2006年10月06日

選民(その2)

 「何故、私が?」という問いが立てられることこそが、神と直面して立つ事であり、ここから神とのコミュニケーションが始動する。しかしそれは、私自身がその譲りえぬ個別性で問われているからであろう。その問いは、「何故、ユダヤ人が?」という第三者の問いとは、まるで違う。この問いは、「何故、われわれユダヤ人が?」という形を取らない限り、まじめに問われるものとはならないだろう。それは、「何故、巨人が9連覇したのか?」という問いと大差ないものになってしまう(Gerede , Neugier)。

 しかし、「何故、私が?」という問いと「何故、われわれユダヤ人が?」という問いの間には、ある種の政治哲学が挟まらねばならない。しかし、「私」を「われわれ」に昇格させるための政治哲学として、民族の理念に訴えるだけで十分であろうか?(とりわけ、「民族国家」を樹立しようとしたシオニストの政治が、最悪の政治を展開しつつある時に)

 この問題に示唆を与えるのは、『創世記』(19章)のソドムをめぐる逸話であろう。

 ソドムとゴモラを、その罪のゆえに滅ぼそうという神に対して、アブラハムは抗弁する。「まことにあなたは、義しい者を、邪悪な者どもと一緒に滅ぼされるのですか? たとえあの町に50人の義人が有っても、あなたは、なおそれを滅ぼし、その中にいる50人の義人のためにそれを許そうとはしないのですか?」……主は言われた「もしソドムの町の中に50人の義人が有れば、その人々のためにそれを許そう」。

 アブラハムはさらに言った「もし50人に5人欠けたら、それだけにために、なお町を滅ぼそうとするのですか?」。主は言われた「もし45人の義人がいたら、その町を滅ぼしはしない」。

 さらにアブラハムは食い下がり、神とバーゲンを繰り返す。「40人の義人がいたら」「30人なら」……「10人なら…」。主は答える「その10人のために、私はソドムを許そう」。

 さて、どうなったか? 神の使いがソドムの住人ロト(アブラハムの甥)の家族の前に現れて、彼らをソドムから救い出そうとする。彼らだけが、ソドムにわずかに残る義人であったからだろう。

 しかし、ソドムからのがれる途中、後ろを顧みたロトの妻は、塩の柱になってしまったと言われる(19章26節)。

 ロトの妻は、旧い生活への未練を捨てきれず、新しい生活へと決然と飛び込もうとしなかったために、罰せられたのであろう。メイ・フラワー号に乗って新大陸へ目指して出帆した時、ピューリタンたちは繰り返し『創世記』のこの話を思い出していたに違いない。そうやって、故郷の生活と親しい人々に対する愛着と未練を振り切ったのだ。
 
 しかし、「義人」ロトに神の使いが現れたとき、ロトはアブラハムのように、なお神に抗弁する事は出来なかったのだろうか? 義人が50人か10人かは問題ではない。最後の最後は、たった一人の義人でもいれば、神はソドムを滅ぼすことが出来なかったであろう。そして、ロトこそが最後に一人残った義人であったとすれば、ロトはソドムを退去すべきではなかったろう。そうしてこそ、本当に義人と言うに値した事であろう。

 ロトの妻が故郷を振り返ったのには、理由があったのだ。たとえ、残されたソドムの隣人たちが、数々の罪を犯していたとしても、彼らとともに過ごした日々をたやすく見捨てて逃げる事が出来るだろうか? ソドムの罪に、ロトはまったくかかわりがないのであろうか? 祖国の罪に、市民はまったく無実なのであろうか? 民族の苦難をともに担うだけでは十分ではない。祖国の罪をこそ、その恥辱の極みにおいて引き受けてこそ、愛国者と言えるだろう。すすんで罪を引き受ける者にして、はじめて無実と言い得るのだ。

 しかし、他者の罪を他者に成り代わって担うというようなことが、いかにして可能であろうか? 身代わりに生き、身代わりに死ぬということが、いかにして可能であろうか?


この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/easter1916/50607105