2016年09月12日

パリサイびと

パリサイ人とは、ユダヤ教の改革派で、サドカイ人と対立していた。サドカイ人は、ユダヤ社会上層に位置し、ローマ帝国の支配とも妥協する必要上、律法を緩める傾向があった。

そんな彼らに対して、パリサイ人は律法を立て直す改革派として登場した。

イエスは、いずれとも対立していたが、とりわけパリサイ人に対する厳しい批判が福音書には顕著である。

これはやや意外の感がある。腐敗した神殿勢力や、ローマ帝国支配と妥協するサドカイ人に対する道徳的批判を展開するパリサイ人に、どんな落ち度があるというのであろうか?

この点を詳しく見るために、田川建三氏のマルコ解釈を参照しよう。

田川氏は、編集史という手法を聖書解釈に導入した。それは、福音書を編集した福音史家の観点を重視し、各福音書の観点の違いを強調する立場である。

それ以前に、様式史研究とか、伝承史研究といった解釈手法が、開発されてきた。

様式史とは、聖書の記事の記述の様式の違いを言語学的に詳しく分析し、それらの記事が相互にどのような関連にあるかを研究するものであり、もともとは旧約のテクストの分析に威力を発揮したものである。

何千年もの間に積み重なった伝承には、地層のように異なった年代の層が合わさっており、与えられたテクストは、その地層の断面を見るように、異なる地層が一つのテクストに露出している。それをそれぞれの断片の様式から細かく分析し、それらが相互にいかなる連関にあるか、どの部分とどの部分が同系統の伝承かを見極めるわけである。

伝承史とは、それらの様式の異なる記述を伝承した社会的集団を推定し、テクスト成立に至る過程を、歴史社会的に分析するものである。

マルコ福音書が最古であることは衆目一致しているところであるが、田川氏は、この文学形式の成立それ自体が、きわめて独創的なものであることに注目する。

おそらくそれ以前に、Q資料と呼ばれるもの、イエスの言葉集のような伝承は存在していた。これは類型的・没個性的な物語であり、信仰を共有する社会集団(教団)の共同作業からなるものである。

田川氏は、それらの伝承をもとに福音書を編集した福音史家マルコの編集意図に焦点を合わせ、福音文学というテクスト形式の特殊性がいかにして成立したかに迫ろうとする。つまり、福音書ごとに同じエピソードがどのように味付けされ、編集されているかを詳細に調べ、福音史家それぞれの固有の観点の違い、それらを支えている信仰集団のイデオロギー的バイアスなどを、浮き彫りにしようとするのである。

おそらくは、ペテロを中心にエルサレムでは既に信仰共同体が成立していた。そこでは、Q資料のような教えが、復活の証言とともに伝えられていた。

もしそれが、そのままキリスト教になっていたとしたら、それはパウロ書簡に要約されるだけのものになっていたかもしれない。それは、何らかの統一教義(パウロの神学)に、せいぜいイエスの言葉が付け加わっただけのものにまとめられていただろう。

しかし、田川氏の見立てによれば、マルコは、エルサレム教団で流布されていたイエス像に違和感を持ったのである。というのも、おそらく福音史家のうちマルコだけは、生前のイエスと実際に出会っていたか、そうでなくとも、イエスを実際に目撃していたガリラヤ湖畔の多くの連中から詳しく話を聞いていたからである。

そこでマルコは、エルサレム教団のイエス像に対抗して、自分の目に映ったイエスを対置して、読者に判断を仰ごうとした。

マルコは、エルサレム教団に対抗するために、異なる教義を呈示したのではなく、自分の見たままのイエス像を描こうとした。マルコは、教義やイデオロギーを呈示するより、イエスを描いて、その意味や解釈を読者の判断にゆだねたのである。

それは広い意味での文学的態度である。テクストをどう読むかは、読者の自由にゆだねられるということ。

田川氏は、マルコの特徴として、最下層被差別民に寄り添うイエス――とりわけ、ガリラヤ湖畔での活動と病者に寄り添うイエスを重視する。つまり、エルサレムから蔑視されていたサマリア人や売春婦やハンセン氏病のように、神の呪いと解されていた存在に寄り添うイエス。

ちなみに、マタイ、ルカの福音書は、『マルコ』のインパクトに対抗するために、エルサレム教団が反動形成したものと解される。

この辺の理屈は、探求の過程と歴史的過程とが、逆になっていて面白い。つまり、探求は福音書相互の比較検討から始めて、マルコの特徴を捉える。マルコの視座の特徴を、マタイ、ルカとの対比において浮き彫りにし、それをエルサレム教団に対する批判的距離によって説明する。その上で、マルコに対する対抗上、エルサレムが反動形成したものとして、『マタイ』『ルカ』を説明するわけである。

『マタイ』『ルカ』は、『マルコ』が評判になったのに対抗して、エルサレム教団の立場から書かれているが、マルコが反発した教団とそっくり同じではない。むしろ、『マルコ』の影響を色濃く受け継いで、それを取り込む形で生まれているのだ。

