空手

セネガル空手事情(第7回) - 柔道隊員赴任と、セネガル全国選手権

セネガル武道界にとって大変喜ばしいことに、ダカールに柔道隊員が赴任してきました。全日本クラスの超ナイスガイ。エルサルバトル、インド(ケララ州)と指導で回った後アフリカにたどり着いたらしい。

早速ランチをしながらいろいろ話を聞きました。セネガル人は戦闘民族のDNAがあるし、彼らには彼らのよさがあるからそれを生かすように教えないと、といってました。人生もいきなり現場に放り込まれるんだから、柔道も実戦を通じて学んでほしい、ということで彼の教え方は試合形式ではじまるそうです。

試合の中で、相手を倒そうとして一生懸命出した技は、めちゃくちゃでも心の入った生きた技なんだ、という言葉が心に残りました。試合形式で足りなかった部分の基本をその後練習することで、基本の大切さもわからせることができる、とのこと。なるほど!これまで空手を教える中で「なんでこの子たちは基本をまじめにやらんの、きーー!」とストレスをためていたのが、逆転の発想で開眼しました。ただ、実際そういうレベルでの教え方ができるには僕の空手の力量では大分足りないとは思うのですが。。。

ただ、それ以来、ビギナーの子にも組手の練習をさせて、「ほら、普段の練習で腰を入れて打つ練習をしないと、試合でできないでしょ」みたいなやり方をするようにはしています。

Karate

ちなみに柔道といえば、職場の同僚のコートジボワール人のアミーファニーちゃんは、アビジャンの中学・高校と柔道をやっていたそうです。得意技は?と聞いたところ、「払い腰」とのこと。やるね、アミーちゃん。


* * *

先週は、空手隊員と一緒にセネガルの空手の全国大会を見に行ってきました。いままでみたセネガルの試合の中で一番レベル高かった!身長差をはねかえす戦い方をする小さい選手がいたり、技術的にも勉強になりました。

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この大会は、タンバクンダ、ケドゥグ(ギニア国境)、マタム(マリ国境)、などの僻地からも選手が集まっていて、空手の普及度合いにうれしくなりました。写真は、カザモス(ガンビアを隔てたセネガル南部)出身で女子の軽量級で優勝した選手。ウォロフ族とは違う独特の顔立ちです。

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空手を見ながらつらつらと考えたのですが、僕らの開発の仕事も空手みたいにならなきゃいけないと思う。つまり、ここの空手の大会は、セネガル人だけで何十年も運営されてきて、各地にチームがあって、空手は完全にセネガルのものになってる。僕らのプロジェクトも空手みたいに、道を究めようとセネガル人に思わせる何らかの魅力を持たせるには、自発的に続けてもらって現地に根付いていくためには、何が必要なのか、真剣に考えなきゃいけないなあ、と思いました。

空手隊員が活動しているカオラック市の選手たちが結構タイトル取ってました。いい結果が残せてすばらしいです。この空手隊員はもうすぐ帰国してしまうので、寂しくなるなあ。

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世銀プロ 2011年05月17日 - セネガル空手事情

IFCセネガル事務所の小辻洋介です。しばらく仕事関係のエントリーが続いたので、今日は仕事以外のお話をしたいと思います。

仕事が忙しい中、気分転換になるのはやはりスポーツです。僕は空手道をずっとやってきたので、セネガルでも道場に通っています。肩こりもストレスも、これで一気に解消です。

僕が通っている道場のセネガル人師範は、黒い道着を着ているのがカンフー映画の悪役みたいでいまだ腑に落ちないのですが、かつてはセネガルのナショナルチームのコーチを務めたこともあるそうで、技はしっかりしているし、組手もとても強いです。練習は、火曜日、木曜日、土曜日の週三回で、土曜日は大人・子供あわせて30人くらいの大きなクラスになります。

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セネガルは格闘技がとても盛んで、セネガル相撲、テコンドー、空手、柔道などをやる人が多く、うちの事務所でもセネガル人スタッフのうち何人かは、「実は私も子供の頃空手を習っていました」とカミング・アウトする人が多いです。空手道のアフリカ大会や世界大会でも、セネガル勢はなかなかいいところまでいっているみたいです。格闘技は、サッカーと同じように、お金がなくてもできる(例えば、空手の道着や帯などは、厚めの白布をもっていけば地元のクチュリエさんが作ってくれる)、というのがいいところなんでしょうね。

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写真は、地元テレビ局の企画で、道場生たちが浜辺で演武したときの写真。僕もこの番組でセネガルテレビデビューしました!

