2019年09月16日

第三アンチノミー

先日、カント・アーベントという席で講演を行ったが、もちろんはなはだ不評であった。そのときに十分に展開できなかった論旨をいくらかわかりやすくメモしたので、以下に貼り付けておく。  続きを読む

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2019年09月06日

美術館

丸山真男は「盛り合わせ音楽会」という小論で、芸術作品をそれが芸術作品であるというだけの理由から、傾向と問題意識においても様式においても価値観においても全く食い違う諸作品を、安んじて一緒くたに並べる無神経さを批判している。彼はラートブルフに言及しながら、それぞれの作品をその真の精神性において鑑賞せず、いわば等しく文化財としての価値を証明されたものとして物神化する「精神的文化の無差別的享受性」を批判する(著作集第三巻p−340)。

このような批評も、ある種の文化物神的権威主義に対しては一定の意義を持つだろうが、次のように説くに至っては、さすがに偏狭な文化保守主義という別種の権威主義ではないかという疑いをぬぐい切れないのである。

僕の論法を進めていくと何々アーベントといったふうに同一人の、もしくは同傾向の作品だけを選んだ音楽会以外は無意味だという結論にならざるを得ません。(同P―338)

この伝で行くと、メンデルスゾーンがバッハの『マタイ受難曲』を演奏したようなことはどうなるのだろうか? バッハとはまるで異質なメンデルスゾーンの音楽を同じ演奏会で演奏するのは、やはり「内面性を欠いた」「盛り合わせ音楽会」ということになるだろうか?

しかし、メンデルスゾーン自身は自らとバッハの受難曲のあいだにある明確な一貫性を感じていたのであり、自らをバッハの音楽の伝統の中に位置づけることができたのである。丸山は、ベートーヴェンとドュビッシーを同じプログラムの中に入れることが困難であるかのように論じているが、ダン・タイ・ソンの演奏会ではしばしば両者は実にうまく共存しているものだし、そこに演奏家のベートーヴェン観がにじみ出ているとさえ言うことができるだろう。ベートーヴェンのコンチェルトの連続演奏会の演奏でさえ、そこにドュビッシーの響きさえ感じられたものである。

丸山自身が思想史を演奏にたとえているように、演奏自体が批評的行為であるかぎり、諸作品の内的連関を新たに見出すことは、それ自体批評的行為なのである。ベートーヴェンを、一刀両断にドュビッシーから切り離してしまうことは、ある偏った作品観にとらわれた偏見でしかないのである。ベートーヴェンの音楽が、たとえばバルトークよりブラームスの音楽に親和的であると考える必然性はない。それはヘーゲルの哲学が、アリストテレスよりシェリングのそれに近いと考える必然性がないようなものである。

このような点で、アドルノの「ヴァレリー、プルースト、美術館」というエセーが参考になる(『プリズメン』所収)。ヴァレリーは美術館について、おおよそ丸山真男が言うような批判を展開している。美術館では、あらゆる作品があたかもその生前には互いに激しく闘争する場に存在していたことを忘れて、墓地のような静寂に包まれて存在するが、それは作品を正当に生きた活力において問題にする態度ではない。すべての作品は、そのもともとの配置から切り離されて美術館に安置された途端、死の静寂の中に存在することになるのだ。

しかし、作品が本来置かれる場とはどこなのであろうか? モーツァルトの作品は、王侯たちの昼食の背景に配され、ベラスケスの肖像画は、スペイン王宮の壁を飾ることこそふさわしい場所なのであろうか? もちろん老練なアドルノが、そんなバカげた文脈に作品を押し込めることがいいと言うはずもない。

蝋燭の灯りの下で演奏されるモーツァルトは、コスチューム・プレイに堕してしまうものだし、演奏の隔たりを脱して直接的な生の連関の中に呼び戻そうとする努力には、どうしようもない救いがたさがあるばかりか、おまけに何か社会的に後ろ向きの悪意を含んでいるようにさえ感じられる。ある人がよかれと思ってマーラーに、雰囲気を出すために演奏のさいホールを暗くさせてはと進言したとき、周囲を忘れさせないような演奏は何の役にも立たないとマーラーが答えたのは、もっともなことだった。(『プリズメン』p−266)

「コスチューム・プレイに陥ってしまうモーツァルトの演奏」は、芸術作品をその「本来の生活の場」に置こうとする時代錯誤を皮肉っているのは明らかだが、マーラーの言葉は何を象徴しているのであろうか? 作品には、その置かれるにふさわしい本来の雰囲気があるはずである、という考えを嘲笑しようとしているのであれば、モーツァルトの場合と同様の批判であると受け取ることができる。段落替えもないのであるから、そう受け取るのが自然というものであろう。

そもそも、この例はヴァレリーの立場なのか、それともプルーストの立場なのか? アドルノは両者を対比しつつ論を展開しているのだが、プルーストは美術館を享受するディレッタントの立場から一貫して芸術作品を見ている点で、そして、作品をあくまでも鑑賞者の生の一環において享受する点で、作品の絶対的な自立性を目指す製作者の観点に立つヴァレリーと対立するものとされるのである。

美術館が、生活における本来の作品の場ではないとする点では、これらの例はヴァレリーの主張を裏書きするように見える。ヴァレリーが目指す絶対的な作品の自立性を否認する点で、「コスチューム・プレイ」も「暗いホールの演奏」も、似たり寄ったりだからである。

しかし、プルーストが美術品のもともとの享受の場所が失われて久しいことを十分に理解している点で、そしてヴァレリーのようなノスタルジーにとらわれていない点で、これらの例はプルーストの立場に近いとも言うことができるのである。

アドルノによれば、作品本来の文脈は、すでにとっくの昔に失われて久しいものであることを、ヴァレリーは気付いている。彫刻と絵画についてヴァレリーは語る。

絵画と彫刻は置き去りにされた子供たちなのだ。…建築が彼らの母なのだが、その母は死んでしまった。(p−270)

してみると、建築の中におかれることこそが、作品のふさわしい位置なのであろうか? そうではない。貴族の館や宮殿の壁におかれるとしても、美術館以上にふさわしいわけではないのだ。

夕食を取りながら見つめられる傑作は、もはやあのうっとりさせる幸福感を我々に恵むことはない。(p−273)

バロック時代のターフェル・ムジークのような環境音楽こそが音楽鑑賞の理想だ、などとはとても言えないのである。つまり、「本来の場所」など実はどこにもないものなのだ。

そうであれば、あらゆる作品はすでに死物なのである。

神話にあっては英雄たちは…いつも母を亡くしていたことが思い出されねばなるまい。完全な「幸福の約束」のために、芸術作品はその養いの地から引き離され、自らの没落への道をゆくのである。(p−285)

作品を美術館に置くことは、さながら墓地に安置することに似ているのだが、かと言ってそれらの作品に復活の日が来ないわけではない。むしろすべての作品は、その「養いの地」から切り離され、復活の日を待ち望む暗号に成り代わっている。

精神の博物標本室は、芸術作品をまさに本質的に歴史の象形文字に変え、芸術作品が有していた古い内実がしぼんでいく一方で、それに新しい内実を与える。(p-286)

かくて、作品は死と再生との両義性にさらされることになる。現実の文脈から遊離することによって、かえって作品は自由な文脈を獲得するのだ。

作品を美術館に展示するのは批評である。批評によってはじめて、作品が等しく芸術作品として評価されることになる。それ以前には固定された文脈に置かれていた工芸作品が、自由な文脈を獲得する。美術館に置かれるとは、自由な文脈を獲得するということである。個々の作品は、それぞれ先行する作品の様式に挑戦しながら、自らを主張し、批評的に対峙するけれども、それでもそれらが自由に向けて挑戦したことこそが、芸術作品としての品質証明であり、美術館への入場資格なのである。
  
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2019年08月19日

美学ノート(デュシャンの『泉』)

佐々木健一氏の『美学への招待』増補版(中公新書)を読んだので、それに触発されてあらためて美学について少し述べてみたい。

何が美学の対象であるかは、ただその語の適用の変遷を追っていくだけでは分からない。今日われわれが「芸術」と認めるものに、古代は一者とのかかわり(プロス・ヘン)を認めていなかったのである。つまり、芸術一般という 等質性を認知していなかったということだ。 

それゆえ、一旦は近代の視点に立った上で、その批評精神を引き受け、それを自分自身にも向けねばならない。美学は、その成立やその対象領域そのものが論争的な、優れて批評的な認識なのである。その意識が希薄だと、無批判的順応主義に陥るか(その場合、世に認められたもの、高い値が付くものが芸術作品だということになる)、流行モードを報告する風俗ジャーナリズムに陥ることになる。いずれにせよ、美学は、当初掲げていた規範的原理を放棄することになる。

近代においてにわかに美学が芸術一般の学的認識として成立したこと、その為に「芸術」を統一的に捉える視点が成立したことを基礎にしてこそ、その前史ならびにその解体としての芸術史が、統一的に捉えられるのである。

そのうえで、近代芸術の野心を、世界をその全体性において縮約するという市場経済に由来する夢として見る必要があろう。今日では、その夢はほぼ断念されているし、それを実現する社会的基盤もかけていることが知られているとはいえ、それでもいったん成立したこの理念に由来する批評精神はなお生きているのである。夢の虚妄を突いたり、欺瞞性を暴露したり…。したがって、芸術のジャンルは解体していくが、批評は、また芸術の批評性は残るだろう。そしてそれは政治性を含むものとなる。いや、もともと芸術は政治闘争の場であり続けているのだ。というのも我々(近代の美学的立場)から見て、ということだが。

我々は、ベンヤミンと同様、芸術を近代の見果てぬ夢の約束として、したがって裏切られ続けながらも、闘争へと再三挑戦させ続ける呼びかけとして、つまり敗北しながらも後継者を待ち続ける、かなえられなかった夢と見なす。

我々がまず芸術作品に読み取るのは、そのはかり知れなさであり、謎である。なぜなら、我々は作品の重要性は直感的に理解できるものの、それが何故重要であるか説明できないからである。もちろん、後から批評家がそれを悟性的に説明してくれることもあり、それに我々が納得することもある。

しかし、その説明は別の作品の説明にも同じように適用できるとは限らないし、その「重要性」の概念をパタン化して習得すれば、それに基づいて同じように重要性を持つ作品を自在に生産できるわけでもない。つまり、それは反復適用可能なパタン認識・技術化可能な知ではないのである。作品の価値を判断する判断力は、感性的なもの(色とか形)にせよ抽象的概念にせよ、適用基準が明確なものではないし、技術的に操作可能なものでもない。

もしわれわれが、たとえば時計のようなものの内部構造をよく調べ、その部分部分がどのように作られ、どのように組み立てられながら、それぞれどのような役割を果たしているかを知り尽くしたなら、それを部品からそっくり作り上げることもできるだろう。このような場合、我々は当面、時計についてはすっかり知るべきものは知り尽くしたと言えるに違いない。(もっとも時計の装飾部分など、時計として持っているのではない部分については、なおまだ知り尽くしてはいない部分が残っているかもしれないが。)

ところがこれに対して、芸術作品は、たとえそれが与える感動が説明されたところで、それで作品について知り尽くされたとは言えない。なぜなら、その概念の適用によって作品が製作されたとは思えないし、他の人には他の理由に基づいて感動を与えるかもしれないからである。いや、同一の人物に対しても、初めと時間を経た後では、別の側面が感動を与えるということもあり得る。

感動という心理的なものを絶対化するのは不都合であるかもしれないが、それなら重要性と言ってもよい。「重要性」も「感動」に劣らず複雑な観念だが、それを分析する余地がある点で、「感動」に訴えるよりはましであろう。たとえば、その事柄がいくつかの、あるいは多くの重要な事柄と密接な連関がある場合、その事柄が重要であると言えるかもしれない。その場合、当の事柄をより広い文脈の中に置くことによって、実り豊かな探求方針が示されるであろう。

とにかく作品の重要性は、一人の関心や一つの側面の指摘だけから示されるわけではなく、多くの人々の議論の的になったり、その作品を理解する多方面性に支えられるから、単一の説明で作品の本質を汲み尽くせないこと自体、作品から直感できるのである。

それゆえ、デュシャンの『泉』とかジョン・ケージの『四分三十三秒』のような作品は、それが芸術史上重要な批評的出来事であるとはいえ、それはほぼ単一の意味しか持たず、そのインパクトがいったん与えられてしまえば、もはやそれ自体によって、以後重要性を失うという意味で、永続した重要性を持ちえないものである。実際、『四分三十三秒』を再演することほど間抜けなことがあろうか?

