2019年07月26日

おとなの難問

野矢茂樹氏の新刊『そっとページをめくる』(岩波書店)が出版の運びとなった。

https://www.iwanami.co.jp/book/b458088.html

主に新聞書評に載せた小文を集めたものであるが、私自身もエセーを寄せている。というのも、この本の一部に、氏の編纂による『子供の難問』(中央公論社)の中の拙文に対する野矢氏の詳しい解説があり、それについて私自身のリプライを求められたことによる。私のほかに、熊野純彦氏の文も取り上げられており、同様にリプライが載っている。

野矢氏の書評は、勘所を得たすばらしいものであり、いつもそのひょうひょうとした文章でも多くの読者をひきつけてきたが、今度の本でもその期待が裏切られることはあるまい。それ以外にも、文学批評など他では見られない珠玉の小品が含まれている。

私自身は、リプライの中で「どうしてきれいな人を好きになるの?」という大人の難問を論じている。ついでにご笑覧いただければありがたい。


Posted by easter1916 at 02:51│Comments(4)
この記事へのコメント
野矢先生、新井紀子さんを持ち上げててちょっとまずい感じしますけどね最近
Posted by ラリヒ at 2019年08月09日 22:26
ラリヒさま
 コメント恐れ入ります。
 わたくしは新井紀子さんといふ方を存じませんし、その方のどんな点を持ち上げるのがまづいのかも、かいもくわかりません。ともあれ、わたくしのやうに人の批判ばかりしてるより、ひと様のいいところを持ち上げるのはまづいことではないやうに思はれますが。
Posted by tajima at 2019年08月16日 21:26
お暇がありましたら以下のリンク先を読んでください。

https://www.taishukan.co.jp/kokugo/media/blog/?act=detail&id=39

新井紀子先生は、AIを東大に合格させようというプロジェクトをされていた数学者の方でして、最近は子供たちは教科書もろくに読めないという趣旨の本を出されベストセラーになり賞もたくさん取られ、まあ時の人という感じですね。
高校の国語では文学国語と論理国語に分けるという話が少し話題でして、よろしければ田島先生の見解をぜひ聞いてみたいです。
Posted by ラリヒ at 2019年08月22日 20:29
ラリヒさま
 新井先生のご意見は、これだけではよくわかりませんが、一般に「文学国語」と「論理国語」の区別などは意味空疎だと思ひます。「論理国語」の方がわかりやすく誰にでもわかるといふやうなことは決してありません。そもそも誰にでもわかるやうな文章だけを青少年に学習させるべきだ、といふやうな愚劣な偏見を打破すべきなのです。そんな文章ばかり読まされては、子供は勉強意欲をなくしてしまふでせう。中等教育における国語教育に大きな問題・欠陥が存在するといふのはそのとほりですが、それは「文学偏重」などにあるのではありません。むしろ文学の完全な欠如にこそ問題があるのです(つまり論理の欠如でもある)。今日の学校教育における「文学」とは、先生の欲望を素早く的確に読み取る「忖度力」を問ふものでしかない。テクストを分析するのではなく、正しい「感想」つまり先生が読み取りたいといふ欲望を言ひあてることだけが求められてゐるのです。「国語教育」におけるかかる順応主義こそが彼らから批判的精神を奪ひ、言語に常に存在する敵対性・抗争性を覆ひ隠し、何も読み取ることができない幼稚な精神を育て上げるのです。なぜこんなことになるかと言へば、それはもちろんあらゆる政治性を抑圧し、自由に考へることをタブー視する強力な同調圧力が、学校といふ陰鬱な空間を支配してゐるからです。
 そんなわけですから、国語力をつけさせようとするなら、一番の近道は安部や自民党的なものを打倒することでせう。国語教育であれ他のいかなる教育であれ、何か変革しようとしても、自民党が政権についてゐる限り、何の効果も期待できません。すべての教育論は全くの筋違ひになるしかない。彼らの下では、すべてが「道徳教育」(ないしは不道徳教育)になってしまふからです。
Posted by tajima at 2019年08月22日 22:40