最近道場生も増えてきているので、教えるのを任されることも多くなってきました。ちゃんと突けてない、蹴れてない子供たちが多いので、基本をみっちり教えます。基本をしっかりやれば、そのあとの伸びしろも大きくなる、というのは、経済発展にもビジネスにもどんなことにでも通じることが伝わるように願いをこめながら、足腰が立たなくなるまで基本ばかり繰り返します。

また、僕が教えるときは、できない生徒たちに集中して、彼らがしっかり技を身につけられるように丁寧に教えるようにしています。道場生全員がきちんとした突き蹴り、基本移動、基本の「平安」の型ができるようになるのが当面の目標。

セネガルの教育については詳しくはわからないけれど、出来る子にフォーカスした結構スパルタ系の教育だと聞きます。もちろんエースを育てることも大事だけれど、チームの平均レベルを上げることは、特に西アフリカのような場所では、もっと大事な気します。経済やビジネスでも、優秀なトップがいてワンマンショーをやっていても、労働者の平均レベルが低ければ生産性は上がらないわけだし(実際多くのアフリカ企業がこの問題をかかえていると思う)、国民の平均レベルが高い、労働者のレベルが平均的に優れている、というのは、ものすごい競争優位になるはずです(例えば、アメリカのように一部の天才に引っ張られた社会に比べて、日本の社会がスムーズに機能している一番の要因は、国民の平均レベルの高さにあり、改善や改革がボトムアップで起こることにあるのではないか、と思います)。

基本を重視する練習法以外でも、自己を律すること(discipline)や自己をむなしくすること(self sacrifice)、血気の勇を慎むなどの、空手道を通じて養われる精神面は、西アフリカにとても必要なコンセプトであり、経済発展や貧困削減に直結するんじゃないかと思っています。

個人的には、日本がいまの高い経済的地位にあるのは、明治維新以降の富国強兵・殖産興業の時代や、戦後の復興期に、日本人全体(一部のリーダーだけじゃなかったことがポイント)が自己をむなしくして、自分と自分の周りの人々だけの利益を、利己的に追求するのではなく、国家全体の発展を考えて頑張ったこと(英語でいうと、self sacrificeとdisciplineという言葉になると思います)が大きな要因だと思います(今、司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」を読んでいるのですが、こういう小説を読むと特にそう思います)。そして、こういった精神性は、(特に指導者層の中で)利己的な動きが多分に見られる西アフリカで、必要なコンセプトだと思います。

大きな改革は必ずミクロ面に成功要因がある、と大学院時代の恩師がいっていました。精神力などは小さなことの積み重ねかもしれませんが、長期的にこういう要因が効いてくると信じて、セネガルの子供たちに空手道の心を伝えるべく頑張っています。

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逆突き、ボクシングでいうストレート、の腰の使い方を教える。

***

ところで、先日、通常の土曜日の練習に参加したところ、驚くべき出来事がありました。

練習の終わりに先生がこう言ったのです。

「今日は、私の誕生日だ。よって私はとても嬉しい。だから、本日をもって、有級者は全員一級ずつ級を上げることにする。それに伴って帯の色も変わる。白帯の子供たちは黄色帯に、黄色帯の子供たちはオレンジ帯に、オレンジ帯の子供たちは緑帯に、緑帯の子達は茶色帯に替えてよろしい。」

子供たち

「 フェリシタション!(おめでとう)」

やっぱり級があがると嬉しいから、みんな満面の笑顔。きっとお母さんにおねだりして、明日にでも街のクチュリエ(仕立て屋さん)で新しい色の帯を作ってもらうことでしょう。

でも、僕の頭は「?」マークで一杯になりました。

だって、普通の空手道場(日本・外国を問わず)というのは昇級審査というものがあって、基本・型・組手などの実技審査があり、それをパスしないと級はあがりません。

なのに、誕生日だからって、先生の一存で全員一斉に級をあげていいわけ?

僕は思わず、同じ職場の同僚で一緒に道場に通っている友人の顔を見ましたが、彼も「なるほど、当然、よかったね」という顔で拍手をしている。

公正な審査じゃなくて、個人的なつながりや感情で、ものごとが動いていく。

アフリカのある国の大統領が、以下のようなことを言うことは決して珍しくはありません。 
「君たちは私と同じ村の出身だ。よって私は皆がこうして官僚になってくれてうれしい。だから、皆には○×省の要職につけてあげよう」

この発想って、「僕の誕生日だから、みんな昇級させてあげよう」と、とても似たアナロジーだと思いませんか。そして、そういった発想を、ある程度の教育を受けてそれなりの会社や機関で働いている知識層も、自然と受け入れてしまう。

アフリカに深く根付く、個人的繋がりと、トランスパレンシー(透明性と公正性: ここでいう空手の昇級審査)の欠如。

空手を通じて見えるものは深いです...