  
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2019年05月13日

レヴィナスの意味論

レヴィナスは我々の感覚や感情のような非志向的経験に注目して、それらが志向性に還元できないものであることを強調する。同時に、ノエマとして主題化されず、それゆえ存在の体系の中に(つまりは言語で語られたものの中に)収まらない意味を見出す。

志向的経験は、志向的内容という意味に還元されてしまうが、食べる満足のような意味は、志向的内容をはみ出す。もちろん、食べる満足を主題化してその内容を取り出すことは可能だが、その経験が、その何であるかということに尽きるわけではない。ラーメンを食べるという内容、またそれによって私が満たされたという内容は、志向的内容として表現されるかもしれないが、実際に食べることで与えられる感覚は、体験されなければわからない。

このような非志向的経験をとらえようとすること自体は正しい。
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2019年01月06日

ピーコックの自由論

ピーコックは、決定論にも非決定論にも中立的な自由理解を手に入れようとする。その要となるのは、「他でもあり得た」「他のこともなし得た」could have done otherwise の理解である。物理法則は非両立論も両立論も支持しない。

ピーコックが主張するのは、「他もなし得た」は、現実の成り行きと近接的であるような可能的成り行きというものを考えることができるということであり、その初期条件の差が自由意志によってもたらされるか、必然的に(決定論的)に決まっているかは問題ではないということである。

そのうえで、ピーコックは1)φしようとする近接可能性が存在し、2)φしようとすればφしたであろうこと、これがφする自由があるということであると規定する。(Peacocke Being Known  p−311)

ここでφしようと試みる可能性が近接的可能性であると規定されているが、この近接性判断にテュケー(運)が介入することはないのか? ふと思いついてφしようとするかもしれないが、そうしなければ、φしようとなど決して思いつかないかもしれない。

ピーコックは近接可能性がすでに実在論的に与えられているかのように考えているようであるが、思いつかない場合には、φしようとはできないのであるから、それは可能ですらない。

結局、何らかのテュケーの介入によって、そのことを思いつくことによって、φしようとする可能性が生じるのである。三角形の内角が二直角であることの証明においては、底辺に平行で頂点を通る補助線を引くことが必要である。このような補助線を引くことは、果たして近接的可能性に含まれるのか?

さて、近接的可能性とか近接的世界とは何か? 特段の事情がない限り、現実世界で成り立つ法則がすべて同じように成り立つと言えるような世界として特徴づけられる。また、現実世界を構成する諸事物の諸性質で堅固なものはすべて近接世界においても保存される。さしあたって、特段の事情がなければ成り立つ法則が成り立たないような近接可能世界は存在しない。

しかし、何が近接世界であるかを決定的に規定することは難しい。特段の事情がない限り成り立つ法則なるものも、特段の事情が生じれば阻却されるのだから、この特段の事情が生じること自体が近接可能性であるかどうかを問題にできるはずである。というのも、ピーコックは次のように論じているからである。

問題となる近接可能性の体系の外側に、たまたま何が生じるかということにも、近接的可能性の評価は依存する。たとえば、地球が前世紀に宇宙の巨大な物体との衝突によってたやすく破壊され得たかどうかということを考えてみよう。この問いは、単に太陽系の天体の軌道の安定性を記述する、特段の事情がない限り成立する法則を考察し、また、太陽と惑星からなる大部分の恒星系の配置の堅固な性質というものを考察するだけでは答えられない。衝突するが近接的可能性かどうかは、また前世紀の地球から時空的に遠く隔たったすい星や小惑星が、容易にいくらか実際とは違ったコースをたどり得たかどうかにも依存している。(p-322)

このように、考察さるべき体系が何を含むかが未定であれば、客観的に近接的可能性が存在しているとはいえず、与えられた知識と相関的にのみそれが語りうることになろう。

もし可能性が知識に相関的であるなら、知らないことを知る可能性は、存在しないか、近接的可能性かそうでないか評価することができないことになろう。少なくとも、試みることさえ思いつかないことは、近接的可能性でないのみならず可能性ですらない。

ピーコックが、試みることさえ思いつかない可能性、したがって可能性にさえなっていない潜在的可能性を、まったく無視していることは、次の記述からも明らかである。

次のようなもっともな〔進化論的〕議論さえ立てることができよう。自由という〔主観的〕印象は、高等動物の成熟した個体においてなら、主要な場合には、ほぼ正確に正しいであろう。その個人によって、何らかの近接的可能性に置いて気付かれていない(not realizable)ところの選択肢について考察することは、時間とエネルギーの浪費であろう。(p−338)

しかしここでも、知覚の自己帰属と信念の自己帰属の違いについて論じたことが、ほぼそのまま当てはまる(2018年7月4日「命題的態度の自己帰属」参照)。すなわち、進化論的に論じることができる知覚と違って、信念の自己帰属に関しては、「正常性条件」が成立しない。それと同様、自由の自己帰属に関しても、動物たちにおいて(または人間においてもまた、その動物的諸行動において)自己帰属に正常性条件が成り立つようには、人間の概念的行動――計画的企画や高度に分節化された行動に関しては、正常性条件は成り立たないのである。コツをつかまなければそれを試みることさえなし得ない行動というものがあるのだ。(動物の場合に自由の自己帰属ができるかと言えば、そのような概念装置を持たない動物には無理かもしれない。しかし彼らも、自分がφしようとすればφできるということを知っている、という意味で自由であることは知っている、とは言えるだろう。その意味で、ここには正常性条件が存在している。)

たとえば、数学の証明とか難易度の高い体操の技(逆上がり)ができるかどうか、どうやればできるか、あらかじめ気づかれていない選択肢に属するものでないかどうか。目を閉じるとか口を開けるといった非常に基礎的な行為以外、単に直観に基づいて、自由を自己帰属することなど我々にはできない。

とりわけ自由が問題となる場面(我々が本当に自由かどうか、どの程度、またより自由かどうか…)では、そのような自己帰属はできないし、事後的に遡及的にしか自己帰属も他者帰属もなし得ない。

私自身は、物理法則であれ他のいかなる法則であれ、決定論も非決定論も根拠づけるものではないという点で、ピーコックに同意するが、自由が普遍的決定論と両立するという考えには同意できないし、「他もなし得た」ということが自由のもっとも重要な側面をとらえるものとも思わない。また。近接世界という道具立てによって自由の主要側面を理解できるとも、もとより思えない。そもそも選択肢という考え方が、自由を論じるうえで適当とも思わないのである。したがって、「自由意志」(それが何を意味するにしても)を主張するものでもない。もし選択肢ということを考えるとしても、可能な選択肢が問題ではなく、いずれも不可能な選択肢への直面こそが、つまりアンチノミーこそが問題なのである。
  
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2018年12月09日

進化論再考

ある環境の激変によって、ある種は生き延び、ある種は絶滅する。それは前者に、より大きな適応力があったためだと言われる。また、ある環境にはある種が、また別の環境には他の種がより多く生存できているのは、それぞれの種が、それぞれの環境により適合的であるためであると説明される。これは、それ自体が世界の在り方についての客観的描写であるというよりも、リサーチ・プログラムとしてよりよく理解できよう。「適者生存」は、その意味で生物学の法則というよりも、生物学のリサーチ・プログラムなのである。

実際に、当該の種のどの特性がどのようにその環境への適合性として働いているのかの説明は、具体的な考察によって埋めていかねばならない課題である。そのさい、その種の「環境適合性」が具体的にいかなる内実であるかの説明が見つからない場合でも、「適者生存」のリサーチ・プログラムが反証されたり、用済みになったりすることはない。ただ、探究が未完成であることが示されるだけである。

これは、ちょうど「因果律」の場合と同様である。因果律も、自然自体の普遍的法則というより、リサーチ・プログラムとして理解されるべきである(これがカントの「コペルニクス的転回」)。それは、「結果の差異は、原因の差異によって説明されねばならない」という探究方針を意味する。食塩は水に溶けるが、石英のつぶは水に溶けない。この差異は、前者は水溶性を持つが、後者は持たない、というのでは十分な説明とは言えないだろう。「水溶性」の内実がさらに突き止められるべきだろう。これが、例えば食塩のイオン化といった化学的特性から説明がつくとしたら、その同じ化学的特性は、他の現象の説明(たとえば、食塩水の伝導性の説明)にも参照され得るものでなければならない。

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2018年12月06日

ハンニバルの場合

問題に対して、一義的な解が存在するとは限らないことを最も印象的に示すのは、軍事的事例であろう。

そもそも戦争で問題を解決しようとする動機が存在可能なのは、勝敗の不確実性ということがあるからである。もし戦力の優劣で勝敗が決定されるのなら、戦力が劣った側が戦争に訴える合理的理由は存在しないだろう。負け戦ほど理に合わないものはないからである。

しかし、勝敗のゆくえが不明であるからこそ、ブラフが可能になる。ブラフの存在は、単なる勝敗に対する認識論的不確実性を、一種の形而上学的不確実性に変える。少なくともそれは、事実認識を増やすことによって克服可能な、通常の意味での認識論的不確実性ではない。というのも、勝敗は部分的には死の覚悟――死を冒す主体の自由な意志に依存するからである。

時々刻々に変わる状況と主体のかかわりという戦場の現場に身を置いている軍人にとって、自由と運(テュケー)とのかかわりほど身近なものはない。「勝敗は時の運」というわけだ。好機を機敏にとらえることによって主体の可能性が開け、その可能性を利用して次の好機を見出さねばならない。このような主体にとって自由とは、好機(テュケー)を呼び込み、それを生かすことに他ならない。
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2018年07月15日

フレーゲ周辺

カルチャーセンターの講義で、フレーゲについて語る機会に、改めてフレーゲやその周辺について自分の考えを整理してみた。以前に書いたことも多いが、まとめてみるのもいいと考えるのである。  続きを読む
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2018年07月04日

命題的態度の自己帰属

「私は考える」「私は見る」「私は信じる」「私は意図する」…など、これらはいずれも、命題内容を志向的内容として持つ命題的態度の自己帰属である。かかる志向的経験の自己帰属が確実な知識となることこそ、デカルト的コギトの主張の一つの眼目であった。その点について、あらためて批判的に論じてみたい。  続きを読む
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2018年05月13日

ベルクソン批判

カルチャーセンターの講義でベルクソンを取り上げたので、その点で思いついた点を記しておきたい。  続きを読む
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2018年04月07日

トロツキスト

「トロツキスト」というのは、ロシア革命でレーニンに次ぐ活躍をしたレオン・トロツキー(本名ブロンシュタイン)の思想と行動に単に共鳴する人のことを指すのではない。それ自体極度に論争的な文脈と含意を持つ言葉であったし、また今でもそうである。今日、そのような文脈がほぼ消滅している中にあって、それについて論じるアクテュアリティは少ないと思われるが、私自身、一時トロツキストとして活動した時期があるし、今日でも一部そのような運動にある種のノスタルジーを感じる人もいるので、私自身の今のスタンスを明らかにしておきたいと思うのである。

私は、政治的伝統とか政治的権威というものには大きな意義を認めるものであるが、ノスタルジーのような感傷は、政治という領域においては極めて有害であると思っている。それゆえ、特定のイデオロギーの政治的意義とその欠陥を明瞭にしておくことは、今なお重要であると思う。
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2018年04月06日

存在への驚嘆

ギリシアに始まる「存在への問い」とは、いかなる経験に基づくものであろうか? 哲学がそこから始まったと言われる「存在への驚き」とは、何に対する驚きであったのだろうか?

