2017年03月24日

カルテット

いよいよ至福の『カルテット』の時間が終わってしまった。これを提供してくれた演技者をはじめとするすべての人に感謝申し上げたい。この低視聴率ドラマを打ち切らなかったTBS関係者には、いずれ必ずや神の祝福があるであろう!

このドラマがおよそ反時代的な挑戦であったことは、特に注意されるべきである。テレビの視聴率をはじめあらゆる常識に反して、我々の「期待」を裏切り続けてきたのである。

大賀ホールに集まった聴衆は、第一曲が終わるとすぐぞろぞろ帰宅を始める。その後も退出する者が後を絶たない。視聴率が低迷を続けても、誰か聴く者に届けさえすれば意に介さないと言わんばかりのふてぶてしい態度には、思わず喝采を叫んでしまった。そうだ、空き缶を放り投げる連中は放り投げるがいい!いつも少数者だけが、ほんのちょっとした符丁で理解し合うのだ。

我々は初め、スズメか真紀かどちらかが悪いのではないかと疑う。しかしそんな期待が裏切られ、むしろ姑の猜疑心こそが悪の根源かもしれないと関心を移動する。やがてそんな通俗的な悪役が存在しないことに気づく。

しかし、アリスという悪役がいる。視聴者は、この「悪女」に対する制裁を密かに期待している。普通のドラマなら、当然アリスはひどいしっぺ返しを受けるはずだ。

しかし、それらのすべてを裏切って、大賀ホールにさっそうと現れるアリスは、イケメン金持ち外人にエスコートされている! そしてのたまうのだ「人生ちょろかった!」

完璧と言うしかない!この至福!この幸福感!それは演劇の祝祭である。ここではアリスは、普段と違って、眼も笑っていた。そうだ、君には笑う資格がある!

しかし、それにしても巻夫婦の夫婦愛はどうなるのか? どちらにもそれぞれの立場があり、それぞれの思いやりがあるのだから、普通のドラマの常識なら、当然和解が来なければならないところだ。しかし彼らはお互いに深く理解し合ったまま、さっぱりと別れてゆく。私はブラウン管に向かって、思わず「よし!異議なし!」と叫んでいた。

夫婦が分かれたのなら、次の関心は恋愛の行方だ。この四人のうちだれか二人だけでも、結婚にこぎつけるのだろうか? もしそうだとすれば、一番有望なのは真紀と司だろう。当然視聴者の関心はそこに注がれる。

しかし我々よりそれに注意している者がいる。それはスズメちゃんだ。それは彼女こそ報われない一途さで、この二人を深く愛しているからである。この無償の愛は画面を一段と美しく彩っている。満島ひかりが演じるスズメが美しいのではない。その愛が無上に美しいのだ。これに心打たれないやつは、悪魔に食われて死ぬがいい。

彼女だけが、シューベルトの『死と乙女』(わざわざ鉛筆で日本語の表題が記入された楽譜)の秘密を探り当てる。真紀がその曲を選んだのは、「あふれ出たから」である。これは既にそれ以前の回で「あふれ出たものは真実」と言われていたのを下敷きにしている。つまり、「死と乙女」には「司と(早)乙女」が隠されていた。真紀は、自分への司の片思いに、自分から司へのあふれる愛によって答えているのである。

しかし、重要なのはそのことではない それを「誰にも言わないで」と秘すことによって、彼女は司との愛よりも、ずっと重大なものとして四人の友情を選択しているということである。

真紀にはわかっているのだ。もし司との愛を受け入れたとして、カルテットの他のメンバーの祝福を受けながら結婚したところで、そこに広がるのは、たかだか元の夫との間にあったようなすれ違いの人生であり、そのためにカルテットのユトピアを犠牲にする価値はないということを。

