2016年09月01日

「ソフトな決定論」再論

必要上、アイザヤ・バーリンの『自由論』を読み直すことになった。バーリンはいわゆるソフトな決定論(倫理的責任と決定論の両立可能論)を批判し、奔放rampantで骨太robustな自由意志論を主張している。

結論から言えば、私はバーリンの両立可能論批判には共感するが、必ずしも説得的な議論にはなっていないと思う。ソフトな決定論は学者のひねり出したへ理屈にすぎないというのが、バーリンの本音なのである。だからこそ、まともに議論する気が起きないのだ。

その点も理解できなくもないが、敵陣営には、E.H.カーのような重鎮までいるのだから、イギリスではどちらかといえば敵方の方がファッショナブルなのであろう。

決定論は、カントのアンチノミーの議論によれば、因果律をリサーチ・プログラムとは見ず、物自体の本性と見なすものである。探求方法の性質を探求対象の性質と見なしてしまう形而上学的投影の一種であるから、もとより決定論に、何か科学的ないし合理的裏付けがあるわけではない。

因果律だけからは、すべてが決定されているという決定論が正しいか、それとも原的な偶然性が当たり前のように存在しているのか、いずれとも決しない。

そのようなものに頭を悩ますいわれはないのであるから、それを、本来まともに相手にするには及ばない。

しかし、ソフトな決定論は、単に誤っているというより、人間存在の特異性を逆からあぶりだすことになるので、詳論するに値するのである。以前にも「ソフトな決定論について」(2014年5月9日)で論じたが、より詳しく論じてみたい。

国家や法のサンクションがないところで、人々の行動には大きな違いが出てくることは、おそらく大部分の人が認めるだろう。これは、制度の存在が何がしかの因果的影響力を持つということであり、決定論者の主張に何ら抵触するものではない。

その制度の中には、それにかかわる人々の欲望や判断や行動(例えば非難や称賛)が含まれるであろうし、それらのものが複雑な制度の運営の中で、それぞれしかるべき因果的働きを為すことになろう。

そうすると、この制度を記述する際に、法教義学的な記述と法社会学的な記述とが、ともに真なる命題として両立することになるようなものである。

以上を踏まえて、「すべての行動は同時に自由であり、かつ決定されている。ただそれを考察する角度の違いがあるだけだ」というカーのような見方も一応のもっともらしさを持つことになる。つまり、制度の内部で帰責や非難が働く限り、決定論の一部に組み込まれ得るということである。

窃盗犯は、己れの欲望によって、やむなく犯行に駆り立てられたのかもしれない。しかし、相手の立場を考えれば、己れの欲望を抑制することもできたのではないか? 犯人はちょっとした反省さえすれば、自分の犯行を抑止できたはずだ。犯人は、なすべき最小限の努力も怠ったという点で、それが社会が期待する水準から著しく逸脱していたという限りにおいて、強い非難に値するのである。

彼がそのなすべき、しかもなしえた反省や抑制をもしなかったにせよ、それにも原因があったのかもしれない。

しかし、彼が実際に何によってその犯罪へと駆り立てられていようと、それを回避する努力が何によって妨げられていようと、その可能性が社会によって一般的に認定される限り、彼の個別事情がどうであれ、この非難は正当なのである。逆に、いかに犯罪すれすれのことを考えていたとしても、たまたまちょっとした偶然によって(窃盗しようとしていた家の前に警官の姿があったなど)犯行を断念した場合には、全く非難されない。

どんな行動も、細かく見れば因果的に決定されているかもしれない。犯罪を抑制するために社会が要求する一般的注意義務も、個人の些細な心理的偶然的な原因でそらされてしまったのかもしれない。そうしないために、おそらくは、さらに第二、第三の注意も必要だったのであろう。

しかしいずれにしても、社会のシステムが働くのには、その細部の決定原因にはこだわらず(というのも、同様に些細な心遣いによって別様に決定することも可能なはずだったと、社会的に認定するのだから)一般的期待水準のみを規定するだけで十分である。

これは、小学生に計算マニュアルを習得させた後で、計算間違いを罰するようなものである。このような処罰も含めて、計算の教育システムの一部なのだ。あるいは、子供に言葉を教えた後で、言葉の誤用をとがめるようなこと。言葉の誤用を批判して訂正を要求する行動も含めて、言葉というシステムの一部なのである。

