2017年08月23日

ステッキ

ついにステッキを買ってみた。紫檀だか黒檀だかの高級品である。少なくともそう見える。以前に傷めたことがある足腰が、増えた体重のせいもあって、痛み出したからである。もっとも、以前から一度やってみたいとは思っていた。かつてお世話になった方で映画プロダクションをやっていた人のステッキ姿が素敵で、密かにあこがれていた。「ステッキかっこいいですね」と言ったら、「私は足が悪いから」と言われた。あまりに様になっていたので、おみ足が悪いのに気づかなかったのである。

私の場合、どうもそうはいかないようだ。まだ使い慣れてないせいかもしれない。ショウウィンドウに写す姿を見ると、どう見ても老け込んでいる。少し研究して分かったことだが、杖に体重をかけ過ぎてはいけない。そうすると、ステッキが震える。これが、いかにも年寄りくさく見えるのである。

これではとても、アルセーヌ・ルパンとかモンテスキュー伯爵(プルーストのシャルリュス男爵のモデルとなった人物。フリック・コレクションにその肖像画がある)のような見栄えにはならない。スッとした印象がなくては、杖は老け込ませるだけだ。だいたい、スッとした印象を与えるには、かなり痩せていなくてはならない。肥っていたら、ドーミエのブルジョワみたいになってしまう。

ステッキを突きながら、自転車に乗るときには、一苦労する。手はふつう二本しかないので、荷物と杖を持ちながら自転車をコントロールするのは難しい。どの手に何を持ち替えようと、それで手が増えるわけではないから、どうしても駐輪場などではモタモタしてしまう。しかしそれでも、人は待ってくれる。杖を突く障碍者を焦らしてはいけない。そんな心遣いを引き出すのだ。

ところが、これがまた厄介なところだ。私は、元来がせっかちなたちなので、電車が発車しそうになっていると、どうしても飛び乗らずにはいられないし、閉まりそうな扉を見れば突進せずにはいられない。こんなとき、ステッキをどう使うべきか?

ちょこまかと杖を刻みながらドアに突進するのは、いかにもカッコがつかない。かといって、小脇に抱えて走り出すのでは、何かそれまで身分を詐称してきたみたいで具合が悪い。

だいたい杖を突く障碍者は、エスカレターではどうするのが正解なのであろうか? まあ、左に詰めて静かに乗っていれば無難ではある。しかし、エスカレターでも、登山者のように右をすり抜けていく習慣があるせっかち者はどうしたらいいか? 杖を突きながら右側を登るのは、相当に怪しい姿である。実際、右側をすり抜けるには、ステッキはかなり邪魔になるし、そもそも手すりを摑むことができないのだ。

もう一つ厄介なのは、スポーツ・ジムへ行くとき。「なにも、そう無理をしなくても…」と周囲でささやかれている気がする。そんなわけで、ジムへ行くときには、ステッキもつかず颯爽と歩いていくことにしている。いくらかびっこを引きながらではあるが。
  
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2017年08月16日

レヴィナス再論

レヴィナスは形而上学の中に宗教的洞察を大胆に取り入れ、従来の倫理学にない論点を導入して、倫理的考察を一新した。

従来倫理学は、形而上学の中に組み入れられ、人間存在の特殊な問題領域にかかわるものと見なされ、とりわけ、人間の理性的判断に基づく考察とされたため、人間実践における普遍妥当的な価値判断やその基準を与えることに重点が置かれていた。

たとえば、カント流の義務倫理では、自己の行動規範が普遍的道徳律と合致する限りにおいて正当とされたが、他方、功利主義では、「最大多数の最大幸福」に寄与する限りでの行動が普遍的に正当と見なされた。いずれにおいても、万人に普遍妥当な説得力を持つべきであり、今ここを超えて妥当するものであるべきであった。

そうであれば、「一般に〜を為すべきである」と言えたとしても、何ゆえ私がそれをせねばならないのかを教えるものではない。

また、しばしば多様な価値と複雑な状況においてなすべき行動を計算するには、慎重さと時間が必要であるとすれば、熟慮を切り上げて不確実な決断に踏み切ることがいかにして正当化されようか?