そして僕がこのブログを書いているその間に、きっとこういう風に個人的なつながりで強固なサポーターを作ってきたであろう或る大統領が、その座を追われました。

「2人の大統領」のにらみあいが続き内戦直前だったコートジボワール。国際的には「選挙に敗れた」とされるバクボ前大統領が居座っていた大統領府が、フランス軍の介入もあって陥落し、「選挙に勝った」とされるワタラ氏が新大統領に就任しました。昨年末以来、多くの人命が失われ、金融機能が停止し経済がマヒ状態の同国が、かつての西アフリカのエースとしての立ち位置を取り戻すべく、再び走り出す最後のチャンスです。

Keri

セネガル空手事情(その6) セネガル全国空手道選手権と空手隊員上京

カオラックというセネガル中部の町で空手を教える協力隊の隊員さんと、ムブールという海岸沿いの町の漁業隊員さんで極真空手の経験者と連れ立って、セネガルの全国空手道トーナメントを観戦にいきました。空手隊員のコネで、貴賓席に案内され、大学時代以来10年ぶりに生の空手試合観戦を楽しみました。

出場選手は100名以上。各地区の予選を勝ち抜いて全国大会に集まったつわものたち。

Senshudan


女子の重量級の試合。めちゃ当たりがきつい。

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隊員さんたちと「ナイス中段!」とか盛り上がっているうちに、自分も試合に出たくなってきました。


空手隊員が教えているカオラックの選手は、みんな一回戦で敗れるという残念な結果でしたが、一人いい選手がいて、彼の前蹴りが相手に強くヒットして反則負けしてしまう、という惜しいシーンがありました。

選手たちはなけなしの金をはたいてダカールに上京して試合に出ているわけで、日本の武道が地球の裏側でこんなに情熱が注がれて行われていることが、とてもうれしく思えました!

***

空手隊員は次の週末もダカールにいたので、うちの道場の練習に参加してもらいました。

ナイファンチ立ちからのその場突き(みんなちゃんと中段を突こうぜ。。。)

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前蹴りの練習

Kihon_Maegeri


空手隊員が師範に渾身の逆突きを打ち込むところ。右の子供たちが「すげー」って目でよそ見しているのがうけます!

Binta Gyakuduki


師範による型の分解指導

Binta Bunkai


ダカールにはキックミットが売っていないので、いつも僕がキックミット代わりになります(泣)。

Kick


練習後の集合写真です。子供たちの満面の笑みが最高ですね!




僕は来週末にダカール地区予選(型の部のみ)に出場するので、仕上げの練習に励みたいと思います。


ちなみに、この日は朝9時からダカール日本人補習校入学式に参加、10時-12時空手の練習、15時-18時テニス(1年半ぶりのテニスで足がやられそうになった)、18時 – 未明 我が家で8人くらい集まって飲み会、という超充実な土曜日でした。ダカールの週末、相変わらず最高です!

日本の空手家たちの来セ

大使館と国際交流基金の企画で、先日、日本の空手道の先生方がセネガルにご指導にいらっしゃいました。

メンバーは、奈良先生、大竹先生、横道先生(日本空手協会の元組手チャンピオン)、土屋先生(全日本空手道選手権5連覇)というすごい方々です。

こんな地球の裏側まで、感謝感激です。こういう方々の地道な努力で空手道が世界中に広まっていったんでしょうね。


初日の金曜日は、子供たち向けの練習をする日でした。僕は、早朝出社し鬼のように働いて、4時半に会社の仕事を無理やり片付け、出張中のコートジボワール人の同僚の息子さんで空手を習っているミカエル君をピックアップし、会場に向かいました。

まず、先生方の型の演武があって、特に土屋先生の「燕飛」は大迫力でした。

演武のあと、子供たち向けのレッスン。写真は、みんなが逆突きを練習している様子。手前の黒帯の子がミカエル君。彼は、ありえないことに道着を忘れたので、僕のぶかぶかの道着と帯を着ています。一人だけいる日本人の子が最近空手をはじめた小学3年生のアイチ君。

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セネガルの子供たちは先生方の前でだらしなくしないか心配していましたが、懸念が見事に的中し、正座をしたあと、立ち上がる所作がだらだらしてたりして、先生方にしかられてました。すいません。。。

子供たちは一流の先生方の指導を受けられて、刺激になったみたいです。特にアイチ君は、唯一の日本人ということで先生方から色々言葉をかけてもらっていて、うれしかったようです。こういう経験がスポーツを頑張る原点になるだろうから、すごいよかったと思います。


