2019年09月06日

美術館

丸山真男は「盛り合わせ音楽会」という小論で、芸術作品をそれが芸術作品であるというだけの理由から、傾向と問題意識においても様式においても価値観においても全く食い違う諸作品を、安んじて一緒くたに並べる無神経さを批判している。彼はラートブルフに言及しながら、それぞれの作品をその真の精神性において鑑賞せず、いわば等しく文化財としての価値を証明されたものとして物神化する「精神的文化の無差別的享受性」を批判する(著作集第三巻p−340)。

このような批評も、ある種の文化物神的権威主義に対しては一定の意義を持つだろうが、次のように説くに至っては、さすがに偏狭な文化保守主義という別種の権威主義ではないかという疑いをぬぐい切れないのである。

僕の論法を進めていくと何々アーベントといったふうに同一人の、もしくは同傾向の作品だけを選んだ音楽会以外は無意味だという結論にならざるを得ません。(同P―338)

この伝で行くと、メンデルスゾーンがバッハの『マタイ受難曲』を演奏したようなことはどうなるのだろうか? バッハとはまるで異質なメンデルスゾーンの音楽を同じ演奏会で演奏するのは、やはり「内面性を欠いた」「盛り合わせ音楽会」ということになるだろうか?

しかし、メンデルスゾーン自身は自らとバッハの受難曲のあいだにある明確な一貫性を感じていたのであり、自らをバッハの音楽の伝統の中に位置づけることができたのである。丸山は、ベートーヴェンとドュビッシーを同じプログラムの中に入れることが困難であるかのように論じているが、ダン・タイ・ソンの演奏会ではしばしば両者は実にうまく共存しているものだし、そこに演奏家のベートーヴェン観がにじみ出ているとさえ言うことができるだろう。ベートーヴェンのコンチェルトの連続演奏会の演奏でさえ、そこにドュビッシーの響きさえ感じられたものである。

丸山自身が思想史を演奏にたとえているように、演奏自体が批評的行為であるかぎり、諸作品の内的連関を新たに見出すことは、それ自体批評的行為なのである。ベートーヴェンを、一刀両断にドュビッシーから切り離してしまうことは、ある偏った作品観にとらわれた偏見でしかないのである。ベートーヴェンの音楽が、たとえばバルトークよりブラームスの音楽に親和的であると考える必然性はない。それはヘーゲルの哲学が、アリストテレスよりシェリングのそれに近いと考える必然性がないようなものである。

このような点で、アドルノの「ヴァレリー、プルースト、美術館」というエセーが参考になる(『プリズメン』所収)。ヴァレリーは美術館について、おおよそ丸山真男が言うような批判を展開している。美術館では、あらゆる作品があたかもその生前には互いに激しく闘争する場に存在していたことを忘れて、墓地のような静寂に包まれて存在するが、それは作品を正当に生きた活力において問題にする態度ではない。すべての作品は、そのもともとの配置から切り離されて美術館に安置された途端、死の静寂の中に存在することになるのだ。

しかし、作品が本来置かれる場とはどこなのであろうか? モーツァルトの作品は、王侯たちの昼食の背景に配され、ベラスケスの肖像画は、スペイン王宮の壁を飾ることこそふさわしい場所なのであろうか? もちろん老練なアドルノが、そんなバカげた文脈に作品を押し込めることがいいと言うはずもない。

蝋燭の灯りの下で演奏されるモーツァルトは、コスチューム・プレイに堕してしまうものだし、演奏の隔たりを脱して直接的な生の連関の中に呼び戻そうとする努力には、どうしようもない救いがたさがあるばかりか、おまけに何か社会的に後ろ向きの悪意を含んでいるようにさえ感じられる。ある人がよかれと思ってマーラーに、雰囲気を出すために演奏のさいホールを暗くさせてはと進言したとき、周囲を忘れさせないような演奏は何の役にも立たないとマーラーが答えたのは、もっともなことだった。(『プリズメン』p−266)

「コスチューム・プレイに陥ってしまうモーツァルトの演奏」は、芸術作品をその「本来の生活の場」に置こうとする時代錯誤を皮肉っているのは明らかだが、マーラーの言葉は何を象徴しているのであろうか? 作品には、その置かれるにふさわしい本来の雰囲気があるはずである、という考えを嘲笑しようとしているのであれば、モーツァルトの場合と同様の批判であると受け取ることができる。段落替えもないのであるから、そう受け取るのが自然というものであろう。

