途上国開発

エチオピア紀行

エチオピア飛び込み営業ミッションに行ってまいりました。

エチオピアははじめてでしたが、平和で(ケニアと違って、ちゃんと道を歩ける!)、文化も深く、人もやさしくまじめそうだし(西アフリカでいうと、ブルキナ系)、奥ゆかしい国で、すっかり好きになりました。

首都のアディスアババ

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エチオピア正教のお坊さんらしき人もいます。

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アディスアババを少し出ると、テフ(インジェラの原料)、小麦、大麦などの畑が広がる気持ちよい高原地帯。

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また来たいと思います!


営業では、9社とアポイントメントを取って、うち4社が投資案件に繋がりそうなので、なかなかのヒット率で満足。まあ、「なんか一緒にやりましょう、インシャアーラ」となってから3年くらいかかるのがアフリカなのですが。。。

人口が90 million、ビジネス界では英語がそこそこ通じ、がんがん経済が伸び、そのくせ一部の財閥を除いては中規模の会社が点在している感じなので、伸びしろのあるダイナミックな起業家に投資をして、M&Aでの業界のconsolidationも絡めて成長させる、というような面白い投資もできそうです。

経済は、かなり政府主導のようで、それはそれでうまくいっているみたいです。大きな企業は国営企業が多いようですし、たとえば銀行などは外資に開放されていません。なので、うちも現地通貨建の融資ができず(外貨を稼いでいる輸出企業向けにドルで貸すか、現地通貨で株式投資をするかどちらか)。為替レートをコントロールしていることもあって、外貨準備がかなりかつかつらしく、パスタ工場に会いに行ったときは、需要がめっちゃ伸びてるのに、外貨規制で、海外の小麦が輸入できず、国内産の小麦生産が十分でないので、生産できません、みたいな渋いシーンにもお目にかかりました。

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(アディス郊外の工業地帯)


色々面白い会社にあえました。大きなビジネスの大半がインド系に握られているケニアや、レバノン人が幅をきかせている西アフリカと違って、エチオピア人の面白いアントレプレナーがたくさんいらっしゃいました。

初日は畜産デー。ドバイやサウジ向けに冷蔵の羊とヤギ肉を輸出している屠殺場を訪ねたり(HACCPやISO22000を取得していて、とてもきれいな工場でした!)、養鶏場を訪ねたりしました。養鶏場では、鶏肉はお祭り用でそこまででもないが、卵の需要がかなり伸びているらしく、卵の増産に数億円投資するとのこと。社会主義時代に空軍の軍人で、軍縮でクビになって、オランダ人の宣教師の小額の融資で1000匹の鳥を飼ったところからスタートした、気合の入った起業家さんでした。

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2日目は、タクシーをチャーターし、切花の農園を訪ねて、アディスアババから150キロ離れたズワイという街へ。長距離ドライブなので、眠くならないよう、ちょっと合法麻薬的な葉っぱを噛みながらいきます。私も助手席で寝るとドライバーさんに申し訳ないので、少し頂きました。この葉っぱは、ケニアでも売っていますが、試したことはありませんでした。エチオピア産のものが高級で、ケニア、ソマリア、イエメンなどに輸出されているそう。ピーナッツと一緒に頂き、なんか頭が軽くしびれて思考が明快になる感じです。眠気は一発で覚めました。締めは、道路沿いのコーヒーショップで、エチオピアンカフェをいただきます。

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ズワイに行く途中の湖に咲く、なぞの紫の花

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大手の加工食品会社も訪問。「完璧なタイミングできてくれた。ちょうど地元の銀行の手続きの煩雑さにイライラしていたところだったので、御社からの融資を検討したい」というスラムダンクなミーティング。

コーヒーの最大の輸出業者のひとつにもお会いできました。アリさんというムスリムのエチオピア人で、サウジアラビアからのイスラム調の家具の揃った豪華なお宅でお昼をご馳走になりました。日本への輸出を増やしたいとのこと。アルッハンドゥリラー。

