岩手三山伝承

岩手山・姫神山・早池峰山の岩手三山には大和三山風の恋愛譚があります。

しかし主役はあくまで岩手県最高峰の岩手山と姫神山であり、早池峰は三角関係の「三人目」として登場する。
岩手山と姫神山は北上川を挟んで東西に相対しています。


早池峰山は事例によって男であったり女であったりしますが、それはこの伝承が岩手山・姫神山付近で語られていたものだからでしょう。遠野や大迫では早池峰山の神は古くから女と言われています。

それでは事例の紹介。『岩手の伝説』から。


0「太古、岩手山は雄神で、姫上山(1125m)を本妻とし、南の早池峰を妾としていた。しかるところ姫神は、嫉妬が激しすぎるというので、岩手山は夫婦の縁を切ってしまう。姫神はこれを恨み、麻をつむいだ丸緒(へそ)を、岩手山の裾野に投げつけた。これが数多くの塚になり、やがて丸緒森になった。また、姫神をポン出す(追い出す)とき、岩手山はオクリセンという従者をつけ、ずっと遠くへ送るよう申しつけたが、姫神はすぐ近くの真向かいに座してしまった。岩手山はこれを見て大いに怒り、命に背いたオクリセンの首を切った。この首は、岩手山の右裾に見える大きな瘤になった。こうしたことから、姫神山に登る人はその年は岩手山に登ってはならず、岩手山に登る人は、姫神山に登ってはならいという。もしもこの禁を破ると、必ずその者に災厄があるのだそうだ。」


岩手山と姫神山が夫婦で、早池峰山が妾であったと言う伝承。
三山の恋愛伝承ですが、早池峰は積極的には関与せず、基本的に岩手山と姫神山の話です。またオクリセンというのが出てきますが、これは「送仙」で岩手山の東側にある瘤だそうです。


オクリセンに関する伝承で、刎ねた首が山の瘤になったというのは八甲田山・青森の東岳の「山の背比べ」伝承と同じモチーフ。
「八甲田山が青森の東の東岳と争い、東岳の首を刎ねると、すっ飛んで岩木山の肩にぶつかった。岩木山の肩のところにその瘤があり、東岳はすっぺらな山になった」(石上堅『石の伝説』)
「山の背比べ」で一方が敵対する山の首を切ったという伝承は琵琶湖竹生島生成伝承とも同じです。

また現実問題としての禁忌の由来譚であることも忘れてはいけませんね。一年に岩手山と姫神山を両方登ると災厄がある。


類話(『日本伝説大系』第二巻「2三山の争い」より)
1岩手県岩手郡滝沢村
「岩手山は、昔この地方の主宰者であった。そして姫神山はその妻であった。けれども彼女の容貌があまり美しくなかったので、岩手山は同棲を嫌がり、遂にお前は俺の目のとどかない所にいけといって、彼女を追い出すことになった。そしてその送り役にはオクリセンという家来に申付け、もし首尾能く使命を果さないときは、お前の首はないものと心得よとの厳命をした。姫は泣く泣くオクリセンを伴って出て行ったが、翌朝、岩手山が目を覚まして東の方を見ると、これ如何に姫神山は悠然と眼前に聳えているので、非常に怒って、口から盛んに火を噴いたために、谷は鳴り渡り、山は震いどよめいて凄惨を極めた。
岩手山と姫神山の間にある送瀬山(おくりせん)の頭が欠けてないのは、その岩手山が憤怒の余り、彼の首を落としたためであり、その首をば自分の傍らにおいたのが、今右裾に見える岩手山の瘤であるし、また送瀬山の近くにある五百森と呼ばれる青草で蔽われた多くの丘のあるのは、姫が後の形見にと手に持った巻子(えそ)を散らしたものだといい、赤い小石の多い赤川は、やはり記念に姫がお歯黒を流した跡だということである。(『滝沢村誌』)