そもそも、この例はヴァレリーの立場なのか、それともプルーストの立場なのか? アドルノは両者を対比しつつ論を展開しているのだが、プルーストは美術館を享受するディレッタントの立場から一貫して芸術作品を見ている点で、そして、作品をあくまでも鑑賞者の生の一環において享受する点で、作品の絶対的な自立性を目指す製作者の観点に立つヴァレリーと対立するものとされるのである。

美術館が、生活における本来の作品の場ではないとする点では、ヴァレリーの主張のように見えるが、ヴァレリーが目指す絶対的な作品の自立性を否認する点で、「コスチューム・プレイ」も「暗いホールの演奏」も、似たり寄ったりと言うことができよう。

アドルノによれば、作品本来の文脈は、すでにとっくの昔に失われて久しいものであることを、ヴァレリーは気付いている。彫刻と絵画についてヴァレリーは語る。

絵画と彫刻は置き去りにされた子供たちなのだ。…建築が彼らの母なのだが、その母は死んでしまった。(p−270)

してみると、建築の中におかれることこそが、作品のふさわしい位置なのであろうか? そうではない。貴族の館や宮殿の壁におかれるとしても、美術館以上にふさわしいわけではないのだ。

夕食を取りながら見つめられる傑作は、もはやあのうっとりさせる幸福感を我々に恵むことはない。(p−273)

バロック時代のターフェル・ムジークのような環境音楽こそが、音楽鑑賞の理想だなどとはとても言えないのである。つまり、「本来の場所」など実はどこにもないものなのだ。

そうであれば、あらゆる作品はすでに死物なのである。

神話にあっては英雄たちは…いつも母を亡くしていたことが思い出されねばなるまい。完全な「幸福の約束」のために、芸術作品はその養いの地から引き離され、自らの没落への道をゆくのである。(p−285)

作品を美術館に置くことは、さながら墓地に安置することに似ているのだが、かと言ってそれらの作品に復活の日が来ないわけではない。むしろすべての作品は、その「養いの地」から切り離され、復活の日を待ち望む暗号に成り代わっている。

精神の博物標本室は、芸術作品をまさに本質的に歴史の象形文字に変え、芸術作品が有していた古い内実がしぼんでいく一方で、それに新しい内実を与える。(p-286)

かくて、作品は死と再生との両義性にさらされることになる。現実の文脈から遊離することによって、かえって作品は自由な文脈を獲得するのだ。

作品を美術館に展示するのは批評である。批評によってはじめて、作品が等しく芸術作品として評価されることになる。それ以前には固定された文脈に置かれていた工芸作品が、自由な文脈を獲得する。美術館に置かれるとは、自由な文脈を獲得するということである。個々の作品は、それぞれ先行する作品の様式に挑戦しながら、自らを主張し、批評的に対峙するけれども、それでもそれらが自由に向けて挑戦したことこそが、芸術作品としての品質証明であり、美術館への入場資格なのである。
  
Posted by easter1916 at 04:32Comments(0)哲学ノート

2019年08月22日

キム・サン『アリランの歌』

私は以前学生の頃、韓国の留学生と話していた時、この『アリランの歌』をぜひ読んでほしいと勧められたことがあった。そのころ手ごろに入手できなかったためか、長い間読まずにきた。

しかしこの度手にとってみて、これまで読まずにきたことが悔やまれる。そのとき彼がどんな気持ちで「読んで見てくれ」と話したのか、その気持ちをいまさら考えてしまうのである。

本書は、アメリカ人ジャーナリストのニム・ウェールズ(エドガー・スノーの元妻)が、中国革命の聖地延安に乗り込んでいたとき、偶然に巡り合った朝鮮革命の闘士の身の上話を聞き、それを克明に書き留めたものである(こんな所にもアメリカ人ジャーナリストたちの底力を見るべきだろう)。キム・サンというのはその闘士の偽名(のひとつ)である。
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Posted by easter1916 at 19:21Comments(4)書評

2019年08月19日

美学ノート(デュシャンの『泉』)

