2019年06月13日

山形新聞への投稿――マルク・ブロック

「私はフランスに生まれ、フランス文化の泉から多くを享受した。フランスの過去を自分の過去とし、フランスの空の下でなければ安らげない。だから今度は私がフランスを守る番だと、最善を尽くしたのだ。」   (マルク・ブロック『奇妙な敗北』)

ヨーロッパ中世史の碩学にして、アナール学派の総帥としてヨーロッパ中に高名を馳せたマルク・ブロックは、二度の大戦をフランス軍将兵として戦った。そして、自らの経験をもとに、その敗因を、歴史家的分析によって容赦なく暴き出した。それを記したのが『奇妙な敗北』である。そこには軍隊組織のみならず、フランスの社会と文化にまでわたって根を張った脆弱性や敗北の背景が、徹底的に掘り下げられている。愛国者なればこそ、その欠陥を見過ごせなかったのである。

その後、ヴィシー政権が易々とヒトラーの軍門に下り、祖国の自由を敵に売りわたしたのに抗して、ブロックはあえてナチズムとヴィシー政権と闘うレジスタンスの隊列に加わった。彼は、持ち前の気品と優雅さを少しも失わずに、レジスタンスの中に厳格な規律と軍隊的組織性を浸透させて、マキ(レジスタンス軍事組織)の中心人物の一人として活躍したのである。時代が雪崩を打って狂気へと流れていった中にあって、学問の真実と祖国の自由のために献身したこの老教授は、ついに1944年6月ファシストどもの手に落ちて、26人のレジスタンス戦士とともに銃殺された。最後の瞬間まで仲間たちを励まし続けていたと言われる。

「なぜならブロックがどのように死んだのか、今では知られているからだ。彼の傍らで16歳の少年が震えていた。「痛いだろうな」。マルク・ブロックは優しく少年の腕を取って、ひとこと言った。「とんでもない、痛くなんかないよ」。そして「フランス万歳!」と叫びながら、最初に倒れた」(同 序文より)。
  
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2019年06月08日

ミキ・デザキ監督『主戦場』

渋谷で『主戦場』を見てきた。

http://www.shusenjo.jp/

この映画は、いわゆる「従軍慰安婦」をめぐる論争を、その主要な当事者にインタヴューしながら、ていねいにたどっていくドキュメントである。あくまでも言論とそのアリーナを信じる点で、いかにもアメリカらしいということができる。

我が国の監督だったら、このような問題では、対立する両陣営があまりにもかけ離れているから、水掛け論になるのは見えているとばかり、早々と「議論」は諦めてしまうだろう。かくて初めからどちらかの陣営のプロパガンダとなり、その結論を説得しようとして、過剰な感情に訴えることになる。そのような態度が初めから顕わだと、対立する陣営は警戒して、率直なインタヴューなどには応じないのが普通だ。ところが、ミキ・デザキ監督は我々から見るとどこまでもタフで、平気で中心部に切り込む。たやすくシニシズムに流れる我が国の政治風土とは、まったく違う土壌にできた作物のように見える。

もっともこの監督の成功は、彼がアメリカ市民であるという点が有利に働いているに違いない。我が国の右翼は、アメリカの腰巾着のような立場を無意識に取るのに慣れていて、幇間根性が習い性となっているため、自分がアメリカの代弁者である以上、アメリカ様のご意向をいつも反映していると思い込み、どんな人でも英語を流ちょうに話すだけで自分の仲間であると信頼する傾向があるようである。だから。ミキ・デザキ監督が現れたとき、無条件で自分の仲間だと思い込み、仲間内でならいつも通用していた放言を無警戒に連発したのであろう。

自民党では、仲間内だと思って不用意な失言をすることが相次いでいるが、彼らのメンタリティが、小ボスたちのお座敷で受けを狙った一発芸で笑いを取る、といった程度のものであることを、雄弁に示している。ちやほやしてくれる取り巻きをはべらせたお大尽が、酔った勢いでつい気を許して大ぼらを吹くと言ったところなのである。それが生粋のアメリカ市民を相手に通じるはずもない。恥をさらしてしまうのも当然なのである。

