2017年06月07日

文脈

堂島サロンというところで話をする機会があった。そこでは、大学の役割ということで話することが求められたのであるが、私の論旨は、大学の文学部(人文学部)ないしは教養学部に期待されているものは、情報や理論と区別されて、「文脈」の教養といえるものではないか、ということであった。12世紀のヨーロッパの発生の時から、大学は文脈というものを教え続けてきたのではないか?

そのさい取り上げたエピソードの一つについてやや詳しく論じてみよう。それは、ディオゲネスをめぐる有名なエピソードである。

アレクサンダー大王は有名な哲学者がいると聞いてディオゲネスのもとにやってきた。ディオゲネスは、例のごとく樽の中に住みながら日向ぼっこをしていたとされている。

大王は彼に、何か欲しいものはないか?と訊いて、鷹揚なところを見せようとした。アテナイを占領してみても、その精神までは征服できていないと感じていたからである。

他方、ディオゲネスにとって、それに答えるのは難しかった。

大王に向かって何か欲しいものをねだるなど、もっての外であったろう。それによって身も心も大王に屈することになるからである。

かと言って、征服者に対する反抗の困難ということはさておくとしても、「何も欲しくない」といった類の答えは、すでに大王の質問の文脈に規定されており、「強がり」にすぎないもの、本当は、例えばアテナイの独立を望んでいるのに、そのことを口に出せない臆病者、という意味を帯びてしまうだろう。

大王の質問は、たとえ無邪気なものに見えたとしても、権力を手にした者が、会話の文脈をまず支配し得るということを心得た、いかにも支配者然としたものであった。それをそのまま理解したとしたら、それに抵抗することは難しい。それが文脈を支配するということである。

ディオゲネスは、「そこをどいてほしい、日陰になっているから」とだけ答えた。

ひょっとしたら、この答えの中に、マケドニアの軍隊のアテナイからの退去の要求を忍び込ませようとしたのであろうか?

ディオゲネスは、そんな要求が決して大王から受け入れられないことは知っていた。そんな要求は軍人の仕事であり、すでにその決着は戦場でついていたはずである。だからこそ大王は、鷹揚な態度を見せつけることができたのである。

ディオゲネスは、そのことを十分に意識していたであろう。そのうえで、王の質問の意味を自分なりの文脈で理解するふりをして見せることによって、自由な精神を示したのである。これは、一応は相手の発言を文字通りに受け取ったうえで、その意味と狙いを覆してみせるという点で、ソクラテスの場合と同様、イロニカルなものであった。大王の真意を知らないふり(すっとぼけ=エイロネイア)をすることで、文脈の付け替えを行ったのだ。

もし「そこをどいてくれ」という要求が、アテナイからのマケドニア軍の撤去を比喩的に意味していたのだとしたら、大王の方が、それをすっとぼけて別の文脈で(文字通りの意味で)理解したふりをすることによって、ディオゲネスの命を救ってやったことになる。

いずれにせよ、このときディオゲネスは、もちろん周りを取り囲む大勢の人々の注視を、意識していたであろう。公衆の面前で、文脈を取り換える戦略が発揮する政治的意味は、彼にとっては明白であった。

そこに、軍事的に追い詰められたアテナイの自由の最後の残光が賭けられていたからである。

はたせるかな、やがてアテナイが滅び、アレクサンドロスの大帝国が夢の彼方に消え去っても、かの出来事はそのときそれを注視していたマケドニアの将兵たちや多くのアテナイ市民の伝承を通じて、アネクドートとして後世まで語り継がれ、我々にまで及んでいる。文脈の教養が自由の条件であることを確かに示しながら。
  
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2017年05月16日

山形新聞「ことばの杜」−永瀬清子―

山形新聞5月13日への投稿――

「誰にも言わんでお前ひとりでやれ、「思う者」だけでやるんだ。」(永瀬清子『短章集続』)

永瀬氏が、人々を語らって、明治の婦人解放の先駆者、福田英子の碑を建てようとした時のこと。例によって議論百出して路線対立が生じ、運動が行き詰まる。そんなとき、自由民権運動の生き残りの古老が口にした言葉がこれである。