佐々木健一氏の『美学への招待』増補版(中公新書)を読んだので、それに触発されてあらためて美学について少し述べてみたい。

何が美学の対象であるかは、ただその語の適用の変遷を追っていくだけでは分からない。今日われわれが「芸術」と認めるものに、古代は一者とのかかわり(プロス・ヘン)を認めていなかったのである。つまり、芸術一般という 等質性を認知していなかったということだ。 

それゆえ、一旦は近代の視点に立った上で、その批評精神を引き受け、それを自分自身にも向けねばならない。美学は、その成立やその対象領域そのものが論争的な、優れて批評的な認識なのである。その意識が希薄だと、無批判的順応主義に陥るか(その場合、世に認められたもの、高い値が付くものが芸術作品だということになる)、流行モードを報告する風俗ジャーナリズムに陥ることになる。いずれにせよ、美学は、当初掲げていた規範的原理を放棄することになる。

近代においてにわかに美学が芸術一般の学的認識として成立したこと、その為に「芸術」を統一的に捉える視点が成立したことを基礎にしてこそ、その前史ならびにその解体としての芸術史が、統一的に捉えられるのである。

そのうえで、近代芸術の野心を、世界をその全体性において縮約するという市場経済に由来する夢として見る必要があろう。今日では、その夢はほぼ断念されているし、それを実現する社会的基盤もかけていることが知られているとはいえ、それでもいったん成立したこの理念に由来する批評精神はなお生きているのである。夢の虚妄を突いたり、欺瞞性を暴露したり…。したがって、芸術のジャンルは解体していくが、批評は、また芸術の批評性は残るだろう。そしてそれは政治性を含むものとなる。いや、もともと芸術は政治闘争の場であり続けているのだ。というのも我々(近代の美学的立場)から見て、ということだが。

我々は、ベンヤミンと同様、芸術を近代の見果てぬ夢の約束として、したがって裏切られ続けながらも、闘争へと再三挑戦させ続ける呼びかけとして、つまり敗北しながらも後継者を待ち続ける、かなえられなかった夢と見なす。

我々がまず芸術作品に読み取るのは、そのはかり知れなさであり、謎である。なぜなら、我々は作品の重要性は直感的に理解できるものの、それが何故重要であるか説明できないからである。もちろん、後から批評家がそれを悟性的に説明してくれることもあり、それに我々が納得することもある。

しかし、その説明は別の作品の説明にも同じように適用できるとは限らないし、その「重要性」の概念をパタン化して習得すれば、それに基づいて同じように重要性を持つ作品を自在に生産できるわけでもない。つまり、それは反復適用可能なパタン認識・技術化可能な知ではないのである。作品の価値を判断する判断力は、感性的なもの(色とか形)にせよ抽象的概念にせよ、適用基準が明確なものではないし、技術的に操作可能なものでもない。

もしわれわれが、たとえば時計のようなものの内部構造をよく調べ、その部分部分がどのように作られ、どのように組み立てられながら、それぞれどのような役割を果たしているかを知り尽くしたなら、それを部品からそっくり作り上げることもできるだろう。このような場合、我々は当面、時計についてはすっかり知るべきものは知り尽くしたと言えるに違いない。(もっとも時計の装飾部分など、時計として持っているのではない部分については、なおまだ知り尽くしてはいない部分が残っているかもしれないが。)

ところがこれに対して、芸術作品は、たとえそれが与える感動が説明されたところで、それで作品について知り尽くされたとは言えない。なぜなら、その概念の適用によって作品が製作されたとは思えないし、他の人には他の理由に基づいて感動を与えるかもしれないからである。いや、同一の人物に対しても、初めと時間を経た後では、別の側面が感動を与えるということもあり得る。

感動という心理的なものを絶対化するのは不都合であるかもしれないが、それなら重要性と言ってもよい。「重要性」も「感動」に劣らず複雑な観念だが、それを分析する余地がある点で、「感動」に訴えるよりはましであろう。たとえば、その事柄がいくつかの、あるいは多くの重要な事柄と密接な連関がある場合、その事柄が重要であると言えるかもしれない。その場合、当の事柄をより広い文脈の中に置くことによって、実り豊かな探求方針が示されるであろう。