果たせるかな、彼らの幼稚さが浮き彫りになる。いっぱしの歴史家を自称する者が、「他人の書くものは読まない」とのたまうし、「国家は一度でも謝罪したら終わりだ」などと放言する。奴隷貿易を謝罪した英国や、日系人の強制収容を謝罪したアメリカは、終わったのだろうか?と突っ込んでも始まらない。彼らはただへべれけ共同体でくだを巻いているにすぎないからである。要するに仲間内で、とりわけ目下の者を相手に、無責任な放言をものするが、かくて肥大化した彼らのナルシシズムが、他者の視線を無視する極端に閉鎖的世界を作り上げるのだ。

この映画は、論争を忠実に追っていくが、その決着よりも興味が惹かれるのは、取材された者が醸し出す雰囲気であり、幼稚さであり、傲慢さである。それは映像のみが雄弁に語るものだ。気色の悪いニヤニヤ笑いや、人を小ばかにする不謹慎な発言や、甘やかされた育ちの悪い子どもに特有の目に余る無作法が、至る所で横溢しているのである。我が国における「エリート」なるものがいかに矮小であるかが、いやというほど示されていて、あらためて同胞として恥ずかしいと思う。

誰かがパンフレットに記していたように、このように論争をあくまでもフェアに扱うと、相手を過大に評価することになる、というのはあたっているが、それでも素朴なまでに議論を公平に追うという態度のみが、期せずしてかかる腐敗臭を映像に記録することができたのである。その意味で、映像作品として成功している。

とはいえ、このような作品を創ることができたのは、アメリカ社会の伝統なのであり、残念ながら我々の社会の伝統ではないことを十分にわきまえるべきであろう。作品パンフレットに書かれてあるように、南京大虐殺の当事者として、「野田少尉は、最終的には374人の中国兵を斬り殺したと地方紙(鹿児島新聞と鹿児島朝日新聞)で語り、講演会などでも同様の発言をしている。また向井少尉については、ついに305人斬りを達成して500人斬りを目指しているとの記事が、東京日日新聞1939年5月19日版に掲載されている。武器が日本刀であることを考えれば、殺された人の多くは兵士ではなく市民と考えるべきだろう」(あるいは、捕虜である可能性もある。いずれにせよ完全に違法である。)

これら新聞の記事は、つい先ほどまで、これらの蛮行を嬉々として日本国民が受け入れていたことを示している。「中国人や韓国人は、嘘をつくよりも嘘をつかれる方が悪いと教えられているのだ」などという根拠もない民族差別に染まっているこんな連中であれば、やはり今でも実際にやりかねないのではないか。当時のことを何も反省しないのだから、いざとなれば同じことをしかねないのである。

わが民族は、いつになったら立ち直ることができるのであろうか?
  
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2019年06月06日

山本太郎氏の政治運動

山本太郎参議院議員がこの度始めた政治運動(新党ひとりひとり)に、思い立ってごく少額の寄付をしてみた。

https://www.hitori2.jp/

これまで、特定の政治組織に個人的に寄付したことはなかったと思う。この新党は、山本氏が小沢一郎氏らのグループが国民民主党に加わることがきっかけで生じたものらしい。政党の離合集散は近年激しいものがあるし、たいていそのたびに有権者として裏切られ続けてきたように思う。

したがって、今回の政党組織にも大した期待はよせていない。ただ、選挙の時に一票を投じるだけの政治参加は、はなはだこころもとないものであり、これまでも無力感にさいなまれてきた。政治資金の寄付による政治参加の道も、老兵にとってはそれほど捨てたものでないかもしれない。馬券を買わずに競馬を見ても面白くないものだが、コミットせずに政治を眺めていてもあほらしいものだろう。
  
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2019年05月13日

レヴィナスの意味論

レヴィナスは我々の感覚や感情のような非志向的経験に注目して、それらが志向性に還元できないものであることを強調する。同時に、ノエマとして主題化されず、それゆえ存在の体系の中に(つまりは言語で語られたものの中に)収まらない意味を見出す。

志向的経験は、志向的内容という意味に還元されてしまうが、食べる満足のような意味は、志向的内容をはみ出す。もちろん、食べる満足を主題化してその内容を取り出すことは可能だが、その経験が、その何であるかということに尽きるわけではない。ラーメンを食べるという内容、またそれによって私が満たされたという内容は、志向的内容として表現されるかもしれないが、実際に食べることで与えられる感覚は、体験されなければわからない。

このような非志向的経験をとらえようとすること自体は正しい。
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2019年04月16日