土曜日は、大人の練習の日でした。
セネガル人が100人くらいずらっと集まって稽古。基本と、指定型の「慈恩」と「観空大」を練習しました。
千葉の大竹先生が丁寧に見てくださって、自分の基本がまだまだ甘いこともわかりました。また型の時、腰の向きが正面を向くのか、半身になるのか、しっかり意識してやらないといけないことも叩き込まれました。学生のときはその辺はあまり言われなかったので、これもいい刺激になりました。教えていただいたことを意識しながら、これからがんばっていこう、と思いました。

この稽古をきっかけに、セネガルの空手界の人と色々知り合いになれたのもよかったです。女子組手のアフリカチャンピオンのマリエムさんとも仲良くなったし、ナショナルチームのアマドゥーさんは時々うちの道場に教えに来てくれるようになりました。ダカール大学の空手道部の監督とも知り合いになりました。セネガルも大学生の試合とかあるのかな、見にいってみたいです。あと、カオラックの協力隊員さんで高校・学連と空手をやっていた方と遭遇するといううれしい出会いもありました。


写真は、土屋先生と。土屋先生はフェースブックにもいらしゃって、メッセージも頂きました。フェースブックすごいですよね、マーク・ザッカーバーグに感謝ですな。

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セネガル空手事情(その5) – 驚きの昇級審査

今日は土曜日で、子供たちと一緒に空手の練習をしてきたのですが、ここで驚くべき出来事がありました。

練習の終わりに先生がこう言ったのです。
「今日は、私の誕生日だ。よって私はとても嬉しい。だから、本日をもって、有級者は全員一級ずつ級を上げることにする。それに伴って帯の色も変わる。白帯の子供たちは黄色帯に、黄色帯の子供たちはオレンジ帯に、オレンジ帯の子供たちは緑帯に、緑帯の子達は茶色帯に替えてよろしい。」

子供たち
「 フェリシタション!(おめでとう)」
やっぱり級があがると嬉しいから、みんな満面の笑顔。きっとお母さんにおねだりして、明日にでも街のクチュリエ(仕立て屋さん)で新しい色の帯を作ってもらうことでしょう。

でも、僕の頭は「?」マークで一杯になりました。
だって、普通の空手道場(日本・外国を問わず)というのは昇級審査というものがあって、基本や型などの実技審査があり、それをパスしないと級はあがりません。
なのに、誕生日だからって、先生の一存で全員一斉に級をあげていいわけ?

僕は思わず、同じ職場の同僚で一緒に道場に通っている友人の顔を見ましたが、彼も「なるほど、当然、よかったね」という顔で拍手をしている。


公正な審査じゃなくて、個人的なつながりや感情で、ものごとが動いていく。

アフリカのある国の大統領が、以下のようなことを言うことは決して珍しくはありません。 
「君たちは私と同じ村の出身だ。よって私は皆がこうして官僚になってくれてうれしい。だから、皆には○×省の要職につけてあげよう」

この発想って、「僕の誕生日だから、みんな昇級させてあげよう」と、とても似たアナロジーだと思いませんか。そして、そういった発想を、ある程度の教育を受けてそれなりの会社や機関で働いている知識層も、自然と受け入れてしまう。

アフリカに深く根付く、個人的繋がりと、トランスパレンシー(透明性と公正性 – ここでいう空手の昇級審査)の欠如。

空手を通じて見えるものは深いです。。。


そして僕がこのブログを書いているこの間に、きっとこういう風に個人的なつながりで強固なサポーターを作ってきたある大統領が、その座を追われようとしています。
「2人の大統領」のにらみあいが続き内戦直前のコートジボワールのコートジボワール。このにらみ合いが週明けまでに一気に決着がつきそうです。国際的には「選挙に敗れた」とされるバクボ前大統領側についていた国軍幹部がワタラ氏側に寝返り、バクボ氏が居座る大統領府が陥落するかもしれません。昨年末以来、多くの人命が失われ、金融機能が停止し経済がマヒ状態の同国が、かつての「西アフリカのエース」としての立ち位置を取り戻すべく、再び走り出す最後のチャンスです。





そういえば、セネガルでマンゴーの季節がはじまりました。これはキーツマンゴーというマンゴー独特の臭みや繊維の少ない本当においしいマンゴーです。日本だと沖縄で栽培されていて、1キロ8000円するんだとか。セネガルだと1キロ100円です。いまのうちに食べとかないと。


近況とセネガル空手道場(その4)

正月に妻に切ってもらった髪の毛がぼさぼさになってきたので、自分で髪を切ろうとしたら案の定失敗したので、思い切ってバリカンで丸刈りにしました。それはそれでアフリカ駐在員っぽくなってまたよし。ところが、セネガル人の同僚に「どう、セネガル人風になったでしょ」と聞いてみたところ、6ミリ程度ではまだ長く、剃るつもりで短くしないとまだまだだ、とのことでした。