とにかく作品の重要性は、一人の関心や一つの側面の指摘だけから示されるわけではなく、多くの人々の議論の的になったり、その作品を理解する多方面性に支えられるから、単一の説明で作品の本質を汲み尽くせないこと自体、作品から直感できるのである。

それゆえ、デュシャンの『泉』とかジョン・ケージの『四分三十三秒』のような作品は、それが芸術史上重要な批評的出来事であるとはいえ、それはほぼ単一の意味しか持たず、そのインパクトがいったん与えられてしまえば、もはやそれ自体によって、以後重要性を失うという意味で、永続した重要性を持ちえないものである。実際、『四分三十三秒』を再演することほど間抜けなことがあろうか?

  
Posted by easter1916 at 00:02Comments(0)哲学ノート

2019年07月29日

背水の陣

山形新聞「ことばの杜」への投稿。
「人事を尽くして天命を待つ。」    胡寅(こいん)『読史管見』

胡寅とは、南宋の儒学者らしい。もとの出典では少し違った表現のようだが、我々はこのような形で教えられてきた。

さて、「人事を尽くした」と言えるのはいつであろうか? あらゆる努力を尽くしたと思っても、まだやり残したことが次々見つかるものだ。しからばまだ天命を待つ段階ではない。しかし、どこまでも努力し続ければ何とかなる、という思い込みは錯覚でしかない。そんな態度で臨む限り、決して天命を聴くことはおろか、人事を尽くすことさえできないだろう。いずれ死によって不本意な終わりを迎えるのがせいぜいのところ。だからこそ、人為的に時間を限って、制約を設ける必要があるのだ。そのときの結果をもって天の声と聴く覚悟を持ってこそ、人事を尽くすことも可能になるというもの。

するとこの格言は、「背水の陣」に似てくる。『史記』によれば、漢の劉邦の将軍韓信は、河を背にして戦って趙軍を打ち破った(井陘(せいけい)の戦い)。「背水の陣」で空間的に自ら退路を断つ代わりに、時間的に退路を断つ。これが「天命を待つ」である。いずれも、自然にはない制約を自ら設けることによって、天祐を呼び込むのである。有限性の自覚こそ肝要なのだ。

だが、今この瞬間に全力を投入することができるとしても、これでは長期にわたる仕事を手掛けることはできない。いつ完成するともわからない仕事に、身をささげることができるためには、有限性の自覚だけでは足りない。何百年もかけてゴシックの教会堂を建造した石工たちは、自らはその完成を見ることなく、またそれをつゆ期待することなく、次世代・次々世代へと仕事を託すことができた。彼らが「人事を尽く」せたのは、逆に永遠なものへの信頼があったためである。未だそこに目に見える形では存在していないものを、ありありと感じ、その中に自分の存在を一片の石材のように埋め込むことができたのであろう。


  
Posted by easter1916 at 02:57Comments(0)日記

2019年07月27日

参議院選挙の総括

すでに多くの人が指摘していることであるが、今度の参議院選挙でのハイライトは山本太郎氏の運動であった。前回は、その異色のタレントぞろいの立候補者に注目したが、山本氏の選挙応援スタイルも異色であった。私が最も注目していた選挙区は宮城選挙区である。ここでは例によってヴェテランの世襲自民党議員に対して、野党として立憲の女性候補者石垣のり子氏が挑戦していたが、石垣氏は、公然と党中央の生ぬるい「消費税凍結」政策を批判していたのである。ここには、見かけ以上に大きな違いが現れている(政策や考え方の違いだけでなく、パースナリティの違いが大きい)。

枝野氏の「立憲」は、当初の期待を大きく裏切りつつあり、やがて跡形もなく消えていくだろう。私は枝野氏が立党したときには、大きな期待を持って見守っていたが、それは彼が小池新党から外されて、危機に陥ったところから、大きく成長することができるかもしれないと期待したためである。しかし、その後の足取りを追うと、この政治家がちっとも成長していないことが見えてくる。この人物は、相変わらず「人体に危険を及ぼす数値ではありません」の枝野であり、しょせん小さな組織をそつなくまとめていくだけの小人物に過ぎないのだ。