そのような厳格に決定論的な社会システムは、価値感情や非難の行動さえ組み込んで、時計のように正確に動くであろうが、それはアリの社会のようなもので、当人の意識がどうあれ、自由には程遠い。

しかし、自由が特に論争的な問題となるのは、このような場面ではない。本能によって厳格に制御されている動物の意識にも、制裁感情・非難感情が存在していることは十分にありそうなことである。だが、そこには文字通りの自由が存在しているとは言えない。

自由が問題となるのは、制度自体のはらむ問題の解決を目指し、より大きな自由への拡大(可能的経験の拡大)を目指す試みにおいてである。そのとき、自由を求める試みと、既存の制度を維持しようとしてそれを阻止しようとする者たちの間で調停困難な論争状況が生じる。

ここで、公民権闘争や婦人参政権の闘争を例にとれば、ここでの挑戦者の求める権利や自由が、初めから明確であったわけではない。つまり、すでに可能ではあったものが認められた(その結果、実定的制度になった)というわけではない。なぜなら、彼らの挑戦した権利の実効性は、初めから実証済みのものではないからである。

彼らの主張が大きな制度改革を含む以上、新しい権利を旧い制度に付け加えればいいというものではなく、その結果が制度として実効的に機能するものか明らかではなかった。

この点、公害立法のようなものを考えた方がわかりやすい。公害法がないと、生活環境が汚染され、健康的な生活の自由が奪われるという問題が生じる。だが、公害を抑止する法を定めることで、我々の自由(健康な環境に生きる自由)が拡大すると初めから決まったものではない。なぜなら、この規制によって地方経済が停滞し、その結果住民が無理な労働を強いられて、かえって健康を損なうという可能性もないとは言えないからである。

しかし、公害法を定めることで、さもなければ企業は競争の圧力の下で、手を抜くしかなかった廃液処理をしても、十分な競争力を維持できるようになる。したがって、規制によって経済の停滞を招く心配がなくなる。そのような事態が明らかになってはじめて、この公害規制法規が(住民にとっても、企業にとっても)自由を拡大したということができる。

かかる自由の拡大は、非政治的な行為可能性の拡大にも、同様に成り立つ。典型的なのは、数学の証明の場合。幾何学において、適切な補助線を引くことによってただちに証明が得られるのに、どこに補助線を引いたらよいかは、初めはわからない。それがわかるのは、実際に引いた後である。実際に行動して初めて、その行動の可能性が事後的に現れる。

この可能性は、当初は存在していなかったのであり、それゆえ、その時点では何が可能であるかが語り得なかったのである。可能的選択肢が生成するのは事後的にであり、反実可能性は仮定法過去完了の形でのみ語り得る。

このような自由の拡大(可能的経験の拡大)は、決定論の枠組みの中では理解できない。なぜなら、スピノザにおけるように、可能であるものは、永遠の相の下で見れば、いつか実現されるものと見なされるので、可能性自体の通時的変化は存在しないからである。

つまり、スピノザ流の決定論は、ルイス流の様相実在論と同型になってしまう。

これは逆から言えば、「問題は存在しない」ということである。なぜなら、すべての問題は永遠の相の下で、解決可能か不可能かいずれかであり、不可能であればそれは本来問題ではないし、解決可能であれば、それが解けない(当面解けていない)ということが理解できないからである。問題は、それが当面解き得ないという形でのみ存在できる。

ということは、問題の存在と解決の発見(生成)について語る時制構造がなければ、自由をめぐる一切の弁証論的(論争的)語りが不可能になるということである。これは、自由をめぐる戦いや努力、自由を達成した偉業についてのあらゆる物語を、無意味にしてしまうであろう。

つまりは我々の合理性を、すべて本能によってしつらえられたアリの社会システムの如きものと見なすことになるだろう、ということである。

私とバーリンの違いは、自由を「選択の自由」とは見ないことである。もちろん、我々の行為は、決定論者の言うように、決定されなどしていない。しかしだからといって、「選択の自由がある」と言うのはミスリーディングだ。

「選択の自由」と言うと、善悪いずれかを(少なくともより良い方を)選択することができるかのように聞こえるが、もちろんそんなことがいつでも可能であるわけではない。いずれがより良いか、わからないことが多いからである。それは、正解がわからずに択一式の試験の臨むようなことである。我々はただ迷い、場当たり的な行動に出るだけだ。このような行動は非決定であるが、自由ではない。