それゆえ、福音文学という根本形式は受け継いでいる。このことに意義は計り知れない。すでに決定された教義内容を押し付けるのではなく、読者に自由に考えさせる。それは、後に近代小説を生み出すことにもなった。

『創世記』や『ヨブ記』でも、物語形式が採用されていると見られるかもしれないが、『マルコ』では、一人の編集者の批評的問いかけから始まっていることが特に重要である。「あなたはこれをどう読むか?」という問いである。『創世記』などは、長い時間をかけて歴史的に伝承され肉付けされていったものにすぎない。それは民族的共同意識のようなものである。

それゆえ、我々は出来上がった教説を信じるのではなく、小説を読むように自由に考えながら福音書を読むことが必要となる。

そもそもこのようなことがどうして生じたのかといえば、それはユダヤ教にとって律法の意味が明らかであったのに対して、キリスト教徒にとってイエスの生と死の意味が謎めいたものであったということである。

残された者は、それを解釈して意味を理解しようとしたが、その最初期においてさえ、論争や不一致が存在していたのだ。それこそが福音書の成立の意義である。

もちろん、その意味を統一的に与えようとする神学的試みは、何度も強力に試みられてきた。その代表がパウロである。それは、イエスの死と復活に集中し、それを罪の贖いとして解釈するものであり、イエスの存在を、ユダヤ教に預言されたメシア(キリスト救世主)と解するものである。

しかし、このような解釈にとって、飲み込みにくい骨として残るのが福音書である。それは実際のイエスの存在と活動を描きこみ、磔による贖罪という神学には還元できないものを多く含むからである。

かくて、福音書文学は、信仰の自由と不可分のものとして登場する。それは、信じるのも信じないのも自由である、というだけの抽象的・法的権利のことではない。信仰の内容について思考する自由のことである(「信仰の自由」については、「法と倫理」2016年8月14日参照)。

もともと律法は、それについて思考することを要求するものであり、盲目的に従いさえすればよい単なるマニュアルではないのだ。

たとえば、「安息日」をめぐるパリサイ人との論争が記されている。

そして、安息日に彼〔イエス〕が麦畑を通るということがあった。そして彼の弟子たちが穂を摘みながら道を進んでいった。そしてパリサイ派が彼に言った、「見よ、なぜ安息日に許されていないことをするのか?」そして彼らに言う、「ダヴィデが困って飢えた時に何をしたか、読んだことがないのか?ダヴィデ自身とその仲間が。アビアタルが大祭司だった時に、神の家に入って、祭司しか食べることが許されていない供え物のパンを食べ、また一緒にいた者たちにも与えた、ということを?」そして彼らに言った、「安息日は人間のためにあるのであって、人間が安息日のためにあるわけではない。だから、人の子はまた安息日の主でもある」。(『マルコ』2章23〜28節)

本来、人間の為に安息日が設けられているのに、安息日のために人間が存在するかのような倒錯が生じているのである。(ちなみに、「人の子はまた安息日の主である」とは、田川氏によれば、「安息日が人間の主なのではなく、人間こそが安息日の主だ」という意味である。)

このような本末転倒が生じるのは、パリサイ人においては、律法が、人を裁き、それを守ることができない人を差別するために利用されるからである。

ここにも、パリサイ人特有の過剰な厳格主義が見られる。このような過剰さは、いかなる心性に基づくものであろうか? その点を考えるために、放蕩息子をめぐるエピソードが参考になる。

そこでは、父のもとにいて孝行を尽くしていた兄が、放蕩して戻った弟に対して父が同じようにやさしくするのを見て、文句をつける場面がある。父のもとにとどまること自体の喜びが意識されず、むしろいやいや禁欲的にそうしているにすぎず、そうであればこそ、そうしない(律法を守らない)連中に対する厳格な非難が巻き起こるのである。

だからこそ、父のもとにとどまること(律法を遵守すること)が、そうしない人を差別することの口実になってしまう。

この「孝行息子」には、父に対する真の愛と信頼が欠けており、その隙間を律法遵守という目に見える「実績」とか「善行」で埋め合わせようとするのだ。

ここには、ルサンチマンの心理が働いている。禁欲的に父のもとにとどまる兄は、自分に愛と信頼が欠けていると薄々感じているが、その上でそれを否認するのである。自分が父から愛されているという信頼が欠けているために、その代わりに自分が愛される理由と資格を、厳格すぎる律法遵守の中に見い出そうとする。だからこそ、父からの無償の愛を受け取るかに見えた放蕩息子を、非難せずにいられないのである。

ルサンチマンに囚われる者は、全く愛を知らないというのではない。それをぼんやりとは知りつつ、自分が全き愛から隔てられていると感じるから、他人の中にそれを予感するとき、単に無関心でいることはできず、過度に攻撃的にならざるを得ないのである。

安息日の律法に関するパリサイ人の過剰な厳格主義にも、これと似たルサンチマンの心性を見ることができよう。

それでは、安息日の律法に固執するパリサイ人は、何の欠如に関するルサンチマンが問題となっているのであろうか?