事を起こそうとするとき、広く衆の力を結集することが必要だ。そこで「統一と団結」といった決まり文句が、耳にタコができるまでに強調される。しかしそればかりに気を取られると、結集した力を維持したり、拡大したり、はたまたそれを横領したりしようとする政治的思惑ばかりが先行して、結局、何のための結集だかわからなくなってしまう。それでは本末転倒だ。原点はたった一人の志。そんな志に志が共鳴するのでなければ、本当の力にはならない。

永瀬氏(1906〜1995)は岡山生まれの農民詩人である。かつて先祖の村は、日蓮宗不受不施派という禁教とされていた宗派の上人(しょうにん)をかくまっていた。永瀬氏の家にも、そうした僧をかくまうための窓のない部屋が残っていたそうだ。僧が幕府に捕えられるや、村の信徒は田植も放り出して役所に嘆願して、岡山までの四十キロを付き従った六人は共に処刑されたという。詩人の中にも、かかる過酷な歴史を生き抜いた村人の精神が流れているのだ。「戦後農婦になってからの私は、田植の最中ということがいかにのっぴきならぬ意味を持っているかを知った」と永瀬氏はさりげなく記している。

その永瀬氏は、沖縄から始まって全国を歩く原水爆禁止運動の大行進が村を通ったとき、同じように稲の束を放り出してついて行ったという。「原水爆の灰が降ってくるなら百姓がつくる米は全て犯される。そして子供たちもすべて犯される。…いまここでやめさせなければ地球はだめになるのだと叫びたかった。」実際、その後同じようなことが原発事故で起こってしまった。

問題は声の多数でも、衆の勢いでもなく、純粋な志の高さなのだ。その志だけを頼りに、一人で歩み出さねばならない。

  
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2017年05月14日

スタヴラカキス『ラカニアン・レフト』

スタヴラカキスはラカンの精神分析学を政治理論に適用して、新たなラディカル・デモクラシーの戦略を提案しようとしている。ここでは魅力あふれる『ラカニアン・レフト』の全体を論じることはできないが、そこで紹介されているアラン・バディウの主張が、以前からの私の立場と重なるところが多いので、それを中心に検討してみたい。
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2017年05月12日

Unto this last 供愁ルタナティヴ経済―

旧来の景気循環論によれば、以下のようなシナリオが成立する。

イノヴェーションによってもたらされた超過利潤によって好景気がもたらされた後、その技術が次第に模倣され、陳腐化するにつれ、利潤率(投資効率)は低下するが、それを生産規模拡大によって埋め合わせようとする試みはやがて完全雇用に達し、賃金の上昇とインフレを招く。物価を抑え、金流出を防ぐために中央銀行が公定歩合の引き上げなど引き締め政策をとることによって、市場は一挙にシュリンクし恐慌や不況となり、新たなイノヴェーションによって市場が活性化するまで続く。

しかし、このようなシナリオ通りにならなくなって久しいようである。IT技術の革命によっても完全雇用は実現しなかったし、長期にわたってデフレ傾向は続いている。ゼロ金利や投資減税にもかかわらず、投資は伸びず、公共事業は財政を悪化させただけで、「乗数効果」を上げることもなく、企業の内部留保や個人のタンス預金に回るだけで、消費拡大にも、新規投資にも、雇用拡大にもつながらない。

他方で、非正規労働の自由化で低賃金が広がり、格差が拡大し税収や財政の悪化を招いている。中間層の没落は各種の極右政治を勢いづけているが、保護主義と排外主義(移民排斥)が自国の経済的利益になることは決してない。

しかし、労働組合は、正規労働者の賃金水準維持が企業の国際競争力の低下を招くという主張にも、工場の海外移転による失業か、非正規労働者による低賃金を受け入れるか、という受け入れがたい選択にも、十分な反撃ができていない。

ここに、冷戦終結による社会主義的諸理念の失墜によって、いわゆる「新自由主義的」政策パッケージ(労働市場、商品市場、金融市場の自由化と、福祉の切り捨て)に対抗するイデオロギーがことごとく無力化したことが付け加わる。
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Posted by easter1916 at 00:53Comments(2)TrackBack(0)時局

2017年04月24日

末人たちとの文化闘争

以前から私は、ニーチェのもっとも本質的な哲学的貢献は、その形而上学や道徳理論にはなく、もっぱら政治哲学にあると論じてきた。あるいは、彼の形而上学や道徳論は、その政治的哲学との関係で初めて、その独創的含意を理解されるであろう。

