2009年07月29日

樺美智子と山崎博昭

1960年6・15国会南通用門付近で樺美智子が殺されたとき、同情共感しない国民はほとんどいなかった。
 

戦後映画を見れば明らかであるように、若くはつらつとした知的な女性が、そこで一様に担っているもの――平和、文化、進歩、誠実、一途さ――彼女らは、たいてい農村部の小学校の女教師か何かで、颯爽と自転車に乗り、オルガンを弾いていた。樺美智子は、そんなすべてを一身に体現していた。彼女が担っていた共産主義者同盟のイデオロギーとか彼女自身の自己理解を超えて、樺美智子を当時の歴史的な国民的想像力の文脈におき、共感の焦点となったその象徴的意義に注目すべきだろう。そうするとそれは、一方では正田美智子嬢に重なっていると同時に、他方では力道山にも連なるシンボルとして像を結ぶのである。彼女が闘った敵、岸信介は、対照的に悪代官的キャラクターのもとに、一方では戦前の反動勢力の生き残りとして、他方では我が国のナショナリズムの前に立ちふさがる米国傀儡権力として立ち現れていたのである。つまり国民を戦争の塗炭の苦しみに引きずり込んだうえに、まんまとその責任を逃れ、「敵国」米国に媚を売って生きながらえた売国奴という立ちまわりである。国民の共感がどちらに傾いていたか明らかである。
 

国民は、すでに始まっていた戦後体制と利害を共有し、以前の敵国によっておのれの商売が繁盛するという現実に、内心忸怩たるものを感じていればこそ、それと真正面から(象徴的に)敵対して見せた樺美智子を、ジャンヌダルクに祭り上げる心理が働いていたのである。全学連の闘いは、一方では反米・民族独立のナショナリズムの噴出であり、他方では、戦争責任をないがしろにする旧支配層に対する反戦的自己主張である。それは三井三池闘争のような階級闘争や社会主義とは何の関係もない。むしろ砂川基地闘争の延長にあった。朝鮮人であった力道山によって、象徴的反米愛国闘争が担われたように、共産主義の看板のもとにナショナリズムが担われたのである。  続きを読む

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2009年07月16日

永井均氏の『子どものための哲学対話』

 永井均氏の作品の文庫化のための解説を書いた。氏の魅力的な作品群のなかでも、子どものためと謳ってあるように、平易で簡便な哲学入門および永井哲学入門に仕上がっている好篇である。内田かずひろ氏の挿絵も、永井氏の本分を深く理解した上で描かれていて好もしい。これほどわかりやすく書かれた名人芸に、さらに解説など付け加えるのは、屋上屋を重ねる以上に野暮というものかも知れない。
 安請け合いして引き受けたものの、本文よりいくらか難しくなってしまったのは、望ましくはないがやむを得ないところ。実際には、永井氏の本文も、見かけほど簡単なわけではない。哲学の根本問題に深く切り込んでいる以上、形而上学の問題を論じる場合も、倫理学を論じる場合も、難問とつながっているのである。私の「解説」は、その点を読者に警告する役割くらいは果たせるかもしれない。すでに校正を送ったから、8月中には文庫版として出版されるだろう。
  
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2009年07月10日

鵺(ぬえ)

 新国立小劇場で、坂手洋二原作『鵺』を見る。
 源頼政に退治された妖怪の話から始まる。頭は猿、体は狸、尾は蛇、手足は虎のキマイラ的怪物である。しかし実際には、妖怪として退治されたのは、ただのトラツグミにすぎず、それを妖怪と思わせていたのは帝の不安の投影にすぎなかった。いわばこれが主題の提示部である。このあたりは、世阿弥の原作とほぼ同じと言ってよい。ただ少々、同じ世阿弥の『頼政』からの部分が加わっている。つまり、その後の頼政の悲劇的な最期が、因果応報のような形で付け加わっているのである。
 それに続く第一ヴァリエーションは、現代に場面を取る。何年ぶりかで河岸で再開した男女が、以前を回顧する。次第に明らかになる男の不誠実。男が付き合っていた複数の女たちが、一人の女の中に凝縮して現れる。ここに鵺的なものが再現されるわけである。
 第二ヴァリエーションでは、発展途上国で姿を消した夫を追って、妻が会社の同僚と現地へやってくる。そこで、やがて夫が臓器売買などのダーティービジネスに関わっていたことが明らかになる。この場合は、鵺という主題は、複数の臓器の合成という形で現れるのである。
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