陸部の魚のないところで頑張っている青年海外協力隊員さんなどを呼んで、彼らが最高の笑顔で食べてくれるのを見ると、本当にうれしくなりますね。

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世銀プロ 2012年09月25日 - ガーナのヤシ油プランテーション

IFCダカール事務所の小辻です。セネガルは夏の間続いた雨季が終わりに近づき、普段は半砂漠で茶色く乾ききった街が、緑の絨毯をしいたようにもこもこになっています。雨のおかげで空気は澄み切って、この時期は一年で一番碧い海を見ることができます。

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本題に入る前にひとつ宣伝をさせてください。

今年10月、世界銀行・IMFの総会が、東京オリンピックの1964年以来、ほぼ半世紀ぶりに東京で行われます!これに伴って世銀・IFCは日本人採用を気合を入れて進める予定です。

10月9日(火)夜にリクルーティング・イベントが東京で行われ、僕もパネリストの一人として参加する予定です。イベントは招待制なので、途上国金融に興味がある金融人・学生の皆様、ぜひレジュメをWBGJapanrecruiting@ifc.orgまでお送りください!

翌10月10日(水)夜には、Alpha LeadersさんとIFCとの共催イベントで、アフリカ銀行員奮闘記についてお話します。お申込みはAlpha Leadersさんのサイトからお願いします。また、お知り合いで興味がありそうな方がいれば、是非これらの情報をフォワードして頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします!!

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さて、銀行員にとって、融資を実行することも大事ですが、同じように手間がかかり大切なのが、融資後のモニタリング。貸した金は返ってきてなんぼなので、ちゃんと金利や元本を払ってくれているかを確認するのは基本ですが、それ以外にも会社のオペレーションや財務はうまく回っているかをモニターしたり(何かおかしければ金が返ってこなくなる前兆ということで、なんらかの手を打つことになります)、環境や社会面での基準を守ってくれているか見ていくことも大切なモニタリング項目です。

僕は6件の投資済案件のモニタリングを担当しているのですが、そのうちの一つが今日取り上げるガーナのヤシ油プランテーション。5年前に同僚のサムが融資を実行したのですが、彼が忙しくて首が回らなくなり3年前に僕がモニタリングを引き継ぎました。とはいえ、僕もいろいろな案件に終われて忙しく、これまで電話やメールのやり取りだけで済ましていて、実際にプランテーションを訪ねたことがなかったので、先日はじめての訪問をしてきました。

ヤシ油、といっても日本ではなかなかなじみのない植物ですが、東南アジアや西・中部アフリカでは、経済の根幹を支えている農産物のひとつです。食用油としても使えますし、石鹸などに加工することもできます。大豆油や菜種油などに比べて効率的そして安価に製造できるのも魅力のひとつ。増え続ける世界の人口の胃袋を満たす食用油のひとつとして更なる増産が期待されています。

ところが、このヤシ油、課題もあります。そのうち大きなものが森林破壊。ヤシ油は熱帯地方で育つので、何千・何万ヘクタールという大規模なプランテーションを建てる場合は、必然的に熱帯雨林を開墾して、ヤシを植えていくことになります。また、その熱帯雨林の中で生活している人や、その合間で零細農業を行っている農家への補償をする、という社会面の配慮も大切なポイントです。最近、グリーンピースなどの複数のNGOが、ヤシ油農園開発は、森林破壊につながるし、地元住民に裨益しないから、投資家や銀行団は一旦投資は全て凍結して、もう一度環境・社会基準を見直せ、というレポートを出して、ル・モンドなどの国際紙にも取り上げられたのは、業界関係者の記憶に新しいところです。

もちろん、農園があれば、何百人という雇用が生まれ、企業が学校や病院を建てたり、周辺地域の経済活動が活発になったりするわけで、要は、経済開発と、環境・人権のバランスをどう取っていくか、ということだと思います。実際、IFCは過去3年かけて、政府・企業・NGOなど様々なステークホルダーの意見を聞いて、ヤシ油投資の際の環境・社会審査基準を見直し、最適バランスがどこなのかという落しどころを探ってきました。

前置きが長くなりましたが、農園の写真をいくつか載せてみます。

農園は、ガーナの首都アクラから車で3時間のところにあり、途中には美しい緑が広がります。

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農場のサイズは、5000ヘクタール。地平線まで続く広大な農園はとても美しかったです。

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やしのフルーツ。これを搾ってオイルを採ります。

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プランテーション全景。はるかに搾油所やリファイナリーなどの加工施設が見えます。加工施設では、油を絞ったあとのヤシの実の殻を燃やしてボイラーを沸かし、そのエネルギーで発電をする2.5メガワットの巨大な発電設備があり、プランテーションで使う電力の全量をまかなっています。

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夕方になると空が晴れ渡り、夕日が輝きます。最高の景色。プランテーションの経営陣とビールを飲みながら、様々なアフリカ武勇伝話に花が咲きます。

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25年から30年経ったヤシの木は生産性が落ちるので(木から取れる実の量が減っていく)、腐らせて、かわりに新しい苗を植えます。新たに森林地帯を開墾して新しい木を植えていくより、既にあるプランテーションで古い木を新しいものに変えることで生産性を上げていくことが大切なのは、衆目の一致するところだと思います。朽ちていく老木は巨大な墓標のようです。

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農園内にある従業員の子弟がいく学校。病院などもありちょっとした街のようです。

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プランテーション訪問の後、ガーナをあとにして、隣国のコートジボワールへ。以前の記事にも書きましたが、内戦後の経済復興は素晴らしい勢いなので、IFCとしても企業支援を通じて復興をサポートすべく、色々な会社に営業をかけてきました。

ビジネス面で様々な起業家に会えて楽しかったのですが、印象に残ったのが週末にお邪魔したコートジボワール日本人補習校でした。ダカールの補習校と違って、生徒さんの大半は日本人とコートジボワール人のハーフの子供たち。みなさん礼儀正しく、成績は地元の学校でトップクラスだそうです。大和魂をコートジボワールの地で脈々と伝えていく親御さんたちの気概を感じました。子供たちは空手にも興味があるそうなので、次回の訪問で空手を教える約束をしてきました。コートジボワールに行く楽しみがまたひとつ増えました。

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最後にプライベートの話題ですが、夏の帰国のときにアフリカ事務所の同僚8名を連れて日本を旅行しました。東京・京都・僕の地元の福井・そして一部の人は広島、という行程を1週間で駆け抜けました。自動販売機が外にあること、ガソリンスタンドの給油ホースが上からぶらさがっていること、日本の赤飯と西アフリカの豆ご飯が全く同じ、といったことに驚きを示し、京都では、三十三間堂の千体の観音像に感動し(平安末期の乱世に平和を祈って建てられたという、アフリカのいくつかの国にも共通する祈りが心を打ったのか)、福井の芦原温泉では、豪華なお部屋と山海の幸、そしてステージ付の宴会場にみんな大興奮。食べ物は、梅酒が大ヒット。普段あまりお酒を飲まない同僚たちも思いっきり飲んだくれていました!IFCを引退したら、アフリカで梅酒工場を建てようかしらと本気で考え始めています。

下の写真は、福井「常山酒造」さんにて。酒造の九代目の解説を受け、お酒のテイスティング。全国で金賞を取ったお酒のおいしさにみんなびっくり。「これなら、日本食レストランに限らず、パリの一流フレンチで出てきてもおかしくないわ!」とパリジェンヌをきどるトーゴ人のソニアさんが太鼓判でした。

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世銀プロ 2012年07月24日 - コートジボワール投資案件クローズとナイジェリア再訪

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

先日、コートジボワールに拠点を置くフランス語圏西アフリカ最大の養鶏会社Societe Ivoirienne de Productions Animales(SIPRA社)への株式出資契約を調印できました。コートジボワールの内戦からの経済復興に伴い、もっとも安価なタンパク源のひとつである鶏肉や卵の消費量は向こう数年間で飛躍的に伸びると見ており、またこの会社がブルキナファソやマリなど近隣諸国への進出する可能性もあるので、投資のアップサイドは大きいと思います。また、この会社のサプライ・チェーンに2万軒以上の小規模農家(飼料向けのトウモロコシを納めている農家や、ヒヨコや鶏の餌を買っている小規模農家など)を巻き込んでいるので、経済効果も大きいです。

調印式の様子はコートジの国営テレビでも放映され話題になりました。二人三脚で一緒に頑張ってきたアナリストのタンカムちゃんは、プレスの写真に載った自分の顔の口紅の色がかなりけばかったことがショックだったみたいで、サイニングからしばらくは「口紅、口紅。。。」とぶつぶつ言ってましたが。