その後の歴史で付け加わったキリスト教的伝統、とりわけ中世神学的伝統においては、それは「神の創造」への驚きと解釈されることになったが、ギリシア的タウマゼイン(驚嘆)は、もともとそのような本質と区別される実存に対する驚嘆であったはずはない。中世の神学では、神の知性が観想する本質と対比して、実存の方は神の(創造への)意志に基づくとされたのである。

タウマゼインとはむしろ、ギリシア悲劇にも通底する洞察であったろう。それは、それ以前は普通のもの、当たり前のものと思われていたこの世界が、突然中心を失って瓦解するような認知逆転に対する驚きであったはずだ。アンチゴネのコロスの合唱に歌われたような人間存在の深淵(驚嘆すべきもの、デイノンとしての人間)についての認識こそが、存在へのタウマゼインの源であったのだ。

つまり、その驚きは、本質とは区別されるはずの現実存在に対する驚きなんかではあったはずがない。いったい何が出来したのか、という驚きは、いったい何が存在していたのかという問いや認知と一体のものであり、世界に対する己れの理解枠組みそのものの崩壊の認知なのである。

したがって、ここでも意味の生成変化、流動化、運動が問題なのだ。この変化と運動をどう理解すべきか、ということに存在論は発している。

それ故、もっとも単純な反応は、それは存在しない、そう見えるのは仮象にすぎないとするエレア派的ないしはプラトン的立場である。

ギリシア的タウマゼインは主として自己の理解枠組みの崩壊に対する驚きであり、とりわけ言語的存在としての自己の再発見への驚きなのである。

サリヴァン先生によって手のひらに「水」と書かれ、水という存在へと開かれたヘレン・ケラーは、ただ水が実在することに驚いたわけではない。水を「水」という文字で表現することができるという理解の枠組みに驚嘆したのだ。水の存在が真に驚嘆すべきものとして立ち現れるのは、このように意味理解の総体を引き連れて現れるときである。

私は以前から、アリストテレスの「中庸の倫理学説」を、このような意味理解を開くはずの存在者の発見として理解すべきだと言ってきた(拙著『古代ギリシアの精神』p−149以下参照)。

危険を好む性格とそれを嫌う性格とだけが、「向こう見ず」と「憶病」として知られている段階では、それらは連続している。それらはいずれも程度差にすぎない。

勇気という存在がその中間のどこかに絶妙なバランスを達成した美徳として、その積極的内実とともに発見されると、そのようなバランスを欠くものとして、「向こう見ず」と「憶病」とはそれぞれ悪徳として見えてくる。

ここでアリストテレスは、それぞれの悪徳を混ぜ合わせたり、否定したりすることで、「勇気」を規定しているのではない。勇気という一点が発見されて初めて、その欠如として、両極端が(悪徳として)規定されるのである。勇気が見いだされる前と後とでは、概念の枠組みが一変しているのである。一者(勇気の存在)こそが、多者(向こう見ずと臆病)をその否定(欠如)として規定するのであり、その逆ではない。

このようにして我々の理解枠組みを一変するような存在者の発見こそが、真に驚嘆すべきものなのである。このような発見(実存と本質双方の一変)に比べれば、本質と実存のすり切れた区別立てなど、ほとんど無意味に等しい。
  
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2018年02月19日

高橋久一郎先生 最終講義

先日、高橋久一郎氏の千葉大学最終講義を聴きに出かけた。「悪と美のかかわりについて」と題する興味深い講演で、考へさせられるものであったので、以下、それについて所感を記す。
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2018年02月15日

プラトン

「偉大さ」については、以前書いたことがあるので(2013年 4月19日のブログ)繰り返すことは避けるが、それが古典古代的な観念であったことは否めないと思われる。つまり偉大さとは、古代ギリシア・ローマの政治(や軍事)と不可分に結び付いた、その意味では広義の政治的観念なのである。アレクサンダー大王やシーザーは、たとえその細部に何か非道徳的なところがあったとしても、偉大なものの典型であることに疑いない。

しかし同時に、それが敵・味方、勝者・敗者や諸党派を超えて共有されるものであることも、古代的常識である。アキレウスと並んでヘクトールは偉大であり、スピキオと同様にハンニバルは偉大である。その意味では、狭義の政治(特定の国家の価値や党派の理念に従属する政治)に属するものではない。その意味でimpartialなものであった。
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2017年12月30日

文脈(講演ノート)

堂島サロンの講演の時の覚え書きを、以下掲載しておく。  続きを読む
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2017年12月07日

ヘーゲルの「否定性」

カルチャーセンターでヘーゲルについて語る機会があった。ヘーゲルについて1時間で話すというのも無謀な話だが、長々と時間をかけたからといって、わかりにくい話が分かりやすくなるものでもない。問題は、ヘーゲルを誇大な物語としてではなく、今でも十分に活用可能な生きた思考装置として見直すことがいかにして可能かということである。以下、「否定性」ということに焦点を合わせながら、ヘーゲルに通常浴びせられる批判に対して、ヘーゲルが擁護できる合理性を、いくらかなりとも持つかどうかを検討してみることにしよう。  続きを読む
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2017年11月18日

飯田隆氏の『新哲学対話』

飯田隆氏から新著『新哲学対話』(筑摩書房)をいただいた。初めの対話編「アガトン」を一読して深く感銘を受けたので、それについて論じてみたい。

飯田氏は、我が国の分析哲学を旗艦として牽引してきた本格的哲学者であり、亡き大森荘蔵先生の高弟である。その著作は、常に周到かつ精妙であり、一般より専門家の中で評判の高い玄人好みのものと言ってよい。しかし今般氏が出版した本書は、質の高さは従来のものと変わらないが、その語り口の平明さや入門的親切心もさることながら、ひときわ遊び心にあふれた滋味豊かな作品に仕上がっている。氏を身近で知る人になら、こういう遊び心が氏の持ち味の一つであることはよく知られているが、本書ではそれが大きな魅力となっている。

有名なプラトンの対話編『饗宴』を下敷きに、その後日談を対話でつづるという形式は、単にプラトンの模倣にはとどまらない文学的出来栄えを見せて瞠目させる。特に、プラトンでは、ソクラテスばかりが議論を主導し、対話相手は相槌を打つばかりのところが多いが、ふつう感じられるこのようなプラトンに対する不満を、飯田氏は解消してくれる。他の人物もそれぞれの個性を備えつつ、かなり積極的な発言で対話に貢献しているのだ。

その結果、普通のプラトン対話編以上に劇的構成が成功しているのだが、哲学的内容がそれによって薄まっているわけではない。この両立はまことに驚嘆に値する水準で成功している。おそらく、これは哲学初心者にとって最良の入門書であると同時に、本編をもとにして哲学界のシンポジウムが打てる水準のものである。
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2017年09月14日

ライプニッツ再論(G.Evansと共に)

カルチャーセンターでライプニッツについて講義することになり、改めて考えてみた。ライプニッツに対する共感は、若い時ほどではないが、それでも半端なものではない。ただ、それを厳密に考えてみるとなかなか難しいというのが実態だ。以下、以前に論じた点と重なるところもあろうが、重複をいとわずできるだけわかりやすい形で論じてみよう。  続きを読む
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2017年08月16日

レヴィナス再論

レヴィナスは形而上学の中に宗教的洞察を大胆に取り入れ、従来の倫理学にない論点を導入して、倫理的考察を一新した。

従来倫理学は、形而上学の中に組み入れられ、人間存在の特殊な問題領域にかかわるものと見なされ、とりわけ、人間の理性的判断に基づく考察とされたため、人間実践における普遍妥当的な価値判断やその基準を与えることに重点が置かれていた。

たとえば、カント流の義務倫理では、自己の行動規範が普遍的道徳律と合致する限りにおいて正当とされたが、他方、功利主義では、「最大多数の最大幸福」に寄与する限りでの行動が普遍的に正当と見なされた。いずれにおいても、万人に普遍妥当な説得力を持つべきであり、今ここを超えて妥当するものであるべきであった。

そうであれば、「一般に〜を為すべきである」と言えたとしても、何ゆえ私がそれをせねばならないのかを教えるものではない。

また、しばしば多様な価値と複雑な状況においてなすべき行動を計算するには、慎重さと時間が必要であるとすれば、熟慮を切り上げて不確実な決断に踏み切ることがいかにして正当化されようか?

これらの問題は、従来の倫理学では無視されがちだったと言えよう。

レヴィナスは、これに対し、主体の存在を倫理学的決断の前に前提せず、むしろその結果と見なすことで、独自の主体存在論を展開する。

何より、隣人の急迫の呼びかけが先に存在する。アウシュヴィッツに引き立てられる隣人、亡命を企てて目の前の沈みかけたボートで叫び声をあげる難民が迫っている。そのような隣人たちの顔という形をとって、神が主体に呼び掛けるのだ。

主体は未だ存在しない。泥の中に眠りこけ、まどろみ続けているのである。しかし、死体となったラザロにイエスが呼びかけたように、この神の呼びかけに応えて死からよみがえったラザロのように、主体はむっくり起き上がる。

この呼びかけを聴いてしまったとき、主体は初めて死からよみがえるのである。難民の声を誰もが聴くわけではない。しかし、それを聴いてしまったのに気づくとき、主体は既に存在へと起ち上がってしまっている。主体はコギトとして存在するよりも、窮迫の声を聴いてしまったものとして存在し始めるのである。

これこそが、神が我々に存在を贈る瞬間だ。神は抽象的に「光あれ」などと語るのではない。個々人の急迫の声として、我々に襲い掛かるのだ。それを聴いた私は、すでに存在へと目覚めてしまっている。その声を聴いてしまっている。再び眠りに落ちることはできない。いや、すでに歩み始めた時にこそ、初めて私が隣人の声、神の声を聴いてしまったことに気づくのである。その声が決断を促したのではない。すでに決断した者だけが、その声を聴くのだ。

こうして、かつての倫理学の難問は一挙に解決されている。何故、私がそれをせねばならないのか? 
それを聴いてしまったのが、他ならぬ私だからである。何故、私がそれを聴いてしまったのか? たまたま私が隣人だったからであり、聴くことで隣人になったからである。何故、それをせねばならないのか? その声が、一刻を争う急迫として、私を存在へと呼び出したからである。何故、私にはそれ以外の道がないのか? 私の存在は、その呼び出しに答えることによって、初めて存在し始めたからである。

この倫理学を、精神分析的知見によって支えることも可能であろうし、また必要でもある。さもなければ、神の呼び出しによって初めて存在し始める主体という観念は、単に大げさな比喩にとどまるだろう。

精神分析によれば、我々が言語(象徴界)に参入するさい、あらかじめ大人たちが用意したセリフをしゃべる言語主体へと、飛躍せねばならない。それは母−子一体関係にある鏡像的自我に自足することを放棄し、自足的ナルシシズム的存在を断念することを含んでいる。

これ以後、決して十分には満たされることなき(象徴的)欲望に駆り立てられ、言わば言語という仮初の姿をまとって生きてゆかねばならない。これがまさに、言語によって呼びかけられ、言語主体へと生成する瞬間ということができよう。そのような脱自的実存として、主体は呼びかけを聴いてしまった存在、二度と戻れぬ路へと出で立った存在として、自らを自覚することになる。

しかし重要なことは、幼少期に起こるかかる象徴界への参入(失楽園)が、思春期以後にもう一度、いや何度でも相似形で繰り返されることである。宗教的決断もその一つ。レヴィナスの倫理が、宗教的決断の相を帯びているのもそのためである。宗教またはイデオロギー的呼びかけが、主体に呼び掛けていることに気づく。

アメリカで志願兵を募集するための有名なポスターがある。アンクル・サムと呼ばれるシルクハットの白人男が、こちらを指さしながら呼び掛ける図だ。このような形でイデオロギーは、主体を名指して呼び掛ける。それは、イデオロギーの中に主体の位置を用意し、そこへと招き入れるためである。

子どもは両親の言語テクストの中に、自分が演じるべく用意されたセリフがあることに気づき、それに成りすます形で主体化するが、イデオロギーも同様に、そのテクスト(経典)の中に、主体が演ずべき配役を用意しているのだ。

レヴィナスの倫理の特徴は、この名ざしが隣人からの急迫という形を取るところだ。

ハイデガーの読者は、決断へと急き立てられるけれども、何を決断すればよいのかわからない。ただ死を覚悟せよ、と言われるだけだ。何のために死を冒す必要があるのかわからない。

それに対して、レヴィナスの隣人の呼び掛けは、そのつど具体的であるように見える。存在とか良心の呼び掛けといった顔のない呼びかけではなく、具体的な隣人の顔で神が呼びかけるからである。

しかし、レヴィナスによって強調される待ったなしの急迫は、人に考える猶予を与えない。

その呼びかけの意味を取り違えることはないのか? 熟慮する必要はないのか? もちろん、熟慮しても間違えることはあり得る。

しかし、熟慮するだけでなく、熟議する必要はないのか? 他者の呼び掛けに対して、孤独に決断することのみが本来的なのか?