ニーチェによれば、「弱者」が「強者」と戦うとき、必ずや前者が勝利をかすめ取ることになる。それは前者がルサンチマンの道徳を打ち立てて、「負けるが勝ち」といった戦略に訴えることによってである。こうして、「大衆」による奴隷の反乱が、いたるところで高貴な精神を打ち破り、ルサンチマンによってすべての文化・政治領域を汚染していくと言うのである。

「位階序列」とか「高貴性」といった一見したところ極めて反動的に見えるニーチェの諸説は、このような文化闘争における戦略ということを抜きにしては、まったく理解できないであろう。私は、ニーチェのテクストは読者に対して鏡のように作用し、それに対して読者を選別することによって、ともすればルサンチマンの道徳によって武装解除されがちな「強者」に、その危険を指摘し、その責任の自覚を促すことになる、と論じてきた。

今般、作品に対する批評的エンゲージメントについて論じたさい、それがかかるニーチェ的戦略をより具体的に展開するものであることに気づいたので、その点について一言述べておこう。
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Posted by easter1916 at 14:58Comments(4)TrackBack(0)哲学ノート

2017年04月07日

シリア空爆

米軍のシリア空爆について一言述べておこう。

これが、目下の中国との交渉を第一に意識したものであることは明らかである。米国は単独でも北朝鮮にトマホーク攻撃をする用意があると中国に見せつけることで、対中交渉を有利に進めようとしているのである。

このようなやり方は、成功の見込みが薄いと思う。中国は伝統的にこのような威嚇的挑戦には、面子を守ることを第一に考え、容易に妥協を図らない傾向がある。長い中国史を考える必要があるが、中華人民共和国になってからだけを見ても、彼らがいかに面子を大事にするかは見て取れる。

中国では、政治的権威は、軍事的・経済的リアリズムとはかなり独立して意志決定をする傾向があるのだ。毛沢東が西側の核を「張子の虎」と称して、妥協を排したようなものであり、ソ連の技術者の支援を犠牲にしても、中ソ対立に踏み切ったようなものである。

かの国では、面子を失うような指導者が指導者のままにとどまるのは難しいのだ。(独裁体制には多少ともそうしたところがあろう)

さてシリアの方である。これはトランプの対ロシア融和政策の失敗を糊塗するための無理筋の思い付きであろう。このような場当たり的冒険が、長期的に見て平和な秩序構築に貢献するのは難しい。

シリアに介入するのなら、少なくともアレッポ陥落の前にすべきであったろう。そうであれば、数万の市民の命が救えたのみならず、少なくとも和平のテーブルの可能性は残っていたかもしれない。

トランプ政権が、シリアでロシアにフリーハンドを与えるようなシグナルを出したことこそが、それに続く大殺戮の直接の原因である。毒ガス攻撃は、トランプ政権の中東失策を証明するものであった。

そこで、トランプ政権内の軍事専門家たちが、バノンのような素人チンピラに対して巻き返しを図ったのが、今般の空爆である。

トランプとその取り巻きに任せていると、ウクライナをはじめヨーロッパにおける米軍の地位を失いかねないと感じていた軍人たちは、この機に主導権を奪い返そうとしたのであろう。

しかしこのシリア空爆には、およそ戦略的見通しが欠けている。アサド政権を倒すためには、地上軍の投入が不可欠であるが、ロシア軍が既にシリアに展開しているところで、それが非現実的であるのは明らかである。どれほど好戦的な軍人でも、地上軍としてロシア軍と戦うのはためらうに違いない。

そもそもネタニヤフ政権の非道に一方的に加担するようないかなる中東政策も、国際社会の理解を得られるはずがなく、このままでは、いづれ遠からず、イランにおいてそうであったように、米国は中東のあらゆる利権を失い、不名誉な撤退を余儀なくされるだろう。そのとき、イスラエルにはいかなる運命が残されているのであろうか?