かくて、この作品は、我々の関心を引き付けるすべてが、結局虚妄の幻影にすぎないことを次々に暴露した挙句、カルテットの中にこそ、あるいはドーナツという不思議な欠陥存在の中にこそ、およそ社会的にも経済的にも、芸術的にも無意味な煙の如き希望が存するということを暗示するのである。司は、愛する人とは永遠に結ばれず、愛していない人と彼女が結婚する前日に酔った勢いでセックスしている。それは当然かなりみじめな索漠としたリアリティで描かれるが、司が彼女の結婚式のカルテットで奏でる祈りは真実である。

たった一つ難癖をつけるとすれば、『死と乙女』の第一楽章ではなく第二楽章を使ってほしかった! もともとこの第二楽章の主題が『死と乙女』からの借用であるし、次々に主題を各パートごとに変奏する変奏曲という形式こそ、このドラマにふさわしかったはずだからである。
  
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2017年03月22日

運命愛

「ことばの杜」2017・3・18

運命愛        (ニーチェ『悦ばしき知恵』第276章より)

初めて哲学書に出会ったのは中学の頃、プラトンの『饗宴』であった。「恋について」と副題が付された対話編である。その頃、私はある少女を恋していた。ひょっとしたら、私を知らず知らずのうちにプラトンに導いたのは、この恋だったのかもしれない。さもなければ、プラトンは私に何の感銘も与えずに素通りして行っただろう。

本を手に取るにもきっかけが要るが、本と真に出会うためには、すでに我々の中に何かが準備されていなければならない。ときには人に導かれて本に出会い、また時には本に導かれて人に出会う。そして人も本も、それぞれがまた新たな世界への入り口のようなものだ。

初めは一直線に見えていた我々の道も、やがては度重なるつまずきや蹉跌によってぼやけてゆき、ついには深い森の中に途絶えてしまう。しかしそんなとき、思いがけず開ける秘密の杣道(そまみち)や隠れた岐路というものがあるものだ。それまでそれが見えなかったのは、将来の「成功」に目が眩んで、先ばかり見ていたからにすぎない。それゆえ、失敗にも成功に劣らない功徳がある。

このようなことを仏教では「縁」と言うらしい。今の自分へと導いていたことが、後々になって知られることになるこのような縁を、失敗や蹉跌をも含めて、そのあらゆる細部にわたって大切にしなければならない。我々を導いたそれらこそが、現在の我々自身の支えだからである。それをニーチェは「運命愛」と呼んだ。運命愛によって自己の存在の意味をかみしめ、そこから開かれる世界に目覚める。たとえ「正しいこと」ばかりであっても、それをすることで自分を失うようでは、それは空っぽの人生と言うしかあるまい。自分の存在に目覚めることこそ、自由に目覚めるということだ。

私をその人に導いた縁があり、その人が縁となって開ける世界がある。人も書物も、またあらゆる出来事も、単独で存立しているのではなく、無数の縁によって結ばれている。それら全てを慈しみ愛することがその人を愛することであるなら、運命愛こそ愛そのものである。
  
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2017年03月19日

教育勅語

教育勅語を信奉する政治家の問題が、変な形で脚光を浴びている。

ここで、その名を口にするだにおぞましいこの政治家の名をあげることは避けるが、それを追及する野党政治家も、教育勅語の問題を十分に把握できていない節があるので、今更とはいえ、この問題に少し触れておく。

愚かな政治家が、「朋友相信じ」とか「夫婦相和し」といった箇所は今もなお普遍的な価値理念を説いていると言うのに対し、野党は「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」の箇所が軍国主義につながったことだけが問題であるかのように立論する。

このような主張では、教育勅語のイデオロギー攻勢に十分に対決することはおぼつかない。この勅語制定の時から、できるだけ具体的な内容を組み込まず、誰でも、どんな宗旨の人にもさほど抵抗なく受け入れられるものにすること、言わばできるだけ内容空疎にすることは、注意深く意図されたことであったからである。

それはもともと道徳理念を説くためのものではなかった。

もし道徳理念を説こうとしても、それを「説く」ことによって教育することが可能であるかどうかは大いに疑問であろう。すでに定着している道徳理念であるなら、改めてそれを説教する必要はあるまいし、また定着していない「道徳理念」であれば、それは道徳理念でさえないだろう。