熟議したなら、必ずや意見の対立が生じるだろう。議論はしばしば紛糾してまとまらないかもしれない。それでも決断はせねばならない。

しかし重要なことは、異論を記録しておくことであろう。裁きは決着をつけるためにあるよりも、むしろ、決着がつかない事柄を蒸し返すためにある。裁きの誤りを記録するためにある。歴史をやり直すため、敗者をよみがえらせるために、記録は存在する。

レヴィナスは、 急迫の決断を、さながら最後の審判のように見ている。あるいは、直接最後の審判の法廷に登録されたものであるかのように。しかし、最後の審判の前にも、まだ我々にやるべきことはあるのだ。

結局、レヴィナスの倫理の欠陥は、体系的意味論の欠如、それゆえ弁証法の欠如であり、倫理(他者の呼び掛け)を一義的な結論的意味しか持たないものと見なし、したがって自由の余地、創造の余地を与えず、倫理を一つの道徳的恫喝にしてしまう点にある。「アウシュヴィッツ!」と叫べば、それだけで人々を平伏させることができるかのように。それは所詮ルサンチマン道徳の域を出まい。

しかし、どんな隣人の問いかけにも、ただ一つの正しい答えしかないわけではないのである。それが見つかるかもしれないし、複数見つかるかもしれない。またどの答えがより良いかについても、観点により議論が分かれることがある。

問題解決を、いまだ到来しない自由へと開かなければ、道学者的恫喝とルサンチマン道徳は避けがたいのである。
  
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2017年07月24日

アリストテレス『デ・アニマ』の解釈

拙著『古代ギリシアの精神』p−183〜188におけるテクスト解釈について、もう少しわかりやすく説明できるかもしれないので、以下少々詳しく論じてみよう。
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2017年07月10日

デカルト・ノート

カルチャーセンターでデカルトについて講義することになり、デカルト的懐疑について再考してみた。
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2017年06月07日

文脈

堂島サロンというところで話をする機会があった。そこでは、大学の役割ということで話することが求められたのであるが、私の論旨は、大学の文学部(人文学部)ないしは教養学部に期待されているものは、情報や理論と区別されて、「文脈」の教養といえるものではないか、ということであった。12世紀のヨーロッパの発生の時から、大学は文脈というものを教え続けてきたのではないか?

そのさい取り上げたエピソードの一つについてやや詳しく論じてみよう。それは、ディオゲネスをめぐる有名なエピソードである。

アレクサンダー大王は有名な哲学者がいると聞いてディオゲネスのもとにやってきた。ディオゲネスは、例のごとく樽の中に住みながら日向ぼっこをしていたとされている。

大王は彼に、何か欲しいものはないか?と訊いて、鷹揚なところを見せようとした。アテナイを占領してみても、その精神までは征服できていないと感じていたからである。

他方、ディオゲネスにとって、それに答えるのは難しかった。

大王に向かって何か欲しいものをねだるなど、もっての外であったろう。それによって身も心も大王に屈することになるからである。

かと言って、征服者に対する反抗の困難ということはさておくとしても、「何も欲しくない」といった類の答えは、すでに大王の質問の文脈に規定されており、「強がり」にすぎないもの、本当は、例えばアテナイの独立を望んでいるのに、そのことを口に出せない臆病者、という意味を帯びてしまうだろう。

大王の質問は、たとえ無邪気なものに見えたとしても、権力を手にした者が、会話の文脈をまず支配し得るということを心得た、いかにも支配者然としたものであった。それをそのまま理解したとしたら、それに抵抗することは難しい。それが文脈を支配するということである。

ディオゲネスは、「そこをどいてほしい、日陰になっているから」とだけ答えた。

ひょっとしたら、この答えの中に、マケドニアの軍隊のアテナイからの退去の要求を忍び込ませようとしたのであろうか?

ディオゲネスは、そんな要求が決して大王から受け入れられないことは知っていた。そんな要求は軍人の仕事であり、すでにその決着は戦場でついていたはずである。だからこそ大王は、鷹揚な態度を見せつけることができたのである。

ディオゲネスは、そのことを十分に意識していたであろう。そのうえで、王の質問の意味を自分なりの文脈で理解するふりをして見せることによって、自由な精神を示したのである。これは、一応は相手の発言を文字通りに受け取ったうえで、その意味と狙いを覆してみせるという点で、ソクラテスの場合と同様、イロニカルなものであった。大王の真意を知らないふり(すっとぼけ=エイロネイア)をすることで、文脈の付け替えを行ったのだ。

もし「そこをどいてくれ」という要求が、アテナイからのマケドニア軍の撤去を比喩的に意味していたのだとしたら、大王の方が、それをすっとぼけて別の文脈で(文字通りの意味で)理解したふりをすることによって、ディオゲネスの命を救ってやったことになる。

いずれにせよ、このときディオゲネスは、もちろん周りを取り囲む大勢の人々の注視を、意識していたであろう。公衆の面前で、文脈を取り換える戦略が発揮する政治的意味は、彼にとっては明白であった。

そこに、軍事的に追い詰められたアテナイの自由の最後の残光が賭けられていたからである。

はたせるかな、やがてアテナイが滅び、アレクサンドロスの大帝国が夢の彼方に消え去っても、かの出来事はそのときそれを注視していたマケドニアの将兵たちや多くのアテナイ市民の伝承を通じて、アネクドートとして後世まで語り継がれ、我々にまで及んでいる。文脈の教養が自由の条件であることを確かに示しながら。
  
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2017年04月24日

末人たちとの文化闘争

以前から私は、ニーチェのもっとも本質的な哲学的貢献は、その形而上学や道徳理論にはなく、もっぱら政治哲学にあると論じてきた。あるいは、彼の形而上学や道徳論は、その政治的哲学との関係で初めて、その独創的含意を理解されるであろう。

ニーチェによれば、「弱者」が「強者」と戦うとき、必ずや前者が勝利をかすめ取ることになる。それは前者がルサンチマンの道徳を打ち立てて、「負けるが勝ち」といった戦略に訴えることによってである。こうして、「大衆」による奴隷の反乱が、いたるところで高貴な精神を打ち破り、ルサンチマンによってすべての文化・政治領域を汚染していくと言うのである。

「位階序列」とか「高貴性」といった一見したところ極めて反動的に見えるニーチェの諸説は、このような文化闘争における戦略ということを抜きにしては、まったく理解できないであろう。私は、ニーチェのテクストは読者に対して鏡のように作用し、それに対して読者を選別することによって、ともすればルサンチマンの道徳によって武装解除されがちな「強者」に、その危険を指摘し、その責任の自覚を促すことになる、と論じてきた。

今般、作品に対する批評的エンゲージメントについて論じたさい、それがかかるニーチェ的戦略をより具体的に展開するものであることに気づいたので、その点について一言述べておこう。
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2017年03月12日

ベンヤミン

これまでもベンヤミンはおりにふれ読んできたが、いまひとつわからないことが多かった。このたび必要に迫られてある程度まとまって再読することになり、自分なりのベンヤミン像を結ぶことができたので、それを素描してみたい。  続きを読む
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2016年11月29日

偏屈哲学者の弁明(1)

私自身の著作について、いろんな方面から批判をいただいているが、いくらか誤解もあると思うので、少々弁解を試みよう。

そもそも、すでに書いた書物について弁解するという態度そのものが、妙に未練がましく、書き手としての覚悟のなさでしかないとも言えよう。

私もできれば、言うべきことはすっかり言ったから、あとはそこから何とでも読み取ったらいい、とばかり悠然と構えていたいものである。

だが、今日日そんなことも言ってられない。それほど日本語が崩壊に瀕しており、また出版界もそれ以上に危機状態にある。物書きも、富山の薬売りのように、自分自身で自分の本をお買いいただいた家に出向いて、一文一文解説をして回るくらいのことが求められているのかもしれない。

トーキーになる前の映画では、弁士がついて映像について解説したものである。落語でも、登場人物のセリフを語る以外に、噺家は当時の風俗や街並みや、今では使われなくなった家具に至るまで、いちいち説明してくれる。このように我が国の伝統芸能では、演じつつ解説を加えるという芸風がたくさん存在したのである。
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2016年10月21日

Davidsonの言語哲学

デイヴィドソンの言語哲学ついて、初期から後期に至るまで一貫して見られる盲点について論じてみることにする。  続きを読む
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2016年10月03日

『ヨブ記』再論

このたび、並木浩一氏の『ヨブ記の全体像』(日本キリスト教団出版局)を読んで、大いに学ぶところがあったので、私の『ヨブ記』に対する見方を再検討することにした。

並木氏の本で特に啓発されたのは、ヨブ記作家の立場を、『申命記』に代表される正統イデオロギーとの対立において、論争的にとらえるところ、並びにその時代の問題を背景として見る必要があるという指摘である。

その結果、従来の私の見方を一部修正する必要があると考えるので、以下、『ヨブ記』全体について概観してみたい。
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2016年09月12日

パリサイびと

パリサイ人とは、ユダヤ教の改革派で、サドカイ人と対立していた。サドカイ人は、ユダヤ社会上層に位置し、ローマ帝国の支配とも妥協する必要上、律法を緩める傾向があった。

そんな彼らに対して、パリサイ人は律法を立て直す改革派として登場した。

イエスは、いずれとも対立していたが、とりわけパリサイ人に対する厳しい批判が福音書には顕著である。

これはやや意外の感がある。腐敗した神殿勢力や、ローマ帝国支配と妥協するサドカイ人に対する道徳的批判を展開するパリサイ人に、どんな落ち度があるというのであろうか?
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2016年09月03日

社会契約とロールズ

社会契約説は、国家を理性のみによって正当化する野心的な試みである。

だが、自然状況でいかにして約束を守ることができるかに答えることは難しい。

理性と恐怖だけを頼りに議論を進めるホッブズの言うように、自然状況が誰から見ても耐え難いとしても、そこで社会契約を結ぶことがどうして可能なのであろうか? それをしも利用して、相手を出し抜こうと考えるのが本来「自然状態」なのではないか?

ルソーの場合は、少し状況が複雑である。自然状態から始めるのではなく、文明によって堕落した自然から出発するほかない。そこで、不自然なものを取り除くことが必要となる。そのために国家の暴力が必要だろう。
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2016年09月02日

倫理的判断の真理値

以前、「Peacocke(2)倫理の法廷」2015年10月26日で述べたように、倫理学に対する私のスタンスは、ほぼアリストテレスに沿ったものである。

私の議論にお付き合いいただく人には、倫理が我々の単なる感情の表明などではなく、規範的で合理的な言語活動であることを、とりあえず認めていただくことにしよう(吟味や批判が可能な、理由づけられた発話の活動)。そうでなければ、議論に付き合うことは必要でも可能でもないからである。

もっとも議論に開かれているといっても、議論が常に決着可能だということではないし、どの倫理命題にも真偽が確定しているとか、二値原理や排中律が成り立つということでもない。これは倫理学における反実在論であるが、それは、真理値付与を一般に否定するものではない。

しばしば、すべての倫理命題に真理値がなければ、まじめな倫理的議論が不可能だと考えるような非常に素朴な議論が見られるので、この点は特に強調しておきたい。倫理命題に非認知主義を取らない(真理値を認める)ということと、倫理命題に常に二値原理は成り立つわけではないとする反実在論とは、両立するのである。
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2016年09月01日

「ソフトな決定論」再論

必要上、アイザヤ・バーリンの『自由論』を読み直すことになった。バーリンはいわゆるソフトな決定論(倫理的責任と決定論の両立可能論)を批判し、奔放rampantで骨太robustな自由意志論を主張している。

結論から言えば、私はバーリンの両立可能論批判には共感するが、必ずしも説得的な議論にはなっていないと思う。ソフトな決定論は学者のひねり出したへ理屈にすぎないというのが、バーリンの本音なのである。だからこそ、まともに議論する気が起きないのだ。

その点も理解できなくもないが、敵陣営には、E.H.カーのような重鎮までいるのだから、イギリスではどちらかといえば敵方の方がファッショナブルなのであろう。

決定論は、カントのアンチノミーの議論によれば、因果律をリサーチ・プログラムとは見ず、物自体の本性と見なすものである。探求方法の性質を探求対象の性質と見なしてしまう形而上学的投影の一種であるから、もとより決定論に、何か科学的ないし合理的裏付けがあるわけではない。

因果律だけからは、すべてが決定されているという決定論が正しいか、それとも原的な偶然性が当たり前のように存在しているのか、いずれとも決しない。

そのようなものに頭を悩ますいわれはないのであるから、それを、本来まともに相手にするには及ばない。

しかし、ソフトな決定論は、単に誤っているというより、人間存在の特異性を逆からあぶりだすことになるので、詳論するに値するのである。以前にも「ソフトな決定論について」(2014年5月9日)で論じたが、より詳しく論じてみたい。
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2016年08月21日

「全体的」「本来的」

亡き人が何をもたらしてくれたのかは、すぐにはわからない。生きている間には、それを考えることは難しい。なぜなら、生きている人には、応答し、かかわり続けなければならないからである。

かかわる時間、生きる時間は、互いに積み上げ、紡ぎあう時間であり、何が与えられたのかを考える時間ではない。

意味を考える時間は、亡き人を思う時にやってくる。終わった生を全体としてまとめ上げ、その存在の意味を問い直すこと、その言動を一つのテクストとして読解することは、死後に初めてやってくる。

その時、言動の相互間連やその生前には伏せられていた意味が浮き彫りになってくる。時間をおいて眺めれば、相互の部分の軽重が変化し、見逃されていた細部の意味とその連関に新たな理解がもたらされるからである。