どんなに軍人が拡大は避けたいと思っていても、直接的軍事行動は、どんな偶発事件につながらない保証もない。しかもそのような偶然は、決まって最悪の事態を招くものである。「何かでっかいこと」が起こることを漠然と期待する、というたぐいの無責任な火事場見物的意識は、破壊的事態の危険を見誤っている。
  
Posted by easter1916 at 18:54Comments(0)TrackBack(0)時局

2017年03月24日

カルテット

いよいよ至福の『カルテット』の時間が終わってしまった。これを提供してくれた演技者をはじめとするすべての人に感謝申し上げたい。この低視聴率ドラマを打ち切らなかったTBS関係者には、いずれ必ずや神の祝福があるであろう!

このドラマがおよそ反時代的な挑戦であったことは、特に注意されるべきである。テレビの視聴率をはじめあらゆる常識に反して、我々の「期待」を裏切り続けてきたのである。

大賀ホールに集まった聴衆は、第一曲が終わるとすぐぞろぞろ帰宅を始める。その後も退出する者が後を絶たない。視聴率が低迷を続けても、誰か聴く者に届けさえすれば意に介さないと言わんばかりのふてぶてしい態度には、思わず喝采を叫んでしまった。そうだ、空き缶を放り投げる連中は放り投げるがいい!いつも少数者だけが、ほんのちょっとした符丁で理解し合うのだ。

我々は初め、スズメか真紀かどちらかが悪いのではないかと疑う。しかしそんな期待が裏切られ、むしろ姑の猜疑心こそが悪の根源かもしれないと関心を移動する。やがてそんな通俗的な悪役が存在しないことに気づく。

しかし、アリスという悪役がいる。視聴者は、この「悪女」に対する制裁を密かに期待している。普通のドラマなら、当然アリスはひどいしっぺ返しを受けるはずだ。

しかし、それらのすべてを裏切って、大賀ホールにさっそうと現れるアリスは、イケメン金持ち外人にエスコートされている! そしてのたまうのだ「人生ちょろかった!」

完璧と言うしかない!この至福!この幸福感!それは演劇の祝祭である。ここではアリスは、普段と違って、眼も笑っていた。そうだ、君には笑う資格がある!

しかし、それにしても巻夫婦の夫婦愛はどうなるのか? どちらにもそれぞれの立場があり、それぞれの思いやりがあるのだから、普通のドラマの常識なら、当然和解が来なければならないところだ。しかし彼らはお互いに深く理解し合ったまま、さっぱりと別れてゆく。私はブラウン管に向かって、思わず「よし!異議なし!」と叫んでいた。

夫婦が分かれたのなら、次の関心は恋愛の行方だ。この四人のうちだれか二人だけでも、結婚にこぎつけるのだろうか? もしそうだとすれば、一番有望なのは真紀と司だろう。当然視聴者の関心はそこに注がれる。

しかし我々よりそれに注意している者がいる。それはスズメちゃんだ。それは彼女こそ報われない一途さで、この二人を深く愛しているからである。この無償の愛は画面を一段と美しく彩っている。満島ひかりが演じるスズメが美しいのではない。その愛が無上に美しいのだ。これに心打たれないやつは、悪魔に食われて死ぬがいい。

彼女だけが、シューベルトの『死と乙女』(わざわざ鉛筆で日本語の表題が記入された楽譜)の秘密を探り当てる。真紀がその曲を選んだのは、「あふれ出たから」である。これは既にそれ以前の回で「あふれ出たものは真実」と言われていたのを下敷きにしている。つまり、「死と乙女」には「司と(早)乙女」が隠されていた。真紀は、自分への司の片思いに、自分から司へのあふれる愛によって答えているのである。

しかし、重要なのはそのことではない それを「誰にも言わないで」と秘すことによって、彼女は司との愛よりも、ずっと重大なものとして四人の友情を選択しているということである。

真紀にはわかっているのだ。もし司との愛を受け入れたとして、カルテットの他のメンバーの祝福を受けながら結婚したところで、そこに広がるのは、たかだか元の夫との間にあったようなすれ違いの人生であり、そのためにカルテットのユトピアを犠牲にする価値はないということを。

かくて、この作品は、我々の関心を引き付けるすべてが、結局虚妄の幻影にすぎないことを次々に暴露した挙句、カルテットの中にこそ、あるいはドーナツという不思議な欠陥存在の中にこそ、およそ社会的にも経済的にも、芸術的にも無意味な煙の如き希望が存するということを暗示するのである。司は、愛する人とは永遠に結ばれず、愛していない人と彼女が結婚する前日に酔った勢いでセックスしている。それは当然かなりみじめな索漠としたリアリティで描かれるが、司が彼女の結婚式のカルテットで奏でる祈りは真実である。