協力隊員のみなさんともお会いしました。活動やエチオピアでの生活の様子など興味深いお話が聞けましたし、フィールド調査団も発足の運びになりそうです。

最終日の土曜日は、アダディ・マリアムという12世紀に一枚岩を彫りぬいて作られた地下教会に行ってきました。なかなか荘厳な場所でした。

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次回訪問する際は、地方も行ってみたいと思います。

タンザニア北部出張

タンザニア北部(ウガンダ国境)のブコバという街へ出張。協力隊もいない辺境の街(セネガルでいうとケドゥグとかマタムな感じ)。

ムスリムのインド人のご家族が経営する食品会社を訪問。ブコバは、ビクトリア湖が一望できる美しい街でした。

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ミーティングのしめは、コーランの講義で、英語版のコーランをお土産に頂きました。あっるはんどぅりらー。

帰路は、ダルエスサラーム経由ではなく、ウガンダのエンテベへ飛んで、そこからナイロビに戻りました。エンテベで少し時間があったので、街に出てウガンダ食も食べました。鶏スープと食用バナナをフフ的に練ったものがやたらおいしかったです!

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そういえば、ひとつうれしいことが!

ワシントンDC・ダカールと一緒に夜なべをしながら色々な案件を一緒やってきた腐れ縁のガーナ人のサムが、当社のアフリカ農業ビジネス部門の部長になりました。

アフリカに来て、つくづく、「人間の徳」というものが、案件のタームやストラクチャリングより余程大事なあと痛感する日々で、そういう意味では徳を積んだサムのリーダーシップは、我々のチームをより強くしてくれるだろうと嬉しく思います。

サムは、ガーナ北部のブルキナ国境の寒村で育ち、ガーナ大学を出て(欧米の大学出身が多い当社で珍しい)、やし油の石鹸工場の工場勤務から、エコバンクの銀行員になって、世銀に入ってきたという努力の人。博士号も夜間でとって、博士論文のテーマは、ガーナの小規模起業家400人を調べて、どういう人が成功して、どういう人が失敗したかを、要因分析した涙なくしては読めない大作。

こういうのがアフリカで積んだ徳で、落下傘的に欧米から来て大所高所をblah blahと語るエキスパットには出せない味だと思います。早速ケニアに出張してきて、詰まっていた案件2件で、お客さんを説得して前に進めてくれました。私も、腰ぎんちゃくのようにサムに色々入れ智恵をして、チームを強くしていきたいと思います。

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アフリカ出張に役立つ持ち物について

ときどき、『「アフリカに急に出張してこい」といわれたんですが、どうしたもんでしょうねえ?』というご相談を受けることがあり、今日は、ビジネスパーソンのアフリカ出張に役立つ持ち物について書いてみたいと思います。

自分が男なので、特に男性のみなさんに参考になればと思います。ちなみに、奥地への厳しい出張はJICAのンボテ飯村隊長のブログをご参照ください。僕が今回書くのは、主に、首都や地方都市等、ある程度のビジネスインフラがあるところの出張向けです。

スーツケース

複数カ国に移動する場合は、絶対にすべて手荷物にするのがお勧めです。アフリカ域内の乗継メジャー空港である、ナイロビ、アディスアベバ、カサブランカ(モロッコ)、ヨハネスブルグは、荷物なくしの名所。スーツなどはかさばり、持込の小型スーツケースに入らないこともありますが、ガーメントケースに入れて、強引に持ち込みます。アフリカのおばちゃんたちも、大きな荷物(商売用の商材とか)を手荷物で持ち込み、荷物入れにいれようと頑張るので、それを押しのけていきましょう。

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基本は全部持ち込みと申し上げましたが、日本発・アフリカ行きで多くの方が使うエミレーツは、やたら持ち込み制限があり、キャリーオンのスーツケースも預けさせられてしまうことがあるのでご注意を(まあ、エミレーツなら荷物をなくされる心配はあまりありませんが)。

陸路移動の場合は、四駆の後部に砂が入ってきてスーツケースが砂まみれになるので、汚れてもかまわないスーツケースがお勧めです。

洋服

フォーマルなスーツを持っていくのは荷物になるので、正式な会議でも、屋外の現場でも使えるクールビズ系(もう死語でしょうか?)の格好がお勧めです。チノパンにワイシャツ、薄手のジャケット、という感じです。ネクタイ は、政府系の人に会う場合はあったほうがいいので、一本入れていくとよろしいです。

靴はゴム底の革靴や、ビジネスシューズ風スニーカーが、色々な場所に対応できて便利。フォーマルに見えつつ、底がごつくて農場もいける写真の靴が最近のお気に入りです。

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ケニアなどの高地の冬(南半球は6月から8月)は10度台半ばまで冷え込んで寒いので、何か羽織れるものあったほうがいいでしょう。