死者との対話は、生きている者との対話と違って、一方的であるがゆえに、死者の言葉を我々自身が考えねばならない。生きている者との対話であれば、不明なところがあれば、直接問いただせばいい。そこで考えるべきことは、自分自身が本当は何を考えているかである。生きている者との対話は、実際には我々自身が何を考えているかを明確化するためになされ、死者との対話は、彼が実際何を考えていたのか、あるいはその存在の意味が何であったのかを考えるためになされる。

死者はそのとき、書物という形を取ろうと否とにかかわらず、テクストとして現れるのだ。言葉がその真の意味で立ち現れるのはここである。

これに比べれば、生者との対話は、相互行為の延長、殴り合いや愛撫のようなものである。そこにも意味は現れるとはいえ、それらは次々と後に続く行為の意味によって上書きされ、深部へと沈下し、層をなして堆積してゆく。当面われわれの意識が集中するのは、表層にある意味だけである。

それゆえ、人間の言動の(テクストとしての)意味が――つまりは意味として問われる人間存在そのものが、全体的かつ本来的に問われ得るのは、死によって遠く隔てられた他者の存在としてのみである。

それゆえ、愛し合うことは、本来不可能であることがわかる。我々は生きてかかわりあう限り、その存在を互いに全体的に本来的に考えることができないからである。

愛は意味に向かうのではないし、まして意味によって愛が生じるのでもないが、我々を亡き人の存在の意味へ向き合わせ、その意味への問いへと駆り立てる。愛は問うのであり、意味を求めるのであり、意味に安住させ満足させるのではない。どのように考え続けようと、問いかけようと、決して我々はその答えに満足することはないだろう。その意味で、愛は感性でも悟性でもないし、いかなる認識でもない。ただ認識への起動力ではある。愛は亡き人との関係として初めて完結する。永遠に未完の問いとして。

イエスの犠牲の意味は何であったのか? いかなる教義によっても、すでにすっかり与えられているわけでもない。それは、イエス自身から彼を愛する力を与えられた人々、その力に突き動かされる人々すべての固有の問であり続けている。
  
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2016年08月14日

法と倫理

ソクラテスは、クリトンの示唆にもかかわらず、逃亡を肯ぜず法に従って刑死した。これをもってしばしば法と倫理との食い違いの例とされてきた。しかし私は、ソクラテスの例を違った風に理解している。

根っからのアテナイ人であったソクラテスが、ポリスの政治的価値と区別された個人的倫理を生きていたとは信じがたい。たしかに、個人の魂の吟味というソクラテスの営みには、古典的ポリスの徳とはどこかしら異質な、個人の魂の救いといった個人主義的なところがあるように見えるのは否みがたい。このようなところを、ニーチェはソクラテスの卑小さと見ていたのは周知のところである。

プラトンによって、このような個人主義的関心は、死後の魂の運命といったところにまで誇張され(『国家』第10巻「エルの神話」参照)、その後のキリスト教にすんなりつながるようなものを準備していた、といえるかもしれない。

しかし、もともとソクラテスの活動は、公開の場における対話とイロニーを駆使するといういたって政治的なものであり、『弁明』の言葉を信じるならば、ポリスの政治と言説を健全化するという動機に基づいていたのであり、それを文字通りに取るべきであろう。ソクラテスにとって、自分の魂よりもアテナイの運命が重要だったのであり、その意味では、彼の活動は徹頭徹尾政治的・教育的といえるものであった。さもなければ、法廷で自分の命がかかってところで、かえって反感をそそるような言葉を吐く必要はなかったはずである。

そう考えるなら、法廷での弁証も死刑の受容も、教育的配慮に基づく政治的芝居と見なければなるまい。それゆえ、ソクラテスにとって、ポリスの政治を離れて殉じるべき個人の倫理的価値があったわけではなく、広い意味で彼のすべての言動がアテナイの政治教育の一部であり、それゆえ政治闘争の一部なのである。
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2016年06月29日

ジジェク批判(追補)

ジジェクは、シェリングの悪や自由意志に関する論考を肯定的に言及することによって、あらゆる感性的パトローギッシュな関心から独立した純粋悪意のような意志が存在していること、それがいかなる因果的な知の網を打ち破る外傷的なものであること、つまりle reelの次元に属するものであることを強調している。(『最も崇高なヒステリー者』p−255)

私は、自由と合理性そのものを可能にしている象徴界への参入そのものが、外傷的なものであり、その痕跡は象徴界の中に一つの穴を穿つような形で存在するle reelであるということは認めてもよい。しかし、それがシェリングの純粋な意志の自由とか、純粋の悪意となどとは程遠いものであると言わざるを得ない。
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2016年05月25日

美学散歩(13)ジジェクの解釈

ここでついでに、ジジェクの解釈に沿ってラカンの「現実界」の多様な面について、私の理解の及ぶ範囲でメモしておくことにしよう。(ちなみにle symboliqueを「象徴界」と訳すからと言って、le reel を「現実界」と訳すのには抵抗がある)

ラカンもさることながら、ジジェクにおいてさえも、le reel 享楽などをめぐる部分は特に難解であるが、ジジェクの多くの著作のエッセンスを総攬するような本(『イデオロギーの崇高な対象』河出文庫)が翻訳されているので、このさい私がどこに疑問を感じてきたかを、この本に即して明らかにしておきたいと思う。
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2016年05月24日

美学散歩(12)『紅葉狩』補論

『紅葉狩』における第二の変身、上臈の鬼への変身は、何を意味するのであろうか? ここには、精神分析学的に考えると、「死の欲動」「現実的なもの」(le reel)「享楽jouissance」などの諸概念でとらえられるべき典型事例がある。

非常に簡略化すれば、主体が言語を習得し、象徴界に参入してから顧みれば、この出来事(主体の生成)はそれ自体語りえず、考えることも記憶することもできない(なぜなら、そうすることのできる主体がまだ存在しないから)トラウマ的出来事であるが、それを神話として何とかつじつまを合わせようとする。それが例えばエディプスの物語である。

母子一体関係にあった鏡像段階は、失われた何ものかとしてのみ神話化され、エデンの楽園の如きものになる。そのイメージは、『源氏物語』における光源氏にとっての藤壺のように、桐壺の更衣の代替物として、その実際の実在そのものを超えた、いわく言いがたい魅力を備えるもの(これを対象aという)として主体の欲望の「原因」となる。

この欲望の「原因」とは、誤解を招く言い方である。プルーストの小説の中で、ジルベルトの黒い瞳に魅せられた主人公は、それを青い瞳と思い込んでおり、いつも青い瞳のジルベルトを思い出そうとする。

そののち長い間、彼女を思い浮かべるたびに、その眼の光の回想が、彼女はブロンドなのだから、目は鮮やかな空色だ、という風に直ちに私の頭に浮かんでくるのであって、したがっておそらく、もし彼女があれほど黒い眼をしていなかったら…私は彼女の中で、特にその青い目に、あんなに恋い焦がれはしなかったろう。「スワン家の方へ」

ここで、青い瞳は主体の欲望の対象、黒い瞳はその原因となってはいないだろうか? 欲望の対象は、必ずしもその原因ではない。この点で、私は「欲望の対象=原因」というラカンの言い回しに悩まされてきた。
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2016年04月18日

美学散歩(11)Unto this last

ブルジョワ社会は、人間と人間の自由な契約に基づく社会であるから、市場で出会う人々は対等で自由であるはずだ。人々の自由な欲望のみが、市場の勝者を決定し、チャンスをつかむ才覚こそが個人の社会的承認につながり、個人と社会の対立を乗り越えさせるはずである。

ここに、共同体の因習を突き破り、大胆に社会への冒険へと乗り出す自由な気概あふれる人物類型が生み出された。初めからその地位を保証する身分的通行手形も、前もって個人を限界づける地域的刻印も持たない自由な個人が、己れの才覚のみに基づいてゼロから世界を築き上げる物語が成立する。ロビンソン・クルーソーの物語など。
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2016年04月15日

美学散歩(10)全体性つづき

時間を通じて意味が現れる様式が物語である。白鳥が魔法にかけられた王女であったことがわかるとか、小さな一寸法師が立派な手柄を立てる若者に成長するとか、醜いアヒルの子が、やがて立派な白鳥に姿を変えるとか、はたまたオヴィディウスの一連の変身物語…。

これらの物語では、いずれも隠れていた意味が現れるが、そこには自然的成長の場合のように、自然の中に潜在的に隠れているものが成長につれて現れたり、本来の意味が超自然的魔法によって隠されたり解かれたりする。それは、いわばアリストテレス的意味生成であって、意識の経験ではない。花は種の真理であるが、それは観察者にとってのこと。種自身はそのことを知らない。

しかし小説においては、このような形で隠されている意味が問題なのではない。むしろそれは、さまざまの人々の信念や欲望において、断片的ながらすでに現れているのである。主人公とともに、我々はそれらの断片から、全体的意味を読み取らねばならない。そのためにこそ、主人公は、さまざまな探究と冒険を経由せねばならない。そうして、世界の方々でこのような断片を拾い集めるのである。そのため、主体自体がみずから体現する真理を意識化・主体化せねばならない。真理は実体としてのみならず、主体としても捉えられねばならないのである。

バルザックに『あら皮』という小説がある。人生に絶望した青年が、ふとした偶然から魔法のあら皮を手に入れる。それは主人公が望むことを何であれ実現してくれる魔法の力があるが、それを達成するたびにあら皮は目に見えて小さくなってしまう。残されたあら皮の大きさは、残された命の時間を示しているのである。それでも主人公は、命をすりへらしても己れの欲望を諦めることはしない。

ここでも、物語に登場する魔法の小道具が存在するように見えるが、白鳥の魔法とは違っている。白鳥の魔法の場合は、それを解く力はもっぱら主人公の力を超えた超越的世界の秩序であるが、『あら皮』では、主人公は己れの欲望の真の意味(テロス)が死であることを知りつつも、それを断念することをしない。つまり欲望とその実現の間に存在する魔法のあら皮が、もはやその両者を隔てるヴェールではないのだ。主人公は己れの欲望の真の意味が死であることに気づきながら、死という帰結を引き受けるのだ。

『あら皮』の主人公の欲望を、『源氏物語』における六畳御息所の場合と比較すると、小説と物語の区別がいっそうはっきりするだろう。六畳御息所は、自分が寝ている間に生霊となって身を抜け出し、葵上に憑りつく。葵上はそのために発病し、阿闍梨たちを呼んで祈祷をさせる。寝覚めた御息所は、自分が生霊となっていた意識はないが、身に染まった祈祷の護摩の匂いによってそのことを思い知らされる。この場合、御息所の欲望は、自分自身にもどうにもならない宿命として現れており、御息所はそれを受忍するだけで、引き受けるとは言えないのだ。

一般に『源氏物語』の主人公たちは、己れの意志と欲望によって人生を切り開くのではない。皇室の人間であってさえ、権力の中枢から遠ざけられた場合、見るも無残な零落を覚悟しなければならない(たとえば、桐壺帝の第八皇子が、都に住むこともできず宇治に隠棲したり、常陸宮の一人娘末摘花が、日々の生活にも困るほど困窮するなど)。市民社会が、小説の主人公たちに準備したものが、ここに欠けていることが明確にわかるのである。

小説や物語は、人生そのものの写しではない。実人生の中から夾雑物を取り除き、意味生成の純粋な形式を浮き彫りにする。それによって人生の縮約を表現するとも言える。読者は、その縮約の中において、己れの実人生そのものの記録よりも、いっそう鮮やかに己れの人生の意味を読み取るのである。小説がフィクションでありながら、より真実性を表現できるのはそのためである。

日記の様な一人称視点からの心理記述だけでは、その観点そのものの変容は描きにくい。心理は次々に走馬灯のように移り変わっても、それを眺める主体は何ら変化しないからである。他方、出来事の経過を客観的に描いても、それを眺める主体の変化を表現することはできない。主体の観点自体が変容し、意味理解自体の構造が一変することを描くためには、内在的視点と外在的視点との二重の観点が必要である。ここに、小説特有の話法が成立する必然性がある。

自伝的に書かれた小説でも、観点の二重性や意味の生成を描く点は変わらない。トーマス・マンの自伝的小説『トニオ・クレーゲル』は一貫してトニオの観点で語られているが、その観点が不動なまま自明に前提されているわけではない。主体と意味理解の変容を描くために、作者は独特の工夫を凝らしているのだ。

主人公の前に現れる二つの形象ハンス・ハンゼンとインゲ・ボルクホルムは、その特徴を表すいくつかの典型的表現とともに反復され、非常に寓話的に類型化されている。彼らの形象は、さまがら音楽のモティーフや主題のように反復して登場するため、時を経てそれが再び回帰するとき、実際それが同じ人物か、それともよく似た別の人物なのか、わざとあいまいにされている。実際の経験を構成するはずの細部から、主題とは無関係の夾雑物がすっかり剥奪され、純化された意味の構造のみが反復されるのだ。