また道徳判断において議論の余地が生じる問題であれば、さまざまの観点から議論してみることこそが必要な道徳教育となろう。その際、とりあえず自明のものとして共有されことが期待されるものがさまざまの「道徳理念」である。道徳教育が有り得るとすれば、「道徳理念」を植え付けることにではなく、道徳判断についての議論の仕方を身に付ける点にあるのである。

教育勅語の真の狙いは、このような議論を封鎖する点にこそあった。道徳的問題の一切が、お上から、上役から、上司から一方的に決定される、そうしなければならない。下からの疑問呈示は、一切封殺されねばならない。このような考えを、勅語という形式は示すものであった。

教育勅語は、その実際の運用形態を、総体として問題しなければならない。御真影とその宗教的遥拝という仰々しい儀式化によって、教育を政治的支配の道具として権威主義化したのである。この際、支配がとりわけ精神的支配、精神的去勢化を伴っていたことが強調されるべきである。

井上毅が教育勅語と師範学校制度を確立することを通じて、児童と帝国臣民から精神の自律性を徹底的に奪うにあたっては、それなりに深い考慮があったことが知られている(この点については、伊藤弥彦『維新と人心』参照)。

彼は、明治14年(1881)の政変を、10年後の憲法制定の約束と、北海道の国有地払い下げの撤回によって何んとか乗り切ったのち、人心の不安定性を何らかの宗教的権威によって収攬することを真剣に考えた。ヨーロッパの事情に詳しかった彼は、長期的な政治的安定のために、キリスト教に代わる精神的支柱が必要と考えていたのである。

ここから、儒教的価値の復古と並んで、勅語とそれをめぐる儀式を、人工的な一種の疑似宗教性として制度化しようと試みたのである。その際、いずれの宗派にも受け入れやすいように、勅語の内容をできるだけ空疎なものにするように努めたのだ。愚かな自民党閣僚が言うように、「夫婦仲良く」といった内容が、一見普遍的に通用する理念であるように見えるのはそのためである。

しかし、人為的に疑似宗教をでっち上げるという試みの不遜さと愚劣さは、実際には大きな精神的・倫理的荒廃を生むという形で、しっぺ返しされざるをえなかった。自律的判断を抑圧し、外から型を押し付けるだけの道徳は、結局倫理自体を掘り崩していくからである。

それは、内面に自由の余地を残すどころか、上辺だけを整える偽善を奨励し、内面を露骨なシニシズムに明け渡することになる。

ここから、「挨拶ができるか」とか「履歴書に誤字がないか」といった些末な形式主義が、常に道徳性の中核であるかのごとく児童を調教するという、よく知られた愚昧な光景が出来上がるのである。

このようなことの弊害は、すでに明治期から気づかれていた。伊藤弥彦氏は、修身教育の惨状について、明治36年・30年の『教育時論』から引用している。

総じて現今小学校に於ける修身教授の一大欠点は、児童をして嘘つきたらしめることだ。偽善者たらしむることだ、心にもあらぬことを言はしむることである。

強いて同情を有するかの如くに見せ掛け、感じ入ったる外見を装ひて、巧みに児童を欺罔せんとするも、慧眼なる児童は、疾くに、教師が胸中の弱点を看破して、一笑に附し去らんとす。そも何たる失態ぞ。(同p−266)

「軍国の兵士を育てるために役立った」というようなことは、諸個人から精神の自律や責任感を奪い、常に従順に上役の顔色をうかがうことをもって良心に代えてしまった害毒に比べれば、およそ非本質的なことにすぎない。もともと教育勅語の教育によって、良き兵士が育つはずもないのである。

実際、「息を吐くように嘘をつく」昨今の政治家の精神的空疎さは、まさにかつての勅語教育の遠い産物なのかもしれない。おそらくこの連中の周辺では、敗戦の反省も戦後改革も自由主義の洗礼も一切なかったかのごとく、鈍麻した教育勅語の精神が、どぶの水のように悪臭をたたえながら澱み続けてきたのであろう。