写真は、地元の新聞で報道された調印式の様子。僕もチームリーダーとして主賓席に座らせてもらい、左端にちゃっかり写っています。

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このプロジェクトは、ものすごい課題が多く、歯ごたえもスリルも満点な9ヶ月間でした。

コートジボワールは、輸入鶏肉に100%の関税がかけられ、国内の鶏肉生産者が守られています。この関税障壁の先行きが不透明(つまり関税が政府のなんらかの事情で廃止されたら、ブラジルなどからの安価な輸入鶏肉に負けて、この会社は倒産するんじゃないか)という理由で、案件開始当初は社内中が猛反対で、一時は僕以外の全員が案件は死んだと思ったくらいでした。社内の予備審査ではサンドバッグのように打たれまくったのですが、案件を殺す前に、一度現場を見に行かせてくれと上司に拝み倒して、予備調査を行ったのが去年の10月。コートジに飛んで、会社のオペレーションや財務状況を徹底的に分析し、実は、会社のドル箱は、鶏肉生産ではなく、ヒヨコと飼料の生産・販売である、ということがわかりました。

ヒヨコや飼料ビジネスは輸入品よりもコスト優位にあり(ヒヨコは孵化前の卵の状態で、ヨーロッパなどから空輸をする必要があり、輸入にはかなりのコストがかかる。飼料も熱帯では日持ちが悪く、遠くから船で運んでくるよりは、現地で作るほうがいい)、仮に鶏肉の関税が下がって鶏肉事業の利益率が大幅に下がっても、会社全体の利益にはそれほどダメージがないだろうという読みが立ちました。もちろん、鶏肉の関税が下がれば、国内の鶏肉農家も縮小するので、国内のヒヨコや飼料の需要は下がるのですが、この会社の品質は、国内競合他社より高いし販売網も強いので、競合他社はダメージを受けるだろうけれど、この会社のパイはそれほど減らないだろう、という分析をしました。

また、懸案の鶏肉事業も、オーストラリアで畜産農家を経営して30年のスペシャリストが、オペレーションを洗った結果、IFCのテクニカル・アシスタンスをやっている部署が外部の畜産専門家を呼んできて、飼料の品質向上やオペレーションの効率化を図っていけば、多少関税が下がったとしてもブラジルやアメリカの鶏肉に競争できるくらいコストを下げられるのではないか、という希望的な観測が出ました。

これで、案件を本格的に進めることになったのですが、このクライアントは僕がこれまで対面した交渉相手の中でもっとも手ごわい人の一人で(悪い意味ではなく、契約書の一文一文を履行しなければという意思にあふれているので、投資契約の文言のインプリケーションを真剣に考えて交渉してくる、そういう意味で立派なビジネスマンです)、しかも僕にとってははじめてのフランス語での交渉、クライアントにとってははじめての英文契約書、ということもあり、かなり時間がかかりました。

フランス語がネイティブのタンカムちゃんと、翻訳ソフトのGoogle Translation様がいなかったら、今頃死んでいたでしょうね。条件が折り合わず、何度も交渉決裂になりかけましたが、クライアントはIFCとパートナーシップを組んで、コートジを代表する会社から、西アフリカを代表する会社への成長を遂げたい、僕らもなんとかコートジ内戦後初の農業案件を成し遂げたい、という真剣な思いがあったので、サイニングにこぎつけることができました。

本番はこれからで、この会社と二人三脚で、コートジの養鶏産業とサプライ・チェーンに関わる農家の競争力を上げられるように頑張っていきたいと思います。

コートジ国営放送の放映は、このリンクで見られます。フランス語ですが、SIPRA社のオペレーションの様子など興味深いです。

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サイニングを終えてダカールに戻り、早速新しい案件発掘に向けて営業開始。ダカールで一番高級なラディソンホテルとショッピングセンター(シープラザ)を所有している持ち株会社がコートジボワールでジュース会社を立ち上げるらしいという噂を耳にしたので、うちにも融資させてください、とその持ち株会社のCFOに営業をかけてきました。豪華絢爛なミーティング・ルームには、アーンスト・ヤングの会計士や地元銀行のバンカーたちが集まっていて、みんなコートジ国営放送を見ていたらしく「おお、お前がコートジの鶏案件をやった日本人か!」と向こうから挨拶にきてくれ、話がスムーズに進んだりと、仏語圏西アフリカのいっちょまえバンカーの仲間入りをしたようないい気持ちを味わえました。また、ニュースを見た教育の関係者から内戦時代に大破したアビジャンの私立中学・高校を復興したいという融資案件が名指しで舞い込んでいたり、個人のクレディビリティーが大事なこちらの商売のダイナミズムを実感しました。

フランス語を一言もしゃべれない状態でダカールに来て3年弱、少しずつ自分の名前で勝負できるようになってきた感じで、「石の上にも3年」とはよく言ったものですね。

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コートジボワールでの案件を片付け、一息つく暇もなく、ナイジェリアに出張してきました。

目的は、アフリカを基盤にした巨大コングロマリットへの投資案件が動いているので、その会社がナイジェリアで所有している小麦粉工場、ゴマ工場の調査。

のっけからえらい大変な旅で、土曜真夜中発のナイジェリア行きの便が出発間際にストのためキャンセル、翌日に延期。翌日曜日は、夜中発予定が、朝4時まで遅れ、乗ってみたら座席のシートがまったく倒れず寝られず。その便が、ブルキナ・ファソのウァガドゥグ、ベナンのコトヌーと止まって、朝10時ナイジェリア着、そこからクライアントに直行しました。ほんと、フランス語圏アフリカから英語圏アフリカの旅は毎回地獄です。

クライアントの日産1000トンの巨大な小麦粉工場を見学し、商売について討議。インドとナイジェリアのなまりの入った英語は寝不足の脳にひびきます。小麦粉の主要使途のひとつとしてインスタント麺があるようで、ナイジェリアのインスタント麺市場はインドネシアのインドミーという会社が15年前にゼロから開拓し始め、いまや400億円の市場になって、それに刺激を受けた地元の小麦粉会社が続々と新規参入している、という話が心に刺さりました。ナイジェリアで当たったのならば、セネガルや他の西アフリカでも当たる可能性は高い。アフリカで起業するなら、インスタント麺屋か?

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レゴスの工業地帯 - フランス語圏ではあまりみないトゥクトゥクが走っています。

ただ、びっくりしたのは、ナイジェリアの製粉所の多くはキャパシティーの50%か60%でしか運用されていないとのこと。これは、需要がないからではなくて、本当は需要を満たすためにフル稼働したいのだが、工程のどこかにボトルネックがあって、でもどこがそのボトルネックかがわからず、この改善に時間がかかるから、とのこと。

ボトルネックという言葉が難しければ、アフリカの空港を思い浮かべてください。チェックインの場所はがらがらなんだけど、2人のとろそうなおばちゃんが手作業で進めている荷物チェックのカウンターの前に長蛇の列ができており人々が押しくらまんじゅうのようにひしめき混迷を極め、そのあとのパスポートチェックの場所もまたがらがら。じゃあ、荷物チェックの人を増やすか、機械を入れるなど効率を上げるかすれば解決する、でも、これができない。これでは空港のキャパ通りに旅客を通していくことができません。

日本や普通の国では当たり前にできることが、こっちの労働者はなぜかできない、こういう「あたりまえのこと」ができてないことがアフリカの発展を妨げているのだとつくづく思います。おかげで単位あたりの固定費がめちゃくちゃ高く、貧しい消費者へ価格転嫁せざるを得ない。そしてこんな非効率な小麦粉業界を守るために、ナイジェリア政府は輸入小麦粉に対して60%の関税をかけている。なんともねえ。。。

ゴマ工場も興味深いものでした。ゴマというのはなにげに石油の次くらいにナイジェリアの主要輸出品で、日本にも大量に輸出されています。世界のゴマの主要産地はインドと中国なのですが、国内向けの需要を満たすのが手一杯なので、日本で流通しているゴマの多くはアフリカから来ているのです。これを読まれている方々は、ゴマを食べるときはナイジェリア、スーダン、エチオピアなどのアフリカの産地に思いをはせて頂きたいです!