岩手-男、姫神-女、早池峰-?。オクリセンは岩手山と姫神の間にある小山で、その山頂がかけていることの由来譚でもある。

ここには早池峰が登場しません。やはり古くは岩手山と姫神山二つの山の伝承だったのだと思います。
また岩手山の瘤=オクリセンの首を「右裾」というのは岩手山姫神山を南から見た情景です。


2岩手県岩手郡
早池峰・岩手山は男で、姫神山は女。岩手山と姫神岳は夫婦になったが、早池峰山が横恋慕して姫神を騙して自分のものにする。だから今でも早池峰と岩手山は仲が悪くいつも姫神を争って喧嘩している。その証拠に夏に三山が同時に晴れることは決してない。早池峰と姫神が晴れれば岩手山が曇り、岩手山と姫神岳が晴れれば早池峰山はきっと曇る。(『日本伝説集』)

岩手・早池峰-男、姫神-女。ここでは早池峰山が男、しかも間男になっています。
上記二つの話と同じように三山の恋愛譚ではありますが、この伝承が「登山のタブー」を語るものではなく、「三山の天候」の説明をするものであるというのは気をつけておく必要があります。


ただ説話中にあるような気候が実際に良く見られるのかどうかは不明です。岩手山と姫神山は近いですから同じ天気である可能性は高そうですが、早池峰は遠いですからね。

またこの伝承は意外と姫神信者による口述かもしれません。憶測に過ぎませんが。


3岩手郡
岩手山と姫神山は昔夫婦だったが、岩手山はそれを嫌って離縁した。姫神は去るに望んで多くの小山を産んだが、これが五百森である。俺の目の届かないところへ行けと言ったのにすぐ隣にいるので、岩手山は怒って当り散らした。その後早池峰山が嫁入りした。姫神に上る者は岩手山には登らず、岩手山を拝めば姫神を拝まなかったという。(『旅と伝説』第三巻八号)

岩手-男、姫神・早池峰-女。この事例では姫神・早池峰が女になっています。
特徴的なのは「五百森」が岩手山と姫神山の間に生まれた「子供」とされている、ということでしょうか?


4岩手郡滝沢村
昔岩手山と姫神山は夫婦であったが、姫神が醜いといって離縁して、早池峰を妻としたので、三山は仲が悪かった。一方が晴れると一方が曇って顔を隠す。岩手山は姫神に遠くへ行けといったが、姫神は離れがたくて北上川を挟んで傍らにいた。岩手山は怒って火を吐いた。姫神山は名残を愛しんで形見の臍を撒き散らしたが、それが今の五百森である。(『滝沢村誌』)

岩手-男、姫神・早池峰-女。これは姫神・早池峰を女とするのは0・1・3の事例と同じですが、天候の由来を説くのは2と共通しています。


5岩手郡雫石町
男助山と女助山が南畑川を挟んで相対しているが、その昔は一緒に並んでいた夫婦山であった。(『旅と伝説』第三巻八号)


これは岩手山・姫神山・早池峰山の伝承ではありませんが参考まで。

雫石の男助山・女助山は洪水神話で男女が逃れた小島であっり、その男女が人々の始祖となった、という洪水始祖神話があります。しかし「その昔は一緒に並んでいた夫婦山であった」とありますから、今は夫婦ではないということですね。そしてその理由は「川を挟んでいる」から。

岩手山姫神山も北上川を挟んでいますが、あれも一応「姫神山が移動して」あの位置に来た語られています。
ということは二つの山の間に川が流れていたとしたらそれは二山が離婚した証である、或は「川を挟んでいるのだからこの二山は中が悪いに違いない」ということなのでしょうか?