これらの問題は、従来の倫理学では無視されがちだったと言えよう。

レヴィナスは、これに対し、主体の存在を倫理学的決断の前に前提せず、むしろその結果と見なすことで、独自の主体存在論を展開する。

何より、隣人の急迫の呼びかけが先に存在する。アウシュヴィッツに引き立てられる隣人、亡命を企てて目の前の沈みかけたボートで叫び声をあげる難民が迫っている。そのような隣人たちの顔という形をとって、神が主体に呼び掛けるのだ。

主体は未だ存在しない。泥の中に眠りこけ、まどろみ続けているのである。しかし、死体となったラザロにイエスが呼びかけたように、この神の呼びかけに応えて死からよみがえったラザロのように、主体はむっくり起き上がる。

この呼びかけを聴いてしまったとき、主体は初めて死からよみがえるのである。難民の声を誰もが聴くわけではない。しかし、それを聴いてしまったのに気づくとき、主体は既に存在へと起ち上がってしまっている。主体はコギトとして存在するよりも、窮迫の声を聴いてしまったものとして存在し始めるのである。

これこそが、神が我々に存在を贈る瞬間だ。神は抽象的に「光あれ」などと語るのではない。個々人の急迫の声として、我々に襲い掛かるのだ。それを聴いた私は、すでに存在へと目覚めてしまっている。その声を聴いてしまっている。再び眠りに落ちることはできない。いや、すでに歩み始めた時にこそ、初めて私が隣人の声、神の声を聴いてしまったことに気づくのである。その声が決断を促したのではない。すでに決断した者だけが、その声を聴くのだ。

こうして、かつての倫理学の難問は一挙に解決されている。何故、私がそれをせねばならないのか? それを聴いてしまったのが、他ならぬ私だからである。何故、私がそれを聴いてしまったのか? たまたま私が隣人だったからであり、聴くことで隣人になったからである。何故、それをせねばならないのか? その声が、一刻を争う急迫として、私を存在へと呼び出したからである。何故、私にはそれ以外の道がないのか? 私の存在は、その呼び出しに答えることによって、初めて存在し始めたからである。

この倫理学を、精神分析的知見によって支えることも可能であろうし、また必要でもある。さもなければ、神の呼び出しによって初めて存在し始める主体という観念は、単に大げさな比喩にとどまるだろう。

精神分析によれば、我々が言語(象徴界)に参入するさい、あらかじめ大人たちが用意したセリフをしゃべる言語主体へと、飛躍せねばならない。それは母−子一体関係にある鏡像的自我に自足することを放棄し、自足的ナルシシズム的存在を断念することを含んでいる。

これ以後、決して十分には満たされることなき(象徴的)欲望に駆り立てられ、言わば言語という仮初の姿をまとって生きてゆかねばならない。これがまさに、言語によって呼びかけられ、言語主体へと生成する瞬間ということができよう。そのような脱自的実存として、主体は呼びかけを聴いてしまった存在、二度と戻れぬ路へと出で立った存在として、自らを自覚することになる。

しかし重要なことは、幼少期に起こるかかる象徴界への参入(失楽園)が、思春期以後にもう一度、いや何度でも相似形で繰り返されることである。宗教的決断もその一つ。レヴィナスの倫理が、宗教的決断の相を帯びているのもそのためである。宗教またはイデオロギー的呼びかけが、主体に呼び掛けていることに気づく。

アメリカで志願兵を募集するための有名なポスターがある。アンクル・サムと呼ばれるシルクハットの白人男が、こちらを指さしながら呼び掛ける図だ。このような形でイデオロギーは、主体を名指して呼び掛ける。それは、イデオロギーの中に主体の位置を用意し、そこへと招き入れるためである。

子どもは両親の言語テクストの中に、自分が演じるべく用意されたセリフがあることに気づき、それに成りすます形で主体化するが、イデオロギーも同様に、そのテクスト(経典)の中に、主体が演ずべき配役を用意しているのだ。