傘は不要。小雨の場合はみんな気にせず濡れて歩きますし、大雨が降ったらそもそも歩けませんし、車での移動か、雨がやむまで待つか、どちらかの場合が多いです。

あとお勧めなのは、ユニクロの夏用肌着。これは涼しいし、洗濯してもすぐ乾くし、便利です。

スニーカーかサンダルもあれば便利です。

上級者編 ブブ(西アフリカでメジャーな長衣): 洋服より圧倒的にすずしく、パーティーやフォーマルな場でも通用する。

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小物編

コンタクト液は現地で手に入りづらいのでもって行きましょう。

電源用の変換プラグ(南アだけ特殊な形状をしていますが、他の国はC型かBF型なので、電器店に売っている万能プラグでいけます)。アフリカのプラグ形状の詳細については、こちらのサイトご参照。

サングラス: 東部アフリカなど標高が高いと紫外線が強い

薬: 僕は正露丸を時々もっていきます。不安な方は、マラリア予防薬とか持っていくのもいいでしょう。蚊にさされないように気をつけていれば大概大丈夫ですが。そこそこのホテル(50-100ドル以上)に泊まる場合は、スプレーで対策してあるか、蚊帳があります。ちなみに、僕も含めた長期駐在者は、予防薬を飲んでいない人がほとんどだと思います。

USB - アフリカのビジネスパーソンは、「その資料、あとで送っといてくださいね」とお願いしても、絶対に送ってきません!その場でUSBでもらっておくのが賢明です。

書類・貴重品

パスポート、ビザ(ビアはほとんどの国で必要です!ケニア・タンザニア・エチオピアなど国境で取れる国もありますが、基本的には時間に余裕を持って取っておくのがおすすめです。)

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黄熱病注射の証明書(ケニアなど大きな国以外は、基本必要だと思います。ないと空港でいきなり注射打たれたり、さもなくば賄賂になりますので、ご注意を!)

現金(ドルかユーロが両替に便利)。クレジットカードでATMなどを使い現金を下ろすこともできますが、使えない場合に備えて現金が安心です。

* * *

以上です。アフリカといっても、ビジネス出張の場合は、割と普通の持ち物でなんとかなりますので、どうぞご安心を!!

Bon voyage!

現場復帰とタンザニア出張

3ヵ月半のニューヨーク子育てミッションを終えて、ケニアに戻って現場復帰です。

早速タンザニアに営業に行ってきました。イリンガという内陸部の街へ。小型セスナで飛びます。二つあるうちの操縦席のひとつが空いていたので、座らせて頂きました。パイロットさんは、離陸して航路を確定したら、新聞を読んだり、スマホをいじったり、ファンキーな感じです。

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イリンガには乳業の会社があり、イエメン人のオーナーから会社の拡大戦略は資金需要について聞き出します。ただアラブ系の会社は信頼構築に特に時間がかかり、まだしばらくやり取りをして投資案件に繋げていく、という我慢が必要そうです。マンデート獲得まで、あと何回か通うことになりそうです。

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イリンガには、イギリス人の女性が始めた障がい者のみを雇用するレストラン兼お土産屋があります。障がい者160人を雇用していて、乳業会社の社長いわく、「この160人は2000人の雇用に匹敵するすごさだ」と言っていて、まさにそのとおりだと思います。

レストランの雰囲気も料理もかなりのハイクオリティー。トマトスープと鶏肉とウガリを頂きました。ウェイターさんが耳が聞こえないので、オーダーは紙に書いて行います。お土産屋も地元のカンガ布を使ったノートやぬいぐるみ、洋服など多彩で、品質勝負で人気が出ているそうです。

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Neema Craft Cafeというところで、障がい者関連をやっている協力隊員のみなさんはチェックして見てはいかがでしょう?
http://www.neemacrafts.com/

<工房の様子>
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<今回買ったお土産>
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首都のダルエスサラームに戻って、別のアラブ人の食品会社を訪問。2年前からお付き合いがある会社で、アラブ料理とアタヤ(甘いお茶)をごちそうになりながら、新規事業の話などを伺いました。オーナーの方も、当社の営業努力を認めてくれて、息子のようにかわいがって頂いており、有難い限り。新しくオープンする食用油とマーガリンの工場予定地を訪問。ところで、工場訪問中にこのオーナーの方が二回ほど手をつないできたのですが、これは単純に親しみの表れと見てよいのでしょうか?アラブの文化に詳しい方、ご教示ください。