仕事は、かなり忙しくなってきて、ナイジェリア案件の投資委員会に向けた準備、マリ案件を含めた複数の案件の予備審査資料の作成、いろいろな営業ミーティング、社内会議(意味のあるものも、くだらないものも含めて)、投資済みの会社の問題処理などに追われています。

アフリカで働いていると、一日の大半が電話をして終わります。アフリカの経営者は、オペレーションを管理するために色々な工場を回ったりする移動に、ものすごい時間を使います。交通事情も悪く渋滞もひどいので、かなりの時間を車の中で過ごします。なので、ほとんどメールは見ておらず、用件は電話をしないと進まないです。こういう事情に加えて、もともとモノを書くのではなく、モノガタリを伝承していく文化が強いこともあって、話すことが重要視されるのでしょう。こういうこともあって、西アフリカにきてから、いろんな人に電話をかけまくるのがまったく苦じゃなくなりました。日本にいたときは、なんとなく電話しちゃ悪いから、メール、みたいな面が多かったけれど、こっちはものごとを早く進めるのなら電話に限ります。いっぱしにビジネスマンは30分に一回携帯が鳴ってなんぼ、みたいな世界。そして、電話で全てことがはこぶから、西アフリカの人々の記憶力はとてもいいです。聞いたことや数字は絶対忘れないのは驚異的です。メールが入ってくる前の日本のビジネス界もこんな感じだったのでしょうか?

そして、アフリカにいると、結構信じられない話を聞きます。先日会ったある経営者は、ある政治家とコトを構えて、根も葉もない脱税容疑にかけられ牢獄にぶちこまれたことがあるとか。また、僕の投資先の会社も、政府ににらまれて、現在銀行から海外送金ができず、納入業者への支払いもできずビジネスが止まりかけているそう。そのおかげで僕らが貸しているローンの金利も元本も払えず、頭痛の種です。
アフリカの政府は、ビジネスを呼び込みたい、とか、口では色々いうけれど、本気でそう思うならば、多少気に入らないことがあっても、明らかな不正じゃない限り、企業の邪魔立てをしないでほしいと心から思います。そういう介入で企業の業績が悪化すれば、最後は自分の国の労働者がクビを切られるという形で落とし前が回ってくるわけだし。

***

忙しい中、やはり気分転換になるのは空手の練習。肩こりもストレスも、これで一気に解消。
先生にセネガル空手道連盟に日本で取った二段の免状を持っていってもらい(十年前のデータベースに基づいて免状を再発行していただいた和道会のスタッフの方に感謝!)、セネガルの段位を取ったので、これで大会に出れます。試合に向けた練習は張り合いがでます。

最近道場生も増えてきているので、教えるのを任されることも多くなってきました。ちゃんと突けてない、蹴れてない子供たちが多いので、基本をみっちり教えます。足腰が立たなくなるまで基本ばかり繰り返す。基本をしっかりやれば、そのあとの伸びしろも大きくなる、というのは、経済発展にもビジネスにもどんなことにでも通じることが伝わるように願いをこめて。

あと、先生がうまい生徒ばかりにフォーカスするのも気になります。道場からチャンピオンを出したい、というインセンティブはよくわかるけど。。。そういう状況なので、僕が教えるときはできない生徒たちにフォーカスして、彼らがしっかり技を身につけられるように丁寧に教えるようにしています。道場生全員がきちんとした突き蹴り、基本移動、基本の「平安」の型がどこに出しても恥ずかしくないようにできるようになるのが当面の目標。
セネガルの教育については詳しくはわからないけれど、出来る子にフォーカスした結構スパルタ系の教育だと聞きます。もちろんエースを育てることも大事だけれど、チームの平均レベルを上げることは、特に西アフリカのような場所では、もっと大事な気します。経済やビジネスでも、優秀なトップがいてワンマンショーをやっていても、労働者の平均レベルが低ければ生産性は上がらないわけだし(実際多くの企業がこの問題をかかえていると思う)、国民の平均レベルが高い、労働者のレベルが平均的に優れている、というのは、ものすごい競争優位になるはずです(日本の社会が、一部の天才に引っ張られたアメリカに比べてうまく機能しているのは、まさに国民の平均レベルの高さにあると思います)。

なによりも、「当たり前のことが当たり前にできていない」ということを、みんなそんなに気にしてなくて、なんとかしようと思われていないのが、西アフリカ経済の最大の問題な気がします。セネガルの空手事情を見ていて、経済発展について考えさせられることは多いです。

ところで、先日は幼稚園生たちに空手教えて、撃沈しました。これだけ小さくて人数多いと、クラスがめちゃくちゃになります。子供なので、より言葉で明快に説明しないとついてこない。ここで僕のフランス語の下手さは致命的。一生懸命手足をばたばたさせる子供たちは見ていてかわいいけど、ちょっと参りました。日本の道場の先生たちは幼児に空手を教える場合どうやってるんでしょうね。