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ゴマの殻を取って異物を除く機械

レゴスに駐在する友人ご夫妻と食事に行く機会もありました。中国の火鍋屋でビールをしこたま飲む。彼も投資案件でものすごい苦労しているみたいで、やっぱアフリカで何かを成し遂げるのは大変だよねえ、という話で盛り上がりました。西アフリカの端っこと端っこで頑張っている日本人同士のなんだか戦友的な飲みでした。

帰りの飛行機(お約束どおり3時間遅れの深夜便)では、同僚のサムが二つ目の博士号を取りに大学院にいきたい、という話を聞き込みました。50年前はシンガポールや韓国と一人当たりGDPが同じだったアフリカが、なぜこんなに貧しいままなのか、その問いについてじっくり考えてみたい。サムよ、それはミリオンダラー・クエスチョンだよ、でも僕は一般の人たちのディシプリンの低さと教育(小麦粉工場が50%でしか稼動できないとか)、そしてコラプション(腐敗)が大きな原因だと思うよ、と言ってはみましたが、誰も明快に答えることができないこの問いに、是非サムが理路整然と答える論文を書いてほしいと思います。

ダカールはいよいよ本格的な雨季に突入。雨の晴れ間の光の中で咲き誇るブーゲンビリアは本当に色鮮やかです。

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世銀プロ 2012年05月15日 - 西・中央アフリカの農地開発について

IFCダカール事務所の小辻です。

突然ですが、みなさんは、アフリカがどのくらい大きい大陸か、実感ありますでしょうか?
知らない方は、以下の地図を見てください。なんと、中国、インド、アメリカがすっぽり入ってしまいます。

アメリカ東海岸に住んでいた頃、「先週の連休で西海岸まで飛んでさ、超長旅で疲れちゃったよ」なんてかっこよさげに言っていたものですが、アメリカ横断の距離なんて、アフリカで考えれば、アフリカ西端のセネガルから中部アフリカのチャドまで行けるか行けないかのちょっとした距離なわけです。

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さて、この巨大なアフリカ大陸で、土地(耕作可能地)が大きく余っており、アフリカそして世界の食糧問題を解決する上で、ここを開発することはとても重要になる、というような論調がここ数年メディアでよく聞かれます。アフリカは世界の耕作可能地(arable land)の1/4を持ちながら、世界の食糧生産の10%しか生産していないのです。そして、アフリカは、世界の耕作可能地でまだ開墾されていない土地(the world's remaining uncultivated farmland)の60%を有しているとのこと。(以上、“The Guardian”誌より)。こういう数値を見れば、マクロ的には、アフリカは巨大な農業可能性があるから、いつかはアフリカの栄養不足や世界の食糧問題は、アフリカの農業開発によって解決されるだろうという見方は正しいと思います。

更にもう一段階掘り下げると、「アフリカ」はひとくくりで見られることが多いのですが、実は西アフリカと東アフリカは、あたかも別の大陸かと思うくらい、農地の開発状況が違うのです。東・南部アフリカには何千・何万ヘクタールという規模の大規模穀物農場がたくさんあるのに、西・中央アフリカでは、コートジボワールやガーナなど降雨量の多いギニア湾沿岸の国の、植民地時代以来の権益に基づくヤシ油やゴムや輸出用果物(バナナ、パイナップルなど)の巨大農園を除けば、穀物や野菜などの巨大農園はほとんど見かけません。土地の所有権構造が複雑だったり、背景にはいろいろな事情があるようです。ましてや降雨量が少なく灌漑が難しいセネガル・マリなどのサヘル地帯では100ヘクタール以上の大規模農業は皆無といっていいでしょう。それを如実に反映するのは穀物の輸入量。セネガルの主食のお米の80パーセントは輸入に頼っているといわれます。

昨年ソマリアやケニアなどで大飢饉があり、マリやニジェールでも食糧不足が深刻化しつつある今日、アフリカの食料安全保障を確保するには、大規模で効率のよい農場をつくることは重要な選択肢のひとつでしょう。(もちろん、一時期メディアを騒がせた「Land Grab」といわれる地元住民の居住権や雇用を無視して力で土地を取得するのは論外として、農場構築のための土地取得に際して住民の権利を守ることや、森林破壊など環境インパクトに配慮すること、そして大規模農業と同時に小規模農家ひとつひとつの生産性を上げていくことも大切です)。

こういった大所・高所から見ていくと、巨大なポテンシャルを秘めるアフリカの農業ですが、ミクロ的に、実際に西・中部アフリカで大規模農業にチャレンジしている人々から話を聞きながら実現可能性をつめていくと、ことはそんなに簡単ではないのです。

以下、実例を見ていきましょう。

実例1:コンゴ民主共和国

少し前に、コンゴの南部で実際に大規模農場を運営している人の話を聞く機会がありました。それによると、まずは農場の建設費用が異常に高いとのこと。

まず、土地を耕すためにトラクターが必要ですが、現地でトラクターを一台借りるのに、1時間3万円かかるそうです(ちなみに南アフリカでは6000円)。その辺に生えている木を抜いたり蟻塚を崩ずなど結構な手間がかかり、1ヘクタール開墾するのに約20-30万円かかるそう。

灌漑設備の敷設も大変みたいです。公共の用水路みたいなものは当然ないので、センターピボットという機械を使います。センターピボットとは、写真のように、巨大なコンパスみたいな放水機がぐるぐる回って畑に水をやります。オーストラリア、南アフリカ、ザンビアなどの大規模農場の多くはこのセンターピボットを使っているというくらいとてもメジャーな機械。

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Photo credit: http://www.waterencyclopedia.com

まさにコンパスの原理で動くので、畑は巨大なミステリーサークルみたいな形になります。

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Photo credit:http://www.kgs.ku.edu

このセンターピボットですが、コンゴでは、これを南アフリカから運んでくるのに、莫大な輸送費がかかります。加えて、機械類の輸入には20パーセント近くの関税(+ 賄賂)もかかります。そして、いざこのピボットを動かそうとすると電気が必要なのですが、電力会社からの電力供給があてにならないので、発電機を使いディーゼルを燃やしまくって発電します。加えて、ハイブリッドの種子や肥料は輸入に頼るので、ピボットと同じように輸送費や関税を入れると割高になってしまう。

こうやって、諸々の設備投資、運営費用を積み上げていくと、コンゴで農業をやるのは南アフリカで農業をやるのの、何割増しものコストになるそうです。

これに追い討ちをかけるのが税金。コンゴのこの地方の企業は、なんと粗利益(税引き前利益じゃない)の40%が税金としてもっていかれるそうです。農業企業向けの税金優遇策(Code d’Investissement)があって、この審査を受けたいそうなのですが、何回申し込みをして待てど暮らせど税務当局から連絡がないそうです。

一応、この話をしてくれた農場は、コンゴ南部で有数の大企業が大株主として入っているので、そこからの湯水のようにエクイティーが注入されて、これまでの設備投資と損失補填ができてきたそうです。やっとある程度の規模の経済が出てきて、わずかながらも利益が出るようになってきたそうです。でも、こういう大株主がついていない独立系の農場は膨大な初期投資とランニング・コスト(運営費用)に耐え切れず、ことごとく消えていったそうです。

こういう状況なので、ましてや普通の家族経営の小規模農家が生産性向上のための投資をするなどはまず難しいようです。

生産者が置かれている厳しい状況の一方で、大きく儲かっているのが、海外から食料を輸入して現地市場で販売しているトレーダーたち。地元で食料を作るコストがあまりに高いので、海外(生産コストが相対的に安い南アフリカ、ザンビア、ブラジル、アメリカなど)から食品を仕入れても、高い輸送コストをチャラにできるくらい魅力的な値段で売ることができます。

コンゴや近隣のアンゴラについてはいろいろ調べましたが、パスタ、小麦粉、バター、粉ミルク、食用油、調味料などを輸入販売している大きな会社がいくつかあり、彼らはスーパーなどのリテールにも進出しており、どの会社もかなりの利益率を誇っているようです。

トレーディングで蓄えた資本を投資して、農業や食品加工業に入ろうとしている会社もあるようです。彼らのように資金力のある会社であれば、前述した高い初期投資にも耐えられるし、食品の販売網は既に持っているなのでマーケットリスクも少ないわけです。

こういった事情を踏まえると、投資家である僕らとしては、ピュアな食品生産業者に投資するよりも、アフリカの大きな食品トレーダーをマッピングして、彼らが食品生産ビジネスに入っていくのをサポートするという作戦のほうがリスクが少ないのかもしれません。この「トレーダーからアプローチ作戦」は今年追いかけてみたい投資テーマのひとつです。


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実例2:セネガル北部の農場

こういう事情の中で、セネガル北部のセネガル川流域というのは西アフリカの中でも気を吐いている地域の一つです。乾燥地帯とはいえ、セネガル川の水量はそれなりにあるので大規模な灌漑農業が可能です。JICAやUSAIDなどもこの地域でお米などの食料増産プロジェクトを行っています。

最近、フランスの超巨大果物会社でプランテーションマネージャー長年つとめたフランス人が、引退後にセネガルではじめたトウモロコシ農場を訪問する機会がありました。500ヘクタール弱の耕地を誇り、僕の知る限り、西アフリカのサヘル地帯でもっとも大きな農場の一つです。更なる耕地拡大のために設備投資が必要で、資金需要があるので、一度見にきてバンカーとしての意見を聞かせてくれ、と招待されたので、行ってきました。

センターピボットの灌漑システムで豊かに育ったトウモロコシは、ちょうど収穫の時期。トウモロコシをもいでそのまま食べましたが、びっくりするくらい甘い!