そんな枝野的なものに対して、石垣のり子氏は、公然と挑戦していた。山本太郎氏の触媒がなかったら、石垣氏がこれほど大胆な一歩を踏み出せたかどうかわからない。枝野氏の凍結は消費税廃止とは対極的な政策だ。それは依然として緊縮財政主義の路線の延長にある。枝野氏は結局一般の生活より、財務省の役人の中でだけ通用する通念の方を重視し続け、役人の利害を社会の利害と混同するのだ。
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Posted by easter1916 at 23:31Comments(2)時局

2019年07月26日

おとなの難問

野矢茂樹氏の新刊『そっとページをめくる』(岩波書店)が出版の運びとなった。

https://www.iwanami.co.jp/book/b458088.html

主に新聞書評に載せた小文を集めたものであるが、私自身もエセーを寄せている。というのも、この本の一部に、氏の編纂による『子供の難問』(中央公論社)の中の拙文に対する野矢氏の詳しい解説があり、それについて私自身のリプライを求められたことによる。私のほかに、熊野純彦氏の文も取り上げられており、同様にリプライが載っている。

野矢氏の書評は、勘所を得たすばらしいものであり、いつもそのひょうひょうとした文章でも多くの読者をひきつけてきたが、今度の本でもその期待が裏切られることはあるまい。それ以外にも、文学批評など他では見られない珠玉の小品が含まれている。

私自身は、リプライの中で「どうしてきれいな人を好きになるの?」という大人の難問を論じている。ついでにご笑覧いただければありがたい。
  
Posted by easter1916 at 02:51Comments(4)日記

2019年07月14日

山本太郎氏の政治(その後)

先日、品川駅前で行われた山本太郎氏とその仲間たちの選挙演説会に行ってみた。駅の階段に至るまで、聴衆でびっしり詰まった会場の熱気は、とても他の選挙運動の類ではない。何が聴衆をそれほど熱狂させるのだろうか?
  
私は前に、この運動にそれほどの信頼は置いていない、と語った。それでも、一抹の希望を託して少額の寄付をしたと記した。その後、この政治運動を観察して気づいたことを記しておきたい。

まず、長らく待たされたうえで発表された他の候補者の面々、その異色の経歴にも驚かされたが、この間しみじみ感じているのは、候補者一人一人の発言が、まるでバラバラだということである。しかも、一人一人が自分の言葉を持っている。このことは、この社会で生きる者としては、実に例外的なことではなかろうか? 政治においても他の場所でも、クリシェを繰り返すのが一般的だからである。誰かの口真似、借りもののお題目、管理されたお仕着せの表現でないものはほとんどない。

「れいわ新選組」のひとたちは、てんでバラバラに自分が言いたいことを語っている。しかも自分自身の生きた言葉で!コンビニのオーナーとしての怒りをぶつける人がいる。派遣切りにあったシングルマザーがいる。しかしその声はなぜか明るい。ずっと辛酸をなめているのに、彼女はほとんどはしゃいでいるといってもいい。それほど自分自身の心の叫びの言葉を発することができるのが楽しいのであろう。 淡々と静かな口調で自然保護を訴える人がいる。子供を守れとしか言わない大学教授がいる。それは政策であろうか? かと思うと、何やらいかがわしい金融の専門家がいる。ただし彼は、大学教授のように理路整然と金融の錯誤を厳しく指摘している。

常識的に考えて、この人たちの間で意志一致ができているのであろうか?たとえば、山本代表は大胆な投資と強力な消費喚起を唱え、それによる経済成長を目指している。それと、環境を保護し身の丈に合ったつつましい暮らしを説く候補者の間に、対立はないのか? あるいは、特定の福祉政策だけを掲げるシングルイシューの候補者は、その政策と全体とのバランスをどう図るつもりなのか?