(写真は学生の頃の型演武の写真。この頃の技のキレを戻したい。。。)

***

来週はもう一度マリに飛びます。これで5度目のマリ。上司の「おかん」から、「もうマリに関しては私の出る幕はないわね。ミスター・マリとしてマリにどっぷりつかりなさい」とのお言葉が。1年半前にフランス語が一言もしゃべれなかった自分が、フランス語とバンバラ語しか話せない会社に交渉に乗り込むというのは、我ながら感慨深いものです。言葉の壁で撃沈せず、ミッションを遂行できるように全力を尽くしたいと思います。


ムブールの孤児院

セネガル事務所では、年に数回、Community Dayというのがあって、みんなでボランティアをします。
今回は、ダカールの南にあるムブールという町の孤児院にいってきました。


多くのセネガル人は、赤ちゃん好きなので、まずは乳幼児室に直行。みんな目を輝かせて赤ちゃんをだっこします。僕もおそるおそる抱いてみます。




赤ちゃんと遊んだあとは、小学生・中学生の子供たちとドッジボール。ドッジボールをやるのなんて、中学以来かも。




午後は、空手初段のコートジボワール人の同僚と一緒に空手教室を開催。

出発前に、「虐待とかをうけてきたかわいそうな子供たちだから、身を守れるように護身術を教えてあげて」と、環境・社会スペシャリストのバさんが目をうるうるさせながら語っていたのですが、現実はまったくの逆で、ドッジボール中もしょっちゅうケンカばかりしている、とんでもなく元気一杯の悪ガキども。
しかも、既にセネガル人の元組手チャンピオンが時々空手を教えているということで、みんな道着も持っているし、基本も知っている。
予定では、肘打ちなどの緊急避難的な技を教えようと思っていたのですが、このガキどもだと悪用される恐れがあるので、伝統的な基本稽古をやることに。

基本の突き・蹴りがまだしっかりしていない子供が多いので、みっちり教えます。




練習後に、みんなで集合写真



この孤児院に入る前は、それぞれ苦労してきた子供たちだろうけど、空手道をしっかり学んで、礼儀を見につけ、自己を律する心を身につけて、充実した人生を歩んでほしいと思います。

ダカール空手道場(その3) - セネガルでテレビデビュー?

土曜日に道場に行くと、先生から「今日はンゴール島の浜で稽古をする」との突然のお達し。

道場生の中で車を持っているのが、僕を含めて数名しかいないので、道場の子供を6人くらい車にぎりぎり詰め込んで(セネガルの人たちと出かけると大抵車が定員オーバーになる)、ンゴール島へ出発。

ンゴール島に到着すると、なんと2s TVという地元テレビ局クルーが待ち構えています。
よくよく話を聞くと、僕らの道場のセネガル人の先生はセネガルではなかなか名の売れた空手家で、毎週土曜日の午後にこのテレビ局の番組に登場して、空手講座を放映しているのだとか。
その一環で、今日は浜辺での稽古の様子を撮影するらしい。

ちなみにこの先生、国際松濤館(海外だと最もメジャーな流派のひとつだ)のセネガル支部をまかされていて、セネガルを訪れたカナザワ館長から直接六段という段位をもらっているという、かなり筋目正しい肩書きの持ち主らしい(どこまで本当かは不明)。なら黒い道着をやめればもっと筋目正しく見えますよ、と言ってあげたいのだが、それはあえて言わない。

個人的には、屋外で練習するのは、集中できないし、技を見せびらかしているみたいだし、なんか調子にのった空手人を作るみたいで、あまり好きじゃありません。でも、うちの先生はこういう派手なのをやりたいんでしょうね。

浜辺で、基本、型、約束組手などの練習を行います。乾季に入りたての灼熱の太陽の下での練習は、とてもきつかったですが、テレビカメラの前じゃ気が抜けません。。。

約束組手では、テレビカメラを意識しすぎたセネガル人の道場生が、約束組手にも関わらず寸止めを無視してゴツッと当ててきたので、僕も負けずに軽く当て返しておきました(毒)。

型の撮影では、観空大、鉄騎、バッサイ大、ジオン、など順調に松濤館流の型をやっていったところまではよかったのですが、最後に先生がやおら海の中に入っていって若干怪しめな自作の型を披露。さぞかし「空手キッド」的なエキゾティックな映像になったことでしょう。。。(アフリカだとこういうのがうけるんだろうけど)