6紫波郡地方
早池峰山は男神。岩手山と姫神山は夫婦だったが、早池峰が姫神に横恋慕して女神を騙して我が物にした。そのため岩手山と早池峰山は中が悪く、この二つの山が同時に晴れたことはない。一説には岩手・早池峰両山が姫神を争って毎日戦ったので、神々が心配して二つの山の間に川を投げ入れた。それが今の北上川だという。(『東奥異聞』)

岩手・早池峰-男、姫神-女。岩手山と早池峰山が姫神山を争ったと言う伝承で、しかも早池峰山は間男です。
この事例は紫波ですが、盛岡と遠野の中間にある町。早池峰山にも近いのですが、早池峰山は男だとしています。


天気に言及していますが、岩手山と早池峰山の天気だけが問題となっており現実的ですね。

また「神々が二山の間に北上川を投げて争いをやめさせた」とはっきりと言われています。
やはり「川を挟む山には距離がある」というのは一般的な発想のようですね。



石上堅著『石の伝説』は「山の高さを競うことから、段々とその山容の美醜を比べることになり、自然と山の神の争いも、嫉妬を含んだり、美女を奪い合う嬬争いになってしまう」と山の恋愛譚について書いていますが、この論法は正しいのか?


姫神が女の山であるということは上記全ての伝承が一致していますが、彼女が岩手山・早池峰山に愛される美女なのか?岩手山に離縁される醜女なのか?は事例によって違います。
ということは石上が言う「山容の美醜」というのも曖昧なものだということにならないでしょうか?


富士山。非常に美しい山ですが、我々が富士山を美しいと判断する基準は何でしょうか?単独峰で、稜線が綺麗。山頂に雪が積もった時の山肌とのコントラストが美しい。
まあ色々説明はつけられます。

しかし『常陸国風土記』では富士山よりも筑波山の方が緑が豊かですばらしいと言っています。祖神を款待しなかった富士山には草木が生えなくなってしまうのですね。


この件については「『常陸国風土記』だから、地元贔屓」と説明するしかないですが、突き詰めると結局の所山の美醜は主観ということに落ち着くのではないかと思います。


さらに「角度」の問題もある。山によっては綺麗に見える角度や距離などがあるはずです。

『遠野市史』は早池峰山の「美しさ」について結構厳しい評価をしています。

「早池峰の山自体は、秀麗さにかけている。悠久十億年の風化に耐えてきた山塊である。稜線はやせウマの背のようにごつごつしている。山腹には無数の亀裂が走っている」


しかし遠野から早池峰を見ると前面には薬師岳が立っています。だから早池峰は薬師岳の向こうに「へ」の字に見える、というのは『遠野物語』にも書かれていることです。これについて『市史』はこう言います。

「この薬師岳の存在は、早池峰の全容を見せてくれない点では、障害になっている。しかし、遠野の人々に垣間見の早池峰に、それぞれの幻想をいだかせている点では、思わぬ効果を上げている」


要するに早池峰自体は綺麗とはいえないけど、遠野から見ると薬師だけの向こう側に見えて神秘的、ということですね。

『遠野物語』二話では早池峰山がもっとも美しいということになっていますが、あれはそうでなければ成立しない伝承です。
つまり、遠野三山縁起伝承を語っていた人々にとって早池峰は誰がなんと言おうと最も美しい山だったということです。



上記事例で天候に言及しているのは2・4・6ですが、このうち4だけは早池峰山が後妻だったことになっています。

しかし4の天候説明は「一方が曇ると一方が晴れる」とはっきりしていません。

2「岩手山・姫神山」vs「姫神山・早池峰山」
6「岩手山」vs「早池峰山」


2・6は岩手山と早池峰山の天候について説明する伝承であると考えて良いでしょう。2も結局は同じことです。

これは岩手山と早池峰山の対立図式(恋敵)に天候の説明を乗せた伝承だと考えることができるでしょう。
早池峰と岩手山は南北に結構距離が離れていますから、片方が晴れていても片方が雨、なんてことは確かにありそうです。



0・3は岩手山と姫神山への参拝についてですが、このルールは地元でもよく言われていることなのでしょうか?
しかし参拝のタブーについて「岩手山と早池峰山」ではなく「岩手山と姫神山」であることは注意すべきでしょう。