そこから返って、彼らに相対する主人公トニオの意識が、単に自明に同一のまま前提されるのではなく、変容していることが浮き彫りになるのである。類型化された形象の反復こそが、その意味とそれを捉える主体の変容とを知らせるのだ。

ここに、主人公が自分自身に対して距離をとることが可能になるのであって、それが、見方によってはイロニーともフモールとも言える味を醸し出すのだ。出発点をなす主人公の立場に内在的に見れば、その観点がみずからの論理を追及したあげく、その否定に至るイロニーと見えようし、到達点から見れば、それ以前の意識はフモールを持って見守られる。トーマス・マンの小説なら、『ブッデンブローク家の人々』『フェリクス・クルルの冒険』『ファウスト博士』は、どちらかといえばイロニーの作品、『ワイマルのロッテ』『選ばれし人』『ヨゼフとその兄弟』はフモールの作品と言えよう。

これが、自然主義的私小説が陥る心象の羅列主義をいかに免れているか、すでに明らかであろう(心象羅列主義では、それぞれの事象の意味は平坦に等距離なまま受容されるだけで、異なる観点から捉え返されるようなことがない)。小説はこのように、意味に対する多様な観点を交錯する様式であり、それによって個人的意識を社会性に向けて解放する装置なのである。言い換えれば、それは社会の自己意識の縮約的表現なのだ。

このような芸術様式が出現したのも、世界の全体が市場によって結び付けられる近代世界市場の成立を背景としている。近代では欲望は市場において実現され、超自然的神秘は、すべて「市場の神秘」に還元される。

たとえば、バルザックの『幻滅』では、主人公の詩人リュシアン・ド・リュバンプレは、詩人としての成功を夢見てパリに出てくるが、つまらぬ作品をほめあげ、すぐれた作品を貶すような批評家や出版業者に翻弄される。これが、ドン・キホーテの場合なら、何か悪しき魔法にかけられていると感じるところであろう。ドン・キホーテにとって魔法として現象する神秘は、我々読者にとってさまざまの社会的からくりとして説明されるから、それがわからない主人公は滑稽な印象を与える。

しかし『幻滅』においては、このような「魔法」は、市場を支配している批評家―作家―出版社が一体となった持ちつ持たれつの利益共同体のためである。出版社の社長や編集者の欲望、作家同士の嫉妬心や野心、恥をかかされた批評家のルサンチマン、身内や情人を抜擢したいパトロンやジャーナリストの欲望…それらのものが複雑に組み合わされて、結果として、まるで魔法にかかった庭園のような現象を市場社会が呈することになるのだ。いずれにしろ、すべての謎は社会内部で行動する主体にとって解決可能な問題として現象するのである。

通常、政治的統治は、神秘的な血筋(ライオンの末裔など)や(神からの)知恵によって権威づけられる。これが、さまざまの半獣神(ミノタウロス)の跋扈を生み出す。それに対して、ギリシア人のみは、人が人を統治することに何の神秘もないことを強調した。巨大な迷路のような神秘で包まれた宮殿の奥まった一室にひっそりと生息し、めったに姿を見せない形で統治した従来の王の支配と違って、あからさまに見える形で人前に現れる裸形性をギリシア人は尊んだ。ただ「運」だけがなお残された神秘と見なされたのである。

ブルジョワ社会では、市場での勝利は、運によるのではなく、人々の欲望に広く応えることである。

  
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2016年04月12日

美学散歩(9)全体性

我々は出発点において、ヘーゲルの定式「絶対的理念の直感的表現としての芸術」に言及し、それを近代特有のものという歴史哲学的展望を見た。ここでもう少し詳しくヘーゲル的絶対的理念とか絶対精神を吟味しておこう。

すでに記したように、「絶対的」という規定は、他の者に還元不可能なそれ自体で価値がある、ないしそのことを自己主張しているものという含意がある。その意味で近代芸術は絶対的な価値を自己主張しているが、それと同様なものは芸術だけではない。科学においては真理がこのような絶対的理念であろう。医学においては、健康がそのような理念であろうし、倫理学においては幸福が絶対的理念かも知れない。もっとも科学にとって絶対的理念は、単なる真理ではなく、むしろ体系的で簡潔な説明ないしその知識であると考えた方がよいだろう。雑多なデータが無数に積み上げられただけでは、それが真理であっても、科学の追求するものとは言えないからである。言い換えれば科学は多様な現象の合理的説明を求めるのである。そして、それ以上に合理的説明が不可能であるほど有力である説明は、単なる仮説にとどまらず、真理と見なすほかないという意味でのみ科学は真理を目指すとしなければならない。

これら絶対的理念同士の間の関係はどうなのであろうか? それぞれに独立した価値理念だと言うだけであろうか? ヘーゲルの考えは明らかにそうではない。それぞれの分野における絶対的理念は、唯一の絶対精神のさまざまの表現と見なされているのである。それは、宗教哲学において、伝統的な神が絶対的理念の表象的表現とされていることからも理解できる。つまり、絶対的理念とはかつての宗教的理念の代替物なのである。ただしヘーゲルは、それを最も本来的に表現するのは、今や学問における概念的知識であると見なしているのだが。

ヘーゲルの『美学』の奇妙な点は、それが小説の章を欠いていることである。詩について論じたところで終わっているのだ。しかし、小説について彼は論じる必要がなかった。それはすでに『精神現象学』において論じられたことであったからである。

近代芸術が、みずからをかつての宗教に代わるものという自負を持って登場したとき、すべての芸術に何らかの統一した課題があるという観念を担うことになった。そしてそれは、芸術を超えたすべての生を意味づけるはずであった。それが全体性の理念である。

絵画においてはオランダ絵画に典型的にあらわれる全体性の理念は、何の変哲もない市民生活の取り立てて重要ではない一瞬が、他の場面と同様に世界の全体にそのままつながり、それを凝縮して体現する、という形で表現されることになった。これは、世界市場が成立し、オランダがその中心に躍り出たことを背景にしている。個々人の日常はそのまま世界市場につながっているのである。かつては、特権的人物(王侯貴族や神々)の特権的瞬間が、世界の中で描くに値する特権的テーマとされていたが、今やすべての事物や場所は、等しく世界市場の中でしかるべき位置を占め、しかるべき評価を受けるようになる。

それと同様の全体性は、小説においても現れる。世界においてはバラバラに支離滅裂の仕方で、あたかも乱丁の多い書物のようなやり方で現れている現象が、互いに密接な意味連関において全体性の表現とされる。個々の現象がバラバラなまま意味を伏せられたまま現れていたものが、統合されることによってその本来の意味を自覚することになるという経過が、小説作品では描かれるのだ。一番わかりやすい例は、探偵小説であろう。さまざまの形で犯人が残した手掛かりの断片を取り集めて、そこに名探偵が推理を加える形で、そこに真の意味、すなわち真犯人をあぶりだす。これが物語の時間を形成する。

時間経過とともに、全体的意味が現れる、それが物語一般の形式である。小説では、社会のさまざまの部分におけるさまざまの登場人物たちの意識が、それぞれに限定された信念を持ちながら、物語の進展とともに意識の変転を経由しながら、最終的に何らかの高次認識に至る。小説こそは、ヘーゲルの現象学における意識の経験を芸術様式としたジャンルに他ならない。

ギリシアにおいて叙事詩が世界についての彼らの根本経験のモデルを示し、他の芸術や人生観などのすべてを規定したように、近代の芸術は小説の様式に倣って形作られる。

たとえば、古典音楽のソナタ形式は、それ以前の様式を、小説的精神で一変するものであった。すなわち、聴き手は、曲の中に印象的な個性を放って提示される主題に注目し、それがその後どのように展開されていくかに意識を集中する。それはいわば曲の主人公である。やがてそれは、元の形を残さぬほどに解体されてしまうが、再現部において再び元の姿を現す。ソナタ形式の音楽は、このようにテーマに集中しながらその経過を追って体験する様式と言える。それは、テーマが表す主人公が社会と激突して繰り広げるドラマであり、社会と個人の対立と和解とを表現するものである。

特にヴァイオリン協奏曲の形は、独奏ヴァイオリンが主人公の主体性を表現し、トゥッティが社会的一般性を代表するのが一般的である。もともとヴァイオリン協奏曲は、複数のソロとトゥッティで演じられるコンチェルト・グロッソの形をとっていた。バッハやモーツァルトのドッペル・コンチェルトやヴィヴァルディの四季をはじめとする多くのコンチェルト・グロッソなどのようなもの。ところが、それから次第に独奏ヴァイオリンが一つだけ独立してきて、ついには一人のソロだけでオーケストラ全体と相対するようになる。これこそまさに、近代化とともに共同体から個人が独立してくる経過に対応するものである。それ故、ヴァイオリン協奏曲こそ、近代の小説的主観性をもっとも端的に表現する様式なのである。

だからこそ、このような近代的主体に対する信頼が揺らぎ始めると、真っ先に時代遅れになるのもヴァイオリン協奏曲という様式なのである。現代音楽家の悲劇を描いたトーマス・マンの小説『ファウスト博士』の中で、主人公アドリアン・レーヴェルキューンのヴァイオリン協奏曲について次のように書かれている。

この作品は音楽的な手法からすれば見まごうべくもなくレーヴェルキューンの曲であるにもかかわらず、彼の最高にして最も誇り高い曲の一つではなくて、少なくとも部分的には愛想のいい、謙虚な所があった。あるいは腰の低さがあった。(邦訳下p−75)

それは、音楽的な姿勢が名演奏家、演奏会向きで一種愛想がいいために、レーヴェルキューンの仮借なく急進的で妥協するところのない全作品の枠から少々ずれている、という意味のものであった。(p−101)


当然予想されるように、ソナタ形式の音楽においての山場は、主題が回帰してくる再現部におかれることになる。個人と社会個体性と普遍性とが対立し和解するドラマが、こうして時間的経過を通して描かれるわけだ。

ハイドンより前の音楽は、このようではなかった。バッハが徹底的に開発したフーガなどソナタ形式以前の形式では、主題はまったく別の形をとる。それは、反復されるバスという形で、一貫して曲をブロックのように枠づけているのである。

このような様式が発達するのには、音楽をめぐるヨーロッパ独自の観念によるところが大きい。ピタゴラスにはじまる音楽理論は、世界の数学的秩序としての音楽という観念を生み出し、やがてキリスト教的な解釈を伴って、神の秩序の表現としての音楽があり、人間の音楽はその不完全な模倣にすぎないとされた。中世に歌われたグレゴリアン・チャントは、それ自身神的なものであるゆえに、決して人間が手を加えることができないもの。

だがやがて、個人の感情を表現する欲求が次第に目覚めてくる。それでも音楽の基盤が神的な秩序であるとされていたために、グレゴリアン・チャントの枠組みは長らく維持され続けた。ただその上に、それを装飾するかのように高音部が付け加えられ、低音部のラテン語と同時にフランス語で歌われるようになる。ルネサンス期のモテットと呼ばれる合唱曲である。これがヨーロッパ音楽において、ポリフォニーが生まれてくる理由である(岡田暁生『西洋音楽史』p−39以下参照)。

ポリフォニー音楽から記譜法の必要が生まれ、また記譜法の工夫からポリフォニーが加速し、複雑化することが可能になったと言えるだろう。それらは、互いに原因となり結果となりながら、ヨーロッパ音楽を一段と高度化することに貢献したのである。

最初のポリフォニー音楽は、パッサカリアとかシャコンヌといった様式で、単純なバスを繰り返しながら、その上に次第に多彩化していくヴァリエーションを上乗せしていくようなものであるが、そこからカノンとかフーガといった様式が生まれてくる。これらの音楽は、反復されるバス主題の枠でがっちりと積み上げられていくブロックからなる。そのために、その複雑さにもかかわらず、与える印象はいたってスタティックなものである。そのブロック構造に、一分の揺らぎがないためである。

バッハ以前のこのような音楽がソナタ形式の音楽に対して持つ関係は、さながら『源氏物語』が近代小説に対して持つ関係に似ている。実際『源氏物語』では、我々読者は、主人公(光源氏)に自己同一化してその運命に注意を集中しながら読むのではないだろう。巻ごとに、いわば印象的な一帖の絵を見るようにして、一幅の世界を眺めることができる。だから、それから『源氏物語絵巻』が編纂されることほど自然なことはないのである。逆に言えば、すべての巻を桐壺の巻から順々に一気に読み通すことは、必ずしも必要ではないのだ。これと同様に、たとえばシャコンヌやカノンのヴァリエーションが少し順番を替えられて演奏されたとしても、さほどの大過はないであろう。パッヘルベルのカノンのヴァリエーションの順番も同様である。しかし小説の時間的筋道が替えられえないのと同様、古典的ソナタ形式の曲の筋道を取り換えることは考えられないのである。