我々はしばしば最善も次善もわからない闇の中で行為せねばならないということ、にもかかわらず、その善悪が後になってわかることがあるということ、また、そのような事例を教訓として積み重ねることによって、以後いくらか我々は行動方針を改善していくことができるということ、それゆえにこそ、かかる教訓を無視して、無思慮にふるまうことが、社会的期待可能性の水準にもとる限りにおいて、強い非難にさらされるということ――これらの倫理的営みの総体に、自由という観念はかかわっているのである。

我々の倫理は、ソフトな決定論者が思い描くようなリジッドな社会システムが存在していないということを前提として成り立っている。

アリの社会は、滅ぶにせよ存続するにせよ、運命任せに決まっているだろうし、その決定こそ、彼らが進化の時間を試練に耐えて存続してきたがゆえに、彼らにとって最も信頼に足る秩序なのであろうが、我々の社会は、非常に堅固な伝統的社会ですら、そうなってはいない。

そのようにリジッドで信頼すべき秩序の不在、我々の場当たり行動がもたらしうる数限りない破局のリアルな可能性、つまりは恐るべき不確実性こそ、我々の社会の特徴なのである。

そのような不確実性の中で、せめては先人たちの教訓を支えにしようとする英知こそ、我々の、あまりあてにはならない倫理なのである。

かかる事例の記憶としての教訓は、アリの社会における盲目の本能のように、我々を拘束するのではなく、熟慮と議論へと駆り立てるのであり、その中で絶えず自由が問われるのである。「この場合をかの場合と同様と見なしてよいのか?」「どうすることが(より)自由であるのか?」「これによって自由を拡大し得るのか?」一切の倫理的議論は結局この問いに帰着する。

その限りで、もし「自由(の観念)」がなければ、もし決定論が正しければ、すべての倫理的観念はたわごとになるというバーリンの直感は正しい。

ここで注意すべきは、倫理の基礎に巨大な不確実性の深淵があるということ(ここからこそ、ルールや先例の記憶が強い規範的権威を帯びることになるのだが)、そのため我々が頼みとするこれらの権威は、すべてとりあえずの妥当性しか持たず、決して最終決断へと自動的に流出するものではないということである。

どのように律法や手続きのルールが厳密に定められても、そこから判断が一義的に自動的になされるわけではない。常に特段の事情がさしはさまる余地があり、行為主体は決断を決して免除されない。したがってここには絶えず不確実性の深淵が残される。

重要なことは、その決断に至る熟慮の過程を明らかにしておくことであり、どこに不確実性が残っており、どこまで決断の不確実性が意識されていたか、詳しく記憶されねばならない。それによって、この判断が事例の教訓として記憶される。そうしてはじめて、この決断の正否を超えて、伝統を形成することができる。これが責任ということである。責任の中核は、責任を明らかにすることにある。

誤った行動や決断の理由の細部を明らかにすることは特に重要である。成功した行動は、どのような理由からそれがなされていても、あまり問題ではない。以後ただそれをまねて行動指針にすればよいだけである。

しかし、誤った行動は、どうして誤ったのか、どこで何を考慮し忘れたのか、行動を導き動機づけるかに見えた理由が、どうしてその場合には見せかけの理由でしかなかったのか、徹底的に分析されねばならないのである。そうしてこそ、その事例は歴史的教訓となることができる。

以上は、歴史的責任というものであり、システム内部で機能する責任(サンクションとしての責任追及)とは別物である。後者は、秩序維持機能の一部であり、制度が存在するということに含まれる一側面にすぎない。

しかし人間社会がアリの社会と違う以上、完全にシステム内部に取り込まれるような責任などは存在しない。

たとえば、どんな取るに足らない犯罪でも、裁判においては、それが法の伝統に資するように、ということは、あたかも犯罪すらもが、「歴史的偉業への失敗した試み」であったかのように扱われる。それが、裁判を単なる復讐ではなく、正義の実現(少なくともその試み)と見なし得るゆえんである。そこで、犯罪の原因のみならず、理由までが細部にわたって斟酌され、結果の重大性が考量される。

それに対して、歴史的責任には、戦争法廷と並んで、歴史の法廷が用意されているのである。

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