しばらくナイロビで事務仕事や当地の会社の営業等を行い、来週はタンザニア北部、その次の週はエチオピア営業です。

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<ダルエスサラームの高級ホテルからの眺め>

キベラ・スラム訪問

東アフリカ最大のスラム、キベラに行ってきました。

早川さんという方が運営しているマコゾ・スクールを見学。500人くらいの子供たちが通っています。スラムの家庭訪問もしましたが、衝撃的なくらい厳しい環境。アフリカに来て5年たちますが、ここまで貧困を文字通りあらわした状況は見たことがなく、ただただショックでした。

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6畳一間に十人家族が住んでいて、トイレのアクセスもままならない。限られた収入源、どんどん上がっていく家賃。でも、みんな事情があってスラムに流れてついているわけで、故郷に帰るわけにもいかない。そして、スラムに人が集まっているから、人々相手に商売をしたり、ぎりぎりでも生きていくためのつながりはある。

そんな中、女手ひとつで子供を5人育てているたくましいママなど、それぞれの事情を抱えながらも生きている人々を見て、感銘を受けました。

過去20年以上継続してキベラで活動を続けておられる早川さんにリスペクトです。まさにアフリカLoveを地でいっている方です。

マコゾ・スクールでは、一緒に空手をやる機会も頂きました。子供たち、めっちゃ元気です。

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子供たちもある程度の年になると、「このままスラムで頑張っても。。。」とぐれる子供もいるそう。それを真っ直ぐにするにはスポーツだ!と考えておられる先生もいらっしゃって、また来てください、空手教室続けましょう、とお誘い頂きました。「スクールウォーズ」の伏見工業のラグビーみたいに、「スクールウォーズ・キベラ編」で空手ってのも熱いかもしれません。


写真は、学校で見せて頂いたケニア西部ルオ族の踊り。

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コンゴ南部再訪

コンゴの農場案件のため、コンゴ南部のルブンバシを再訪してきました。今回の主なゴールは、環境専門家と一緒に、プロジェクトの環境・社会面でのインパクト評価をすること(環境デューディリジェンス)。アフリカでの大規模農場案件は、公正・公平な手続きを経て現地の住民を巻き込んで土地を取得しない限り、NGOなどから「land grab」(貧しい人たちからの土地の収奪)と批判されます。そういった住民との関係でリスクがないか、あるとしたら、どのようにマネージすべきなのかを考える、というのが今回のミッション。

何度コンゴにいっても、感銘を受けるのが空港のカオスな様子。今回も、死んだ魚の目をしたようなおばちゃんが、パスポートコントロールにいて、遅々として作業進まず。「職業は?」と聞かれて「バンク・モンジャール(世銀だよ)」と言った瞬間、おばちゃんは「あんたはコンゴにどかっとお金を落としてくれるのね?」と聞き、「もちろんだよ、ママ(コンゴでは女性をママ、男性をパパと呼ぶ)。ドカッと落とすから、まかせておいて」と言うと、今までの死んだ魚みたいな目がランランと輝き、パスポートに晴れてスタンプが押されたのでした。

押しあいへしあいして、荷物受取場の喧騒を抜け、空港ビルを出ようとすると、官憲に「そこの中国人、荷物をあけよ」と袖をつかまれる。ここも、フランス語とスワヒリ語を混ぜて「パパや、よく聞きたまえ、日本はコンゴの大いなる友人なのである。その証拠に僕のスーツケースにはコンゴの偉大なるビール、テンボとシンバとプリムスのステッカーが貼ってあるであろう」とわけのわからない理屈で逃れる。こういうノリで許してもらえるあたり、セネガルと似ています。ケニアのような英語圏の国ではこうはいかない気がします。

<ルブンバシの街。プリムス・ビールの模型が迎えてくれます>

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晴れて空港を抜け出して、農場へ。

ちょうど雨期に入ってトウモロコシがぐんぐん伸びています。

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土地取得のプロセスで何か問題がなかったかの地元住民へのインタビューも興味深いものでした。

