2014年05月29日

ド・マン「パスカルの説得のアレゴリー」

ついでに、フレーゲを無視したことによって、ド・マンがいかなる闇を踏み迷うことになるか、彼のパスカル論に少しだけふれておこう。
 
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2014年05月25日

ド・マンの「脱構築」

私自身「脱構築」とは何かよく知っているわけではないが、ド・マンは「脱構築の批評家」と呼ばれる(らしい)。私がよく親しんできた哲学的テクスト(パスカル、カント、ヘーゲル…)について、ド・マンも取り上げて批評しているので興味をひかれて、『美学イデオロギー』(平凡社文庫)をひもといてみた。取りあえずその最初の論考「メタファーの認識論」について論じてみる。
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2014年05月20日

朧月夜の君

例によって、山形新聞に寄稿した。今回は『源氏物語』から。

「心いる方ならませば ゆみはりの⁄つきなき空に 迷はましやは」
              『源氏物語』「花宴(はなのえん)」の巻から

『源氏物語』には数々の女君が登場するが、どの姫君が好きかは意見が分かれるところ。私の好みは、右大臣の末娘で朧月夜と呼ばれる姫君である。「花宴」で源氏は、よく素性を知らぬままこの姫君と出会う。花見の宴のあと、夜の宮殿でばったり出くわしたほろ酔いの貴公子に身を任す軽はずみは、さすがにどうかとも思うが、騒ぎ立てたりもせず堂々と渡り合うのは、いかにも高貴な姫として育った自信の現れなのだろう。加えて、コケティッシュでモダン(?)。他の女君と比べて一段と能動的で主体的なのだ。出会いの後、男は相手をつきとめようとして「山に隠れてしまった月を探して迷っています」という歌を投げかける。それに対する返歌が引用の歌――心を射た方ならば、月が空に無くても迷ったりなんかしないはず、との意。

この恋は、源氏の失脚につながるが、姫君は源氏に対してさほど未練も見せず、己れの路を切り開いてゆく。あっぱれである。

やがて源氏は、失脚を乗り越えて中央政界に復帰するが、女はもう彼を相手にしない。その後、源氏の栄華に陰りが見え始めるころ、もう一度朧月夜の君は姿を見せる(若菜の巻)。それは彼女が出家を果たしたことが知らされるときだ。「あなたのために須磨に流讁(るたく)の身にまでなった私に、御相談もなしにですか?」という源氏の未練に対し、「尼舟に いかがは思ひおくれけん⁄あかしの浦にいさりせし君」――出家した私に後れを取ったのは、明石の浦で漁をしていた(明石の姫君と懇ろにしていた)からでしょう、とやり返す。最後まで見事な機知である。(ちなみに、「あまぶね」とは「海女舟」との掛けことば。)
  
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2014年05月09日

「ソフトな決定論」について

「責任」や「道徳」の意味と決定論は両立するのか否かという問題で、両立可能という立場を取りつつ決定論を主張するのを「ソフトな決定論」と呼ぶ。

私は両者が論理的に不整合を来たすとは考えないという意味では「両立可能論」に立つが(この点、4月26日の私の記述は不正確な所があった)、だからと言って、決定論を維持すべきだとか維持できると考えるわけではないし、決定論も非決定論も優劣がつかないとも思わない(非決定論に断然優位性がある)。その点を少し論じておこう。

刑法が行為の罪を問う場合、当の行為の実際の個別事情(特段の事情で、当人はその行為のとき通常なら当然できるような配慮が、たまたまできないような心理状態にあったのかもしれない…)を考慮するのではなく、類型的な事情、普通にどのようなことが行為者に当然期待可能と見なされているか、という一般の見方を考慮する。それは、人を裁くとか非難するということが、本来、適切に(または不適切に)適用されるべき行動パタンだからである。それは場合によっては、制裁を加えることを、その部分として含む社会的制度的行為パタンであり、当然その適切適用条件(どのようなときに、それを適用すれば適切と見なされるかの条件)をもつ。それは通常の主張文が、真理条件(どのような場合にその文が真と見なされるかの条件)をもつようなものである。

この行動パタンは、大雑把なものから始めて、しだいに洗練と進歩を加え、その適用条件もそれにつれて変化する。そして、その一部に「責任」の考慮も含まれる。行為に対して、通常ならば可能と見なされる抑制や注意を怠ることに対してなされる非難(逆に言えば、その行為に対して通常ならばそのような抑制や注意が不可能と見られる場合には、非難を免れる)条件――それを責任阻却事由という。