* * *

練習のあとは、先生の知り合い所有の島の別荘に案内され、焼き鳥とクスクスをごちそうになる。20人くらいの道場生に貴重な鳥肉を出すのだから、相当なお金持ちなんだろう。一同、骨までしゃぶるように食べる。僕もこの国に来てから骨とナンコツだらけの鶏肉をきれいに食べるのがうまくなりました。




その後、浜辺で子供たちの海水浴につきあいます。
夕方まで思いっきり遊んで、夜はセネガル対モーリシャスのサッカーの試合があるというので、大急ぎで子供たちを家まで送り届けました。

気軽に朝の練習に行ったつもりが、どっぷり一日つき合わされましたが、なかなか楽しいイベントになりました。


ダカール空手道場(続)

最近仕事が落ち着いていて残業しなくていいので(本社は社内改革で大荒れらしく、本社に稟議書や提案書等を送ってもブラックホールに入ったように返事がこず、仕事が進まない - 毒)、週三回の空手の練習にフル参加しています。

だんだん体がなれてきて、少しずつですが技に切れも戻ってきつつある気します。
先生もちゃんとしているし、道場の仲間もいい人たちだし、黒帯の人たちも5人くらいいて気合の入った練習ができるし、道場生で一番段位の高い塾頭クラスのセネガル人がちょっと傲慢でいけすかない奴であることを除いては、大いに気に入っています。

ここで練習していて思うのは、空手道や柔道のような武道がアフリカにもっと広まることは、実は経済開発や貧困削減につながるんだろうなあ、ということ。
口でべらべら語るだけじゃなくて、地道に手を動かして仕事する、ということは、経済発展のためにとても大事だと思います。そういう意味では、算数や筆記のような知識・技術の教育と同時に、生きていくうえできちんとした心構えやdisciplineをもたせる教育はとても大事だと思います。

礼儀を重んじること、一生懸命努力をすること、血気の勇をふるわないこと、などの大事なことは空手から学んだきた気がします。
もちろん、こういうコンセプトは例えばサッカーでもバスケットボールでもどんあスポーツをやっていても学ぶことだろうけど、一歩間違うと大怪我をする緊張感のある環境におかれることや、最終的に自分の弱さを乗り切ることをゴールにする武道だからこそ、強いdisciplineを学ぶような気がします。
(もちろん、地道に勉強をやり続けるとか、他のスポーツを一生懸命やるとか、いろんな人格形成がありますが、武道がこっちの人には一番わかりやすいんじゃないかと思います。)

僕が愛読しているコートジボワール大使のブログがあるのですが、そこに書いてあるこの大使の柔道の試合での挨拶が、武道の大切さを言い得て妙だと思います。


決勝戦を前に、私は演説をする。今日は試合というよりは、村の若者たちへの柔道の紹介である。だから、私も演説で、柔道の説明をする。
「柔道は、単なる競技ではありません。単に、相手を倒して、自分が勝つということだけを目的にするスポーツではありません。柔道は、自分を鍛えるための「道」なのです。その「道」がどこに至るかというと、人間としての自分の完成です。柔道を通じて、選手たちは礼儀を学び、自分の節制を学び、他人への思いやりを学び、弱きを助けることを学び、人々に尊敬されるような人間に成長していく。これが柔道の、ほんとうの目的です。」

そして、畳に整列して座っている柔道選手たちを、ざっと見渡してから続ける。
「彼ら柔道選手たちの表情を見てください。明るいだけでなく、堂々として自信に満ちています。彼らは、規律正しく行動することの大切さ、正義と勇気が何かを知っているからです。」
柔道選手たちが、やんやと拍手をくれる。
「このように、柔道で強くなれば、単に喧嘩に負けないという自信がつくだけではありません。人間としての生き方に、大きな自信がつくのです。だから、堂々として明るいのです。」

私の演説が終わったら、決勝戦が始まった。会場はふたたび熱気と声援で、おおいに盛り上がる。傍らのアシ氏が、私に言う。
「コートジボワールの若者たちは、ほとんどが仕事もなく、自分の活力をどこに生かしていったらいいのか、見失っている状態です。もてあました活力を、若者たちは暴力や犯罪など、ろくでもない方向に使ってしまう。だから、柔道のように、精神的にも強くあれと鍛えるスポーツは、こうした今のコートジボワールの若者たちには、最も望ましいかもしれない。」
アシ氏の言うとおり、紛争の後の平和構築で、若者の心に平和を取り戻すために、スポーツの役割はたいへん大きい。


***

なので、自分のダカール道場でのクレディビリティーがもっとあがったら、ここに通っている20人くらいの子供たちに精神的なこともちゃんと教えてあげたいと思います。
やはりちゃんとした指導員が足りていないので、願わくば、セネガルにJICA協力隊の空手道隊員が教えにきてほしいなあと思います。