まずは、住民を代表するべく農場近隣の10個の村を纏めるチーフ(部族長)にご挨拶。部族長の方の家に伺うと、自動車や発電機などもあって、豊かそうです。円形の藁ぶきの集会場があり、そこで部族長を待ちます。5分ほどして部族長が、コールテンのジャケット、ケニアのカンガ布のような現地布のスカート、といういでたちで現れ、我々は慣習に従いうやうやしく両手で握手します。アフリカ5年目で、はじめて部族長と名のつく人に会うわけで、なかなか緊張しました。時間を頂いたお礼として、コカ・コーラ20缶を差し入れます。

ミーティングでの部族長のコメントはリーズナブルなものでした。

「御社の土地取得に関しては、私の先代の族長と公正に交渉されたうえで決まっており、ルールにのっとっている。そして、御社が農業ビジネスですぐにリターンが出ないことはわかっている。だから我々としても地域貢献のために学校を作れ、病院を作れ、などと過大な要求をするつもりはなく、村人のなかで雇用を生み出し、御社の農場と共に地域も成長していきたいと思っている」

大企業が地域に入ってくると、あたかも企業がATMのキャッシュマシーンかのように、無茶な要求をするケースもありますが、こんなまともなコメントで一安心しました。

土地取得の際、もめごとはありましたか?と聞くと、「ひとり無茶な村人がいて、0.03ヘクタールの小さい畑の代償に、ミニバス(ケニアでいうマタツ)を4台よこせと会社に要求して、裁判に持ち込んだ者がいて、当然裁判では要求が認められず、企業側の勝訴に終わった」とのこと。これを機に儲かるバスビジネスを始めようとしたその人の気持ちはよくわかりますが、アフリカの農場案件では、あるあるですね。

翌日は、地元の小学校に、10村の村長、地元のNGOの代表などを集めて、ミーティング。部族長がおっしゃったような感じで、特段の不満もなさそうで安心しました。ひとつ興味深かった提案は、企業側でラジオチャンネルを作って、地元住民向けに、農業のプロとして農業情報やアドバイスを放送してほしい、というもの。確かに日本の僕の地元でも、よく町内放送で、「今年は霜に注意してください」とか、「○○の品種のおコメは、そろそろ植え時です」みたいな情報が流れていて、こういうの、確かにコンゴであればいいなあと思います。

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出張後半は、コンゴ南部の主食であるトウモロコシ粉の市場調査。マーケットに食い込んでじっくり行うことができました。

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そして、今回の出張のハイライトは、コンゴのこの州の州知事様とのミーティング。当該プロジェクトが州にとって戦略的重要性を持つ、ということから、お時間を頂けました。この知事様、アフリカ業界では大変有名な方で、もともと輸入業者から身を立て、就任以降鉱物資源の輸出量を100倍にし、腐敗をぶったぎって税収を何十倍にもした辣腕の持ち主です。自前のサッカーチームも持っていて民衆にも大人気。今まで、失礼ながらアフリカの政治家でろくな方にお会いしたことがなかったのですが、この方のお話には心から感動しました。コンゴの希望です。ビバ、コンゴ!これからもコンゴに食い込んでいきたいと思います。

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コンゴ、行けば行くほど、奥深い国です。

ケニアのアントレプレナーに会う

日曜の午後、日本の友人の紹介で、Farm Driveというケニア大学のIT専攻の学生たちがやっているベンチャー企業のチームに会ってきました。

小規模農家と、投資家を繋ごう、というITのプラットフォームを作ろうとしている会社です。それができれば、当然ながら、農家が灌漑や肥料などの必要な設備投資を打てるようになり、農業の生産性が向上します。

彼らが賢いなあ、と思ったのは、農家と投資家と繋ぐ前に、携帯電話でも使える独自のITシステムで農家に売上と費用、トラクターや牛などの財産を記録した帳簿をちゃんとつけさせる、という活動をすること。帳簿づけがきちんとできてきた農家を、ITプラットフォームに登録していき、興味のある投資家(ナイロビなどの都市に住んでいる人や、小規模農家を応援したいと思っている先輩大規模農家)と繋いで、融資を実行します。

ちゃんと帳簿がつけられた農家は、きっちり商売をしてくれる可能性が高いでしょうから、投資家としては、なんのバックグラウンド情報もない農家に貸すよりは、貸しやすいはず。