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下の写真は、海からの塩水が逆流して灌漑システムに悪影響を及ぼすということで、つくられた堤防。ちょうどモーリタニアとセネガルの国境沿いなので、写真の右端に青い衣をまとったモーリタニア人と、セネガル人が仲良く堤防を渡って歩いてくるのが見えます。

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セネガル川から水をくみ上げて灌漑システムにつないでいく巨大ポンプ

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トウモロコシの裏作として、タマネギを植えています。

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6年前にスタートした新しい農園で、短い期間にここまで纏め上げたこのフランス人のアントレプレナーに尊敬の念をいだきました。

この農場の成功要因として、このアントレプレナー自身の経験、自己資本でできる範囲で小さく事業を始めてあまり借入に頼らなかった、などの要因が挙げられます。また、土地の取得にあたって、地元住民コミュニティーを巻き込んで議論を尽くした上で土地使用権を得たことも大きいでしょう。

時折、海外投資家が、政府と直接交渉して何千ヘクタールという土地使用権を得るのですが、いざ農地開発をはじめると地元住民との関係をこじらせて、暴動などが起き、NGOなどに「Land Grabしてんじゃねーよ」と叩かれ、撤退を余儀なくされる、というケースも見られるので。また、セネガル政府のサポートやマクロ面が大きかったと思います(もちろん課題は山のようにあるのですが、政府の税制優遇策などキーになる政策がいくつか実現していて、セネガル川の海水逆流防止ダムやこの農場近辺の道路など、しっかりしていたインフラが農場の周りにあった)。

僕が担当しているセクターの多くは、個別企業のミクロレベルの戦略だけで勝てる場合が多いのですが、農場の場合は政府の政策や周辺インフラなどのマクロ面の影響があまりにも大きく、この面をしっかり理解しなければ投資判断はできません。なので、各国政府や、世銀などのドナーの政策をにらみながら、マクロ面での投資環境がしっかりしている場所で、競争優位がある(例: 国内市場向けの作物ならば生産コストが輸入品より競争力がある、輸出品ならばグローバルレベルでコスト競争力があり穀物価格が下がってもある程度の利益が上がる、あるいは他の生産国とは異なる季節に作物を収穫できる、など)プロジェクトをひとつひとつ丁寧に拾ってファイナンスをつけていきたいと思っています。

このセネガル北部の農場のアントレプレナーなどの人たちが成功して、西アフリカでも大規模農業は成り立つ、というデモンストレーション効果が出てこれば、農業に投資する投資家も増えていくだろうし、サヘルでの農産物生産量も上がっていくと思います。そういう意味で、この農場はなんとかサポートしたい融資候補先のひとつです。

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ややとりとめのない文章になってしまいましたが、センセーショナルな雑誌の記事などの裏側にある、現場での地味な農地開発へのチャレンジの雰囲気が少しでも伝われば幸いです。

世銀プロ 2012年03月27日 - 西アフリカの同僚たち

IFCダカール事務所の小辻洋介です。

その昔武田信玄が「人は城、人は石垣、人は堀」といいましたが、サービス業である金融機関の一番大事な資産は、いうまでもなく人です。強力なスタッフなくして、開発効果の高い投資案件を発掘しエクセキュートすることはできません。

また、世銀など国際機関で働きたいと思って、このブログを読んでくださっている方々は、こういう職場に来るとどんな人がいるんだろう、という興味もお持ちだろうと思います。

ということで、今日は僕が普段どんなメンバーと働いているのか、チーム紹介をしたいと思います。みんなすごく仲がよくて、西アフリカ風大家族の一員になった感じです。

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トップを飾るのは、ナイジェリア人の「おかん」。マリの飲料会社への融資案件で一緒に働きました。

外交官の娘さんとして育ち、子供の頃は英語圏・仏語圏アフリカを転々としたらしく、フランス語も堪能。アメリカのIVYリーグの大学を出たあと、某大手銀行で石油などの天然資源系のプロジェクトファイナンスを担当。シンガポールにも駐在したことがあり、アジア通でもあります。好きな日本食は?と聞くと、「カツカレー」と即答されます。

背が高くて、貫禄と頼りがいがあるので、僕と妻は勝手に「おかん」と呼んでいます。ディールの交渉力も半端なく、真剣な交渉の途中に程よいアフリカン・ジョークを交えてクライアントをほぐしながら、条件を通していく突破力はすごいです。ディール以外にも、ある同僚が南アフリカで誘拐されたとき、「おかん」が犯人と電話交渉をし、無事同僚を救出したこともあります。

「おかん」は、前職の証券会社・今の会社を通じて、僕にとってのベスト上司トップ3に入る人で、アフリカ・ビジネスについて多くのことを学びました。「アフリカのディールでは、動産担保を取ったらあかん。会社が傾いた瞬間、経営者はその動産をマリ北部の砂漠とかに隠してしまうから。担保は土地・建物にこだわりなさい」などの、「おかんの金言」は数々あります。「おかん」は去年から、ダカール事務所を離れ、ワシントンの本部でIFCのCEOの補佐をしています。

「おかん」キャラは、もう一人いて、僕が「コートジボワールのおかん」と呼んでいるおばちゃんがいます。彼女はハイチ出身なので、フランス語はぺらぺら。IFCの中南米のオフィスや南アフリカ事務所に勤務したあと、コートジボワールの事務所長として赴任してきました。娘さんと息子さんを、女手ひとつで育てたというパワフルな人。声の大きい人に悪い人はいないと言いますが、裏表のない正論を大声でずけずけという姿にはいつも溜飲が下がります。「コートジのおかん」も強靭な交渉力を誇るので、交渉が手詰まりになると、必ず登場してもらうようにしています。「コートジのおかん」は日本にすごい行きたがっているので、夏の帰国の際に「おかん」のご一家も一緒に連れて行く予定です。

カメルーン人のタンカムちゃん

ポジションは、コートジボワール事務所のアナリストで、今やっている畜産案件で一緒に働いています。

IFCの職員は、欧米の大学院で修士を取って入ってくる人が多いですが、タンカムちゃんは例外で、ガーナの最高学府であるガーナ大学を優秀な成績で卒業し、学部新卒でIFCに入ってきました。すごい努力家で、細かい作業を任せても信頼できるアウトプットが出てきます。「私がパーティーに行っても行かなくても、パーティーの盛り上がりには影響ありませんから。」とさらっと言ってのける西アフリカでは珍しい自虐かつ地味キャラ。その性格美人っぷりのおかげでクライアントにとても信頼されていて、今のプロジェクトには欠かせないキャラです。最近はプロジェクトへのオーナーシップ(自分が引っ張ってるんだという意識)が強くなってきて、「こういう風に交渉を進めましょう」とか「こういう分析をやったらどうでしょうか」とかいい提案が出てくるようになりました。

「コートジのおかん」はそんな性格美人なタンカムちゃんをはやく嫁に出さんといかん、と思っているらしく、金曜の夕方にタンカムちゃんに仕事を投げると「そんなことしたら、タンカムちゃんがクラブに行けなくなるでしょ!」と「おかん」のお叱りをうけます。僕もタンカムちゃんに日本の「婚活」という言葉を教えてあげました(注:アメリカだとこれは確実にセクハラになりますが、西アフリカの文化ではOKです)。

いつか欧米の一流大学院に行って勉強するのが彼女の夢らしく、なんとかかなえてほしいと思います。

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セネガル人のフジャ

最近ダカール事務所に入ってきたアナリスト。フランスの大学院を出た後、パリの銀行で働いていました。 

地味キャラなタンカムちゃんに比べて、フジャは華やかキャラ。お母さんがセネガルの伝統の綿織物工芸を守っている著名デザイナーということもあり(アフリカの布といえばカラフルなプリント地だが、実は、植民地時代以前はマリやブルキナファソの天然綿を使ったモノトーンの手織りの布が伝統工芸としてあり、ところどころにセネガルの伝統の文様などが控えめにあしらわれた日本の絣(かすり)を思わせるシンプルさで、千年以上続く伝統に裏打ちされた美しさに圧倒されます。フジャのお母さんはエルメスなどと組んでプロジェクトもやっている)、毎日とてもセンスのいい服を着て出社してきます。