  
Posted by easter1916 at 03:27Comments(0)TrackBack(0)時局

2017年03月12日

ベンヤミン

これまでもベンヤミンはおりにふれ読んできたが、いまひとつわからないことが多かった。このたび必要に迫られてある程度まとまって再読することになり、自分なりのベンヤミン像を結ぶことができたので、それを素描してみたい。  続きを読む
Posted by easter1916 at 04:54Comments(0)TrackBack(0)哲学ノート

2017年03月07日

ケルビーノ

「ことばの杜」2011・11・12

「恋の悩み知る君は/この胸に燃ゆるを/恋の炎と見たもうや…」  (モーツァルト『フィガロの結婚』から)

『フィガロの結婚』は、超有名なオペラ作品の一つ。伯爵家の下男フィガロと小間使いスザンナの結婚に、伯爵が何かと因縁をつけて妨害するが、若い二人は持ち前の機転としたたかな戦術で撃退するという軽妙な喜劇である。筋立ても楽しいし、音楽もこの上なく美しい。この中にケルビーノという少年が出てくる。メゾ・ソプラノの役だが、恋多き少年だ。彼が伯爵夫人の前で歌うのがこの歌である。「何と知れぬこの思いを、君が前に語らん」と続く。軽薄で典雅、優美にして柔弱、男も女も、襞が多くリボンやレースをやたらひらひらさせたファッションを楽しんでいた時代だ。恋もファッションの一つ。まだシリアスなローマン主義の時代は始まっていない。男の子の役を女声が演じるのも倒錯的だが、その彼(彼女?)が途中で女装する所まであって、性の越境性・遊戯性はさらに高まる。

この歌とは別に、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」というアリアが有名だが、それは遊びが過ぎて罰として軍隊に遣られるケルビーノに対して、フィガロが茶化して歌うものだ。この歌にしても、そもそもケルビーノ自体、劇の本筋と関係ない所なのに、実に立派な音楽がついている。特にフィガロの歌の後半から、オーケストラはいとも壮麗な伴奏を歌い上げる。まるで本当の大団円のようだ。昔から、この場違いな立派さが私には謎だった。

しかしある時、これはモーツァルトが自分の少年時代に対する決別を歌っているのではないかという気がしてきた。してみるとケルビーノは少年モーツァルトなのだ。だから、フィガロはここでマッチョ風に声を張り上げてはならない。彼は何といっても、体制派のインテリ老人たちの敵、庶民や女たちの仲間なのだ。歌詞はケルビーノをからかっているが、オーケストラはそれを裏切って、少年モーツァルトに心からのエールを送っている。君は冷たい世間に出てさんざん苦労するだろうが、天与の才気によって切り抜けていくだろう、その出立に幸あれと。
  
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チェスタトン

「ことばの杜へ」2008・1・12

「愛は盲目ではない。盲目ほど愛から遠いものはほかにない。」(チェスタトン『正統とは何か』(春秋社)p−122)

世紀末に生まれ、対戦間期に活躍したイギリスの批評家チェスタトンは、ふつう保守主義者として有名である。しかし彼の「保守主義」は、単に既成事実を尊重するとか、何でも伝統を墨守するといった態度からはほど遠いものだった。政治にせよ宗教にせよ、傍観と無関心を嫌い、コミットメントの勇気と責任を求める。その基礎は、理性ではなく愛である。だが、愛は盲目どころではない。愛すればこそ、その欠点や危機に敏感であらねばならないからである。ただそれを己れの悲しみとして引き受ける、その美点を己れの悦びとして引き受けるように。

愛する者は、理由によって愛するわけでもなければ、充分な理由が満ちなければ行動できないような臆病者でも有り得ない。自身、誤る危険は充分承知の上で、風車に突進するような行動を決断せねばならぬ場合もあろう。