たった一つ難癖をつけるとすれば、『死と乙女』の第一楽章ではなく第二楽章を使ってほしかった! もともとこの第二楽章の主題が『死と乙女』からの借用であるし、次々に主題を各パートごとに変奏する変奏曲という形式こそ、このドラマにふさわしかったはずだからである。
  
Posted by easter1916 at 02:34Comments(18)TrackBack(0)批評

2017年03月22日

運命愛

「ことばの杜」2017・3・18

運命愛        (ニーチェ『悦ばしき知恵』第276章より)

初めて哲学書に出会ったのは中学の頃、プラトンの『饗宴』であった。「恋について」と副題が付された対話編である。その頃、私はある少女を恋していた。ひょっとしたら、私を知らず知らずのうちにプラトンに導いたのは、この恋だったのかもしれない。さもなければ、プラトンは私に何の感銘も与えずに素通りして行っただろう。

本を手に取るにもきっかけが要るが、本と真に出会うためには、すでに我々の中に何かが準備されていなければならない。ときには人に導かれて本に出会い、また時には本に導かれて人に出会う。そして人も本も、それぞれがまた新たな世界への入り口のようなものだ。

初めは一直線に見えていた我々の道も、やがては度重なるつまずきや蹉跌によってぼやけてゆき、ついには深い森の中に途絶えてしまう。しかしそんなとき、思いがけず開ける秘密の杣道(そまみち)や隠れた岐路というものがあるものだ。それまでそれが見えなかったのは、将来の「成功」に目が眩んで、先ばかり見ていたからにすぎない。それゆえ、失敗にも成功に劣らない功徳がある。

このようなことを仏教では「縁」と言うらしい。今の自分へと導いていたことが、後々になって知られることになるこのような縁を、失敗や蹉跌をも含めて、そのあらゆる細部にわたって大切にしなければならない。我々を導いたそれらこそが、現在の我々自身の支えだからである。それをニーチェは「運命愛」と呼んだ。運命愛によって自己の存在の意味をかみしめ、そこから開かれる世界に目覚める。たとえ「正しいこと」ばかりであっても、それをすることで自分を失うようでは、それは空っぽの人生と言うしかあるまい。自分の存在に目覚めることこそ、自由に目覚めるということだ。

私をその人に導いた縁があり、その人が縁となって開ける世界がある。人も書物も、またあらゆる出来事も、単独で存立しているのではなく、無数の縁によって結ばれている。それら全てを慈しみ愛することがその人を愛することであるなら、運命愛こそ愛そのものである。
  
Posted by easter1916 at 21:11Comments(0)TrackBack(0)日記

2017年03月19日

教育勅語

教育勅語を信奉する政治家の問題が、変な形で脚光を浴びている。

ここで、その名を口にするだにおぞましいこの政治家の名をあげることは避けるが、それを追及する野党政治家も、教育勅語の問題を十分に把握できていない節があるので、今更とはいえ、この問題に少し触れておく。

愚かな政治家が、「朋友相信じ」とか「夫婦相和し」といった箇所は今もなお普遍的な価値理念を説いていると言うのに対し、野党は「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」の箇所が軍国主義につながったことだけが問題であるかのように立論する。

このような主張では、教育勅語のイデオロギー攻勢に十分に対決することはおぼつかない。この勅語制定の時から、できるだけ具体的な内容を組み込まず、誰でも、どんな宗旨の人にもさほど抵抗なく受け入れられるものにすること、言わばできるだけ内容空疎にすることは、注意深く意図されたことであったからである。

それはもともと道徳理念を説くためのものではなかった。

もし道徳理念を説こうとしても、それを「説く」ことによって教育することが可能であるかどうかは大いに疑問であろう。すでに定着している道徳理念であるなら、改めてそれを説教する必要はあるまいし、また定着していない「道徳理念」であれば、それは道徳理念でさえないだろう。