「今のヨーロッパはユーロ危機で先行きも暗いし、留学生への就職間口も狭くなっているし、そんなことならこれから経済的に伸びしろのあるアフリカ大陸に戻ってきて国のために働きたい」と語るフジャ。

こういう若いスタッフの話を聞くと、アフリカの潮目が変わってきていることを感じます。

アメリカの大学院時代に出会った僕と同年代のアフリカ人たちは、アフリカに戻りたいと口ではいいながらも実際先進国を離れられないか、先進国のいい待遇を捨てて義務感や気負いみたいなものを背負ってアフリカに戻ってきている感じでしたが、ひとまわり年下の人たち(20代の人たち)は、もっと自然体でアフリカで働きたいと思っている。もちろん、今のユーロ危機が彼らの背中をアフリカに向けて押していることは間違いないと思いますが。

でも、このスタンスの違いはかなり大きいと思います。今の20代のような自然体なスタンスのほうが長続きすると思うし、彼らが活躍をする年代になれば、更に若い人たちが自然についてくるんじゃないかと思います。そういうインパクトが田舎の村々に届くのは大分先じゃないかと思いますが、少なくとも経済の核になる大企業は彼らの力でもっと競争力を持ちえるんじゃないかと思うし、アフリカ経済のポテンシャルを阻んでいる腐敗や旧習を無理のない形で変えていけるのは、こういう若者の数がクリティカル・マスに達したときなんじゃないかと思います。

モロッコ人のカバジさん

IFCに新卒で入り、はや12年目というベテラン。1年ちょっと前にワシントン本社からダカール事務所に移ってきました。西アフリカの大きなビジネスはレバノン系のオーナー会社が多く(レバノン人は、アジアでいう華僑のような強いプレゼンスを持っています)、モロッコ人のカバジさんが来てからレバノン系のビジネスへの投資案件が多く取れるようになり、中東・北アフリカのアラブ系のつながりって強いんだなあ、と感心したものです(本人にそんなことを言ったら、「そうじゃなくて、俺の営業能力の高さのおかげだろう」と叱られそうですが)。

IFCのスタッフは、政治的に注意深い(英語でいうと「Politically correct」)動きをする人が多いですが、カバジさんは正しいと思うことをズバッとと言ってのける真っ直ぐなキャラで、僕はとても尊敬しています。ちょっと前に、カバジさんが、ビジネスはすごくうまくいっているのだが、税金逃れのために所得の一部を隠す、ということをやっている会社に投資をしようと試みたことがありました。

「脱税」というと日本では重い響きですが、西アフリカではとてもあることで、脱税がメインの目的ではなくて、最大の目的は政府の干渉を受けないようにする、ということにあります。会社が儲かっていると目立つわけで、そうすると、政府に賄賂を要求されることがあります。賄賂を断ると、その会社は政府にいじめられ、なんらかの容疑をでっちあげられて捜査を受けたり、ひどい場合は経営者が牢獄にぶちこまれたりします(極端な話のようですが、僕はそういう例を何社か見たことがあります)。

この投資候補先に関しては、IFCの経営陣はそんな風評リスクのある会社に投資できるかとはねつけたのですが、カバジさんは「申告をちゃんとしていないからそもそも関わらない、というのではなく、どういう風に対処するのが一番効果的なのか一緒に考えるのが我々の役割だ。この会社は、世銀グループであるIFCが投資をしたら政府に干渉されるリスクが減るので、所得を全額申告すると約束しているし、transparencyを増すために大手の会計事務所の監査を受けてもらうようにする」と説明をして真向勝負をしました。結果的に案件は通りませんでしたが、僕は彼の言っていることはもっともだと思うし、こういう正論を通そうという硬骨漢が職場にいるのは素晴らしいことだと思います。

ガーナ人のサム

サムもIFCで10年以上のベテラン。ガーナ大学の工学部を出たあと、やし油から石鹸を作る工場でエンジニアとして働いて、何を思ったかバンカーに転身し、西アフリカ屈指の銀行であるエコ・バンクで勤務、そのあとIFCに転職しました。もともと牧師になりたいと思っていたんだと語るだけあって、どんなことがあっても怒りを表に出さない静かなキャラ。どんな難しいプロジェクトでも根気よく時間をかけてやるので、サムにかかると、いつの間にかプロジェクトが通っていた、という現象が多々あります。

短期金融系のプロジェクトに強く、貿易金融などのプロジェクトを手掛けることが多いです。
サムは夜中まで仕事をしていることが多く、夜10時以降に話かけると、彼のうちに秘めた熱い想いを聞くことができます。サムは、ずっと自分の国の中で教育を受けてきたので、自分が通った学校の同級生たちが政府の要職についているそうですが、かつては国をよくしようと語り合った仲間たちが、志を失って政府になんの改善も起こらないことが本当に哀しいのだそうです。

サムがすごいのは、IFCで働きながら、通信制の大学院プログラムをこなし、最近博士号を取ったこと。テーマは、「ガーナにおける中小企業の成功要因と失敗要因」。ガーナのアントレプレナー数百人にインタビューをして、業績のよしあしと、アントレプレナーの起業にいたるモチベーションの相関を分析した力作。こういう研究を通じて、ガーナの起業家のサクセス・レートが上がればいい、とのこと。立派です。

上記の同僚以外にも素晴らしい/面白い人たちはたくさんいて(リベリアの400メートルのチャンピオンで世界記録保持者のマイケル・ジョンソンと全米選手権の決勝で対決した人とか、神がかったスピーチ能力を持ち思いが熱くなりすぎると「フオー」とか「ブベー」みたいな呪術的な音で表現して、でもそれがなぜかクライアントにも社内にもよく伝わってしまう不思議なジンバブエ人とか)、書き尽くすことはできません。

いろいろなバックグラウントを持った仲間たちが、それぞれ強い真っ直ぐな思いを持って仕事をしている、こういう雰囲気が僕をダカール事務所にとどめる大きな力になっているのだと思います。

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写真は、「おかん」の送別会のダンスパーティー。特定のコートジボワール音楽がかかると、みんな練習もしてないのに、ぴったりと息の合ったダンスをする。

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さて、この原稿を書いている3月25日(日曜日)にセネガル大統領選決選投票が行われ、野党候補のマッキー・サル氏の勝利が確定し、現職のワッド大統領が祝福のメッセージを送りました。これをもって過去9ヶ月にわたる政治的混乱に終止符が打たれそうです。ここ1年ちょっとでコートジボワール内戦・ニジェールクーデター・ブルキナファソ危機・マリクーデターと残念な出来事が続いた中、独立以来の平和と民主主義の伝統を体を張って守ったセネガル国民の底力に心から敬意を表すると同時に、選挙前の暴動で亡くなった6名の方のご冥福をお祈りします。

マッキー氏の勝利が確定した日曜夜に、我が家の近所で小さな打ち上げ花火が打ちあがりました。日本の中学生が遊びで打つようなその小さく質素な打ち上げ花火は、僕には、大切なものを守りきったセネガル人の誇りと、勇気と、希望を示す輝かしい花火に見えました。

世銀プロ 2012年02月07日 - ニジェール探訪

IFCダカール事務所の小辻です。冬のセネガルはサハラから吹き降ろす砂交じりの風「ハルマッタン」が吹き荒れる季節ですが、今年は政治をめぐる強風も吹き荒れています。2月26日の大統領選を前に、現職のワッド大統領を支持する一部の人々と、それに反対する一般国民、という構図の対立。ワッド大統領は90歳近いご老体ながら、自身が二期までと定めた憲法をぶち破って三期目を目指し出馬するということで、国民の大半から大ブーイング。

ワッド大統領の出馬が合憲とされた憲法院の判断が出た1月末には、デモの嵐が吹き荒れ、首都ダカールや幾つかの地方都市で市民と警官の激突で数名の人々が死亡し、セネガル中部の都市カオラックでは大きな市場が全焼する、という事件もありました。コートジボワールなどの複雑な情勢に比べると、セネガルの混乱はたった一人の往生際の悪い老人のせいで、国中が迷惑しているという単純すぎる構図で、本当に残念な限りです。ただ、こうやって人が死にはじめると、いろいろな恨みがからんできて、単純だった構図が少しずつ複雑化して、内戦ってこうやってはじまっていくのかなあ、と少し恐ろしくなったりもします。

さて、今日は少し前の話になりますが、ニジェールへの出張の話を書きたいと思います。
ニジェールは、セネガルとマリの更に奥にある内陸の国で、国の西側のニジェール川流域に人や農業が集まっていて、あとはナイジェリアと国境を接する南部にいくつか町があり、残りは砂漠、みたいな渋い国です。