レヴィナスの倫理の特徴は、この名ざしが隣人からの急迫という形を取るところだ。

ハイデガーの読者は、決断へと急き立てられるけれども、何を決断すればよいのかわからない。ただ死を覚悟せよ、と言われるだけだ。何のために死を冒す必要があるのかわからない。

それに対して、レヴィナスの隣人の呼び掛けは、そのつど具体的であるように見える。存在とか良心の呼び掛けといった顔のない呼びかけではなく、具体的な隣人の顔で神が呼びかけるからである。

しかし、レヴィナスによって強調される待ったなしの急迫は、人に考える猶予を与えない。

その呼びかけの意味を取り違えることはないのか? 熟慮する必要はないのか? もちろん、熟慮しても間違えることはあり得る。

しかし、熟慮するだけでなく、熟議する必要はないのか? 他者の呼び掛けに対して、孤独に決断することのみが本来的なのか?

熟議したなら、必ずや意見の対立が生じるだろう。議論はしばしば紛糾してまとまらないかもしれない。それでも決断はせねばならない。

しかし重要なことは、異論を記録しておくことであろう。裁きは決着をつけるためにあるよりも、むしろ、決着がつかない事柄を蒸し返すためにある。裁きの誤りを記録するためにある。歴史をやり直すため、敗者をよみがえらせるために、記録は存在する。

レヴィナスは、 急迫の決断を、さながら最後の審判のように見ている。あるいは、直接最後の審判の法廷に登録されたものであるかのように。しかし、最後の審判の前にも、まだ我々にやるべきことはあるのだ。

結局、レヴィナスの倫理の欠陥は、体系的意味論の欠如、それゆえ弁証法の欠如であり、倫理(他者の呼び掛け)を一義的な結論的意味しか持たないものと見なし、したがって自由の余地、創造の余地を与えず、倫理を一つの道徳的恫喝にしてしまう点にある。「アウシュヴィッツ!」と叫べば、それだけで人々を平伏させることができるかのように。それは所詮ルサンチマン道徳の域を出まい。

しかし、どんな隣人の問いかけにも、ただ一つの正しい答えしかないわけではないのである。それが見つかるかもしれないし、複数見つかるかもしれない。またどの答えがより良いかについても、観点により議論が分かれることがある。

問題解決を、いまだ到来しない自由へと開かなければ、道学者的恫喝とルサンチマン道徳は避けがたいのである。
  
Posted by easter1916 at 00:40Comments(0)哲学ノート

2017年08月15日

右派の方への返答

最近、拙論「井上達夫氏の新著と憲法論」2,015 7・7に対して批判をいただいた。
http://eumajapan.blog.fc2.com/blog-entry-150.html

ありがたいことである。これに似た立場の方がほかにも多数いると思うので、いくつかの論点について応答してみよう。

もとより、政治的判断については非常に複雑な多数の要素を考慮したり、前提にせざるを得ないため、数学のような確実性は期し難く、また私自身も経験による免れがたいバイアスもあるだろうため、容易に相手を説得できるとも思わないが、自他ともに対して、ある程度の議論の整理や明晰化には資するかもしれないので、以下ざっくばらんに、またラプソディックに論じてみることにする。
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Posted by easter1916 at 19:50Comments(3)時局

2017年07月24日

アリストテレス『デ・アニマ』の解釈

拙著『古代ギリシアの精神』p−183〜188におけるテクスト解釈について、もう少しわかりやすく説明できるかもしれないので、以下少々詳しく論じてみよう。
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Posted by easter1916 at 05:10Comments(0)哲学ノート

2017年07月12日

アステイオン

先日堂島サロンでした講演が、有能な奈倉有里さんの手で要約されて、アステイオンに載っている。
http://www.suntory.co.jp/sfnd/asteion/essay/index.html?_ga=2.61694447.27440846.1499798261-1711785057.1499798261
例によって、私の実際の話より、よほど要領よくまとまりのいいものに仕上がっている。思わず、こんないいことを私が言ったのか、と錯覚してしまうほどである。
  