融資金額は、10000円くらいを考えているとのこと。ケニアの小規模農家にはちょうどいい額で、銀行はこんな小規模の融資はやらないので、開発効果は大きいと思います。

農家の人が、そんなITプラットフォームを使うの?と質問をしたのですが、最近はケニアの一般の人たちにもスマートフォーンが急速に広まっているとのこと(i-phoneのようなものではなく、少し画面が大きくて3G/4Gでネットも見れる、という程度の単価5000円くらいの機種)。

まだ貸付フェーズまでいった例はないらしく、まずは融資の返済実績がどうなっていくか、不幸にも貸し倒れてしまった場合の対応を彼らがどうするのか、というのが見どころでしょう。また、それ以上に、ケニア各地の農民たちの帳簿付けのキャパシティービルディングをしていくのに膨大なマンパワーがかかるので、そのコストを、融資の仲介フィーでまかなったうえで儲けが出るのか、あるいはそれをやってくれるNGOなどのパートナーを見つけることができるのか、というところが課題なんでしょう。いろいろとディスカッションが飛び交い、楽しい時間でした。

こんな元気な学生たちがいるなんて、ケニアはすごい国です。

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Retour en Afrique d’ouest!! – コートジ出張

コートジボワールに出張してきました。2ヶ月ぶりの西アフリカ!

空港についてタクシー運転手とアビジャンなまりのフラ語で交渉するのも、むーっと肺に入ってくる湿気と熱気も、臭い匂いを発するラグーン(入り江) もすべて懐かしくいとおしい。

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(写真左は、アビジャンの入り口で迎えてくれるブイヨンキューブのマギーおばちゃんの像。ケンタッキーおじさん的なキャラです。)

空港から直行で、なじみのマキ(コートジ料理のレストラン)に駆け込みます。プレ・ブレゼ(鶏肉のグリル)とアロコ(食用バナナ)をかきこみ、いつもの変わらない味に納得です。

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今回のミッションは、去年出資したコートジの養鶏会社の訪問。一緒に訪問しているアメリカ人のおじいさまが1970年代のPeace CorpカメルーンのOVで、協力隊市場調査団についてもいいディスカッションができました。

時を同じくして、安部首相の1月の訪コートジに備えて、日本の大企業やJICAさんの大規模ビジネスミッションがあったようです。ミッション後の飲み会に合流でき、ダカール時代の戦友の商社の友人夫妻と再会。JICAの仏語圏アフリカ特攻隊長のンボテ飯村氏ともお会いできました。日本ミッションでは、弊社の「コートジのおかん」のマイクパフォーマンスがすさまじく、途中からマイクをかなぐり捨てて声を大にして、コートジの将来性について日本からの皆様に語っていたそうです。政府の役人のおじさまたちが応えられない質問に、「おかん」が代わりに答えてしまう、という一幕もあった模様。「おかん」から、「コートジのイノキ」と改名される日も近いのかもしれません。

ミッション2日目からは弊社コートジ事務所の若手ホープであるタンカムちゃんが合流。卵を生産する巨大な養鶏場を訪問したのですが、疫病予防の観点から、農園に入る前に、汚い労働者用のシャワー室で、シャワーを浴びねばならず、かなり凹んでいたみたいです。でも、高層ビルに入っている金融機関の訪問より、農場の現場のほうがおもしろいっす、とけなげに頑張っていました。がんばれ、タンカムちゃん。

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(写真は、タンカムちゃんとダカールから出張してきているフォレム氏。右側の写真の中心にいるのが「おかん」)

時間にゆとりができたので、マリ人で飲料会社を経営するポナ社長とお茶することもできました。近々、新しいビジネスをはじめるみたいで、彼のような人がアントレプレナーシップを発揮しまくるのは、西アフリカの将来にとっていいことだと思います。


アビジャン空港では、ナイロビ行きのケニア航空の隣に停機しているダカール行きのエア・セネに飛び乗ってしまいたい衝動と戦いながら、帰国。お土産にはアチェケ(ヤム芋のクスクス)を買いました。

ケニアに戻ってきたら、なんとワールドカップの日本の初戦はコートジボワールであるというニュースが飛び込んできました!両国とも決勝トーナメントに進めるといいですね!