主な産業は、ウランの採掘、畜産(肉の輸出でとても有名で、輸出といっても、牛や羊が歩いて国境を越えてナイジェリアやベナンに売られていく、という原始的なもの)、タマネギ・豆などの栽培、アラビック・ガム(アカシアの木から取れるコーラなどに使われるアロマの原料)、皮革(マラディという地域の羊の皮は世界最高級らしい)などなどです。

首都ニアメーの印象は、「ひたすら茶色い」というものでした。町の脇を流れていくニジェール川も茶色いし、ビルも茶色いし、砂埃が舞って空気も全体的に茶色い。


写真は飛行機から見るニジェール川

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今回のミッションは、投資候補先の発掘と、関係省庁へ「わが社もニジェールの経済発展のためにがんばっております」と仁義を切りにいくこと。

ニアメーに入って最初のミーティングが、商工会議所がアレンジしてくれた現地の農業企業とのミーティング。30社くらい企業が集まってくるという盛況。とりあえず、企業のビジネスの状況や資金ニーズの概要をインタビューしようと思って臨みましたが、なんと、いきなり「袋叩き」に合うはめに。

簡単な自己紹介をしたあと、質疑応答にはいりましたが、第一声が「あんたの会社のミッションが数年前にきて、同じようにここでミーティングをしていろいろ約束していったのはいいけど、その後何も起こっていない。あんたらはほんとにやる気があるのか」というお叱り。続いて、「あんたの会社は、金持ちばかりに融資していて、われわれ中小企業には冷たい。それでいいのか。」似たような怒りのメッセージが怒涛のように続く。

僕も最初は、僕らはそもそも営利機関であって援助ドナーではないこと、うちの会社はダカールの3人のスタッフだけでフランス語圏西アフリカの農業投資をカバーしていてリソースが足りないのでたくさんの案件を一気にやれるわけではないこと、投資前のデューディリジェンスや環境アセスメントをしっかりやり、投資後のモニタリングを続けていくにはそれなりのコストがかかり、そのコストを回収するにはある程度大きな投資をせざるを得ないこと、大企業に投資してもその大企業に納入する中小のサプライヤーを育てるプログラムがあること、そして組織が地方分権化して多くのスタッフが現地密着型になりつつあること、などを一生懸命説明していたが、それでも静まらない恨みの声を聞くうちにだんだん怒りがこみあげてきます。

しまいに、思わず、「あんたたちは、なんでも銀行のせいにするけれど、自分たちでやるべき努力をやっているのか?自分の農場を自分の力で広げるためにお金を一生懸命ためたりしているか?銀行からお金を借りたかったらそもそも銀行口座を開いているのか?財務諸表は作っているのか?」と英語でぶちまけてみました。通訳をしてくれたコンサルタントさんがやわらかくフランス語に訳してくれたので、それほど波風はたちませんでしたが。

こうして2時間ほど延々とつるしあげられたあと、一応礼儀上、出席者に挨拶をしてまわります。ある出席者から「私はある村の長である。1000万円ほど貸してくれたら、村のインフラを整備して井戸もたくさんほって、豊かにできる。借りたお金はきっと返ってくる。どうだ、大きな会社に5億円貸すよりもよほど意義があるだろう。」といわれる。笑顔で「素晴らしいお志ですね」といなしながらも、いや、そういうプロジェクトなら、僕らみたいな機関投資家じゃなくて、NGOなどにあたってくれよ、こういうプロジェクトはちゃんとお金が正しく使われたかだとか回収のためのモニタリングに手間がかかるんだから、金利をいくらとってもコストを回収できないから、営利機関じゃ無理ですよ、と、心の中でつぶやく。

世銀プロのサイトにこんなこと書いて怒られそうなのですが、正直、援助慣れ・ドナー慣れしている感じを見てかなり気持ちが凹みました。「私たちの国は内陸国で、資源も少なく、旱魃もあって大変な状況で豊かになりようがない。だから、国際機関などの援助がないと生きていけません」という、それはそうなんだけど、なんだか最初から負けを認めているようでなんとも切ない。ダカールに帰ってニジェールに詳しい方にこの話をしたら、「空手道と同じように、『ニジェール道』の道も長いのですよ。根気強く頑張ってください」と励まされましたが。

続いて、金融機関営業担当のカメルーン人フォレム氏と一緒に現地銀行数社を回って、農業向け融資の状況を聞く。

農業セクターは非常にインフォーマルであり、お金を貸しても、そのお金がちゃんと農場に使われるのか、それとも個人的なほかのこと(冠婚葬祭とか車とか)に使われるのか、モニタリングするのが実質的に不可能なので、とてもチャレンジングである、とのこと。また、当地の銀行は長期資金を手に入れにくく、資産と負債のデュレーションを合わせる観点からも、長期投資を要する農業向けに貸しにくい、とのことです。もっともな理由です。

大臣のあいさつ回りは儀礼的なもの。財務大臣、通商大臣、農業大臣、畜産大臣、中央銀行などにあいさつ回りをしたので、結構な時間を要しました。

現地の大企業何社かともミーティングができました。

一番印象的だったのはニジェール有数の某食品会社。フランスで食品加工を学んだニジェール人の女性が、約20年前に自宅のガレージで製品を作るところからはじまった会社。いまやこの分野で市場シェア50%を誇るニジェールが誇るサクセス・ストーリー。プライベートエクイティーの出資も受けていて、工場はものすごくモダンな機械をつかっており、ISO9001の認定も受けていて、HACCPの安全基準に基づいて操業しているとのこと。ニジェールにいることを一瞬忘れるくらい立派な工場でした。

ニジェール最大の財閥を牛耳る実業家にも会うことができました。彼につれられて、巨大なタマネギ農場を見学(ムラサキ・タマネギはニジェール有数の輸出品)。タマネギ農場は収穫が終わった後なので、ただの更地になっていましたが、点滴灌漑などを用いた設備は目をみはるものがありました。帰りに彼のグループが所有する工場群を見せてもらう。工業ガス、鉱業向け機械の代理店、井戸を掘る機械をつくる工場、などなど、ニジェールの大きな工業はすべて彼が所有しているといっても過言ではないくらい。

ミーティングはなかなか渋いものが多かったですが、一日を終えてホテルに戻って食べる牛肉のケバブ(串刺し)が最高でした。セネガルにいる牛の品種と変わらないのに、ものすごい柔らかくジューシーなお肉でした。餌や屠殺の仕方がいいのかしら。生ビールがあるのもうれしい。

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ニジェール川に沈む夕日を見ながら飲むビールは最高

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一週間の出張を終えて、土曜の夜にダカールに飛行機で戻る予定が、週末を通してニアメー空港がストライキで閉鎖されてしまったので(空港がストってのは日本ではありえないのでびっくり)、日曜早朝に車で隣国のブルキナファソのウァワガドゥグまで行き、そこからダカール行きの飛行機をつかまえることに。

ニアメーからウァワガドゥグまでは、距離500キロ、7時間のロードトリップ。平べったい大地のなか延々と続くサバンナの中をひた走る。

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国境で、ブルキナファソのビザがないことを指摘されたものの、同僚のフォレム氏のたくみな話術でなんとかビザなしでの入国に成功。国境で足止めを食らうのは痛いので、かなりあせりました。国境の露天で地元産の蜂蜜が売っていたので購入。ネスレのインスタントコーヒーの缶を再利用したパッケージで一缶500CFA(約100円)と激安。

ブルキナファソの農村 – ブルキナファソに入った瞬間緑が増える。

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ウァワガドゥグの町に入ると、なんと、ダカールにはない信号機がある!!フォレムー氏いわく、ブルキナファソ人は、西アフリカで一番の働き者で自分の稼いでいる範囲でお金を使うしっかりした人々だそう。ふむう。

朝7時に朝食抜きでニアメーを出発して、ウァワガドゥグについたのが午後3時なので、一同腹ペコ。ウァワガドゥグについた瞬間、ブルキナ料理レストランに駆け込む。ブルキナファソに来たら鳥を食べねばならん、ということで、グリル・チキンをオーダー。ほとんど骨と皮だけの鳥なのだが、そのわずかについている肉が実にしまっていてコシがあって旨い!地元の茶色い謎のスパイスとの相性も最高。将来アフリカを離れると、この「プレ・ビシクレ」(地鶏)は懐かしく思うだろうなと思います。

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いろいろなことがあって本当にお腹一杯の旅でした。ダカールに着いて、空港のしけた場末な雰囲気がこれほど懐かしく思えたことはない、というくらいくたびれました。