骨髄バンク

山形新聞への投稿
「骨髄バンク」

池江里佳子選手の白血病の公表は、多くの人々に、胸を締め付けられるような衝撃を与えた。しかし、深刻な病を負わねばならない可憐な少女が、そんな苦難の中で表明した声明には、トップ・アスリートにふさわしい品位英知が示されていた。骨髄バンクへのドナー登録が増えていることを、支援者に感謝したのである。

骨髄バンクに登録しても、血液型によっては池江氏に直接助けになるとは限らない。しかし、池江氏への注目は、結果的には同じ病に苦しみながら骨髄移植を待つ多くの人々の救済につながるのだ。

大相撲では、ひいきの力士の取り組みに懸賞旗を立てることができるが、それがその力士の手取りになるのは、彼が勝ち星を挙げた時だけである。ひいき力士への応援は、相手の力士への応援にもなる。ここには深い知恵がある。個人への応援が、そのまま公共的意味へと昇華されるということである。

今般示された池江氏支援のためのドナー登録では、他の多くの患者の救済になり得るということが、池江氏への声援を削減するどころか、かえって強化することが示された。なぜなら、それは多くの患者を共に救済することによって、池江氏への声援の意味を一層高めるからであり、彼女自身そのことを明確に実感しているからである。自己の存在が他の患者の救済につながるという自覚そのものが、彼女に勇気を与えているのだ。

たとえオリンピックなんかに出場できなくても、すでに池江氏の闘いは、出場をはるかに超える社会貢献を成し遂げているのである。もとより選ばれたスターだからこそできる貢献には違いないが、このような人が我々に与えられていることを、私は多くの患者たちとともに祝福し、感謝したい。
  
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2019年03月07日

大澤氏の自由論(2)

大澤氏は、江夏豊投手と落合選手の対話からきわめて興味深い洞察を切り出している。江夏投手は、麻雀の席で落合選手が投手の在り得る投球すべてに対して、周到に備えて球を待つ落合の態度では、江夏のような天才の球を打つことはできないと言うのである。「どうしてお前は『この一球』を待てないのか?」と江夏は語ったと言うのである(p−203)。

打者は、さまざまな球種に備えようとすると自然に、かえって、それまでの投球内容から次の球として最も確率的に高いと判断される球種を待つ態勢を作ってしまう。この確率についての判断は、実際の配球によって変わるので、打者の態勢にも少しづつ変化が見られる。この変化から、投手は、打者が何を待っているかがわかってしまうというのだ。だが、「この一球」を待つことができる打者には、こうした「迷い」からくる態勢の変化が現れないので、どのコースのどんな球種を待っているかを見抜くことができないというのだ。(p−205)

これは実に興味深い考察である。投手も打者も、相手の行動を観察して、何を次にしようとしているかを推測せねばならない。投手が投げなければ勝負は始まらないのであるから、勝負の主導権は投手にある。

しかし、投手がいったん球を手から離せば、それ以後コントロールできないのであるから、打者の方が一瞬後に対応できることになる。つまり、ほんのわずか打者が後出しじゃんけんをしていることになる。

ところが、この一瞬の後出しこそが打者の罠なのだ。打者は、その優位を利用しようとするあまり、球を一つに絞りきることができない。この迷いが投手に読まれてしまう。それを避け、少なくとも投手と対等の立場に立とうとするなら、打者は一球に絞ってそれに賭けなければならない。これが江夏投手の教訓だ。

ところが、大澤氏はこの話を劇的に誇大なものにする。江夏の言う「この一球」を単なるパタンではなく、直知の対象とするのだ。直知(acquaintance)とは、顔見知りの顔のように、一目見ればそれとわかるような、概念に依存しない知識のことである。それは対象が実在して、そこから豊かに情報を得られるような場合に成り立つ関係であるから、いまだ到来していない投球を「この一球」として直知することは本来できない。

「この一球」と指し示すことができる、単一(シンギュラ)の球を待つ――待ち続ける――ことができる者のみが、江夏のような傑出した投手の球を打つことができるのだ。(p−203)

ここでは、いまだ到来していない(それゆえ待ち続けられる)この一球がシンギュラなものとして指し示すことができる、という不思議な関係にあることが強調されている。いまだ実在していないものに対してアクウェインタンスを持つという観念の奇妙さに大澤氏は十分に気付いたうえで、このような表現をしているのである。