光源氏は、パッサカリアの反復主題(バッソ・オスティナート)のようなもので、それをいわばとしながら、その上にさまざまの女君のヴァリエーションがとして展開されることになるわけだ。

パッサカリアやシャコンヌにおける反復主題が、和声進行を示すだけのそれ自身いたって単純なものであるのに対し、ソナタ形式における主題は非常に個性的で、はじめから聴取者の注意を引き付けるものである。ソナタ形式では、テーマが図として浮き彫りになり、聴取者の関心はその運命の展開に注意を集中するのである。つまり、主題の有り方が地―図反転するのである。

古典的ソナタ形式は、神の秩序の表現から、主体の冒険と認識のドラマへと音楽の舞台が変貌したことを示している。このような主体は、自立的でありながら、時間をかけて世界と対峙し、世界の普遍性と和解してゆかねばならない。

しかし、小説が成立したごく初期のころから、たとえばゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』の末尾において、主人公の成長とともに期待された世界との和解に、早くも暗雲が垂れ込めているのがわかる。そこには早くも訪れつつある産業革命の不吉な足音が聞かれ、分業と階級闘争の時代が到来しつつあること、主人公たちは己れの人格的理想の実現を、ただ新大陸への移住にかけるしかないことが描かれているのである。

  
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2016年04月05日

美学散歩(8)プルーストの美学

以下(特にベルクソンと印象派の下り)は、すでにここで論じたことであるが(2014年2月21日「ベルクソンと印象派」参照)、繰り返しをいとわずあえて記しておく。  続きを読む
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2016年04月01日

美学散歩(7)縮約

レヴィ=ストロースは、『野生の思考』において独自の芸術論を展開している。フランス・ルネサンスの宮廷画家フランソワ・クルエの「エリザベート・ドートリッシュの肖像」に言及しながら、その絵で描かれた「レースの襟飾りが綿密に糸一本一本まで実物と見まがうばかりに描かれていて、それが説明のつかぬたいへん深い感動を引き起こす」と述べている(邦訳p−29)。

結局そこからレヴィ=ストロースが引き出す結論は、芸術作品の本質は我々の経験対象の何らかの縮約にあるということである。すでにあらゆる絵画は、三次元の風景を二次元平面に縮約している。ラスコー壁画の動物たちは、動きを静止へと縮約しているわけである。なぜなら、動きが激しいときには、我々は対象を十分に正確に知覚できないので、動きの印象が薄れるからである。ラスコーの壁画の中の動物たちは、その動きをいわば結晶させて瞬間の中に縮約し閉じ込めることによって、かえって一層激しい動きを感じさせるのだ。

縮約模型が与える感動も、巨大な対象がそれによって一挙に全体として知覚できることの満足から来ている。典型的なのは盆栽であろう。盆栽は樹木をただ縮約して小さくして見せるだけではない。むしろ、そこで重んじられるのは、空間のみならず時間の縮約を感じさせることである。我々が経験できるのはほんの数分間にすぎないのに、そこで何十年もの時間の経過が結晶しているように見えるとき、ことのほか盆栽は珍重されるのである。

縮約は、それ自身ある大きさの経験でありながら、それを超えた大きさをそこに感じさせるという二律背反を背景にしている。空間的にも時間的にも制限された我々の可能的経験の内部にあって、それを部分的にでも超越する経験の直感をいかに可能にするかが問題なのである。

有名な能に『紅葉狩』という曲がある。平維茂(これもち)が山に分け入ると、あたり一面が紅葉真っ盛りである。するとやがてその中に、上臈たちが宴を張り紅葉狩りをしているのに出くわす。女たちに誘われて、公達はともに酒を酌み交わす。やがてほろ酔い気分になるが、俄かに嵐が起こると見るや、上臈たちは鬼に姿を変え、維茂を取り殺そうとする。

ここでは、二度変身が起こっている。初めの変身は、全山の紅葉が上臈たちの姿に変わる変身である。第二の変身で、その上臈がさらに鬼に姿を変えるのである。

第二の変身についてはいづれ触れるとして、はじめの変身は、紅葉の縮約ということができよう。我々は、全山にわたる紅葉に出会って、どちらに目を向ければよいか戸惑う。それらすべてを一挙に見渡すことができないからである。すべてを同時に感じることは、我々の可能的経験を超えている。そのため我々は、紅葉のいわばエッセンスを捉えようとして、対象の凝縮を望むのである。上臈に化身した紅葉は、我々の視線の焦点を絞ることを可能にする。

上臈の美しさは、それ自体で美しいというよりも、それが紅葉の化身であり、紅葉の美の置き換わったものである点にある。何故、置き換わったりすることによっていっそう美しくなるのか? 白鳥に変身した王女、ウサギの格好をしたバニー・ガール、それにプルーストの小説の主人公の前にバルベック海岸の堤防の上に、群れ集うカモメたちのように現れる「花咲く乙女たち」…。それらは人間の欲望の有り方に基づいていると思われるが、後に触れよう。ともかく、ここでも縮約という芸術作品の特徴と類比的なものが出現していることがわかる。

  
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2016年03月28日

美学散歩(6)自然の目的論と進化

生物種それ自身は、もちろん進化の過程で形成されたものである。生物種は、いづれも様々の環境的要因に対する多様な適応に応じたものである。それらには多くの二律背反が背景としてあり、それを何らかの仕方で解決しているものである。

たとえば、鳥類は飛ぶことができるが、そのために課せられる要請には、二律背反的なものが多い。翼が大きくなければ跳ぶことはできないが、大きすぎればそれを動かすことが困難となる。大きな羽を動かすために大きな筋肉を持つ必要があるが、それは体重を増やして飛行をさらに困難にするだろう。

鳥類は、飛行のために体重を軽くするために中空の骨を備え、またそこに気胞を通すことによって、哺乳類には見られないような効率的な呼吸システムを手にいれた。これは、恐竜時代に巨大な体躯を支えるために爬虫類が手にしていた骨格を、活用したものになっていると言われている。

恐竜が、巨大な体躯を実現するためには、骨の構造を変えなければならなかった。体重は身長の三乗に比例するが、骨の強度はその太さに比例するので身長の二乗に比例してしか大きくならない。したがって、そのまま大きくするのでは強度が不足することになる。大きな体を備えるためには、ますます巨大な骨格を備える必要が出てくるのだ。恐竜は、その課題にこたえるために、骨を中空にして強度を備えながら、相対的に軽い骨格を手にしたわけである。鳥類は、その骨格を恐竜から受け継ぎながら、その相対的に軽い骨格を飛行のために活用したわけである。

生物種は、それぞれさまざまの相反する環境的要請に応えた結果を体現している。それらに調和的な解決を与えているのは、長い進化の時間である。遺伝子の変異のさまざまの「試み」のうち、適切な適応力を欠いたもの、つまりうまく二律背反を解決して「調和」を実現し損ねたもの(たとえば癌細胞)は、容赦なく淘汰され、環境の試練に耐えたもののみが生き残ることになる。

生物種が達成している「調和」は、芸述作品が達成しているそれと類似したものである。いづれにおいても、結果的に目的論的構造が実現しているが、目的を目指す意志によって実現しているのではない。後者が芸術家の類まれな天才によって達成されているのに、前者は非常に長期の時間による進化の過程がそれを引き受けているわけである。

いづれの結果も、我々は悟性によらずに、直感によってその調和の達成を判断できるであろう。カントが双方に共通する認識能力として判断力を当てたことはよく知られている。我々は、生物種が達成した「調和」を表現しようとするならば、「目的論的」な表現をついしてしまう。そこに実際目指された目的があるわけではないが、結果は、あたかもそこに何か目指していた目的があるかのような構造を持つことになるのである。

また他方、生物種がそれぞれに達成しているその目的論的適応力を理論的に説明することは、それが実現している調和を直感的に判断する判断力とは独立に、悟性によってできるはずである。ここでも、芸術作品についての直観的判断と、それについての悟性による批評との関係と類比的な関係が成立しているのである。

おそらく人間においては、本能によるコントロールが不十分な形でしか行われていないというその欠如こそが、それを文化的装置によって埋め合わせる必要を生み出し、そこに言語や法などとともに、芸術のような文化的余剰を生み出す基礎が存在したのであろう。他の生物種においても、たとえばある種の南国の鳥のディスプレイのダンスのように、芸術的余剰に似たものは存在するが、それらにおいても人間における文化的余剰ほど多彩な形で、しかも本能のような自然本性の枠を超えて発展したものは存在しない。
  
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2016年03月25日

美学散歩(5)判断力

カントは、趣味判断の客観的妥当性と規範性を判断力によって基礎づけようとした。しかし、趣味判断を支える判断力そのものが、サロンのような歴史的・社会的装置によって実現される以上、その規範性(の内容自体はアプリオリで規範的であるが、そ)の歴史的成立は、偶然的である。

美的判断は理屈ではない、と言われる。しかし、批評は理屈によって文化闘争に参加する。つまり、作品の良さは、一方では直観によって理解されるのだが、他方でそれは、理屈によって理解を深められるということになる。これはいかにして可能であろうか? 芸術批評は、それ自体独立した価値を持ち得るのであろうか?

たとえば、ベートーベンの第九シンフォニーの冒頭部分で、不安な混沌とした効果を与える印象的な部分がある。それはニ短調のラドミの和音のうち、ラとミの音だけが出現し、数小節の間これがニ短調のラとミの音であるのか、それともヘ長調のドとソの音であるのか、決着がつかないままにペンディングされるからである。我々の耳が捉えた直感的印象は、批評家の悟性的分析によって概念的に説明され、理解可能になるし、不注意に聞き逃している人も、あらためて指摘されることによって、その印象に気づくことができるだろう。

同じように主和音の第三音を欠く例として、シューベルトの『冬の旅』の末尾におかれた「辻音楽師」Leiermannのピアノ伴奏部分がある。シューベルト最後の歌曲集の24の曲の末尾におかれたこの曲の単純さに、まづ驚かされる。巧みな転調が魅力なシューベルトの歌で、この曲のみは一度も転調しない。歌うのに、何の技巧もいらない。しかしこの曲のピアノ伴奏部分は、一層驚くべきものである。前奏部分ですでに短調であることは示されているが、Druben hinterm Dorfe steht ein Leiermann.と歌いだされる部分に配置された極めて簡素なピアノパートは、ラとミの音だけを含む五度音型で第三音ドを欠いている。そのため、和音の響きがどこか空虚なものになり、和声の豊かな厚みを欠いている。

これは、シューベルトの手落ちではない。批評家は、むしろこの部分が単なる悲しみを超えた空虚さの印象を与えるために絶妙な効果を与えているのだと言うであろう。このようなことも、我々はすでに耳で捉えているが、批評家に指摘されてあらためてはっきりと意識される。批評的言説自体は概念的説明を述べるだけであるが、それを手がかりにあらためてその部分に意識的になることによって、作品に対する一層深い理解を得ることは可能なのである。その理屈は、決して作品によけいな意味をつけたしているのではなく、すでに作品に存在している構造に新たな光を当て、あらたな相を発見させてくれる視座を提供するのである。
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2016年02月18日

美学散歩(1)

カルチャーセンターで、近代芸術について講義することになったのをきっかけに、美学について考察することになった。これから何回かにわたって、美学的話題について論じてみたい。

ヘーゲルは、芸術を「絶対的理念の直観的表現」と見なした。ここにはすでに、近代芸術の前提が現れている。というのは、近代以前には、我々がおしなべて芸術と見なす諸々の作品群を、芸術という統一的なジャンルと見ることはなかったからである。アクロポリスのアテナイ神殿の破風を見上げるとき、アテナイ人たちは、我々のように単に「芸術的感動」を感じたはずはない。そこに描かれた巨人族との闘いは、彼らには自分たちがペルシア人たちを撃破したときの光景を表現したものとして感じられていたに違いないのであって、そこに現れていた作品の光輝は、彼ら自身の軍事的・政治的偉業の反映でしかなかった。芸術作品の美は、もっぱら政治的価値の付随的装飾でしかなかったわけである。