また道徳判断において議論の余地が生じる問題であれば、さまざまの観点から議論してみることこそが必要な道徳教育となろう。その際、とりあえず自明のものとして共有されことが期待されるものがさまざまの「道徳理念」である。道徳教育が有り得るとすれば、「道徳理念」を植え付けることにではなく、道徳判断についての議論の仕方を身に付ける点にあるのである。

教育勅語の真の狙いは、このような議論を封鎖する点にこそあった。道徳的問題の一切が、お上から、上役から、上司から一方的に決定される、そうしなければならない。下からの疑問呈示は、一切封殺されねばならない。このような考えを、勅語という形式は示すものであった。

教育勅語は、その実際の運用形態を、総体として問題しなければならない。御真影とその宗教的遥拝という仰々しい儀式化によって、教育を政治的支配の道具として権威主義化したのである。この際、支配がとりわけ精神的支配、精神的去勢化を伴っていたことが強調されるべきである。

井上毅が教育勅語と師範学校制度を確立することを通じて、児童と帝国臣民から精神の自律性を徹底的に奪うにあたっては、それなりに深い考慮があったことが知られている(この点については、伊藤弥彦『維新と人心』参照)。

彼は、明治14年(1881)の政変を、10年後の憲法制定の約束と、北海道の国有地払い下げの撤回によって何んとか乗り切ったのち、人心の不安定性を何らかの宗教的権威によって収攬することを真剣に考えた。ヨーロッパの事情に詳しかった彼は、長期的な政治的安定のために、キリスト教に代わる精神的支柱が必要と考えていたのである。

ここから、儒教的価値の復古と並んで、勅語とそれをめぐる儀式を、人工的な一種の疑似宗教性として制度化しようと試みたのである。その際、いずれの宗派にも受け入れやすいように、勅語の内容をできるだけ空疎なものにするように努めたのだ。愚かな自民党閣僚が言うように、「夫婦仲良く」といった内容が、一見普遍的に通用する理念であるように見えるのはそのためである。

しかし、人為的に疑似宗教をでっち上げるという試みの不遜さと愚劣さは、実際には大きな精神的・倫理的荒廃を生むという形で、しっぺ返しされざるをえなかった。自律的判断を抑圧し、外から型を押し付けるだけの道徳は、結局倫理自体を掘り崩していくからである。

それは、内面に自由の余地を残すどころか、上辺だけを整える偽善を奨励し、内面を露骨なシニシズムに明け渡することになる。

ここから、「挨拶ができるか」とか「履歴書に誤字がないか」といった些末な形式主義が、常に道徳性の中核であるかのごとく児童を調教するという、よく知られた愚昧な光景が出来上がるのである。

このようなことの弊害は、すでに明治期から気づかれていた。伊藤弥彦氏は、修身教育の惨状について、明治36年・30年の『教育時論』から引用している。

総じて現今小学校に於ける修身教授の一大欠点は、児童をして嘘つきたらしめることだ。偽善者たらしむることだ、心にもあらぬことを言はしむることである。

強いて同情を有するかの如くに見せ掛け、感じ入ったる外見を装ひて、巧みに児童を欺罔せんとするも、慧眼なる児童は、疾くに、教師が胸中の弱点を看破して、一笑に附し去らんとす。そも何たる失態ぞ。(同p−266)

「軍国の兵士を育てるために役立った」というようなことは、諸個人から精神の自律や責任感を奪い、常に従順に上役の顔色をうかがうことをもって良心に代えてしまった害毒に比べれば、およそ非本質的なことにすぎない。もともと教育勅語の教育によって、良き兵士が育つはずもないのである。

実際、「息を吐くように嘘をつく」昨今の政治家の精神的空疎さは、まさにかつての勅語教育の遠い産物なのかもしれない。おそらくこの連中の周辺では、敗戦の反省も戦後改革も自由主義の洗礼も一切なかったかのごとく、鈍麻した教育勅語の精神が、どぶの水のように悪臭をたたえながら澱み続けてきたのであろう。

  
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2017年03月12日

ベンヤミン

これまでもベンヤミンはおりにふれ読んできたが、いまひとつわからないことが多かった。このたび必要に迫られてある程度まとまって再読することになり、自分なりのベンヤミン像を結ぶことができたので、それを素描してみたい。  続きを読む
Posted by easter1916 at 04:54Comments(2)TrackBack(0)哲学ノート