確かに、他の類似物ではなく、ただそれをのみ待ち続けていたのだと思わせるものの到来を、我々はまれに経験するようなことがある。『ラ・トラヴィアータ』の第一幕でヴィオレッタが歌う絶唱「ああそは彼の人か」ah,forc'e lui che l’ animaは、ヴィオレッタが長いこと夢見ていた人が、実際に目の前に現れた驚きを歌っている。アルフレードは、この時まさに江夏のこの一球のように、ヴィオレッタの前に現れたのではないだろうか? それは、この人との出会いがまさに運命であったと感じる瞬間である。この出会いの偶然を運命にするものが、大澤氏の「第三者の審級」である。

直接の直知の担い手は、実は、「私」ではないのだ。蓋然性を直知しているものは、まずは「他者」なのである。厳密にいえば、それは、私の自由に可能条件を与えるような、超越論的な「他者」――第三者の審級――である。それゆえ、蓋然性の直知とは、そうした蓋然的事態を直知している第三者の審級を想定することができる、ということなのだ。(p−206)

ブラヴィッシモ! 大澤氏も、このくだりを書いているときには、さすがに「してやったり!」と感じていたことであろう。

それでも私の散文的な(凡庸なといってもよい)理性は、「ちょっと待て」と言わずにはいられないのである。それらすべては、美しい幻想ではないのか? ヴィオレッタはただありふれた乙女らしい類型的な夢を見ていただけなのであり、それにかなう理想的な青年が目の前に現れた時、「この人こそ、私が夢見ていたシンギュラなその人である」と錯覚しただけではないのか? 江夏の教えを受けた落合は、それ以後ただヤマを張るようになっただけではないのか? 東郷元帥がバルチック艦隊の進路を対馬海峡と読んだ時、運命を直知したと感じる(信じる)必要があっただろうか? それらすべては、事後的合理化ではないのか?

大澤氏が来るべき未来に「第三者の審級」になりうる他者を設定するときにも(p−524)、同じようなことがより際立って現れる。未来はいまだ実在していないのであるから、アクウェインタンスの対象にはなり得ず、ただ確定記述によって描写されるだけである。シンギュラなものとして指示できるものではない。それは想像によって自由気ままに設定できるものであり、決して象徴界を担えるようなものではありえない。

大澤氏も「いまだに存在していないものの存在の、この先取り的な想定」(p−524)が「抽象的な不定の〈他者〉のこと」(p−525)であると認めている。つまりシンギュラな指示ではないのだ! そのうえで、「ともあれ、こうした恋人たちと同様に、我々の任意の営みは、これを対象化し――つまり未来の時点から反省的に捉え――、我々の営みから快楽を得ることになる、未来の〈他者〉を措定することができる。〈自由〉とは、この未来の〈他者〉を措定することの能動性=選択性である。」(p−525)と述べる。

この〈他者〉は、「対象化し」「反省的に捉え」ると言うのであるから、少なくともアクウェインタンスの対象ではないだろう。

これに見る限り、大山鳴動して鼠一匹という印象をぬぐい得ない。このような〈他者〉はせいぜい想像の産物にすぎず、それが想定する自由とは、若いカップルがまだ生まれもしていない子供たちの将来を語るようなものである。第三者の審級はどこに行ったのだろうか? どこに運命があるのか? どこに自由があるのか?
  
Posted by easter1916 at 03:22Comments(0)書評

2019年03月06日

大澤真幸氏の『〈自由〉の条件』(1)

大澤氏の同書を拝読して、あらためてその光彩陸離たる健筆ぶりに刺激を受けた。これほど多くの専門分野を領域越境的に横断して、しかも的を外さない書き手はほとんど現代のわが国にはいないのではないだろうか? であるからして、叙述に多少の瑕瑾があったとしても、それを意地悪くあげつらうようなことは避けた方がよかろう。むしろその勇気をたたえるべきなのである。
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Posted by easter1916 at 04:42Comments(0)書評