Posted by easter1916 at 03:50Comments(4)日記

2017年07月10日

デカルト・ノート

カルチャーセンターでデカルトについて講義することになり、デカルト的懐疑について再考してみた。
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Posted by easter1916 at 18:52Comments(7)哲学ノート

2017年06月21日

パレーシア

街に出ると、至る所でゴキブリのやうな連中が聞くに堪へぬやうなことをわめいてゐたので、そんな連中にあふごとに「××党の大嘘つき!」と叫んでやった。いちゃもんをつけようとにらみつけるガラの悪いやつもゐるが、それでも「うそつき、うそつき!」と連呼してやると、さすがに付きまとってはこない。

私のやうに一人ぽっちのパレーシアを発揮する人々が千人もゐれば、千人の街頭デモをするよりもずっと効果的だらう。今こそ、天誅のチャンスである。


国会では、国民の代表の発言に対して閣僚席から平気でヤジを投げつけながら、警察権力(「防衛省、自衛隊、防衛相としても」?)をちらつかせて、公道での市民の発言を公然と抑圧しようとする政治家! お前はいったい何様だ?! Wir sind das Volk.

パレーシア(権力者に向かってあけすけに言葉を投げつけること)こそは、ギリシア以来、民主主義の基礎の基礎である。(ちなみに、ソクラテスの一連の活動はパレーシアではないので念のため)

パレーシアを「真理を語ること」と翻訳するのは適切とは言えない。真実を暴露する言葉という点が重要なのであり、「アベやめろ」の秋葉原での大合唱は、「真理を語ること」ではなかったが、アベの体質を公然のもとに引きずり出し、真理を暴露したという点では、まさしくパレーシアの典型であったと言えるのである。同様に、『坊っちゃん』の鉄拳制裁は、赤シャツの真理を暴露したという点でパレーシアであった。
  
Posted by easter1916 at 04:38Comments(0)日記

2017年06月07日

文脈

堂島サロンというところで話をする機会があった。そこでは、大学の役割ということで話することが求められたのであるが、私の論旨は、大学の文学部(人文学部)ないしは教養学部に期待されているものは、情報や理論と区別されて、「文脈」の教養といえるものではないか、ということであった。12世紀のヨーロッパの発生の時から、大学は文脈というものを教え続けてきたのではないか?

そのさい取り上げたエピソードの一つについてやや詳しく論じてみよう。それは、ディオゲネスをめぐる有名なエピソードである。

アレクサンダー大王は有名な哲学者がいると聞いてディオゲネスのもとにやってきた。ディオゲネスは、例のごとく樽の中に住みながら日向ぼっこをしていたとされている。

大王は彼に、何か欲しいものはないか?と訊いて、鷹揚なところを見せようとした。アテナイを占領してみても、その精神までは征服できていないと感じていたからである。

他方、ディオゲネスにとって、それに答えるのは難しかった。

大王に向かって何か欲しいものをねだるなど、もっての外であったろう。それによって身も心も大王に屈することになるからである。

かと言って、征服者に対する反抗の困難ということはさておくとしても、「何も欲しくない」といった類の答えは、すでに大王の質問の文脈に規定されており、「強がり」にすぎないもの、本当は、例えばアテナイの独立を望んでいるのに、そのことを口に出せない臆病者、という意味を帯びてしまうだろう。

大王の質問は、たとえ無邪気なものに見えたとしても、権力を手にした者が、会話の文脈をまず支配し得るということを心得た、いかにも支配者然としたものであった。それをそのまま理解したとしたら、それに抵抗することは難しい。それが文脈を支配するということである。

ディオゲネスは、「そこをどいてほしい、日陰になっているから」とだけ答えた。

ひょっとしたら、この答えの中に、マケドニアの軍隊のアテナイからの退去の要求を忍び込ませようとしたのであろうか?