一方、口先の理屈をこねるだけの連中には、責任を回避する理由はどこにでも転がっているものなのだ。総じて理性だけで世界を眺めれば、物事はどちらとも言えるあいまいさで霞み、結局はシニシズムという態度しか残りようがない。それは知性の徴であるよりも、愛の欠如に過ぎない。愛がない者は、立脚点のない者であり、守るべき自己を持たぬ者であり、知性を空論と混同する者である。

チェスタトンの洞察は、愛を勇気と結びつける点にある。深いコミットメントは勇気を呼び求めるのだ。愛は生命をこそ愛するが、そのためには生命を危険に晒すことにもなる。しかしそれは、生命を粗末に考えるからではない。「兵士が敵に包囲され、血路を切り開かねばならぬなら、生きることへの強烈な意志と同時に,死ぬことに奇妙な無関心をあわせ持たねば成功の望みはない。」(同p−165)

このように、愛もその対象を本当に生かすためには、それに対してもっとも厳しい批判者であらざるを得ないし、「血路を切り開いて」それを生かす道を模索せざるを得ないのである。
  
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2017年02月28日

戦闘間兵一般ノ心得

「ことばの杜へ」2008/10/18

戦闘激烈ニシテ死傷続出シ或ハ紛戦ヲ惹起( ジャッキ)シ命令徹底セザルカ又ハ司令官ヲ失フモ兵ハ戦友相励マシ益益(マスマス)勇奮率先其ノ任務ニ邁進スベシ。若シ敵兵我ガ陣地ニ侵入シ射撃不能ニ陥ルモ自己ノ銃剣ニ信頼シテ格闘シ縦(タト)ヒ最後ノ一人トナルモ尚毅然トシテ奮戦シ火砲ト運命ヲ倶(トモ)ニスベシ。(「戦闘間兵一般ノ心得」大西巨人『神聖喜劇』より)

「教育勅語」とか「軍人勅諭」とか、旧時代に属する大方は愚昧で空疎な文章群の中にあっても、この引用文には、妙に心を惹くものがないだらうか? 私自身は、これを大西巨人氏の巨編『神聖喜劇』の中に見つけた。大西氏のこの作品全体の魅力については、たやすく語り尽くせるものではないが、その中で氏自身もこの一節に対する共感を隠してゐない。この文章が埋め込まれた歴史的・制度的文脈を超えて、なお我々の心を打つのは何なのか?

私はこの中で、「戦友相励マシ」と「縦ヒ最後ノ一人トナルモ」の部分に、ことさら琴線に触れるものを感じる。戦闘激烈にして、次々に指揮官が倒れても、烏合の衆にならず、戦友との連携を立て直す――それができるのも、戦ふ諸個人が組織の歯車になりきらず、各人の魂の中に義を自覚し、それを守り抜く堡塁を築いてゐるからこそである。「祖国」は、最後は上官に対する盲目の忠誠よりも、自立したかかる諸個人の自発的連帯の中にこそ担はれる。これが「戦友相励マシ」の意味である。

しかし時には、「戦友」と頼む連中も時流に押し流され、志を曲げ、大勢に順応せんとして次々に戦列を離れ、つひにはただひとり戦場に孤立するやうなこともあらう。それでも譲り得ぬ一線を心に刻んで、その理念の為に身をささげよと説く――それが「縦ヒ最後ノ一人トナルモ」である。

即ち、前者は、利害を超えて義の為に闘ふ公共的責任感に裏付けられた戦友たちの連帯を歌ひ上げてをり、後者は、時流の勢ひに抗して持ち場を守る個人としての勇気と尊厳を描いてゐるのである。後の世の言葉で言へば、「連帯を求めて、孤立を恐れず」といったところであらうか?