突っ込みどころは満載のようにも見えるが、このようなことは、いずれも枝葉末節のことに過ぎないことがわかってくる。この国は、そんな政策論議がもはや無効になるほど、徹底的に破壊されつつあるではないか? 政治の原点がそんなことにないことは、もはや明らかだ。

政策提言で見れば、山本氏の主張は、日本共産党の主張に似ている。私は、共産党の政策も、議会における活躍も高く評価する点で、人後に落ちないと思う。だが、共産党の選挙運動は山本氏の政治運動ほどの熱気が生まれているとは思えない。これはなぜか? 共産党の候補者の発言が、誰を取っても一律のように感じられることも理由の一つかもしれない。

山本氏たちは、それに対して、生活者の怒りの声を掬い取っている。いや、生活者の声を「代弁する」のではない。彼らは誰かをrepresent(代理)するのではない。自分自身をpresent(呈示) しているのだ。自分自身が生活者として登場しているのである。

とりわけ私が評価するのは、消費税を廃止すると言い出したことだ。もちろん共産党も昔から言っていたことではある。しかし、山本氏が本気で言い出して初めて、それが本当に現実的な課題であるということが、浸透したのではないだろうか? 大事なのは、この本気かもしれない。今や、「立憲」や「国民」までが、消費税凍結を言わずにはすまなくなっている。たった一人の国会議員が、政治的議論の地平を一新したのである。なんという力量であろうか!

山本氏は、公務員をもっと増やせと主張している。これには、私自身の盲点を気づかされた。私も気づかないうちに、公共部門の非効率性という神話に惑わされ続けてきたのだ。部門によっては、もちろん市場化によって効率化が実現するセクターも存在するが、それが根本的に適合しない分野、たとえば教育とか医療とか水道事業とか、また部分的にしか適合しない分野、たとえば農業とか都市開発とかが存在することを忘れてはならない。

高度に複雑化する現代社会において、公共的分野は当然拡大する傾向にあるのに、それを削減することばかり考えてきた結果、我が国の教育や福祉の現場は、見るに堪えないほど荒廃し続けているのではないか? この点に共感する人はまだ少数であろうが、これまでの我が国の論壇の盲点を突く議論であることは明らかである。学界がペダンティックなひけらかしに走ったり、流行を追ううちに次第に白痴化していく中にあって、このような言説は、大胆に公論の地平を変えるインパクトを持つものと言えるだろう。

個々の候補者の政策に様々のヴァライエティがあること、異論があることも問題ではない。どれがほんとに正しいのかなど誰にも分らないのだから、初めからきっちり決めておいてもどうなるものでもあるまい。そんなことは、ただのお体裁にすぎないのである。このようなことこそ、松下政経塾以来わが国の政治文化において忘れられていることである。おしなべて政経塾出身者たちは、見掛け倒しの体裁屋にすぎないではないか!野田、前原、松沢、玄葉… (自民党が少ないのは、政経塾が世襲自民党に足場のない立身出世主義者=権力亡者の温床に過ぎないからである)

大局を見なければならないのだ。政治の大局とは、問題設定の地平を支配することである。山本氏の消費税廃止は、それによって大局を動かしつつある。この度の参議院選挙には、ひょっとして間に合わなくても、確実に次の衆議院選挙にはつながるだろう。


ご参考までに、福島における山本候補の演説を紹介しておこう。特にこの後半部分に、山本候補に真剣に反論する紳士が声を上げる部分があるので、それをめぐる火花の散るような討論に注目していただきたい。ここにこそ、生きた言論がある。官僚が準備した原稿を見なければ何もしゃべれない(しかも、しばしばその原稿の漢字を誤読する)連中と、際立った違いがここにある。

https://www.youtube.com/watch?v=cnPy-YfT6DU



  
Posted by easter1916 at 04:52Comments(0)時局

2019年07月02日

新たな中東の危機

トランプ大統領と金正恩委員長の電撃会談は、もちろん我が国にとっても、韓国にとっても、米朝両国にとっても、喜ばしいことには違いない。これを歓迎しないのは安倍政権だけである。この出来事を何とか過小評価しようとしている日本のちょうちん持ちマスコミは、実に涙ぐましい無意味を垂れ流し続けている。

しかし、今注意すべきなのはそのことではない。我々は、これが新たな中東の差し迫った危機につながることを忘れるべきではないのだ。明らかにトランプの取り巻きは、イラン侵攻、または小規模武力行使のチャンスを虎視眈々とうかがっているのであり、たとえトランプ自身が今のところそれに踏み切るのを望まなくても、今後、自身の選挙戦が不利に進行した場合には、トランプ自身も戦争に抵抗し続けることはないだろう。