南フランスとダカール空手道場

先週末は勝手に三連休にして、友人夫妻と南フランスに行ってきました。

マルセイユから入ったのですが、マルセイユは折角フランスに来たはずなのにまだアフリカにいるみたいな、なんだかテンションの下がる町でした。
僕のほうがロンドンからおりてくる友人夫妻よりも到着するのが早かったので、街の中心部の駅周辺をぶらぶらしていたのですが、いけどもいけどもモロッコ・チュニジアなどの北アフリカからの移民街で、看板はアラビア語のものが多いし、道には食べかけのナンが落ちていたり、アフリカ各国までこんなに電話安くかけられますみたいな貼紙があったり、ほんとチュニジアのどっかの街に迷い込んだみたいでした。
移民街を抜けていったビュー・ポートという港はなかなか美しかったですが。





友人夫妻と合流してレンタカーをして、一路Saint Remy de Provinceという内陸の街へ。内陸に入っていくとオリーブやブドウの畑が連なる半砂漠地帯のような地形で、とても強い風が吹いていました。

Saint Remyの街で一泊して、翌日はLes Baux de Provinceという巨大な岩山の上に古城がある街へ。朝早く出ると、外は早くも晩秋のような寒さ。その上山に登っていくにつれ、風が強くなってきて、かなり凍えました。

土産物屋が並ぶ小さな道を登り、更にお城の中を上がっていくと、




絶景が広がります。天空の城ラピュタに出てきそうな景色です。




St. Remy de Provinceも静かで美しい街でした。ゴッホがここで結構絵を描いたことと、ノストラダムス(21世紀の今は死語でしょう)の生まれ故郷として有名だそうです。




おいしい料理やワインなども堪能して、いい三連休になりました。(いつまで遊んでばかりいるんだ、仕事しろ、という声が聞こえてきそうですが)


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ダカールでゆっくり過ごす今週末は、松濤館で黒帯をとったコートジボワール人の同僚と一緒に、セネガル人が教えている空手道場にいってきました。

道場は、ダカール最大の体育施設のなかの小さな部屋にあり、なんと空手用のマットがしいてあります。足に優しいのでこれはうれしい。でも、そのタイルがぼろぼろで、しかもみんなちゃんと接合部をきれいにはめていないので、マットとマットの間に溝があり、そこに指などをはさむ危険があり、結構あぶない。しかも子供の生徒がマットの上で寝転がっていたり、ちょっと日本じゃありえないマナー。「日本の武道は礼にはじまり、礼に終わる」のをガツンと教えてあげようかとおもったが、まあいきなり来てでしゃばるのも、と思い、控える。生徒が子供が多くて、全部で30人くらい。結構人気みたいです。

そうこうしているうちに先生登場。
先生は、「松流柔術」と書いた黒い上着に、「Sensei」(先生の意味らしい)と縫いこんだ白い道着ズボンをはいた怪しいいでたち。たぶん日本の武道好きが高じて、いろいろな格闘技をかじったんでしょうね。でも、力強く芯のある突き蹴りでかなり強そうな先生ではあります。なんか大学の時の監督を彷彿とさせる。

練習は平安の型をひたすらやる、というもの。先生は、日本人の黒帯が来たということでえらいテンションあがったみたいで、松濤館ではこうやるんだ、といろいろ教えてくれる。でも、それも黒と白の道着をきた先生からだと、本当にこれでいいのか変な癖がついたりしないか心もとない。しかも、掛け声も、「アン、ドゥー、トロワッ」とフランス語でやるので、なんか力が抜ける(バレエじゃないんだから)。掛け声くらい日本語でやろうぜ。
折角白帯に戻って松濤館をきちんと習おうと思っていたのに、これじゃあねえ。。。

まあ少なくともいい運動にはなり、肩こりが一気に解消したのは大満足。月謝は14000CFAフラン(3000円弱)とのこと。練習は火、木、土の週三回。ラマダーンがあけたら本格的な練習がはじまるようなので、がんばって通おうと思っています。

それにしても、海外に出ると、なんで四大流派のなかで松濤館流がこんなにメジャーなんだろう。ボストンのとき行った道場も松濤館だったし。海外に出る人は絶対松濤館流を習ったほうがが便利でしょう。僕が習った和道会については、マリの首都バマコで和道流道場の看板を見た以外、見たことありません(ロシアじゃメジャーだという噂を聞いたことがありますが)。




(写真はダカール事務所のリトリートでのコートジボワール人の同僚との空手演武)

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今日最後のネタは、日本からおみやげで大量に買ってきた雷おこしがオフィスで大ヒットしていること。普通出張中でいない人の分は取っておくルールなのですが、雷おこしについては、みんな奪い合うようにしてもっていってしまいました。こんな意外な味が西アフリカではうけるようです。
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