タンザニア営業の旅 - ダルエスサラーム編

タンザニア地方都市営業の旅から戻ってきて、週末はナイロビで過ごすことができました。

日曜の夜は、協力隊市場調査団ケニア隊の、テーマ設定会。

メンバー10人が、テーマに関する説明をし、他の隊員やメンターからの意見やつっこみをもらう会。分野も多岐にわたり、どんな内容に育っていくか楽しみです!中間報告は2月、最終報告は4月の予定です。隊員のみんなは、現場の話はどんな人にとっても面白いはずなので(報告会での外部の人の熱い反応にきっとびっくりするはずです)、自分の活動内容を自信をもって発信してほしいと思います。

テーマ設定会のあとは、恒例の刺身大会。1メートルのクエ、70センチの大鯛をさばき、刺身->しゃぶしゃぶ->〆の雑炊、という流れでいただきました。隊員のみんなの食べっぷりはあいかわらず豪快で大量の刺身が3分ほどで完食されました。

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月曜からタンザニア営業第二弾。

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ダルエスサラームで、新しく入ったペルー人の同僚、カスティーリョ兄貴と、食品や農業分野の企業8社を訪問。ところで、このカスティーリョ兄貴、ニューヨークのウォールストリート勤務が長いので、お客さんに対してめっちゃカジュアルな態度を取ります。日本同様年長者を敬うアフリカでは、年長者の経営者に対しては(特にお父さん世代の方が出てきた場合)、うやうやしく、セネガルならば「サラマリクー」、タンザニアなら「シカモー」などのうやうやしい挨拶から入らねばなりません。ところが、彼はNYスタイルで、「what’s up, man」みたいに入ってしまう。「man」はないじゃない、セニョール、と喉元まで出かかりましたが、まああまり最初からがみがみ言ってもな。。。外人プレミアムで許されましたが、はやくアフリカスタイルに慣れてほしいと思います。。。すごくいい奴なので、お客さんとも一気に打ち解けていいのですが。


写真は、訪問した会社のひとつのソフトドリンク会社のラインです。こういった消費財はどこのアフリカの都市とも同じく、快調に伸びているそう。

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また、タンザニア有数のお金持ちのインド人のおじさまの持ち株会社も訪問しました。このグループ、農業や製造業からはエクジットしつつあり、金融や不動産にフォーカスをかけているそうなので、特段のビジネスはなし。ただ、最近歯磨き粉会社を、プライベートエクイティーに売却した話は面白かったです。この歯磨き粉会社、コールゲートなどの多国籍企業を打ち破って75%の市場シェアを持ち、こんな例はタンザニアくらいでしょう。この会社について、このおじさまがこんなコメントをしていました。

「製造コストでは、アジアや中東の輸入歯磨き粉に比べて優位はない。彼らが3つコンテナをタンザニアに送りつけてきたら、普通に考えるとうちの商売は上がったりだ。でも、うちは150台のトラックを自ら持ち、国中の地方都市に40の販売デポ(小売店がきて商品をピックアップする倉庫)を持っている。この全国販売網こそが、輸入品にまねできない競争優位なのだ。」

アフリカで、本当に魅力的なマージンがつくのは、製造サイドではなく、流通サイドなのですね。

***

続いて、タンザニア北部のケニア国境の町、タンガのサイザル麻の会社を訪問しました。

サイザルはサボテンのような植物で、そこから繊維が取れ、その繊維は天然の繊維では一番頑丈といわれていて、建設や海運業のロープ(錨ロープ)などに使われます。また、絨毯やかごなども作られます。世界的に化学原料の繊維から、天然原料をもっと使おうという流れになっているそうで、中東を中心に需要が伸びているそう。メキシコではサイザルと同系列の植物で、テキーラが作られるそう(でも、タンザニアのサイザルは品種が違い、糖分が少ないのでテキーラは作りづらいとのこと)。ブラジルとタンザニアが世界の二大産地。乾燥地帯で水がほとんどなくてもできるので、東アフリカの乾燥地帯の農民にのっては「insurance crop」(トウモロコシなどが干ばつでダメになっても生き残る農産物)と呼ばれています。

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この会社は、もともと国営の農園で、90年代半ばにタンザニアの社会主義が終焉をとげ、民営化された会社で、オーナーも経営陣も黒人のタンザニア人(アラブ系やインド系じゃない)という、気合の入った会社です。