中世に築かれた寺院の建築やステンド・グラスは、宗教的理念の表現であったし、王侯の宮殿や肖像画の類は、彼らの政治的威信をたたえるものと意識されていたのである。

ところが近代においては、芸術の他の諸価値からの独立が進む。芸術は、それ自体が自律的価値を持つものと意識されてくる。これを指して、「絶対的」と言うのである。

ヘーゲルが「直観的」というのは、それが概念的ではないという意味である。彼は絶対的価値理念は、概念的(言語的)に捉えられることこそが本来の、あるいはより高次の捉え方であると見なしていたので、「直観的表現」でしかないのは、不十分な表現だと言っていることになる。絶対的価値は、それ自体の根拠づけを含めて、自律的な認識であるべきだというのがヘーゲルの考えである。芸術の価値は、直観的に理解されるが、なぜそれがそのような価値を持つかは理解されているとは限らない。しかし、知識はなぜそれが知識であるか、何故それを知ることに意義があるのか、それらを含めて知的認識の内容に含まれているわけだ。

さて、近代芸術において、芸術作品がそれ自体絶対的な価値を持つということが意識されるにつれ、それを弁証する理屈が求められる。それが「美学」(または、哲学的芸術論)であり、そのような真の芸術を、まがい物の作品群から区別するのが、芸術批評である。

しかしここで問題になるのは、芸術批評や美学が概念的理解の対象であるのに、芸術作品それ自体は、直観的に受け入れられる対象であるということ。どうしてこの直観に対して、美学や批評が理解を付け加えることができるのであろうか? 直観的理解に概念的認識が何か付け加えられるものがあるのであろうか? もし、芸術作品が、それ自体還元不可能な絶対的価値を体現しているのであるなら、その直感的享受以外にその価値を判定するすべはないことになるだろう。それ故、その作品の価値はもっぱら享受者の好みや意見による外はないことになるだろう。それは、経験的多数によることになり、規範的妥当性を持ち得ないし、普遍的妥当性も期待し得ないことになろう。

一方では、感性に基づく判断は普遍的たり得ない主観的なものでしかないという疑いがあり、他方で、概念的理解は本来感性的判断には寄与しえないのではないかという疑いがある。もし前者が成り立てば、芸術的価値判断は、せいぜい好みの表明でしかなく、より正しい判断とか、より趣味がいい判断などは存在しないことになる。したがって、本格芸術が大衆芸術に勝る理由はないということになるだろう。また後者が正しければ、批評的言説が作品理解に資するところはないことになる。

  
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2015年10月26日

Peacocke(2)倫理の法廷

ピーコックは、倫理においても、内容上アプリオリな真理を主張する合理主義的倫理を提唱する。もっとも、倫理原則が内容上アプリオリなものを含むことを論じるやり方は、必ずしも十分な根拠を明確にするものではない。そこには、様相判断(何が本当の可能性か?)と類比して倫理原理を論じるといった論点があるばかりで、何故倫理と様相が類比できるのかなどの積極的論証は見られない。ピーコックによれば、いずれにおいても、直観的な判断を基に、そこにすでに暗黙裡に働いている原理を反省的に取り出す形で、原理を探究するわけである。

もとより我々は、倫理的判断の真理値を否定するような倫理の非認知主義(non-cognitivism in ethics)に対するピーコックの批判に反対するものではない。そこで、我々としては、ピーコックとは違う筋道から、倫理的原理や概念の習得を論じてみたい。何より、その習得の構造と、そこに成り立つ原理のアプリオリ性が、同時に説明できるものでなければならないだろう。
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2015年10月22日

Christopher Peacockeの哲学ノート

ピーコックの仕事を何冊か読んだので、それについて簡単な覚書を書いておきたい。もとより正確を期すものではない。  続きを読む
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2015年09月20日

安倍政権が壊そうとするもの(2)

冷たい雨のそぼ降る国会前で、シュプレヒコールの合間に書きつけた覚書を以下に記しておく。

法治主義を放棄することが、いかに恐ろしいことであるか、それが諸個人の生活をどのようにむしばんでいくかについては、有り余るほどの歴史の教訓があろう。ここではさらに、何故法に従わなければならないのか(遵法義務論)、そもそも法の妥当性が何に基礎をおいているものなのか、いくらか哲学的に考察してみたい。

それというのも、法を国民主権に基礎づけたり、より上位規範(憲法とか国際法)に基礎づけたり(法実証主義)、法を認定したり制定するさいのルール(ハートの二次ルール)に基づけたりする説明には、十分納得することはできないからである。

それらの諸理論は、誰にでもわかる顕著な欠点があるが、ここで強調したいことは、いずれにしてもそれらの理論は、規範性一般の理論を与えるものではないことである。たとえば、国民主権に訴えて、論理法則の妥当性を説明できるはずがない。規範性一般を射程に収め得ない理論は、控えめに見ても未熟であろう。
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2015年09月13日

キルケゴールから遠く離れて

我々はすでにキルケゴールから遠く隔たってしまったように思える。これまでの論点を要約しておこう。

我々は、悪を神の掟への反逆とは見なさず、マクベスや満洲国のように、自壊へと運命づけられていた運動の、それとはしかとは見えないとっかかり(後になってはじめて、無責任な決断、自覚されない決断と見なされるようになるとっかかりの行動)と見なす。したがって罪というものを、神との関係ではなく、他者からの指弾に基づける。「良心の疼き」とは、単に他者からの叱責を内面化したものにすぎない。

かくして罪は、まったく倫理的な領域・社会性の中に回収される。

他方、信仰とは、テクストの中に自己自身を見出し、象徴界に再生することである。掟は我々の行動を一義的に決定せず、掟を前にしても決断と自由の余地があることが強調される。

死の不安は、罪や罰から切り離され、誕生の不安へと転換される。

それでは、キルケゴールが神との結びつきそのものと考えた罪は、キルケゴール自身にはどのように考えられていたのか? キルケゴールは、自身の罪(それがどんなに取るに足らないものにせよ)が全体的罪責感へと結び付けられることによって、≪永遠の幸≫との断絶の表現と化すると言う。

罪責感の全体性は、個人が自分の罪責――たといそれが唯一のものであろうとも、あるいはまた全然取るに足らないものであろうとも――を≪永遠の幸い≫に対する関わりと結びつけることによって生じる。(『非学問的あとがき』著作集第9巻p−255)

しかし実際には、個々の罪が罪の全体性へと結び付けられるのは、それらが神の罰から理解されることによってなのである。

得体の知れない形で神の罰が降りかかり、その意味への問いから、我々の罪の全体性という観念が呼び起こされ、同時にそれが永遠(神)との断絶=結合と自覚されるのだ。

我々普通の日本人にわかりにくいのは、キルケゴールが既に通俗的キリスト教理解に基づいて、自分の経験を神の罰という観念のもとに捉えてしまっているのに、その点が明確にされていない点である。そのような発想が始めからない者にとっては、彼の思考の出発点をなす経験の意味がなぜそうした形をとるのかが、あいまいなまま止まるのである。

以前、ここで示しておいたが(2010年3月4日「キルケゴールの反復」参照)、キルケゴールはレギーネとの婚約の後になって、自分が結婚の義務を果たせない男であることに気づいてしまう。これは明らかに倫理的義務違反であり罪である。

しかしそれは同時に、父の罪を通じて宗教的原罪に連なっているものと観念された。

キルケゴールの父は新興ブルジョワで、他の者が没落した機に大もうけをしてのし上がった人物である。この経過に、罪と言えば言えるようなものもあったであろう。下女との姦淫(不倫)、再婚もそのひとつ。

問題は、当初さしたる罪とも思われていなかったものが、やがて一家全体の中で、神の呪いという観念へと結晶していくことである。妻や子の相次ぐ死を、父は明らかに自分に対する神からのメッセージとして受け取った。

これらを踏まえて、キルケゴールは、自身の不能を神の罰と解釈してしまう。突然降りかかる災いが、さしあたり意味付け不可能な現実として受け取られたということが重要である。だからこそ、キルケゴールにとってその現実が、ヨブの災いと重ねられるのだ(『反復』参照)。

≪神の罰≫という論点先取がなければ、個々の罪から罪の全体性への移行には必然性がない。この点が、キルケゴールの倫理から、社会性・政治性を奪う要となっていることに注意しなければならない。本来、個々の罪はそれぞれ社会的文脈を持ち、隣人へと直接つながっているから、その原因・真相を突き止めることは、倫理的責任に含まれるはずである。

ところが、それらを罪の全体性へと流し込むことは、個々の行為の具体性を無視し、神への罪一般にしてしまうことによって、社会的文脈の消去を意味するのである。結果としての破局は、そうなると「神の罰」としか見えなくなってしまう。

「満洲国」の歴史的総括は、個々の局面での「決断」や決断の欠如、怠惰、性急な決めつけ、認識や検証の不足など、細部の反省を含むものでしかあり得ない。それらのそれぞれに対しては、賠償責任、戦争責任のみならず、国体解体を含む制度改革や法創造が対応せねばならない。これらすべてが、戦争法廷の課題であり、今なお課題であり続けている。

それに対して、罪の全体性の観念は、単なる一億総懺悔のようなものであり、具体的責任を霧消させてしまうのである。
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2015年09月04日

キルケゴールの「惑わし」(ならびに若きルカーチ)

倫理的行動をなそうとするとき、それを阻むさまざまの感覚的受動性を意味する「試み」に対して、宗教的な行動(神の命令)を果たそうとするとき、それを阻もうとして立ちふさがる「惑わし」をキルケゴールは区別している。

「惑わし」は神とのかかわりの領域の問題として、倫理的かかわりの領域たる「試み」と対照される。(著作集第9巻p−133)

最大最高の努力をもって精進するとき、これで自分が神の前に何者かになれるという思いが募って、こちらをたぶらかそうとする。(同p−142)

このへりくだった悟りと対照をなしてあの自尊心の悟りの誘惑が力を発揮するのだ。(同p−196)


ここでヨブのことが示唆されている。ヨブは自分が神の試練に立派に耐えたという自尊心のよりどころを持ってしまう。それが「惑わし」。
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2015年09月02日

近代文学と他の芸術

近代文学が信仰のネガとしてぴったりと重ねられるのは、両者が主体の自由にかかわっているからである。

それでは、近代以前の芸術はどうか? ラスコーの壁画、ホメロスの叙事詩、ギリシア悲劇、源氏物語…。これらも自由(すなわち絶対者の理念)のつたない表現であり、それとは自覚しない形態であったのだ、とヘーゲルのように言いたくなるかもしれない。

しかし、それは我田引水、牽強付会というものであろう。

これら近代以前の芸術家たちも、それぞれに驚嘆すべきものと出会っており、その経験を伝えたかったのであろう。ラスコー人たちの場合には、それは疾走する動物たちの激しい運動であり、ホメロスの場合には兵士たちを巻き込む「時の運」であり、ギリシア悲劇の場合には、ポリス的偉業であった。アテナイ神殿の破風に描かれたフェイディアスの「巨人族との戦い」を見るとき、我々はギリシア人がそれを見たときとは全く違ったものに驚嘆している。

我々は当時の職人たちの芸術的技量に舌を巻くのに対して、ギリシア人にとってはそんなものはまったく取るに足りないものであったに違いない。彼らは、そこに彫り込まれている巨人族(つまりはペルシア人)を打倒した、自分たちギリシア人自身の偉業に感嘆しているのである。それに比べれば、パルテノン神殿を築くことなど、取るに足りないことであったのだ!

源氏物語の場合、その背景にある驚嘆を理解するためには、枕草子を参照するのが最も有効である。

我々は源氏物語に描かれた女君たちのさまざまな苦悩に共感するが、問題はそれがかくも克明に描き出されたその手法にあるのではない。紫式部を、はじめに激しく揺り動かしたのが一体何であったのか? それはプルーストさながらの恋愛心理の綾なんかではなかった。

権力の闇のはざまにぽっかりと空いた陽だまりのような空間が、宮中の社交界であった。そこで人々が競い合い、駆け引きや恋愛や権力闘争を、目に見える形で繰り広げているのを、紫式部は目撃した。その中で敗れたり、苦悩する者さえも、その意味によって記憶されること、そこに華を見たのである。人生が物語の中に意味深く保存される。

清少納言は、この驚嘆をより率直に表現している。没落してゆく定子を取り巻く公達の何と輝かしく華に満ちていることか!女たちの苦しみも男たちの没落も、それ自体はありふれたことであったし、あり続けている。しかし、それがおもてに現れ物語られるとは、何という救いであろうか?

ギリシア人も政治的自由は知っていた。だが、近代文学がキリスト教とともに教えたのは、個人の精神の自由である。これは近代人に独特の孤独感をもたらしたが、己れ一人で意味への問いを立てることを可能にもした。近代人が個人として尊重されるという観念(身分や業績によらず)を得たのはこうしてである。

ヘーゲルの体系は、キリスト教がもたらしたこのような観念を無効にするものと、キルケゴールには思われたのである。
  
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