2019年02月19日

ハンニバル

山形新聞「ことばの杜」への投稿

〔カルタゴが圧倒した〕あらゆる新たな戦闘後も、彼〔ハンニバル〕がローマの将軍に〔個人として〕優ったように、ローマ人はカルタゴ人よりも〔ポリスとして〕優位にあったこと、そのようなことを彼は極めてはっきりと見抜いていた…ハンニバル自身が幸運の絶頂にあっても決して以上の点を思い違いしなかったことは、彼の極めて驚嘆すべき戦闘以上に驚嘆に値する  (モムゼン『ローマの歴史』「ハンニバル戦争」より)

ローマがまだ共和国であったころ、カルタゴと地中海覇権を争った戦争において、ハンニバルが登場する第二次ポエニ戦争こそ、両国の存亡をかけたハイライトであった。共和制は、合議を要するから素早い軍事的決断では遅れを取りがちだが、国民一人一人の献身を引き出す点で、長期的にはしぶとさを発揮することもできる。独裁者は、しばしばその点を読み間違うものだ。 

ハンニバルのカルタゴは、貴族・有力者が、国の存立より己れの利に走るあまり、国民の意志一致が難しかった。そんな国情を知り尽くしていたハンニバルは、次々と奇策を繰り出してローマ軍を圧倒したが、祖国は彼を十分には支援しなかった。さしもの彼もザマの戦いで敗れ(BC.202)、カルタゴはついには灰燼に消えてゆく(BC.146)。

ここには、軍事力より政治こそが長期にはものを言うという深い教訓がある。しかし分けても悲劇的と思われるのは、これらすべてをハンニバルが誰よりも明晰に認識していたということ。自国・自陣営の弱点や欠点を認めることは誰にとってもつらく難しいことだが、連戦連勝のさなかにあってさえ、決して夜郎自大に流れず、この点でいかなる幻想も抱かなかったハンニバルの恐るべき慧眼、その深い憂国の熱情は、敵国ローマの歴史家たちの筆を通して我々に伝えられている。
  
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2019年01月11日

ムン・ジェイン韓国大統領の発言

ムン・ジェイン大統領の記者会見での発言を拝見して、その品位と言うか、風格というものに深く感銘を受けた。「徴用工問題」に対して、文大統領が私と同じ見解をお持ちかどうかはわからないが、品格についての判断は、そんな意見とは無関係に可能なものである。それは我が国の政治家の子供じみた態度とは、およそ対蹠的なものであった。

こんなことを言えば、雲霞のごとき右翼たちがわめきたてるのはわかりきったことだが、取り急ぎ、私なりの感想だけは表明しておきたいのである。とりわけ、在日朝鮮・韓国人の人々は、このような政治家を自らの民族から生み出したことを誇るべきだということ、日本の愚劣な右翼的言論に後ろめたさを感じる必要など一切ないことを、はっきり明言しておく必要を感じて、あえて一言する。
  
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2019年01月06日

ピーコックの自由論

ピーコックは、決定論にも非決定論にも中立的な自由理解を手に入れようとする。その要となるのは、「他でもあり得た」「他のこともなし得た」could have done otherwise の理解である。物理法則は非両立論も両立論も支持しない。

ピーコックが主張するのは、「他もなし得た」は、現実の成り行きと近接的であるような可能的成り行きというものを考えることができるということであり、その初期条件の差が自由意志によってもたらされるか、必然的に(決定論的)に決まっているかは問題ではないということである。

そのうえで、ピーコックは1)φしようとする近接可能性が存在し、2)φしようとすればφしたであろうこと、これがφする自由があるということであると規定する。(Peacocke Being Known  p−311)

ここでφしようと試みる可能性が近接的可能性であると規定されているが、この近接性判断にテュケー(運)が介入することはないのか? ふと思いついてφしようとするかもしれないが、そうしなければ、φしようとなど決して思いつかないかもしれない。

ピーコックは近接可能性がすでに実在論的に与えられているかのように考えているようであるが、思いつかない場合には、φしようとはできないのであるから、それは可能ですらない。

結局、何らかのテュケーの介入によって、そのことを思いつくことによって、φしようとする可能性が生じるのである。三角形の内角が二直角であることの証明においては、底辺に平行で頂点を通る補助線を引くことが必要である。このような補助線を引くことは、果たして近接的可能性に含まれるのか?