「責任阻却事由」――それは非難を発話するための適切発話条件に関わるものである以上、「両立可能論者」が言うように、個々の行為に関して、それを抑制する可能性が実際にあったかどうかは、非難や裁きを発話する際に問題とはならないのである。その意味では、倫理的非難は決定論とも非決定論とも両立可能である。それは、他のことばの適切発話可能条件(主張可能性条件)と同様、一般的類型に関わるだけである。

しかし、より詳細に見ると、重大な点で違っている。決定論は、すべてのレヴェルでの期待可能性も、所詮同じく(どの時代でも同じように)決定されていると見なすのであり、したがって社会的に通常の期待可能性という基準が変化することを認めることができないか、あるいは単に見かけ上のものと見るしかない。ところが非決定論は、そこに明らかな区別を引き、期待可能性の(つまりは自由の)拡大について、規範的議論をなす余地がある。つまり、当然解決できると見なされる問題(それに対しては、責任を問える)と、そうとは限らない問題(それに対しては責任を問えない)の区別、また後者についても通時的に前者へと移行し得るし、また移行すべきであることを、具体的事象に即して議論できるのである。つまり、解決法が発見され、それが社会的に共有されるにつれて(法の成立など)、社会的に当然なすことが可能な、またなすべきである行動が、拡大してゆく。それをなさないのは、以前は責任を問われなかったのに、今や責任を逃れることはできなくなる。戦争犯罪や公害犯罪など。自由には、そのさまざまな水準や程度差があるのに、決定論はそれを無視せざるを得ないのである。

以上、要するに非決定論は自由の水準や拡大について語ることを許し、それによって法実務との連関に道を開く。なぜなら、裁判による法発見によって、たとえば公害問題を解決すべき筋道が示されれば、我々には実際に公害を避けるべき可能性が開けるからであり、社会が当然と見なす期待可能性の水準が変化するからである。したがって、それ以後公害によって環境破壊することは犯罪と見なされるようになる。

公害法は、企業から行動の自由を制約するものと見なされるべきではない。むしろ、それ以前には、環境破壊などは、できれば避けたいと思っていた企業も、他社との競争にさらされているため、避けることができなかったのに、今や回避する自由が生まれる。なぜなら法が、ライヴァル企業が付け入るのを制限してくれるからである。また同様に、十九世紀において許されていた侵略戦争が現代では許されないのは、かつては他国を侵略をしない国は、他国から侵略される危険があり、攻撃を恐れるなら攻撃される前に攻撃を仕掛けるしかなかったのに、国際秩序の成立によって侵略の違法性が確立したあとは、そのような危険を配慮する必要が低下している。つまり侵略戦争を禁じた国際法は、国家の自由を制約したというよりも、自由を拡大したのである。

このように、時間の経過とともに法創造を通じて、期待可能性の水準(自由の水準)が上がるとともに、多くの責任が生じてくるのであるが、それはとりもなおさず我々の自由の水準が上昇するということなのだ。

哲学は、論理的整合性のみを配慮するゲームではない。個々具体的場面で我々の概念使用が陥るきしみや不整合を取り除き、またそれぞれの概念が果たしうる役割や恩恵に配慮しつつ、その不当行使によって陥る誤謬推理やパラドクスを摘発することによって、我々の合理性の領域を確保したり、拡大したりすることである。

その意味では、哲学の仕事は世界地図を作る仕事によりも、個別係争事案を解決する裁判に似ている。裁判の場合、双方の言い立ての実質を汲み取ることが肝要であるように、概念の係争事案においても、それぞれの担う合理性を生かすことができるかどうか、どの程度、どの範囲で生かすことができるかを見立てることが重要である。ミリカンは概念分析の仕事を、何か辞書編纂者の仕事のように見なしているようである(『意味と目的の世界』勁草書房p−325註4参照)。それに対して、ミリカン自身が哲学の本領として「理論構築」と呼ぶ仕事は、科学的説明、特に進化論的説明にすぎない。もしそうなら、それは生物学の一部であろう。いずれにしても、そこでミリカンの目に入ってこないのは、弁証法としての哲学の仕事である。

  
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