2019年07月29日

背水の陣

山形新聞「ことばの杜」への投稿。
「人事を尽くして天命を待つ。」    胡寅(こいん)『読史管見』

胡寅とは、南宋の儒学者らしい。もとの出典では少し違った表現のようだが、我々はこのような形で教えられてきた。

さて、「人事を尽くした」と言えるのはいつであろうか? あらゆる努力を尽くしたと思っても、まだやり残したことが次々見つかるものだ。しからばまだ天命を待つ段階ではない。しかし、どこまでも努力し続ければ何とかなる、という思い込みは錯覚でしかない。そんな態度で臨む限り、決して天命を聴くことはおろか、人事を尽くすことさえできないだろう。いずれ死によって不本意な終わりを迎えるのがせいぜいのところ。だからこそ、人為的に時間を限って、制約を設ける必要があるのだ。そのときの結果をもって天の声と聴く覚悟を持ってこそ、人事を尽くすことも可能になるというもの。

するとこの格言は、「背水の陣」に似てくる。『史記』によれば、漢の劉邦の将軍韓信は、河を背にして戦って趙軍を打ち破った(井陘(せいけい)の戦い)。「背水の陣」で空間的に自ら退路を断つ代わりに、時間的に退路を断つ。これが「天命を待つ」である。いずれも、自然にはない制約を自ら設けることによって、天祐を呼び込むのである。有限性の自覚こそ肝要なのだ。

だが、今この瞬間に全力を投入することができるとしても、これでは長期にわたる仕事を手掛けることはできない。いつ完成するともわからない仕事に、身をささげることができるためには、有限性の自覚だけでは足りない。何百年もかけてゴシックの教会堂を建造した石工たちは、自らはその完成を見ることなく、またそれをつゆ期待することなく、次世代・次々世代へと仕事を託すことができた。彼らが「人事を尽く」せたのは、逆に永遠なものへの信頼があったためである。未だそこに目に見える形では存在していないものを、ありありと感じ、その中に自分の存在を一片の石材のように埋め込むことができたのであろう。




Posted by easter1916 at 02:57│Comments(0)