13000ヘクタールの農園があり、約5000トンのサイザル麻繊維を加工。タンザニアに25社あるサイザル企業の中では第3位の規模らしいです。

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農園に関してユニークな点が、農園の各区画を農民たちが所有している、という点。民営化時点の契約に、土地は農民が所有、そのかわり、作ったサイザルはすべてこの会社に納入する、という約束ができたそうです。そして繊維工場の40%の株式を農民団体が保有しています。この契約形態により、この会社は安定的にサイザルの供給を受けることができ、農家とwin-winの関係を築いているわけです。

研究開発にも熱心な会社です。サイザルの植物で繊維になる部分は全体の2%なので、残りの98%をどう有効利用するかがカギ。例えば、サイザルの繊維をとったあとの植物の残滓をバイオガスに加工して、発電を行っています。300キロワットのキャパシティーで工場の電力はすべてここからまかなえるそう。

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また、建築資材(石膏)やバイオプラスチックを作ったり、糖分をもとにインシュリンなどの薬品を作ることもできるそう。で、どうにも使えない部分は畑に戻して肥料にします。

サイザルについては、何も知らなかったので、勉強になった訪問でした。

タンガからダルエスサラームに戻る帰りのセスナ機では、運よくコックピット席に座ることができました。タンガからペンバ島、ザンジバル島と、サンゴ礁の美しい島々を超えて飛んでいく、本当に気持ちのいいフライトでした。

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週末ケニアに戻って、またback-to-backで出張開始。来週の行き先は、コートジボワールです。

タンザニア営業の旅 - 地方都市編

最近はがんがん営業モードです。先週は、グーグルで探しだしたタンザニアの地方都市の企業を回る旅に出ていました。

最初の訪問地は、イリンガ。

イリンガは、ダルエスサラーム港と、ザンビアやコンゴ南部など内陸諸国を繋げる街道の真ん中の戦略的な位置にある街。ダルエスサラームから、10人乗りの小型セスナ機でスリル満点の旅。岩がごろごろした乾燥した地域で、上空から見ると火星チックです。

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標高1600メートルの高地にあり、とても乾燥していますが、土壌は豊からしく、トマトなどの農業の一大産地だそうです。

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イリンガでは、乳業の会社に訪問、資金需要はあるみたいですがディスカッションは盛り上がったのですが、最後に経営者の父親であるアラブ系のおじいさまが登場され、「若造、商売の前にまずは時間をかけて関係構築だ」と一喝され、長期戦になりそうな予感です。

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イリンガの次は、キリマンジャロの麓のアルーシャへ。

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(写真はキリマンジャロ山)

メル山の山麓の養鶏企業を訪問。アラブ人の家族が90年代半ばに政府の養鶏農場を民営化で買い取ってはじまった農場。アラブ系のオーナーが、最近ぽしゃったブルンジ案件のスポンサーの義理のお兄さんであることが判明し、いきなり大歓迎モードに。すべての努力は無駄にはならないのですね。アルッハンドゥリラー。エジプト人のday old chick(ひな)担当者が設計したハッチェリーはアフリカで見たなかでもっともすごいレベル。シリアから逃れてきた獣医さんなど、アラブ系で固めたチームでした。ハッチェリーの拡大資金が必要らしく、短中期的な案件につながりそう。

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最後の訪問地は、内陸のビクトリア湖畔のムワンザ。ナイルパーチの加工工場を訪ねました。欧州が中心市場ですが、日本にも輸出しているそうです。200ほどの漁業者から魚を買っているそうで、船のモーター、ディーゼルなどをファイナンスして、支払いは魚で払うという小規模漁業者ファイナンスもやっている立派な会社。ナイルパーチの輸出が頭打ちなので、養鶏に参入、開始3年でダルエスサラームのケンタッキーフライドチキンへの供給契約を得るなど、上々のすべり出しのようです。オーナーとは会えませんでしたが、CFOといいミーティングができました。

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ムワンザ空港では突然の嵐でダルエスサラームに戻る飛行機が大幅遅延になり、空港前の場末のバーでビールを飲みながら夕方5時から夜11時まで待つとう憂き目にあいましたが、無事帰ることができました。バーのつまみのククチョマ(焼き鶏)は、切ないほど骨と皮ばかりで、でも噛めば深い味で、かのブルキナファソの鶏のようで、旅情を誘います。

週末は一旦ケニアに戻り、来週またダルエスサラームに舞い戻り、営業努力は続きます。

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(飛行機から見えたキリマンジャロ)
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