二つの山の信仰史において実際に信仰団体の対立があったならばこのような伝承は不思議ではないのですが、0も3も「姫神が悪い」ということになっていて、一方的過ぎるのが気になります。


参拝タブーについては現状ではお手上げですが、地形の由来譚としての意味付けも大きいような気がします。

岩手山は活火山で、歴史的に何度か山容自体が変化するような噴火をしているそうです。オクリセンなども火山活動などによって出来た瘤なのだと思います。

そういう「変化の後」を姫神山との離婚という伝承の中で語りついで来たのだと思います。

類話1は天候説明も参拝タブーも言わず、地形説明しか語っていませんが、このようなタイプの語りも結構あるんじゃないかと思います。ここではしっかりと噴火したことに言及されてますが、やはり活火山としての岩手山に対する畏敬の念が表された伝承なのだと思います。



さてこれら岩手三山恋愛伝承ですが、上に見たようにどうも分類をして別々に考察したほうがそれなりの分析が出来るような気がしますね。

A早池峰山が間男-岩手山vs早池峰山-天候の説明
B岩手山が姫神山を離縁
 -B1参拝タブー
 -B2岩手山周辺の地形説明
※Bにおける早池峰山は岩手山の妾か後妻。
   

「B1」の参拝タブーについては具体的なルールもタブーを犯したことによる結果も詳しいことは良くわかりません。「厄災」とあるだけですから。

ただ共同体に関わるような災厄ではなく、あくまでもタブーを犯した個人に対するものらしいです。
そういう部分からも「岩手山祭祀集団と姫神山祭祀集団が争った」などという抗争は想定できないような気もします。


岩手山が火山であるということは数年前の噴火でも確かでこれに対する畏怖があることが事実でしょう。ただ一方で類話0は「姫神山の嫉妬が激しい」ことが離縁の原因だとしています。

山の女神が嫉妬深いというのは良く聞く話で、遠野三山縁起伝承でも最後は山の女人禁制を説いています。女神の山は女が山に入るのを好まないのです。遠野三山では女人禁制を犯そうとして石になった女の伝承があります。
姫神は女人禁制だったのでしょうか?


ところで姫神山には立烏帽子姫伝承というのがあります。田村麻呂が守護神立烏帽子姫を姫神山に祀ったとか。
この伝承、資料がなくて詳しいことが良くわからない。

ということで久々に困った時の小松DB。するとヒットしてしまいましたよ。「立烏帽子」。
もっとも関係がありそうな伝承はこれでしょう。

「立烏帽子という魔の美人が、葦原の国を魔国とするため、鈴鹿に天下った。奥州の大竹丸という鬼神を夫にして魔業を成就しようと、たびたび大竹丸に文を送ったが、返事の来ないうちに、討ち手の田村麿が来て、一戦を交えた。その後、立烏帽子は田村麿に恋情を寄せ、ついには夫婦となって善心に立ち返り、田村麿と共に悪事高丸や大谷丸を退治したという。」

「大竹丸」は「大武丸」ともいい、岩手山で悪事を働いていた鬼です。後半「大谷丸」とか書いてありますが、これは原文のままか、写し間違いか?原文を見てみないとわかりません。(小松DBたまに間違いがあります)
これを見ると、立烏帽子(姫神)が大武丸(岩手山)を裏切ったことになってます・・・
判断が難しいですね。岩手三山伝承が先か?小松DBの伝承が先か?

しかし岩手山と姫神山が夫婦でありながら、対立するという構図は同じですね。


山の恋愛伝承。大和三山もそうですが、どうも「争い」が入る傾向がありますね。この辺やはり「山の背比べ」と似た所があるのかもしれません。


あまり納得の行く考察ができたとは思えませんが、今はこれが精一杯。山の恋愛伝承をもっと集めてみる必要がありますね。