その後、この出張で見つけた某企業の案件をすすめるべく予備審査でプレゼンをしましたが、結果は撃沈。個人的には、ニジェールの中ではきらりと光る企業でこれ以上の案件は出てこないだろうと思って自信を持ってプレゼンをしたのですが、IFCの経営陣の判断は、案件が小さい割には、リスクが高すぎるとのことでした。金融機関としてはまともな判断なのでしょうが、貧しい国になればなるほど、諸条件が厳しくなって投資がしにくい、だから民間セクターが伸びづらい、という「貧困のワナ」の壁は高く、なかなか落ち込む出来事でした。

「ニジェール道」の道は、長く険しいです。千日をもって鍛とし、万日をもって錬とす、という感じです。(押忍)。

世銀プロ 2011年12月20日 - コートジボワール – 内戦からの復興

IFCダカール事務所の小辻です。

ここ二ヶ月くらいの間に何回かコートジボワールに出張する機会があったので、その様子をリポートしたいと思います。

まずは、コートジボワール情勢をおさらいしておきましょう。

1970年代、80年代は、ボワニ大統領のもと、「イボワールの奇跡」と呼ばれた高度経済成長を遂げた同国は、アフリカ開発銀行などの国際機関のヘッドオフィス、多国籍企業の西アフリカ本社などがおかれ、教育面でもココディ大学などがあり、西アフリカ屈指の産業基盤と教育基盤を誇る大国でした。

ところが、2000年以降、南部と北部に分かれて反目がはじまります。この反目はもともと歴史的に存在した民族的・宗教的な対立ではなく、この時期に当選したバクボ元大統領なのか旧宗主国のフランスなのか誰が悪いかは書きませんが(このブログに政治的な意見を載せるとまずいので)、多くのアフリカの内戦と同様、確実に人間が政治的なモチベーションとプロパガンダをもって人工的に作り出した対立といえるでしょう。2002年のクーデター未遂をきっかけに内戦開始。2005年に停戦。そこから2010年までは火種をかかえながらも、なんとか小康状態を保っていました。

2010年11月に懸案であった大統領選が実施。国際機関や多くの政府機関が見守る中、2011年11月に開票され、「北部」を代表するとされる元IMF職員のワタラ氏が、「南部」を代表するとされる現職のバクボ大統領を投票数では破ったとされました。ところがバクボ大統領は負けを認めず、選挙方法に不公正があったとして、大統領として居残ることを宣言。ワタラ氏も負けずに、ゴルフ・ホテルというホテルに立てこもって、大統領就任宣言を実施、国連や多くの海外諸国はワタラ氏をサポート、ここに二人の大統領が同時に存在するという異常事態に入りました。(この辺は在コートジボワール大使の岡村氏のブログ - http://blog.goo.ne.jp/zoge1 - に詳しい)。

人々は、バクボ派とワタラ派にわかれて争い、数千人の人が亡くなったといわれています。また、この間バグボ氏を「兵糧攻め」にするため(公務員などに給料を払えなくして困らせようという意図)、銀行機能が止められ(一定額以上の預金が引き出せなくなった)、貨幣が流通しなくなった経済は麻痺状態に陥りました。2011年4月、フランス軍の介入などもあって、バグボ氏が逮捕、内乱にピリオドが打たれました(大詰めの過程で日本大使館が襲撃され、大使がフランス軍に救出された映像を見た方も多いでしょう)。そこから数ヶ月、治安回復や復興などの努力が続き、国がまともに機能しはじめたのは、今年の夏以降です。

メディアなどでは、「悪者のバクボと、国際社会に応援されたワタラ」という構図が描かれがちですが、コートジボワールの友人たちの意見を聞くと、そんなに単純な構造ではなく、西アフリカ世界における影響力を保ち続けたいというフランス外交の意図(このフランスの西アフリカへの絡みを称して「Francafrique フランサフリック」と呼ばれます - 「Francophone Africa」という言葉に比べてネガティブ・暗い響きがあるので、日常では軽々に使う言葉ではありません)と反仏路線を打ち出したバクボ元大統領、という対立軸を理解しないと問題の全体像はつかめない、とのこと。この辺の世界は深すぎて、西アフリカに二年住んだ程度の僕の理解はまだ及ぶところではありません。

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写真は復興中のアビジャンの街

前置きが長くなりましたが出張のお話です。

今回の出張の目的は、コートジボワールのある畜産企業の投資を検討するための調査と投資条件の予備的交渉と、昨年投資したジュース工場のダメージを精査し復興策を考えにいく、というものでした。内乱後の情勢が一体どんな感じになっているのか、出発前はやや心配だったのですが、行ってみると、かなり普通の状態に戻っていました。

内乱時にもっとも激戦地帯となったヨプゴン地区(東京でいうと下町みたいな場所)や、両陣営が奪い合ったテレビ局など、報道されまくっていた「ホットスポット」も通りましたが、いまやまったく普通。人間の生きる力とはたくましいものです。

いろいろインタビューすると、企業業績は夏以降は堅調のようです。内乱がはじまった1月から3月までは通常年に近い業績だったものの、ウァタラ現大統領の軍がアビジャンに入りバクボ軍と激突した内乱のピークの4月は売上ゼロ(その間は電気も水もストップ、餌が作れないので多くの家畜が死んでしまったり、オフィス機器が盗まれたりしてかなりの損害も受けたとのこと)、バクボ氏が逮捕されて後、情勢が安定するまでの5月と6月は通常の年の約半分の売上、7月以降は通常の年並みに売上がもどりその後も堅調伸びている、という感じ。数字を見る限り7月以降の回復度はすごいです。人々もアビジャンに戻ってきているし(ビジネスホテルは満室状態)、この先の見通しは明るそうです。

写真を何枚か。

コートジボワールの鶏肉。身がしまっていて本当においしいです!今投資を検討している畜産会社はかなりのマーケティング上手で、アビジャン市内のおいしいグリル屋さんにただで自社Tシャツや焼き鳥を保管するケースなどを提供して、自社の鶏のブランドネームを消費者の脳裏に焼き付けようとしています。

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飼料工場

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飼料を農家に販売する販売店の様子

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出張中フランス語もかなり上達しました。

去年まではナイジェリア人上司の「おかん」などのシニア・バンカーたちがチームリーダーとしてたくみなフランス語で交渉をリードしてくれたのですが、今年からは僕がチームリーダーをつとめることが多くなり、クライアントとの議論を仕切らねばならず、もはや言い訳はできない待ったなしな状況です。一応通訳としてフランス語ネイティブのジュニア・スタッフに同行してもらったのですが、人間追い込まれればできちゃうもので、複雑なストラクチャリングの説明や、ディールが生きるか死ぬか瀬戸際の交渉を、フランス語でやっている自分に我ながら感動。(まあ、金融用語は仏語と英語はかなり似ていて、たとえば「インベストメント」は「インベスティスモン」とフランス語風に言うだけなんですけどね。)

条件交渉の一部はコートジボワール事務所長のおばさんも参加してくれたのですが(とても頼りになる人で僕はコートジの「おかん」と呼んでいる)、「おかん」は、「あんたは、2年前はフランス語が一言もしゃべれなかったのに、いまや片言のフランス語で客に斬り込んでいくなんて、カミカゼのような男やね」とのたまってました。「カミカゼ」はちょっと意味ちがうんだけど、と思いましたが、ほめ言葉として受け取っておくことにします。

いろいろ課題のある案件だし、クライアントもタフネゴシエーターで白髪が増えたと思うくらいきつい交渉が続いているのですが、内乱後のコートジにおいて食料を増産するのは経済復興の礎になると思うし、こういうファイナンス案件を担当できるのはバンカー冥利に尽きますので、なんとか前に進めたいものです。

***

昨年投資したマリの炭酸飲料会社のコートジボワール子会社の様子も見てきました。この会社は、コートジに工場を建設しようとしている矢先に内乱勃発。アビジャンの港が閉鎖されてしまったので、届くはずだった工場の機械は隣国のガーナに退避。

情勢が安定した6月から工場建設を再開し、今は工事は堅調に進んでいます。写真は完成間近の工場の建物。機械類も無事アビジャンに届いたそうで、来年はじめの営業開始をめざして頑張っているそうです。がんばってほしいです!