引用は、大西巨人『神聖喜劇』(光文社文庫 第一巻p−334)より
  
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2017年02月19日

『カルテット』

TBSのテレビで『カルテット』というドラマ(坂元裕二脚本)を見た。連続もので、断片的に見ているだけなので、たしかなことが言えるわけではないが、見どころがあるものなので、以下論じてみたい。(ネタバレあり)
 
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2017年02月13日

少年の春

「ことばの杜へ」2011年5月28日投稿

燭を背けては共に憐れむ深夜の月/花を踏んでは同じく惜しむ少年の春 『和漢朗詠集』

高校時代の漢文の教科書に李白の「春夜桃李園に宴するの序」があった。「それ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり」(そもそもこの世はすべてを一時的にとどめておく旅の宿にすぎず、月日は次々に旅立ってゆくその宿の泊まり客のようなものだ)に始まる有名な名文である。続いて「浮生は夢のごとし、歓を為す幾ばくぞ。古人燭をとりて夜に遊ぶ、まことにゆゑあるなり」と言われる。その典雅な美文の中にも漂う哀愁に心惹かれて、全文を暗誦したものである。その時、前掲の白楽天の詩句も参考に挙げられていたような気がする。同じ唐の詩人でも、白楽天の方がいくらか後代のはずだから、白楽天は当然李白の文を意識していたであろう。李白の方は夜の宴で詩作を競い合い、詩がうまくできなければ罰杯の酒を飲む(罰は金谷の酒数によらん)というのであるから、何とも優雅な宮廷風であるが、白楽天の詩は昔一緒に貧しいアパートに暮らした友人の思い出を歌っているので趣は違う。実際には、晩年の李白より白楽天の方が華やかに恵まれていた。それでも、栄達を遂げたときから顧みて、貧しい少年の春をかけがえもなく貴いものと感じているのだ。

ちなみに我が邦には、『経政』(つねまさ)という能がある。若い頃帝の寵愛を受けた平経政が、琵琶の名手であったことから「青山」という名器を下賜されたというエピソード。西海に果てた経政の法要の中、祭壇に飾られたその琵琶が月光に照らされるとひとりでに鳴り出す。経政の満たされることのなかった雅びな妄執に代わって、主人の不在の館の中を、不思議な琵琶の音が嫋嫋と満ちてゆくのだ。そこでも、昔を偲びつつ「あら名残り惜しの夜遊やな」と謡われる。

大学に入ってアルバイトに精を出す学生を見ると、かくも貴重な青春をそんなものに空費して惜しくはないのかと思ってしまう。友情にせよ恋愛にせよ、学問・芸術にせよ、歓びに浸れる時間は短い。寝る間も惜しんで快楽を追求すべき時である。労働などしている暇はないのだ。
  
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2017年02月10日

モンテーニュ『エセー』から

「ことばの杜」2007年2月3日の投稿

「よい著作は私の主義と反対のことを論じても、魅力を失わない。」
ミシェル・ド・モンテーニュ(『エセー』3巻10章)

本があまり読まれなくなったという。確かにそれも問題だが、より問題なのは、それが精神のより深い頽廃の兆候であるかも知れぬことだ。

人々はじっくり考えるより結論を急ぐ。そして、論拠が弱ければ、それだけ一層はげしくそれを主張する。そうしないと、自分でも信じられなくなってしまうかのように。だから、自分と違う立場の声には耳を傾けられなくなる。本を読むときも、争って情報をあさるが、それも己れの立場を補強するためでしかない。「ディベート」が流行っても、相手をやり込める技術を磨くためである。人は自分の立場を守ろうとして「理論武装」しようとやっきになるが、他人の考えで武装してまで守ろうとする「自分」とは、何なのだろうか? それ自身がどこかからの借り物ではないのか?

私は、そもそも自分の考えが大したものだとは思っていないので、誰かそれを論破したり、より良い信念に改善してくれる人がいたら、いつでも歓迎である。だから、時々新興宗教の勧誘に訪問するような人も、むげに追い払う事はしない。だが大抵そのような人も、熱意はあるが説得力の乏しい論拠しか持たないようだ。

自分と異質なものを恐れて排除していると、自身が貧しくなるばかりか、「異質なもの」の方が膨らんでいき、やがて想像を超える恐ろしいものになってしまう。そうなると、もはやどうそれと付き合えばよいのか、途方にくれるばかりだ。かくて、人は無知によって恐れ、また恐れることによってますます無知になるわけである。
  
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