さて、近接的可能性とか近接的世界とは何か? 特段の事情がない限り、現実世界で成り立つ法則がすべて同じように成り立つと言えるような世界として特徴づけられる。また、現実世界を構成する諸事物の諸性質で堅固なものはすべて近接世界においても保存される。さしあたって、特段の事情がなければ成り立つ法則が成り立たないような近接可能世界は存在しない。

しかし、何が近接世界であるかを決定的に規定することは難しい。特段の事情がない限り成り立つ法則なるものも、特段の事情が生じれば阻却されるのだから、この特段の事情が生じること自体が近接可能性であるかどうかを問題にできるはずである。というのも、ピーコックは次のように論じているからである。

問題となる近接可能性の体系の外側に、たまたま何が生じるかということにも、近接的可能性の評価は依存する。たとえば、地球が前世紀に宇宙の巨大な物体との衝突によってたやすく破壊され得たかどうかということを考えてみよう。この問いは、単に太陽系の天体の軌道の安定性を記述する、特段の事情がない限り成立する法則を考察し、また、太陽と惑星からなる大部分の恒星系の配置の堅固な性質というものを考察するだけでは答えられない。衝突するが近接的可能性かどうかは、また前世紀の地球から時空的に遠く隔たったすい星や小惑星が、容易にいくらか実際とは違ったコースをたどり得たかどうかにも依存している。(p-322)

このように、考察さるべき体系が何を含むかが未定であれば、客観的に近接的可能性が存在しているとはいえず、与えられた知識と相関的にのみそれが語りうることになろう。

もし可能性が知識に相関的であるなら、知らないことを知る可能性は、存在しないか、近接的可能性かそうでないか評価することができないことになろう。少なくとも、試みることさえ思いつかないことは、近接的可能性でないのみならず可能性ですらない。

ピーコックが、試みることさえ思いつかない可能性、したがって可能性にさえなっていない潜在的可能性を、まったく無視していることは、次の記述からも明らかである。

次のようなもっともな〔進化論的〕議論さえ立てることができよう。自由という〔主観的〕印象は、高等動物の成熟した個体においてなら、主要な場合には、ほぼ正確に正しいであろう。その個人によって、何らかの近接的可能性に置いて気付かれていない(not realizable)ところの選択肢について考察することは、時間とエネルギーの浪費であろう。(p−338)

しかしここでも、知覚の自己帰属と信念の自己帰属の違いについて論じたことが、ほぼそのまま当てはまる(2018年7月4日「命題的態度の自己帰属」参照)。すなわち、進化論的に論じることができる知覚と違って、信念の自己帰属に関しては、「正常性条件」が成立しない。それと同様、自由の自己帰属に関しても、動物たちにおいて(または人間においてもまた、その動物的諸行動において)自己帰属に正常性条件が成り立つようには、人間の概念的行動――計画的企画や高度に分節化された行動に関しては、正常性条件は成り立たないのである。コツをつかまなければそれを試みることさえなし得ない行動というものがあるのだ。(動物の場合に自由の自己帰属ができるかと言えば、そのような概念装置を持たない動物には無理かもしれない。しかし彼らも、自分がφしようとすればφできるということを知っている、という意味で自由であることは知っている、とは言えるだろう。その意味で、ここには正常性条件が存在している。)

たとえば、数学の証明とか難易度の高い体操の技(逆上がり)ができるかどうか、どうやればできるか、あらかじめ気づかれていない選択肢に属するものでないかどうか。目を閉じるとか口を開けるといった非常に基礎的な行為以外、単に直観に基づいて、自由を自己帰属することなど我々にはできない。

とりわけ自由が問題となる場面(我々が本当に自由かどうか、どの程度、またより自由かどうか…)では、そのような自己帰属はできないし、事後的に遡及的にしか自己帰属も他者帰属もなし得ない。

私自身は、物理法則であれ他のいかなる法則であれ、決定論も非決定論も根拠づけるものではないという点で、ピーコックに同意するが、自由が普遍的決定論と両立するという考えには同意できないし、「他もなし得た」ということが自由のもっとも重要な側面をとらえるものとも思わない。また。近接世界という道具立てによって自由の主要側面を理解できるとも、もとより思えない。そもそも選択肢という考え方が、自由を論じるうえで適当とも思わないのである。したがって、「自由意志」(それが何を意味するにしても)を主張するものでもない。もし選択肢ということを考えるとしても、可能な選択肢が問題ではなく、いずれも不可能な選択肢への直面こそが、つまりアンチノミーこそが問題なのである。
  
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