律法至上主義は、律法の適用には思考が必要だということを忘れている。安息日の場合だと、その律法の本来の目的や趣旨の忘却。

一般に律法は、いくら細目まで定めても、なお思考を免除するものではない。この事例にはどの律法が優先的に適用されるべきかは、前例に即して判断されるが、決して自動化はされない。むしろ、律法は考えさせるためにあるのだ。

この点を説明するために、私はスポーツのルールに訴えることにしている。ここで以前に論じたことだが(2014年9月7日「暗黙のルール」)、サッカーでは、反則には笛を吹かねばならないと定められている一方で、審判はむやみに笛を吹いて試合の進行を妨げてはならないとも決められている。

このような一見したところ矛盾しかねないルールは、ルールに従うことが決してマニュアルに機械的に従うことを意味しないことを示している。むしろそれは、サッカーがいかなるゲームであるのかという伝統に立ち返って、それぞれの関係者が考えるべきことを要請しているのである。

ルールの存在は、思考の免除を意味せず、むしろ伝統に立ち返って思考することをこそ要請しているのだ。

憲法などにおいても、それが掲げる理念がどのように整合するか自明でないことが多い。安全と自由、自由と平等など。それらがいかに実現可能かは、政治的論議の対象となるのであり、その際に憲法的理念は議論の支えに資するだろう。

律法に従いさえすれば、後は思考を免除できるかのように、律法至上主義は自由な思考に対して目くじらを立てて、それを抑圧しようとしているのである。したがって、それは、思考の自由そのものに対するルサンチマン的敵意なのである。

してみると、パリサイ主義とは、精神の自由に対するルサンチマン的敵意であり、律法に対する偶像崇拝である。他人の中に自由な思考の存在を予感すればこそ、それに対する過剰な敵意が爆発するのだ。

アイザヤ・バーリンはその『自由論』で、「消極的自由」と「積極的自由」を区別した。前者は、「支配されることからの自由」であり、その領域がどこまでかはともかく、比較的理解しやすい。

バーリンはもっぱら政治的自由を問題にするから、「積極的自由」の方は「支配する自由」であることになる。しかし、それを強調すれば、互いの消極的自由を侵害することになりかねない。バーリンの考察だけでは、この観念を生かすのは難しい。せいぜい、政治参加の問題にしかならない。

私は、「積極的自由」を、ここで述べた「信仰の自由」、言い換えれば思考の自由のことであると捉え返したい。

信仰の自由は、信仰の伝統によって支えられたものである。律法の伝統が、思考を促すように、信仰の伝統は真の信仰とは何かを考えるように我々に促す。

福音書文学は、キリスト教の中核に「真の信仰とは何か?」という問いが、未解決のものとして残っていることを示している。つまり、信仰の伝統そのものの中に、信仰の本質の不確定性が含意されているということである。

宮沢賢治は、『銀河鉄道』の中で、ジョヴァンニはカンパネルラに「本当にみんなの幸いのためならば、僕の身体なんか百ぺん灼いてもかまわない」と語るが、カンパネルラは「けれども本当の幸いはいったい何だろう」と答える。

ゼネリを助けるために川に入って自己犠牲になったカンパネルラは、そのことが母親を悲しませることを思うと、それが本当に正しいことだったのか確信が持てないのである。

本当の幸いのために身を捧げることは大事だが、「本当の幸いとは何か?」を問い直すことはさらに重要なのである。
 
その少し前のところで、「本当の神様」をめぐる問が掲げられている。

「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。僕たちここで天上よりももっといいとこをこさえなきゃいけないって、僕の先生が言ったよ。」

「だっておっ母さんも行ってらっしゃるし、それに神さまが仰るんだわ。」

「そんな神さま、うその神様だい。」「あなたの神さま、うその神様よ。」

「そうじゃないよ。」

「あなたの神様って、どんな神様ですか?」青年は笑いながら言いました。

「僕ほんとうはよく知りません。けれども、そんなんではなしに本当のたった一人の神様です。」

「本当の神様は、もちろんたった一人です。」

「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうの本当の神様です。」

「だからそうじゃありませんか。私はあなた方がいまにその本当の神さまの前に、私たちとお会いになることを祈ります。」  (『銀河鉄道の夜』ちくま文庫版p−289)


本当の神さまを信じるとともに、あるいはそれよりもむしろ、「ほんとうの神さまとは何か?」を問うことが、ほんとうの信仰の一部でなければならないのである。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/easter1916/52471844
この記事へのコメント
「ここには、ルサンチマンの心理が働いている。禁欲的に父のもとにとどまる弟は」となってますが「兄」の間違いではないでしょうか。
Posted by けん at 2016年09月26日 18:56
けんさま
 間違へました。よく間違へてしまひます。修正しておきます。
Posted by tajima at 2016年09月26日 21:36