トランプがその為の布石を打つために、今般の電撃会談を行ったのは明らかであり、トランプの取り巻きが(特にボルトンやクシュナーが)それを容認しているのは、イラン攻撃をすでににらんでいるからであろう。というのは、金正恩との会見だけであれば、全米ではさほどのインパクトを与えることはできず、いつものトランプ流パフォーマンスに過ぎないと受け流されてしまうからである。それゆえ、この出来事だけで、大統領選挙が劇的に有利に展開するということはない。

しかし、イラン戦争となれば、そうはいかない。それは、トランプ陣営を一段と結束させるだろうが、それだけではない。民主党は、それに対抗することができるだろうか? もちろんユダヤ系マスコミやハリウッドが有効な抵抗をすることはない。ただでさえ、戦争となると一致して大統領を支持する傾向のある議会や有権者が、そのような無法な戦争に抵抗するのも難しいだろう。ニューヨークやカリフォルニアでは、激しい反戦運動が巻き起こるが、それでも戦争は起こるだろう。湾岸戦争イラク戦争において、百万人のデモが起こっても戦争自体を阻止することができなかったことを思い起こすべきである。

トランプを取り巻く妄想的極右勢力(これはもちろんトランプと同じイデオロギーではない)は、限定的武力行使にとどめることをもくろんでいて、それを大統領にも具申するであろうが、そんな夢想通りに事が進むはずはない。イラク戦争やトンキン湾事件の例を見ても、いったん始まった戦争は予見不可能な進行をするものである。場合によっては、核使用に訴えることも十分あり得ることを忘れるべきではない。戦況が不利になった場合、この政権に最小限の自制心を期待できないからである。
  
Posted by easter1916 at 13:49Comments(0)時局

2019年06月13日

山形新聞への投稿――マルク・ブロック

「私はフランスに生まれ、フランス文化の泉から多くを享受した。フランスの過去を自分の過去とし、フランスの空の下でなければ安らげない。だから今度は私がフランスを守る番だと、最善を尽くしたのだ。」   (マルク・ブロック『奇妙な敗北』)

ヨーロッパ中世史の碩学にして、アナール学派の総帥としてヨーロッパ中に高名を馳せたマルク・ブロックは、二度の大戦をフランス軍将兵として戦った。そして、自らの経験をもとに、その敗因を、歴史家的分析によって容赦なく暴き出した。それを記したのが『奇妙な敗北』である。そこには軍隊組織のみならず、フランスの社会と文化にまでわたって根を張った脆弱性や敗北の背景が、徹底的に掘り下げられている。愛国者なればこそ、その欠陥を見過ごせなかったのである。

その後、ヴィシー政権が易々とヒトラーの軍門に下り、祖国の自由を敵に売りわたしたのに抗して、ブロックはあえてナチズムとヴィシー政権と闘うレジスタンスの隊列に加わった。彼は、持ち前の気品と優雅さを少しも失わずに、レジスタンスの中に厳格な規律と軍隊的組織性を浸透させて、マキ(レジスタンス軍事組織)の中心人物の一人として活躍したのである。時代が雪崩を打って狂気へと流れていった中にあって、学問の真実と祖国の自由のために献身したこの老教授は、ついに1944年6月ファシストどもの手に落ちて、26人のレジスタンス戦士とともに銃殺された。最後の瞬間まで仲間たちを励まし続けていたと言われる。

「なぜならブロックがどのように死んだのか、今では知られているからだ。彼の傍らで16歳の少年が震えていた。「痛いだろうな」。マルク・ブロックは優しく少年の腕を取って、ひとこと言った。「とんでもない、痛くなんかないよ」。そして「フランス万歳!」と叫びながら、最初に倒れた」(同 序文より)。
  
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2019年06月08日

ミキ・デザキ監督『主戦場』

渋谷で『主戦場』を見てきた。

http://www.shusenjo.jp/

この映画は、いわゆる「従軍慰安婦」をめぐる論争を、その主要な当事者にインタヴューしながら、ていねいにたどっていくドキュメントである。あくまでも言論とそのアリーナを信じる点で、いかにもアメリカらしいということができる。