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2度の出張を通じた所感としては、今のコートジボワールは、さしずめ戦後の日本のような状態なんじゃないかと思います。しっかりした産業基盤とインフラがあり、高い教育を受けた人々が国に戻ろうと考えていて、人々も90年代以前の繁栄を確実に記憶している。大学院のときの教授は、日本が戦後発展した理由のひとつは、別に日本が戦後本当にゼロの状態から出発したわけではなく、明治維新以来の産業発展があって、当然人々はその記憶があって、蓄積された産業基盤や人材基盤も残っていて、戦後はまず昔の状態に戻す、という「復興」だったからだ、といっていました。「ゼロからの成長」よりも「かつての状態を取り戻す復興」のほうがたやすいだろう、というのは納得のいく考え方です。

今年はコートジボワールの案件を何件かやりたいと思っていますが、僕がコートジボワールにブリッシュ(金融用語で積極的であること)なのは、まさに上記の理由で今後の急速な経済成長(回復)が確実だと思うからです。

また、南アフリカという強い産業基盤のある国の周辺国(ボツワナ、モザンビークなど)が伸びているのは、南アフリカ産の安い機械や原料が手に入り、南アフリカ企業からの投資・技術移転が起こっているから、という理由があると思います。ですので、これからコートジが伸びていけば、コートジを産業ハブとして、ブルキナファソやマリ、ライベリアなどの周辺国の経済発展にもポジティブな影響を及ぼすことでしょう。

日本でこの地域のニュースがカバーされることは少ないですが、読者のみなさんにはぜひ情勢に目を光らせていただきたいと思います。

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アビジャンの工業地区遠景。セネガルや周辺諸国の工業地区のインフラとはレベルが格段に違う。

世銀プロ 2011年11月01日 - セネガルのブイヨンキューブをめぐるエトセトラ

こんにちは。IFCダカール事務所の小辻洋介です。

大好きなマンゴーの季節が前触れもなく終わり、街にマンゴーがまったく見当たらなくなりました。毎年この時期が来るのはわかっているのですが、毎年大きなショックを受けます。

しかし、マンゴーの季節の終わりは、雨季の終わりでもあり、これからはからっとした涼しい季節がはじまり、ダカールは一年で最高にすごしやすい季節を迎えます。

先日、トレーニングでワシントンDCにいってきました。トレーニングは、研修所に1週間缶詰になって、途上国でのプライベート・エクイティー/メザニン投資について学ぶというもの。うちの会社の過去成功・失敗した案件をケーススタディーでフォローしていき、実際にその案件をやった担当者が最後に解説をくわえてくれます。ルーマニアの銀行の民営化案件、ペルーの金山、チリの送電事業者、ジャマイカの携帯キャリア、ロシアのテレビ局、インドのCD-ROMを作る会社、メキシコの小売業者、ホンジュラスのエビ養殖場、などなど、1980年代から最近のものまで様々なケースが出てきて、世界中のオフィスから集まった同僚たちと討議をする、というビジネススクールに戻ったような充実した経験でした。

トレーニングが終了して、世銀本部の開発仲間たちと飲めたのも楽しかったです。焼酎を囲んで積もる話で5時間くらいの時間があっという間に過ぎていきました。志の高い仲間と会うとポジティブなエネルギーをもらってうれしいものです。

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さて、8月にセネガルの食品会社への投資がクローズ(投資契約書にサインすること)したので、今日はこの案件について書いてみたいと思います。

この会社はセネガルでスープのブイヨン(だしの素 - セネガル料理に大量に使用される)、チョコレートペースト(パンに塗るヌーテラのようなもの)やマーガリンなどの加工食品を作っていて、ネスレなどの多国籍企業とガチンコでシェア争いをしているセネガルを代表する食品会社です。

特にブイヨンは売れ筋の商品で、チェブジェン(魚と野菜の煮込みご飯)などの料理を作るときに、どんなブイヨンキューブをどんな割合で混ぜるかが、セネガル人女性の腕の見せ所らしいです。セネガルはイスラム教国で男性は4人まで奥さんを持てるので、女性同士の競争は、いかにブイヨン・キューブの独自の調合を編み出し、おいしい料理で男性を引き寄せられるか、というところに尽きるようですよ(あるセネガル人男性が言っていたので、話半分に聞いていただければと思います)。

ライバルのネスレは、「Avec Maggi chaque femme est une etoile (ネスレのマジーキューブを使えば、どんな女性も星のように輝く!)」というまるでポエムのような謳い文句で女性たちの心をつかもうとしています。いずれにせよセネガルをはじめとした西アフリカ諸国でのブイヨンの消費量はものすごいものがあります。

創業者はレバノン系セネガル人で、この方はこれまでアフリカで会ったアントレプレナーの中で、最も仁徳があるといっていいくらいナイスな人。打ち合わせなどにいくと、必ず彼の自宅での昼食会に呼ばれて、とてもおいしい料理をごちそうになります。

この会社はセネガル企業の中ではかなりの優良企業といわれているので、このたび、IFCの営業担当としてダカールに赴任してきたモロッコ人の同僚が過去数ヶ月にわたり何度も営業を重ねた結果、やっと取れた案件です。この会社は、セネガルの市場も伸びているし、マリやギニアなどの近隣諸国への輸出ももっと増やしたい、ということで、工場の拡大を考えています。その資金手当てのためにうちの会社が株式出資と融資を提供するという案件です。

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ちなみに、この会社の商品の重要な原料のひとつが、味の素。フランスの味の素から輸入をしているみたいで、工場に山積みになっている味の素の袋を見たとき、日本人としてとてもうれしくなりました。

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工場拡大の設備投資がリターンを生むかどうかは、ひとえに製品がもっと売れるかどうかにかかっているので、市場調査は今回の投資前調査の肝のひとつです。

セネガルでは、洗練されたインフラや流通機構が整っていないため、食品などの消費財は、大規模卸売業者 -> 小規模卸売業者 -> 零細卸売業者 -> 街中の物売り(バナバナと呼ばれます)という何重もの流通チェーンを通って、田舎の町や村まで届きます。こういった流通業者たちがこの会社の商品についてどう思っているか(この商品を取り扱うことでどのくらいのマージンがあるか、取り扱いをもっと増やすためには何が必要なのか)ということを理解するのが、今後の商品の売れ行きを占う鍵になります。なので、いろいろな業者に会って、インタビューを重ねていきます。

この会社はセネガルの会社の中ではかなりのマーケティング上手で、プッシュ・マーケティング的に卸売業者にとにかく沢山商品を抱えてもらうことのみを重視している他の会社と異なり、プル・マーケティング(エンドユーザー向けの広告やプロモーションで需要を喚起する)をかなり積極的にやっています。低価格が売りで一般の消費者層がターゲットなので、ダカールの一般庶民がよく買い物にくるエリアで抽選会(商品を買うとクジ引きをして賞品があたる)をやったり、派手な看板(決して趣味はよくないが、おいしそうな食品とハッピーそうなセネガル人家族が描かれている、いかにもセネガル人好みなデザイン)がダカールの市街に頻繁に立っています。

また、ダカール市内を走るバスには必ずといっていいほどこの会社の広告がついています。卸売業者に話を聞くと、こういう消費者向けマーケティングを効果的にやっていて、消費者からの引き合いが強いことは、マージンや支払いのターム以外にこの会社の商品を取り扱う大きな要因になっているとのことです。


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この会社は、こういった何百社という中小流通業者のサポート(セールスのアドバイスや営業人員が足りない際のスタッフ派遣など)をやっているので、この会社はセネガルやマリの雇用の創出と中小企業ビジネスの振興に大きく寄与しているということになります。

また、この会社の社長と中小流通業者の人間関係の深さも印象に残りました。いままで多くのアフリカの農業企業を見てきましたが、成功している会社のトップはかならず販売先・納入元の中小・零細企業や農家などと強い人間関係をもっています(関係構築を営業チームにまかせっぱなしにせず、トップ自ら現場に出ている)。アフリカで商売をするということがどういうことか、学ばせてもらういい機会になりました。


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<プロモーション・イベントの様子>

セネガルのお隣のマリは、輸出国の中で重要な位置を占めるので、マリにも市場調査に行ってきました。

4月末のマリは一年で最も暑い時期で、日中は40度以上の気温になります(典型的なサヘル地帯の気候です)。ダカールはこの時期25度以下でしたから、この差はものすごい。市場調査は一日の大半を屋外で過ごすので、熱中症でやられるかと思いました。吸い込む空気自体が熱風なので(真夏の炎天下に長時間駐車しっぱなしだった車の中に入ったときの感じを思い浮かべてください)、かなりきつかったです。

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2週間にわたる投資前調査、その後1ヶ月ほどを使って投資委員会資料作成、3ヶ月半にわたる分厚い契約書類の交渉を経て、無事サイニングをすることができたので、感慨もひとしおです。IFCがセネガルの農業分野に投資するのは20年ぶりのことなので、意義深い案件になったと思います。この案件の噂が優良企業の間に口コミで広まって、セネガルでIFCがもっと農業・食品案件に食い込めるようなきっかけになるのではと期待しています。
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