ディオゲネスは、そんな要求が決して大王から受け入れられないことは知っていた。そんな要求は軍人の仕事であり、すでにその決着は戦場でついていたはずである。だからこそ大王は、鷹揚な態度を見せつけることができたのである。

ディオゲネスは、そのことを十分に意識していたであろう。そのうえで、王の質問の意味を自分なりの文脈で理解するふりをして見せることによって、自由な精神を示したのである。これは、一応は相手の発言を文字通りに受け取ったうえで、その意味と狙いを覆してみせるという点で、ソクラテスの場合と同様、イロニカルなものであった。大王の真意を知らないふり(すっとぼけ=エイロネイア)をすることで、文脈の付け替えを行ったのだ。

もし「そこをどいてくれ」という要求が、アテナイからのマケドニア軍の撤去を比喩的に意味していたのだとしたら、大王の方が、それをすっとぼけて別の文脈で(文字通りの意味で)理解したふりをすることによって、ディオゲネスの命を救ってやったことになる。

いずれにせよ、このときディオゲネスは、もちろん周りを取り囲む大勢の人々の注視を、意識していたであろう。公衆の面前で、文脈を取り換える戦略が発揮する政治的意味は、彼にとっては明白であった。

そこに、軍事的に追い詰められたアテナイの自由の最後の残光が賭けられていたからである。

はたせるかな、やがてアテナイが滅び、アレクサンドロスの大帝国が夢の彼方に消え去っても、かの出来事はそのときそれを注視していたマケドニアの将兵たちや多くのアテナイ市民の伝承を通じて、アネクドートとして後世まで語り継がれ、我々にまで及んでいる。文脈の教養が自由の条件であることを確かに示しながら。
  
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2017年05月16日

山形新聞「ことばの杜」−永瀬清子―

山形新聞5月13日への投稿――

「誰にも言わんでお前ひとりでやれ、「思う者」だけでやるんだ。」(永瀬清子『短章集続』)

永瀬氏が、人々を語らって、明治の婦人解放の先駆者、福田英子の碑を建てようとした時のこと。例によって議論百出して路線対立が生じ、運動が行き詰まる。そんなとき、自由民権運動の生き残りの古老が口にした言葉がこれである。

事を起こそうとするとき、広く衆の力を結集することが必要だ。そこで「統一と団結」といった決まり文句が、耳にタコができるまでに強調される。しかしそればかりに気を取られると、結集した力を維持したり、拡大したり、はたまたそれを横領したりしようとする政治的思惑ばかりが先行して、結局、何のための結集だかわからなくなってしまう。それでは本末転倒だ。原点はたった一人の志。そんな志に志が共鳴するのでなければ、本当の力にはならない。

永瀬氏(1906〜1995)は岡山生まれの農民詩人である。かつて先祖の村は、日蓮宗不受不施派という禁教とされていた宗派の上人(しょうにん)をかくまっていた。永瀬氏の家にも、そうした僧をかくまうための窓のない部屋が残っていたそうだ。僧が幕府に捕えられるや、村の信徒は田植も放り出して役所に嘆願して、岡山までの四十キロを付き従った六人は共に処刑されたという。詩人の中にも、かかる過酷な歴史を生き抜いた村人の精神が流れているのだ。「戦後農婦になってからの私は、田植の最中ということがいかにのっぴきならぬ意味を持っているかを知った」と永瀬氏はさりげなく記している。

その永瀬氏は、沖縄から始まって全国を歩く原水爆禁止運動の大行進が村を通ったとき、同じように稲の束を放り出してついて行ったという。「原水爆の灰が降ってくるなら百姓がつくる米は全て犯される。そして子供たちもすべて犯される。…いまここでやめさせなければ地球はだめになるのだと叫びたかった。」実際、その後同じようなことが原発事故で起こってしまった。

問題は声の多数でも、衆の勢いでもなく、純粋な志の高さなのだ。その志だけを頼りに、一人で歩み出さねばならない。

  
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2017年05月14日

スタヴラカキス『ラカニアン・レフト』

スタヴラカキスはラカンの精神分析学を政治理論に適用して、新たなラディカル・デモクラシーの戦略を提案しようとしている。ここでは魅力あふれる『ラカニアン・レフト』の全体を論じることはできないが、そこで紹介されているアラン・バディウの主張が、以前からの私の立場と重なるところが多いので、それを中心に検討してみたい。
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Posted by easter1916 at 03:17Comments(0)書評