我が国の監督だったら、このような問題では、対立する両陣営があまりにもかけ離れているから、水掛け論になるのは見えているとばかり、早々と「議論」は諦めてしまうだろう。かくて初めからどちらかの陣営のプロパガンダとなり、その結論を説得しようとして、過剰な感情に訴えることになる。そのような態度が初めから顕わだと、対立する陣営は警戒して、率直なインタヴューなどには応じないのが普通だ。ところが、ミキ・デザキ監督は我々から見るとどこまでもタフで、平気で中心部に切り込む。たやすくシニシズムに流れる我が国の政治風土とは、まったく違う土壌にできた作物のように見える。

もっともこの監督の成功は、彼がアメリカ市民であるという点が有利に働いているに違いない。我が国の右翼は、アメリカの腰巾着のような立場を無意識に取るのに慣れていて、幇間根性が習い性となっているため、自分がアメリカの代弁者である以上、アメリカ様のご意向をいつも反映していると思い込み、どんな人でも英語を流ちょうに話すだけで自分の仲間であると信頼する傾向があるようである。だから。ミキ・デザキ監督が現れたとき、無条件で自分の仲間だと思い込み、仲間内でならいつも通用していた放言を無警戒に連発したのであろう。

自民党では、仲間内だと思って不用意な失言をすることが相次いでいるが、彼らのメンタリティが、小ボスたちのお座敷で受けを狙った一発芸で笑いを取る、といった程度のものであることを、雄弁に示している。ちやほやしてくれる取り巻きをはべらせたお大尽が、酔った勢いでつい気を許して大ぼらを吹くと言ったところなのである。それが生粋のアメリカ市民を相手に通じるはずもない。恥をさらしてしまうのも当然なのである。

果たせるかな、彼らの幼稚さが浮き彫りになる。いっぱしの歴史家を自称する者が、「他人の書くものは読まない」とのたまうし、「国家は一度でも謝罪したら終わりだ」などと放言する。奴隷貿易を謝罪した英国や、日系人の強制収容を謝罪したアメリカは、終わったのだろうか?と突っ込んでも始まらない。彼らはただへべれけ共同体でくだを巻いているにすぎないからである。要するに仲間内で、とりわけ目下の者を相手に、無責任な放言をものするが、かくて肥大化した彼らのナルシシズムが、他者の視線を無視する極端に閉鎖的世界を作り上げるのだ。

この映画は、論争を忠実に追っていくが、その決着よりも興味が惹かれるのは、取材された者が醸し出す雰囲気であり、幼稚さであり、傲慢さである。それは映像のみが雄弁に語るものだ。気色の悪いニヤニヤ笑いや、人を小ばかにする不謹慎な発言や、甘やかされた育ちの悪い子どもに特有の目に余る無作法が、至る所で横溢しているのである。我が国における「エリート」なるものがいかに矮小であるかが、いやというほど示されていて、あらためて同胞として恥ずかしいと思う。

誰かがパンフレットに記していたように、このように論争をあくまでもフェアに扱うと、相手を過大に評価することになる、というのはあたっているが、それでも素朴なまでに議論を公平に追うという態度のみが、期せずしてかかる腐敗臭を映像に記録することができたのである。その意味で、映像作品として成功している。

とはいえ、このような作品を創ることができたのは、アメリカ社会の伝統なのであり、残念ながら我々の社会の伝統ではないことを十分にわきまえるべきであろう。作品パンフレットに書かれてあるように、南京大虐殺の当事者として、「野田少尉は、最終的には374人の中国兵を斬り殺したと地方紙(鹿児島新聞と鹿児島朝日新聞)で語り、講演会などでも同様の発言をしている。また向井少尉については、ついに305人斬りを達成して500人斬りを目指しているとの記事が、東京日日新聞1939年5月19日版に掲載されている。武器が日本刀であることを考えれば、殺された人の多くは兵士ではなく市民と考えるべきだろう」(あるいは、捕虜である可能性もある。いずれにせよ完全に違法である。)

これら新聞の記事は、つい先ほどまで、これらの蛮行を嬉々として日本国民が受け入れていたことを示している。「中国人や韓国人は、嘘をつくよりも嘘をつかれる方が悪いと教えられているのだ」などという根拠もない民族差別に染まっているこんな連中であれば、やはり今でも実際にやりかねないのではないか。当時のことを何も反省しないのだから、いざとなれば同じことをしかねないのである。

わが民族は、いつになったら立ち直ることができるのであろうか?
  
Posted by easter1916 at 03:24Comments(0)日記